ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第34話▶フリーレンIN牢屋

 

 

――グラナト伯爵領、地下牢。

 

 

石造りの壁は湿気を吸い込み、黴と古い埃の臭いが淀んでいた。陽光はなく、外界から完全に隔絶された空間だ。唯一の光源は壁に等間隔で設置されたランプだけで、揺らめく炎が石壁に不規則な影を躍らせている

 

 

「暇だなー……」

 

 

気の抜けた声が、冷たい石壁に跳ね返る。

 

 

フリーレン一行は予定通りグラナト伯爵領へと立ち寄った。

だが、街中で和睦の使者と称する魔族を見かけた瞬間、フリーレンは反射的に杖を構え、魔法を放とうとしたのだ。

 

結果、周囲にいた衛兵達に取り押さえられ、そのまま牢獄に放り込まれた。

街中で魔法を使おうとしたのだから当然である。向けた先にいた相手、タイミング、全ての要因が悪い方向へと重なっていた。

 

 

「フリーレン様」

 

聞き慣れた声が、鉄格子の向こうから響く。

 

「二、三年は反省しろってさ」

 

 

衛兵に話を通して面会にやってきたフェルンとシュタルクが、格子越しにフリーレンへと視線を向けた。

その目は冷ややかで、「何をやっているんですか」という無言の抗議がありありと滲んでいる。

 

 

「思ってたより短いね。後で魔道書の差し入れ持ってきて」

 

 

フリーレンは悪びれる様子もなく、椅子に腰掛けたまま脚をブラブラと揺らしている。

粗末な木の椅子は座り心地が悪いのか、時折もぞもぞと座り直していた。

 

 

「フリーレン様は、本当に時間を無駄にするのが好きですね」

 

「私だって、いたくてここにいる訳じゃないよ」

 

フェルンの小言を聞き流し、フリーレンは天井の染みを数え始めるような気配を見せた。

 

「で、魔族が和睦の使者ってどういうことなの?」

 

「買い出しのついでに調べてきました。断頭台のアウラは知っていますよね?」

 

断頭台のアウラ。

 

その名前を聞いた瞬間、つまらなそうに揺れていたフリーレンの脚がぴたりと止まった。

 

 

「………………」

 

 

瞳が大きく見開かれた。普段は感情の読めないその目に、みるみる潤みが広がっていく。

瞬きひとつ、透明な雫が睫毛に溜まった。

 

 

「………わ」

 

「え。フリーレン様?」

 

「わ、わぁ……あ、アウラ……」

 

「どうすんだよフェルン。なんか涙目になってんぞ」

 

 

シュタルクが狼狽えた声を上げる。

フリーレンの顔がみるみる萎れていき、堪えきれなくなったように涙がこぼれ落ちた。

 

うぇーん、とフリーレンは年甲斐もなく牢の中でほろりと泣き始めてしまった。

まるでフェルンに大嫌いな玉ねぎを無理やり食べさせられた時のように、止めどなく涙を流している。

 

シュタルクとフェルンは顔を見合わせ、困惑の視線を交わした。

原因は全く分からないが、何かフリーレンの地雷を踏んでしまったことだけは理解できた。

 

 

「わ。泣いちゃった……どうしたんでしょう?シュタルク様……もしかして小声でフリーレン様に御歳のことで何か言ったんですか?」

 

「なんでだよ!?律儀にカウントされるくらい根に持たれてるんだから、言う訳ないだろ!!」

 

 

三回ババア呼びされれば三日三晩泣き叫ぶと豪語するフリーレンだが、どうやら今回はシュタルクが何か失礼なことを言った訳ではないようだ。

 

 

「それは……まぁ、そうですね。なら何が原因なのでしょうか」

 

「そりゃ……その断頭台のアウラって奴が原因なんじゃねぇか?」

 

「わ……アウラ……わぁ……」

 

「あ、また泣いた。シュタルク様のせいでフリーレン様がまた泣いてしまったじゃないですか」

 

「なんで俺のせいなんだよ」

 

 

冷たい牢獄にメソメソとエルフの泣き声が響いてから十分後。

 

フリーレンの涙はようやく引っ込み、何事もなかったかのように喋り出した。

目は「Ξ」の形になり、口はハムスターのような「ω」を描きながら、フェルン達の方へと向き直る。

 

