ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第39話▶最高の戦士(姉)

 

 

 

姉ちゃんは俺に何も言わない。

ただそこに佇んでいるだけだった。

 

 

「姉ちゃん俺は……」

 

 

自分でも何を言えばいいか、なんと言ったらいいのかわからなかった。

言い訳したいのか、姉ちゃんからそれは違うって……俺の考えを真っ向から否定して欲しかったのかもしれない。

 

ただ何か言わなきゃならない。

そう思って口を開いた。

 

だけど、俺の言葉よりも先に姉ちゃんが口を開く気配を感じた。

 

呼吸音は一瞬、息を吸い、余韻もなく吐き捨てられる。

 

 

――「伏せろ」

 

 

常に冷めた様子の姉ちゃんから聞いたこともないような切羽詰まった声。

あちこちで争いが起きている街とは思えない静まり返った広場に、透き通った声が響く。

 

体が動く。

 

散々指導され痛めつけられた全身が、意思よりも先に姉ちゃんの言葉に従い忠実に動いてしまう。

俺が身を屈めるのに合わせて、斧を構える音が聞こえる。

 

戦士の勘が囁く。人間としての生存本能が警鐘を打ち鳴らす。

 

脳内に溢れるのは赤い光、それは死の直感――ここにいれば間違いなく死ぬという鮮明なイメージ。

 

 

「――ッ゛!?」

 

 

来る。何か理解の及ばない恐ろしいものが近づいてきている。

 

無音……足音一つ聞こえない。だが確かに感じる。

巨大な何かが風を切って――

 

いや、違う。風すら切っていない。空気が逃げる暇もなく押し潰されている。

 

――眼の前に。

 

 

「姉ぇッ――ッな、んだッ!?」

 

 

初めに感じたのは衝撃。

周辺の木々を押し倒し、根っこから吹き飛ばすような恐ろしい風圧。

土埃が顔を叩き、目を開けていられない。

 

次に感じたのは金属音。

金属同士を打ち合わせた時のような振動音。だがその数百倍はあるかもしれない。

鼓膜が軋み、頭蓋の内側まで揺さぶられるような轟音が、耳鳴りとなって脳を侵食する。

 

吹き荒れる風圧の中で首を動かす。

 

姉ちゃんが魔族だとか気まずさだとか……そんなものをこの状況で気にしていられる程、俺は平和ボケしていない。

 

今はただ、姉ちゃんの無事を確認したかった。

 

状況的に奇襲……それも今さっき戦った魔族とは、比べることも出来ない圧倒的格上からのものだ。

俺だって成長している。村でまだ子供だった時とは違う。

 

姉ちゃんとなら息も合わせられる。二対一に持ち込めば勝てるはずだ。

 

地面を拳で殴りつけ気合を入れる。

 

俺は不甲斐なく地面を見つめていた顔を上げた。

 

 

「姉ちゃん、俺も加勢す、る…ぜ――――

 

 

空気が帯電しているみたいに全身が痺れる。

錯覚だ。錯覚だと理解してなお、肌を刺す劇物のような空気は変わらない。

 

――な、なんだコイツ。

 

無理だ……無理だ無理だ無理だ。無理だ。

 

思考が目の前の存在を拒否する。

逃げろ逃げろと頭の中が逃走一色に支配される。

 

視界に映るのは二体の魔族。

一人は斧を構え、相手の拳を受け止めている姉ちゃん。

 

もう一体は、正真正銘の化け物だった。

 

二メートルを超える岩石みたいな体格。側頭部から突き出す二本の角。

 

醸し出す威圧感が尋常じゃない。

相手から認識すらされていないにも関わらず、息が詰まる。

肺が潰されるような圧迫感で、呼吸が上手く出来なくなる。

 

こいつはこれまで戦ってきた魔物なんかと根本的に格が違いすぎる。

 

戦えば死ぬ……絶対に死んじまう。

 

まったく勝つイメージが湧かなかった……。

 

 

姉ちゃんは化け物を見上げながら、振動する斧の柄を地面に押し当てる。

衝撃が亀裂となって地面を抉り、土塊が吹き飛んだ。

 

 

「おい……お前、私のこと殺す気だったよね」

 

「見事。俺の拳を瞬時に受け止めきれないと判断し受け流したか。力と魔力の扱いが卓越しているな……恐ろしく繊細で器用な戦士だ」

 

「で、お前は誰なの?」

 

「俺の名は、大魔族リヴァーレ。戦士だ。若い魔族、お前も名乗れ」

 

