ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第6話▶南側諸国

 

 

 

――ドォッン!!

 

 

乾いた轟音が鼓膜を突き破り、街の空気を震わせた。

 

 

平和な日常が唐突に終わりを告げた合図だった。

堅牢な石造りの建築物が、積み木を崩すより容易く砕け散り、舞い上がった爆炎が空を赤黒く染め上げる。

 

 

焼けた石と焦げた肉の臭いが充満し、魔法の余波が肌をチリチリと焼いていく。

人々は絶叫と共に逃げ惑い、我先にと街の出口を目指すが、瓦礫と土煙に道は閉ざされ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

地形は抉れ、大地には癒えぬ傷跡のように無数のクレーターが口を開けている。

 

 

混沌の渦中で、四つの人影が土煙を切り裂くように宙を滑空していた。

 

 

一人は、戦場に不釣り合いなほど優雅な佇まいを見せる、二本の角を持つ魔族。

魔族を包囲するように飛び回るのは、使い古されたローブを羽織り、杖を構えた三人の人間の魔法使い達だ。彼らの間には、一触即発の緊迫した空気が張り詰めている。

 

 

「なんでこんな場所に魔族なんていやがる。俺等の仕事は魔族狩りじゃないぞ。帝国の奴ら……いい加減な依頼をしてきやがって」

 

 

傭兵の一人が、悪態をつきながら杖を構え直した。

声音には、予期せぬ強敵との遭遇に対する焦りと、プロとしての冷静さが同居している。

 

 

「こいつらの生活圏は大陸北部だ……関所や結界はどうなっている。どうやってこんな南までこれた」

 

 

別の魔法使いが、鋭い視線で魔族を観察しながら分析を口にした。

思考は極めて冷静だが、額に滲む汗が内心の動揺を隠しきれていない。

 

 

「魔族なんて初めて見るわね……人間と同じ様に殺せるの?」

 

 

紅一点の女魔法使いは、好奇心と警戒心を綯い交ぜにした声で呟く。

瞳には、未知の存在への恐れと警戒が色濃く映っていた。

 

 

言葉を交わす間にも、彼らの連携に一切の乱れはない。

魔力が奔流となって満ち溢れ、炎、水、風、岩、あらゆる物質と現象を司る魔法が、縦横無尽に空を舞い、中央に佇む一人の魔族へと殺到する。

 

 

並の魔法使いであれば、連携された波状攻撃の前に抵抗すら許されず塵と化していただろう。しかし、悉くが紙一重の防御で逸らされ、あるいは単純な魔力の衝突によって霧散していく。

 

 

爆音と共に、更に激しい土煙が煙幕のように広がり、辺り一面を覆い隠した。

 

 

魔法使い達は油断なく杖を構え、次の魔法の準備を終える。

研ぎ澄まされた感覚が、煙の向こうにいるであろう敵の気配を探っていた。

やがて、風が霧を払い、再び姿を現したのは、傷一つない魔族の姿だ。

 

 

翡翠色の髪が風に靡く。

無名の大魔族ソリテールは、劇場の主役のように両手を広げた。

 

 

「やっぱり君達人類は面白い。私達には実現不可能な高度な連携、言葉無くお互いを補う共感能力。お仕事の邪魔をしたい訳じゃないの……ただ私と楽しく『お話し』をして欲しいだけ」

 

 

鈴を転がすように美しい声。

しかし聞く者の魂を芯から凍てつかせる冷気を孕んでいた。

 

 

ソリテールを囲む傭兵たちの頬を、一筋の冷や汗が伝う。

彼らは南側諸国で日夜繰り広げられる紛争にその身を投じ、金さえ支払われれば国同士の戦争にすら積極的に参加する、命知らずの荒くれ者たちだ。

経験に裏打ちされた実力は本物であり、初めて見る魔族相手にも臆するような半端者ではない。

だが、目の前の存在は、彼らがこれまで対峙してきたどんな敵とも次元が違っていた。

 

 

「おいおい無傷かよ。どうなってんだ」

 

 

リーダー格の男が、驚愕を押し殺した声で吐き捨てる。

魔力探知を常に張り巡らせ、目の前の魔族の魔力量を推し量った。

先程の総攻撃は、この魔族を消滅させるには十分過ぎるほどの威力を有していたはずだ。

なのに、衣服の裾一つ焦げていない。

 

 

「よく見なさい…揺らいでいる。コイツ魔族の癖に魔力制限で隠蔽しているわ」

 

 

女魔法使いが、鋭い観察眼でソリテールの魔力の揺らぎを見抜く。

他の二人に緊張が走った。今見えている魔力ですら相当なものだというのに、それが制限された状態だとすれば、底は一体どれほど深いのか。

 

 

「地力は俺達より上だな、お前ら聞く耳を持つなよ。虫の羽音とでも思え」

 

 

リーダーは仲間たちに短く指示を飛ばすと、自ら先陣を切った。

 

 

裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)

 

 

彼が魔法を放つと、杖先から無数の光の矢が放たれる。

音もなく、しかし光速で曲線を描きながら、ソリテールへと降り注ぐ。

 

 

――ギンッ!

 

 

甲高い金属音と共に、光の矢はソリテールの腕の一振りで弾き返された。

 

 

「身体を動かしながらお話ししたいんだね。いいよ、お姉さんは元気過ぎる子も嫌いじゃない」

 

「なんて制御技術と探知精度をしていやがる」

 

「魔法を探知してから腕に魔力を集中して弾いたって所かしら……化け物ね」

 

 

傭兵たちの魔力探知が、ソリテールの腕に魔力が瞬間的に集中した様を捉えていた。

陽炎のように揺らめく蜃気楼は、その技量の高さを雄弁に物語っている。

 

 

「この町にいる魔法使いは君達を合わせて六人。まずは…全員の脚を切り落とす所からかな」

 

 

ソリテールの無邪気な宣告に、傭兵たちは背筋が凍るのを感じる。

 

 

「ハッ!自分の脚でも切り落としてろ」

 

 

石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)

 

 

黒煙と土煙に紛れるように移動していた魔法使いが、ソリテールの背後から姿を現す。

彼が放ったのは、石というにはあまりにも巨大な岩石の散弾。轟音と共にソリテールへと殺到する。

 

 

――ガァッン!!