 

「ごめん。ちょっと前のことを思い出しちゃってさ、不甲斐ない所を見せたね。それで断頭台のアウラだったね。うん知ってる。魔王直下の大魔族、七崩賢の一人でしょ。配下のほとんどを失って消息不明のはずだけど。最近、何かあったの?」

 

「あ、フリーレン様が正気に戻られました。大丈夫です不甲斐ない所なんてもう見慣れているので」

 

「やっとかよ。もうすぐ面会時間過ぎるぞ」

 

「ほらほら早く話して。ことと次第によるけど、早く街を出ないといけないかもしれないからさ」

 

「え……はい。なんでもグラナト領と魔族の二十八年に及ぶ争いを主導していたのが、その『断頭台のアウラ』という話です。大凡二、三年前から急にその名前が出始めたと」

 

フリーレンの眉がわずかに動いた。

 

「……あのアウラが二十八年も手をこまねいていたの?それは変だよ。アイツはヒンメルやアイゼンを殺さず無力化できるような奴だ。師匠(先生)の結界があるとはいえ、たかだか街一つを落とせないなんてありえない」

 

「あの……その話なら私も聞きましたが、勝ったんですよね?」

 

「あぁ、俺も聞いたぜ。八十年程前に大規模な魔族の侵攻から、勇者一行が街を守って追い返したって奴だろ」

 

 

フェルンの話を補足するように、シュタルクもフリーレンへと確認を取る。

領民から聞いた話では、七崩賢の一人である断頭台のアウラが率いる魔族の軍勢の下へ、勇者一行が颯爽と現れ全てを討ち滅ぼしたと伝わっていた。

 

しかし、その当事者であるフリーレンの口から出てきたのは、領民の話とは矛盾する内容だった。

まるで敗北したかのような言い草である。

 

 

「随分脚色して伝わってる。うん……まぁ、あの頃は戦争中だった訳だし、対外的な話はそんなものだよね」

 

フリーレンは格子の間から手を伸ばし、冷たい鉄の棒に指を這わせた。

 

「でも私達は勝てなかった。むしろ負けた挙句、見逃された側だよ」

 

 

あの勇者一行がかつて敗北したという事実は、フリーレンの実力をよく知るフェルンに少なくない衝撃を与えた。シュタルクも事態の不味さを悟り始めたのか、額に冷や汗が滲んでいる。

 

 

「……本当にヒンメル様達でも勝てなかったのですか?」

 

「おいおいどんなバケモンだよ……早く逃げた方がいいんじゃねぇか」

 

「どうだろうね」

 

 

フリーレンは椅子から降り、牢の中をゆっくりと歩き始めた。

三歩で端まで行き、三歩で戻る。狭い檻の中を往復しながら、記憶を辿っている様子だった。

 

 

「フェルン……二、三年前って言ってたけど、それ以前にアウラの名前は出てなかったの?」

 

「はい。それ以前は、今和睦の使者としてグラナト領に招かれているリュグナーという魔族が指揮を取っていたと聞きます。ほら、フリーレン様が先程衛兵に取り押さえられていた時に話していた、あの魔族です。アウラの名前が出始めたのは本当に唐突だったそうです」

 

 

フリーレンは先ほど人間の言葉に似た鳴き声を上げていた獣のことを思い出した。

魔力量から考えて精々二百歳。多く見積もっても三百歳前半といったところだ。

フリーレンであれば片手間とは言わずとも、淡々と処理できる程度の相手だった。

 

 

「あの程度なら、この城塞を落とせなかったのも納得だね」

 

くるりと振り返り、フリーレンは眉間に皺を寄せた。

 

「うぅ~ん、アウラが絡むと毎回事態がややこしくなるんだよ。そもそも過去のアイツは魔王軍側なのかも怪しかったし」

 

 

魔王軍直下なのに魔王軍なのかも怪しい。

そんな謎々のように矛盾した発言に、フェルンとシュタルクは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「魔王直下なんだから魔王軍側の魔族なんじゃねぇのか?」

 

「そこがアウラの意味の分からない所なんだ」

 

フリーレンは足を止め、八十年前の記憶を掘り起こす。

 

