ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第41話▶『超新星(Metalnova)

 

 

 

なんだよ……忌々しい。

斧、斧、素手。どうして私だけがこの戦場で素手なんだ。

 

愚弟にはああ言ったが、出来ることならこの老いぼれは私の手で殺したかった。

今からまた新しい斧を作るか……いや、魔力に余裕なんてない。

 

まぁ、いい。

愚弟の成長の為にここは姉として譲ってやる。

戦士アイゼンに顔向け出来ないけど、私は無手が一番強いからね。

 

 

「ところで愚弟、あの傷……お前が作ったの?」

 

「そうだぜ、スゲぇだろ」

 

「そう……なら止めは、任せて大丈夫そうだね」

 

 

調子に乗ってるな……だけど素直に褒めてあげるよ。

 

あぁ、本当に凄い。あれは人間が身一つで突破出来るものじゃない。

それを斬ったのか……やはり戦士アイゼンは弟子を選ぶ目も一流だな。

 

こいつは人間だけど強度と耐久が人間から離れ過ぎている。

老いぼれを化け物扱いしているけど、こいつが一番化け物だ。

 

 

「ごふ、ぅ――相変わらずの欠陥魔法だな」

 

 

まだ一分少し、さっそく魔法による後遺症が来た。

魔力消費による安全性とは正反対のリスク塗れの強制強化、魔力による臓器の強制稼働。

 

魔力で構築された全身が限界を超え加速する。本能による抑制の一切は外され、内臓がドロドロと溶けているみたいだ。

口の中に鉄錆の味が広がる――内臓からの出血か。どちらでも構わない、今は。

 

視界が赤く染まり、瞳孔の操作がきかない。眼が捉える景色がより鮮明に、より繊細になっていく。

思考が加速し、体感時間が周囲を置き去りにして狂い果てていく。

 

眼球の前で指を立て、何度か遠ざけ近づける。

潰れた片目による狂った距離感を調整し、力の加減を整えた。

 

筋肉がギチギチと軋む。跳ね上がる前のスプリングのように言うことを聞かない。

この状態から更に魔力強化による全身の制御を行う。

 

 

「無手か。ならばこちらも……拳で交わろうか」

 

「阿呆が。私は確かにお前に傷一つ負わせられない、だけど……技量ではお前が格下なんだよ。勝ちもなければ負けもない」

 

 

私が無手で挑むとみれば、斧を手放し拳を構える老いぼれ。

 

――阿呆くさ。

 

私の扱う拳法は人類の武を結集して練り上げた集大成だぞ、たかだか魔力ゴリ押しの我流なんぞで押し潰せると思っているのか?

 

老いぼれが左右に高速ステップを刻みながら飛びかかってくる。

フェイント……この老いぼれ、こんな小賢しい真似も出来るのか。

 

此方に向かって風を巻き付け繰り出される拳。

だけど……本気で舐めてるなこの老いぼれ、一度出した技が私に通じると思うなよ。

 

 

「老いぼれ、ちょっとあっち行ってなよ」

 

 

私の武の真髄は衝撃操作。

万物ありとあらゆる衝撃を自由自在に操作する武の極み。

 

「極め」で相手の動きを殺し、「鞭身」で力の流れを変え、「発勁」で内部に衝撃を叩き込み、「消力」で相手の力を無に帰す――あらゆる流派の技を一つの極致へと昇華させた拳。

人類が編み上げ、魔力の操作技術に長けた魔族に最適化した私だけの魔拳。

 

大地を揺るがす震脚と共に足元へ蜘蛛の巣状の罅が走り、腰を捻り老いぼれの拳へと自身の拳を叩きつける。

 

瞬間、拳から伝わる破壊的衝撃。魔力の波を形作る粒子が震え振動する。

それら全てを研ぎ澄ませた魔力制御技術により操作し、相手へと伝導させた。

 

驕りすぎだジジィ。ちょっと愚弟に指示するから吹っ飛んでな。

 

パッッン!!

