ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第18話▶閑話▶工場長

 

 

今日も、一日が始まる。

 

 

カーン、カーン。

 

 

シンビオシス一の規模を誇る工場の朝は早い。

水平線の彼方から陽光が滲み出し、海面を茜色の絹布のように染め上げる頃、稼働開始を告げる鐘が港町の隅々まで響き渡る。

 

 

この工場が担うのは、単なる解体作業ではない。

家畜の屠殺、魔物素材の加工、解体された肉の冷暗所管理、各部署への運搬。さらには少量ながら青果類の保管に至るまで、街の食とライフラインを支える心臓部として脈打ち続けている。

一箇所とはいえ、その敷地は広大だ。複数の部署がひしめき合い、数百人を超える人員が、それぞれの持ち場に寸分の狂いなく配置されている。

 

 

重厚な門が軋みながら開かれる。

潮の香りに混じって、獣脂の甘ったるい臭気と、鉄錆びた血の匂いが鼻腔を突いた。

馬車の車輪が石畳を叩く音、家畜の鳴き声、そして檻の中で低く唸る魔物たち――それらが雪崩のように搬入されてくる。馬車から降ろされる依頼品は、品種別のラインに沿って淀みなく流れていく。

 

 

私は数年前、北部高原の寒村から出稼ぎにやってきた、しがない村娘だ。

名前はシャーフ。現在は主に魔物解体業務を担当している。

 

 

魔物相手の仕事は危険と隣り合わせだが、その分、希望倍率は低く、給金は破格だ。

通常の業務手当に加え、特殊勤務手当として銀貨一枚。さらに解体数に応じた歩合制ときている。

是が非でも稼ぎたい人間にとって、これ以上の職場はない。

 

 

確かに魔物が暴れるリスクはある。だが、解体作業場のチームリーダーは、工場長でもあるツルギさんだ。危険ではあるが、実際のところ、外部の人間が想像するよりも遥かに安全は確保されている。

 

 

ここで数年間働いてきたが、目立った怪我は一つもない。正直、笑いが止まらないほど儲かっている。

稼いだ金はすべて村への仕送りに消えていったが、そのおかげで今では村に流通網が生まれ、硬貨が巡るようになった。

 

 

私の故郷は、物々交換が主流のド田舎だった。

北部高原に点在する村々は、北側諸国とも帝国とも繋がりが薄く、自給自足が当たり前。珍しい話ではない。この一帯に流通網を持つノルム商会と取引しようにも、売る物がなければ話にならず、まずは元手が必要になる。商会も慈善事業ではないのだから当然だ。

 

 

けれど、ようやく村も安定し、先日には「仕送りはもういい」とまで言ってもらえた。

街のノルム商会から不毛の大地でも育つ苗を送り、村長がそれを育てて商会に買い取ってもらう。監獄所からの人員派遣も手配した。おかげで村に経済の概念が生まれ、安全が確保されて初めて、村長たちも「金を稼ぐこと」の重大さに気づいたらしい。

 

 

これで心配事もなくなり、ようやく私の人生がスタートできる。私は作業服に身を包み、仕事仲間の年嵩の女性陣と共に作業場へ一列に並んだ。

 

 

背後には、普段見慣れない数人の人影がある。どうやら今日は、新人が配属される日らしい。

 

 

しばらくすると、入り口の方から工場長であるツルギさんの姿が見えた。

相変わらず気だるげで、どこかくたびれた表情を浮かべている。指先まで覆う撥水性抜群の黒いレザーコートを纏い、工場のロゴが入った腕章をつけている。目元には、特徴的な形の色眼鏡。

 

 

「「「「「「おはようございます! 工場長!!」」」」」」

 

 

「朝から皆さん元気ですね……今日も一日、怪我のないよう頑張りましょう」

 

 

元気一杯な先輩方の挨拶に気圧されたのか、ツルギさんが一瞬ビクリと肩を震わせた。そこへ、業務を取りまとめる秘書のフューラーさんが歩み寄る。

 

 

「朝ごはんは食べてきましたか? 食事を抜くと力が出ませんから注意してください。フューラーさん、今日来る新人の方々は揃っていますか?」

 

「全員揃っています。ただ、本日の依頼内容が新人向けではありません……」

 

「そうですか。では今日新しく来られた方々には、講義を交えながら業務内容を見学していただきます。危険ですので、いつでも防御魔法を展開できるよう離れていてください」

 

「ツルギさん……彼女たちはまだ新人ですので、防御魔法を展開できません」

 

「……申し訳ありません。では魔法使いの方々の側から離れないようにしてください。わかりましたね?」

 

 

魔族特有の天然ボケだろうか。ツルギさんは表情の読めない顔で素直に謝罪すると、新人たちに向き直り安全第一の指示を飛ばした。

 

 

「「「は、はい! 工場長!!」」」

 

 

新人といっても、若いわけではない。これまた元気な中年女性陣の挨拶に、ツルギさんは再びビクリと全身を跳ねさせた。

 

 

うん、やっぱり魔族とは思えないくらい普通の反応だ。容姿は整っているのに、滲み出る疲労感が魅力を帳消しにしている。

 

 

それになんと言っても、あの視線。魔族のお偉い様方と話しているのを見たことがあるが、私たちに向けるものと同じ温度を感じる。勘違いかもしれないけれど、魔族特有の威圧感というか……ただの田舎娘でしかない私でも、全然怖くないのだ。

 

 

舐めているわけじゃない。

この街のお偉い様に感じる畏怖のようなものがないだけで、単純に尊敬できる。新人に教える仕事も丁寧だし、威張らない。ミスや体調不良で休んでも怒らない。人を喰う魔族だし、最悪殺されるかもなんて思っていたけれど、実際は淡々と事実確認の書類を書かされ、体調管理について軽く説教されて終わり。

 

 

関心が薄いだけかもしれないが、怒鳴り散らす他部署の上司より断然マシだ。

 

 

「ではフューラーさん……今日の業務内容を読み上げてください」

 

「畏まりました、工場長。午前中の解体依頼は魔物三体。内二体は素材を剥がした解体品の加工部署へと運搬。最後の一体に対しては、全ての工程を合わせて最長三日の猶予があります。それ以降の予定は入っていません」

 

 

三日かぁ。これは相当な大型が生け捕りにされたみたいだ。時間を掛けてでも丁寧に解体しろってことね。

 

 

「三日、ですか……かなりの大物ですね。でしたら今日は下準備に留め、本格的な作業は明日からとし……本日の業務は午後を少し回った時点で終了とします。魔物のリストはどうなっていますか」

 

 

やった! 合法的な早上がりだ。それを知って、周囲の先輩方も静かに色めき立っている。

 

 

「間もなく魔法使いが眠らせた人食い大鬼オーガ。三時間後には大型個体の双頭犬オルトロス。そして最後に――………かなり大型の、蒼鏡竜が搬入されてきます」

 

 

――ざわ……ざわ……。

 

 

ドラゴン……え、ドラゴン?それも蒼鏡竜。寒冷地に生息し、氷のブレスを吐く北部高原で悪名高いあのドラゴンか。やばいな……竜種の解体は半年ぶりだ。それも以前捌いたのは中型だった。

 

 

ドラゴンと聞いた瞬間、新人の女性陣の顔から血の気が引いていく。まぁ、分かる。なんたって全身筋肉と鱗で覆われた、化け物の代名詞だ。

 

 

だけど……。

 

 

うん――いいね!

