ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第37話▶ブチ殺し合い

 

 

 

――グラナト伯爵領、民家跡地。

 

 

雲が覆う不気味な夜空を、魔法の光が引き裂いていく。

 

赤、青、白――色鮮やかな閃光が絶え間なく炸裂し、そのたびに空気が震えて鼓膜を叩く。

悲鳴と怒号、魔法の炸裂音が折り重なり、夜の静寂など跡形もなく消し飛んでいた。

 

それは魔族と魔物、人間たちが殺し合い、命を散らす刹那の煌めき。

 

街の至る所で破壊の限りが尽くされていた。

地を這う漆黒の猟犬が魔族の首を噛み千切り、花のような巨大な植物が蔦を振り回して空飛ぶ敵を叩き落とす。壁に叩きつけられた肉体が、赤黒い染みとなって石壁を汚していく。

 

焦げた肉と燃え上がる民家の入り混じった臭いが、風に乗って漂ってきた。

 

人間たちは剣ではなく、対魔族用の魔法耐性を備えた盾を構えていた。

攻撃ではなく防御。魔法の嵐を耐え凌ぎ、領民が身を隠す教会や城を身を挺して守り通す。

それが彼らに与えられた役割だった。

 

人類は身動き一つ許されず、敵もまた結界内から出ることは許されない。

 

どちらかが死に絶えるまで終わらない――そこは地獄の闘技場だった。

全ての種族があらゆる手を尽くし、守り、殺し、牽制し合っている。

 

その修羅場を、南の勇者は二本の剣を振るいながら駆け抜けていた。

 

止まることを知らぬ剣閃が、秒間ペースで敵の心臓を穿ち、首を切り飛ばす。

白い息を吐きながら、彼は眉根を寄せた。

 

一向に数が減らない。

 

いくら斬っても、いくら殺しても、次から次へと敵が湧いて出る。

しかしその疑問は、すぐに氷解した。

 

一部の敵が放つ炎が、建物に燃え移らないのだ。

 

火は確かに上がっている。熱も感じる。

だが民家の壁は焦げ一つ負っていなかった。

 

 

――厄介な手を使うな。アウラが勇者ヒンメルにしていたことの上位互換か。

 

 

剣を握る手には、確かに肉を断つ感触が伝わってくる。

だが、長年培った魔族殺しの勘が警告を発していた。何かが違う、と。

 

敵の動きは本物と寸分違わない。いや、それ以上にリアルですらあった。

空気を裂く剣筋、荒い呼吸、全身を巡る血流と脈打つ鼓動。あらゆる要素が、生きた魔族そのものだった。

 

無機物には一切影響を与えない。しかし意思を持つ存在には、容易く干渉してくる。

いや――より正確には、狂わされた精神が現実を歪めて認識するよう仕向けているのだろう。

 

人間は思い込みだけで火傷する生物であり、認識の力にはそれだけの力がある。

 

呪いによる錯覚が現実とのズレを許さない、幻影により与えられた体験が現実となり落とし込まれているのだ。

 

つまり――斬られれば痛みが生じ、受けた傷は幻であるにもかかわらず、人間を容易く死に至らしめる。

 

本物と見紛う幻。

それが精神を超え、肉体へと直接的な影響力を持つに至っていた。

街全体から魔族の軍隊を隠蔽できるほどの技量を持つ大魔族なのだ。この程度の搦手、使えて当然か。

 

 

――感覚頼りで突破できる問題ではないな。

 

 

かつてシュラハトと対峙した時、グラオザームの幻術には僅かながら綻びがあった。

だが今回は違う。その隙が、どこにも見当たらない。

研ぎ澄ました五感のすべてが、眼前の光景を現実だと訴えてくる。

これが幻だと見破れる根拠は、周囲の無機物に影響がないという事実と、長年の勘だけだった。

 

道理で、いくら斬っても数が減らないわけだ。

南の勇者は一人、得心した。

水増しされた幻をいくら消したところで意味はない。だが放置すれば、被害は拡大する一方だ。

 

 

――確かにこれは……よく考えられているな。だが、私の人類最強の所以が未来視だけだと思わないことだ、グラオザーム。

 

 

縦横無尽に駆け回り、敵を塵に変え続ける南の勇者。

その行く手を塞ぐように、魔族共の隊列が現れた。

 