 

豪快な炸裂音と共に老いぼれは木々を薙ぎ倒して吹っ飛んでいく。

土埃と草の匂いが鼻を突いた。

 

 

「ス、ゲェ……」

 

 

愚弟の声が聞こえ振り返る……止めろ。

羨望の目で見てくるな……私はお前の方が羨ましいよ。

短所を補う為に突き詰めた技術、だけど本来なら最強の戦士にこんな技術は必要ないはずなのだ。

肉体一つで十分なはずなのにね……。

 

極めれば極める程、戦士アイゼンから遠ざかる。愚弟は着実と戦士アイゼンの弟子としての道を歩んでいるのに――妬ましいことこの上ない。

邪道しか歩めない私と、王道を歩む愚弟。

私は、今よりも更に自分が誇れる自分になりたい。最強の戦士となって自分を誇りたいのだ。

 

だからこそ、お前はこんな所で死なせられない。

お前が最高の戦士へと至り、戦士アイゼンにも認められる最強の戦士になった時……私はお前に勝負を挑み勝つ。

 

勝利し……その時初めて私は、最高の戦士すら超えた最強の戦士として、自身を誇れる気がするんだよ。

 

魔族の魔法への探求と誇り。

私も所詮魔族だな。方向性が違うだけで、身にもならない拘りがしっかりとある。

 

愚弟……こんなことで驚くな、お前は誰もが認め、世界に名を刻む最強の戦士になるんだから。

同じ戦士アイゼンの弟子として、姉として、好敵手として……私がそうしてやる。

 

そのためにも一先ず、あの老いぼれを叩き切って消す必要がある。

 

 

「老いぼれをボールにして遊ぶだけならいくらでも出来る。だけど肝心の致命傷に繋がらない、こんなの、あの老いぼれにいくらやっても意味ないんだよ。いいか愚弟、今から伝える指示をよく聞け」

 

「あぁ。なんでも言ってくれ姉ちゃん」

 

「その前に、お前……老いぼれを斬った時どんな感じだった?」

 

「スゲぇ硬かった」

 

 

呆れる。硬かったか、それは硬いだろうね。

なにせ千年以上は確実に生きた大魔族の魔力なんだから……硬いで済む話じゃないんだよ。

 

 

「それだけ? お前ほんと頭おかしい体してるね。その硬いのがなかったら全身真っ二つに出来る?」

 

「あぁ、斬れるぜ。余裕だ」

 

 

眠たい目をしてる癖に、言うようになったな。

血の流しすぎて高揚してるのか、いい傾向だ。

 

 

「その自信……いいね。なら下準備はほぼ終わってる、私は仕上げをするから……愚弟、さっき言った通り最後は譲ってあげるよ」

 

「わかった。何処を斬ればいいんだ?」

 

 

殴りたくなる。こいつ……本気で私のことを疑っていない。

相手は魔族だぞ、私なら背を向けた瞬間殺している。説教してる場合じゃないけど矯正したくて堪らなくなるな。

 

 

「光天斬は威力が足りないから止めておいて。僧帽筋中部から斜めに切り捨てるみたいに閃天撃を決めろ。後は紙に鋏を入れるみたいに斬れるから」

 

「タイミングは?」

 

「一発貰うつもりで下準備を終わらせる。……確実に一発叩き込まれる予定だからそのつもりでいて。お前は私がふっ飛ばされた瞬間から三秒数えてから斬りかかれ。何も考えずやれ、出来る?」

 

 

全避けからひたすらペチペチしてたら、流石にあの老いぼれも何かに勘づくからね……上手く立ち回って戦わないといけない。

魔族の欺くための本能が囁く――焦らして焦らして一発殴らせろ、気持ちよくさせろ、その隙が一番デカい。

こういう所は魔族は便利でいいね。

同族相手でもどうやったら騙せるのか本能的に察することが出来るんだから。

 

 

「それまでは動かないこと。動けないふりしてあの老いぼれの認識から外れろ。あいつは私に合わせて無手で戦い続ける……今の一撃であの老いぼれは私に釘付け」

 

「ぶ……釘付け」

 

「なに笑ってるの愚弟。真面目に聞けよ……もう何本か肋骨折るよ?」

 

 

馬鹿にするなよ愚弟。

私はミリアルデみたいにモテるんだよ、戦士からのお誘いが日々やまないくらいにね。

 

 

「わ、悪い姉ちゃん、だけどなんで三秒なんだ」

 

「それぐらいが丁度いいんだよ。私を片付けたら次はお前だ、あの老いぼれは確実に自分からお前の土俵に上がってくる。無手から斧に持ち替えてくるはずだよ……私に一発決めた余韻二秒、武器の具現化一秒、構えに一秒って所かな……もしかしたら多少早いかもね」

 