「知ってる名前……魔族最強の戦士か。私は魔族リーニエ。同じく戦士……憶えなくていい、人間も同族も関係なく敵は全員殺すから」

 

「不遜な奴だ、だが気に入った。怯えを誤魔化せない程の臆病者、しかし臆さず一切を原動力に変えるか。肩書や立場に縛られず己が為に力を振るい絶えず求め続ける……臆病で獰猛……そして勇敢な戦士よ、一手手合わせ願おうか」

 

「戦士がべらべらと喋るな……私が敬意を示すのはこの世で一人。戦士アイゼンだけなんだよ」

 

「……アイゼン。よもやとは思ったがアイゼンの弟子か」

 

「さぁ……そんなのは私の技に聞きなよッ」

 

「そうしよう。その技量に敬意を示し同じ斧で相手をしてやる」

 

 

姉ちゃんと化け物の間で、目を開けていられない程の衝撃波が連続して発生する。

 

俺も早く――震えてる場合じゃない。

なのに、なんでまともに斧も握れないんだ。

 

早く加勢にいかねぇと。

いくら姉ちゃんでも、一人でなんて絶対に敵わない。

 

なのに……クソッ! 手を貸すどころか、足が竦んで立ち上がることも出来ねぇ!?

 

膝が笑っている。地面を蹴ろうとしても、筋肉が命令を拒否する。

指先が痺れて、斧の柄を握る感覚すら曖昧だ。

 

立て、立て、立つんだよ……俺ッ!

 

じゃねぇと、姉ちゃんが殺されちまうだろ!?

 

体の内にある温かいものが喉を迫り上がってくる。

なんだよホント……恐怖で吐きそうって? 巫山戯んなよッ……どこまで不甲斐ないんだよ。

 

動け……動けってんだよ!

 

足を少し浮かせて蹴り上げるだけだろ……な、んで。そんな簡単なことも出来ねぇ。

 

相手が魔族だから見殺しにしていいとでも思ってんのか?

 

違うだろ……あそこにいるのは俺の姉でもう一人の師匠で恩人だろうが!?

 

どうしてそこまで解ってて動けねぇんだ!

 

どこまで失望させればいいんだよ!?……頼むから、動いてくれ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

困った。

 

愚弟を殴るつもりだったのに、とんだ化け物に遭遇したな。

問答無用で奇襲を仕掛けてきた辺り、魔族を殺すところでも見られたか。

 

それにしても厄介な相手だ。

 

こいつ、全力防御のフルーフより数段硬い。

内部破壊のための衝撃が伝わりきらないし……硬すぎる。

 

膨大な魔力を全て身体強化に回しているのか。

少しは魔法に回せよ、この変態め。

 

奇襲の拳一発で理解できた。

こいつは技量や根性でどうこうなる以前の問題だ。

 

手傷を負わせる段階にすら、足を踏み入れさせてくれない。

圧倒的であり、隔絶された格上……まさしく最上級の戦士。

 

リンゴで例えるなら、廃棄前の傷んだリンゴと、味も色も形も三拍子揃った高級リンゴくらい違う。

 

私はこいつの前では最低ランクもいいところ。

 

客観的に事実を見極める。

劣っていることへのプライドは捨てろ。

 

恥辱と屈辱で強くなれるなら、私はとっくに頂へ至っている。

 

弱さを認めて活路を見出さなければならない。

 

限界を定めるな、臆するな。

 

だけど……このまま戦えば数分経たずで私は死ぬ。

 

一撃当たれば即死。

おまけに――疾いッ!

 

 

「ぐ、ぅ……」

 

 

基礎の魔力値は言わずもがな。

私の肉体強度では、この衝撃に耐えられない。

 

魔力は全て身体強化に充て、神経を魔力制御に集中させる。

 

この斧は私の魔力で構築されたもの。

体の一部同然だ。衝撃を溜め込み、反響させ、指向性を定めて流し切る。

 

模倣する魔法(エアファーゼン)は使えない。

模倣しただけの達人級の技など、こいつに対して付け焼き刃にもならないだろう。

 

それに模倣時間に応じて消費される魔力を割く余裕など、どこにもない。

 

武器を変える?