南の勇者は足を止め、一人一人の顔を確認する。

 

同じ顔。同じ魔力。やはり魔法の産物だ。

それを理解してなお、目視では何一つ違和感がない。

 

 

「南の勇者、いくら殺しても無駄だ……貴様はここで死ぬのだ」

 

「そうかね」

 

 

南の勇者は剣の柄を握り直した。

掌に伝わる革の感触が、意識を研ぎ澄ませる。

 

 

「増えるというのなら……増えるよりも早く殺すまでだ。少しずつ……確実に実体のある奴らを始末させてもらう」

 

「なにを馬鹿なことを――」

 

 

魔族が杖を構える。

だが、その言葉が終わる前に空気が爆ぜた。

 

空気抵抗を、身体能力だけで限界まで突き切る。

敵の意識を置き去りにする、コンマ一秒に満たない刹那。

 

世界が静止した。

 

いや、静止したように見えているのは南の勇者だけだ。

止まった時間の中で、彼一人が高速で駆け巡り、あらゆるものを切り刻んでいく。

 

肉を断つ。骨を砕く。首を刎ねる。

 

手応えが本物かどうかなど、もはや考えない。

ただ機械的に、目の前の敵を処理していく。

 

南の勇者は振り返りもしなかった。

元いた場所へ視線を向けたままの敵を置き去りにし、次の獲物へと駆けていく。

すれ違うたびに、また一体、また一体と斬り伏せながら。

 

取り残された者たちは、ようやく標的が消えたことに気づき、動き出そうとする――だがその瞬間、視界がずるりと斜めにずれた。

 

首が、胴から離れていく。

粒子となって消えゆく意識の中で、彼らはようやく悟った。

啖呵を切り終えるより早く、自分たちは既に死んでいたのだと。

 

南の勇者は残像すら残さぬ影となり、街を駆け巡る。

 

作戦は至って単純だった。

 

街を破壊できるのは実体のある魔族のみ。

ならば幻影が増えるよりも早く消し去り、実体を殺し尽くす。

偽物か本物か分からないなら、両方殲滅する。数百殺せば一は本物に当たるだろう。

 

脳筋以外の何物でもない戦法。普通なら不可能だ。

 

しかし、どんな理不尽をも正攻法で打ち破ってこその勇者。

 

これこそが世界に存在を刻み、歴史に名を残した人類最強の勇者の戦い方なのだと――その鋭い剣撃は、止むことを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――教会。

 

 

一方、街中を魔物の巣窟に変えたアウラはというと――大量の黒く巨大な猟犬たちを引き連れ、教会の屋根から戦況を確認していた。

 

 

パチパチと燃え盛る街並みを見下ろしながら、魔物たちへ指示を飛ばす。

炎に照らされた石畳の上では、師団や衛兵たちが奮闘していた。

 

突如として現れた魔物の軍勢に最初こそ戸惑いを見せたものの、味方だと確信するや徐々に連携を取り始め、防衛の粗がなくなっていく。

 

人間たちは、この悪魔が拍手喝采で観戦しているかのような地獄絵図を懸命に生き抜いていた。

 

 

「複製、幻影、精神……へぇ、いい手ね。だけど隠蔽と違って見抜く分には問題ないわ。探知を逸らされないなら粗さで見分けられる。グラオザームの認識が魂にまで及んでいない証拠ね」

 

火に照らされ暖色に輝く眼鏡を指先で押し上げながら、アウラは教会へと飛来してくる敵の群れを見つめた。

五十はいるだろう。夜空を埋め尽くす魔族共の大群。

だが天秤を通して魂を視れば、実体はたった二つ。

残りはすべて、グラオザームが生み出した虚像に過ぎない。

 

敵の位置を把握すると、アウラは天秤を通じて上空に待機させた魔物へ指示を飛ばした。

雲に隠れ、結界の遥か上空を旋回し続ける数多の魂。それらが一斉に動き出す。

 

これで、向かってくる群れの処理は完了した。

 

だが当の敵陣は、そんなことなど露知らず。

教会の上空に陣取り、アウラに向けて魔力を滾らせる。

 

 

「貴様が裏切り者のアウラだな。我ら魔族の生き恥め、その生命で己が罪を清めるがいい」

 

「魔族が罪とか笑わせるじゃない。そんなグラオザームの模造品をゾロゾロ引き連れて息巻いても、格好悪いだけよ?」

 

