ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。 作:ごすろじ
波の音が聞こえる。
寄せては返す、規則正しい反復。
窓の外は暗闇。月のない夜、海と空の境界すら判然としない。
けれど今、私の意識はそこにはない。
目の前にあるのは、そんな闇とは無縁の、無防備な寝顔。
フルーフ。
私の愛しい人間。私の玩具。私の食料。そして――私の伴侶。
寝息に合わせて、その胸が小さく上下している。
シーツを通して伝わる体温が、私の太腿をじんわりと温めていた。
首筋には、昨日私がつけた痕がまだ赤く残っている。薄闇の中でも、その痕跡は鮮やかに浮かび上がっていた。
貴女の髪から、石鹸と汗が混じり合った微かな匂いが立ち上る。
人間特有の、生きている者だけが持つ体臭。
その首筋の下を流れる血の音。
ドクン、ドクンという生の律動が、私の聴覚を心地よく刺激する。
昨夜、その首筋を噛んだ時の、鉄錆びた血の味がまだ舌の奥に残っていた。
手を伸ばせば、すぐにでもその命を摘み取ることができる。
爪を立て、肉を裂き、温かい臓物に指を沈めることができる。
それは魔族である私にとって、呼吸をするのと同じくらい自然で、抗いがたい誘惑。
けれど、私は今、ただ見ている。
指一本触れず、こうして夜更けに一人、思考の深淵へと沈んでいく。
――不思議ね。
我ながら、奇妙だと思う。
魔族という生き物は、本来こうではないはず。
私たちは個で完結している。
他者とは、利用するか、排除するか、あるいは従属させるか。
そのいずれかでしかない。
群れることもなければ、心を通わせることもない。
共感なんてものは、生存において邪魔な雑音でしかない。
なのに、どうして私は、貴女という存在を「私」という定義の中に組み込もうとしているのだろう。
貴女がいない時間。
ほんの少し、貴女が私の視界から消え、仕事なり何なりで離れている時間。
それを「退屈」という言葉で片付けるには、あまりにも胸の奥がざわつく。
まるで、体の一部をもぎ取られたような欠落感。
あるいは、喉の奥に絡みつく渇きにも似た飢餓感。
人間はこれを「寂しい」と呼ぶらしい。
魔族に寂しさなんてあるはずがない。 私たちは孤独こそが常態だもの。
千年の時を一人で生きることに、何の苦痛も感じない。
だというのに、たかだか一人の人間が傍にいないだけで、私の精神は均衡を乱される。
これは異常だ。
魔族としての機能不全と言ってもいい。
けれど、この不具合を修正しようという気にはなれない。むしろ、この雑音こそが、今の私を形成する重要な要素であるような気さえする。
ふと、潮の香りが鼻腔をくすぐった。
窓から流れ込む夜風が、フルーフの髪を微かに揺らしている。
だから考えましょう。
これは私にとって、とても大切なお話。
誰に聞かせるわけでもない、私自身への問いかけ。
なぜ、私は貴女を手放さないのか。
なぜ、私は貴女をこれほどまでに側に置いておきたいと願うのか。
最初の動機は明白だった――興味。
「死なない人間」。
死という、生物にとって避けられない絶対的な終焉を拒絶する、理の外にいる存在。
魔族にとって、人間は脆いもの。触れれば壊れる硝子細工のようなもの。
だからこそ、私は人類という種に興味を抱きながらも、人間という個には目を向けなかった。
どうせすぐに壊れて消えてしまうものに、執着する意味なんてないから。
でも、貴女は違った。
壊しても、壊しても、元通りになる。
何度殺しても、何度喰らっても、貴女はまた立ち上がり、私に笑顔を向ける。
それは、尽きることのない知識の泉。
永遠に遊び続けられる玩具。 永遠に読み終わらない書物であり、絶えず学びを齎してくれるもの。
私の知的好奇心を満たすための、得難い研究対象。
そう定義するのは簡単だし、それは間違いなく真実の一側面。
けれど、それだけでは説明がつかないことがある。
私の内側で蠢く、もっと昏くて、熱い何かの正体が。
そうね。
もしも明日、貴女が私の目の前から消えてしまったら。
あるいは、私以外の誰か――例えば、別の魔族や、人間の手によって、貴女が奪われてしまったら。
貴女は死なないから、誰に殺されようとまた蘇る。
他の魔族に四肢をもがれようと、他の人間に心を弄ばれようと、貴女という存在そのものが消滅するわけではない。
機能としては、何も変わらないはず。
でもね――
それを想像しただけで……私の内側からどす黒い泥のようなものが溢れ出してくる。
不快感? 苛立ち? いいえ、そんな生易しい言葉じゃ足りない。
もっと鋭利で、攻撃的で、世界そのものを壊し尽くしてしまいたくなるような衝動。