「あの時、確かにアウラは配下が城を襲っていると言った。だけど私がアウラの名前を出した途端、裏切り者と酷く罵っていたよ。魔族があそこまで感情的になるのは珍しいことだ」

 

 

記憶をさらに辿る。

八十年前、確かに断頭台のアウラと勇者一行は対峙し、戦った。

 

アウラの口調は魔王軍に属する魔族そのものであり、グラナト伯爵領に攻め入る魔族達を自身の配下のように語っていたのだ。

 

魔族の言葉は人を欺くためだけの空虚な言葉だ。己が利益だけを追求する自己愛の鳴き声。だからこそ自身の利にならない――それこそ不利になるようなことでは嘘をつかない。

 

だからこそ意味不明だった。

 

配下が殺されて何の利益がある。

 

何よりヒンメル達を確実に殺せたはずなのに、一切手を出さなかった。

 

謎が謎を呼ぶという言葉は、まさしくアウラを指す。

思い返せば、先にいる魔族を殲滅させるよう仕向けていたような気さえする。

だとすればそもそも邪魔をする必要もないのだが……まさしく理解不能な行動である。

 

そしてアウラの名前を出した時の、魔族の罵声を思い出す。

 

『勇者の仲間か……魔法使いが一人で何をしにここへ来た。まさか、この数を一人で相手できるとでも思っているのか?』

 

『言っていた話と全く違う、結界に傷一つないじゃん。あれは何の為の嘘だ』

 

『嘘?何のことを言っている』

 

『してやられたよ。私を単独でここに送り込むのが目的だったのか。『断頭台のアウラ』……意外と頭を回すタイプみたいだね。だとしたらヒンメル達が危ない』

 

『貴様ッ……今アウラと言ったか?』

 

『あぁそうだよ、お前達のリーダーでしょ』

 

『誰が恥知らずの裏切り者などに仕えるものかッ!殺せ!こいつはアウラの仲間だ!!』

 

『え……何?』

 

その後フリーレンは襲い来る魔族を無慈悲に、的確に殺し尽くした。

アウラと聞いた瞬間殺気立つ魔族達を魔法で焼き払う。その最中、裏切り者の仲間と謂れのない罵声を浴びせられたことは、今でも微かに覚えていた。

 

 

「裏切り者……だけど、そのアウラってのは軍の幹部みたいなものだろ、おかしくねーか」

 

「シュタルク様の言う通りです。何かが……前提となるものが致命的に噛み合っていない気がします」

 

「そうだね、旅を続けるにつれて知ったけど、アイツは名だたる大魔族から酷く恨まれていたよ。死に際なのにアウラの名前を出したらどいつもこいつも睨んでくるし。分からないことだけが増えていく感じだったかな」

 

フェルンは格子に一歩近づき、声を低くした。

 

「それで……フリーレン様は、そのアウラが本当に街を襲っていると思いますか」

 

「最後に確認だけど、アウラの側に大柄な双剣使いのアンデッドがいたって目撃情報はある?」

 

 

双剣使いの騎士。

 

これはフリーレンにとって最も重要な情報だった。

 

魔族を殲滅し終えた後、罠に嵌められたと考えたフリーレンは急いで勇者パーティーの元に戻った。

しかし仲間達は全員地に伏せ、一人の騎士に全滅させられていたのだ。

 

その騎士こそがフリーレンがフェルンに尋ねた双剣の騎士だった。

 

長距離から狙い撃ちした魔法は、容易く切り払われた。

全身鎧とは思えない速度で崖を垂直に駆け上がってくる騎士の姿には、さしものフリーレンも戦慄を禁じ得なかった。

 

魔法を耐え切るならまだ分かる。

しかし、あの騎士は完全な物理斬撃で魔法を切り払うという、魔法学会に喧嘩を売るような挙動をしまくっていたのだ。

 

魔法使いにとっては悪夢以外の何物でもない。

フリーレンが最後に見た光景は、自身の杖が無惨に圧し折られる瞬間で終わっている。

 

どう考えてもあれはアウラの有する最高戦力だろう。

アウラが本当に魔族達の主導者なのであれば、側にあれがいないなど有り得ない。

 

 

