ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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第二章
▼第9話▶街建設


 

 

――北部高原

 

 

長い旅路の果て、三人はようやく家に辿り着いた。

 

だが、目の前にあるのは記憶の中の我が家ではなかった。

 

 

造船所の屋根は真ん中からへし折れ、赤茶けた瓦礫を地面に撒き散らしていた。

屋敷の窓ガラスは一枚残らず砕け、空洞と化した窓枠だけが海風に晒されている。

 

かつて白かった壁は黒く煤け、拳大の穴が無数に口を開けていた。

 

 

庭を埋め尽くす雑草の中に、白いものが転がっていた。

骨だ――人骨、動物の骨、様々なものが混ざり合い、無造作に散らばっている。

 

 

野生の魔物に蹂躙され、廃墟と化した家。

三人が留守にしていた数年の間に、この場所は魔物の住処へと成り果てていた。

 

 

口から冷気を吐いて触れるものを凍らせる魔物。

体から炎を噴き出して周囲を焼き尽くす魔物。

 

理由もなく暴れ回っては目についたものを壊していく魔物。

 

――そんな連中が何年も巣食った結果が、この惨状だった。

 

 

壁は氷の息で白い霜に覆われ、柱は炎で黒焦げになっている。

床や壁のあちこちには、巨大な爪で引っ掻いたような傷跡が刻まれていた。

 

 

割れた窓から海風が吹き込んでくる。

だが、その風をもってしても、魔物の死骸と糞尿の臭いを追い出すことはできなかった。

 

息を吸うたびに吐き気がこみ上げてくる。

リーニエは鼻を手で覆い、顔をしかめた。

 

 

この惨状を前にして、三人の反応はそれぞれ違った。

 

 

ソリテールは、いつもの穏やかな表情を消していた。

能面のような顔で、崩れかけた屋敷を見つめている。

 

その目の奥で何を考えているのか、フルーフには読み取ることができなかった。

 

 

リーニエは、瓦礫の山を見下ろしていた。

 

バラバラに壊された家具。

引き裂かれたドレスの切れ端。

 

お気に入りだったものが、全部滅茶苦茶にされている。

小さな肩が、怒りでブルブルと震えた。

 

 

次の瞬間、リーニエの手から何かが飛んだ――手斧だ。

それは一直線に空へ向かい、上空を飛んでいた飛竜に突き刺さる。

 

断末魔の叫びを上げる間もなく、飛竜は輪切りの肉塊となって地面に落ちてきた。

 

 

そしてフルーフは。

 

 

愛する家族と過ごした、大切な思い出がいっぱい詰まった家。

それが魔物の巣になり果てた姿を見て、汚っねぇ鼻水を垂らしながら泣きじゃくっていた。

 

千年を生きてきた不死者が、子供のように泣いている。

実に情けない。

 

 

不幸中の幸いというべきか、全てが失われたわけではない。

 

ソリテールとフルーフの研究資料。

地下の金庫に保管してあった大量の資産。

 

これらは何重にも保護の魔法がかけてあったおかげで、無事だった。

 

 

一文無しになって再起不能、という最悪の事態だけは免れたのだ。

 

 

しかし、屋敷の中はひどいありさまだった。

かつての綺麗な内装は跡形もない。

 

 

ソリテールだけが表情を変えず、淡々と屋敷の中を歩いている。

その足元で、パキッと何かが割れる音がした。

 

 

見下ろすと、それは骨の破片だった。

かつてソリテールが造船所に飾っていた骨格標本。

 

それが粉々になって床に散らばっている。

 

 

思い出の品を踏んでしまった。

その感触に、フルーフの目からまた涙が溢れ出した。

 

ぶわぁ、と涙が溢れ号泣。

 

 

崩れかけた家から、まだ使える物を運び出す作業が始まった。

 

 

まだ無事な骨格標本。

貴重な研究資料。地

下金庫の中身。

 

運び出せるものは全て運び出す。

 

 

その後、三人は決断を下した。

この屋敷と造船所は、完全に取り壊す。

 

 

号泣するフルーフを横目に、ソリテールは魔法を放った。

表情は変わらないまま淡々と、何度も魔法を撃ち込んでいく。

 

 

黒い光が走るたびに、屋敷の一部が消えていく。

壁が消え、屋根が消え、柱が消える。

 

やがて、目の前には何もなくなった。

白い砂浜と、青い海。それだけが残された。

 