「私のものに触れるな」という、獣じみた咆哮が喉の奥で渦巻く。
もし貴女がただの便利な道具なら、誰が使おうと壊れなければそれでいいはず。
もし貴女がただの食料なら、誰かと分け合っても腹が満たされればそれでいいはず。
魔族は合理的だもの。資源は有効活用すべき。
でも、違う。
私は、貴女が私以外の誰かの手によって死の苦痛を与えられることが、どうしても許せない。
貴女が苦痛に歪める顔は、私だけが見るべきもの。
貴女が上げる悲鳴は、私の鼓膜だけを震わせるべき。
貴女の傷口から溢れる血の温かさは、私の肌だけが知っているべきだし、貴女が死に際に囁く言葉は、私以外の誰にも聞かせてはならない。
その死は、私のもの。
その生も、私のもの。
痛みも、恐怖も、喜びも、絶望さえも。
貴女という存在を構成する全ての要素が、私の管理下になければならない。
私以外の何者にも、一片たりとも渡してはならない。
シーツの擦れる音。
フルーフが微かに身じろぎした。
その拍子に、温もりがわずかに私の方へと寄せられる。
人間の、温かく、脆い熱。
――これは何だ?
所有欲、という言葉では足りない。
所有欲というのは、物に対する感情。
代わりが効くものなら、失ってもまた手に入れればいい。
世界にはたくさんの人間がいる。
不死身でなくとも、代わりの玩具ならいくらでも調達できる。
でも、フルーフ。
貴女の代わりはいない。
もし仮に、貴女と同じように不死身の人間が他にいたとしても、それは貴女ではない。
私に向けた愚かしい程の求愛、私の気まぐれな殺意を喜び、私の全てを肯定する人間は、この世界広しといえど貴女しかいない。
私という魔族の在り方を、その歪みも含めて丸ごと飲み込んでくれる器は、貴女だけ。
そう、私は貴女という「個」に執着している。
魔族が、たかだか餌でしかない人間の種、その「個」に。
あり得ないことだ。
私たちは言葉を話す魔物。
言葉は人間を欺くための道具であり武器。
対話なんて成立しない。
そこにあるのは、騙し合いと殺し合いだけ。
けれど、私は貴女に嘘をつく必要を感じない。
なぜなら、貴女は私の本性を知った上で、それを受け入れているから。
私が人食いの化け物であることも、人間らしい感情の欠落した冷酷な生き物であることも、貴女は全て知っている。
その上で、貴女は私に「愛している」と囁く。
欺く必要のない相手との対話。
それは魔族にとって、本来あり得ないもの。
人類からすれば、武器を持たずに戦場に立つようなもの。
鎧を脱ぎ捨てて、柔らかな腹を晒すような、無防備で……危険極まりない。
でも、私にとってその愚かさは……驚くほど、心地がいい。
貴女は私に「ソリテール様」と呼びかける。
その声色に含まれる感情の熱量を、私は魔力探知のように鮮明に感じ取ることができる。
そこには恐怖がない。敵意もない。軽蔑もない。
あるのは、呆れるほどの好意と、信仰にも似た崇拝。
そして、燃えるような執着。
人食いの化け物に向けるには、あまりにも不釣り合いで、狂気じみた感情。
それを受け止めるたびに、私の胸の内のどこかが、カチリと音を立てて何かに嵌まるような感覚を覚える。
ずっと昔からそこにあった空洞が、貴女という存在によってぴたりと埋められるような。
あるいは、骨の髄まで染み込んだ永い飢えが、ようやく鎮まっていくような。
食欲とは違う。知識欲とも違う。
もっと根源的な、私が「私」として存在するための在り方に関わる何かが、貴女によって満たされている。
ねえ、フルーフ。
貴女は私に「愛しています」と口にする。
何度も、何度も。死ぬたびに、生き返るたびに、日常のふとした瞬間に。
人間にとっての愛。
書物で読んだわ。
それは、相手を慈しみ、守り、共に歩むことだと。
自己犠牲を厭わず、相手の幸福を第一に願うことだと。
時に、見返りを求めず、ただ与えること。全てを受け入れることだと。
魔族には受け入れがたい概念。
私たちは自分のために生きている。
他者のために命を使うなんて、生物として欠陥品でしかない。
自分の欲望を満たすことこそが最優先で、他者はそのための踏み台に過ぎない。
だから、私は貴女の言う「愛」を、人間と同じ意味では理解できない。
貴女の幸福を願っているかと言われれば、そうかもしれない。
けれどそれは、「貴女が不幸でいると私がつまらないから」であり、「貴女が笑顔でいる方が私の気分がいいから」という、徹底的な私の都合に過ぎない。
貴女を守るのも、貴女が私の所有物だから。
私のものを他人に壊されたくない、良い状態を維持したいという、ただの利己主義。
けれど、結果だけを見ればどうかしら?
