ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第42話▶鎧袖一触

 

 

 

視界一面を覆う霧の魔法。

 

単純な目眩ましではない。魔力探知を上回る精密さで、こちらの動きが読まれている。

霧に含まれた魔力が肌に纏わりつき、湿った冷気が喉の奥まで染み込んでくるようだった。

 

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)

 

 

魔力反応のある位置へと数十発の魔法を放つ。

すると霧の奥で魔法が弾け、相殺される。

 

お返しとばかりに数発の魔法が飛来し、それらを防御魔法で防いだ。

シュタルク様と分かれてから数十分、ずっとこの状況の繰り返しだ。

 

あの短気そうな魔族なら猪みたいに突っ込んでくるかと思ったが、どうやら錫杖を携えた魔族の指示に従っているらしい。

 

 

「魔力消費を狙った持久戦。魔族らしからぬ堅実さです」

 

 

霧に遮られた視界の隙を縫うように、血の刃が迫る。

鉄錆の匂いが鼻腔を刺した。視覚は信用できない。魔力探知のみを頼りに、血液ごと蒸発させる。

 

 

「……小娘。貴様どういうことだ?何故その程度の魔力量でここまで凌ぎきれている?」

 

 

霧の奥、どこからともなく魔族の声が響いてくる。音から正確な位置は割り出せない。

数十分もこの魔力を帯びた霧の中で耐え続けていたせいか、感覚が酷く曖昧になっていた。

 

 

「言っただろうリュグナー。一定以上の実力を持つ人間の魔法使いは魔力量を偽装している。お前は俺の言葉も信じず、その人間にまんまと騙されていた訳だ」

 

「こいつらに恥というものはないのかッ!?これ程までの侮辱を受けたのは初めてだ」

 

「余り呆れさせるな。長年この領地に執着し、人間の魔法使いとの戦いを怠ったお前の落ち度だ。将軍級の配下であれば自然と入ってくる情報だぞ」

 

「煩いッ!何故私が人間如きの低俗な魔法使いへと理解を示さねばならん。その戯言を今直ぐやめろ……虫唾が走る」

 

「一般攻撃魔法如きに狼狽えていた奴の言うことじゃないな」

 

 

魔法の苛烈さが増した。

やはり、あの二人組。魔力量だけでなく戦闘経験の面でも大きな差がある。

 

四方八方から襲いかかる血の刃。あの街の魔族たちは魔力の偽装を当たり前のように行っていたが、普通の魔族にとっては侮辱的な行為として映るらしい。

 

魔力消費を惜しまない猛攻。血の刃に合わせて、霧に紛れた光弾が降り注いでくる。

あのリュグナーとかいう魔族は相当頭に血が登っていて隙があるのに、牽制しか許されない。

もう片方の魔族の動きが、嫌になるほど冷静で的確だ。こちらの動きを先回りして妨害してくる。

 

この魔法の密度は局所的な対処では防げない。

全方位の魔力障壁と一般攻撃魔法の併用で反らし、迎撃する。

 

駄目、魔力消費が激しすぎる。

このままではジリ貧に追い込まれ、嬲り殺されるだけだ。

滞空を止め、城壁の上に着地して魔法を放った。

 

これでいい。今は攻める必要がない。

もう少しで防御魔法に割く魔力は必要なくなる。それまでは耐えるだけでいい。

 

 

「魔力切れが近いな」

 

「どういうことだ?小娘の魔力は先程から変わっていないはずだ……何故そうと言い切れる?」

 

「無知が過ぎるぞリュグナー……。人間の魔法使いが飛行魔法を中断した。それが答えだ。奴の死角が増えた、畳み掛けるぞ」

 

「私に命令をするな。貴様から殺すぞ」

 

「レヴォルテ様が討たれ、実戦での研鑽を積み続けた俺をお前が殺せるとは思えん。止めておけ」

 

 

まずい。あの魔族、想像以上にこちらの事情に詳しい。

人間の扱う飛行魔法の燃費の悪さなど、私自身も使って初めて知ったというのに。

 

 

ともかく、あと少し耐えれば――

 

足元から、ブクブクと湯が沸くような音が響いた。

 

下から。

 

 

「――ッ゛ぅ!?」

 

 