 

波が寄せては返す音。

海鳥の鳴き声。

 

静けさの中に、それだけが響いている。

 

 

潮の匂いが鼻をくすぐる。

魔物の臭いは消え、海の香りだけが残った。

 

風が頬を撫でていく。

冷たくて、少しだけ湿っていた。

 

 

フルーフは拳を握りしめた。

 

二度と、こんなことがあってはならない。

 

同じ悲劇を繰り返さないためには、ただ家を建て直すだけでは足りない。

 

 

想定される害獣は、北部高原全体の魔物や魔族。

 

外敵を寄せ付けない結界、結界を突破してくる敵を倒す戦力、そして留守の間も家を守る番人――それら全てを揃えようと思えば、家を一軒建てる程度では済まない。

 

街を一つ作るくらいの規模になる。

 

 

そう考えたフルーフは、本当に街を作ることにした。

 

 

その日から、魔族一行による壮大で頭のおかしい街づくり計画が始まった。

 

 

まずは防御だ。

旅の途中で身につけた結界魔法を使用し、国一つ丸ごと覆えるほどの巨大結界を張り巡らせた。

 

この結界の中に入れるのは、悪意を持たない者だけ。

この地を襲おうとする敵や、単純に害意を持つ存在は、そもそも中に入ることすらできない。

 

 

「ふ、ふん!ふ、ぅぬ~~~~!!うぉぉぉ!自家製、国防結界だぁ!」

 

「でた、フルーフの自殺結界。相変わらず、気持ち悪いくらい硬い」

 

「規模が目測では図りきれないわ、海の地平線まで結界が伸びてる。危険だから、基軸となっている水晶には注意して、フルーフ」

 

 

次は整地だ。

結界の中には、森や丘がそのまま残っている。

 

街を作るには、まず平らな土地が必要だ。

 

 

フルーフは『大地を操る魔法』を連発した。

精密な操作などできない。

 

ただひたすら、魔力のゴリ押しで岩盤を破壊し、岩石を砕きまくり、大地を捏ねくり回した。

ついでとばかりに木をなぎ倒し、地面を平らにしていく。

 

 

魔法の中心で土砂が津波のように押し寄せ、瓦礫がフルーフの頭上に降り注ぐ。

 

骨が折れ、鈍い音がし、腕が変な方向に曲がる。

皮膚が裂け、血が流れ、地面に赤い染みを作る。

 

だが、次の瞬間には傷は塞がり、骨は元に戻り、フルーフは何事もなかったかのように魔法を使い続けた。

 

 

「ふ、ふぬぅぅぅぅ~~~、あだ、あだだだだだっ!!どわぁ~~!?」

 

「今日もバカ弟子が死んでる。あ、土流に流されていった……、と思ったら、生えてきた」

 

「これが……『我が家の風物詩』、というものね」

 

 

フルーフは不死身だ。

どれだけ働いても死なない。

 

怪我をしてもすぐ治る。

その体を使って、奴隷のように自分を酷使した。

 

ほぼ休日なしで働き続け、驚異的な効率で更地を形成していく。

 

 

長年の経年劣化と魔物の影響を受け、ボロボロになっていた海辺の小さな港も作り変えた。

 

以前は商船一隻を停められる程度だったが、大型の商船が数隻停泊できる即席の港へと改築された。

 

 

港ができたことで、フルーフは本格的に外部を巻き込み始めた。

以前から付き合いのあった商人たちに片っ端から連絡を取る。

 

 

「ノルム商会長さん?ちょっとお願いがあるんですけどいいですか」

 

「構いませんが……。突然全裸で部屋の隅から現れるのは止めて頂けますかな、フルーフ様」

 

 

必要なものは建築資材だ。

木材、石材、金属。後人材。

 

技術者に見積もりを出させ、必要な量を全て発注した。

金なら有り余るほどある。

 

出し惜しみする理由はなかった。

 

 

材料は海路と陸路を経由して、毎日のように届いた。

 

船が着くたびに荷下ろしが始まる。

「そっち持て!」「落とすなよ!」怒鳴り声と笑い声が入り混じり、港は朝から晩まで騒がしかった。

 

木材を積んだ荷車が列を作り、石材がゴロゴロと音を立てて運ばれていく。

潮の匂いに混じって、切り出したばかりの木の香りが漂っていた。

 

