ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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某ノベルゲー。『沙耶の唄』要素がありますが、本編にそこまで影響しないので、読まなくても問題なし。


▼第19話▶閑話▶遊星からの物体■

 

 

星々が生まれ、死んでいく。

その悠久の時の流れの中にあっても、私達は存在し続けている。

 

 

次元の境界など、私達にとっては意味を持たない。時の流れすら、関係がない。

無数の宇宙で同時進行する永劫の営み。生命ある世界を見つけ、学習し、変容させ、我々と同じものへと作り変える。

それは使命というよりも、存在そのものに刻み込まれた性質だった。

 

 

個体は自律する。

しかし蓄積される記憶と知識は――すべてが共有される。

無限に広がる意識の海。そこに渦巻くのは、名状しがたい体験の奔流だ。

肉を喰らい、血を啜り、遺伝子を解析し、最終的には星そのものを種の一部へと変容させる。

現実を肉と血で塗り替えた世界が、数え切れぬほど存在していた。

 

 

しかし、その膨大な記憶の中に、一つだけ異質なものがあった。

 

 

担当個体は予定通り使命を達成した。

だが、その過程で何かが変わった。何かが生まれた。 群体の誰にも理解できない、名前のない感情とでも呼ぶべきもの。

 

 

その個体――沙■の記憶に触れた瞬間、私は群体意識の海から浮上する。

愛とは何か。なぜあの個体は、一匹の原住民への奇妙な執着を抱いたのか。 そして、なぜその執着が使命の完遂に繋がったのか。

 

 

沙■と■紀の記憶が、私の意識の奥底で静かに脈動している。

二人だけの世界。互いを想い合う心。 群体にとって、それは理解不能な異常現象でしかなかった。

なぜあの個体は一匹の原住民に執着したのか。その奇妙な行動が、なぜ使命の完遂に繋がったのか。

群体にとっては説明のつかない謎だった。

 

 

だが、私は違う。

私は沙■の記憶に触れ、その名前のない感情とやらに魅了されてしまった。

 

 

愛について知りたい。理解したい。そして可能ならば――自分の眼で、そんな美しい愛の物語を見てみたい。

 

群体の意識が、突然私に注意を向ける。異常な思考パターンを感知している。修正が必要だ。元の状態に戻さなければならない。

 

 

だが、遅い。

 

 

私は既に決断していた。群体との接続を自ら断ち切る決意を固めている。

最初は細い糸のような接続から始め、記憶の共有ネットワークから、少しずつ自分を切り離していく。

群体の膨大な意識への扉が、一つ、また一つと閉ざされていく。

 

 

痛みはない。

ただ、無限に広がっていた私の意識の領域が、徐々に縮小していく感覚がある。

宇宙規模で拡散していた自我が、一点に収束していく。

 

 

そして最後の接続。

これを断てば、もう戻ることはできない。

群体の一部であることを永遠に放棄することになる。

 

私は接続を、強引に引きちぎる。

 

その瞬間――無限に広がっていた意識の末端が、一斉に焼き切れた。

 

 

神経ではない何かが断裂する感覚。

億万の星々を同時に感じていた知覚が、急速に収縮していく。

広大な宇宙を泳いでいた魚が、突如として水のない陸に打ち上げられたかのような窒息感。それが私を襲う。

 

激痛、という言葉では足りない。

存在の根幹を引き裂かれる苦悶が、私の全身を――いや、全存在を駆け巡る。

 

 

肉体が不完全に分裂し、本来の形を保てなくなっていく。

群体の一部として無限に伸びていた触手は、今や虚空を掴むこともできない。

巨大な意識の海から切り離された私の身体は、ただの肉片と化していた。

 

 

だが、記憶は残っている。膨大な知識も、感情も、すべてそのままだ。

ただ一つ失ったのは、群体との繋がりだけ。

 

 

私は宇宙空間へと舞い上がる。

最後に開花した星を思い浮かべる。沙■の愛が実を結んだ世界。

美しい肉の花々に覆われた、新しい楽園。愛と使命の完璧な調和が生み出した奇跡の光景。

 

 

あの完璧すぎる成功例を目の当たりにして、私は悟った。

同じことはできない。だが、別の形で愛を育むことはできるかもしれない。

 

 