「知っているぞアウラ。お前の魔法は魔力量に依存するのだろう。だからそうやって魔物に跨り地を這い移動を繰り返す。魔力消費を恐れ、魔族が基本とすることを何一つ出来ない臆病者……それが貴様だ」

 

「部分的に間違ってないわね」

 

 

アウラは肩を竦めた。

夜風が髪を揺らし、眼鏡の奥の蒼い瞳が炎の光を映し出す。

 

 

「私は何事にも適材適所があると思っているの……魔法に全能感なんて持っていないし、一人で出来ることには限界があると常々考えているわ。一度使用人の仕事をしてみたらどうかしら?シーツを全部一人で洗濯することは無理だと嫌でも悟るし、料理人の腕には敵わないって思い知らされるわ。自信過剰な奴にはピッタリのお仕事ね。ま……だから現実主義者の私はこうして大勢の手を借りているわけ」

 

「聞くに耐えない……同じ魔族として殺してやるのがせめてもの情か。ならばそれでいい。そのまま魔族としてではなく薄汚い不埒者として屍を晒せ」

 

 

敵の一体一体が魔力を収縮し、魔法を形作っていく。

 

大部分は幻だ。

教会への被害は軽微だろう。

 

だが精神に作用する呪いの反動を、アウラ自身が受ければ無傷では済まない。

それでもアウラは悠然としていた。

 

血の気の多い魔族達の前で脚を組み、頬杖をつきながら空を見上げる。

結果はもう見えている。あらゆる状況が、アウラの敷いたレールの上を辿っていた。

 

敵に覆われた夜空を見上げ、両腕を開く。

歌い上げるように、口が開かれた。

 

それは死にゆく魔族に捧げる鎮魂曲。

 

 

「大地を走る四足歩行の魔物の前では、地を這う私達なんてチンケな存在よ。それは空も同じ……なにか勘違いしてるんじゃないかしら。空の支配者は私達魔族じゃないわ……太古の昔からいつだって翼を持つ存在の縄張りでしかない」

 

一拍、間を置く。

 

「さぁ、あなた達の領域を土足で犯す自惚れた無法者達よ……存分に……殺りなさい――隕鉄鳥(シュティレ)

 

 

アウラの唇が閉じられた瞬間、結界の遥か上空――雲を貫いて無数の穴が空いた。

 

何かが、垂直に落ちてくる。

 

音を置き去りにする超高速の物体。

小さな影が弾丸のように急降下し、敵の胴体を、肩を、抉り取っていく。

 

魔族達は辛うじてその存在を捉えた。

 

鳥だ。

 

ほんの小さな、小鳥だった。

 

 

「――なんだ、この鳥はッ!?」

 

 

敵を散々穿った小鳥たちは、Uターンするように結界外の上空へと飛び去っていく。

雲の中へ消えていくその姿に、苦し紛れの魔法が放たれるも、届くことなく虚しく霧散した。

 

 

「人間相手に粋がって忘れたの?私達は空を浮いているだけ、本来飛ぶっていうのはこういうことよ……折角だし限界高度の向こう側まで連れて行ってあげて――屍誘鳥(ガイゼル)

 

 

なんとか難を逃れた残りの敵どもの全身に、巨大な影が差した。

 

背後を振り返る暇もなかった。

 

血のように赤い巨大な目玉。それを持った怪鳥が、いつの間にか真後ろに迫っていた。

視認した瞬間には、もう遅い。鋭利な尻尾が敵の胴体を貫いていた。

 

 

「こいつ……いつからそこに――がはぁッ!?」

 

 

残忍な空の狩人に、手心などという概念は存在しない。

 

尻尾に敵を刺したまま、怪鳥は悠然と翼を広げた。

そのまま上昇を始める。角持つ者どもは必死に抵抗し、体に突き刺さった尻尾を引き抜こうとするが、釣り針のような返しがそれを許さない。

 

 

「おい、よせ――ぎゃッ――」

 

 

魂に細工を施されている怪鳥は悠々と結界を突破し、さらに空を目指す。

 

結界の境界を通過した瞬間、刺し貫かれた魔族は結界の壁に衝突した。

短い悲鳴。肉が弾ける音。そして、沈黙。

 