 

 

新人たちとは全く別の理由で、私たちは武者震いしていた。

 

 

「なるほど……破損状態の報告は上がっていますか?外傷からの魔力流出によっては今日中に解体しなければいけません」

 

「状態はほぼ無傷。損傷箇所は頭の角、牙が数本、頭部の鱗が砕けています」

 

「こんな出鱈目ができるのは……リーニエさんですか」

 

「はい。早朝、結界内に迷い込んできた蒼鏡竜へと治安維持部隊が応戦。偶然居合わせたリーニエ様による迎撃で意識を失い、捕獲されたと報告されています。現在、大型荷台の上に乗せられ、魔法使いと戦士たちで拘束中とのことです」

 

「報告ありがとうございます。皆さん聞いていた通り……今日から三日間のメイン業務はドラゴンの解体です。仕事の出来次第ではボーナスも出るはずなので、一生懸命頑張りましょう」

 

 

来た、臨時ボーナス。前回は納期通りに仕上げて、一人一人に銀貨十枚が支払われた。今回はさらに難易度が高い。銀貨十五枚は堅いはず。同じことを考えているのか、解体班の面々も顔がどこかニヤけている。

 

 

もちろん他にも理由はある……そう、思わず口から涎が垂れるほどの理由がね。

 

 

「人喰い大鬼の準備が整いましたぁ!搬入しまーす!皆さん気をつけてくださぁ~~い!!」

 

 

搬入口から野太い声が響き渡り、荷台に括り付けられた全長三メートルはある深緑の巨体が運び込まれる。あちこちに傷があるけれど、バラすのには問題なさそうだ。

 

 

「来ましたね……工場長、それでは業務を開始します」

 

「では各員持ち場に着いてください。解体部位は角と牙、後は爪……今回は目玉と骨は必要ありません。危険を最小限に留め、迅速に解体してください」

 

「あの……新人の私たちは離れていればいいですか?」

 

「いえ……蒼鏡竜解体の際は避難していただきますが、この魔物は比較的安全です。新人の皆さんは魔物についての講義を交え解説しますので、私の側に来てください」

 

 

ナイフ、ペンチ、金槌、ノコギリ、ノミ、溶解液。各員、割り当てられた場所に必要な道具を倉庫から取り揃え、腰のベルトに差し込んでいく。どうやら今回、ツルギさんは作業に参加せず新人指導に当たるようだ。

 

魔物解体班の全員が、例えどんな魔物だろうと捌く自信を持っている。だが……匠の技としか表現できない工場長レベルには誰一人として達していない。体感だが、数年働き続けている私でも四割ほどスピードが違う。

 

 

本人が言うには「お肉を美味しく食べたくて試行錯誤しているうちにできるようになった」らしいけれど、あれはまさしく天性の才能だ。人も魔物も、肉として食べられる物はなんでも喰う……ああいうのを、好きこそものの上手なれって言うのかな?

 

 

「ゴースとオンケルのおっちゃん達、今回は睡眠と感覚遮断の魔法は何時間持ちそう?」

 

 

私は人喰い大鬼の爪の形状を観察しながら、魔物の横で杖を握る中年男性へと声を掛けた。一人はスキンヘッドの大男であるゴース。もう一人はビール腹の、これぞ中年とも呼べる風貌のオンケル。

 

 

「うん?まぁ……ざっと三時間って所か」

 

「俺も同じくらいだ、嬢ちゃん」

 

「へぇ……腕上げたじゃん。四十代から魔法を習うとか、私なら無理だわ」

 

 

薄汚れたタンクトップとズボン。到底魔法使いとは思えない格好の二人組だが、この作業の補助をするためだけに特化した、れっきとした魔法使いだ。一年前に失業した後に魔法を覚え、工場で働きだしたというのだから大したものだと思う。

 

 

ここシンビオシスでの職業斡旋事業は少し変わっている。魔力とやる気さえあれば、ソリテール様の管理する教育機関で魔法の基礎を学ぶことができるのだ。最長百歳まで、各年代ごとに分けられ教育を受けることになる。

 

 

もちろんタダというわけではなく、在学中は感じたことを嘘偽りなくありのままレポートに纏めて提出しないといけないし、週二で一分間のソリテール様との面談を受けないといけない。私も通った口だから分かるけど……魔法の基礎を学べば一目でわかる。あの方は怖すぎる。

 

 

基本は数ヶ月……長くても半年で卒業可能だ。魔法の基礎を一から教えて立派な魔法使いを育成する……なんて崇高な理念ではなく、あくまで働き口を見出すための職業訓練みたいなものだからね。

 

 

多種多様な魔法なんて初めから考慮されていない。ただ一つの魔法が、最低一日一回使えればいいだけだ。一般攻撃魔法も防御魔法も必要ない。一つの魔導書から魔法を体得できれば、それだけで需要はできる。複雑な業務は、この二人みたいに魔法を一つだけ覚えて役割を分担して行えばいい。

 

 

それにしても、二十代の私からすれば四十代や五十代で魔法を学ぶことは普通に凄い。

 

 

「若ぇー奴が何言っていやがる」

 

「それに俺等が使えるのはこの魔法一つだけだしな。魔力が人より少し多くてなんとかなったが、他の魔法を習得できる気がせん」

 

「ズッル……私なんて教育受ける前に自力で魔力鍛錬を一年続けて、ようやくなのに」

 

「解体班は必須習得魔法が三つもあるんだろ……大変だな」

 

「あの分厚い魔導書を三冊も読んで習得するとか、想像しただけで気分が悪くなるな。もう魔法の術式とか二度と見たくねぇ」

 

「それは誰でも思う」

 

 

魔物解体業務の需要のなさは、危険なことはもちろん、その応募資格の敷居の高さにも問題がある。解体はもちろん、魔物がいつ暴れ出しても自衛できるように……基本の魔力操作の他にも一般攻撃魔法、防御魔法、切断系統の魔法を一つ習得していることが前提条件だ。

 

 

私は魔力を流したナイフで足の爪を抉り取る先輩の姿を見る。今思うと凄いよね……どこの大陸にゾルトラークを撃ったり防御魔法を展開できるパートの主婦がいるのよ。

 

 

やっぱ金の執念と人間の叡智って凄い。あんなどこにでもいそうな中年女性が殺人光線を出せるようになるんだもん。

 

 

「やっぱ守銭奴の嬢ちゃんは街の若い奴らとは違って根性が違ぇな」

 

「流石は金の亡者と呼ばれる解体班の一員だ、頑張れよ。一応俺等も決められた時間に魔法の上書きするからよ」

 

「はいはい……年長者が頑張らなくていいように、若者が一瞬で終わらせるよ」

 

 

適当に駄弁りながらも的確に爪を引き剥がしていると、男性二人が急に黙り込む。チラっと周りを伺えば、ツルギさんが新人を連れ添ってなにかを質問されていた。

 

 

「工場長、何故魔物を殺してから解体しないのでしょう?」

 

 

ここに来たってことは、この新人の女性陣も教育機関上がりってことだ。なに当然のことを……と思ったけど、こういうことって確か教えてくれないんだった。本当に最短最速で特定の魔法を習得させるだけの場所だし。

 

 

「魔物は魔族と同じで、死後肉体は崩壊し魔力の粒子となり跡形も残りません。……なので解体は魔物が生きている内に行わなければなりません」

 

「解体して分離できても、その後に魔物が死ねば意味ないのでは?」

 

「はい……その通りです。ですので魔物が死ぬ前に専用の処置を加えます。私たちの業務外ですので詳しく説明しませんが、解体した魔物の素材は工場内の加工部署と品質維持部署に運ばれ、その後魔法店などへ商品を卸す専門家の手により最終工程を経た後、店頭へと並びます。魔族と魔物の崩壊は魂が肉体から完全に分離した際にも発生します……気になる方は著者フルーフの『魂理論』を一読してください。古書店で銅貨三枚で売っていますよ」

 

 

恐らく貴重な専門書なのに安ッ……在庫処分価格じゃん。領主様の奥様、気合い入れて刷りまくったんだろうなぁ……可哀想。

 

 

「聞いたこともない話で驚きました」

 

「このような危険なことをしているのは、この街だけだと思います。基本は獲物を取り逃がした際に欠けた部位を魔法店に持ち込み、買い取ってもらうのが通常でしょう。稀に見るドラゴンの素材などはそういった類のものかと思います。他国にはない多くの技術を蓄積していますので、聞いたことがないのは当然です」

 

「思ったより凄いのね……あのお給料の額にも納得だわ」

 

「……魔物の素材の輸出は大陸全土で見てもこの工場が市場を独占しています。魔物の数が異様に多い北部高原であり、独自の加工技術もあります。そして人類の庶民階級では未だ魔法を学ぶ機会があまりないようですが……この街では最低限とはいえ基礎は誰でも学べます。今の発展はそれらが上手く噛み合った結果なのかもしれません」

 

 

新人の質問にもツラツラ答えていくツルギさん。新人が入るたびに何度も同じような質問をされているのか、年季の入った流れるような説明だった。

 

 