 

剣、槍、ナイフ、盾、投擲、鈍器、暗器……全て論外。

 

この体に染みつき、極限まで最適化した術理は二つ。

 

斧術と体術。

 

魔力での身体強化と極まった武術。

これでようやく拮抗とも呼べないその場凌ぎ。

 

回避は――無理だ。

奴の攻撃を躱すには体が追いつかない。仮に躱せたとしても、紙一重。

 

そんな回避など意味がない。

リヴァーレの斧から生じる風圧は尋常ではない。

 

躱したところで気流に巻き込まれ、体勢を崩されるだけだ。

 

だからこそ取れる選択肢は一つ。

 

正面から受け流す。

 

一撃、二撃、三撃……相手の全身に流れる魔力を見極め、動きを先読みし、受け流す。

 

一撃で既にコントロール出来る衝撃の許容量は超えている。

腕が軋む。肩の関節が悲鳴を上げる。

 

全身に回す魔力を瞬間的に、肘から下の局所へと集中させる。

 

腕から嫌な感触が伝わってきた。

熱い亀裂が、肘から手首にかけて走る。

尺骨だ。折れてはいない――まだ。だが次の一撃を同じ角度で受ければ、腕ごと持っていかれる。

 

局所集中と全力制御の併用で、これか。

理不尽だな。

 

まぁ……フルーフとソリテールで慣れてるから今更だ。

 

こいつの殺し方は大体わかった。

慢心……いや、戦いを楽しみすぎる癖がある。

そこにつけいると考えて再検討しよう。

 

このまま戦えば……勝率は皆無。

 

決死の覚悟で戦えば……無惨に殺されるだけ。

 

正面から正々堂々勝つのは無理だな。

 

愚弟の協力込みなら話は変わる……だけど、あいつじゃ無理だ。

喜ばしいことに、今の愚弟とは全く連携が取れない。

 

受けた衝撃を保持したまま、リヴァーレの胴体に叩き込む。

 

手応え無し……やっぱり届かないか。

 

凝縮され圧縮された魔力の層。

こいつをどうにかしない限り、致命傷には繋がらない。

 

その術は持っているが……決定打にはなり得ない。

 

 

「面白い動きだ。その斧捌き、俺と遜色ない武冴えだ」

 

「お前、舐めすぎ。わざわざ相手の得意な武器に持ち替えるとか……この戦闘狂の享楽主義者が」

 

「お前達のことを聞かせてくれないか?」

 

「何? 気持ち悪いんだけど」

 

「俺も駄弁に興じる趣味は無い。だがこの戦場へ招待してくれた者への、最低限度の義理立てはしておかねばならんからな。報告するための情報を聞かせてくれ、そう言っている」

 

「どうせ、此処の奴らは皆殺しにするつもりなのに変わってるね」

 

「俺のような、今だけを考える老いぼれには理解出来んことが多い、ただ言われた通り情報を持ち帰るだけよ」

 

 

奴の事情なんてどうでもいい。

 

ただ、時間稼ぎには丁度いい。

 

 

「ふぅん……良いよ。ただし後ろの奴は見逃して貰う」

 

 

愚弟の視線が背後から突き刺さる。

足手纏いの癖に、なに自尊心なんて発揮させてんだ。

 

こういう戦士の機微には敏い方だと自覚している。

えーと、あれでしょ……プライドが傷ついたとか、そういうの。

 

 

「ほぉ、見逃すとして、俺になにか利はあるのか?」

 

「別にない。ただ、こいつは私より凄い戦士になる。戦士アイゼンの弟子としてようやく地に足が着き始めた所なんだ……邪魔するな」

 

 

私にとってはただの愚弟だけど、こいつは戦士アイゼンが直々に弟子にした逸材だ。

最強の戦士が認めた弟子。つまりは最高の原石。

 

私の目標はアイゼンを超え、戦士の頂へと至ること。

そのために愚弟には、戦士アイゼンから認められる程強くなって貰わないと困る。私が困るのだ。

戦士アイゼンが認め、頂に至ったお前を倒して――そこでようやく私は、自分自身を最強の戦士だと認められる。

 

なのに、それをこんな……老いぼれに潰させてたまるか。

 

ようやく戦士の道を歩み始めた若芽の邪魔をするなど、何人たりとも許してはならない。

 

 

「またもやアイゼンの弟子か。……そうは見えんな。弱者になど興味は無い。戦場の火に巻かれて生を終えるだけの者など、手にかける価値も無い」

 

 

フルーフの命くらい価値も信用もない言葉だ。

この場で見逃しても、気まぐれで殺す可能性が高いな。

 

 

「……姉ちゃん」

 

 

後ろから愚弟の情けない声が聞こえてくる。

 

覇気のない声を出すな……一時とはいえ鍛えた私が情けなくなる。

 

蹴り倒してやれば少しはマシになるか?