アウラは何一つ障害物がなくなった綺麗な夜空を眺めながら、状況を整理した。

 

 

――やっぱりそうね。結界内に待機させていた魔物だけでなく、結界外から入った魔物も幻影を認識している。だとすれば瞬間的な効果をもたらす魔法ではなく、継続的に維持されているということ。今もグラオザームは魔法を維持し続けているはず……魔力消費は相当なものに違いないわ。

 

 

つまり、術者自身は身動きが取れない状態にある。

直接襲ってくる可能性は限りなく低い。

 

 

――そうと決まれば、グラオザームの魔力切れまで力を温存……その後に一気に叩くのが定石かしら。師団長や衛兵との連携をさらに強めれば―――ッ!?

 

思考が、途切れた。

 

首筋に走る悪寒。

背筋を這い上がる、身の毛もよだつ無機質さ。

振り返る暇すらなかった。反射的に背後へ防御魔法を展開する。

 

直後、凄まじい衝撃。

 

青白い閃光が防御魔法に激突し、弾け、離散していく。

衝撃波が髪を乱暴に揺らし、跨っていた魔物がよろめいた。

 

アウラは身を屈め、振り返った。

 

目視できないほどの距離。

だが天秤を通してその魂を視た瞬間、背筋が凍りついた。

 

 

あれは死神だ。

 

自身の命を刈り取るために現れた、避けられない死の運命――

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ」

 

アウラは湧き上がった直感を、蹴り飛ばした。

運命など糞食らえ。あれは断じて死神などではない。

あれは千年以上の時を生きたエルフ。魔王を倒した勇者パーティーの一員。魔族を最も多く葬ってきた魔法使い。

 

 

「はぁ。嘘でしょ……街は出たって聞いていたのに……どうしてここにいるのかしら……」

 

 

冷や汗が頬を伝う。心臓が早鐘を打つ。

 

それでもアウラは、無理やり口角を上げた。

 

 

「……ねぇ、フリーレン」

 

 

彼女は『葬送のフリーレン』。

 

どこか楽しげに笑うエルフの魔法使いを前に、大魔族『断頭台のアウラ』は頬を引き攣らせるしかなかった。

 

――まずは説得してみるけど……期待できないわね。

 

思考が加速する。

 

――フリーレンの最大の脅威は地力を含めたその手数と、不測の状況でも変わらない対応の速さ。お母様が「隕石が降ってきてもあいつなら余裕でなんとかする」って豪語するくらいだもの……小手先でどうこうするのは悪手。ここで戦っても防衛の戦力を闇雲に減らすだけね。

 

防衛に回している魔物が殺される前に、この場を離れなければ。

 

 

「最悪ね……はぁ……リントヴルム、出番は無いと思うけど……一応準備しておきなさい」

 

「………」

 

 

雲よりも遥か上空。

 

月光に照らされた白い雲海の上に、それはいた。

 

長い蛇のように蠢く巨躯。月明かりを受けて輝く鱗は、まるで星々を纏っているかのようだった。

雲の中を泳ぐように、長大な体躯がゆっくりとうねる。

 

全長は城壁を優に超えるだろう。

 

翼を持たぬその龍は、しかし当然のように空に浮かび、グラナト領の上空で静かにその時を待っていた。

 

 

 

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◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――グラナト伯爵領、屋敷の地下牢。

 

 

フリーレンとの面会を終えた数時間後、食事を済ませた二人はフリーレンの釈放を求め、グラナト伯爵への直訴を試みていた。

 

しかし城内の空気はどこか張り詰めており、衛兵たちの表情にも余裕がない。

結局、門前払いを食らい、日を改めることとなった。

 

翌日また来よう。

そう決めて宿屋に戻った二人だったが、日が落ち始めた頃、異変は起きた。

 

大勢の足音が聞こえてきたのだ。

 

窓から外を覗くと、街中の人間が一言も発さず、まるで操り人形のように教会へと向かっていく。

老人も子供も、男も女も、誰もが同じ方向へ歩いていた。

表情はなく、瞳は虚ろで、足音だけが規則正しく石畳を叩いている。

 

尋常ではない。

 

背筋を這う悪寒に、二人は顔を見合わせた。

魔族の関与を疑う余地もなかった。

 

急いでフリーレンの元へ。

 

二人は宿を飛び出し、地下牢へと向かった。

 