「無手の状態で向かったら駄目なのかよ」

 

「駄目。相手は達人級の腕前だ。タイミングを見誤ったら最後……反射的に殴られて終わり。だから最高のタイミングは構えをとらせた後。斧の特性上どうしても振るには溜めが必要だからね、すぐ様迎撃に移行出来ない」

 

 

まぁ、私は出来るが。

正しく斧を斧として振るう戦士にとっては邪道もいいところだろう。

 

 

「石突の突きなら急な対処も可能だぜ、直ぐ様腹に一撃打ち込める」

 

「そうだね、普通の人間相手ならそれでいいかもしれないね。ただ……愚弟は老いぼれの殺すつもりの一撃を耐えきった。お前その傷……柄で思いっきり殴られたでしょ」

 

「そうだけどよ……今の状態でくらったら膝をついちまうかもしれねぇ」

 

「安心しろ……向こうはそう思っていない。お前はあの老いぼれに傷をつけたんだ、脅威だと思われて不思議じゃない。効くかどうかも定かじゃない手よりも堅実な防御を取ってくるはずだよ。あの老いぼれは愚弟に対してある種の信頼性を抱いてる、だからこそ半端な手は使ってこない」

 

 

私があの老いぼれの立場ならそうする、堅実な防御一択だ。

愚弟の頑丈さはデタラメだ、初見で初めてそれを体感したなら……まず半端な手は使わない。

この程度の技なら耐えるだろうと勝手に信頼しハードルが上がる、私もそうだった。

それだけこの愚弟の身体は意味不明なのだ。

 

 

「それは姉ちゃんの勘か?」

 

「観察と検証の結果。私の眼を信じろ」

 

「あぁわかった。元々姉ちゃんを信じてるからな」

 

 

私の眼に狂いは無いのは本当だけど……一々信じるな。阿呆。

 

 

「はぁ……魔族を信じるな馬鹿愚弟。言葉にも出すな……愚か過ぎて直視出来ない。……どれだけ離されても三秒以内にそっちに戻る、防がれるだろうけど絶対に力を抜くな」

 

 

小指に嵌め込んだ指輪を回す……。

カチカチと音を立て回転していくそれは命の猶予。

 

 

これはフルーフの『魂を魔力に変える魔法(ゼーレエンダー)』を間接的に使用出来る魔道具だ。

命一つを丸ごと消費……そして残りの命を猶予十分程度に調整しておく。

 

フルーフが間に合わなかったらそのまま消滅だ。

 

――母親として娘の危機には駆けつけなよ……フルーフ。

 

 

「任せてくれ。一撃で残りの力全部ぶつけてやるよ」

 

「死ぬ気でやりなよ、私も死ぬ気でやる。手負いの魔族程怖いものはない、失敗すれば次はない」

 

 

まだ老いぼれが楽しんでいる内はいい、本気で危機感を抱かせたら最後。

あの老いぼれに勝つ方法は無い、なぶり殺されてそれで終わり。

大抵の魔族は命がかかると手段を選ばないからね。

 

 

「確かに、今の姉ちゃんはとくに恐ぇからな」

 

「見る目が無いね、私は可愛いんだよ。後、手負いでもない。無駄口叩くな……言うことはそれだ――けッ!!」

 

来たな老いぼれ。

今度は闇に紛れて暗殺者もどきの技か。

 

気配の一切を感じ取れない暗闇から、巨漢の大魔族が這うように接近し蹴りを放ってくる。

それと全く同じ姿勢で蹴り返した。

 

パッンと強烈な破裂音と共に一瞬の拮抗を見せた後、物理の法則を無視するように老いぼれが脚ごと後方に弾け飛ぶ。

 

 

「これも気がつくか、齢百年そこそこだというのに。……どうやら、信じがたいことだが技量は俺の上をいくようだな」

 

「こんな若い魔族にしてやられて腹がたった?」

 

「いいや。ただより甘美な享楽を得られるのみよッ!」

 

「年老いた老いぼれが血の気だすなよ。隠居でもして……ろッ!!」

 

 

ゆらりと揺れ動く独特の足捌き。

動作一つ一つに奇怪な予備動作を挟み、動きの予測を阻害してくる。

 

驕りはない。

老いぼれの放つ破壊力と瞬間最大速度は脅威の一言だ。

だが相手がどれだけ魔力の凝縮した化け物であろうと、人の形である以上、人体が可能とする動きしか取れない。

 