おとぎ話に描かれる魔法使いの幻想を木っ端微塵に打ち砕く、超現実的な職業教育。この街ならではの実利主義が、偶然にも大陸唯一の独占市場を生み出していた。一従業員でしかない私も鼻が高い。戦士長の所の広大なリンゴ園に規模も利益も完全に負けてるのが悔しい所だけど……。

 

 

ツルギさんの新人講習に耳を傾けながら、最後の爪を根本から引き剥がす。へばり付いた緑の肉をナイフで丁寧に切り落とし、仕上げに軽くヤスリをかけ納品台に並べていく。熱した鉄で鬼人の流血部位を焼いて止血すれば、私の担当は終わりだ。

 

 

二時間三十分……まぁまぁかな。一仕事を終え、背伸びをしていると上から声が降ってきた。

 

 

「シャーフちゃぁ~ん!この子歯石が凄いわ、足りないから貴女の溶解液を投げて頂戴!」

 

「了解ですズィーノさん!落とさないでくださいよ!」

 

 

上を見上げれば、首筋に跨り鬼人の口に顔面を突っ込むお婆さんの姿があった。

彼女はここでは最年長であり、フューラーさんの叔母に当たる人らしい。瓶詰めされた溶解液を片手で受け止めると、早速歯肉を溶かして牙を大型ペンチで抜き始めた……相変わらずファンキーな婆さんだな。

 

 

私は横たわる魔物に梯子を掛け、ズィーノさんの所まで這い上がる。早く終わらせればそれだけ休憩時間が増えるのだ。必要ないだろうけど、一応手伝いを申し出ておく。

 

 

「残り三十分です!手伝いましょうか~!?」

 

「大丈夫よシャーフちゃん!イけるイける!!若いもんには負けんよ」

 

 

そう意気込むと、婆さんは作業着から小さな杖を取り出し魔法を扱い始めた。

 

 

出力を絞った一般攻撃魔法で、歯石だけ貫通させて削っている。どんなイメージで撃ってるんだろ?後でイメトレの参考に聞かせてもらおう。

 

 

「これ終わりだね……シャーフちゃん。申し訳ないけど牙を下ろすのを手伝ってくれるかい?」

 

「勿論です」

 

 

流石は解体班一のベテラン……背も縮み腰が曲がった婆さんとは思えない手際で、あっさりと作業を終えた。その後は解体したパーツを布に包み荷台に乗せ、指定の時間に運送係が運び出す定位置に配置。私たちは軽く道具のメンテナンスを終えると、次の魔物搬入時間まで各々休憩を取る。

 

 

年嵩の先輩方は新人を誘いティータイムに興じている……もう慣れたけど、全身魔物の血だらけでお茶を啜る彼女らの絵面が酷すぎる。

 

 

その後も作業はトラブルが起きることもなく予定通り進んだ。双頭犬の解体部位は毛皮だけなので、念入りに魔法を重ねがけしてもらい、首から下……手脚を除いた胴体の皮を皮膚から引き剥がし、手早く終わらせる。

 

 

そうして皆がソワソワしながら、今日一番の大物が運ばれてくるのを待っていた。

 

 

そして来た……工場の外からけたたましい鎖の音を鳴り響かせながら、ドラゴンが搬入される。荷台には鎖で雁字搦めにされた蒼鏡竜が横たわり、戦士数十人の人力で引かれながら解体場にゆっくりと停止した。

 

 

私たちは恐る恐るといった様子で、搬入されたドラゴンへと近づいていく。何故か蒼鏡竜の頭の上で脚を組みながら座っているリーニエ様が、ツルギさんに片手を上げ挨拶をしている。

 

 

「じゃ、後はよろしく」

 

「待ってくださいリーニエさん……せめて蒼鏡竜の意識だけでも落としていってもらえませんか?」

 

 

てっきり意識がない状態を想像していたのに……めっちゃコッチを睨めつけてきてるよ。口元は鎖で念入りに縛られているけれど、隙間から白い冷気が漏れ出している。

 

 

私は交代で来た魔法使いに「どうにかして」と小声でお願いする。魔法使いは無理無理無理と全力で首を横に振り、魔力量的に不可能とかイメージが全然できないとか宣う。

 

 

「自分でできるでしょ……早くその気色の悪い剣使いなよ」

 

「はぁ……彼女は私の友人です、あまり悪く言わないでください」

 

「悪く言ったつもりはない。ただの事実。その鞘や鍔の装飾はキモい、内面は別に気にしてない。私はそんな狂気に流される軟弱な精神はしていない」

 

「そうですか。申し訳ありません、神経質に深読みしすぎてしまったようです、勘違いでした」

 

「そう。別にいい、それじゃ、お願い」

 

「はい」

 

 

リーニエ様は無駄にアクロバティックなアクションを決めながらドラゴンから飛び降りる。ツルギさんは溜息を吐くと……ぐちゃり、という生々しい音と共に剣を抜き放った。

 

 

リーニエ様の言う通り、あれはキモい。

 

 

その剣は、剣と呼ぶにはあまりにも悍ましかった。柄や鍔にはグロテスクな肉塊がへばりつき、剣身にまで走る血管がドクンドクンと脈打っている。まるで生きているかのようだ。

 

 

――ギョロ。

 

 

ひぃ……あれって眼だったの?こっち見た?

 

 

剣身にへばり付いた肉はどうやら瞼を閉じた眼だったようで……無数のギョロギョロとした眼が私を凝視していた。

 

 

「…………皆さんを怖がらせてしまいます。目を閉じていてください」

 

 

あ……閉じた。

 

 

「では蒼鏡竜……貴方を私の世界に招待しましょう」

 

 

――ズブぅ。

 

 

ツルギさんは蒼鏡竜の鱗を縫うように、無造作に剣を突き刺す。突然の凶行に、解体班の皆が防御魔法を展開した魔法使いの後ろに身を隠す。感覚遮断も痛覚麻痺もさせていないのだ、いくら鎖で拘束されていても全く安心できない。暴れ出すに決まっている。

 

 

あれ――暴れない……。

 

 

衝撃に備えていた私たちは、何も起きない状況を不思議がり、次々と魔法使いの背後から顔を出して様子を伺う。するとさっきまで殺気一色だったドラゴンが、尋常ではないほど息を荒らげていた。

 

 

左右の眼の焦点が全く合っておらず、瞳孔が開いたり閉じたりを繰り返し……口元からは唾液がダラダラと垂れ落ちている。

 

 

明らかに尋常な様子じゃない。数分後には全身を脱力させ、どさりと倒れ伏した。ツルギさんはそんな様子を見て、二度三度と剣を深く突き刺す。ドラゴンは痛みを感じていないかのように、なんの反応も示さない。

 

「――では皆さん……見ての通りリーニエさんとの戦闘で蒼鏡竜は疲れ切り、抵抗もできないようです。今のうちに鱗を剥がしてしまいましょう」

 

 

変にツッコむのは藪蛇だな。よし……蒼鏡竜はリーニエ様との戦闘の疲れが出て、遅れて倒れ伏した、そういうことにしておこう。リーニエ様はツルギさんの剣をまじまじと見た後、何も言わず工場を後にした。

 

 

「うっす。ツルギさん。了解したっす」

 

「いい返事ですね、シャーフさん。本日の解体部位は簡単な一部位とします……それでは全員で尻尾の鱗を剥がしましょう」

 

 

余計なことは考えず頭を切り替え、解体作業へと入る。私たちは尾の先端から中間にかけて……ツルギさんは尾の根本から中間までを一人で担当する。私の技術がどれだけツルギさんに迫れているのかを試す意気込みで、作業に取り掛かった。

 

 

皆で協力しながら丁寧に、順調にドラゴンから鱗を剥がしていく。ツルギさんは大きな籠ごと宙に浮かび上がると、手にしていた剣がぐちゃぐちゃと歪み、ノミのようなものに形を変える。あとついでに色眼鏡も外して、気合を入れていた。

 

 

変形もキモいな。

 

 

工具ベルトに刺した金槌を取り出し、ノミを鱗に添え……

 

 

――カン! カン! カン! カン!

 

 

ちょっ、速!?私たちが三、四振りで鱗を剥がす所を、金槌一打ちで剥がしている。前回は私たちだけで全部解体したから分からなかったけど……なんでこんな頑丈なドラゴンを、いつも通りのスピ―ドで解体できるのよ!?