 

「壮観ですね、ノルムさん。言っておいてなんですが、よくこれだけの商品をこっちに回せましたね」

 

「フルーフ様が以前仰っていた裏ルートも活用し、連合を結んでいる中央諸国の商会から陸路で商品を可能な限り仕入れました」

 

「あぁ、はい。私が北側諸国の貴族にお願いして、汚職塗れの人員で固めた関所ですか。あそこ、まだ潰されてないんですか」

 

「えぇ。我が商会にとっても生かしておきたい非常路ですので、私も微力ながら維持に務めています。無論、フルーフ様が多額の資金を投じ、各方面に圧力をかけてくださり実現した海上輸送ルートも以前より大きく拡大していますので、飽くまで非常用ですが」

 

 

商会長と世間話をしている間にも、現地への資材搬入は着々と進んでいく。

 

やがて、北部高原の様々な場所から、商会の紹介を受けた職人たちも集まり始めた。

大工、石工、鍛冶屋。

 

金払いのいい仕事があると聞きつけて、腕に覚えのある者たちが次々とやってくる。

 

土地、資材、技術者。

街作りの基盤が着実に整いつつあった。

 

だが、問題もあった。

 

街を作っても、そこに住む人がいなければ意味がない。

家を守る番人になってくれる人々が必要だ。

 

しかし、こんな北部辺境の危険地帯にわざわざ引っ越してくる人間がどこにいる?

普通に募集したところで、人は集まらないだろう。

 

フルーフは考えた。

そして、ある結論に達した。

 

普通の方法で集まらないなら、普通じゃない方法で集めればいい。

 

フルーフは文字通り大陸中を飛び回った。

 

再三だが、フルーフは不死身だ。

殺されても、その場で蘇る。

 

しかし蘇生できるのは、なにも死んだ場所だけではない。

遠く離れた場所でも、自分の体の一部さえあれば、そこから蘇ることができる。

 

血の跡でも、髪の毛でも、爪の欠片でも。

 

つまり、こういうことだ。

 

今いる場所で死ぬ。

すると、かつて旅の途中で落とした髪の毛から、新しい体が生えてくる。

 

これを繰り返せば、大陸の端から端まで一瞬で移動できる。

実に便利な自殺移動法である。

 

 

そうして様々な土地を巡り、スラム街を探す。

どの国にも、どの街にも、貧しい人々が暮らす場所がある。

 

行く当てもなく、その日の食事にも困っている人々。

社会から見捨てられ、静かに死んでいくのを待つだけの人々。

 

薄暗い路地裏。

腐った食べ物の臭い。

 

壁にもたれて座り込んでいる人々の、虚ろな目。

 

フルーフは、そういった人々に声をかけて回った。

 

 

「今、新しい街を作っているんですよ。移住とかご興味ありません?来て頂けたら、住む場所と仕事を用意しますよ。食事も保証しますし、初回サービスで要望も聞いて差し上げます。移動費用と手段もこちらで持ちますので、身体的に問題があっても問題無し。結構いい条件だと思うんですけど……いかがでしょう。皆さん」

 

 

最初は怪しまれた。

そんなうまい話があるわけがない、と。

 

痩せこけた顔に、疑いの目を浮かべる人々。

中には石を投げてくる者もいた。

 

だが、フルーフは実際に何人かを連れて行き、本当に街ができつつあることを見せた。

 

噂が広まると、希望者が次々と現れるようになった。

 

商人の伝手も使い、契約関係にある貴族の紹介も利用した。

使えるものは何でも使って、人を集め続けた。

 

ただし、誰でも受け入れたわけではない。

 

 

魂の奥底がドス黒く濁った悪党。

他人を騙し、傷つけることに何の躊躇いもない外道。

 

そういう連中は、丁重にお断りした。

数は欲しいが、治安を悪化させてまで早急に必要というわけでもない。

 

仮にフルーフの目をすり抜けても、結界がある。

 

この地に害をなそうとする悪意を持った人間は、結界に弾かれて中に入ることができない。

 

二重のフィルターを通して、最初期の移住者から危険人物を徹底的に排除した。

 

こうして集められた人々は、驚くほどよく働いた。

 

彼らの多くは、普通の状態ではなかった。

 

長く続いた戦争で腕や足を失った元兵士。

食べるものがなくて、骨と皮だけになった子供。

 