 

 

「逃げろ愚弟。……それと、良い目になったよ。それこそ戦士の目だ、魔族は信用するなと言ったのに何時までも眠たい目をしてたからね。お前の成長を嬉しく思うよ、認めてやる。お前は一人前の戦士だシュタルク。……だから逃げろ」

 

 

敵に油断も慢心もしない。それでこそ戦士だ。

 

魔族を信用するなと教えたのに、何時まで経っても甘えた目をしている奴が何処にいる。

 

いくら叩き直そうと治らなかったソレがようやく無くなった……戦士として嬉しく思う。

 

ここからアイゼンの意志を継いだ戦士が生まれるのだ。

経験を積み、技を研磨し、いずれ頂へと到達する。

 

私はそんなお前を超えてみせる。

眼の前の老いぼれなどどうでもいい。未来のお前を思うと、高揚せずにはいられない。

 

 

「な、何いってんだよ……姉ちゃん!? 俺だけ逃げられる訳ないだろ」

 

「はぁ……いいから逃げる準備だけしなよ……そうだな、なら頼りになる仲間でも呼んできて」

 

 

こう言えば逃げやすいだろ。

リヴァーレがいつ気まぐれで動き出してもおかしくないんだから、さっさと行けよ。

 

「待て。一つ質問に答えてからにして貰おう、二人纏めて逃げられる面倒は避けたいのでな」

 

は? 何だって……私が逃げる? この老いぼれが。

 

「空気読みなよ、ボケ老魔族」

 

「リーニエ……本能まで抑え込み俺と相対することについて聞かせてくれ、何故、その人間を逃がそうとする、なんの為に戦う……お前のような奴は初めて見る、興味が出た。話せ」

 

 

個人的な質問か。

さっき義理とか言ってなかったか?この爺。

自分の都合を優先させる典型的な自己中心的魔族だな。

 

私と同じだ。

 

何度も聞き返されるのも面倒だし、色々ブチ撒けてやるか。

 

なんの為……そんなの決まってる。

 

 

「全部だ。私が生きた証、全部を賭けて私はお前と戦っている」

 

 

自分の為、他人の為、世界の為、居場所の為……違う。

 

そんな誰もが口を揃える陳腐な理由一つで、お前みたいな化け物と戦える訳ないだろ?

 

私の原点、そして私が積み重ねてきた全てを賭けているんだよ。

 

 

「私の憧れた原点。アイゼンに背かない為。私が研鑽し積み重ねた武を信じ抜く為。私の背を見て信じて耐え抜いた弟子の期待を裏切らない為。私は私の信じる誇りの為に、どんなに及び腰になろうと戦える」

 

 

幼体の頃に見たアイゼンの背中を今でも忘れない。

あの輝きこそが、今の私を形作る全て。

 

最強の戦士を目指し技を研ぎ澄ませた。

そして弟子が出来た……死物狂いで私の言うことを聞き、技を受け継いだ弟子だ。

 

私は奴らにとって既に最強の戦士。

なら、奴らの期待を裏切ることは出来ない。

 

私の誇りを受け継いだ弟子も、また、私の誇り。

私の技を受け継いだ弟子を裏切ることは、その技を伝えた私自身を裏切ることを意味するから。

 

 

「シュタルク……一つ訂正しといて。私は魔族で大嘘つき。嘘は便利だからね……商人を言い包めるのにもフルーフを玩具にするのにも使える。だけど……私は自分自身の決めたことには嘘はつかない。それは戦士アイゼンに捧げた絶対の誓いだから」

 

 

アイゼン……折れず曲がらず挫けない、私の理想。

魔族なんだから日常的に嘘はつく。それは呼吸と同じようなものだ。

 

戦士の頂を志す者に相応しくない振る舞いだと理解している。

だけど死の恐怖すら克服出来ない私に、本能を全て抑え込むなんて土台無理だった。

 

だから選択した。

 

日常の嘘は許容して、自分自身の決めたことには、絶対嘘を吐かないと誓いを立てた。

他ならない原点(アイゼン)の前で誓った。

その誓いはどんな魔法や呪いよりも私を縛り付け矯正する鎖。

 

獣である自分の首に鎖を巻き、自分の口で鎖を咥えた。

振り返ると、意味不明だな。

 

あの日のことを、今でも鮮明に覚えている。

 