 

 

私だって成長してるんだから!あれぐらいやってやる!!

 

 

「負けられません!」

 

「シャーフ、工場長の腕前に追いつく必要はありません。あの方はなんとなくやっているだけであのスピードですから」

 

「そうよシャーフちゃん。高すぎる理想はあまり良いものではないわ」

 

「フューラーさん……ズィーノさん……くぅ!私だけでもやっちゃるんですから!!」

 

「熱意があるのは結構ですが、目指すべき到達点を致命的に間違えている気がします」

 

「この娘、工場長との共同作業だと毎回張り合っちゃうからねぇ……相当負けず嫌いなんだろうさ」

 

 

うるせぇ!知らねぇ!目指すならトップ。技術と金が比例するこの業界で、私は最先端を行って見せるんだから!

 

 

数十分後……完膚なきまでに敗北した私がそこにはいた。ツルギさんは鱗に傷一つ付けることなく全てをバラし終えると、フワフワと宙から降りてくる……こっちは全員でやって、まだ三分の二なのに。

 

 

「シャーフさん腕を上げましたね。今後私のいない時には現場監督を任せられるかもしれません」

 

 

ツルギさんが私の剥がした鱗の質と量を見て、素直に褒めてくれる。なんで褒めながら腰を撫でてくるのかわからないけど……これは間違いなく昇給アップチャンス。

 

 

ツルギさんに完敗した悔しさはある。けれど、その差を見せつけられたことで私の伸びしろも証明された。現場監督――その言葉が、じわりと胸に染みる。

 

 

無力感が湧くけど、今はそんなの関係なく自身の成長をツルギさんへと見せつけてやった。そうしてツルギさんに続き、私たちも無事鱗を全て剥がし終えると、あれだけ光り輝いていたドラゴンの尾も、今ではすっかり見窄らしくなっていた。

 

 

全ての解体品を箱詰めにし、これで今日の仕事はおしまい。だけどここからが、お楽しみの時間だ。

 

 

「皆さんお疲れ様でした。本日の業務はこれにて終了です……帰宅される方は道具のメンテナンスを終えてから帰宅してください」

 

「あの……工場長。ドラゴンの解体が済んだ後は楽しみにしておけと、皆さんがおっしゃっていたんですが……」

 

 

よく聞いた新人さん!

 

 

「……もう聞いていたのですね。新人の皆さんは初めてでしょうが……ドラゴンの肉は大変珍味で美味です。よって私が日頃の労いを込め、ドラゴン肉のステーキを皆さんに振る舞います」

 

 

お貴族様でも食べる機会のないものなんだから、珍味どころじゃないでしょ……。

 

 

「「「ま、魔物の肉……」」」

 

 

引いてるなぁ……私も初めて聞いた時は同じ反応したからよくわかるけど。一度喰えば二度とそんな反応はできまいよ。

 

 

「強制はしません……。食べていかれますか?」

 

 

ツルギさんが新人組から私たちの方へと視線を移し、問いかけてくる。そんなの……――

 

 

「「「「是非!!」」」」

 

 

答えは一択でしょ。

 

 

――じゅぅぅぅうぅぅ~~~~。

 

 

工場全体に、香ばしくジューシーな肉の焼ける香りが充満する。脂が弾けパチパチと小気味よい音を立て、肉汁が熱せられた鉄の上で踊る。哀れにもツルギさんに尻尾を丸々切り落とされたドラゴンは、自身の尻尾が調理される様子を死んだ眼で眺めていた。

 

 

家庭魔法で加熱された全長五メートルにも及ぶ巨大なフライパンを器用に宙に浮かせ、分厚くスライスされた肉の両面をしっかりと焼いていく。

 

 

味付けはシンプルな北部の海で取れる塩のみ。家畜の肉とは違う脂身の少ない引き締まった赤身が、フライパンの上でパチパチと弾け、食欲を際限なく刺激してくる。

 

 

丁度お昼時というのもあり、休憩に入った他部署の人間たちが魔物の解体場まで足を運び、ごった返していた。

 

 

「困りました。皆さん……彼らをどのように扱うのが適切でしょう?本日の功労者である方々の意見を尊重します」

 

 

ツルギさんが群がる他部署の連中に視線を向けると、眉を一瞬顰める。だけど腰の剣を叩くと、表情が元に戻った。

 

 

ツルギさんって人だかりとか苦手なのかな……それとも私の気の所為?

 

 

「タダ飯を漁りにきた奴らにやるには癪だけど、恩を売っておいては損はないかと思いま~す」

 

 

あえて覗き見してる奴らに聞こえるような声で言ってやる。

 

 

「そうですね。そもそも尾だけでも巨大すぎて私たちでは食べきれません。ここはシャーフの言う通り、今後の業務を円滑に進めるため恩を売るのもよいかと」

 

 

嫌味混じりの私と違って、フューラーさんは極めて事務的に同意してくれる。ツルギさんはこの工場の責任者だから、最初から部署とか関係なしにステーキを振る舞うことに抵抗はないようだ。

 

 

「では焼いていきますので……皆さんで切り分けて食べてください」

 

 

さっそく焼けたのか、根本からドデカく輪切りにされた肉の塊が、海水と熱で殺菌された適当な大きさの鉄板に乗せられる。

 

 

先輩方はお節介焼きなのか、ナイフで肉を切り分けると魔物解体の際に使用する鉄串に肉を刺し、野次馬共に手渡していく。魔物解体に使用するとはいえ、魔物の死後は汚れも全て魔力の粒子と化すので綺麗そのものだ。衛生上は問題ない。

 

 

全員に行き渡った後は、解体作業で培われた技術でどんどん切り分け、銀トレーの上へと積み上げる。

 

 

ぜ、全然減らない……もう軽く百人前を超えたんだけど。

 

 

脂がパチパチ弾け、工場の至る所に肉の旨味を凝縮した香りが広がっていく……血に誘われる肉食獣のように、人集りがどんどん膨れ上がっていく。工場の従業員はトレーに積み上げられたドラゴンの串肉を手に取り頬張ると、感嘆の声を上げていた。

 

 

新人たちも恐る恐るという感じで口に含んだ瞬間、見る見る表情が輝き、熱々の魔物肉を頬張る。

 

私たちは肉を切りながら、特段美味しい部分をナイフで突き刺し齧り付く。

 

 

「んぐ。――美味!!どうしてドラゴンのステーキはここまで美味しいのかなぁ。血肉が焼け上がってできたこの肉汁が良い感じに舌を刺激してきて……どうにも酒が欲しくなりますね」

 

 

ドラゴンステーキを更にナイフで切り分け、豪快に一口。厚めだというのに、噛むのが全く苦にならない。それでいて、家畜とは比べ物にならない肉本来のジューシーな食感が顎へ伝わるのが楽しすぎる。

 

 

厚切り特有の旨味が口一杯に広がり、それでいて味付けの塩は余計なくどさを残さず、濃い肉汁の刺激が食欲をさらに増進させる。ここに冷やされた赤ワインがあればなぁ……アルコールと熱々の肉。まさしく食において最強の布陣だ。

 

 

う~~ん美味ぁ。大鬼や豚人は臭くてブヨブヨしてるから喰う気も起きないけど……ドラゴンはやっぱ美味しいなぁ。

 

 

人間だけでなく美味しいものはなんでも好きだと豪語するツルギさんが、珍しく勧めてくるだけのことはある。

 

 

「お~~いシャーフ!早く俺達にも肉切ってくれ!」

 

 

あ、ヤバ……肉に夢中で気づかなかった。って、さっきより人増えてない?