「いえ、そのような噂は全く聞きませんでした」

 

「なら、ほぼ確定で違うね」

 

フリーレンは椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 

「あんまり言いたくないけど、どれを取ってもアウラが街の襲撃を主導しているとは考えづらい。アイツならもっと間接的な手がいくらでも使えそうだし、何より和睦の使者なんて回りくどい手は使わないはずだ」

 

「可能性として、最悪敵対した場合勝ち目はありますか?」

 

「無い」

 

即答だった。

 

「最低でもハイターとアイゼン、それにアウラの使う魔法の解析と対策を済ませておかないと話にならない。アウラ本人の実力は分からないけど、その側に控える騎士のアンデッドが異常過ぎて手に負えないからね」

 

 

アウラと本気で戦おうと考えるなら、騎士を抑え込める前衛が必須条件だ。

現状のシュタルクでは到底力不足だと言わざるを得ない。

魔法を解析し、アウラとアンデッドとの繋がりを絶ち、初めて戦いが成立する。

 

勝機を掴むには情報も準備も戦力も、何もかもが足りていなかった。

 

 

「もし仮に、そのアウラが来ても、フリーレンがいれば大丈夫なんじゃねぇか?一度は何もせず見逃してくれた訳だろ。昔のよしみで話をすればまた見逃してくれるんじゃ……」

 

「能天気だねシュタルク」

 

フリーレンは静かに首を横に振った。

 

「魔族との対話なんて無駄な行為だ。一度見逃されたどうこうの話じゃなくて、魔族には根本的に話なんて通じない。あいつらは人間の声を真似て発するだけの獣でしかない。交渉なんて無意味だ」

 

「……だけどよぉ。言葉が通じる訳だし」

 

 

フリーレンは不思議に思った。

 

シュタルクが何故こんなにも魔族の定義を否定したがっているのか、全く分からなかった。

だがヒンメルが過去に魔族の幼体に欺かれたように、シュタルクもその生態に欺かれ、信じたいと思っているのかもしれない。

 

仲間が魔族の喰い物にされる危険性を放置する程、フリーレンは仲間に関心が無い訳じゃない。

 

なので一つ、忠告することにした。

シュタルクにも分かるような極々当たり前の話をする。

 

 

「シュタルク、今から一時間息を止めてみて」

 

「なんだよ突然、できるわけないだろ」

 

 

突然の命令にシュタルクは意味も分からず拒否した。人間が一時間も息を止めたら普通に死ぬ。

何言ってんだと抗議するように、シュタルクはフリーレンを見つめる。

 

 

「そうだね、できない。それと同じくらい当たり前のことなんだよ。魔族と人類は意思疎通ができない。人類を害さないと死んでしまうじゃないかって思う程人を殺す。根本的に奴らは私達とは違う……何か別の、そういう生き物なんだ」

 

「……」

 

「次。シュタルクは今日からお肉禁止だよ、一生パンと野菜だけを食べて過ごすんだ」

 

「はぁ!?嫌だよ!俺はこれからも肉も魚も食べるぜ!!」

 

 

とんでもない横暴に堪らずシュタルクは素っ頓狂な声を出し抗議する。

しかしフリーレンはそんなシュタルクの様子を見てニコリと笑みを浮かべ、頷いた。

 

 

「冗談だよ、私もそんな横暴御免だからね。別に食べなくても生きてはいける……だけど食べたい。アイツらの中にもそれがある。我慢できないくらい大きな食い意地があるんだ。それが人間。どこまでいってもあいつらにとって人類は餌と捕食者の関係でしかない」

 

「うぅん…………」

 

 

魔族の習性、魔族の知識、全ての知見においてシュタルクはフリーレンに敵わない。

反論を言おうにもそこには正論しか無く、何も言えなかった。

 

押し黙ったシュタルクを見て、フリーレンは次にフェルンの方を見て口を開いた。

 

 

「フェルン、水の中で泳がない魚はいると思う?」

 

「いえ、私の知る限りでは知りません」

 

「私も魚に詳しい訳じゃないから知らない。これも同じだよ。魔族にとって言葉を話して人類を欺くことは極々自然な習性でしかない……それこそ魚が水を泳ぐようにね。だから無価値なんだ、あいつらの口から出る言葉に何一つ本当のことなんて無い」