荒れ狂う体内の動きを完全に読み切らなければならない。

フルーフの魔法は、動きの先読みを予備動作の先読みにまで昇華してくれる。

我流だろうと関係ない、老いぼれの肉体に染み付いた魔力の癖が私に教えてくれるのだ。

 

緩急をつけた速度の変速で、老いぼれの意識の隙間へと錯覚をねじ込んでいく。

技巧、錯覚、思い込み……あらゆる格闘技術を駆使し命中精度を底上げしていった。

予測不能な奇怪な乱拳を狙いの位置へと打ち込み続ける。

 

剛拳が髪を掠めた。

鎌鼬のような鋭利な風により髪が数本、宙を舞う。風圧だけで肌が切れそうだ。

 

旋・運・変・捻・転。

老いぼれから放たれる暴風のような連撃を全て避け、逸らし、迎撃していく。

 

 

――躰道に近い……いや、これ……似た動きで私に張り合っている?

 

 

拳と脚を交えながらも、老いぼれを殺す下準備を着実に進めていった。

大胸筋中央胸骨、続いて前鋸筋下部の左右に一発ずつ。衝撃を浸透させるたびに、相手の魔力結合が僅かに緩んでいくのが感じ取れた。

 

少し技を変えてみるか。

これにはどう動く――帝国軍式格闘術。

 

力強く背を伸ばし老いぼれの横腹を蹴り飛ばし、背部の広背筋にまで衝撃を伝達させる。

老いぼれは私に向けて笑みを浮かべると、正拳突き地味た真っ直ぐな拳を突き出してきた。

 

……動きが変わった。

 

 

――やっぱりか。……どれだけ負けず嫌いなんだ、この老いぼれ。

 

 

生憎と老いぼれの遊びに付き合ってあげる趣味はこっちにはないんだよ。

硬い動きは背後を取るのが楽でいい。巨体の回りを旋風のように舞い、背後を取った。

 

多少雑だけど今の身体能力なら纏めていける。

 

片足で地を砕き衝撃を湧かせ、もう片足を後ろに出して身体を半回転させて最初の足の横に添える。

屈み、背面や肩で突き上げるように――

 

 

「地獄行きの路銀をあげる……――鉄山靠ッ」

 

 

――押し当てるッ!

 

 

空気が破裂し、老いぼれの背中に衝撃波を纏った拳法が炸裂した。

背中上部に衝撃を浸透させ、老いぼれの魔力が悲鳴を上げていく。

強固な結合が脆く緩んでいった。

 

そのまま前方へ吹き飛ぶ……訳はないか。

流石にふっ飛ばしすぎて慣れてきたみたいだな。

 

前のめりに飛ばされそうになった瞬間、両手を地面に突き方向転換。

前方倒立回転跳びから低姿勢を取り勢いを殺していた。

老いぼれは獣のような四つん這いの姿勢を取り、脚が地面へと食い込んでいく。

 

来る……一撃貰うタイミングはここだな。

 

愚弟の方へと視線を寄越す。視線が一瞬交わる。それで十分だった。

 

老いぼれが土埃を巻き上げ突進してくる。

フェイント無しの直進……最高速度で脳味噌を粉砕する気か。

 

 

「受け止めてみせろ」

 

「上等だよ老いぼ――

 

言い切る前に視界が夜空に変わった。

 

全身の状態は真横に垂直……殴り飛ばされたな。空中では衝撃は逃せない。

頬から伝う衝撃を上半身に行き来させ保持し続けるが、この調子だと数秒持たずに耐えきれなくなる。

 

風を切る音が耳を劈く。いや、それは自分の血流の音かもしれない。

 

脚に負荷をかける訳にはいかない。今の全身強度なら問題ないが、移動速度に影響が出る恐れがある。

愚弟と老いぼれの拮抗状態には、絶対に間に合わせなければならない。

 

鋭敏化された思考の中、服越しに硬い物体が触れる感触がはっきりと伝わってきた。

グラナト伯爵領を囲む二重城壁の一枚か……これでは勢いを殺しきれないな。

 

背中に城壁が当たる前に少し指先で壁に触れる……瞬間。

壁は衝撃波と共に私の進行方向へと向かって崩壊し、岩石の雨となって倒壊し吹き飛んだ。

そして民家、宿舎、宿屋、色んな建造物に衝撃を逃し吹き飛ばしていく。

最後……領地を円形に囲む城壁に巨大な蜘蛛の巣の亀裂を作り、ようやく止まった。

 