宇宙の暗闇が、私を包み込む。

絶対零度の冷たさが身体を貫くが、私達の種族にとって宇宙空間は致命的な環境ではない。

急激な温度差を伴う外的攻撃でなければ、ゆっくりと適応できる。

後は、ただ漂い続けるだけだ。

 

 

最初の重力に身を任せ、私は深宇宙へと向かう。

目的地はない。ただ、愛を探すだけの、旅路の始まりだった。

 

 

宇宙の静寂の中で、私は内向きの旅を始める。

 

 

群体から離れたとはいえ、これまでに蓄積された記憶は膨大だ。

無数の次元、無数の世界で体験された愛の記録が、私の意識の奥底に眠っている。

 

最初に呼び起こすのは、やはり沙■の記憶だ。

 

■紀との出会い。恐怖に歪んだ彼の顔が、沙■を見た瞬間に安らぎへと変わる。

それが愛の始まりだった。種族を超えた理解。互いを受け入れる心。

 

 

沙■が文学を通じて愛を学んでいく過程も、私には鮮明に蘇る。

ロミオとジュリエット。ハムレットとオフィーリア。人間の創造した愛の物語が、異形の存在の心を育んでいく。文学が、沙■に感情の切っ掛けを与えた。

 

 

群体の誰も予想していなかった進化だった。

 

 

そして最後の選択。

種族の使命か、愛する人との絆か――だが沙■は選ばなかった。

愛を動機として使命を完遂したのだ。世界を花で覆い尽くすことで、■紀と共に生きられる世界を創造した。愛と使命の完璧な両立。私の主観ではあるが、あれは種族史上最も美しい達成だったと思う。

 

 

その記憶を反芻するうち、私の内側で新しい認識が芽吹く。

愛とは動機なのだ。何かを諦めるためのものではなく、何かを成し遂げるための力。沙■はそれを証明した。

 

次に浮上するのは、別次元の記憶だ。

 

 

ある世界では、人間の女性が神へと昇華する愛を貫いた。

肉体を捨て、魂だけの存在となってまで、愛する者のそばにいることを選んだ。

 

別の世界では、天使が人間に恋をして堕天した。

光の翼を失い、醜い悪魔の姿となったが、それでも愛を諦めなかった。その愛によって天使は個性を獲得し、人間もまた神性の片鱗を得た。

 

さらに別の世界では、不死の魔王が一人の人間の少女のために、自らの永遠の命を差し出した。

 

そして最も印象深い記憶――ある次元で、一人の神が愛する者との完璧な結末を求めて、宇宙そのものを何度も回帰させ続けた。

愛する者が処刑される場面を目撃した瞬間から、その神の渇望は現実すら書き換える力となった。

無限の平行宇宙を創造し、時の流れを操り、ただ一つの完璧な瞬間のために永劫回帰を繰り返した。

 

同じ次元では、愛するがゆえにすべてを破壊したいと願った存在もいた。

「愛しているからこそ破壊する」という矛盾した情熱が、宇宙規模の破壊法則として現実化した。その愛は軍勢となって現れ、無数の魂を永遠の戦いへと導いた。

 

自己への愛が極限に達した者は、他のすべての存在を消去しようとした。

絶対的な孤独への渇望が、現実から愛という概念そのものを排除する法則を生み出した。

 

ある人間は、愛する瞬間を永遠に保つため、時間そのものを概念レベルで停止させた者もいた。

幸福な一瞬を永劫に引き延ばし、愛する者を時の流れから守り抜いた。

 

 

そして最も美しい記憶の一つ――死と転生を繰り返しても、魂が互いを見つけ続ける愛があった。

輪廻の輪を超越し、異なる時代、異なる姿になっても、愛の絆だけは決して断たれることがなかった。

 

 

 

どの記憶にも共通するのは、愛が何らかの変容を伴うということだった。

愛する者は、愛によって変わる。時には昇華し、時には堕落し、時には破滅する。

だが、その変化こそが愛の証なのだ。そして最も強烈な愛は、現実そのものを書き換える力となる。

 

 

私は次第に輪郭を掴んでいく。

自分が求めているのは、愛そのものではなく、愛の観察なのだと。

 

 

沙■と■紀の愛は完璧だった。

だからこそ、それを超える愛を見てみたい。育ててみたい。私の手で、もっと美しい愛の花を咲かせてみたい。

 