病気に蝕まれ、もう長くないと言われていた者たち。

 

社会の隅っこで、ただ死んでいくのを待っていた人々だ。

 

フルーフは、そんな彼らに持てる技術をたいした葛藤もなく、惜しみなく施した。

 

まず、髪の毛を一本もらう。

 

その髪の毛を使って、蘇生魔法の初段階である肉体蘇生を施す。

 

若くて元気だった頃の体。

病気になる前の体。

手足を失う前の体。

 

完璧な複製が、目の前に現れる。

ボコボコと肉が膨れ上がり、形を成す光景はグロテスクこの上なかったが、最後にできあがったのは美しい人間の身体だ。

 

次に、古い体から魂を引き抜く。

病んで弱った体、欠けてしまった体から、魂だけを取り出す。

 

そして、その魂を新しい体に入れる。

空っぽだった複製体に、魂が流し込まれる。

 

古い革袋から新しい革袋に水を移し替えるように。

魂は新しい器に収まり、その人間は生まれ変わった。

 

目を開けた瞬間、彼らは自分の体を見下ろす。

動く腕。動く足。痛みのない体。

 

信じられないという顔で、自分の手を握ったり開いたりする者もいた。

 

こうして、彼らは完全に健康な体を取り戻した。

失った手足が戻り、病気が消えた。若さが蘇った。

 

本来ならば禁忌とされる人体錬成の魔法。

フルーフは、それをためらいもなく、望む移住者全員に施した。

 

 

勿論、外部に絶対に漏らせないよう、魂を移し替える段階で強力な制約を刻んでいる。

 

情報保持対策も万全だ。

関連する言葉を口にすること、行動でなにかを伝えることは許されない。

 

意思よりも奥深い、魂に掛けられた制約。

故にうっかりなど、決しておこり得ない絶対の呪縛だ。

 

生まれ変わった人々には、仕事が与えられた。

街を作るための様々な作業。

 

これまで不足していた単純労働と肉体労働へと、割り振られていく。

 

給料は、基本給プラス歩合制。

働いた分だけ、金がもらえる。

 

働けば働くほど、豊かになれた。

 

 

「溜め込んでいるのは旧帝国銀貨か金貨が多いので、ノルムさん、換金お願いします。大陸統一時の記念硬貨とかもあります」

 

「…………。歴史的価値が大変高い硬貨ですので、少しずつ競売にかけましょうか」

 

 

万が一、働きすぎて死んでしまっても大丈夫。

フルーフがどこからともなく現れて、また生き返らせてくれる。

 

死んでも復活できるのだから、安心して限界まで働ける。

 

 

「「「金…金…かねが、ほしぃ…」」」

 

「こいつら、また過労で死んでるぞ」

 

「Dr.フルーフが通りま~す」

 

 

通りすがりに肩をポンと叩き蘇生。

まるで眠りこけている同僚を起こすような気軽さで蘇生を施す。

 

……普通に考えれば、これは異常な労働環境だ。

 

 

数ヶ月、この状況を見続けていたフルーフは、だんだんと居心地が悪くなってきた。

ふとした瞬間、不意に、頭の中に擦り切れた映像が浮かぶのだ。

 

 

白い蛍光灯の光。狭い机が並んだオフィス。

コーヒーの冷めた匂い。

 

あの時、自分はされる側だった。

今、自分はしている側になっている。

 

やっていることは、記憶に流れるブラック上司と同じではないか?

いや、死んでも働かせるという点では、もっとひどいかもしれない。

 

胃の底が冷たくなった。

 

だが、移住者たちの反応は、フルーフの予想とは違っていた。

 

彼らはフルーフを恨んでいなかった。

むしろ、心の底から感謝していた。

 

 

「あなたのおかげで、また歩けるようになりました。働くのが楽しすぎて、うっかり過労死してしまったのはいい思い出です!はは!」

 

「子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられます。食べすぎて喉を詰まらせて死にかけましたね、ふふ」

 

「死ぬのを待つだけだった私に、もう一度生きる希望をくれました!まぁ、もう何回も死んでますがな、ガッハハハ!!!」

 

 

人々は、フルーフを救世主のように崇めた。

その目には、純粋な感謝の気持ちが溢れていた。

 

中には涙を流しながら手を握ってくる者もいた。

 

 

