ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第40話▶最高の戦士(弟)

 

 

 

眼前の巨躯から放たれる威圧に本能が警鐘を鳴らす。

 

だが、引くことはしない。

一歩前へ踏み出し、土を蹴り上げた。

 

全身が恐怖に悲鳴を上げている。

それでも、それ以上の激情が俺を突き動かしてくれる。頭は驚くほど透き通っていた。

勝ち目、実力差、そんな小賢しい考えは浮かんだ瞬間に消えていく。

 

守るべき者を守る。

ただそれだけに意識を集中できている。

 

夜気が肌を刺す。吐く息が白い。

握りしめた柄に汗が滲み、冷たい鉄の感触が掌に食い込んでいた。

 

リヴァーレが地を蹴った。巨大な戦斧を振りかぶってくる。

 

あれだけの巨漢でありながら凄まじい速度。空気が悲鳴を上げるように轟音が鳴り響いた。

 

こちらも迎え撃つ。得物を構え、全身のバネを溜める。

 

 

「一撃で地に伏せてくれるなよ……アイゼンの弟子」

 

 

姉ちゃんとの戦闘で見た奴の戦技は、師匠に劣らないキレがあった。

俺に姉ちゃんのような器用な真似はできない。

 

だから――正面から叩き返す!

 

 

「――フッ!」

 

 

衝撃は一瞬。

手に走る振動も痺れも、何もかも無視して強引に弾く。

 

ガッッギン。

 

金属の悲鳴が木霊し、敵の刃が弾かれて逆方向へ跳ね返った。

 

 

「俺を、姉ちゃんと同じにしてんじゃねぇぞ。言っとくがな……力と頑丈さだけなら俺は誰にも負けねぇ」

 

「いいぞ。それでこそだアイゼンの弟子……俺をもっと楽しませてくれ」

 

「お断りだ。一人で素振りでもしてろ」

 

 

鼓膜が破れそうなほど轟音が鳴り響く。

一振りごとに地面が割れ、石礫が弾け飛んだ。

 

姉ちゃんのような絶技の応酬じゃない。これは単純でシンプルな暴力だ。

習えば誰でも数時間で熟せる基本技に、渾身の力を込めて繰り出す。

 

ただ速度と破壊力が桁違いなだけ。幼稚とも思える力技で相手を叩きのめす。

それは奴も同じだった。下手な小細工など不要とばかりに、形振り構わず戦斧を撓らせてくる。

 

叩く、切る、叩きつける、たたっ――斬るッ!

 

そこに戦士としての秩序や栄えなんてない。

ただ相手を殺さんとする殺意だけがあった。

 

 

「リーニエと真逆か。シュタルク……面白みのないほど簡素な戦士よ。だが俺にわかる。幾千もの訓練を経て染み付いたアイゼンの技。粗暴な棒振りに見えて一切ブレないその芯、アイゼンの真の弟子はお前だな」

 

「姉ちゃんをパチもんみたいに言ってんじゃねぇよ……ッ!」

 

 

ギャインッ!

 

金属同士が擦れ、火花が散る。

激しい衝撃に晒されてなお、互いの得物には傷一つない。

 

武器屋で売られている既製品なら、とっくに刃こぼれを起こしているか、力に耐えきれず曲がっていただろう。

 

これは姉ちゃんが自身の魔力を切り分けて俺にくれた戦斧だ。

特別な効果なんてない。ただひたすら頑丈で重いだけ。

 

それでいい。それがいい。未知の物質で鍛えられたこの刃に、切れ味の劣化など起こらない。

武器の摩耗を心配せず戦える。

 

ただ振り回すことだけを考えられる。

 

 

「らぁッ!!」

 

「荒々しい連撃だ。未熟ながらに力だけならアイゼンに迫るな」

 

 

一振りから溜めを置かず斬り返し、奴の得物を滅多打ちにする。

本来なら生まれる隙を、持ち前の膂力だけで強制的に潰し、連撃へと繋げた。

 