私は貴女を害するものを排除し、貴女と共に心地よく過ごせる場所を共に作り、貴女と共に時間を重ねている。
人間の真似事のような結婚式まで共に挙げて、貴女の望む形に寄り添おうとしている。
動機が「自己愛」や「独占欲」、「執着」であったとしても、現れている現象は、人間が語る「愛」と酷似している。
面白いと思わない?
出発点が真逆なのに、到達点が同じに見えるなんて。
利己の極みが、利他に見える行動を生み出している。
これは矛盾? それとも、一周回って繋がった真理なのかしら。
思考を、もっと深く潜らせてみましょう。
言葉遊びではなく、本質的な意味で。
もしも、私が貴女を本当に「愛している」と仮定したら。
魔族の私が、人間の貴女を。
そもそも魔族にそんな概念は存在し得ない、ということは考えない。
その結論は除外しておく。でなければ最初から、この仮定は意味をなさない。
魔族にとっての「愛」とは何か。
それはきっと、人間のような柔らかな光ではない。
陽だまりのような温かさでも、そよ風のような優しさでもない。
もっと昏くて、重くて、粘着質なもの。
深淵に口を開けた底なしの沼。
一度足を踏み入れたら、もがけばもがくほど深く沈んでいく。
貴女の全てを喰らい尽くし、骨の髄までしゃぶり尽くしてもなお足りないと叫ぶ飢餓。
そして、貴女を分解し、咀嚼し、私の血肉として組み込んでしまいたいという衝動。
貴女と私の境界線を溶かして、二度と離れられないほどに混ざり合いたいという渇望。
それが私なりの……魔族なりの「愛」の形だとしたら。
私はとっくに、貴女に囚われていることになる。
だってそうでしょう?