 

 

質量攻撃もまた、ソリテールの周囲を規則正しく漂う二十を超える大剣によって阻まれた。

大剣は彼女を守る盾のように高速回転し、岩石の弾丸を尽く弾き飛ばしていく。

 

 

「視界を遮る派手な魔法による牽制からの質量攻撃。防御魔法を抜いて殺すことだけを考えた効率的な戦術……強いね君達」

 

「手を緩めるな、意識が追いつけなくなるまで叩き込め」

 

 

リーダーの号令と共に、魔法の嵐が再び吹き荒れる。

 

 

竜巻を起こす魔法(ヴァルドゴーゼ)

 

水を操る魔法(リームシュトローア)

 

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 

砂塵を巻き上げた竜巻が視界を奪い、運河から汲み上げられた大量の水がソリテールの身体に絡みつく。天を裂く紫電が弾け、高圧電流が彼女の全身を焼き尽くした。

 

 

「「「『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」」」

 

 

仕上げとばかりに、弾ける渦雷を引き裂いて、三方向から同時に高速の極光が放たれる。

質量と魔法、両面からの即死級の攻撃が、寸分の狂いもなくソリテールの身体を串刺しにしていく。

 

 

「はぁ……はぁ……もういい、止めろ」

 

「流石にくたばったか?」

 

「……さぁ、どうかしらね」

 

 

魔法による嵐が止み、辺りには再び静けさが満ちていく。

傭兵たちの間に、確かな手応えと、しかし拭いきれない不安が入り混じる。

 

 

張り詰めた空気の中、場違いな拍手の音が鳴り響いた。

 

 

――パチパチパチ

 

 

「――終わりかな?それじゃ……次はお姉さんと休みながらお話ししようか」

 

 

熱により蒸発した水蒸気が晴れ、そこに現れたのは、衣服が僅かに焦げ付いただけの、無傷のソリテールだった。

口元には、満足げな笑みが浮かんでおり、拍手の音が木霊する。

 

 

――ドッ

 

 

そしてソリテールの魔力制限が解かれた。

 

 

吐き気を催すほど尋常ならざる魔力が、決壊したダムの奔流のように周囲に撒き散らされる。

傭兵たちの身体は、桁外れの重圧を前に、鉛を流し込まれたかのように重くなった。

 

 

「馬鹿な……なんだこの魔りょ――

 

 

 

――ザクゥ

 

一瞬の出来事だった。

 

 

傭兵の一人の思考が、隔絶した魔力を前にほんの一時フリーズした、その隙を縫って。

高速で飛来した大剣が、三人の魔法使い達の片足を、綺麗に切り飛ばしていた。

 

 

認識が追いつく間もなく、彼らは叩き落とされた虫のように、為す術もなく地面へと墜落していく。

 

 

傭兵たちの身体が地面に激突する寸前、ふわりと不可思議な浮遊感が彼らを包み込んだ。

 

ソリテールが放った魔法だった。

落下による衝撃だけを綺麗に相殺している。

だが、それは慈悲などでは断じてない。切断された脚の断面からは、熱い血が噴水のようにドクドクと湧き出し、土埃の舞う地面に生々しい赤黒い染みを作っていく。

 

 

そんな彼らに向かい、ソリテールは珍しい標本を前にした学者のような、純粋な好奇心を湛えた穏やかな笑みを浮かべ、一歩、また一歩と近づいていく。

足取りは、血と硝煙の匂いが立ち込める戦場には不釣り合いなほど、静かで優雅だった。

 

 

「君達戦い慣れているね……それも魔族ではなく人間相手に。魔法は誰かから習ったのかな?それにしては術式が滅茶苦茶、感覚で魔法を使うタイプ?その杖は中央諸国製だね、殺して奪った?それとも盗んだのかな?」

 

 

ソリテールが一歩一歩距離を詰め、矢継ぎ早に質問を浴びせる中、傭兵たちは歯を食いしばりながらも生き残るための道を探っていた。

 

片足を失い、絶望的な状況であることは間違いない。

しかし、血生臭い傭兵稼業を生業としてきた彼らにとって、ピンチとは日常の一部でしかない。

即座に、この化け物を殺すための最後の算段を実行に移す。

 

 

「おい……注意を引け、ここは地盤が緩い。生き埋めにする」

 

「しくじらないでよ」

 

 

リーダー格の男が小声で指示を飛ばす。

呼応するように、もう一人の魔法使いが杖を掲げ、残された魔力を振り絞った。

運河から汲み上げられた水が意思を持ったかのように立ち上り、分厚い水のカーテンとなってソリテールの視界を完全に遮断する。

 

 

リーダー格の男が杖を強く握りしめ、強固な殺意のイメージを練り上げた。

 

 

『大地を操る魔――』

 

 

逆転の一手。

並大抵の魔族であれば、その慢心を突かれ、地の底へと沈んでいただろう。

しかし、彼らの目の前にいるのは、人類の魔法を飽くことなく研究し、油断も慢心も持ち合わせない大魔族ソリテール。現実は、あまりにも非情だった。

 

 

「『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

――ズ、チュン!

 

 

男の魔法が完成するよりも早く、ソリテールの唇から放たれた冷たい言の葉。

刹那、リーダー格の男の杖と右腕が、肘から先、跡形もなく消し飛んでいた。

 

 

「う、がぁ……ぁ」

 

 

男の口から、声にならない呻きが漏れる。

遅れてやってきた灼けるような激痛に、意識は暗転しかけていた。

 

 

「嘘……」

 

 

仲間の一人が、信じられない光景に絶望の声を漏らす。

 

 

「次魔法を撃つ素振りを見せたら三人の内一人を殺す。質問には素直に答えて、私にとって『お話し』はとても大事な研究テーマなの」

 

 

ソリテールは呻く男を一瞥すらせず、邪魔な小石でも蹴るかのように、離れた場所に墜落し、気絶した魔法使いを浮かせ、リーダー格の男の隣へと無造作に投げ捨てた。

 

 

「顔立ちが似ているね……全員南側周辺諸国の産まれ?言語に独特の訛がある……同じ場所あるいは同じ環境で育った?二人共滅茶苦茶な魔法術式だけど……もう一人は写し取ったみたいに君達と同様の魔法を使っている。貴方達が師匠なのかな?」

 

 

問いかけは、どこまでも無機質で、感情がこもっていない。

ただただ、知的好奇心を満たすためだけの尋問。

 

 

「そんなこと聞いてどうするつもりよ?」

 

 

女魔法使いが、憎悪を込めた瞳でソリテールを睨みつけながら吐き捨てる。

 

 

「ねぇ……聞かせて」

 

 

ソリテールは、敵意を意にも介さず、ただ静かに促す。

 

 

「……なによ?」

 

「君達は家族なのかな?」

 

 

その言葉が、女魔法使いの心の最後の箍を外した。

瞳に激情の炎が燃え盛り、杖を握る手に魔力が迸る。理性よりも本能が先に働き、眼前の大魔族へと牙を剥いた。

 

 

しかし、魔法が放たれる寸前、女の動きは完全に静止する。

彼女の身体を貫くように、ソリテールの冷たい視線が突き刺さっていた。

掌をかざした時には、既に勝敗は決している。

 

 

「殺すと言ったはず。……どうせなら君の得意な水の魔法で殺して上げる」

 

 

ソリテールが、魔法への解釈とイメージを広げていく。

途端に、女の全身が内側から悲鳴を上げた。

心臓から指先の末端に至るまで、耐え難い激痛が彼女の意識を焼いていく。

 

 

「これは君達も使っていた『水を操る魔法(リームシュトローア)』。今、私がナニをしているか理解出来るでしょ」

 

「ふぅ……く、ありえないッ」

 

 

脚と腕を失い、身動きもままならない男の隣で、女が鼻から夥しい血を垂れ流し始めた。

ソリテールがやっているのは、人間の血液を『水』として捉え、流れを逆転させているだけ。

 

ただそれだけのことだ。だが、魔法使いである男には、それがどれほど狂気じみた所業か痛いほど理解できた。

全身に張り巡らされた血管、その総延長は9万kmにも及ぶ。

毛細血管の一本一本に至るまで、流れを完璧にイメージし、魔法として顕現させる――もはや呪いの領域だ。

 

 