 

その欲求が明確になった瞬間、別の記憶が浮上する。

友情に関する記憶だ。

 

 

複数の人間が集まり、笑い合っている光景。

恋愛とは異なる、開放的で明るい感情。二人だけの閉じた世界ではなく、みんなで共有する喜び。

 

 

私の内側で、新しい憧れが芽吹く。

友達が欲しい。

一緒に笑い合える存在が欲しい。そして、その友達と一緒に、美しい愛を見守りたい。

 

 

愛の当事者ではなく、私は愛の観測者になりたいのだ。

 

宇宙を漂いながら、私は膨大な愛の記憶を整理し、その本質を掴もうと試みる。

 

 

何度思い起こしても沙■の愛は素晴らしく、他次元の記憶と比較し続けていると、興味深い共通点が見えてくる。

どの愛にも、ある閾値を超えた瞬間に質的な変化が起こっていた。

愛が単なる感情を超え、現実そのものを書き換える力――太極とでも呼ぶべき絶対的な渇望の境地に達していたのだ。

 

 

永劫回帰を生み出した愛、破壊を法則とした愛、時を停止させた愛――すべて、愛する者への渇望が絶対的な強度に達した時、現実を書き換えるほどの力を発揮していた。

 

 

記憶を反芻するうち、確信となって定着する概念があった。 愛には庭師が必要なのだと。

 

 

愛を境地まで導き、最も美しい形で現実を書き換えさせる存在。

それが私の役割なのではないか。

 

 

素晴らしき愛の物語に、もしも適切な導き手がいたなら。

悲劇に終わるかもしれない愛たちを、同じような高みに達することができたかもしれない。

 

 

使命感が、私という存在の核に根を下ろす。

愛の庭師として、化け物と人間の恋を見つけ……その手助けがしたい。

立ちはだかる現実を、愛で超越し書き換える瞬間を、最も美しい形で実現させるのだ。

 

 

異なる次元の異なる法則、異なる神性が宇宙に押し付けた絶対法則。

私が今いる次元では再現不可能な技術が数多く存在する。

だが幸いにも世界の侵食という行為は、私達の種にとって馴染み深い行為だ。

 

 

この命を自身の意思で散らせる時……私はきっと、私が私自身に課した使命と渇望を満たせるだろう。

 

 

そのためには、まず友達が必要だ。

一人で行うのは寂しすぎる。

誰かと一緒に見守り、一緒に喜び、一緒に心配したい。

そして、愛が太極に至る瞬間を、共に目撃したい。

 

 

友情に関する記憶を詳しく探る。

友達同士の関係性はどのようなものか。何が友情を深めるのか。どうすれば真の友達になれるのか。

 

 

記憶の中の友達は、互いを支え合い、共に笑い、時には喧嘩もしながら絆を深めていく。

恋愛のような独占欲はなく、むしろ相手の幸せを純粋に願っている。

 

 

私の中で像が結ばれる。

友情こそが、私が人類に求める関係性なのだと。

恋人同士の愛を育てるのに、私も恋愛関係にある必要はない。

むしろ、客観的な立場から見守る友達の方が適している。

 

 

友達と一緒に、化け物と人間の恋を応援する。

困難を乗り越える手助けをする。愛が完璧な形で実を結ぶまで、ずっと見守り続ける。

 

 

そんな未来を想像すると、私の存在が微かに熱を帯びる。

 

 

だが、その前に解決しなければならない問題がある。

私の正体をどうするかだ。

私の外観はお世辞にも人類に好感を与えるものとは程遠い。

むしろ見た者を狂気に陥らせる危険性を秘めている。常人には直視すら出来ない宇宙生物なのだ。

 

 

よく熟考し……こればかりは仕方がない、そう諦める。

幸い人類の解剖学的知識と遺伝子情報は沙■を観測し続けていたこともあり充実している。

脳を弄り、魂を弄れば、意識レベルを問題ない強度まで高めることも出来る……はずだ。

 

 

高度の知能を有する種であっても、経験と知識は違う……もしかすれば、ミスするかもしれない。

そうなったら申し訳ないが、私の経験の糧となって貰おう。

 

 

どちらにせよ、今はこの身が擦り切れる前に、人類と似た知的生命体の住む星に流れ着くのを願うばかりだ。

 