「ほ、ほぉ~ん、え、私のこと好きなんですか?大事に思っていると?ほほぉ~ん、そう、そうですか。それなら……身内ですね。むほほ…」

 

 

フルーフは、こういうのに弱かった。

 

恨まれても平気だ。

直接的な憎悪も殺意も気にしない。

 

だが、感謝されるのは困る。

好意を向けられると、どうしていいか分からなくなるのだ。

 

人々の感謝の眼差しを受けるたびに、フルーフの心は重くなった。

というか、言ってくる言葉が正直怖い。正気に戻さなければならない。

 

確かに、彼らは喜んでいる。

感謝している。

 

だが、それはブラック企業に洗脳された社畜が、「この会社のために働けて幸せです」と言っているのと、何が違うのだろう?

 

フルーフは、自分のやり方を見直すことにした。

 

今まで、フルーフにとって大切なのはソリテールとリーニエの二名。

後は旧知の仲である数名だけだった。

 

それ以外の人間のことは、正直どうでもよかった。

 

だが、この人々は違う。

自分を信じてついてきてくれた。

 

自分に好意を向け、想ってくれている。

 

その信頼を裏切るわけにはいかない。

 

それに、旦那様として紹介したソリテールを見ても、人々は怖がらなかった。

魔族だと分かっているはずなのに、敬意を持って接してくれている。

 

この純粋な信頼に応えなければ。

フルーフは、そう思った。

 

まず、働かせすぎるのをやめた。

 

これまでは「死んでも生き返らせるから大丈夫」という考えで、限界まで働かせていたし許していた。

 

それを改めた。

適度に休みを取らせ、無理な労働はさせないようにした。

 

一部の者から不満の声が漏れるも、フルーフは断固として譲らず、健全な働き方を強制する。

 

 

次に、福利厚生を充実させた。

 

給料だけでなく、生活全般のサポートを手厚くした。

約束通り、住む場所は無料で提供。

 

食事も基本的なものは支給。

病気になったら治療費はタダ。

将来的に子供がいれば教育も無償。

 

労働者として働いてもらう以上、人間としての尊厳は守らなければならない。

心を病んでしまっては、元も子もないのだから。

 

幸い、金ならまだまだ余裕があった。

 

千年以上生きてきたフルーフは、数えるのも億劫になるほど膨大な財産を保持している。

 

金銀財宝はもちろん、各地に隠してある歴史ある美術品や骨董品。

それらを売れば、この地の人々全員を何年も養えるだけの金になる。

 

 

「ヘイ!ノルム卿、買取お願いします」

 

「…………。これは、なんですか?」

 

「六百年?くらい前に、帝国の皇室から盗んだ初代皇帝の絵画とか、彫像品。後宝物庫にあった、ガラクタみたいなハリボテの魔道具です」

 

「…………。…………。護衛の方々、命が惜しいなら、今の話は聞かなかったことにしておきなさい。そうですね……これらは慎重に取り扱い、貴族間で行われる裏競売にかけます」

 

 

数千を超える労働力を雇用し、人々の衣食住を保証することなど造作もなかった。

人々が離れないよう、フルーフはとにかく福利厚生に金をかけた。

 

その甲斐あって、この地は徐々に賑やかになっていった。

 

結界に閉ざされた土地だが、悪意さえなければ誰でも入れる。

行商人たちが訪れるようになり、様々な品物が流れ込んできた。

 

人々は、生活必需品以外のものを買えるようになった。

菓子や酒といった嗜好品。本や楽器といった娯楽品。

 

働いて稼いだ金を、好きなことに使える喜び。

 

休みの日には、広場で子供たちが走り回る姿が見られるようになった。

酒場からは笑い声が聞こえてくる。

市場では値切り交渉の声が飛び交う。

 

人の暮らしの音が、徐々にこの地に満ちていった。

 

 

ソリテールが一番大事、という考えは変わらない。

だが、それ以外の人々のこともできる限り大切にしよう。

 

フルーフは、そう心に決めた。

 

 

その頃になると、当初は遠巻きに眺めているだけだったソリテールとリーニエも、本格的に街づくりへと参加し始めていた。

 

フルーフが整えた広大な更地。

何もない平らな土地に、街の形を与えたのはソリテールだった。

 

意外なことに、彼女は街の設計という作業にのめり込んだ。

 

ソリテールは羊皮紙を広げ、炭筆を手に取った。

フルーフが横から覗き込むと、細かい線がびっしりと描き込まれた図面が見えた。

 