「私の奥さんは、とても頑張り屋さんで私に見られるのが大好きでね。解剖用の死体も好きなだけ用意してくれる。毎晩流れる血の熱を肌で感じさせてくれるの」

 

 

ソリテールは、甘い思い出を語るかのように、自身の狂気的な日々を口にする。

呪いにも等しい魔法を、愛する者との倒錯した触れ合いの中で、鮮明に、そして完璧に思い描き、実現させていた。

フルーフの全身を何度も何度も切り開き、身体の隅々まで探求し尽くした経験が、ソリテールの理解を、人類の神経の一部分にまで及ばせていた。

 

 

「さぁ、死に際の言葉を聞かせて?見た所貴方はお母さんね。子供の前で無力に朽ちていく気分はどうかな?」

 

「し、ね……バケモ、が」

 

 

――ぐしゃぁ

 

 

激痛の最中、気丈に悪態をついたのを最後に、女の身体は内側から破裂した。

全身の穴という穴から血を噴き上げ、呆気なく命が潰える。

 

 

残された男は、憎悪と絶望に満ちた瞳でソリテールを睨みつけ、息子と思われる若者は、頭の打ちどころが悪かったのか、地面で泡を吹きながら、もはや意味をなさない動きでのたうち回っていた。

 

 

「最後まで弱音を吐かないんだね……。ありがとう、また一つ愛という概念の重さを知れた気がする」

 

「ぐ、そ……この悪魔が……なんとも思わないのか」

 

「……?――あぁ…ごめんなさい。そういう言葉は久しぶりに聞いたものだから理解出来なかったわ。私に罪悪感を訴えているんだね」

 

 

ソリテールは「懐かしい」と呟きながら、何が可笑しいのか、男の絶望を前にして穏やかな微笑みを浮かべ、その感情への理解を示す。

 

 

「だけど、そういうものに興味は湧かないの。もっと面白いお話をしましょう」

 

 

魔族はどこまでいっても魔族でしかない。

男が何を求め、どんな感情を抱いているのかを理解していながらも、「興味がない」と…「どうでもいい」と、ソリテールは冷酷に切り捨てる。

男は何もかもが無駄だと悟り、力なく舌打ちをした。

 

 

「不思議だと思わない?」

 

「なにがだ……」

 

 

男は、自分達は人殺しを生業とするクズだと自覚している。

いつか必ず報いを受ける日が来ると覚悟もしていた。

化け物に殺されるのは不服だが、もう逃れられない死ならば、と静かに受け入れていた。

 

 

「北側諸国は魔王軍の残党と人間同士の小競り合いで疲弊。聖都のお膝元である中央諸国では、嘗ての勇者パーティー未だに目を光らせていて平和そのもの。そして人類と魔族の戦争から一番縁遠い筈であった南側諸国。ねぇ、今一番人類が死に絶えている場所はどこだと思う」

 

「ここだと言いたいんだろ」

 

「そう、南側諸国は魔王軍の残党による被害が最も少ない場所。なのに今では人類同士で殺し合っている。何故かな?」

 

「殺しあってないと死ぬんだろ」

 

 

男が自嘲気味に吐き捨てた言葉に、ソリテールは「なるほど」と、どこか深く納得したように頷く。

共通の敵がいなくなれば、また新たな敵を内側に勝手に見出し、殺し合う。

もしかしたら人類とは、本質的に闘争を求めずにはいられない、悲しい生き物なのかもしれない。

そんな哲学的な思索に、彼女は一瞬耽っていた。

 

 

「面白い答えだ……。人間はとても愚か。私達という共通の敵を失って百年も経たない内に殺し合う。魔族が完全に地上からいなくなればどうなるのかな。今度はドワーフ、エルフ、人間の三竦みで殺し合うと思わない?」

 

「知るか、そんなこと」

 

 

宙を漂う大剣の切っ先を指で撫でながら、男との対話を楽しむソリテール。

ふと何かに気づいたように辺りを見回し、唇に笑みを浮かべた。

 

 

「私は色々な場所を巡る中で思ったの。魔族と人類の共存は不可能……だけど世界という一つの大きな枠を通して生命全体を見れば私達は既に共生を果たしていると言えるのではないか。私達という存在が消え均衡が崩れた時点から生命は共食いを始め数を減らしていくだけになる……そんな風に考えてしまう」

 

「……」

 

「これもまた進化と淘汰サイクルの一部なのか。それとも破滅への一歩なのか、とても興味深いと思わない?」

 

「あいにくとその日暮らしの生活でね、見えもしない未来の持論はよそでやれ。それとも何か、あれだけ長く戦争しといて今更死ぬのが恐いとか抜かすつもりか?」

 

「そうだね、私は常に怯えている。人類の理解不能な愚さと進化に対して、純粋な恐怖を感じるわ……今も君達に薄気味悪い恐怖を感じているの」

 

「勝手なことを言う……」

 

「人類は『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』を解析し『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』を作り上げた。なのに勇者ヒンメルがもたらした平和な時代でやっていることは同族殺し。魔族よりも人類の方がよっぽど野蛮だとは思わない?」

 

「俺に何を言って欲しいんだ化け物?」

 

「楽しくお話しがしたいだけ。同族殺しがお仕事である君達からどういう答えが返ってくるのか、興味があるの。魔族は滅んだ方がいいと思う?戦いの無い平和を夢みたことはある?家族全員で過去に戻れたらと考えたことは?」

 

 

ソリテールと男の魔力探知が、これまで隠蔽されていた高い魔力反応を捉え始める。数は三つ。

 

 

「この胸糞の悪い性悪が……無自覚なんだろうがヘドが出るな」

 

「酷いことを言うね。帰って奥さんに慰めて貰わないと」

 

「生憎とお前には一緒に地獄へ来てもらう。『見た者を拘束する魔法(ソルガニール)』」

 

 

男の最後の抵抗。

魔法がソリテールの全身を拘束するように、幾重にも魔力の輪となって絡みついていく。

 

自身の奥さんの友人が得意とする魔法と同じもの……ソリテールは、美しい術式を前に、素直に良い魔法だと称賛の言葉を心の中で送った。

 

 

だが――期待外れだ。

 

ソリテールは静かに落胆した。家族という絆、親が子に向ける無償の愛。あれほど興味深い観察対象だったというのに、最期の選択がこれでは台無しではないか。

本で読んだ「親の愛」とは…こういうものではなかったはずだ。

 

 

「そう。子供を逃がすでもなく、守るでもなく。そういう……自暴自棄で、ありきたりな選択をするんだね。私は、貴方が息子を愛していると――そう評したくない。愛とは、そういうものではないはずよ。できれば、父親として息子への愛、そういうものを見せて欲しかった。……最期に、死に際の言葉を聞かせて」

 

拘束を意にも介さず、ソリテールは男に最後の問いを投げかける。

時を同じくして、二人と一人の遺体を飲み込むように地盤が大きく割れ、傾いていく。

 

 

「くたばれ糞魔族――『大地を操る魔法(バルグラント)』」

 

 

傾く地盤と連動して、周辺一帯の崖が連鎖的に崩壊を始める。

防御魔法では一瞬たりとも防ぎきれない、超質量の岩石の濁流が、ソリテール達の元へと雪崩のように流れ込んでいく。

 

 

 

――ドッガァン!!