 

「魚が泳ぐことに一々意味を見出さないのと同じように……ですか?」

 

「そういうこと」

 

 

その後も、流れるように淡々と魔族の習性を語り続けるフリーレン。

最後まで語り終える頃には、牢の中に何とも言えない沈黙が流れていた。

 

 

「魔族について詳しいですね、フリーレン様。それに分かりやすいです。フリーレン様がそこまで魔族を調べ上げていたことに驚きました」

 

「違うよフェルン。私はアイツらの殺し方には詳しいけど、こんな役に立たない情報を態々調べようなんて思ったこともない。これは耳にタコができるくらい聞かされたウンチクを語っただけ」

 

「ですが、フリーレン様が下さった学術書に載っていない情報も多くありました」

 

「まぁ、アイツ以上に魔族に詳しい奴はいないからね」

 

「あの……その人って、まさか」

 

「フェルンには前に話したよね。そう、あの魔族が大っ嫌いなくせに愛してるとか叫んでる変態……私の旧友でもある。フルーフのことだよ」

 

「「あぁ……」」

 

何故かフェルンだけでなくシュタルクも、納得したと言わんばかりの声を出した。

 

「それと、フェルンに前渡した魔族の本があったでしょ、それ著者はフルーフだよ」

 

「え、嘘」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、フェルンは鞄から一冊の本を取り出した。

背表紙から本を開き、著者名が記入されている欄を確認する。

 

そこには達筆な文字で――

 

『ソから始まりルで終わる。そんな魔族の未来の妻フルーフ』

 

と気色の悪い妄言が書かれていた。

 

それを見たフェルンは露骨に顔を顰め、眉間に深い皺を刻んだ。

 

 

「あ……本当だ」

 

「アイツ会う度に改訂版押し付けてくるんだよね。それ三百年前くらいの物だけど、そこらの適当な学術書より役に立つと思うから読んでおいてね」

 

「まぁ、はい。……読んでおきます」

 

 

猛烈に捨てたくなってきた。

しかしフリーレンの私物から譲り受けたものであり、何より魔族について詳しく書かれた専門書なんてこれくらいだろう。

フェルンは歯を食いしばり、本を鞄の中に戻した。

 

 

「アイツ今頃何してるんだろ」

 

フリーレンは檻の中で天井を見上げながら呟いた。

 

「シュタルクは知らないか……私の古い友人のフルーフって奴がいるんだけど、魔族と結婚するとか言っててさ。上手くいく訳ないのにね……馬鹿みたいだ。師匠(先生)にも止めとけってあんなに言われたのに……」

 

「あぁ……うぅん。そ、そうだな」

 

 

シュタルクは何も言えなかった。

端から否定で入っている相手にいきなり肯定的なことは言えないし、そもそもフリーレンからすればシュタルクがフルーフの情報なんて持っているなんて考えてすらいない。

迂闊なことを言えば絶対面倒事になる。

 

フェルンとシュタルクはフリーレンに背を向け、お互いに近づきしゃがみ込むと小声でヒソヒソと話し始めた。

 

 

「なぁ、なんて答えるのが正解だと思うフェルン」

 

「私に聞かないでくださいよ……」

 

 

無難な回答を考えていると、牢獄の扉からコンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。

どうやら面会時間はここまでのようだ。

 

 

「フリーレン様……申し訳ありませんが時間のようです。シュタルク様一旦出ましょう」

 

「そうだな」

 

フェルンはシュタルクの手を取ると、フリーレンに一礼して逃げ出すように牢獄を出ていく。

 

「差し入れよろしくね」

 

フリーレンはこれ幸いと大慌てで出ていく二人に、檻の隙間から手を出して振りながら見送った。

 

二人の足音が遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなる。

 

牢獄に再び静寂が訪れた。

フリーレンは椅子に深く腰掛け、冷たい石の天井をぼんやりと見つめた。

 

 

「アウラ、か……」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、伯爵領のとある食事処。

 

午後の柔らかな光が窓から差し込み、木目のテーブルを暖かく照らしていた。

店外には香ばしく焼けた肉の匂いと、香辛料の芳しい香りが漂っている。

 