私は貴女を殺す。何度も、何度も。
貴女の懇願を聞き入れ、あるいは無視して、その命を断つ。
貴女の血が私の手に触れるたび、貴女の命が私によって断たれるたび、私たちの絆は強固になる。
貴女の痛みは私が与えたものであり、貴女の死は私がもたらしたもの。
その事実が、私に強烈な充足感を与える。
「貴女は私のものだ」という、確かな実感を。
他の誰にも理解できない、私たちだけの形。
狂っていると言われるでしょうね。魔族であっても、その歪さには気がつける。
でも、正常か異常かなんて、私達の間には何の意味もなさない。
私たちがそれで満たされているのなら、それが私たちの正常。
貴女は死にたがっていた。
永い時を生き過ぎて、死という安息を求めていた。
精神が摩耗し、私を人生の悔いとして執着し、愛を囁いた。
結婚し、共に生活し、そして、いつしか望んでいた死よりも私との、これから先の生を望むと口にした。
結婚してからの貴女は変わった。
あの虚ろだった赤い瞳に、確かな光が宿るようになった。
食事の席で、散歩の途中で、何でもない会話の合間に、貴女は笑うようになった。
見違えるほど楽しそうに、鮮やかに。
そして今、私は気づき始めている。
私も同じだったのかもしれない、と。
ただ、漫然と時を過ごし、魔王様という他者の思想と知恵を切っ掛けとして、人間を観察し、研究し生きてきた。
魔族として生まれ、魔族として生き、魔族として死ぬ。
そこに特別な感慨なんてなかった。
「知りたい」という欲求はあったけれど、それはあくまで観察者としての視点。
舞台の外から劇を眺めているような、冷めた感覚。
人類の文化、習性を学び、殺し、死に際の言葉を聞く。それだけの生活。
観察と発見、学習と進歩、その刺激だけで生きていた。
魔王様のような、種の未来を見据えた夢。
マハトのような、感情を追い求める執着。
他の魔族たちが持つ、魔法への絶対的な矜持と、更なる高みを目指す向上心。
そのどれも、私にはなかった。
人類の魔法を使うことに抵抗もなく、誇りと呼べる名残はあれど熱はない。
一度も胸の内に何かが灯ったことはない。
自分の中から生み出される、個としての色がない。
私は、空洞だった。
形はあれど、中身のない器。
それを気にしたこともなかった。
他者に影響され産まれた「研究テーマ」を突き詰める日々には、それなりの楽しみがあった。
決して退屈ではなく、けれども他の魔族が持つ確かな熱を持たない日々。
けれど、貴女が現れてからは、この世界が少しだけ「鮮やか」になった。
私はもしかすれば、日々に少し退屈していたのかもしれない。
貴女の反応、貴女の言葉、貴女の思考。
それらが私の退屈な日々に、予想もつかない色彩を与えてくれる。
貴女と交わす会話は、どんな魔導書よりも難解で、どんな術式よりも興味深い。
貴女が隣にいるだけで、ただの風景が意味を持ち始める。
貴女がいなくなったら、この色彩は失われる。
それでも、私はまた元の世界に戻るだけ。
千年をそうして生きてきたのだから、あと千年だって――
――嫌ね。
思考が、そこで止まった。
論理を積み上げようとした矢先、私の内側の何かが、明確に拒絶を示した。
元の生の延長。灰色の日々への回帰。それを想像した瞬間、胸の奥が軋むように痛んだ。
はっきりとそう思う。
それは――嫌だ、と。
一度知ってしまった味を、忘れることなんてできない。
一度手に入れた宝を、取り上げられるなんて我慢ならない。
貴女がいない世界なんて、もう退屈すぎて耐えられない。
だから、私は貴女を離さない。
貴女がどれだけ嫌がろうと、地の果てまで追いかけて、私の側に縛り付ける。
貴女が逃げ出そうものなら、その足を永遠に切り落とし続ける。
愛を囁きながら。貴女が死にたいと願っても、私が許すまでは死なせない。
これは私の意志。
私の渇望。
私の決定。
ああ、そうね。
思考を巡らせて、あれこれと理屈を並べてみたけれど。
結局のところ、答えは最初から出ていたのかもしれない。
人間は、理解できない現象に名前をつけるのが好き。
雷を神の怒りと呼び、雨水を天の恵みと呼ぶ。
名前をつけることで、未知の恐怖を飼いならし、理解した気になろうとする。
ならば、魔族である私が、人間に対して抱くこの不可解な執着。
焼けつくような独占欲。
食欲とも性欲ともつかない飢餓感。
そして、貴女の隣にいる時だけ感じる、安らぎにも似た充足感。
これら全てをひっくるめて、ある一つの言葉で呼ぶことに、何の問題があるだろう?