 

 

大地が震えるほどの轟音と、視界を覆い尽くす土煙。

やがてそれが晴れると、粉々に砕け散り積み上がった岩石の上に、三人の黒ずくめの魔法使い達が静かに降り立った。

 

 

「気を抜くな………魔力は感じられんが隠蔽している可能性が高い」

 

「伝令係の魔力反応と戦士共の反応が消えた」

 

「もう一匹の魔族に殺されたな」

 

 

彼らは一切の感情を排した無機質な声で状況を伝え合い、背中を預け互いの死角をカバーしながら、岩塊の下にいるであろうソリテールを最大限に警戒する。

 

 

「残念。惜しかった」

 

 

岩の山の奥から、場違いなほど穏やかな声が木霊した。

間髪入れず、三人の魔法使い達に向かって、音速を超える大剣が射出される。

 

 

――ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 

 

魔法使い達が咄嗟に展開した、三重の防御魔法。

大剣はそれらをいとも容易く貫通し、彼らの目と鼻の先で、ピタリと静止した。

 

 

「魔力の無駄だ、防御魔法は使用するな……全員散開」

 

 

リーダー格の男の冷静な指示と共に、黒ずくめの魔法使い達は一斉に宙を滑空し、ソリテールの視界から完全に姿を消した。

 

 

――見たことのない魔法だ。…透明化か?今の防御魔法の術式は、帝国のもの。魔導特務隊とも、フルーフが言っていた影なる戦士…とも少し違う。

 

ソリテールは、彼らの消えた空を見上げながら、透明化の術式を解析しようと試みる。

 

 

「さっきの子達とは正反対。面白みが無い程洗練されている、術式と魔法の発動に淀みがなく規律がある、少しデンケンと似た感じかな」

 

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)

 

 

思考を遮るように、視覚外から貫通魔法が放たれる。

ソリテールは、極光の中心部に的確に一枚の防御魔法を展開する。

衝突したエネルギーは放物線状に拡散し、周囲の地面に無数の小さなクレーターを刻んだ。

 

 

「帝国に仕える魔法使いかな?顔も隠していて特徴も無いだなんて、お話しの切っ掛け作りも出来ない。さっきの子達にも言ったけど君達の邪魔をするつもりはないし、興味もない。だけどここは争いばかり……君達が私達を殺そうとするのなら――容赦せず殺すわ」

 

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)

 

 

ソリテールの言葉を無視するように、再び魔法の光が閃く。

先程の焼き直しになるかと思いきや、今度の一撃は防御魔法の展開よりも速く、ソリテールの掌を掠めた。

 

 

――速い。魔力差で致命傷には至らないが、これは何だ?

 

 

「うん、殺すね。……これは何かな?同じ『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』であることは間違いないようだけど」

 

 

ソリテールは新たな防御魔法を展開し、次々と放たれる『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』を防いでいく。

 

しかし、時折、時間差で飛来する高速の魔法が防御網をすり抜け、彼女の身体に浅い傷を刻んでいった。

魔法使い達から見れば、ソリテールが対応に手をこまねいているようにしか見えなかっただろう。

 

このまま押し切れる、と彼らの間に無言の圧が流れ、攻撃の密度は更に増していく。

 

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』による多種多様な連撃。

時折、ソリテールの魔力量による、鉄壁の防御すら貫通してくる鋭い一撃も見受けられた。

 

 

しかし、ソリテールの魔法への理解と解析能力は、一般の魔法使いの追従を許す所ではない。

既に放たれた数発の魔法だけで、術式と仕組みの全容を掴み始めていた。

 

 

ソリテールは、速度の全く違う一般攻撃魔法を、後出しジャンケンのように完璧なタイミングで防ぎきると、心得たとでも言わんばかりに小さく頷く。

 

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)

 

「――もうここまで発展したんだ……やはり人類は恐ろしい。この一撃は速度特化。魔法発動までの全工程を、驚くほど徹底的に効率化。杖そのものに『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』の術式を直接刻み込むことで、魔法を構築する時間を限りなくゼロに近づけている。さらに、補助的に展開する魔法陣を、魔力を射出するための加速装置のように利用。動作と出力時間の極限までの短縮。これはまさしく、速度にのみを追求した『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

言葉とは裏腹に、ソリテールの表情には一片の焦りも浮かんでいない。

むしろ、未知の玩具を与えられた子供のように、瞳は知的な好奇心に輝いていた。

 

直線的に、ただひたすらに速度を追求した魔法は、彼女の展開する薄い防御魔法の膜に触れると、硬いガラスに当たったかのように軌道を逸れていく。

飛来する光の槍を最小限の動きで受け流しながら、術式の構造、魔力の流れ、考案者の思考の痕跡を読み解いていく。

 

やがて、直線的な猛攻がふと止んだ。

戦場に一瞬の静寂が訪れる。だがそれは、攻撃の終わりを意味するものではなかった。

 

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)

 

「そして今度は魔法そのものを拡散させ、攻撃範囲を広げてきた。一撃の威力は犠牲にしているけれど、代わりに、単純な回避を許さない追尾性という厄介な付加価値を得ている。これは、相手に確実に防御魔法を使わせ、魔力を削ることを主目的とした、実に合理的な一手。ただ破壊するだけでなく、戦況をコントロールしようという意図が見える……これもまた、人類らしい狡猾さに満ちた拡散型の『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』。称賛に値するわ」

 

 

全方位に展開した防御魔法が、降り注ぐ光の雨を完璧に弾き返す。

硬質なドームに当たる雹のように、パチパチと軽い音を立てるだけだった。

 

消耗戦、実に芸のない戦術だ。

ソリテールはそう断じながらも、思考の片隅で、ある違和感を覚えていた。

この拡散攻撃は、あまりにも露骨で、陽動にしては芸がない。

だが、思考が結論に至るよりも早く、彼女の魔力探知が、拡散する光の雨の向こう側に、これまでとは比較にならないほど強大で、一点に凝縮された魔力の奔流を捉えた。

 

 

「終わりだ――『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」

 

「――そして。これらに紛れて撃ち込まれる、特徴のない一撃。だけど、これこそが真打ちというわけね。一点集中の高圧縮。これまでとは比較にならないほどの魔力を、針の先ほどの極小の点に凝縮させてることによって私の魔力を抉り抜いてくる。これは、魔力量という絶対的な優劣さえ覆しかねない、単純明快にして高威力を発揮する高圧縮型『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』。あらゆる防御を一点突破の力で貫く、まさしく必殺の一撃」

 

 

貫通魔法に強い耐性を持つはずの防御魔法が、薄いガラスのようにあっさりと砕け散るのを、ソリテールは目視で確認する。

魔力探知により、圧縮された熱線を紙一重で躱した。

 

 

 

ソリテールの頬を、熱せられた空気が掠めていく。

一歩間違えれば、この身が塵と化していただろう一撃。

 

だが、口元に浮かんだのは、恐怖ではなく、笑みだった。

これほどの力を、これほどの短期間で。

人類の持つ底知れない可能性に、純粋な感動すら覚えていた。

感動を表するかのように、彼らが操る魔法の全て解析し尽くしていく。

 

 

術式の構築、補助要素、魔道具、杖の特性。

人類が作り上げた最先端の叡智を、瞬く間に吸収し、自らのものへと変えていった。

 

 