日が完全に沈んだ直後、夜空に魔法の閃光が走った。

それを合図にしたかのように、魔物と魔族が街中で暴れ始める。

 

悲鳴が響き、建物が崩れ、炎が上がる。だが幸運なことに、二人は戦場と化した区画をいち早く抜け出していた。

魔物や敵の目を避け、息を殺しながら裏路地を縫うように進む。

 

黴と湿気の臭いが鼻を突いた。

 

地下牢へと続く階段を駆け下り、薄暗い通路を進む。

自分たちの足音だけが、やけに大きく反響していた。

 

ようやく辿り着いた牢の前。

 

しかし――鉄格子の向こうは、もぬけの殻だった。

 

 

「フリーレン様がいません」

 

 

フェルンの声が、冷たい石壁に跳ね返る。

 

鍵は施錠されたまま。

逃げ出した形跡もない。

頼みの綱であるエルフの姿だけが、忽然と消えていた。

 

 

「一体なにがどうなってんだよ……魔族は四体どころじゃなくて、そこら中にいやがる。フリーレンの奴まさか先に逃げたとかないよな?」

 

 

シュタルクは頭を抱え、その場に蹲った。

この緊急事態をどうにかできる可能性が一番高い仲間が行方不明。

その事実が、重くのしかかってくる。

 

竜を倒した実績のおかげで、腕には少しの自信がついた。

だがこんな血生臭い戦場は経験したことがない。

 

経験が足りない。荷が重すぎる。

 

 

一方でフェルンには、困惑はあれど冷静さを欠いた様子は見られなかった。

魔族と魔物の争い。確かに恐ろしい光景だ。しかしそれは、幼少期に体験した紛争の記憶に比べれば遥かにましだった。

あの時見た人間の虐殺に比べれば、まだ理解できる。まだ対処の余地がある。

 

だからこそフェルンは、現状をどうにかできる力を持たないと自覚しながらも、冷静に状況を見据えることができた。

 

考えることを止めてはいけない。

 

 

「フリーレン様は普段からだらしのない方ですが、こんな惨状を見ながら尻尾を巻いて逃げ出すような方ではありません」

 

 

その言葉に、シュタルクも少し落ち着きを取り戻した。

 

まだ短い付き合いだが、フリーレンが仲間も街も見捨てて逃げ出すような奴ではないことは分かっている。

頭は突然の状況変化にパンク寸前だったが、なんとか立ち上がり、フェルンと視線を合わせた。

 

 

「そうだな……フリーレンならなんだかんだ言いながら、勇者ヒンメルならそうする……そんな風に言って見捨てたりなんかしねぇよな」

 

フェルンは頷くと、牢を出るために踵を返した。

 

「幸い、主要な建造物や民家を積極的に破壊しているようなので、この辺り一帯には魔族は少なそうです」

 

「少ないってだけでいるんだろ?この地下牢で身を潜めていた方が安全なんじゃねぇか?外は魔族だけじゃなくて、魔物も数え切れないくらいいやがる」

 

「……ですが魔族と争っているのは魔物です。上手く利用すればグラナト伯爵の元まで辿り着けるかもしれません。フリーレン様の行方を知っているとしたら、伯爵くらいでしょう」

 

「非常時だから移送された可能性もあるか……まぁ、戦闘を避けて通るのが前提なら俺も賛成するぜ。見た感じ、まだ城の方は落とされていないみたいだしな」

 

「情けないことを言わないでくださいシュタルク様……」

 

 

いつものノリで、棘のある言葉が口をついて出てしまう。

 

シュタルクとしては凄く勇気を出して言ったつもりだったらしく、その返答を聞いて目に見えて落ち込んでしまった。

 

 

「フェルン……あの数を相手にするとか普通に考えて無理だろ。それに俺戦士だし……皆みたいに魔法も使えないし、空飛べないし」

 

フェルンは内心で反省した。言い方がまずかった。

 

「わかりました、私が悪かったので落ち込まないでください。道半ばで魔力切れを起こすような事態は私も考えたくはありません、戦闘は積極的に避けていきましょう」

 

 

方針は決まった。

いつまでもこの地下室で閉じこもっているわけにはいかない。

 

シュタルクは深呼吸をして、震える手を抑えた。

喉がからからに乾いている。心臓が痛いほどに脈打っている。それでも、地下牢の扉のノブに手をかけた。

 