 

 

「煩い!流石にその発言は図々しい……って、なんで農家の人達が来てんの?」

 

 

流石に部外者は無理と言おうとしたが、荷台に乗ってる大量の青果を見て少し悩む。なるほど……物々交換ということね?この熱々ステーキに新鮮な野菜。くそぉ~流石は季節感の狂ったシンビオシス……収穫シーズンでもないのにレモンまであるじゃない――どうしよう、滅茶苦茶喰いたい。

 

 

「ツルギさん……農家の方々が来てます」

 

 

ツルギさんは少しズレたサングラスを指先で押し上げると、農家の男性と背後の青果へと視線を移す。

 

 

「……レタス二玉。ブロッコリーとサンチュ三百グラム。さつまいも二キロ。トウモロコシ一キロ。サニーレタス五百グラム。長ネギ五本。白菜一玉……で手を打ちます。私が個人的に頂きますので取っておいてください」

 

 

その量を一人で喰うつもりですか……ともかく交渉成立。農家の人たちに串肉を手渡し、ついでに調理も担当させる。

 

 

山盛りの肉の横に、更に青果類が山積みにされる。

 

 

「俺もいいかい?」

 

「いや……酒造所の兄さん。アンタは流石に駄目だよ、これリンゴ酒も混じってるじゃん。リーニエ様にブチのめされる前に酒を持って帰れ。ですよねツルギさん?」

 

 

なんでツルギさんに聞いたかって?一応だよ……一応。断じて酒が飲みたい訳じゃない。

 

 

「業務中の飲酒は明確な規則違反です。従業員の問題行動は私の責任となります、私は保身を第一に考えていますので……どうか理解してください」

 

「だそうです、仕事中に酒持ってくるのは非常識ですよ。反省してください」

 

 

これは仕方がない。というか業務中の工場に酒なんて差し入れるな……危ないでしょうが。

 

 

「ただし……既に本日の業務を終えた者は不問とします。赤ワインを一樽だけ置いていってください」

 

 

流石は喰いしん坊と名高いツルギ工場長!わかっていますねぇ!

 

 

「だそうです、串肉は好きに食べてください。後その酒、横領とかじゃありませんよね?」

 

「なんてこと言いやがる……ちゃんと自腹だよ。半年前お前に自慢されてから喰いたくてたまらなかったんだ……そんじゃ有り難く頂くぜ」

 

 

――ドンっ!

 

 

フライパンの上で調理されていたステーキが、更に鉄板の上に投入される。ツルギさんは無言で次の肉を焼き始め、塩をまぶし始める。私たちだけだと、確実にお昼休憩内に終わらない。

 

 

「そこの精肉部門と屠殺部門の方々ぁ~……見てないで手伝え」

 

「ようやく出番か……我々精肉部門の肉捌きを見せてやる」

 

「我々の痛みすらも置き去りにする無慈悲な屠殺テクをお見せしよう」

 

「さっきまで無心で肉喰ってた奴らがなに格好つけてるんです。減る量に追いついてないんで急ぎますよ」

 

 

結局私たちが落ち着いて食事できたのは、他部署連中の休憩時間が終わってからのことだった。ワイングラス……なんて上品なものは使わない。ジョッキに赤ワインを並々注いで乾杯じゃぁ~~!

 

 

先輩方は一仕事終えたといった感じで、串肉を再度焼きながらガツガツ魔物肉を喰らう。

 

 

「ねぇ~聞いた?私の知り合い、再教育センターで働いてるんだけど、そこのスネなんとかって嫌味な上司が部下を駄犬呼ばわりするんですって?」

 

「あ、私知ってるわ。なんでも会計責任者を跪かせて許しを乞わせたとかなんとか」

 

「フルーフ様は良い御人なんだけど、ホントあの陰険な眼鏡は嫌よねぇ~」

 

「いつも神経質そうに眼鏡クイクイさせてるって噂よ」

 

「木っ端役人なんてクビにしちゃえばいいんだわ」

 

 

流石は百戦錬磨の主婦連合、真偽不明の噂話が四方八方から飛び交う。私はひたすらタダ酒を飲み、口内に残った脂をアルコールで洗い流す。

 

 

「家の旦那も街外れの監獄で働いてるんだけど……働き始めてから所長所長って煩いのよね。幽霊が出るとか言われているし怖いわぁ」

 

 

「なんでも所長は魔物がいるらしいわよ。きっと貴方の旦那さんをよからぬ術で惑わせているのかも」

 

「いやぁ~ねぇ~……いや、どうかしら?あの入れ込み具合はちょっとおかしいわね」

 

「「「「「怖いわぁ~~」」」」」

 

 

夫婦喧嘩が起きたら真っ先に旦那さんに向けてゾルトラーク撃つ彼女たちの方が、私は怖いと思うよ。

 

 

「この街はどこも給料が良いし安全で住みやすいんだけど、上の人達がちょっと怖いのよね」

 

「その点私たちの所は当たりね。ツルギさんはリーニエ様のように突然殴りだしたりしないし」

 

「あ、それ私も見たわ。街中で若い子を引き連れながら急に質問して、間違えたら全員張り倒されてビックリしちゃった」

 

 

全員の視線が、離れた所に座っているツルギさんに注がれる。フライパンの上で弾けるステーキをナイフとフォークで切り分け、直に頬張っている。視線に気づいたのかナプキンで口元を拭うと、こちらを向いた。

 

 

とても優雅な所作なんですけど……特大ステーキとくたびれた表情の女魔族。なんか絵面が面白いな。この際だし私もツルギさんに何か聞いてみるか。

 

 

「ツルギさんも定例会議に毎回呼ばれるくらいですし……やっぱり何か凄い力があったりするんですか?」

 

「いえ……私はその辺で彷徨っている魔族とそれ程違いはありません。此処に呼ばれたのも友人に誘われてきた、だけですので」

 

「あ……ならツルギさんがあの人外魔境のマトモ枠なんですね」

 

「あの方々に比べれば私は取るに足らない存在です。特異な魔法もありません……一般的平均魔族以上の力は持たないと自負しております。唯一の特徴は友人から貰った剣ぐらいです」

 

「そうですよね!……すみません、ツルギさんを見くびった訳じゃないんです。ただソリテール様みたいに息も詰まらないし、仕事も一緒にすることも多いじゃないですか。だから自然体な仲間って感じがするんです」

 

「……仲間。同じ食事を囲い楽しみを共有した仲です……私も皆さんに親しみを憶えています」

 

「あぁ~やっぱりツルギさんは他の方々とは違います……良い意味で平凡というか、安心感があります」

 

「……シャーフさん、少し酔ってきていますね。明日も解体作業の続きがありますので……ほどほどにお願いします」

 

 

そう言うとツルギさんはナイフとフォークを置き、立ち上がり去っていく。ツルギさんの言う通り、少し飲みすぎたかも……。

 

 

「うぃ~……ちょっと外で酔いを冷ましてきま……す」

 

 

あれ……不味い、足取りが。完全に調子に乗った、な……あ、あ、あ……意識が、落ち。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ゛ぅ~~あぁ゛~~やらかした!」

 

 

頭が割れるように痛い。ろくに頭が働かないが、自分が何をやらかしたかだけは鮮明に理解できる。

 

 

ベッドから身体を起こせば置き手紙が目に入る。〝医務室のスタッフは既に全員帰宅済みですので、今日はそこで一晩をお過ごしください。酷い泥酔状態ですので薬を処方しておきます〟

 

 

その書き置きを読むと、私は横にあるコップ一杯の水と粉末薬を口に注ぎ飲み込む。

 

 

「不味い。はぁ……運んでくれたのは先輩方だろうし、悪いことしたなぁ。明日会って謝らないと」

 

 

ベッドから立ち上がり、軽く背筋のストレッチをする。時間はわからないが月の位置からして相当遅い時間だろう。工場内に住み込んでいるツルギさんが起きているかはわからないが、謝りに行こう。

 

 

「……減給かなぁ……つら」

 

 

側に畳まれてた作業着を着込み、医務室を出る。今は年中寒い北の大地でも特に冷える季節だ。工場にはあまり窓がなく、月明かりは一切入ってこない。

 

 

最低限換気が必要な医務室は月に照らされ明るかったが、今は足元を照らす小さな魔導具が唯一の光源だ。近づくと魔導具が起動し、小さな明かりを灯してくれる。

 

 

不気味に入り組んだ通路を抜けながら工場長の部屋を目指す。カツ……カツ……と足音を通路に響かせながら突き当りを曲がる。

 

 

視界が確保できずとも散々行き来した場所だ。迷うことなどありえない……私は自信満々の早足で駆け抜ける。

 

 

しかし、次の瞬間。私は何かに衝突すると同時に、意識を強引に刈り取られた。

 

 

 

「おい……この時間帯は魔族以外いないんじゃなかったのか?」

 

「そのはずだが、何事にもアクシデントはつきものだ」

 

「詰めが甘いぞマーカス、我々の任務に失敗は許されない。次はないと思え」

 

「それでそいつはどうする?目撃者は殺すのがセオリーだが」

 