額に大粒の汗が垂れてくる。

息が少しずつ上がり、吐く息の白さが濃くなっていく。

 

今更そんなことを気にする必要はない。

 

ただ姉ちゃんを守るため、怒りのままにこいつを叩き潰したくて始めた殺し合いだ。

今はただ、こいつの顔面に一撃見舞うことだけを考えればいい。

 

 

「止まらねぇ……止まってたまるか」

 

「そうだ。止まるな、止まってくれるな」

 

 

恐怖で錆びついていた体が温まってきた。

鎖に油を流し込んだように、動きから無駄が消え、技がより滑らかに放てるようになる。

 

 

うぉぉぉぉッ!!

 

「ッ!?……楽しいな。この戦場でお前という戦士に出会えたことに感謝せずにはいられん」

 

 

ガンガンガンッ!

 

けたたましい音が夜を切り裂く。

凄まじい速度で打ち合う金属から火花が散り、周囲の闇を払っていく。

 

全て防がれ、いなされる。それほどの技量。それほどの速度。それほどの衝撃。

実力差は歴然。

それでも、気迫の一点においてはこちらが確実に勝っていた。

 

地力、技量、持久力。全てが劣る。

それを根性だけで凌駕しようとしている。気迫だけでどうにかなるほど現実は甘くない。

 

分かっている。嫌というほど分かっている。

 

その程度の現実で弱気になるなら、端からこいつの前に立っていない。

姉ちゃんを連れて逃げたほうがよっぽど賢い選択だ。

 

 

ただ俺は――俺はこいつをブチのめしたいんだよッ!!

 

 

 

「一太刀もらってやってもいいが。それはお前の誇りを汚す行為だ、故に耐えてみせろ」

 

 

何が耐えてみせろだ。

入り乱れる刃の隙間を縫って拳が飛んでくる。姉ちゃんの目元にあった鬱血の原因はこれか。巫山戯るな。

姉ちゃんとは違うと言ったばかりだぞ。同じ手を使ってきやがって。あんまり舐めるなよ、魔族最強。

 

巨岩さえも砕きそうな威圧を纏った拳。この威力、人間に当たれば上半身が消し飛ぶ。

だからどうした。俺は姉ちゃんから頑丈さだけはお墨付きをもらっている。

なら、いける。

 

俺は向かってくる拳を前に、頭を引き――

 

 

「姉ちゃんに言われただろうがッ!戦士がべらべら喋ってんじゃ……――ねぇッ!!

 

 

――叩きつけた

 

 

額が裂けた。血が吹き出す。頭蓋に染み渡る衝撃が、全身を貫いていく。脳の奥で警報が鳴り響いた。

 

痛い。だが師匠に殴られた時に比べれば訳もない。

心の中で呟く。どうしたんだよ化け物。姉ちゃんの踵落としのほうがよっぽど痛かったぜ。

 

頭突きで拳を突き返されるとは思ってもいなかったのか、リヴァーレは間抜けな表情を浮かべていた。

 

してやったり。そういう顔が見たかった。

 

だがまだだ。絶対に一撃入れる。俺はそう決めている。

 

柄を両手で握り締め、頭上に掲げる。

 

 

「――ッ!? はは……驚いたな。これならどうだ……疾ッ!!」

 

 

刃の振りじゃない。

柄尻で俺の頭を叩き割るつもりか。いいぜ、こい。

 

躱すつもりも、弾くつもりもない。

すでに大技の予備動作に入った。あとは放つだけだ。中途半端に対応しても、さっきの繰り返しになる。

 

 

ならここで――全力の一撃を叩き込んでやる。

 

 

巨大な戦斧の柄が迫る。

胡桃みたいに頭が砕けるか。それとも俺が耐えきって一撃入れるか。

 

勝負といこうぜ―――

 

得物を振り上げ、力を溜め続ける。

 

その瞬間。

 

 

――ゴ、きぃッ゛ッ!!!!