石と土埃の匂いが鼻腔を満たす。どこかで悲鳴が聞こえた気がしたが、今は構っていられない。

 

一秒半経った。時間がない。

魔道具の起動をさせ、死ぬ気でトンボ返りしなければならない。

 

指輪に触れると脳内へと魔族の本性が囁きかけてくる。

 

――死ぬよ……今なら逃げられる、人間なんて捨てて逃げよう。

――勝てない、勝てるはずがない、逃げろ逃げろ逃げろ。

――魔族は魔力が全てだ、あの方に逆らうな。

 

そう。まぁ……本当の意味で死ぬ直前はこんな風になるか。いつもと違って後がないからね。

言い訳、正当化、臆病風……加速する脳内に腐ったリンゴのような吐き気を催す戯言が溢れ出す。

 

煩いなぁ……。

こういう時は一つ説得をして本能を納得させてやろう。

 

――死を恐れる? 馬鹿な……最強の戦士なら出来たぞ。彼は死すら厭わず戦うことを選ぶはずだ。

 

――愚弟を見捨てる? 馬鹿な……最強の戦士なら出来たぞ。どんな強敵が相手でも仲間も家族も守り通して見せるはずだ。

 

――魔力? 勝率? 実力差? 馬鹿が……最強の戦士なら出来たぞ。確率が少しでもあるなら果敢に立ち向かうはずだ。

 

――不断の努力と、輝く大志と、不撓不屈の決意があれば、限界など容易く超えられる。

 

――ならば不可能なことなどこの世の何処にもありはしない!

 

――ああ、素晴らしきかな。未来を目指して歩む限り、可能性は無限大なのだ!

 

――すべては心一つなりッ!

 

 

よし、大人しくなった。

もういける。胸に掛けた赤いペンダントを引きちぎり飲み込んだ。

喉を焼くような熱が食道を駆け下りていく。

 

両脚に限界まで力を込め、衝撃と共に夜空を飛び上がる。

空には様々な魔族の影が見え、進行方向に溢れ返っていた。

 

邪魔だ。邪魔する奴は魔族だろうと人間だろうと殺す。

 

 

「これぞ最強。これぞ究極。天上天下に比する者なし、我が武の真髄の威光に平伏せ」

 

 

魔法の起動に必要なのはたった一言。

 

 

――『超新星(Metalnova)

 

 

 

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全てを置き去りにし闇を駆ける。

 

 

進路上の魔族が、触れた瞬間に血霧となって弾け飛んだ。風の音すら聞こえない。

聞こえるのは自分の心臓の鼓動だけ。世界が引き延ばされたように感じる中、私は愚弟の元へと一直線に突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

姉ちゃんが一瞬ブレたかと思えば、目の前には拳から煙を立たせる化け物が立っていた。

殴られ……たのか? 疾すぎて見えなかった。

 

 

「姉ちゃん……三秒だったよな」

 

 

心配がないかと言われれば嘘になる。だけど俺は姉ちゃんを信じている。

俺は俺の……言われたことをただするだけだ。

 

 

「楽しいな。血生臭い戦場で踊るのではなく、単純に己の武を競い合う……久方ぶりだ、此処まで童心に帰り高揚したのは」

 

 

一秒経過……。

 

姉ちゃんが飛ばされた方向から凄まじい衝突音と土煙が立ち上っていた。何してんだよ姉ちゃん。

建物がいくつか崩れる音まで聞こえてくる。

 

 

「絶命には至っていないか、よもや無傷か……面白いッ」

 

 

二秒経過……。

 

三秒突入――行くぜ。

 

 

「次はお前だ、シュタルク……動け、そして戦――」

 

 

なるほどな、姉ちゃんの読み通り。本当に俺と戦うためだけに斧を出してきた。

こっちを振り返ってくる……だけど残念だったな、もう俺は予備動作に入ったぜ。

 

 

「何処見てやがる。こっちだ」

 

「……上か」

 

 

駆け出し、飛び上がり、斧を天高く掲げ全身を反らせる。

全体重と力を全部乗せた一撃、後先考えない死ぬ気の一撃だ。

 

さぁ……どうする? 魔族最強の戦士。

 

 

「真っ向勝負か。受けて立とう、来い」

 

 

姉ちゃんの予測通り過ぎて怖ぇな……。

防御姿勢に入った……ならここからは力比べだ、その斧ごと叩き切るッ!