『戦士アイゼン……私は貴方のような戦士になりたい。だけど私はどうあっても魔族だ、本能には抗えない、貴方のように崇高ではいられない』

 

『俺は、そんなご立派な存在じゃない。美化するのも程々にしておけ』

 

『違う……貴方の勇姿は私の魂に焼き付いてずっと色褪せない、全てが輝いて見える、それは今後一生変わらない』

 

『シュタルクにも、それくらい丁寧に接してやればどうだ』

 

『いくら戦士アイゼンの頼みでも聞けない、愚弟の扱いは雑でいい』

 

『まったく……。それで……何か言いたいんだろう?』

 

『流石最強で最高の戦士、勘がいいね。……私が戦士の頂をまだ目指せるように……貴方の前で誓いを立てさせて欲しい。貴方に誓ったのなら私は絶対に裏切らない、例え命が脅かされる状況でも裏切れない』

 

『俺なんかでよければいくらでも使うといい、ただ馬鹿なことを口にしたら、拳骨をくれてやるから覚悟しておけ』

 

『ありがとう戦士アイゼン。凄く簡単な誓いだよ……私は私の信念を裏切らない、一度本心で決めたことを反故にしない、自分自身に嘘は吐かない……これだけ』

 

『魔族でなければもっと楽に生きれただろうに……わかった。確かに俺……いや、最強で最高の戦士アイゼンが戦士リーニエの誓いを聞き届けた。誓いを違えるなよ』

 

『うん……ありがとう。本当にありがとう……私の憧れ(アイゼン)

 

『代わりと言ってはなんだが……シュタルクに、もしものことがあれば守ってやってくれ。アイツは色々と危なっかしい所があるからな』

 

『アイツはそこまで弱くない……貴方が見込んだ弟子なんだから。それにもしもの時があれば姉として愚弟の面倒くらいは見てあげる、それが姉だからね』

 

アイゼンへと捧げた誓いは絶対だ。

 

嘘は吐かない、誤魔化しもしない。

 

 

「だから戦士以前にお前のことを守ってやる……私は一度でも口にしたことは違えない。意味もろくに分からず名乗ったけど……姉は弟を守る存在らしいからね。姉としてお前を守ってやる、優しい姉に感謝しなよ……シュタルク」

 

「え……ぁあ゛……ごめん、俺は」

 

 

「共感は出来ない、だが思いの重さは伝わった。興味深い……次はその斧に乗った重みを味わせてくれるか?」

 

「何一つわかってない癖に知ったかぶるな。……上等、この耄碌爺」

 

 

獲物を前にした飢えた獣みたいにニヤニヤしてるな……どっちが捕食者かわからせてやる。

 

その前に……後ろの愚弟をどうにかしないと。

 

何泣いてるんだこいつ……原因がまるで分からない。

私はソリテールみたいに感情の機微を細部まで理解出来ないのに……私を困らせるなよ。

 

リヴァーレがいつ気を変えて襲ってきてもおかしくないんだから……クソ、もう蹴り飛ばすか。

 

 

「姉ちゃん俺も――「世話が焼ける」――ぐッ!?」

 

 

膝をついて目を腫らす愚弟の胸ぐらを掴んで空中に放り投げる。

 

その場で一回転しながら蹴りを腹に叩き込んでやる。

 

 

「じゃあねシュタルク、技を腐らせず私の言った鍛錬をサボるなよ。精々好きに生きろ、私も好きに生きて好きに死ぬ」

 

 

勢いよく蹴り飛ばした愚弟は吹き飛び、そのまま暗闇の中へ消えていく。

 

フルーフなら内臓破裂くらいするだろうけど、愚弟は頑丈だからな……痛みもないだろ。

 

 

「では、戦ろうか」

 

「……」

 

 

愚弟がいなくなると同時に、殺し合いが再開する。

 

人体の急所に容赦なく斧を打ち据える。

 

だが刃が寸前で止まり、相変わらず有効打になり得ない。

 

わかっていたとはいえ、眼球にすら刃が通らない以上、どこを叩いても意味はないな。

 

単純な技量だけであれば私が上だ。

同じ土俵で技量のみを競うのなら、負ける理由はない。

 

猶予は無い。

長期戦に入れば可能性と呼べるものが何一つ無くなる。

 

命一つ捨てて勝ち目を見出し、もう一つの命を賭けて勝ちを取る。

これしかない。

 

短期決戦の一撃勝負。

 

一撃だ……一撃でこの化け物を殺し切る。

 