 

 

悲鳴すら出なかった。凄まじい衝撃が後頭部を直撃する。

 

踏ん張った両脚が地面に食い込み、土が陥没していく。

首から嫌な音が聞こえた。視界に映るのは地面だけ。自分のものとは思えない量の血が、土へと水溜りを作っていた。

 

温かい。

流れ落ちる血だけが、やけに温かかった。

 

周囲の音が消えた。キーンという耳鳴りだけが頭蓋の内側で反響している。

 

まだ倒れていない。柄も手放していない。

 

 

それでも――クソ……意識が飛びそうだ。

 

 

頭が重い。このまま前のめりに倒れ込んでも不思議じゃない。

口の中に鉄錆の味が広がる。舌先で触れると、奥歯が一本ぐらついていた。

 

視界が狭まり、暗くなっていく。

 

闇に呑まれる寸前、脳裏に声が響いた。

師匠の声だ。あの日と同じ、叩きのめされた俺を見下ろしながら告げた言葉。

 

 

『いてて……俺が師匠に勝てるわけねぇだろ……』

 

『当たり前だ。俺はお前より強い』

 

『じゃぁ……』

 

『だが、お前はまだ負けていない。立ち上がったからな……』

 

『なんだよそれ』

 

『シュタルク……強い相手に勝つ秘訣を教えてやる。簡単だ。何度でも立ち上がって技を叩き込め……戦士ってのは最後に立っていた奴が勝つんだ』

 

 

根性論じゃねぇか。

内心では散々文句を言ったが、実は嫌いじゃないんだぜ、師匠。

 

崩れ落ちそうな体に、芯が通った。

師匠の言葉が俺を休ませてくれない。このまま倒れれば二度と立ち上がれない。なら、立っていないとな。

 

思い出は止まらない。姉ちゃんの顔も浮かび上がってくる。

 

『痛ぇ!? 姉ちゃん、師匠が街に暫く残るからって気合入れすぎだろ!』

 

『最強の戦士直々に愚弟の面倒を頼まれたんだよ。私は、お前ら人間をどう鍛えれば成長できるか熟知してるから……粗という粗を削ぎ落としてあげるよ、愚弟』

 

『師匠はなにしてんだよ!? 誰か姉ちゃんを止めてくれ』

 

『ハイターと酒場を巡ってるよ。勿論私の権限で飲み放題、お前を助ける人間はこないよ……潔く諦めろ』

 

『マジで無理だってば、これで何度目だよ……全身が痛むんだよ』

 

『はぁ……仕方ない。この偉大なる姉が、愚弟に魔法の言葉を授けてあげる。「まだだ」そう心の内で唱えろ、反論は許さない。ただ唱えろ』

 

『………』

 

『どう?』

 

『なんか出来そうな気がしてきた』

 

『ただの気の所為だから、それ。お前才能あるよ』

 

『なんだよそれ!? 真剣に唱えた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!!』

 

『馬鹿。最強の戦士ってのは思い込みが大事なんだよ。自分は最強だ、そう思い込めばなんだって出来る気がしてくる。本能だって克服できる気がしてくる。ただの思い込みだよ……だけど、それでいい。いいか愚弟、思い込め……盛大に勘違いしろ。お前は誰よりも忍耐強く耐えられる戦士だ。死力を尽くして叫べ、「まだだ」強く思い込んで現実にしてみせろ。単純馬鹿なお前にはその才能がある』

 

『え、要するに思い込み激しい馬鹿になれってことか? 姉ちゃん……俺のこと馬鹿にしすぎだろ』

 

『お前は馬鹿だからね……何も間違っていない』

 

 

姉ちゃん、馬鹿だろ。

 

それを伝えたってことは、姉ちゃんこそが一番思い込みの激しい馬鹿ってことだぜ。

 

まだだ」……ああそうだ。まだだッ!!