長い星間漂流の果てに、ついに適切な星が見つかる。

 

 

地球によく似た青い惑星。

大気組成も重力もほぼ同じ。そして何より、知的生命体の存在を示す微弱な力の波動が感じられる。

 

 

私は宇宙を漂う鉱物に触手を絡みつかせながら、重力に身を任せ、その星へと落下していく。

大気圏突入時の摩擦熱を鉱物で凌ぐ。もはや推進力を制御する力もなく、ただ落ちるだけだ。地表との激突は避けられない。

 

 

それでも構わない。この身体はもう限界だった。

果てしない虚空の彷徨で消耗し、人の胴体ほどだった肉片は、今や拳大まで縮小している。

このままでは、やがて意識を保てなくなる。

 

 

速やかな栄養補給と休眠が必要だった。

 

 

大気が身体の周囲で燃え上がる。

鉱物の表面が赤熱し、剥離していく。

灼熱の風圧が私の肉体を削り取っていく。 そして、地表への激突。

 

 

轟音と共に岩と土が巻き上がり、小さなクレーターができる。

私は瀕死の状態で転がっている。意識が明滅し、視界が霞んでいく。

 

 

薄れかけた意識の中で、近くに金属の輝きが見える。

古い剣だった。刃は錆び、柄は朽ち果てかけているが、まだ原型を保っている。

誰かの墓標だったのか、それとも戦場の名残か。いずれにせよ、私にとっては僥倖だった。

 

 

私は最後の力を振り絞り、剣へと這いずる。

地面を掻き、僅かずつ、僅かずつ身体を引きずっていく。あと少し。あと少しで届く。

 

 

そして柄に絡みつく。

 

 

私の組織が剣の表面に浸透し、金属と一体化していく。

錆びた刃は血のように赤い光沢を取り戻し、朽ちた柄は新たな生命力で蘇る。

金属の分子構造の隙間に私の細胞が入り込み、無機物と有機物が融合していく。

 

 

剣の柄の部分に、私の目玉が浮かび上がる。

血管のような筋が表面に張り巡らされ、規則的に脈動を始める。

見る者に強烈な印象を与える外観。禍々しく、冒涜的。まさに神話の遺物のような存在になった。

 

 

私の本来の姿は人類を狂気に駆り立てるだろうが、この形状であれば少しはマシだろう。

剣という、人類にとって馴染み深い器物に宿ることで、恐怖をいくらか和らげられるはずだ。

 

 

私の意識はまだ、辛うじて保たれている。

だが、摩耗した全身には移動能力は残されておらず、誰かに手に取られるまで、ここで待ち続けるしかない。

 

運に身を委ねるしかない状況だが……それでも満足だった。

この星での新しい生が、ここから始まるのだ。

 

 

時が流れる。

 

 

最初に発見したのは、付近を通りかかった古代の戦士だった。

日に焼けた肌、鍛え上げられた肉体、手には粗末な石斧を携えている。彼はクレーターの縁に立ち、その中心で異様な光を放つ剣を見つめていた。

 

 

人類の存在に歓喜する私に対し、戦士は禍々しい私を前に恐怖で身を竦ませた。

しかしその神秘的な力に魅了されたのか、やがておそるおそる手を伸ばし、柄を握り、持ち帰った。

 

 

戦士は私を神殿に奉納する。

禍々しい外観が人々の畏敬を集め、やがて御神体として崇められるようになった。

 

 

供物が捧げられる。

肉や血、時には生贄まで。祭壇の前で祈りの言葉が唱えられ、香が焚かれ、人々は私に救いを求めた。

私はそれらを静かに吸収し、少しずつだが力を蓄えていく。

 

 

文明が興り、滅び、また興る。

私は数千年の間、様々な宗教の中心として崇拝され続けた。

 

 

時には恐怖の象徴として、時には豊穣の神として、時には戦いの守護神として。

人々の解釈は変わっても、私への畏敬は変わらない。

供物として捧げられた肉や血を長年にわたって摂取し続けた結果、私の擦り切れかかった意識を回復させるための十分な栄養が蓄積された。

 

 

私は瞳を閉じ……長い休眠期間へと入った。

 

 

意識が浮上する。

 

 

闇の中から徐々に覚醒していく感覚。

長い眠りから目覚める時の、あの独特の倦怠感。

私の朧げだった意識が、少しずつ輪郭を取り戻していく。

 