 

「どうした、こんなものかリーニエ。もっと面白い技を見せてみろ」

 

「我儘な老いぼれ……若者に甘えてくるな」

 

 

魔力を問答無用で切断する魔剣は有効打になり得る。

 

だけど、魔力消費の燃費が悪すぎるうえに、こいつは一度それを味わっている。

出した瞬間、本気で殺しにくる可能性が高い。

 

ならこの猛獣の悪癖を利用して、入念に下準備を施すほかない。

 

物体の硬度と魔力による身体強化は似た所がある。

どちらも突き詰めれば目に見えない程小さな粒子同士の結合。

 

私の眼はその微細な結合を捉えることが出来る。

 

波のように立ち上る魔力も、視点を変えれば小さな粒子の集合体に過ぎない。

 

リヴァーレの硬さの秘訣は、その膨大な粒子を全身に押し固めているところ。

 

魔族は人間とは違う。

構築される全てが魔力によって形作られている。

 

人間のように筋肉をいくら鍛えようと成長の見込みはない……代わりに魔力を込めれば込める程硬く、力強くなる。

 

つまり殺そうと思うのなら……まずこの獣が纏う鎧を剥がし、素の硬度を超える一撃を叩き込む必要がある。

ガッと鈍い音と切れ味の悪い感触が手に伝わり、右僧帽筋上部に叩きつけた斧がリヴァーレの斧に弾かれた。

反撃されたことが嬉しいのか、気色悪い笑みを見せてくる。

 

 

――これでいい……下準備に気づかれたら終わりだ。

 

 

続けて中部、下部と繰り返し、大胸筋、僧帽筋、腹斜筋と斜線を描くように斧を叩き込む。

やっていることは単純。魔力の結合箇所一点に集中し、衝撃を送り込んでいるだけだ。

 

硬く結びついた魔力の粒子を、圧縮した特大の衝撃でグラつかせ脆くしていく。

小さな小さな一点から脆い部分を拡大し、地盤陥没を起こすイメージで結合を緩めていく。

気取られれば終わり。脆くした結合部位が修復されないよう細心の注意を払い、戦闘を継続。

 

瞬き一つせずリヴァーレの体に点を打ち計算する。

特大の衝撃に耐えられないよう、連鎖崩壊を起こすよう欠陥を作り出す。

 

 

「少し退屈だな、打つ手を変えてみるか」

 

「――ッぅ゛!?」

 

 

――最悪。あと少しだったのに……この飽き性のクソ爺が。

 

 

斧ではなく唐突に突き出された拳。

骨が角張った巨大な拳が顔面に迫る。

 

腕で防ぐことは出来ない……すれば両腕ごと潰される。

 

衝撃操作に神経を使いすぎたな。

これはもう避けられる距離じゃない。回避は不可能。

 

 

――仕方ない……片目は捨てるか。

 

 

迫る拳を無傷で乗り切る道は残されていない。

 

地を蹴り後ろに少し浮く……顔を逸らし、眼窩に拳がめり込んでくる。

 

視界が白く弾けた。

 

左目の奥で何かが潰れる感触。

熱いのか冷たいのかも分からない激痛が、頭蓋の中を駆け巡る。

 

カウンターとして一発顔面に蹴りを入れたのを最後に、景色がブレて流れていく。

 

一度飛び始めた体は止まることなく飛び続ける……左目に激痛が走り上手く開かない。

 

破裂は免れたか……だけどこれじゃ使い物にならないな。

 

瞼の裏で眼球が腫れ上がっているのが分かる。

視神経がやられたのか、左側の視界は暗闇に沈んだままだ。

 

このままだと城壁に衝突する。

意識を失っている間にフルーフかソリテールかのどちらかが助けに入るのを期待するしかないか。

 

分の悪い賭けだ。

 

ソリテール……あいつ性格悪いからな、見てても放置してきそうだし。

 

私がフルーフにとって大事な魔族なのは理解しているはずだ、絶対見捨てたりはしないだろうけど……ギリギリまで様子見なんてことは普通にしてきそうだ。

 

愚弟はそろそろ結界の外へ逃げたか。

 

時間を稼いで逃がしてやったんだ、ちんたら歩いてたら……本気で許さない。

 

意識が遠のく……今にも落ちそうだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

暗闇の中で、記憶が浮かび上がる。

 

『リーニエ。シュタルクを魔物狩りに連れて行ったそうだな、様子はどうだった?』

 