城壁を形作る石垣の隙間、その僅かな隙間から血が高圧で噴き出してくる。

下から上空へと突き抜ける血流を寸前で回避した瞬間、左右、床下の全域から血が噴き出した。

 

防御魔法で全身を覆い、血を弾く。威力自体は大したことはない。

だが、これは今までの固形化された血の刃とは違う。砕けず、途切れることがない。

人間を殺すには十分な威力だ。防御魔法を解除した瞬間、全身をバラバラにされる。

 

おまけに上空からは、もう一人の魔族による攻撃魔法が降り注いだ。

防御魔法に亀裂が入り、修復と共に魔力が凄まじい勢いで削られていく。

 

解析まで、あと数秒。

 

危機的状況でも、負ける気はしない。

 

私は大魔族ソリテール様の一番弟子。

敵に慈悲はなく、一切の容赦もなく、必ず殺し尽くしてみせる。

 

ソリテール様は言っていた。

魔法戦で優位に立ったと自覚した魔族ほど、つけ込みやすいものはない、と。

 

今、さぞかし気分がいいのだろう。

己が研鑽した魔法で相手を蹂躙する感覚。

魔法を誇りとする魔族にとっては、きっと甘美なものに違いない。

 

そしてこの状況、この盤面。

既に勝利を確信しているはずだ。

 

だからこそ、その悦につけ込む。

慢心が覚める前に。

 

殺し尽くす。

 

――対象の魔族二体の魔素解析が完了した。

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)

 

防御魔法を展開したまま、高圧縮の血が噴き荒れる城壁の石畳に向け、範囲を拡大した貫通魔法を放った。

瞬間、魔法は城壁を抉り取り、地面まで到達する。大きな土煙が立ち昇った。

 

血と魔法の雨が一瞬止んだ。

その隙に防御魔法を解除し、隣の城壁へと飛び移る。

 

 

「どうした?苦し紛れに一時凌ぎした所で何も変わらんぞ小娘」

 

「………警戒しろリュグナー。あれ程の魔法使いだ。なにかしてくるぞ」

 

 

直ぐ様追撃せず、得意げに語る魔族。

完全に驕りが出ている。

 

あの神経質そうな魔族はもういつでも殺せる。

絶対強者の驕りを隠そうともしていない。ならば、錫杖を持った魔族から先に殺そう。

 

ハイター様から頂いた杖を空間に収納する。

 

 

「降参か……つまらん。やはりお前たち人間に魔法を扱う者としての誇りは無いようだな。ならば、これで終わりにしよう」

 

「……」

 

「はい、もう決着は付きました。終わりにしましょう」

 

 

手元に杖は無い。だが、降参の意味で仕舞った訳ではない。

ここからは一方的な蹂躙。相手を殺すと決めた時に使う杖は、決まっている。

 

フリーレン様の弟子としてではなく、ソリテール様の弟子として。

魂すら残さず殺し尽くす。

 

フリーレン様にも知られていない、ソリテール様から頂いた杖。

黒い紫電を迸らせ、ずしりと重い金属質な杖が手の中に握られた。

 

月光すら飲み込む黒。

そこに刻まれた、光り輝く不気味な文字列。

チューブが走る先端の球体の中は水で満たされており、中は見えない。

 

だが、その中身を私は知っている。

 

だからこそ、手に伝わる冷たい感触に吐き気を感じてしまう。

あの街で研究され、作成された狂気の産物。

この杖の作成に費やされた、人道から逸れた実験の数々。

 

握りしめた掌から、あの日の記憶が染み出してくる。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――シンビオシスで大規模な式が執り行われてから数日後。

 

 

どこまでも澄み渡る青い海。シンビオシスの白い砂浜を、手を引かれながら歩いていく。

フルーフ様とソリテール様が式を終えてから数日、時折ソリテール様は私を散歩に連れ出した。

 

眼の前の魔族が何を考えているのか、全く把握できない。

だが、この時間は嫌いではなかった。掌から伝わる体温と、素足に当たる海水が心地よい。

 

 

「フェルン、前に上げた杖を出して。フルーフと一緒に良い改善案が出来たから、お手入れしてあげる」

 

 

ソリテール様が振り返り、突然そんなことを言い出した。

杖といえば、あのソリテール様から頂いた不気味な杖のことだろう。

 