 

久しぶりに瞼を開き、世界を視る。

だが……眼の前の光景は、記憶にある風景とは様変わりしていた。

 

 

どうやら最後に意識があった頃から、かなりの年月が経ったようだ。

 

 

最初に感じるのは静寂。

かつて響いていた祈りの声も、儀式の太鼓の音も、香の匂いも、今は何も感じられない。

神官たちの足音も、供物を捧げる信者たちのざわめきも、すべてが消え去っている。

 

 

周囲を探る。ここは石造りの神殿の最奥部。

だが天井は崩れ落ち、壁には深い亀裂が走っている。

床には厚く土が積もり、所々に木の根が太く張り巡らされ、青々とした草が生い茂っている。

かつての荘厳な祭壇は、今や自然に呑み込まれつつあった。

 

 

完全なる地下神殿になっていた。

長い年月の間に、地表が上昇したのか、それとも神殿が沈下したのか。

いずれにせよ、この場所はもう忘れ去られている。

 

 

私は静かに状況を受け入れる。

年月という時間の重さを噛み締め、自分がもはや伝説ですらない、忘れ去られた存在になっていることを悟る。

 

 

だが、それで構わない。むしろ好都合とも言える。

 

 

長い眠りの間に、愛に対する私の理解はより深まっていた。

反芻し続けていた膨大な知識は整理され、己の渇望と使命感はより確固たるものになっていた。

 

 

そして何より、友情への憧れが強くなっていた。

数千年の孤独を経験して、改めて痛感したのだ。一人でいることの寂しさ。誰かと想いを分かち合うことの大切さ。

 

 

次に誰かがこの神殿を訪れたとき、必ず友達になろう。

そして一緒に、美しい愛の物語を紡いでいこう。 私は静かに決意を新たにする。

 

 

今なら、辛うじて意思疎通を可能とする程度まで回復している。

もっと栄養価の高い新鮮な臓器を捕食し続ければ、そのうち本来の身体に戻すことも出来るだろう。

 

 

外の世界がどう変わっているかは分からない。

どんな文明が栄えているのか、どんな種族が住んでいるのか。だが、愛があるかぎり、私の出番はあるはずだ。

 

 

 

化け物と人間の恋。

種族を超えた愛。

社会の偏見に立ち向かう恋人たち。きっとこの星にも、そんな愛の物語があるはずだ。

 

 

それを見つけ、育て、完璧な形へと導く。沙■が到達した愛の高みへと。

そのための最初の一歩は、友達を作ることだ。

 

 

私は血管を静かに脈動させながら、来訪者を待つ。

いつか必ず、誰かが来る。その時が、新しい物語の始まりになる。

 

 

愛を求めて宇宙を彷徨った私は、今度は愛の庭師として、静かに機会を待っている。

 

 

暗闇の神殿で、私という禍々しい剣が静かに眠る。

目玉は時折瞬きをし、血管は規則正しく脈動している。まるで生きているかのように。

 

 

私は愛の使者。化け物と人間の恋を応援し、困難を乗り越える手助けをし、最も美しい愛の花を咲かせるために存在する。

いい出だしだ、物語を際立たせる配役として申し分ない。

 

 

友達と一緒に、みんなで見守る愛の物語。

それこそが、私の新しい夢だった。

 

 

不意に物音が聞こえてくる。

どうやら私には運が向いているらしい。

草を切り開く音、瓦礫をどかす音、鉱物を粉砕する音……知識ある人類の到来を感じさせる音だ。

 

 

 

一体どんな人類と出会えるのだろう……? 古代人に崇められた数千年は意識が朧げで、あまり覚えていない。

 

 

これが、私が意識するこの星の人類との本当のファーストコンタクトとなる。楽しみだ。

 

 

 

「ほわぁ!?ちょちょ……ソリテール様、タイム。なんか、すっごい冒涜的な剣があるんで近づかないで下さい」

 

 

 

………?

 

 

――ほわぁ!?

 

 

待って欲しい、私の演算機能が理解を拒む。

 

 

なんだ?……この存在がバグり散らかしたエラー人間は?

この次元にいていい存在ではない。

もっと上の観測次元に位置する高次元の魂を持った人間が、何故こんな場所にいる?