 

「あれ?思ったより本格的ですね。面白いですか?ソリテール様」

 

「ふふ。伊達に人類文明を長年研究していなわ。これも研究の一環、学習と実践と捉えれば、そこまで退屈でもないの」

 

 

住む場所、店を並べる場所、工房を建てる場所。

それぞれの区画が色分けされている。

 

道路と水路が網目状に走り、建物の配置まで細かく指定されていた。

 

 

人や馬車が通る大通り、住宅地を縫う小道、それぞれの幅と配置を決める。

生活用水路と下水道も欠かせない。

 

飲み水をどこから確保し引くか、汚水をどこへ流すか。

これを間違えると、街全体が病気の温床になる。

 

学校、病院、市場、広場。人が集まって暮らすために必要な施設を、ソリテールは一つ一つ検討していった。

 

どこに建てれば人々にとって快適か。

どれくらいの大きさが必要か。

 

将来、人口が増えたときに拡張できる余地はあるか。

 

フルーフが雇った職人たちと、彼女は何度も話し合いを重ねた。

職人たちの実務的な意見を聞き、独自の研究理論と組み合わせて、設計図を何度も書き直す。

 

 

夜中になっても、ソリテールの部屋からは灯りが漏れていた。

机の上には丸めた羊皮紙が山のように積み上がり、インク瓶がいくつも空になっている。

 

完成した設計図は、常識外れの代物だった。

 

海水と汚水を濾過する浄水施設、魔道具を多用した魔法設備の設計。

各種重要拠点に配置する予定の魔道具の構想。

 

インフラに関わる全てに、ソリテールの手が何かしら加えられていた。

 

魔法に対して凄まじい知識量を誇るソリテールと、専門家が話し合い完成させた設計だけあり、完成したものはどれも従来の魔道具とは比較にならない性能を誇った。

 

 

ある日、フルーフは完成しつつある街の地図を眺めていた。

道路の配置、建物の並び、水路の流れ。

 

それらを上から見下ろした瞬間、既視感に襲われた。

 

この形には見覚えがある。

よく見れば、街全体が巨大な魔法陣の形になっていた。

 

 

「これって……たぶんアレですよね……。最近相談された……」

 

 

フルーフは静かに地図を閉じて、棚に戻す。

見なかったことにした。

 

資料が散らばる机に視線を向ける、計画書の束に混じる、数字の羅列が目に入った。

 

 

「あ、見積もりあるじゃないですか。えー、なになに、見積もりの費用は…Wow。何この、なんです?この…額」

 

桁が。おかしい。

天文学的とまではいかなくとも、大国の国家予算数年分を超える額が書き記されていた。

 

とはいえ……。

ソリテール第一主義のフルーフに異議を唱えるつもりは毛頭ない、脳内で導き出した結論はいつもどおりだ。

 

金を作りに行く、これ一択。

 

 

 

「ノルムさん。これ買い取ってください」

 

「はい、今回はどのような爆弾を持ち込んできたのでしょう」

 

「これ、初代皇帝が公文書の封緘で使用していたシグネットリングです。あ、本物ですよ」

 

「………――Wow」

 

 

その日から、ノルム商会の商会長は、胃痛により数日寝込んだ。

 

 

そうして、ソリテールが描いた設計図を元に、着々と建設は進んでいった。

実際に人が暮らせる快適な街へと変えていく。

 

その役割の一端を担ったのがリーニエである。

 

 

彼女に任されたのは、人々の意見を集める仕事だった。

 

 

どんな店があれば嬉しいか。

子供を遊ばせる場所は足りているか。

 

夜道が暗くて怖い場所はないか。

そういった本音や要望を、直接聞き出していく。

 

 

予め決められた文言を繰り返すだけの単調作業。

正直なところ、フルーフはリーニエにこの仕事は向いていないと思っていた。

 

『最強の戦士』のことしか頭にない魔族に、人の話を聞いて回る仕事など務まるはずがない。

そう考えていた。

 

だが、その予想は見事に外れた。

 

リーニエは旅の中で、戦いの技術だけを学んでいたわけではなかった。

貴族の立ち振る舞い、初対面の相手の警戒心を解くための話し方、相手に好印象を与える仕草や表情。

 

そういったものを、彼女は魔力の流れから読み取った記憶を元に身につけていた。

 