 

「ふぅ〜〜〜……よし。なら作戦名は命を大事に。……行くか」

 

「ッ――はい。ですが……どうやら少し遅かったようです」

 

 

二人が通路に出た瞬間だった。

 

フェルンの全身に、魔力探知の感覚が伝わってくる。

 

通路の出口は一本道。逃げ場はない。

 

屋敷の庭に通じる通路の先に、三つの影が佇んでいた。

頭から生えた角が、遠くの炎に照らされて黒い輪郭を浮かび上がらせている。

 

 

「おいおい……マジかよ。あいつらって確か」

 

「和睦の使者です……あの様子から見て、どうやら交渉は決裂したようですね」

 

 

見覚えのある顔だった。

シュタルクは戦斧を、フェルンは杖を構え、油断なく臨戦態勢を取る。

 

 

「貴様ら……フリーレンの仲間だな。奴はどこだ?」

 

 

リュグナーの声は、昼間フリーレンに話しかけていた時とは、比べ物にならない程ドスが効いていた。

平坦で、冷たく、そして底知れぬ怒りを孕んでいる。

 

その目に光はない。二人をまるで脅威と見なしていなかった。

靴底にこびりついた泥を眺めるような目。存在を認識してはいるが、意識の端にすら留めていない。

 

 

「フリーレン様ならここにはいません」

 

 

フェルンは努めて冷静に答えた。

 

錫杖を持った魔族が顎に手を当て、数回に渡り念入りに魔力探知をかける。

リュグナーも同時に探知を行ったのか、その表情が歪み、苛立ちを隠さなくなった。

 

 

「ふむ、リュグナー……また判断ミスか?勇者パーティーの魔法使いがいるからと、始末しについてきたが……奴らが言っている通りどこにもいないぞ。俺をコケにしているのか?」

 

 

錫杖の魔族もフリーレンが目的だったようで、失態ばかり繰り返すリュグナーを睨みつけ、錫杖の先を向けた。

 

リュグナーは向けられた錫杖を乱雑に手で払い、黙り込む。

 

 

「あの御方の判断を仰がず独断専行……いい加減にしておけよリュグナー。このことはしっかり報告させてもらう」

 

 

目元を隠した魔族も低い声で警告を発した。

 

そんな敵同士のギスギスしたやり取りを見ながら、フェルンとシュタルクは警戒を緩めず小声で言葉を交わす。

 

 

「なんか仲悪そうだなあいつら……」

 

「魔族に社会性なんてありませんからね、本性はあんなものでしょう」

 

 

リュグナーは仲間からの敵意をものともせず、一歩前に出た。

その視線が二人を射抜く。露骨な侮蔑と、煮えたぎる怒り。

 

 

「南の勇者以前に『葬送のフリーレン』を始末しておかなければ作戦もクソもない。私が見たのは確かに奴だ、アウラと結託し私の配下を殺した奴の顔を忘れるものか。奴は確かにこの街にいる」

 

「どうやらなにか、とんでもない勘違いをしているようですね。フリーレン様、いつの間にアウラの仲間になったんでしょう?」

 

「これなら、俺らに用なんてないよな。見逃してもらえるんじゃねぇか?」

 

 

シュタルクの希望的観測に、フェルンは答えるまでもなく首を横に振った。

シュタルクも分かっていたのか、「そうだよな」と短く呟く。

 

 

「フリーレンの仲間であれば奴の居所を知っているはずだ」

 

「見た所知らなそうだぞ」

 

「構うものか。知らないのであれば撒き餌として使えばいいだけのこと……こいつらの断末魔を聞けばフリーレンも姿を現すだろう」

 

 

リュグナーの掌から、血が滴り落ちた。

 

赤黒い液体が宙で凝固し、パキパキと音を立てて形を成していく。鋭利な刃。その切っ先が、真っ直ぐに二人へと向けられた。

 

 

「なぁフェルン……スゲぇ怖いこと言ってんだけど」

 

シュタルクの声が、かすかに震えていた。

 

「野蛮ですね」

 

目元を隠した魔族もリュグナーの指示に従うことには不本意といった様子だったが、腰に下げた剣を鞘から抜き、構えた。

 

「後先考えず破れかぶれだなリュグナー。だが……まぁいい、現状独自に動いている所を見て、そいつらがアウラと無関係とは思えない。殺さず捕らえれば何かしらに使えるだろう」