「奴は血の匂いに敏感らしいからな。消すのは此処を離脱してからだ……今回のアクシデントを招いた貴様が抱えておけ」

 

「チッ……」

 

これ、絶対ヤバい……殺される……。

 

男の肩に担がれながら抵抗もできないまま、私の意識は再度訪れる衝撃と共に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――同刻。シャーフが意識を失う少し前のこと。

 

 

闇夜に紛れるように五人の男たちが、シンビオシスの大規模工場内を駆け抜けていた。足音一つ立てることなく、迷宮のような通路を把握していく。

 

 

彼らはとある国の諜報員だった。近年大陸中に影響力を持ち始めたシンビオシスという街の内情を調べようとする人間は少なくない。

 

 

大抵は結界に阻まれ諦めるが、中には結界の抜け穴を突くように侵入を果たす者たちもいた。街へと向かう魔族や大規模な軍隊は弾かれているにも関わらず、魔物や小動物、行商人などは結界の境を平然と行き来しているという点に目を付けたのだ。

 

 

結果として結界に施されたルールを見事読み解き、無事街への侵入は成功した。この五人は観光旅行という名目で上手い具合に誘導され街を訪れたため、害意を一切持ち合わせず結界を通ることができた。

 

 

その後は簡単だ、伝書鳩を使い任務を伝えるだけ。諜報員たちは休日だと思いこんでいたのに、実際には任務の一貫だったことに苛立ちを見せたが、任務である以上素直に従うことにした。

 

 

内容は主に前任者が持ち帰った情報の正誤確認。伝書鳩経由で報告自体は届くものの、街に潜入した諜報員は誰一人として生きては帰ってこれなかった。故にその届けられた情報が正確なものかどうかを確かめる必要があった。

 

 

彼らの手元には、前任者が命と引き換えに持ち帰った報告書があった。【外法のフルーフ】【千剣のソリテール】【極真のリーニエ】――いずれも接触すれば死を意味する名前ばかりが並ぶ。

 

 

その中で唯一、【怠惰の魔族】とだけ記された項目があった。「戦闘能力は平均以下」「最悪の場合でも対処可能」。リーダーの男は、この一文に賭けることにした。

 

 

工場全ての稼働が停止した深夜……入念な下調べと共に工場内に諜報員たちが忍び込む。そうして報告書に記載する新しい情報を探る最中、偶然居合わせた魔物解体班の一員であるシャーフと遭遇してしまい、現在へと至る。

 

 

「全額負担の休暇だなんだと言っておいて地獄への片道切符とか、上の奴らは何考えてやがる」

 

「マーカス、静かにしろ……」

 

「こんな気味の悪い場所で黙れって?魔族の一人の相手なんて今更物の数でもないだろ」

 

「無駄に騒ぎを起こして死期を早めたいのか。黙らないなら俺が貴様を殺す」

 

「チッ……とんだ貧乏くじだ」

 

 

苛立ちげに諜報員の一人が舌打ちをする。通路を進むと足元を照らす暖色のライトが、血のように赤いライトに切り替わる。男たちは突き当りの施錠された扉を解錠の魔法で開け、中に足を踏み入れた。

 

 

天井からは無数の鎖がぶら下がり、先端のフックには家畜の肉と思わしき物が引っ掛けられている。肌を突く白い冷気が膝を覆うほどに充満していた。

 

 

「解体した肉の冷暗所だ。ここを抜けて魔物解体場に向かう」

 

「了解。とっておきの情報でも掴んで本物の休暇を貰わないとな」

 

「気を抜くな。今さっき起きたことをもう忘れたのか?」

 

 

小声で息を潜め連携を取る。死角を作らないよう常に武器と杖を構え、慎重に進んでいく。

 

 

――キィ

 

不意に、目の前の肉が揺れた。

 

 

天井から垂れ下がる鎖が軋みを上げてしなる。反射的に冷気に隠れるように身を屈めた。

 

 

諜報員のリーダーである男は気配を殺し周辺を伺うが、何の気配も感じられなかった。念入りに揺れ動いた肉の周辺を調べ上げるが、ネズミ一匹見当たらない。

 

 

「マーカス……探知専門家のお前の意見を聞かせてくれ。今のは俺が神経質すぎただけか?」

 

 

止めていた息を吐き、呼吸を再開する。リーダーの男は不気味な工場内の雰囲気に飲まれていた自身に苦笑した。前方を見据えたまま、シャーフを抱えているであろう男へと意見を求めた。

 

 

「おい……黙れとは言ったが、口を開くなとは言っていないぞ」

 

 

小さく息を殺した声で再度声をかける。しかしいつまで経っても返事は帰ってこない。直接戦闘は不向きな索敵の専門家のため、前進する部隊の少し後方から着いているはず……なのにだ。

 

 

周囲の諜報員も身を屈めながら冷気に覆われた辺りを見渡す。肉、肉、肉……人影らしきものは確認できない。

 

 

「――ッ!?」

 

 

諜報員たちが周囲を警戒する中……魔力探知を使用した男の一人が驚愕に目を見開いた。

 

 

「リーダー……マーカスの魔力が感じられません」

 

「どうなっている、死んだのか?」

 

「可能性は高いかと、それともう一つ最悪の知らせが……」

 

「……なんだ?」

 

「この部屋に何かいます」

 

 

――ピチャ……ぴちゃ……

 

 

その言葉と同時に、一塊となっていた諜報員たちの上に温かい何かが降り注ぐ。冷気に冷えた肌を温めてくれる人肌の雫。嗅ぎ慣れた鉄の香り。

 

 

一人が顔についたソレを腕で拭うと、赤い線ができ上がった。血だ。

 

 

全員が顔を見合わせ上を見上げる……

 

 

男の死体がフックで吊るされていた。心臓の位置に鈍い金属が生え、鎖が限界まで巻き上げられ天井に張り付いていた。

 

 

「マーカス……」

 

 

眼球の血管が破裂し、どれだけ歯を強く食いしばったのか歯が砕け、口元からはダラダラと唾液の混じった血が落ちてくる。恐ろしいナニかを見たように、壮絶な表情を浮かべ絶命していた。

 

 

「撤退だ」

 

「気をつけてくださいどこかに……――ッ!?リーダー前方から来ますッ!!」

 

 

リーダーの男はその言葉を理解すると直ぐ様手にした盾を構える。次の瞬間、ぶら下った肉を貫通し剣先が突き立てられた。

 

 

金属音を奏でながらリーダーと残りの諜報員は全員立ち上がり後退する。

 

 

「……リーニエさんのようにはいきませんね。やはり私には才能がないようです」

 

 

貫通した剣が引き戻されると、肉の陰から魔族が姿を現した。目元を覆うサングラスを不気味な剣の柄で調整しながら、片腕にはシャーフが優しく抱えられていた。

 

 

「前任者め……適当な報告しやがって」

 

 

リーダーは盾を構えながら報告にあった女魔族を観察する。不意打ちにも対応できた所を見るに太刀筋は平凡かそれ以下だ。だが、手にしている剣がとにかくヤバかった。ギョロギョロと無数に蠢く目が侵入者たちを捉えて離さない。

 

 

報告書には「不気味な剣を携えている」とあった。だがこれは……明らかに普通の剣じゃない。

 

 

「リーダー……これは、全身の至るところに視線と気配を感じます」

 

「あぁ、目の前の魔族じゃないな。なにか……もっと別のスケール違いのナニかに見られてる」

 

 

全身に駆け巡る悪寒、生理的嫌悪を掻き立てる視線を感じる。肌が逆立ち背筋に冷や汗が垂れる。息が上がり、大声を出して叫び出したい欲求に駆られた。

 

 

「不意打ちで仕留められなかった以上……貴方方の相手は私一人では手に余ります」

 

 

そう言うと腕に抱えたシャーフを壁沿いに下ろし、掛けていたサングラスを外した。不気味に輝く瞳に捉えられた諜報員たちに緊張が走る。

 

 

「……」

 

「――サ■さん少し力を貸していただけますか?」

 

 

魔族が剣に視線を向け口を開く。聞いてはいけない……言語化できない言葉が呟かれた。脳味噌が理解を拒否し、魂が火花を上げショートする。その一言で理性の血管がちぎれ飛んだ。

 

 