ソリテール様からの贈り物ということもあり、夜な夜な練習を重ね、なんとか安定して魔法を放てる程度には使いこなせるようになっていた。

 

あの杖に刻まれた術式は、殺傷能力が高すぎる。

おかげでハイター様にバレて以降は、人前での使用を固く禁じられていた。

だが代わりに、ハイター様から新しい杖を贈ってもらえた。むしろバレてよかったのかもしれない。

 

確かに今は普段使いしていないが、少なくない時間を共に過ごした愛用品であることに変わりはない。

いかに贈り主であろうと、拒否させてもらう。

 

 

「結構です。今ですら十分に扱いきれないのですから、手を加えて頂く必要はありません」

 

「大丈夫。今回は更に使いやすくて画期的なアイディアが浮かんだの。クヴァー……いいえ、フルーフが張り切って案を詰めたものだから、気に入って貰えるはず。それに拒否権なんてあると思う?」

 

 

何かを言いかけて訂正した。この街の魔族の一人だろうか。

それにあの人も関わっているとなると、絶対に碌な案ではない。

 

 

「脅しですね……。もともとソリテール様からの頂き物ですし、返して頂けるのであれば好きにしてください」

 

 

お願いではなく師匠からの命令なら、従う他にない。

収納していた真っ黒な杖をソリテール様へと手渡した。

 

受け取ったソリテール様は状態を確認し、私の頭を撫でてきた。

その動作はどこか淡々としていて、温もりよりも観察しているような印象を受ける。

手入れが行き届いていると褒めてくれた。

 

嬉しい気持ちと同時に、思い出の品を取り上げられた悔しさがある。

素直に喜ぶことができず、つい頭を撫でるソリテール様から顔を逸らしてしまった。

 

 

「……あぁ、成る程。これは私が悪いわね……えぇ、ごめんなさい。人間の感情を先読み出来る程、私は心の機微に深く理解を示せていないの。だけどその反応を見れば感情は察せられるわ。大丈夫……思い出というものは大事だもの、丁重に扱うわ」

 

 

どうやら、ソリテール様にも察せられる程度には感情が表に出てしまっていたらしい。

ソリテール様の口から紡がれる謝罪は、どこか口先だけで、感情が籠もっていない。

ハイター様の口にする謝罪とは全く違う、空虚なものだった。

 

そこまで察してくれるのなら、杖を返してもらえないだろうか。

そんな謝罪をされても、虚しくなるだけだ。

 

 

「そこまでわかるのなら返してください」

 

そんな私の小さな訴えを、ソリテール様はニコリと笑顔を浮かべて否定した。

 

「嫌。私はフェルンの感情に寄り添う為に感情を理解しようとしている訳ではないもの。相手が悲しんだからといって、私自身の行動を変えるなんてことはしないわ」

 

「ソリテール様はやっぱり魔族ですね……考えが非人間染みています」

 

 

私はまだこんなに小さい子供なのに。

ソリテール様はやはり本質的には魔族で、人間相手には容赦がない。

 

 

「ふふ……言うね。だけど尊重することは出来る。貴女の成長に私は興味があるの……子供の健やかな成長を邪魔するだなんて大人のすることじゃないわ。覚えてる?魔族の言葉は信用出来ない。だけど……」

 

「相互利益を得られる内は信用出来る。何故なら魔族は自己保身と自己愛の塊だから……でしたか?」

 

「そう、偉いわ。いつ裏切るかもわからないけど、その魔族にとって得難いものを与え続けている内は、人間とも一定の信頼関係を築くことが出来るの」

 

 

過去にそういう魔族がいたのか、ソリテール様の口調は妙に実感が籠もっていた。

一瞬、あの変態とソリテール様のことかと思ったが、アレは信頼関係だとかそんなさっぱりとしたものではない。

 

もっと複雑でドロドロとしたもの。

子供の私には把握しきれない、把握しない方がいい類のものだろう。

 

「よくわかりません」

 

それ以前に、人間と魔族の利益関係がどういったものか見当もつかない。

言葉の上では飲み込めても、魔族が欲しがるものを提供し続ける、そんな光景を私は想像できない。

 

皆が言っている。

魔族と人間の完全な相互理解は不可能だと。

なら、欲しがるものを見抜いて提供するなど、無理ではないか。

 

 