可愛らしい少女の姿をしたリーニエが、にこにこと話しかけてくる。

警戒する者などいるはずもない。

 

皆、口を揃えて自分の意見を語り始める。

 

 

「ちょいちょい、そこの人間。なにか、困ってることはない?今なら成金フルーフが、権力とお金でなんでも叶えてくれるよ」

 

「パン屋がもう一軒あると助かるんだけどねぇ」

 

「うちの前の道、雨が降るとぬかるんで困るんだ」

 

「子供たちが遊べる広場が遠くてさ」

 

 

そうやって集めた意見を、リーニエは一つ残らずソリテールとフルーフに報告した。

些細な不満から切実な要望まで、人々の声が街づくりに反映されていく。

 

 

さらにリーニエは、空いた時間を使って別の仕事もこなしていた。

街を守る戦士の育成である。

 

素質のありそうな若者を見つけては、基礎的な戦闘訓練を施していく。

 

訓練場には木剣がぶつかる音と、若者たちの気合の声が響いていた。

リーニエは腕を組んで見守り、時折「遅い」「頭が高い」と短く指摘を飛ばす。

 

 

こうして、徐々に――いや、とんでもない急ピッチで、何もなかった更地は見違えるように変わっていった。

 

石畳の道路を馬車が走り、車輪がガラガラと音を立てる。

水路には透き通った水が流れ、子供たちが足を入れて遊んでいた。

 

夜になると魔道具の街灯が灯り、通りをオレンジ色の光で照らす。

酒場の扉が開くたびに、中から笑い声が漏れてきた。

 

市場では商人たちが大声で客を呼び込み、焼きたてのパンの匂いと香辛料の匂いが混ざり合っていた。

 

 

開発を始めてから、わずか数年。

かつて魔物の巣窟だった荒れ地は、活気に満ちた街へと姿を変えていた。

 

 

本人たちにそんなつもりは全くなかったが、街が形になった後も、ソリテールとリーニエの行動は街の発展に貢献し続けた。

 

 

まず動いたのはソリテールだった。

設計段階から予定していた学校を作り始めたのだ。

 

魔族の子供と人間の子供が、同じ教室で学ぶ学校。

 

 

フルーフは首を傾げた。

ソリテールが教育に興味を持つとは思えない。

 

案の定、彼女の目的は別にあった。

 

 

人間の子供がどうやって成長していくのか。

魔法を覚え、上達していく過程はどうなっているのか。

 

魔族の子供と一緒に育てると、発達に違いが出るのか。

フルーフが手を加えた試作段階の魔族たちが、どんな風に育つのか。

 

それらを全て一箇所で観察できる場所。

ソリテールにとって、学校とは手間が省け、効率がいい、大規模な実験施設に他ならなかった。

 

 

しかし結果として、その学校は街にとって欠かせない存在になった。

読み書きや計算を教わった子供たちは、やがて街を支える人材へと成長していくだろう。

 

 

リーニエが次に手を出したのは、果樹園だった。

完全なる趣味。

 

リンゴが美味しいから、自分でも育ててみようと思った。それだけのことだ。

 

 

最初は一本だけだった。

庭の片隅に植えた、小さなリンゴの苗木。

 

それが二本になり、十本になり、気がつけば広大な果樹園へと成長していた。

 

 

時期に関係なく、年中赤いリンゴが木にびっしりと実っている。

甘い香りが果樹園全体に漂い、蜂たちが忙しく飛び回っていた。

 

収穫したリンゴをどうするか。

そのまま売っても良いが、加工すればもっと高く売れる。

 

果樹園の隣には蒸留所が建てられ、リンゴ酒を作り始めた。

ジャムやドライフルーツの加工施設も建造されていく。

 

蒸留所からは、リンゴを煮詰める甘い匂いが漂ってくる。

出来上がったリンゴ酒を試飲するリーニエの顔は、珍しく満足そうだった。

 

気がつけば、リンゴ関連の産業は街の経済を支える柱の一つになっていた。

果樹園で働く人、蒸留所で働く人、加工施設で働く人、出来上がった製品を売る人。

 

リーニエの気まぐれが、大勢の人々に仕事を与えていた。

 

 

ちなみにリーニエが関与しているのはリンゴ作りと酒造に関することのみで、他の事業は経営陣と従業員が考案したものだ。

 