「う、あぁぁぁぁああぁあッ!?」

 

「糞、落ち着け!」

 

 

武器を構えていた一人が絶叫しながら魔族へと襲いかかる。毒塗りのナイフを片手に獣のように斬りかかり、叫び続けていた。

 

 

「……■ヤさん。動きの調整をお願いします。それでは――肉の調理と参りましょう」

 

 

魔族は息もつかない猛攻を剣身で受け止め、表情一つ変えず凌ぎきる。そして剣に向かい再び口を開くと同時に……叫び声が止んだ。

 

 

ナイフを振ろうとする腕が美しい断面を覗かせながらズルりと落ち。連鎖的に反対の腕、両脚の根本からバラバラと崩れ落ちていく。

 

 

あれだけ絶叫していた男は胴体から全ての四肢を切り取られ、静かに絶命した。吹き上がる血が魔族の髪を赤く染める中、再び視線がリーダーたちを見据える。

 

 

「交戦するな。撤退だけを考えろ」

 

 

初手の不意打ちと全く動きが違う、接近されたら全く対応できない――リーダーは瞬時に判断を下した。

 

 

――ぐちゃぁ、ボキッ……ブチちちぃ゛

 

 

剣が脈動する。剣身が砕け肉へと飲み込まれていく……まるで骨が折れ、肉が潰れ、臓器が破裂する音と共に血を撒き散らし、悍ましくその姿を変えていった。

 

 

魔族がゆっくりと後退し吊り下げられた肉の陰に隠れる。部屋一面に並ぶ遮蔽物に視界が悪い冷気……奇襲を仕掛けるにはもってこいの場所だ。

 

 

リーダーに迎え撃つ選択肢は最初からなく……後ろ足で出口を目指す。

 

 

「今のうちだ距離を取れ、来た道を引き返す――ッ、避けろ!?」

 

 

意識を最大限に研ぎ澄ませあらゆる攻撃を想定して……いたはずだった。冷気が凄まじい勢いで舞いあがる。

 

 

リーダーの男が辛うじて反応できたのは……仲間の首元に極大の刃が据えられている光景だった。舞い上がる冷気と共に首が飛び、血が吹き荒れる。

 

 

赤いランプに照らされる女魔族が淡々とした顔で振り返る。ロングソードでしかなかった不気味な剣は、巨大な鎌となり見下ろしていた。

 

 

ドクン……ドクン……と鼓動する名状しがたい肉の連なり。この世に存在してはならないと直感させる極彩に輝く目玉が、残りの二人の魂を射抜いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「予め言っておきます……。この工場内での裁量権は全て私にあります、ですので……投降の必要はありません」

 

 

冷気を巻き上げながらクルクル大鎌を回転させ、独特な構えを取る魔族。慈悲もない明確な死刑宣告を言い渡す。

 

 

「援護しろ」

 

 

リーダーの男は杖を取り出し魔力を込めると魔法を発動した。排水溝から血と水が吹き上がり塊を成していく。

 

 

仲間が殺される中むざむざ何もしていなかった訳ではない。リーダーの操る魔法は水、事前に把握しておいた排水路から水を逆流させ汲み上げていた。

 

 

水と血は空中で徐々に形を成し巨人と化していく。

 

 

「……」

 

 

魔族は大鎌の柄を水の塊へと向ける、すると柄が触手の様に伸び巨人を貫こうとした。しかしその寸前で援護に回った男の防御魔法に弾かれる。

 

 

「面倒ですね……」

 

「なら諦めて見逃してくれ」

 

「私の責任問題だけは避けなければなりません。ですので……殺します」

 

「来るぞ……あの程度の質量なら防御魔法で問題はない。俺は隙をついて魔族を水に取り込んで窒息させる」

 

「防御魔法?……あぁ、そうですか。今のは防御魔法だったんですね」

 

 

肉で視界を遮りながら徐々に距離を詰めてくる魔族が巨人に向けて鎌を振るう。深く刈り取られるが水の巨人は瞬時にくっつき再生する。

 

 

しかしこれだけの魔法だ……形を維持しながら制御するのには膨大な魔力と複雑なイメージが求められる。巨人へのダメージは術者であるリーダーの負担としてのしかかる。

 

 

流れる様に二撃目を振るおうとするが、振るう先に防御が展開された。しかし、弾かれるどころか……肉でも切るかのように切り裂かれ、水の巨人の形が再び崩れる。

 

 

――衝撃の分散が起きなかった。砕けるでもなく切り裂かれるだと……概念系の魔法か?報告書には「特異な魔法もありません」とあったが。

 

「万事休すか……」

 

 

そのまま立て続けに三度、四度、五度と大鎌が水を執念深く切り飛ばし、徐々に巨人を模した水魔法が形を保てなくなっていく。防御魔法は無意味と考え一般攻撃魔法に切り替えるも、それすらも切り払われた。

 

 

「魔力の消耗が激しいようですね……ですが、まだ数回分の余力は残っている。明日も業務があります……後は御自身達で潰し合ってください」

 

「はぁ……はぁ……。まだナニかくるぞ……」

 

 

魔族の言葉へと同意するように目玉が瞬きをする。ビチビチと跳ねる謎の肉を滴らせながら魔族が鎌を天高く掲げ……

 

 

――振り下ろし真横に振り抜いた。

 

 

本来であれば空を切るだけで終わるソレは……

 

 

――バ、キンッ!

 

 

空間へとひびを走らせ突き刺さった。何が起きているのか……しかし、人間の脳では理解不能な現象が目の前で起きていることだけは理解できた。

 

 

そして魔族の女は突き刺さった鎌を強引に引き回す。

 

 

――ガリ、ガリガリッ!!

 

 

凶暴な音を響かせ空間を一文字に切り裂きながら切り飛ばす。その切り込みからはただひたすらに暗い……暗黒だけが見えていた。

 

 

「では、御二人共良い旅を……

 

 

――『異次元の色彩(ゾルトラーク)』」

 

 

宇宙を見た気がした。恐ろしい何かに見られ……全身の細胞が死滅していく気がした。喉が震え、完全に発狂するその寸前……。

 

 

空間から溢れ出した赤い……紅い……朱い……緋い津波のような濁流に全ては飲まれて消えた。恐怖も不安も痛みも……何もかもが偉大な存在の一部となり消え去った。安心感と共に微睡みに身を任せてしまう。

 

 

街に侵入した諜報員たちは死者も生者も含め……全てが漂う波の中へと消えた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……フ、ん……ください」

 

 

首筋が痛む、寒い。頭が痛い……誰かが私の名前を呼んでいる気がする。

 

 

「シャーフさん……起きてください」

 

 

って、お、思い出した!私は殺されそうになってたんだった。

 

 

「うぅ、ん――ハッ!こっちくんなぁ!!」

 

 

私は誰かも確認しないまま声のする方向へと右ストレートをお見舞いする。が……あっさり掌で受け止められる感触が返ってきた。

 

 

「……私ですシャーフさん」

 

 

聞き覚えのある声だと気づき顔を上げる。そこには特徴的な色眼鏡をつけた全身レザーコート姿のツルギさんがいた。

 

 

「あれ……ツルギさん。どうして……ってそれよりヤバい奴らが工場に侵入してきてるんですッ!?」

 

「落ちついてください。私も事態は把握しています……どうやら彼らは仲間割れを始めたようです……。アレを見てください」

 

 

身を屈めたツルギさんが指差す方向には、ナイフや盾を片手に殺し合う男たちの姿があった。

 

 

「ひぃ!?なんなんだ此処はぁッ!!化け物が近寄るなぁ!!」

 

「くそくそクソぉ!!?なんだこの気色の悪い肉はぁ!なんで服の中にぃ……ぅがこんなぁ……死ねッ!あの魔族の仲間か!死ねッ!」

 

「吐きそうだぁ……出してくれェ!?コイツか……このバケモノが俺を閉じ込めてるのか!死ね死ね死ねェ゛!!?!」

 

「痛い痛いイタチイぁ痛いぁしししししし死ねねえし」

 

 

え……怖。仲間割れ……アレ、仲間割れ?