「まだ子供だもの。私の所で面倒を見ている子達より余程頭はいいから気にしないで。ただ、貴女の成長を心から願っている。それだけ。だから無意味に傷つけたり、その心を踏みにじったりしないわ」

 

 

何を考えているのか、全く見通せない。

あの変態なら、ソリテール様の考えを把握できるのだろうか。

 

 

「それならソリテール様のしたいようになさって下さい」

 

「えぇ、平和的な相互理解は済んだ所だし、杖の改善案を聞かせてあげる」

 

「今でも十分かと思いますが、これ以上一体なにをなさるおつもりですか?」

 

「フェルン、魔法にとって一番大事なものは何だと思う?」

 

 

まだ本格的に学べていない私に、この質問をする意図は何だろう。

難しい答えを求められている訳ではない。答えはきっと、凄く単純なもの。

 

 

「術式への理解、魔導書、魔力運用……いえ、最も大事なのは魔力量とイメージ……でしょうか」

 

どうやら正解だったのか、ソリテール様は笑みを浮かべると、再び私の頭を撫でてきた。

 

「そう、イメージ。いくら強大な魔力を持とうと、イメージが伴わなければ意味は無いの。獄炎を水滴で消せるというイメージを信じ込めば、それは現実になるわ」

 

 

魔族的に、その発言は大丈夫なのだろうか。

確か魔族にとって魔力量は、人間で言う所の資産や権威を示すものだったはず。

 

 

「理想論です。言葉で表すのは簡単でも、それらを実際に反映させるのは……不可能です」

 

 

私も一度は考えたことがある。イメージ次第で相性を覆せるのではないかと。

だが、それはすぐに不可能だと悟った。

どれだけ壮大なイメージを抱こうと、現実を直視すれば、そんな空想はすぐに打ち砕かれる。

 

例えば大波を小さな火で蒸発させる。

簡単なイメージはできる。ならばと実際に大波の前に立って、なおそのイメージを完璧に保持できるかというと……不可能と言う他ない。

 

 

魔力を鍛えて出力を上げ、大波を吹き飛ばす方が余程現実的だ。

 

 

「えぇ、燃え盛る炎を前に水滴で鎮火させるイメージだなんて誰も持てないわ。それは思考する頭があるから。どれだけ完璧なイメージを保っても、脳が思考する限り、イメージに雑念が混じるの。少しの疑念、疑い、非現実性。そんな現状を思考し続ける脳が、イメージを使い物にならなくする。矛盾を抱えたイメージなんて、魔法を弱めるだけの要素でしかない」

 

 

言っていることは納得できる。

切断系統をどれだけ出力を上げて放っても、絶対に切れないというイメージが頭に焼き付いていたら、不完全だ。

完璧な術式、完璧な魔力運用、完璧な指向制御。

そんな最上の技術を持ってしても、曖昧なイメージ一つで全てが腐り堕ちる。

 

 

「魔族もイメージを大切にするのですね」

 

「残念だけどしないわ。フェルン……貴女は呼吸したり、歩いたりする時に、態々全身の動きを細部まで意識するかしら?魔族は息を吐くように使うから、人間の常識である理論なんて思い浮かべたことすらないの」

 

 

なんだそれは、ずるくないか。

私達は頭を使って一歩一歩全身を動かす必要があるのに、魔族は何も考えず動き回れるようなものだ。

魔族が凄いと言われる理由がよくわかる。そんなの、絶対的な差が生まれるに決まっている。

 

 

「ではソリテール様も?」

 

「私は子供達への教育の一環と実益を兼ねて意識しているわ。以前リーニエが兵士相手に言っていたの。相手を殴る時は全身の力の流れをイメージして殴る、そうすれば無駄なく衝撃が伝わって威力が増すって。だから私も気まぐれに試してみることにした……そしたら本当に威力が上がったの。魔族にはない視点……まさに種族の驕りが招いた盲点ね」

 

 

この方、これ以上強くなってどこを目指しているのだろう。

次の魔王でも目指しているのだろうか。

 

 

「ここまでイメージの話をするということは……あの杖にイメージを補強するなにかを施すのですか?」

 

「えぇ。何者にも揺るがない強固なイメージこそが全てを凌駕する。状況に応じて揺らぐ、不安定な術者のイメージに頼らない魔道具。常に相手の概念の上をいく最良のイメージと共に放てる杖。どう、面白いでしょ?」