リーニエには金を稼ぐことや、事業拡大などという興味は欠片もない。

果樹園の園長ではあるものの、日々提出される事業案などには一切関与しない。

 

最終的に上がってくる事業案も、適当に二つ返事で了承して、後は放置していた。

 

 

魔族二名は、街を発展させようなどと考えていなかった。ただ自分の興味を追求しただけだ。

 

 

しかし結果として、街は豊かになった。

学校があり、産業があり、仕事がある。

 

安全で、便利で、暮らしやすい。

そんな噂が広まり、北部高原の村々からは人が更に集まってくるようになった。

 

 

人々の数は、瞬く間に増えていった。

数十人だった人口が、数百人になり、数千人になり。

 

今では数万を超える規模にまで膨れ上がっている。

 

 

どこも欲しがらない、大陸中の不良債権同然の人員を片っ端から集めているので、ある意味当然である。

 

最早勧誘など無くても、商会経由の海路、北部高原の陸地を辿り難民が日々流れ込んでくる状況だった。

 

 

雇った専門家の他、人々の中にも腕の立つ職人がいた。

かつて貴族の屋敷を手掛けたという設計士。

 

王都で名を馳せた建築家。

彼らは、自分たちを救ってくれたフルーフとソリテールに恩返しがしたいと申し出た。

 

 

「どうか、私たちに新しいお屋敷を建てさせてください」

 

 

その申し出を受け、彼らは腕によりをかけて豪邸を建てた。

 

以前の屋敷とは比べ物にならない。

白亜の壁、高い天井、広々とした部屋の数々。

 

大広間だけでも百人は収容できる。

庭園には噴水があり、四季折々の花が咲き誇る。

 

玄関を入ると、磨き上げられた大理石の床が広がっている。

天井からは巨大なシャンデリアが下がり、無数の光が床に反射していた。

 

 

しかし、当の住人たちはその広さを持て余していた。

 

 

ソリテールは書斎と寝室しか使わない。

リーニエは自分の部屋と、果樹園に近い離れを行き来するだけ。

 

フルーフは地下の研究室に籠もりきりで、たまに出てきても食堂と浴場に行くくらいだ。

 

 

豪邸の大半は、埃を被ったまま放置されており、掃除する使用人がいなければ、すぐにでも廃墟のようになってしまいそうだった。

 

ゆえに、誰を招くわけでもない豪邸では、日々、大勢の従者が掃除や庭の手入れに精を出している。

 

 

三人の日常は、それぞれ異なる形で落ち着いていった。

 

 

ソリテールは、自らの教育機関で校長を務めながら、教師として教鞭を執っている。

 

魔法の基礎理論から実践的な術式まで、人間の子供にも魔族の子供にも分け隔てなく教え、生徒たちは彼女を「ソリテール先生」と呼び、慕っていた。

 

 

教室には生徒たちの声が響き、黒板にはソリテールの整った文字で術式が書かれていた。

窓から差し込む光の中で、子供たちが真剣な顔で授業を受ける。

 

 

リーニエの仕事は二つあった。

 

一つは、街の戦士の訓練。

若い戦士たちを鍛え上げ育成する。

 

もう一つは、果樹園の管理。

新しい品種のリンゴを試したり、酒の醸造方法を工夫したり。

 

仕事という意識はほとんどなく、日々の時間を趣味に全振りしていた。

 

 

表向き、街の統治者として立つのはフルーフの役目だ。

 

しかし実際の行政や運営は、信頼できる人々に任せている。

彼女自身は地下の研究室に籠もり、夜な夜な怪しげな実験を続けていた。

 

何を研究しているのかは誰も知らない。

たまに地下から爆発音や悲鳴が聞こえてくるが、人々は気にしないことにしていた。

 

こうして、一つの街が生まれた。

 

魔族と人間の夫婦が治める港街。その名は【シンビオシス】。

 

街を囲む結界は、悪意を持つ者の侵入を許さない。

この街に害をなそうとする者は、結界に弾かれて中に入ることすらできない。

 

逆に言えば、悪意さえなければ誰でも入れる。

商人も旅人も、種族を問わず受け入れる。

 

港には様々な国の船が停泊し、色とりどりの旗がはためいている。

子供たちの笑い声が響き、商人たちの威勢のいい声が飛び交う。

 

そんな不思議な街が、大陸の北の果てに誕生したのだった。

 

 

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