言葉は道具。人間を欺くための道具。
けれど、自分自身を納得させるための道具として使ってもいいと、私は貴女に結婚を申し込まれた日に気づいた。
貴女に向けるこの混沌とした感情の奔流を、その言葉で定義することで、私の行動の全てに説明がつくのなら。
それは私にとっての真実。
誰が何と言おうと、これはその感情なのだから。
――これが私の答え。
魔族として、捕食者として、そして貴女の「旦那様」として、貴女に向けるこの感情の名前。
人間のように、相手の自由を尊重したりはしない。
献身もしないし、見返りも求める。
貴女の全てを管理し、支配し、私の手のひらの上だけで踊らせる。
私のために生き、私のために死に、私のために蘇ることを強要する。
それが私のやり方。
残酷かしら。非道かしら。
いいえ、貴女ならきっと、そんな私をみて嬉しそうに笑うのでしょうね。
頬を染めて、恍惚とした表情で、私を受け入れる。
本当に、救いようのない人間。
頭のネジが外れた、壊れた人間。
そして、そんな人間に救いようもなく執着し、依存している魔族。
滑稽だと思うわ。自嘲してしまう程に。
でも、悪くない気分。
夜が明ける。
窓の外、水平線の彼方が白み始めている。
空の色が、深い藍色から紫、そして淡い朱色へと移り変わっていく。
新しい一日が始まる。
貴女はまだ夢の中。
無防備な寝顔。その唇が、微かに動く。
夢の中でも、私の名前を呼んでいるのだろうか。
ねえ、フルーフ。
起きたらまた、私を求めて。 全力で、命懸けで、狂ったように。
恥も外聞も捨てて、私への想いを叫んで。
そうすれば私も、貴女を全力で、命懸けで、狂ったように求めてあげる。
殺して、殺して、殺し尽くしてあげるわ。
貴女の血で私の手を染め、貴女の悲鳴で全てを満たしましょう。
それが私たちの日常。それが私たちの「夫婦」の形。
他の誰に否定されようと関係ない。
人間と魔族は分かり合えない。
共存などできない。
否定するつもりもなく。その通りとしか言えない。
歴史が証明している。
私たちは殺し合う運命にあると。
共存への夢、それ自体が種を絶滅へと導く危険思想でしかない。
触れ合おうとすれば傷つけ合う。
近づくほどに互いを削り、壊し合う。
そういうものだと、私は魔王軍と人類の争いの中から悟った。
だけど、私たち夫婦にはそれでも構わない。
傷つけることに意味がある。殺すことに幸福が宿る。
血と臓物の中で確かなナニカを確かめ合う。
分かり合えなくとも、お互いを磨り潰し合いながら、共有することはできる。
狂気を、痛みを、そしてこの歪な幸福を。
分かり合えないからこそ、互いを求め合い、貪り合う。 それで十分。
窓の外で、鳥が鳴いた。
夜明けを告げる、最初の一声。
その声に反応するように、フルーフの瞼が微かに震えた。
偽物の感情。
捏ねくり回した擬似的な感情の模倣。
形だけを真似た、中身のない器。
そういう前置きは……――もうしない。
貴女は言ったわ、フルーフ。
あの日、私が「これは本物ではない」と言い訳を並べた時に。
――ただ自信を持って、愛していると断言できること。それが本当に大事なことです。
愛すべき貴女が、他ならぬ貴女が、そう肯定した。
ならば私は、その言葉に従おう。
私は――貴女を愛している。
何度考えても、何度問い直しても、行き着く先はここ。
論理を積み重ね、感情を分析し、あらゆる可能性を検討したけれど。
結局のところ、答えは最初から決まった場所に終着する。
無理やりにでも、そう結論づけるしかないほどに。
魔族の私が「愛」を語るなんて、道化じみた茶番かもしれないけれど。
この茶番を……私は死ぬまで演じ続けられる自信があった。
人間の感情などに興味はなかった。
だけど貴女をより深く知れるのなら、人間の感情にも興味が湧く。
思考、愛、行動の意味を、知りたいと思う。
貴女を通して、私の世界は色づく。
興味と関心が沸き立ち、知的好奇心が以前よりも多く満たされる。
私の、私だけの内から産まれた渇望。
それを満たす欲の心地よさに、私は酔いしれ、歓喜する。
さぁ、愛おしい一日を。
今日も始めましょう。
貴女が死ぬ、遥か遠い未来のその日まで。
たとえ世界が終わろうとも。 私は貴女を、絶対に逃がさない。
もうすぐ、貴女が目を覚ます。
そうしたら私は、いつものように貴女を迎えよう。
口にするのは、あの言葉。
窓から差し込む朝の光が、貴女の白い髪を淡く染め上げていく。
その睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がる。
赤い瞳が、まだ夢と現の狭間を彷徨いながら、私を捉えた。
「おはよう、フルーフ。――愛しているわ」
えぇ、愛している。
心からの――