フェルンとシュタルクは一つのテーブルにつき、向かい合って食事を取っていた。

 

 

フェルンは自身の顔程の大きさの巨大ハンバーガーへと豪快に齧り付いた。肉汁が溢れ、ソースが指を伝う。それを気にする素振りもなく、瞬く間に完食してしまう。

 

 

「ご馳走様でした」

 

口元を丁寧に拭いながら、フェルンは満足げに息をついた。

 

「なぁフェルン……結局逃げるか戦うかどっちなんだよ」

 

シュタルクは自分の皿に残った食事を豪快に口にかき込みながら問いかけた。

ジョッキに入った飲み物で胃に流し込み、ようやく一息つく。

 

「一日二日で何か起こると決まった訳ではありません。それよりも先に、フリーレン様を牢から出さないことには何もできません」

 

「保釈金なんてねぇし、グラナト伯爵に直訴するしかないよな」

 

 

シュタルクは腕を組み、天井を仰いだ。

木造の梁が複雑に交差し、煤けた色合いが年季を感じさせる。

 

 

「あの、シュタルク様……」

 

フェルンは空になった皿の縁を指でなぞりながら、真っ直ぐにシュタルクを見据えた。

 

「フリーレン様のおっしゃることに随分ムキになっておられましたが……魔族は殺せそうですか?」

 

「わからねぇ。フェルンはどうなんだよ」

 

「私は殺せます」

 

 

即答だった。

 

フェルンの瞳には一切の迷いがない。その冷たい確信に、シュタルクは思わず息を呑んだ。

 

 

「敵は殺せ、そうしないと、私は守りたいものを何一つ守れない……ソリテール様からそう教えられました」

 

 

窓から差し込む光がフェルンの横顔を照らす。

その表情は穏やかでありながら、どこか遠い場所を見つめているようだった。

 

 

「殺さなければならない……人を殺すのではありません。岩を撃ち抜くように、立ちふさがる障害を取り除くことだけに意識を集中させるのです」

 

 

ソリテールの教え。それは敵は容赦なく殺せというシンプルなものだった。

手段を選ばず、時には付け入る隙を与え、完膚なきまでに殺す。

 

魔族は信用できない。それをフェルンは理解している。

 

その上でソリテールを尊敬している。

 

信頼はできずとも尊敬はできる。それがフェルンの出した結論だった。

 

 

「相手は同じ言葉をしゃべって、一応感情もあるんだぞ。そう簡単に割り切れるかよ」

 

 

シュタルクの言うことは正常だ。戦士として正しくなくとも、極めて善良で正常な思考だった。

人類と同じ見た目、人類と同じ言葉。そんな生物を殺すのに感情が動かないなど、シリアルキラー染みている。

 

しかしそんな正常な考えは、魔族と戦う上で邪魔でしかない。

 

 

「そうですか」

 

フェルンは静かに目を伏せた。テーブルの木目を指で辿りながら、幼い頃の記憶を手繰り寄せる。

 

「私にとって、人間も魔族も大差ありません。殺さなければ殺されるだけ……幼少期に学びました」

 

シュタルクは黙って聞いていた。フェルンがこんな風に自分の過去を語るのは珍しいことだった。

 

「力で押さえつけてくる相手には同じく力で押し返す。私の両親や故郷の人達は人間に殺されかけました……それを守ってくれたのは魔族です。どちらがどうという以前に、殺されそうになったのなら相手を殺すしかないでしょう」

 

 

幼少期にフェルンがソリテールから贈られた虚飾に塗れた言葉。

子供ながらに嘘くさいと分かる言葉の数々。

 

しかしソリテールは一字一句、何かを考えながら話していた。

それが何なのか……今のフェルンは知っている。

 

嘘が必ずしも悪とは限らない。

 

ソリテールがフェルンに教えを授ける際には常に本心とは違う言葉を使っていた。

子供に向けた生ぬるい言葉。だがフェルンはそれを欺瞞とは思わなかった。

彼女はフェルンの内情を読み取り、子供でも理解しやすいように翻訳してくれたのだ。

 

それは理解を促すための偽り。

 