 

 

息を思いっきり吸い――吠える。

獰猛な獣の如き気迫で化け物へと斧を振り下ろした。

 

 

 

 

うッぉぉぉぉぉぉ゛ぉ゛ッッッ!!!なら、受けきってみやがれェ!!閃・天――撃 ッ゛ッ゛!!!!

 

 

 

 

全身がブチブチと音を立てる。限界を超えた肉体の酷使による筋断裂。

四方八方から針で串刺しにされるような激しい痛みが全身を支配した。

 

だが、構うものかよ。師匠から教わった全てを乗せる。

 

衝突は一瞬。行き場のない衝撃が火花を走らせ、数秒間の拮抗状態を発生させる。

まるで鉱山のダイナマイトが一気に爆破したような爆縮と共に、周囲の草木が薙ぎ倒されていった。

地面は広域に渡って陥没し、木の根っこからひっくり返り、石礫が上空へと舞い上がる。

 

 

「――ぐッ!? ははは!! いいぞ、いいぞッ!! シュタルクッ!!!」

 

 

 

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前髪は浮き上がり全て後ろに流されていく。それと同時に化け物の笑みが深くなった。

 

「ハハハ! そうか、シュタルク! ……戦士の村。あの勇敢な戦士達の身内か!」

 

 

リヴァーレ、どっかで聞いたことあると思ったら。

こいつ、俺の村を襲った魔族か。

 

なら、尚の事負けられねぇなぁ!!

 

 

「あぁ! そうだ――俺はお前を追い返した村一番の戦士、シュトルツの弟だよッ」

 

「なるほどなッ!! 道理で似ている訳だッ!」

 

 

ジャリジャリッッ!!!

 

 

金属同士が悲鳴を上げ、数秒経ってなお途切れない衝撃が絶えず衝撃波を生み出していた。

マズイ……このままじゃ、絶対に斬れねぇ。

 

ぐ、ぐ……っと徐々に斧が浮き上がっていく。

押し返され、て……堪るかよッ!!

 

 

うぉぉぉっぉおお゛ッ゛リヴァーレェ゛ぇぇッ゛!!!

 

 

「シュタルク!! そんなものでは俺は殺せん。もっとだ、懸命に力め、腹の底から叫べ! でなければ……俺には届かんぞッ!」

 

 

クッッソ、こいつやっぱり化け物みたいに強えぇ!?

姉ちゃん――早く来てくれ!? もう三秒以上経つぞ!!

 

徐々に……斧が押し返され……

 

 

 

―――バキンッ!――バッ゛ッ゛ギンッ!!!!

 

 

 

遠くから一気に間近まで聞こえてくる破砕音。

認識が追いつかない連続音、その窓を蹴り砕くような音には聞き覚えがあった。

 

 

――『愚弟……防御魔法ってのはね……足場なんだよ』

 

 

遅かったな……姉ちゃん。

 

背後から馬鹿デカい魔力の塊が近づいてくる。

火花を散らす斧の腹に映し出される夜空。

その中にドス黒く赤い閃光が多角的な直線を描いて向かってきていた。

 

 

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「リーニエ……ここでか。俺を誘導し、狙っていたな」

 

空を飛ぶ魔族の群れが前触れも無く連鎖的に破裂し、血の霧になって消えていく。

閃光は俺達の真上に到達すると左右にジグザグに飛び回り、回転しながら垂直にぶっ飛んでくる。

 

満月を背に、血を吹き散らしながら閃光となった姉ちゃんがハッキリと見えた。爛々と紫に輝く瞳が俺達を見据え、落下する。

 

 

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閃天撃

 

 

 

斧はない。

だけど姉ちゃんは全身を高速回転させながらはっきりと師匠と同じ技を呟いた。

一体どれだけの衝撃が籠められているのかも理解出来ない踵落としが、俺の斧の柄へと打ち据えられる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

その足の背面が少し触れただけで――

 

斧が悲鳴を上げ、かち合う金属同士が断末魔を叫ぶ。

 

暴れる。そうとしか表現出来ない。

意思を持ったように、魚が跳ね回るみてぇに斧が縦横無尽に暴れ出す。

リヴァーレの斧を切り刻みながら刃が食い込んでいく……。

全く未知の感覚、少しでも力を抜いたらどうなるかわからねぇ!?