『相変わらず。ビビって逃げようとしてた』

 

『北部高原の魔物だからな……子供ならビビって当たり前だ。もう少し手心を加えてやってくれ』

 

『戦士アイゼン……臆病を悪いとは言わない。恐怖は神経を研ぎ澄ませてくれる、乗り越えた時の達成感は成長の実感と達成感を与えてくれる。だけど逃げるのは駄目……逃げたら戦士として成長出来ない。アイツ……私が見守ってやってるのになんで戦わないんだよ』

 

『そうだな、訓練で逃げるのはよくないことだ。だがな……リーニエ。お前は、シュタルクがどんな時に本領を発揮出来るのか、それを考えたことはあるか?』

 

『ない。そんなの状況によりけりだし』

 

『お前が攻めの戦士だとしたらアイツは守りの戦士だ……誰かを守る時にこそ、勇敢さ発揮出来る優しさを持っている。一度お前が守られてみたらどうだ?』

 

『優しさ、ね……私達にはよく分からない』

 

 

 

 

『―――どうだった?』

 

『よかった。やられそうになる演技には疲れたけど、今迄で一番冴えた動きだった。普段からあれくらい出来れば上出来なのにね』

 

『言っただろ……シュタルクは誰かを守れる戦士だ』

 

 

 

 

「……」

 

これがフルーフの言ってた走馬灯か。

 

はぁ……なんで、変な記憶を思い出したんだろう。

 

ガンッ! と後頭部へ衝撃が走る。

 

どうやら頭から城壁に突っ込んだみたいだ。

石壁の冷たさが、砕けた感触と共に背中に伝わる。

 

血が止まらない。

温かいものが首筋を伝い、鎖骨の窪みに溜まっていく。吐きそうだ。

 

城壁に背を預け、ズルズルと地面に落ちていく……。

 

視界が明滅する。

右目だけが辛うじて機能しているが、それすら霞んで焦点が合わない。

 

意識が落ちて浮き上がり、落ちて浮き上がる。

短期間で連続して意識の断絶を繰り返す最中。

 

 

 

 

――赤いコートが靡く背中が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

足が鉛のように重い。

 

姉ちゃんに蹴られた腹が痛い……傷を負った訳じゃない。

だけど痛んでいると思い込まずにはいられなかった。

 

俺は馬鹿だ……自分で自分を殴りたくなる。

 

逃げなきゃならない。だけど姉ちゃんを助けないといけない。

そんな葛藤で足がとてつもなく重い。

 

走って助けを呼びにいくべきだ。

フリーレンならなんとかしてくれる……言われただろ、仲間を呼びに行くんだ。

 

 

「――馬鹿野郎! そんなのッ!」

 

 

クソ! そんなのただの言い訳だろ!?

 

俺にくれた、ただの逃げる口実だろうが……今逃げたら、絶対に間に合う訳ないだろ。

 

たった数分の打ち合いで、姉ちゃんの顔が歪んでいた。

威力を完全に受け流しきれていなかったんだ。

そんな化け物相手に、俺が助けを呼んで戻ってくるまでの時間を稼ぐなんて、無理に決まってる。

 

姉ちゃんは相変わらず頭の中が戦士一色の変な魔族だった。

記憶の中で抱いたイメージと何一つ変わらない。

 

なにが嘘つきの魔族だよ……俺が見たのは馬鹿正直に師匠を尊敬するただの戦士だったろ。

 

どうすれば……どうすればいい!

 

トボトボと歩いてる暇なんてないはずなんだ。

助けにいくのか逃げるのか、どっちか決めねぇと全部無駄になる。

 

俺は……俺はぁ……ッ。

 

静かな夜に小さな、だが確かに……城壁の方から何かが衝突する音が聞こえてくる。

 

重い、鈍い音だった。石が砕けるような、何かが叩きつけられるような。

 

 

「な、なんだよ……おい、まさか……」

 

 

凄い勢いだった。

壁に叩きつけられるような音だった。

人が。人の形をしたものが、あんな音を立てて吹き飛ばされたのだとしたら。

 

 

「姉ちゃん……ッ!?」

 

 

行けば間違いなく奴にまた出会う。

行っても無駄死にするだけだ。

 

フリーレンならどうする?

勇者ヒンメルならどうする?

師匠ならどうする?

姉ちゃんならどうする?

 

 

そうじゃねぇ……ッ!