彼女は捕食者であり、全ては捕食のための仮面だった。

とてつもない才覚を有するフェルンが成長し、一体どのような魔法使いになるのか……それを知るための投資。

人間を喰らい飢えを満たすように、知識を喰らい知的好奇心を満たすための行為だった。

 

徹頭徹尾欺かれた。

だけどフェルンは感謝こそすれ怒りなどない。

 

ソリテールは悪趣味な人喰いの化け物だ。夥しい死臭がこれまでの犠牲者を物語っている。しかしフェルンは思う……それがどうしたというのか。

 

親しい身内が無惨に殺されたというのなら、感情は酷く揺れ動くだろう。

だが顔も知らない、未知の場所で大勢が死んだ。

突然そんな話を聞かされて、殺意と義憤に滾り涙を流す他人がどれだけいるだろうか。

 

現実感が持てず、凄惨な惨劇をただただ想像もできず聞き流すだけ。

胸の内に抱くのは、よくて数日経てば忘れる浅い同情と怒りくらいだろう。

 

非情な話だが、フェルンは既に割り切っている。

だからこそ化け物と認めながらも、ソリテールを魔法使いとして尊敬できている。

 

フェルンにシュタルクのような甘さはない。最初の師匠から無慈悲で冷たい殺しの心得を教わった。

戦場では、その冷酷さがどれだけ自分を助けてくれるか……幼少期の体験からよく理解していたのだ。

 

 

それに腹立たしいことだが、彼女には全ての欠点を補う伴侶がいる。

人を殺しはしても、実際には誰も死なない。しっかり補償も忘れないので皆幸せだ。

 

子供の頃に見た血みどろの宴を時々思い出す。

あの変態のせいで色々おかしくなってしまった。

 

フェルンはフルーフの顔を思い出し、鼻息を荒げた。

全くあの変態は、とムカムカした感情が積もっていく。

 

 

「家族や、故郷か……そうだな」

 

シュタルクは空になったジョッキを両手で包むように持ち、中を覗き込んだ。

琥珀色の液体の残滓が、かすかに底で揺れている。

 

「俺も姉ちゃんがいなかったら今頃どうなってたかわからねぇ。魔族を信用するな、か……姉ちゃんもよく言ってたよ。だけど俺らを守ってくれた姉ちゃんから言われても納得できねぇし、頭が混乱するだけだぜ」

 

「シュタルク様……」

 

 

フェルンは若干危うい目をしながら、シュタルクの首元を凝視した。

白い肌に浮かぶ血管の筋が、妙に気になって仕方がない。

 

 

「なんだよフェルン、さっきから俺の首元ばっか見て」

 

「美味しそうですね」

 

「え!なに!?怖!フェルンも実は魔族だったのか!?」

 

 

シュタルクは椅子ごと後ろに仰け反り、首を両手で庇うように押さえた。周囲の客が何事かとこちらを振り返る。

 

幼少期に見た光景のインパクトは凄まじく、フェルンの性癖はちょっと危険な方向へとねじ曲がっていた。

 

 

「はぁ……違います」

 

フェルンは呆れたように首を振り、話を元に戻した。

 

「で、魔族は殺せそうですか?」

 

「どうしよ……フェルン……無理かも」

 

「相変わらずビビりでございますね、シュタルク様」

 

情けない顔をするシュタルクに、フェルンは深々と溜息をついた。

 

「仕方ねぇーだろ!俺は斧で戦うんだぞ!斬った後、絶対手に嫌な感触が残るよ!?」

 

「……負けることは考えてなさそうですね」

 

「……だってあいつら、姉ちゃんや領主様より全然弱いだろ。流石にビビらねぇよ」

 

「あの街での経験が変な方向で生きていますね。ですが模擬戦と実戦は違います。手段を選ばず襲ってきますよ」

 

「だよなぁ……」

 

シュタルクの顔色がみるみる青くなっていく。

 

「急に腕が震えてきた。どうしようフェルン。考えてみたら一人ずつ相手にできる訳ないんだよな、四人同時に相手にして勝てる訳ねぇよ!!」

 

 

ビビらないと豪語した瞬間に勝手に最悪の状況を想像し震え出すシュタルクに、フェルンは今日で何度目か分からない呆れの息をもらした。

 