 

全力で動きっぱなしで体は重い。頭は割れるように痛い。動かない。力が入らない。

それがどうした――まだだ。

 

心臓は止まっていない。手脚は千切れていない。脳味噌には血が通っている。

なんだ、余裕じゃねぇか。

 

 

俺はまだやれる。まだだ!まだだッ!――まだだぁッ!!

 

 

『最後まで立って技を叩き込め』

 

『自分自身を最高の戦士と思い込め……そして唱え続けろ。――「まだだ」』

 

 

 

ま だ だ ッ!!!! 」

 

 

 

働かない頭に最強の戦士のイメージを叩き込む。気怠い全身を鼓舞し、叱咤してやる。

零れそうになる柄を、握り潰す気で握りしめた。

 

力が漲る。

俺は師匠の弟子。姉ちゃんの弟子。誰かを守れる、そんな最高の戦士だ。

 

ならやれる。俺は今、死線の上に立っている。踏み外せば死ぬ。ならその線ごと踏み砕く。

どれだけ非情な現実でも、倒れ伏すことだけは許されない。

 

顔を上げた。眼前の敵を見据える。最高地点まで振り上げた得物に、最後の力を溜める。

 

 

「耐えきったぜ。今度はこっちの番だ……」

 

「見事」

 

 

集約させた力を、一気に解き放つ。筋肉が撓り、ブチブチと繊維が断裂していく。

 

くらいやがれ。

 

 

 

「――――閃天撃ッ!!!!

 

 

 

ギィッ、ジジン。

 

一切の躊躇なく、リヴァーレの顔面に叩き込んだ上段からの大振り。刃から岩のような感触が伝わってくる。明らかに人体を斬っている手応えとは違う。まるで肌一枚隔てて、硬い何かに阻まれているようだ。

 

構いやしない。殺せようが殺せまいが関係ない。このまま振り切るだけだ。

 

 

うっぉぉぉぉ!!良い加減観念しやがれ!!

 

 

叩き、引き裂く。

 

硬い何かを超え、確かに肌へと食い込む感触。一気に刃を振り切った。

 

一振りの衝撃が巨大な爪痕のように地割れを起こし、奴が吹き飛んでいく。

周囲に土埃が舞い上がり、何も見えなくなった。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……やっと……一撃入ったな。ざまぁみやがれ……」

 

 

首を叩きながらゴキゴキと調整する。ずれかけた脊椎を一時的に元の位置へと戻す。

今すぐにも治療が必要な状態だ。全身が麻痺したみたいに痺れて動きが鈍い。神経系がやられている。

 

土煙を見据え、得物を構える。

 

油断したつもりはなかった。

だが一撃叩き込めたことで、明らかに注意力が散漫になっていた。

 

突然、土煙に大穴が空いた。

 

目を見開く。リヴァーレだ。

片目に切り傷を残し、血を流す巨躯が飛びかかってきた。

 

 

対応が――間に合わない。

 

 

「掛け値なしの称賛を送るぞシュタルクよ、傷を負わされたのは久方ぶりだ」

 

感じたことのない強烈な衝撃。胸に蹴りを叩き込まれ、あっさりと体が浮いた。

 

「なッ――ぐ、はぁッ!?」

 

地面を転がり、全身のあちこちに激痛が走る。

立ち上がろうとすれば、胸の下部から嫌な感触と鋭い痛みが伝わってきた。

 

 

――とうとう骨がやられたか。

 

 

だが、まだだ。

 

 

柄を握りしめ、迎撃体勢を取る。

また奴が得物を構えて突貫してくる。

拳か、蹴りか、刃か。どこからでもこい。もう一度、その顔に傷を作ってやる。

 

 

「礼だシュタルク、苦しまず一太刀で終わらせよう」

 

「まだ終わりじゃ――ッ!?」

 

 