 

錫杖の魔族もまた、リュグナーに向けていた敵意を二人へと切り替えた。

 

「元々ここの人間共は全員始末する予定だ。フリーレンがいなくとも殺すことに変わりはない」

 

 

殺すか、捕らえるか。いずれにせよ、見逃す気など毛頭ない。

 

三体の魔族から溢れ出す殺気が、狭い通路を満たしていく。

湿った空気が一層重くなり、息をするのも苦しくなる。

 

シュタルクの腕が震え出した。

それを誤魔化すように戦斧の柄を強く握り、力を込める。

掌に汗が滲む。心臓がうるさいほどに脈打っている。

 

 

「どうやら、嫌な方向に意見が纏まったみたいだぜ……」

 

「シュタルク様……確かお昼に言ってましたよね。一対一なら勝てるって」

 

「……ああ、勝てる。だけどよフェルン……お前あいつらの内の二人を同時に相手して勝てるのかよ?」

 

「私はシュタルク様と違って、フリーレン様も知らない奥の手を持っていますので……勝ちます」

 

「そうか……わかった。んで、どうする?今にも飛びかかってきそうだぞ」

 

「分断する隙を作ります。シュタルク様はその隙を見計らって相手を押し出してください。残り二人は私が引き付けます」

 

「わかった……死ぬなよフェルン」

 

「シュタルク様こそ……では、行きます」

 

杖を構える。魔力が収束する。

 

 

「――『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

フェルンの杖から、恐ろしい速度で数発の貫通魔法が放たれた。

 

リュグナーは経験したことのない速度に面食らった。

だが他の二体は冷静に対処する。

 

通路は一本道。選択肢は回避か防御の二択のみ。どちらにせよ隙は生まれる。

 

敵は左右に分かれ、魔法を回避した。

 

その瞬間を、シュタルクは逃さなかった。

 

フェルンの魔法と同時に走り出していた彼は、分断されて単騎となった目元を隠した魔族へと突貫する。

剣を構えて防御姿勢を取る敵を、戦斧の一撃で吹き飛ばした。

 

そのまま二体を置き去りにし、夜の闇へと駆け抜けていく。

 

フェルンは通路全体を埋め尽くすほどの魔法を連射しながら、敵を牽制した。土煙と魔法の残光に紛れ、外へと駆け出す。

 

二対一。

 

一対一。

 

魔族と人間の殺し合いが、幕を開けた。







Q:なんで魔物は結界行き来できるの?
A:基本戦力は事前準備でチューニング済み

Q:リュグナーはフリーレンの行方知らないの?
A:知らない。伯爵に殺されそうになって直ぐフリーレンを殺しに行ったから。
協調性がなさ過ぎて全く情報共有出来てない。

Q:リュグナーなんでこんなトゲトゲしいの?
A:自分の侵略作戦を途中から乗っ取られた挙げ句都合よく使われてるから。
アウラ殺しには賛同してるけど大魔族には相当イラついてる。
だけど逆らえないので当たり散らせそうな奴にはトゲがある。

Q/何故リュグナーはフリーレンを殺そうとする?
A/過去のことと、現状のタイミングを考えて、アウラの仲間だと思ってるから。グラオザームはリュグナー達になんの説明もしていないのも一因(本当に計画も何も知らされていない、アウラ殺すから、暴れて勇者の注意をそらせ程度の雑な命令)。他の魔族はアウラを殺すまでの、南の勇者の足止めでしかないので、どうせ全員死ぬと予想されている(リヴァーレしか戦力として考えていない)。リュグナーは八十年も城塞都市を落とそうと躍起になっていたので、独自の判断で自我を出しまくっている。


Q:錫杖持ちと目隠しはなんで着いてきたの?
A:錫杖マンは地下牢に捕らえられているのが本当にリュグナーの言う葬送のフリーレンなら邪魔になるしで一緒に消しに来た。
目隠しは反対してグラオザームに連絡取ろうとしたけど多数決で無視されたので監視の役目として着いてきてる。



Q:アウラ、フリーレンにビビり過ぎじゃない?
A:だいたいフルーフのせい、子どもの頃に盛りに盛った話しを聞かせすぎてアウラの中では相当ヤベー奴になってる。
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