フェルンは椅子から立ち上がり、シュタルクを置いてズンズンと歩いていってしまう。

 

 

「……臆病者のシュタルク様なんて、もう知りません」

 

「お、おーい!待ってくれフェルン!?俺も行くって!」

 

 

フェルンを追いかけるようにシュタルクも椅子から立ち上がり、早足で駆け寄る。

 

二人は会計を済ませ、食事処を後にした。

扉を開けると、午後の陽光が眩しく降り注ぐ。石畳の街路には行き交う人々の姿があり、どこにでもある平和な光景が広がっていた。

 

しかしその平穏の裏で、何かが静かに動き始めていることを、二人はまだ知らない。

 

一先ずフリーレン釈放のために動き出すこととなった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

――グラナト伯爵領、郊外。

 

 

夕日が少し差し込む薄暗い屋敷の一室。

 

かつては貴族の別邸だったのだろう。しかし今は埃が堆積し、蜘蛛の巣が天井の隅々まで銀糸を張り巡らせている。朽ちかけた調度品が壁際に追いやられ、窓硝子には罅が走っていた。

 

その部屋の中央に、二つの影が佇んでいる。

 

一人は巨漢の魔族だった。

リヴァーレと呼ばれるその魔族は、岩を削り出したような筋骨隆々たる肉体を鎧の下に収めている。

腕を組み、微動だにしない。しかしその老いた瞳の奥には、長年燻り続けてきた炎が静かに揺らめいていた。

 

もう一人は長身の魔族だった。

グラオザームと呼ばれるその魔族は、窓辺に立ち、沈みゆく夕日を眺めている。

整った顔立ちには一切の感情が浮かばず、まるで精巧に作られた人形のようだった。

 

二人の魔族は互いに視線を合わせることなく、それぞれが窓の外を見つめている。

 

沈黙が部屋を満たしていた。風が朽ちた窓枠を軋ませる音だけが、時折響く。

 

夕日の赤い光が、二人の影を長く伸ばしていた。

 

やがてリヴァーレが口を開いた。

その声は低く、地鳴りのように空気を震わせる。

 

 

「グラオザーム。俺のような老いぼれは、作戦などという小賢しい真似は苦手でな」

 

 

腕を解き、拳を握り締める。

手が微かに震えていた。それは恐怖ではない。抑えきれない昂揚だった。

 

 

「好きにやらせて貰って構わんか?」

 

グラオザームは窓から視線を外さぬまま、静かに答えた。

 

「この狭い檻の中で作戦など不要です」

 

 

その声は柔らかく、まるで子守唄でも歌うかのような響きを持っていた。

しかしその言葉の端々には、獲物を前にした捕食者の冷酷さが滲んでいる。

 

 

「彼女が街に入っているのだとしたら、自ずと姿を表すでしょう」

 

「……無論俺はただ戦いを楽しむだけよ」

 

リヴァーレの口元が、獰猛な笑みの形に歪んだ。

 

「では、全霊を以て戦場を踊るとするか」

 

その言葉を最後に、二人の魔族は再び沈黙した。

 

窓の外では、夕日が地平線に沈もうとしている。

茜色の空が徐々に藍色に染まり、最初の星が瞬き始めた。

部屋の中は急速に暗さを増し、二人の姿は闇に溶け込んでいく。

 

 

やがてリヴァーレが踵を返し、部屋の奥へと歩み去った。

その足音は重く、床板が悲鳴を上げるように軋んだ。

 

一人残されたグラオザームは、窓の外に視線を向けたまま動かない。

 

街の灯りがぽつぽつと瞬き始めていた。

何も知らぬ人々が、平穏な夜を過ごそうとしている。

 

その唇が、微かに動いた。

 

しかし何を呟いたのかは、誰にも聞こえなかった。

 

大魔族が動く瞬間は近い。




主要人物全員グラナトIN。

フルーフ▶街の外。
ソリテール▶街の中。
リーニエ▶街の中。

フリーレン▶牢の中
フェルン▶街の中
シュタルク▶街の中

アウラ▶城の中
南の勇者▶城の中

グラオザーム▶街の中
リヴァーレ▶街の中
和睦の使者▶城の中
魔族の軍勢▶街の中
不死の軍勢(偽)▶街の外
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