相手の攻撃は斧。地面から立ち上がることも許されない追撃。

膝をついたまま横に構えようと力を入れる。

 

上がらない。

 

蹴りのダメージが想定より遥かに酷い。

全身が激痛で停止を訴えてくる。それを無視して柄を握り、構えようとする。

 

くそッ――間に合わない。

 

一瞬の隙。こいつ相手にそんなものを晒してしまった。

見逃すはずがない。刃が迫ってくる。

 

首を輪切りにするつもりか。俺は罪人じゃねぇんだぞ。

 

 

――姉ちゃん、ごめん。できる限りはやってみたんだが、やっぱ無理みたいだ。

 

 

土埃を巻き上げながら刃が迫る。

……これは、流石にもう駄目だ。取れる手段は何もない。

 

 

「さらばだ、誉れ高き勇敢な戦――ッ、どうやら、まだ終わらんようだな」

 

 

嬉しくもない称賛が聞こえてくる。それと同時に、横から衝撃を受けたように戦斧の軌道が変わった。俺の首ではなく、地面へと突き刺さる。

 

土埃で視界が霞んでよく見えない。

それでも、その煙の中に紛れる小さな影を見た。

 

残像を描く速度で巨躯の足元へ潜り込み、足払い。一体どんな力が込められているのか、あの体躯が素直に宙へと浮く。間髪入れず顔面に強烈な拳が炸裂し、リヴァーレが吹き飛んでいった。

 

俺は茫然とその光景を見つめていた。

視界に見慣れた茶色いリボンが映る。解けたリボンは風に乗って飛んでいった。

 

土煙が晴れた先にいたのは、痛々しい姿の姉ちゃんだった。

魔族最強を殴り飛ばし、獰猛な笑みを浮かべている。

 

 

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おい……無事?死んでないよね愚弟

 

 

片目が潰れかけているのに、姉ちゃんはいつもと変わらない調子で話しかけてくる。

俺のことより自分のことを心配しろよ。

 

縛った髪は片方が解れ、全身がボロボロだ。

見るからに瀕死一歩手前にしか見えなかった。

 

 

「ね、姉ちゃん……なに動いてんだよ。死んじまうぞ」

 

「死にそうなのはお前だけ。意識が戻るまでの時間稼ぎを誰がしてるのかと思ったらお前か。随分命知らずな真似をしたね。もういいから、さっさと逃げてなよ」

 

「できるわけねぇだろ……俺も戦う。何言われても姉ちゃんを置いて逃げるなんてしねぇ」

 

 

シュタルクじゃなくて、また愚弟か。

姉ちゃんを失望させちまったみたいだな。

 

それでも俺に後悔なんてない。逃げ出した挙句、姉ちゃんを死なせるよりよっぽどマシだ。

 

 

「そう。なら信用できない。戦士としてのお前は信用できたけど今のお前は駄目、魔族に生ぬるい感情を向けるな。言っておくけど、私も人間を殺すし喰う、お前が期待する清廉潔白な魔族なんてどこにもいない。私が人間を虐殺するとして……お前はただ黙ってその光景を見ているつもり?」

 

 

説教のつもりか。

 

こっちは人間を喰うなんてとっくに知っている。

人間を殺していることも。日常的にフルーフさんを殺していた癖に、今更説教になると思っているのか。

 

眼の前で起きていないことまで考え出したらキリがない。

起きたら起きた時に考える。俺はもう色々と割り切って、姉ちゃんを姉ちゃんと呼んでいるんだ。

 

ただ、本当に俺の前で虐殺なんて無法をしようってなら、死ぬ気で止めるだけだ。

 

 

「そんな難しい話は聞きたくねぇ。俺はただ守ると決めたものを守るだけだ。だけど、もし姉ちゃんがそんな真似しでかそうってんなら家族として全力で止める。フルーフさんに頭下げて、無理やり姉ちゃんの口にフルーフさんの肉をブチ込んでやるよ」