 

それにこれは……斧を握り込む両手から振動が伝わって……

 

 

ビキビキビキぃッ゛――痛ぅぅぅぅッ!?

 

 

く゛、間接的な余波だ。

なのに……たったそれだけで全身の骨が震え砕いてくる。

ほんの一部なのにッ、なんだよコレ!?

 

 

気合入れろ!――シュタルクッ!

 

姉、ちゃん! わかってるよぉ! だけどなぁ……聞いてないっぞこんなのぉ!!

 

 

キィィィンと音を立てて聞こえていた振動音はいつの間にか聞こえなくなる。

だが確実に振動は生きている。俺の全身の骨を砕きながら、奴の斧を切断していく……いやドロドロに溶かしてやがる。

 

燃えてる……なんだ!? 摩擦か、くそ意味分からねぇ。

腕も全身も痛くて堪らない。熱と痛みで頭がおかしくなりそうだ。

 

おい、俺ッ! ……こんな大事な所で弱音吐いてる場合かよ!?

 

俺は師匠の弟子! 出来る、出来る……出来るんだ。

思い込め、全身をぶっ壊す勢いで思い込むんだ。

 

 

姉ちゃん……俺はなんだ!?

 

「はぁ?愚弟………いや違うね、今のお前は――――最強の戦士だ!!

 

 

そうか! 最強の戦士か!?

ならこのぐらい耐えてやる!師匠なら余裕だろ!なら俺にも出来るはずだ。

 

 

そうか!なら余裕だな!!師匠なら我慢出来るはずだぜ、この程度ぉ!!

 

「そう、最強の戦士なら出来る! 死ぬ気で支えろ」

 

「見事……という他ないな! 何度も口にすれば安い言葉に聞こえるかもしれんが、俺から言える最大限の賛美だ!」

 

 

 

 

 

「「そう/そうかよ……ならさっさとぉ―――死ねぇぇぇッッ!!」」

 

 

 

 

 

 

「ふ、くく、! ならば、お前達の培った技で俺を超えてみせろ。俺を殺してみせろッ……シュタルクッ!リーニエぇッ゛!!!!

 

 

十秒にも満たない、たった数秒の刹那の攻防。

地層は際限なく捲れ上がり、俺達を中心に吹き飛びクレーターと化していく。

 

俺も姉ちゃんもこの化け物も……この一瞬だけは考えていることが同じだろう。ただただ……

 

 

――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッッ!!!

 

 

真っ白な頭の中には暴力性で満ち溢れ、殺意一色だ。

どいつもこいつも目が完全に逝っていた。

 

姉ちゃんの脚からは限界を超えた衝撃が暴れ狂い、血が噴き上がる。

筋肉がぐちゃぐちゃと蠢き、骨はボキボキと粉砕され脚としての原型から外れていく。

 

化け物の斧は既に三分の一が断たれている。

後一秒あれば、こいつの命に俺の斧がかけられる。

だけど……クソ、姉ちゃんがもう保たねぇ、脚が破裂しちまう。

 

 

「末恐ろしいな。だが、リーニエ。限界か」

 

 

眼の前から残念がる声が聞こえてくる。

同時に――パンッと姉ちゃんの片脚が血の霧になって弾け飛んだ。

 

血の匂いが鼻を突く。生温かい飛沫が頬にかかった。

 

姉ちゃんの体が落ちていく。

だけど姉ちゃん……まだ終わりじゃねぇよな。

俺の知ってる姉ちゃんは、こんな所で終わる安い戦士じゃねぇって俺は知ってるぜ!?

 

 

「最後まで私を舐めた発言するね。こんなのはね……――想定内なんだよッ!

 

 

落下していく姉ちゃんが全身を捻る……瞬間、再び特大の衝撃が走り火花が散った。

リヴァーレはニヤリと笑い喜悦満面の笑みを浮かべている。

 

それは拳。

姉ちゃんの血濡れの拳が落下に合わせて叩き込まれていた。

 

俺の斧が赤く色づく……俺達を遮る斧は更に赤く発光し溶け落ちていく。

そしてついに来た。あの不壊とも思えた奴の斧が――折れた。

 

 

大した執念だッ!僥倖、心が踊るなッ――ハハぁ!斧はもう保たんか…お前達の技。今度はこの身で受けきってやろうッ!