「素晴らしい――『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』の真の脅威は、その貫通力ではなく、驚くべき汎用性にあるの。術式が単純であるからこそ、粘土のように、形を自由自在に変えることができる。性質の異なる魔法をいくつも習得するのではなく、たった一つの魔法の『指向性』や『圧縮率』を制御し、補助魔法陣という工程を挟み、道具に工夫を加えることで、性質を変化させている。これは、もはや単なる魔法ではなく、使い手の望みに応じて自在に形を変える、万能の鋳型。たった一つのシンプルな魔法が、これほど多種多様な変化を可能にするなんて……応用という面では、まさしく無限の可能性を秘めた魔法ね」

 

 

更に密度を増していくレーザーの雨を、防ぎ、いなし、躱しきる。

一人で楽しそうに独り言を呟く姿は、魔法使い達の目には、理解不能な化け物として、大層不気味に映っていた。

 

 

「感動した。腐敗の賢老クヴァールが開発し人体の破壊を効率化させた魔法。それを人類の誰もが使用できるよう再現しただけでなく、知恵と工夫により擬似的な応用にまで至った。それもたった数十年で……。魔族は魔法に対する、この手の小細工を嫌うけど。彼は、きっと君達人類を称賛してくれるわ。そして私からもを賛辞贈らせて……とても素晴らしい贈り物をありがとう」

 

 

虚空に翳されたソリテールの白い指先。

先端に、パチリ、と空間が裂けるような音と共に、漆黒の雷が迸った。

 

「圧縮…加速…――

 

雷は幾何学的な紋様を描き、瞬く間に複雑で禍々しい魔法陣を構築する。

それは、彼女が解析し、自らのものとした人類の叡智の結晶。

ソリテールは、完成された術式を眺め、静かに、破滅の言の葉を紡いだ。

 

「『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

――ピュン!

 

 

黒い極細の何かが、空気を切り裂き通過したような気がした。

刹那、何もないはずの空間から赤黒い血飛沫が吹き上がり、絶命した魔法使いが、糸の切れた人形のように力なく墜落していった。

 

 

「お話しも、死に際の言葉も聞かない。私は礼儀を欠かさない魔族なの…私にプレゼントをくれた君達は、苦しませず殺して上げる」

 

 

仲間の一人が一瞬で殺されたことに、残りの魔法使い達に動揺が広がる。

しかし、彼らは不測の事態にも対処できるよう訓練された軍人だ。

魔法による攻撃を緩めることなく、ソリテールに居場所を悟らせないよう、不規則に飛び回りながら撹乱を続ける。

 

 

「君達は、優れた魔法使いだ。でも魔族と本気で殺し合うなら、それでは駄目。私は魔族で、既に解析を終えた人類の魔法なんて息をするも同然に扱える……。なのに、悠長に同じ魔法ばかり。何時まで人間を相手にしているつもり?」

 

 

既に彼らの魔法を解析し終えていたソリテールが、強制的に術式を解除する。

透明化の魔法が解かれ、二人の魔法使いの姿が再び白日の下に晒された。

 

 

逃げる術は残されていない。

彼らの姿は、ソリテールがかざした掌の中に完全に収まり、中心には、再び黒い雷が迸っていた。

 

 

「有意義な時間に感謝を。それじゃ……さようなら……。拡張――『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

その日、南側諸国のとある町に、天を貫く黒い光の柱が立ち上った。

雲を裂き、人々を争いから守った黒き稲妻は、後に町の人々から「救世の光」として崇められ、後世にまで語り継がれたという。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

南側諸国のとある町では、戦後とは思えないほど順調に復興が進んでいた。

 

 

国境付近という立地から、紛争の被害は甚大なものになると予想されていた。

しかし、蓋を開けてみれば、民間人の死傷者は一人も出なかった。

町は、絶望とはほど遠い、希望の光に包まれていた。

 

 

全く意図せず町を救った三人組は、変身魔法で角を隠し、この町で代々魔法使いの家系であるという夫婦と会っていた。

男女は、深々と頭を下げ、三人へと心からの感謝を述べる。

 

 

「こちらがお約束していたこの地域に伝わる伝承魔法の一部が記されたものです。ソリテール様、リーニエ様、フルーフ様……この度は町を救って頂き誠に感謝致します」

 

 

差し出されたのは、ほのかに魔力を帯びた、ボロボロの紙束。

魔王軍の侵略の手が及んでいない南側諸国には、いつの時代から存在するのかもわからない、古代の魔導書の一部が今も尚、複数残されていた。

旅の最中、ソリテールが欲しがっていた知識も、多く見つかったが、中には完全なガラクタも少なからずあった。

 

 

どうやら今回は当たりのようだ。

ソリテールが報酬を受け取り、古びた羊皮紙に目を通していく。

 

 

「素直に助けたとは到底言えませんがね……――いえ折角ですので、この偉大な大魔法使いソリテール様と戦士リーニエ師匠をしっかり崇めて上げて下さい」

 

 

フルーフは、結果的に町を救ったとはいえ、動機が善意10%、下心90%であったことを思い出し、少し気まずそうにする。

 

 

事の発端は、町に宿泊中、運悪く紛争に巻き込まれたことだった。

南側諸国の治安の悪さは予め把握していたため、早々に町を出ようと提案したのだが――複数の魔法使いの存在に気づいたソリテールが「少し『お話し』してくる」と、嬉々として戦場へ飛び立ってしまった。

 

リーニエに至っては、町に流れ込んできた戦士達を見るや否や、「面白そう」と呟き、戦斧を肩に担いで猛スピードで斬りかかっていく始末だ。

 

 

一人取り残されたフルーフは、目の前の夫婦から提示された報酬にあっさり釣られ、流されるまま救護活動を開始した。

住人が避難した町中で、白昼堂々、死体を蘇生させて回り、ソリテールとリーニエが謎の魔法使いや戦士共を惨殺し終わるまで、それをひたすら繰り返していた。

 

 

「えぇ、町の彫刻家は銅像を建てると意気込んでいましたよ。住民の全員が貴女方に感謝しています」

 

「私達も戦えたらよかったのですが……この人も私も魔法の才には恵まれておらず。今回は本当に助かりました」

 

 

茶髪の男性と紫髪の女性が、三人を見回しながら改めて深く頭を下げる。

 

 

「フルーフ、これは貴女が欲しがっていた魔法だと思うわ。断片もかなり集まったんじゃないかな」

 

「どの魔法ですか……ぉお!儀式魔法……しかも生贄必須のタイプですね。古代の大結界魔法ですよこれ」

 

 

ソリテールから受け取った紙束は、恐らくフルーフが所有する古代魔導書の失われたページの一部であった。不死の彼女にとって、この手の生贄を必要とする魔法は、自身のポテンシャルを最大限に活かせる、是が非でも手に入れたい代物だった。

 

 

魔導書に記されていたのは、現代の魔法体系とは完全にかけ離れた、まさに未知の魔法だ。

 

 

術式は古代言語で複雑に絡み合い、理論を完全に理解することは、フルーフの魔法知識をもってしても不可能に近い。

しかし、理論の理解など必要なかった。

魔法の概要、つまり「何をすれば」「何が起こるのか」という結果さえ把握できれば、後はフルーフの特異な体質が全てを解決する。

 