 

違うッ……こんなこといくら考えたって無駄だ。

俺は強くも偉大でも勇敢でもない。ただの臆病な戦士でしかない。

 

 

 

だからなぁ――

 

 

――他人がどうこうじゃねぇだろッ!?姉ちゃんが今にも本当に死にそうかも知れねぇんだッ!

 

 

 

 

どうすればいい?

 

 

そんなの決まってる。

俺は臆病者で逃げ腰だけど……――家族を見捨てて逃げる卑怯者に成り下がるつもりはない

 

 

「姉ちゃん!!」

 

 

気づけば俺は走りだしていた。

重い足は軽くなり、余計なことは考えずただただ地面を蹴りつける。

 

魔族……人類と相容れない化け物……そんなの知るかよ。

 

大昔の偉い人間が魔族を定義した? だからなんだ……だったら俺は……

 

 

 

俺は俺の中で姉ちゃんを魔族なんかじゃなく……

 

 

――ただの武術馬鹿だって定義してやるだけだ!!

 

 

 

もう迷わない、割り切ってやる。人間も魔族も殺すべき時には殺す。

だけど姉ちゃんは姉ちゃんだ。

憎む理由も、殺す理由もないのに敵意や疑心を持つ理由がどこにある。

 

戦士の眼……? 悪ぃが姉ちゃん……こんなもの望んでいない、願い下げだ。

最高の戦士は信じた相手を一方的に疑う真似なんてしないだろ?

 

なに一つ誇らしくもない……恥でしかない。

 

 

 

 

回し続けていた脚を止める。

姉ちゃんがいた。

俺を弟と呼んでくれた魔族がいた。

 

城壁に赤い花を咲かせて項垂れる家族がいた。

 

「姉ちゃん……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

月明かりが、崩れ落ちたその姿を照らしている。

 

石壁に背を預け、力なく座り込んだ小さな体。

頭から流れた血が、首筋を伝い、鎖骨を濡らし、胸元の服を黒く染めている。

 

左目は腫れ上がって開かない。右目も半分しか開いていない。

それでも、微かに胸が上下しているのが見えた。

 

生きている。まだ、生きている。

 

鉄錆の匂いが鼻をついた。姉ちゃんの血の匂いだ。こんなに近くで、こんなに大量の血を見たのは初めてだった。

 

 

心臓が脈打つ……これは恐怖か?

 

 

断じて違う。怒りだ。

俺は今、どうしようもない破壊衝動に駆られている。

 

当たり散らしたくて堪らない。

 

戦える……俺は戦える。

いや、寧ろ戦いたくて我慢ならない。

 

暗闇の中から歩いてくる化け物に斧を構える。

 

月光を背にした巨躯が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

足音は驚くほど静かだ。あれだけの体格なのに、まるで幽鬼のように音もなく歩いてくる。

 

 

「構えろよ……相手してやるぜ」

 

「逃げなかったか。いいだろうアイゼンの弟子、名を名乗れ」

 

「戦士シュタルク。お前が殴った姉ちゃんと戦士アイゼンの弟子だ」

 

「鬼気迫る気迫。今しがた逃げ出した小僧とは思えんな、再度名乗ろう……大魔族リヴァーレ。誇れシュタルク、この魔族最強の戦士が相手をしてやる」

 

 

背後には姉ちゃんがいる。

 

――守る覚悟を持て。

 

勝てるイメージが湧かなくてもいい……俺は魔法使いじゃない。

 

イメージなんて不要。俺は戦士だ。

力を込めて斧を振り下ろす、ただそれだけ。

 

怖ぇ笑み浮かべやがって……だけど怖くなんかねぇぞ。

 

姉ちゃんの分までぶっ叩いてやる。

 

 

「こいよ……化け物が」

 

 

 

【挿絵表示】

 




と言ううわけでリヴァーレにぶん殴られる回でした。

次回は…どうしよ、このままシュタルク死す!デュエルスタンバイ!っでリヴァーレ戦にいってもいいけど、読者的にどっちがいいんだろ。

リーニエが自身で定めた謎価値観。
母親▶娘の面倒見るのは当たり前、命かけて守るの当たり前。
父親▶娘の面倒みるの当たり前、命かけて守るの当たり前。
姉▶妹を手伝ってくれるの当たり前、協力してくれるの当たり前。
弟▶姉を敬うのは当たり前、弟の面倒を姉が見るのも当たり前。

シュタルクの心境変化。
前半:リーニエ▶姉みたいな人。尊敬すべきもう一人の師匠。
後半:リーニエ▶姉。家族、守るべき対象。

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