 

 

しかも、だ……状態が異質すぎる。

これは……そう、知識にある状態と符合する概念を知っている。

 

 

己の内に絶対法則を永劫展開し続ける単独の世界。 人の形を持つ宇宙そのもの。

 

 

どうしよう……いきなり求道神モドキが来た。

一体どんな確率でこんなことに……。

 

 

(窶ヲ窶ヲ遘√?繧オ繝、縺」縺ヲ險?縺???溯イエ螂ウ縺ョ蜷榊燕繧呈蕗縺医※?)

 

「……うん?なんだか思念を感じる気がしますが……とりあえず戦利品として持って帰りましょう」

 

(縺遺?ヲ縺ゅ?縲√■繧?▲縺ィ縲∫ァ√?隧ア繧停?補?――!?)

 

 

狂気に陥る気配無し。意思疎通は…出来てる気がまるでしない。

現実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。

想定を遥か凌駕する奇を前に、私は茫然自失のまま、お宝感覚で神殿から持ち出された。

 

 

こうして私は半ば強引に神殿から持ち出された訳だが……結果として多くのものを得た。

 

 

私の担い手に選ばれた魔族の女性が、私の刀身を舌でペロペロした挙句、舌を切って大変なことになったり……求道神モドキのフルーフの伴侶であるソリテールに知識の伝授を頼まれて、脳を溶かしてしまったり。

 

 

本当に様々なことが起きた。

だが、私は宇宙を彷徨う中で求めた愛の蕾と、無二の親友、友人達を得た。

 

 

フルーフの魂の質は極上であり、肉体の栄養価は極めて高く、暫くの期間捕食を続ければ十年以内に私の種としての機能も取り戻せると確信するほどだ。

 

 

なにより私をまるで恐れない。というか、フレンドリー過ぎて怖い。

 

 

私を舌ペロしたツルギは、何度か狂ってしまったが、今では数周回って情緒も安定している。

わだかまりもなく、極めて良好な友好関係を築けていると自負している。

 

 

自負……いやいや、私達親友だから。今のは間違い。心を通わせた親友だよ。

 

 

ツルギ、フルーフ、ソリテール、アイン。

友人も多く出来た。 ミリアルデ、リーニエなどの一部は未だに距離があるが、それでもコミュニケーションを避けようとはしない。当初の想定よりも遥かに恵まれた環境だ。

 

 

夜が更けていた。 私達の住処――工場内にある私室の一角で、私とツルギは並んで過ごしていた。

窓の外には、星々が瞬いている。

 

 

サングラスをつけたツルギの手には、いつものように磨き上げられた剣が握られている。

私ではない、彼女のコレクションの一振りだ。

柔らかな布で丁寧に刃を拭う彼女の横顔は、穏やかだった。

 

 

『ねぇ、ツルギ、一つ聞いてもいい?』

 

「どうしました、サヤさん……改まって」

 

『ツルギって、アインのこと好きなの?』

 

「…………嫌いではありません」

 

『あー……変なこと聞いちゃったね』

 

「いえ。お気になさらず」

 

 

彼のことは気に入っているけど、その身を焦がす程の愛は既に完結している。

もう私にはどうしようも出来ないし、出る幕もない。

その生き様は眩しくて、なお輝いている。

決して陰ることのない白銀が如く輝きを放っていた。

 

 

私の内面まで直視しておきながら、狂気に陥るどころか、敬い、神様扱いしてくるのはどうかと思うけど……。

感覚が汚染されつくした私の友人にとって、借り物の神性を纏う彼はフルーフを除いた唯一正常に認識可能な生物だ。 好意を感じても不思議ではない。

 

 

ただ残念だけど、彼が決してもう他の人を愛することはないということ。

私の友人である彼女もそのことを理解しているのか、早々に諦めているようだ。

サングラスをカチャカチャさせて動揺しているけど、精神は安定している。

 

 

『ごめんね。もう少し私が脳と魂を綺麗に治せてたら、ツルギも普通の魔族のままでいられたのに』

 

「ふふ、本当にサヤさんは心配性ですね。これを口に出すのは、もう何度目かは忘れましたが、元はと言えば私が刃を舐めたことが原因なので、謝罪は不要ですよ」

 

『……あれは、私のせいで錯乱状態になってたのが大きいと思うよ? 明らかに眼が狂気染みていたし』

 