 

 

「仲間割れです。大凡金銭トラブルという奴でしょう……」

 

 

嘘くせぇ……。

 

 

男たちが互いに意味不明なことを叫びながらお互いの身体を殴り突き刺し蹴り飛ばす。何を言っているのか全く理解できなかった。

 

 

私の第六感が囁く……これはたぶん深入りしないほうがいい。

 

 

「え……っと、それじゃあ、今のうちに逃げましょうか?」

 

「……そうですね。後のことは工場長である私に全て任せてください……道中危険があるかもしれませんので医務室まで送らせて頂きます」

 

「よろしくお願いします」

 

 

一度は死の危機まで体験した私であったが、その後ツルギさん付き添いの元無事医務室で一夜を過ごし、後日なにごともなく働き始めた。始末書を書かされる事態にはなったが、それが平凡な日常を意識させてくれる。

 

 

脳裏にはあの日の夜のことが鮮明に焼き付いている。あの時、ツルギさんに起こされる前……確かに夜空を見た気がした。深く狂気に満ちた世界の中で、とても大きなナニカに見られている気がした。

 

 

 

顔を洗い鏡を見ると……ツルギさんの携える剣と目が合った気がした。

 

 

反射的に背後を振り返れば視界は黒一色。見上げればさっきまで先輩方と談笑していたツルギさんが、間近で此方を見下ろしていた。

 

 

 

あ、あはは……前言撤回。たぶん、この人……全然マトモ枠じゃないわ……。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

▶工場長蜑」縺ョ鬲皮黄視点

 

 

 

今日も一日が始まる。

 

 

瞳を開ければ家畜の臓物をぶちまけ塗りたくったかのような一室が視界に広がっていた。

 

 

不快感が溢れる。たまらなく不快という感情を掻き立てられる。視覚、嗅覚、触覚、味覚、痛覚、その全てがネジ曲がり正常ではなくなっていた。

 

 

ベッドの形をした肉の台から身を起こす。身体に癒着した生温かい肉を引き剥がせば粘液が垂れ糸を引いた。

 

不快ではあるが、長年の耐性と心構えが私の精神を正常に引き戻す。血の滲んだシャツを脱ぎ捨て、臓物に埋もれた山からシャツを引きずり出し肉を引き剥がす。

 

 

本来は存在しないのだろう、しかし私の認識では確かに存在している。試しに手にした肉を齧ればカビの生えた腐敗した肉の味がした。直ぐに吐き捨てる。

 

 

シャツに腕を通しズボンとブーツを履く。水浸しになっているような気色の悪い感触が全身に伝う。

 

 

血を弾く頑丈なコートに身を包み……帯剣用のベルトを巻き剣を刺す。

 

 

「おはようございます……サ■さん。今日も一日よろしくお願いします」

 

 

美しく澄んだ翡翠の瞳が私を見上げる。私が彼女へと挨拶をすると、彼女は嬉しそうに瞬きをし挨拶を返してくれた。

 

 

『ツルギ、おなかすいた~』

 

 

拙く幼い声で思念のようなものが伝わってきた。

 

 

「えぇ……いきましょうか」

 

 

肉の床を踏み鳴らし友人のいる場所へと向かう。複雑に施錠された扉を開けば赤黒く脈動する狂気の世界に美しい肌色が見えた。

 

 

私は友人である彼女の死体を撫で上げ微笑む。この臓物の世界で、フルーフさんだけが正しく人間の姿を保っていた。

 

 

詳細は割愛するが、私には余り理解の及ばない話だ。……どうやらフルーフさんに関係するものは、サヤさんの及ぼす影響を受けない。それだけは確かだ。

 

 

『上位世界……観測者……魂の器。フルーフはそういう類の観測世界の住人だからね』

 

 

サヤさんが告げる言葉の意味は、表面上は理解できても、概念としてはまるで理解できない。

 

 

ただ一つ分かるのは、サヤさんがフルーフさんを深く慕っているということだ。フルーフさんは最初から今まで、いつでも私たちに好意的だった。その優しさに、サヤさんも惹かれたのだろう。

 

 

以前のサヤさんは、あらゆるものから生き血と肉を啜っていた。だが今では、フルーフさん以外の血肉はいらないと拒絶する程だ。

 

 

彼女がナイフとフォークに姿を変え、それを手に友人を切り分ける。

血が垂れることはなく彼女が全て啜り上げてくれた。

 

 

大腿筋を縦に切り分け魚の切り身のように仕上げ、フォークに突き刺し口に含む。

 

 

――あぁ………美味しい。

 

 

彼女の調節がなくても私の友人は人間の味をしている。生でも、とても美味しい。

筋繊維を強引に噛み潰し舌の上で血液が踊る。

 

 

手放せない。この街を追い出されることはあってはならない。私のため、サヤさんと交わした夢のため。何より私自身が親交を交わした友人たちを離れたくないと想う。

 

 

私は骨の欠片の一片まで残さず友人を完食し仕事の準備をする。友人がくれた贈り物……フルーフさんの魂が宿った色眼鏡を掛ける。

 

 

視覚が急激に正常に戻った。白……青……緑、全てが正常な色で満たされる。フルーフさんの魂は私に正しい世界を見せてくれる。

 

 

残りの五感は彼女のサポートが必須になる。私たちと彼女もまた友人、お互いがお互いを必要としている、だから彼女も私を助けてくれるのだ。

 

 

工場へと近づいていくと何時もの仕事仲間の姿が見える。少し色眼鏡をズラし視線を向ければ……ぶよぶよと蠢く肉塊が地べたを張っていた。

 

 

「「「「「「縺翫?繧医≧縺斐*縺?∪縺吝キ・蝣エ髟キ」」」」」」

 

 

いつもの朝の挨拶だ。ねばついた生物とも思えない甲高い鳴き声には何時までも慣れない。

しかし、何を言っているのかは理解できる……大した問題ではない。

 

 

「朝から皆さん元気ですね……今日も一日、怪我のないよう頑張りましょう」

 

 

本来であれば硬いドラゴンの鱗を剥がすのは大変だ。こういう時には認識の狂いは便利だと感じてしまう……この眼鏡を外せばドラゴンさえもただの肉塊の化け物としか認識できないのだから。

 

 

下ではせっせと肉塊たちが肉を触手で突き刺す光景が広がっている。その中でも一体……中々の手際を見せる肉塊がいた。気の強そうな眼球をしている、あれはシャーフさんだろう。私は『頭』を撫で褒める。

 

 

私は人間以外にも美味しいものはなんでも好きだ。可能ならずっと食べていたいと常に思う。

 

 

彼女も本当に美味しいものを食べる時の楽しみを知っている。

私が望めば日に三回だがこの世界の全てを調節してくれるのだ。

 

 

剣の柄を握り、調整に入る。

瞬間、世界が洗われた。

 

 

泥水を美味しそうに啜り腐敗臭撒き散らすぶよぶよの肉塊はもういない。

皆が皆楽しそうに食事を楽しんでいる。

 

 

私は既に魔族として壊れてしまっている。

同族をそのまま同族と認識できない、人間をただの餌とは考えてはいない、全てが公平に感じる。

職場の同僚は食という概念を通じ私と同じ楽しみを共有した……つまりは私の仲間だ……。仲間は守らねばならない。

 

 

しかし……それも私が追い出される程の問題を起こさなければ……の話だが。

 

 

シャーフさんを医務室に送り届けた後、背後に立つ羊の頭蓋を被った二人組へと声を掛ける。

 

 

「フューラーさんとズィーノさん……後片付けはお願い致します」

 

「「謌代i逾槭′隱阪a縺怜キォ螂ウ讒倪?ヲ縺昴?蠕。蠢??縺セ縺セ縺ォ窶ヲ」」

 

「彼女は私の友人です。……貴女達一族が崇拝しつづけた神は既にいないと彼女は言っています」

 

「「縺峨♂窶ヲ逾槭h」」

 

「……頼みましたよ」

 

 

夜の暗闇中、不快な肉を踏み潰す感触と共に帰路につく。

明日も一日が始まる。

 

 

大きな仕事を終えたら……久しぶりに友人に会いにいこう。

 

 

「サ■さん、貴女も皆さんに会いたいのですね」

 

 

会いに行く前に殺していいかどうかアポを取らなくてはならない。以前のように唐突に殺すのは社会性に欠ける、社会人失格だ。

 

 

嗚呼……貴女の体温を恋しく思います……フルーフさん。

 

 

どうか待っていてください皆さん。近々会いに参ります。

 

 




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