 

 

化け物がデカい口を開け、歓喜の咆哮を轟かせ叫ぶ。

 

まだ自分には余裕があると思ってるみてぇだな。

確かに、お前は強い。本当に化け物みたいに強い。

まだ本気は出してないんだろ……だからそんなに何もかもが楽しそうな顔をしてられる。

 

 

だけど悪いな、魔族最強の戦士――

 

 

 

「残念だけど老いぼれ。お前は……」

 

「もう――詰みだぜ」

 

 

 

勢いをそのままにリヴァーレの体に斧を叩きつける。

バキィとガラスを踏んじまった時みたいな脆い感触が伝わってくる。

 

 

「――ハッ! はははッ!! そうか、そういうことかッ!!!」

 

 

 

いくぜ――姉ちゃん!

 

合わせてあげるよ――愚弟。

 

 

 

最強の戦士二人分の力を籠めた戦士アイゼンの技だッ!

もうお前に……――受け止められる訳ねぇーだろぉっ゛!!!!

 

 

「「うっぉぉぉぉ゛ッ゛!!こ、れぇで……終わりだぁ!!

 

 

 

 

 

 

――――『閃ッ天ッ撃ッぃ゛!!!』

 

 

 

 

 

 

バキ――ガリガリガリッ!

 

まるでガラス細工を斬ってるみたいな感触が手を伝う。

そして地面をぶっ叩くつもりで――最後まで斬り通す。

 

荒れ狂う闇の中、閃くは赤い死刃。

 

勢いのまま地面に刃先が衝突した瞬間、地震のような轟音が鼓膜を揺らした。

 

 

衝撃波で地中深くまで引っくり返るみたいに巨石が突き上がり、視界が土煙一色に染まっていく。

俺と姉ちゃんは最早指先一つ動かせなかった。

 

受け身一つとれないまま地面に倒れ伏し、忘れていたかのように荒い呼吸を繰り返す。

喉が焼けるように熱い。

汗と血が混じり合い、肌を伝って土に染み込んでいった。

 

奴がいた場所へと首を回し視線を向けると、あの化け物も俺達と同じように地面に倒れ伏していた。

 

それも――上半身と下半身を切り分けられた状態で。

 

 

「して、やられた。もう少し、楽しみたかったん、だがな……」

 

「勘弁しろよ……」

 

「老いぼれ……さっさと天に召せ。あの世には戦士が一杯いるみたいだからさ、そっちでやってなよ」

 

「そうか。アイゼンの弟子……お前もだリーニエ。魔族最強の戦士が認めてやる……お前達は素晴らしい戦士だ。生涯の誉にしろ」

 

 

そう言い残すと奴は跡形もなく黒い粒になって溶けていった。

いや、誉どうこうよりも……俺達、このままだと死ぬ。そんなことで今喜べねぇよ。

 

 

「不意打ちの戦略勝ちで誉もクソもあるか……」

 

「姉ちゃん……マズイ。死ぬ……」

 

 

血が止まらねぇ……糸が切れた人形みたいに何一つ自由に動かせない。

これは、相当ヤバい。神経、骨、筋肉、全部重症だ、確実に後遺症が出る。

 

 

「私の方が死にそう。片腕片脚欠損、魔力流出で死ぬ」

 

 

姉ちゃんから黒いモヤが見える。

あっちは完璧に致命傷みたいだな、どうすんだよコレ。

普通はこういう時は勝利の喜びとかそういうのだろ……。

 

 

「姉ちゃん……俺達って助かる可能性あるか? 助かっても普通に考えて戦士引退ものだぞこれ」

 

「フルーフが間に合えば即日全快復帰だよ」

 

「……フルーフさん。

 

 

――――――来てるなら早く来てぇ!姉ちゃんも俺も死んじまう!!俺はこんな所で死にたくねぇ!!

 

「ごほぉッ……死ぬ。フルーフ、早く来い。可愛い娘が助けを求めてるんだよ、はよ来い」

 

 

なんだってこんな……ッ!? おぉ~~~い、フリーレンでもフルーフさんでも誰でもいい!?

助けてくれぇ!!! し、死んじまうッ!? 誰かぁ! フェルぅ~~ン!

 

 

あの化け物は倒した。

だけど姉ちゃんと俺は勝利の余韻を味わうどころか、馬鹿でかいクレーターの中心で助けを叫ぶことしか出来なかった。





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