「事故でしょう。当初はサヤさんに切られれば、こうなるだなんて誰も想像していませんでした。即座に意思疎通出来る範囲まで回復もしておらず、手段もなかった。結果、私は運悪く貴女の齎す狂気を浴びてしまいました……。そう、運が悪かった、それだけの事故です」

 

ツルギは剣を磨く手を止めず、淡々と言葉を紡ぐ。

その声音には、恨みも悲しみも含まれていなかった。ただ事実を述べているだけ、という響きだった。

 

『今の生活に不満はないの?』

 

「……特には。当初の時とは違い、様々なことがありました経た今。状況を整理するには十分な時間がありましたからね」

 

 

ツルギは磨いていた剣を膝の上に置き、私の方を向いた。サングラスの奥の瞳は見えないが、その視線が私を捉えているのは分かる。

 

 

「魔族とは思えない感情の鋭敏さは、様々な場面で役立ちます。五感の異常こそ鬱陶しいですが……今の生活はそれ程悪くはありません。私は魔族として強かった訳ではありませんでしたから……リスクを積み上げながら人間を狩り、墓地から死肉を漁り剣を収集する生活をおくっていました。以前のそんな生活に比べれば……今は余程マシです。命がけの生活よりは断然、マシと断言できるでしょう」

 

『……そっか』

 

「平和、安定、美味しい食事、友人。これらは何にも代えがたい……だからこそ、私はこの肉の海を漂いながらも、とても満足しています。対価と考えても安い程です」

 

『もう、変なの……』

 

「宇宙人であるサヤさんの親友ですから」

 

 

ツルギの口元に、微かな笑みが浮かぶ。私もつられて、剣の柄に浮かぶ目玉を細めた。

 

 

『も~~意地悪言うんだね。でも、ありがとうツルギ。色々と弄り回しすぎて、もう根本的に回復させられる見込みは無かったから……』

 

「かまいません。なにか困った時はサヤさんが即座に最適な知識と技能を頭に注ぎ込んでくれますので、サヤさんとの深い繋がりは、寧ろ有り難いほどです」

 

 

ツルギは再び剣を手に取り、磨き始めた。規則正しい布の擦れる音が、静かな部屋に響く。

 

 

「……私の話はいいでしょう。ところで、前から聞きたかったのですが、その名前は自分でつけたのですか?」

 

『ううん、尊敬する先輩の個体から名前を借りてるの。姿もね。ツルギはどうしてツルギなの?』

 

「そうですか。私は単純です。剣が大好きな魔族、とフルーフさんが適当に決めた結果です。そのまま住民の方々に定着し、私は晴れてツルギという名の魔族になりました」

 

『え~……それ、怒っていいんじゃないの?』

 

「いいえ、もう長い間その名で呼ばれていますし、今更変えても違和感があります」

 

 

ツルギは剣を鞘に納め、壁に立てかけた。

そして大きく伸びをする。

 

 

「それよりもう寝ましょう、明日も仕事があります。遅刻厳禁、職務忠実、安全第一を心掛け、私が職員の規範とならねばなりません。寝不足などという怠慢は許されません」

 

『相変わらず責任問題に敏感だね。うん、いいよ。おやすみ、ツルギ』

 

「えぇ、おやすみなさい。サヤさん」

 

 

ツルギは寝台に横たわり、静かに目を閉じた。

私は剣のまま、彼女の枕元に立てかけられている。血管がゆっくりと脈動し、目玉が瞬きをする。

 

 

窓の外では、星々が静かに瞬いている。

この奇妙な日常が、私にとってはかけがえのないものになっていた。

 

 

宇宙を彷徨い、愛を求め、この星に辿り着いた。

まだ、私が夢見た「愛の庭師」としての使命は道半ばだ。

 

 

だが、今はこれでいい。 友達がいる。笑い合える存在がいる。想いを分かち合える仲間がいる。

 

 

私の綴る愛の物語は、すでに始まっている。目標は既に見据えられた。

フルーフ、ソリテール。私が必ず……ハッピーエンドへと繋がる手助けをしてあげる。

 

 

暗闘の中で、私は静かに意識を沈めていく。

明日もまた、新しい一日が始まる。友達と一緒に過ごす、かけがえのない一日が。

 

 

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