常人が一生かけても放てないほどの膨大な魔力を、自らの命を燃料として一瞬で生み出し、圧倒的な出力で、精緻な術式制御という工程を完全に無視してゴリ押しする。

まさに、不死者だからこそ可能な、荒業中の荒業だった。

 

 

「よかったね、フルーフ。可笑しな規模の自然魔法の他にも使える魔法が増えた」

 

「はい、私の体質を最大限活かせる魔法は珍しいので嬉しいです」

 

 

現在、フルーフが使用できる儀式魔法は『天地に乞う魔法』という、馬鹿げた規模のものだけだった。

これも、遺跡や旅の最中に集めた古代の魔法であり、詳細は解析不能、意味不明な術式が使われている。

 

 

しかし、そんな上機嫌なフルーフとは正反対に、リーニエは冷めきった目で彼女を見つめていた。

 

 

「あれ、なんの役に立つの」

 

「ふっふっ…古来より人類は生贄を捧げ天地に願い乞うてきたのです。あれはまさしく天変地異すら実現する魔法というか最早シャーマンによる儀式なのです」

 

「で、使い所は?」

 

「リーニエ師匠……あ、あの魔法はやろうと思えば国だって豪雨で沈められるし、津波や地震だって引き起こせる、なんなら年中雷だってふらせられるんです!このロマンがわからないんですか」

 

「だから使い所がない。ソリテール様から散々言われたのに覚えてないの?」

 

 

リーニエの一言で、フルーフの全身は硬直し、目は死んだ魚のように光を失った。

 

 

「なんか凄いけど無駄に規模デカくね?」「竜巻や雷?水とか岩とか、もっと小回りが効いて便利な魔法あるよね?」「戦闘中にお祈りでもするの?」「国とか滅ぼす予定でもあんの?」……そんな風な言葉を遠回りに、ソリテールから淡々と言われた記憶が、フルーフの脳内に洪水のように溢れ出す。

 

物凄い苦虫を噛み潰したような顔で、必死に反論した。

 

 

「さ、砂漠を緑で一杯に出来るし……塩害にも一切負けない農作物が海岸附近でも作れるし……不毛の大地である北側高原の一部だって復活させられるんです……この魔法は凄いのです」

 

「フルーフ……お前は本当に馬鹿。それもう命を肥料に変える魔法」

 

 

実際、旅をする中で極貧に喘ぐ地域を実験台にして、フルーフは大規模な環境改善にも成功している。

一部地域では崇拝レベルで信仰されるほどにも関わらず、フルーフが一番欲しい旦那と師匠からの称賛は、これまで一切得られていなかった。

 

 

「ぐ……ですがきっとこの結界魔法は凄いはずです。なんか物理、魔法、全反射くらい凄いパワーを感じます……たぶん」

 

「ふっ」

 

 

鼻で笑われた……。

リーニエの舐め腐った態度に、絶対凄い魔法だと力説するフルーフ。

 

ふと、ソリテールは、薄く開いた扉の隙間からこちらを覗く視線に気がついた。

ソリテールと目が合ったことに気づいたのか、夫婦によく似た人間の少女が、扉の奥から姿を現した。

 

 

「おや、どうしたんだい『フェルン』?外はまだ瓦礫があって危ないから中にいなさい」

 

「まぁまぁ、アナタ…きっと『フェルン』も町の英雄と聞いて一目見たくなったのよ」

 

「皆さん紹介します。この娘は僕達の娘で名前は『フェルン』と言います」

 

 

紹介された少女は、礼儀正しく深々と頭を下げ挨拶をする。

所作の一つ一つから、育ちの良さが伺えた。

 

 

挨拶を終えると、彼女はトテトテと小さな足取りでソリテールの方へと向かい、再び頭を下げ、誰もが息を飲むような、衝撃的な言葉を口にした。

 

 

「ソリテール様……私に魔法を教えて下さいませんか?」

 

 

如何にソリテールが恩人であり、一目で優れた魔法使いだと理解できたとしても、全身から醸し出される尋常ならざる気配を感じながら、弟子入りを乞うなど普通ではなかった。

 

 

どれほど穏やかな微笑みを浮かべ、優しい言葉を紡ごうとも、魂の奥底からは、絶対的な捕食者だけが放つ冷たい死の気配が滲み出している。

それは、感受性の豊かな子供であれば、理屈ではなく本能で感じ取ってしまうだろう。

目の前にいるのが、ただ人間の形をした怪物なのだと。

 

それを物ともしないということは、つまり……。

端的に言って、このフェルンという名の子供は……とんでもない糞度胸の持ち主だった。

 

 

「へぇ……――少しの間なら教えてあげる」

 

 

ほんの気まぐれ。

大魔族ソリテールは、短期間ではあるが、人間の子供であるフェルンに魔法を教えることを約束した。

 

 

両親は大層慌てていたが、当の子供は瞳をキラキラと輝かせ、これからの修行に胸を膨らませていた。

嘘吐きが日常の魔族の言葉……勿論、人間との約束など守らず反故にする可能性は十分にあったが、ソリテールの表情はどこか面白げで、目の前の小さな才能を見つめ、思案顔をしていた。

 

 

「ぁ、ぁ゛~ギブギブ!リーニエ師匠首が折れ――

 

――ゴキッ!

 

 

そんな衝撃的な場面が繰り広げられていることなど露知らず、しつこく儀式魔法の有用性を熱弁していたフルーフは、リーニエに海老反りの体勢で跨がられ、首を容赦なく圧し折られていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

一躍町の英雄となった変装魔族と変人の三人組は暫くの間町へと滞在することになった。

生活は意外にも特に変わりはなく、人間を殺し、欺き、喰らう……それらの本能的欲求を、いつも通り一人の不死身の人間が全て受け止めているため、街は平和そのものである。

 

 

フルーフは、完成した魔導書から新たな魔法を習得するため、宿屋の一室に引き篭もっていた。

 

 

リーニエは、酒場に入り浸っては人間達からチヤホヤされ、貢がれるスイーツやリンゴ、酒を延々と貪り食い、むふ~、とご満悦の様子。

たまに、フルーフを殺すためだけに宿屋へと帰ってきていた。

 

 

そして、人間の少女から魔法を乞われたソリテールはというと……少女に『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』を教えこんでいた。

 

 

「筋がいい。ご両親からは魔法の才能はまるで感じないけど君はまるでスポンジだね。たった数日でもう魔力の制御に成功している……人間にしては驚異的な成長速度だ」

 

 

ソリテールは、フェルンの柔らかな紫色の髪を優しく撫でながら、内側で冷静に分析を進めていた。

 

人間の子供が、どのようにして魔力という概念を認識し、魔法という力を手に収めるのか。

神秘的な過程を間近で観察できることは、人類への尽きない探究心を抱く彼女にとって、まさに至上の喜びだった。

 

そして、この少女はただの観察対象ではない。

小さな身体の奥底から、ひしひしと伝わってくるのは、いずれ大輪の花を咲かせるであろう強大な魔力の蕾。ソリテールをして「逸材」と言わしめるほどの魔法への天賦の才。

これほど興味深い人間は、そう簡単に見つかるものではない。

短期的な研究テーマとして、これ以上ないほど完璧な人材だった。

 

 

「魔法の術式は既に杖に刻んである。杖を構えて。イメージするの……くて、恐ろしくて、何もかもを飲み込む暗黒。指向性を定めて……さぁ魔法を唱えてみて」

 