 

「頭を打たれて異常者になったみたいだね。発言が頭おかしいよ」

 

「俺は姉ちゃんの言う通り馬鹿だからな。一度思い込んだら考えなんて中々変えられない、姉ちゃんだってそうだろ?」

 

「はぁ? お前私のこと馬鹿って言った?」

 

 

馬鹿で思い込み激しい姉ちゃんが、否定できるところじゃないだろ。

頭の中師匠一色なのは、どう見ても普通じゃねぇって。

 

 

「なんと言おうと、俺は戦う。それにあの化け物が逃がしてくれるわけねぇしな。ほら……来たぜ」

 

 

土煙はとっくに晴れ、暗闇から巨躯が歩いてくる。

姉ちゃんがなんと言おうと、どの道あの敵が逃げることを許しちゃくれない。

 

姉ちゃんは立ち上がる俺を見上げ、何かを考え込んでいる。

やがてリヴァーレに視線を移し、腰を落として両手を前に出し、構えた。

 

 

「私は老いぼれの介護士じゃないのに……あんまり若者に面倒かけるなよな。おい愚弟……肩は並べてくるなよ、愚弟は弟らしく姉である私の指示に従え」

 

「――ッ!? あぁ! 任せてくれ……姉ちゃん!」

 

 

つまり認めてくれたのか。戦士としては認めてくれなくても、弟として一緒に戦うことを認めてくれた。

 

贅沢は言わない。今はそれだけで十分だ。

 

 

「一撃でいい……それで決める。まともに動ける?」

 

 

一撃で。どうやって。

そんなことは聞かない。姉ちゃんに策があるなら、黙って従う。

 

 

「あぁ、いける。体はとっくに限界だと煩いけどな。姉ちゃんこそ目が潰れかけててまともに動けるのかよ、斧も落としてきたみてぇだし」

 

「生意気言うな、こんな耄碌爺は片目と素手で十分。全身は動く……つまり『まだだ』」

 

「だな。俺達はまだ死んでない……戦えるぜ。斧が振るえるってんなら諦めるには早い……『まだだ』……だよな」

 

 

そうだ、まだだ。心を奮い立たせてくれる不屈の言葉。ただ唱えろ。

 

 

――まだだ!

 

 

 

「姉ちゃん……あの化け物、楽しくて仕方ねぇって顔してるぞ」

 

「お前もだいぶ怖いよ。いつもの間抜け面どうしたの……ずっと無表情で目が座ってる」

 

 

姉ちゃんに言われたくねぇよ。

いつもの無表情どうしたんだよ。顔面が凶悪すぎんぞ、漏らすわ。

 

 

「姉ちゃんのがよっぽど怖ぇよ。瞳孔細まってるし血塗れだし、って、血の量普通じゃねぇけど本当に大丈夫なのかよ」

 

「フルーフの強化魔法を使ってるからね。即死技だけど私なら制御と調整で十分程度は持つかな」

 

全然大丈夫じゃなかった。フルーフさんの強化魔法がなんだか知らないが、絶対命を削るタイプの奴だろ。

 

「姉ちゃん、死ぬ気かよ」

 

「安心しろ……こいつを殺すのに十分もかからない、五分以内で決める。それで何もかも終わらせる」

 

「なら俺も……姉ちゃんが無事生き残れるように、気合入れねぇとな」

 

 

姉ちゃんが片目を押さえ込み、額から大量の血が滴り落ちてくる。

流れ落ちる血を舐め取り、ギロリとリヴァーレを睨みつけていた。

 

俺も鼻や口元まで垂れてきた血を袖で拭い、気合を入れる。

 

これで最後だ。

姉ちゃんと俺で、こいつを殺す。

 

「「まだだ……覚悟しろ、老いぼれ/化け物」」

 

「そうか、まだか……いいだろう。まだだ、まだこの血が滾る刹那を楽しませてくれ」

 

 

 

 

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