 

フェルンは、ソリテールから譲り受けた杖を両手で握りしめ、強くイメージする。

 

町の人々を襲った、あの恐ろしい魔法使いたちを追い払った魔法。

避難する最中に確かに見た、光さえ飲み込む暗黒の極光を。

魂に焼き付いて離れない鮮明なイメージを、杖先へと出力する。

 

 

「はい先生……――『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

放たれた殺意の極光が、前方の木々を薙ぎ払い、抉り飛ばしていく。

ソリテールによって授けられたこの魔法は、名前こそ腐敗の賢老クヴァールが使用していたものと同じだが、実態はまるで違う。

 

一般攻撃魔法をベースに、人体や魔族だけにとどまらず、あらゆる生物の構造を効率的に破壊するための術式が、惜しげもなく組み込まれていた。

もはや「人を殺す」ではなく、『生物全てを殺す魔法』と呼んだ方が正しい、凶悪な代物だ。

 

 

「指向性の維持はまだまだ。だけど綺麗な魔法だった。君のイメージが反映されているのかな」

 

「皆を守れる強い魔法をイメージしました」

 

 

ソリテールは、答えに嬉しそうに微笑む。

魔族の感性であっても、フェルンの放った魔法はとても美しいと思えた。

持てる知識を結集し、殺傷性だけを極限まで高めた魔法。大部分を杖が肩代わりしているとはいえ、威力を少しも減衰させることなく放てたのは、紛れもなくフェルンが持つ天賦の才あってのことだった。

 

 

「魔法の設計イメージとは正反対なのに、しっかりと使いこなせている。やっぱり人類は恐ろしい……未知を未知のまま完全に使い熟せてしまう。理解も理屈もなく感覚だけで独自の輪郭を掴み取る。それとも、これは人類の子供による自由な発想が関係しているのかな」

 

 

魔族には無い、平和で自由な発想。

殺すための魔法を、守るためのイメージで正しく機能させる。

 

同じ「破壊」を齎すだけだというのに、少女は自身が思うがままに、その力を使いこなした。

習慣、文化、魔法体系……ソリテールの脳内では、あらゆる関係性の模索と検討が繰り返され、彼女は再び、尽きることのない深みへと嵌っていく。

 

 

「あ、あのソリテール様」

 

 

そんな思考の沼を断ち切るように、少女の声がソリテールを現実に引き戻す。

 

 

「ごめんなさい、フェルン。君の魔法が素晴らしくて少し考え込んでしまったの」

 

「はい、全然大丈夫です先生。それで、次は何をしましょう?」

 

「そうだね……基礎は他の人間から習えばいい。……次はその魔法の応用について教えてあげようか」

 

 

この短期間で、魔法の基礎を天賦の才ですっ飛ばしたフェルンは、ソリテールから様々なことを学んだ。

魔族である彼女から、対魔族用の不意打ち戦法と魔法を教わり、杖に刻まれた魔法の応用方法から、防御魔法の高度な使い方まで、あらゆる知識を吸収していった。

 

 

大魔族による魔法レッスンを経て、フェルンの実力はメキメキと、それこそ恐ろしいほどの速度で上がっていった。

 

 

ソリテールが人間ではないことに、フェルンが気づいていなかったわけではない。

数週間も傍にいれば、隠しきれるものではなかった。それでも少女は、追求せず見て見ぬふりを選んでいた。

だが、ある夜。

 

フェルンは見てしまった。

深夜、喉が渇いて廊下に出た時、ソリテールとフルーフの寝室から漏れる微かな灯りに気づいた。

薄く開いた扉の隙間から覗いたものは、およそこの世のものとは思えない光景だった。

 

 

月明かりの中、フルーフの背後に回り込んだソリテールが、白い首筋に牙を立てている。恍惚とした表情で血を啜りながら、同時に背中を腕で抉り、脈打つ心臓を愛おしそうに握りつぶしていた。

スプラッター映画も真っ青な、倒錯した捕食シーン。人喰いの化け物。それが、あの優しい先生の真の姿だった。

 

 

ちなみに、この時リーニエは、フルーフの汚っねぇ喘ぎ声がうるさいという理由で、酒場で寝泊まりしていた。

 

 

翌日、フェルンは魔法の修行を休み、一日中自室に引きこもった。

しかし、思いのほか精神は図太く、立ち直りも早かった。

フルーフを変態と罵った後は、何事もなかったかのように、再びソリテールに魔法を習い始めた。

 

 

フルーフが、謂れのない中傷を受けながらも、新たな結界魔法を習得したのは、それから更に二週間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「リーニエ師匠、ソリテール様……御覧ください結界魔法がなんとか起動できるようになりましたよ」

 

 

町の中心部に、魔族一行と彼らを英雄と称える人々が集まっていた。

 

町に滞在して既に二ヶ月以上。ついに、遅れに遅れていたフルーフの魔法習得が成功した。

 

もっとも、完成した魔法は、お世辞にも洗練されたものとは言えない。

術式は複雑怪奇なスパゲッティ。魔力効率という概念は完全に度外視されている。

普通の魔法使いが使えば、一度放とうとしただけで魔力が枯渇し絶命確実。まさしく燃費最悪の不完全品だ。

 

 

だが、使用者がフルーフであるという一点において、この致命的な欠陥は何の問題にもならなかった。

彼女にとって魔力とは、自らの無限の命を燃料として、必要な時に必要なだけ生み出せる消費物に過ぎない。

 

 

フルーフが取り出したのは、両手で抱えるほどの巨大な水晶玉。魔導書に記されていた術式がそのまま刻まれており、発動準備は万端だった。

 

 

「いきますよ…見ていて下さい…」

 

「……」

 

「……」

 

「………?速く使いなよフルーフ」

 

「待って下さいリーニエ師匠。今はデスチャージ中なんです……これ溜め魔法なんで、一分程待って下さい」

 

 

フルーフの命が、秒間何百という凄まじいペースで消費されていく。

生命力を燃料として、徐々に魔法が形を成し、圧縮された魔力が水晶の中から溢れ出してくる。

 

 

「一万人規模の生贄です。では、いかせて頂きます……――『試作型大結界(エーヴィッヒシルト)』」

 

 

フルーフが魔法を唱えると同時に、町全体を覆うように、巨大な正六面体の結界が張り巡らされた。

町に害意を持つものを拒絶する、というシンプルなイメージの元に構築された、フルーフ渾身の一品だ。

 

 

「お、ぉ……私凄いのでは。ソリテール様如何です、なんだか凄い効果とか付与されてませんか?恐らく包囲系の防護結界ですよ、これ」

 

 

フルーフは、自らの創造物を見上げ、自信満々にソリテールへと問いかける。

しかし、尋ねられた本人は無言だった。

 

ふわりと空を飛び、結界の内と外から、強度を確かめるように丹念に触れていく。

時折、試し撃ちとばかりに魔法を放ち、側では、リーニエが戦斧で結界を力任せにブン殴りまくっていた。

 

 

一通り調査が終わったのか、一分も経たないうちに、二人は音もなく空から降りてくる。

 

 

「ど、どうでした?」

 

「凄く硬い」

 

「ほんと……馬鹿みたいに硬い、ナニこれ?」

 

「え」

 

「魔法と物理への極めて高い耐性。そして感情を読み取り結界自体が立ち入る人間を選別しているわ。町への害意を持たない味方は素通りさせて敵は通さない、分かりやすい自立型の防護結界」

 

「…それだけ?」

 

「いいえ。もう一つとでも面白い仕組みがある。攻撃を受ける度に、衝撃を魔力に変換して自己修復しているわ。叩けば叩くほど、硬度を増していく……フルーフ、貴女の体質をそのまま魔法にしたような、実に厄介で、そして合理的な結界ね」

 

「うわぁ、キモ」

 

「リーニエ師匠……流石に傷つきます」

 

 

リーニエは、フルーフの結界を戦斧で殴りつけながら、何度目かの舌打ちをした。

叩けば叩くほど硬くなる。鬱陶しいほどしぶとい魔法だ。

 

なんか思っていたのと違う。

集まった町の住人らは、さらなる安全が確保されたことに、喜びの声が上がっていた。

だが、フルーフ自身は、すべてを燃やし尽くした焚火の残骸のように、意気消沈していた。

 

 

「そ、そうですか……うん、消し方も分からないし旅の準備をしてきます……」

 

 

フルーフは、水晶を置いたままトボトボと力ない足取りで宿へと戻っていく。

その後。中央広場では盛大な祭りが催され、日が沈んだ後も、賑わいは夜更けまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

虫の鳴き声が、静かに夜の闇に響き渡る。

酒に溺れた酔っ払いたちが、広場のあちこちで寝転がる中、ソリテールとフェルンは、椅子に座り、静かに月を眺めていた。

 

 

「先生……行ってしまわれるんですか?」

 

「探しものがあるの。ここは争いばかりで、いつ探しものが燃えてしまっても不思議じゃない」

 

「そう、ですか……」

 

 

フェルンは、ソリテールの言葉に寂しそうに顔を伏せ。小さな掌は、スカートの裾をぎゅっと強く握りしめ、微かに震えていた。

 

 

「フェルン……悲しいんだね。安心して、君は素晴らしい魔法使いになれるよ。お姉さんが保証して上げる」

 

「はい……我儘はいいません。先生を困らせたくはありませんから」

 

「良い娘だね。言ったこと覚えてる」

 

「敵には躊躇するな、魔族は容赦なく殺せ」

 

「そう……それでいい」

 

「でも先生は魔族で――」

 

 

フェルンが、矛盾を口にしようとした瞬間、ソリテールの人差し指が、そっと彼女の唇に添えられた。

フェルンが視線を上げれば、そこには変身魔法を解いた、二本の角を持つ美しい魔族の姿があった。

 

 

「私は善悪も分からない狡猾な魔族なの。君は利用されているだけ。感情に惑わされる必要はないよフェルン……身を守って魔法を磨くんだ。そして私に魅せて……――まだ見ぬ人類の可能性を」

 

 

ソリテールにとって、フェルンは言葉通り、人類という未知の生物を解き明かすための、この上なく興味深い「観察対象」でしかなかった。

 

だからこそ、彼女が少女に贈った「まだ見ぬ人類の可能性を」という言葉に、善意や気遣いなどという不純物は一滴たりとも含まれていない。

それは、稀少な標本が健やかに育ち、最も美しい姿で羽化することを願う研究者のような、純粋で、そしてどこまでも利己的な助言に過ぎなかった。

 

 

魔族としての私利私欲に塗れた、身勝手な欲望。

しかし、偶然とはいえソリテールが町を救い、多くの命を救ったこともまた事実だった。

純粋な魂を持つ少女が、行動の裏にある意図を見抜けるはずもなく、言葉を額面以上の「善意」として受け止めてしまうのは、あまりにも自然なことだった。

 

 

温かい誤解が、ソリテールの意図とは全く別の場所で芽吹き、ソリテールの歩む未来を切り開くことになるとは……この時の彼女はまだ知る由もなかった。

 

 

「はい……必ず先生に誇れる魔法使いになって見せます」

 

「うん……その時が来たら、お姉さんと楽しく『お話し』しようか」

 

 

食欲は満たされ、本能も充足している。

魔族という種は、こういう時にこそ、自覚もなく嘘を吐く。

 

 

ソリテールは、この事実をよく理解していた。

だからこそ、自分自身を試すように自問する。

今、私がこの少女に抱いている感情は、本当にただの欺瞞なのだろうか?彼女は己の思考の奥底を探り、感情の源を冷静に観察した。

 

 

渦巻いていたのは、少女の才能がもたらすであろう未来への、純粋なまでの知的好奇心。

それは、人間を欺くための浅い嘘などでは断じてない。

確信を得たソリテールは、穏やかに微笑んだ。今、少女に語った言葉は、紛れもない彼女自身の「本音」なのだと。

 

 

ソリテールは想像する。

いつか、目の前の少女が人間としての全盛期を迎えた時……一体どれほど魔法の高みに至っているだろうか、と。

未来の彼女と対面し、じっくりと『お話し』をする。

その瞬間が訪れた時、急速に進化する人類の魔法体系、本質へと、また一歩、深く理解を進められる気がする。

 

 

夜が更け、人の気配が消えた街を、ソリテールは一人歩く。

フェルンを彼女の両親の元へと送り届けた後も、胸の内には、あの小さな才能が残した残滓が静かに揺らめいていた。

 

 

あの少女は、これからどんな魔法使いになるのだろう。

どんな人生を歩み、どんな感情を知り、どんな最期を迎えるのだろうか。

まだ見ぬ未来の物語を夢想し、静かな笑みが浮かぶ。

ソリテールは愛しい妻が待つ宿へと、影を夜の闇に溶かしていった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

翌日、フルーフ達一行は、町中の人々から盛大に見送られ、結界の外へと足を踏み出した。

 

 

町の入り口では、偶然この地を訪れたという、かつての勇者パーティーの僧侶ハイターが、物珍しそうに結界をペタペタと触り回していた。

フルーフがひっそりと勇者ヒンメルの葬儀に訪れて以来、数年ぶりの再会である。

 

 

結界について尋ねられたフルーフは、適当にあらましを答える。

一方、ソリテールは、何か良いことを思いついたとでも言わんばかりに、ハイターに向かって、とんでもない無茶難題を突きつけた。

 

 

「この町に私が魔法を教えた人間の子供がいるの……面倒を見て上げて。基礎知識がまるで無いからよろしくね」

 

「え、嫌ですけど」

 

「得意魔法は『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』。魔法に対する好奇心は旺盛……だから連れ出して色々と学ばせて上げて」

 

「人の話を――へ?『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』……え、待って下さい、子供になんてもの教えているんですか!?」

 

 

ソリテールは、ハイターの猛抗議など意にも介さず、全スルーを決め込み、さっさと歩き始めた。

フルーフは、とりあえず迷惑料として、ずっしりと重い金貨の袋を無理矢理手渡し、リーニエは、ハイターの小言が煩わしいのか、耳を塞いでソリテールの後を追っていった。

 

 

結果として、ハイターはフェルンを弟子として預かり、魔法の基礎を一から教え込まされる羽目になった。

 

 

迷惑魔族集団に、とんでもない爆弾を押し付けられ、盛大に焦るハイターを尻目に、魔族と人間の一行は、次なる目的地へと、旅路を進めていった。

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