 

なんて答えたらいいのだろう。全てが未知で、対応しきれない。

 

「そんなものが本当に出来れば確かに凄く便利かと思います……。ですが、術式や指向性、威力の向上を補助するのとは違います。そんなもの聞いたこともありません。本当に可能なのでしょうか?」

 

 

術式を刻む。補助機能を付ける。増幅させる。

この街の店で並んでいる杖には、そういったものが多く見受けられた。

だが、イメージ補助など聞いたこともない。

 

 

「心配しないで。フルーフとの実験である程度成功例も確認出来ているわ。ただ安定稼働にはもう少し実験を繰り返さないといけないから……貴女の手元に返すのは数年後」

 

「それは構いませんが、それ程複雑なことをなさるのですね。一体どういった方法を使ってイメージを刻むのでしょうか?」

 

 

「刻む?あぁ違うわ……

 

 

――脳味噌を使うの

 

 

 

話をしていたはずなのに、何故突然、脈絡もなく脳などと言い出すのか。

理解を拒むように、頭が真っ白になる。

 

 

「――は?今、脳って言いましたかソリテール様」

 

「えぇ、言ったわ。イメージの根源は生物の脳。だから――直接使ってみたら面白そうだと思ったの。フェルン……知ってるかしら。生きた生物の脳には、其々特定の役割を司る部位が存在するの。そこに微弱な電を流すと、意思に関係なく嬉しくて泣いちゃったり、悲しくて嘔吐を繰り返したり、様々な反応を見せてくれる」

 

 

イメージ、脳味噌、電。

話の流れで見えてしまった。

 

赤黒く温かい血の沼。

かつて故郷で見た、血と臓物の山が頭を過る。

 

「……ぅ」

 

ほのかな高揚と、お腹の中から何かが迫り上がってくる感覚。

 

 

「だから私はこう考えた。イメージを阻害する邪魔な部位、脳の思考する部位を切り離して、想像を司る部位だけを切り取ったのならば。素晴らしく透き通ったイメージのみを残せるんじゃないかって」

 

 

彼女は美しい砂浜で、歌うように悍ましい実験の数々を語る。

あらゆる年代の人間や生物を実験台にしていた。人間、魔物、家畜、海洋生物。

最適な素材を見出す為にしてきた苦労話を、まるで世間話のように聞かせてくる。

 

この街で充実した暮らしを楽しむ人達の顔が思い浮かぶ。

本来死んでいるはずの街の人達。その全てが、街で平和に暮らしている。

腑に落ちない生理的な不快感。その現実とは思えない矛盾した現実に、耐えられない。

 

 

「……ぉぇ」

 

「全部手探りだったけど、この数年で実験も随分進んだわ。記憶へのアプローチとして一度精神を壊して、空っぽの脳にイメージを刷り込んだり、杖に組み込む為の電極や電の研究。発動に最適な脳部位の選別なんてものもして……?どうしたのフェルン。体調が悪そう」

 

「ぅぷ……わ、私の杖に、その、脳を入れるつもりですか?」

 

「そう。貴女には道半ばで死んで欲しくないの。これがあればきっと役立つわ。貴女への親愛の証明。これはそう……私の弟子である貴女へのプレゼント」

 

 

拒みたい。だが、この魔族の言葉に嘘がない。

ハイター様が私に向けるような、感情の籠もった言葉だ。

 

それを、私は拒むことができなかった。

 

「だ、誰の、脳を入れるつもりですか?」

 

そんなの決まっている。あの人、フルーフ様の脳だろう。

何を言ったらいいかわからず、そんな当たり前の質問をしてしまう。

 

 

「ふふ、勿論

 

――私の脳をあげるわ

 

 

は。え、ソリテール様の脳。

 

フルーフが複製して作ったものだけど、と続けるが、耳に入ってこない。

幼い私には、人間の子供には、その純粋なまでの狂気に耐えられなかった。

 

 

「ぉぇ……ぇ、げほっ、ぅう」

 

「……これはどういう感情?喜んでくれると思ったのだけれど。ごめんなさいフェルン、私にはまだその感情がどういうものか咀嚼できないわ。だけど苦しそう。安心して、私がいるわ」

 

 

ソリテール様に抱きしめられる。温かい。

その胸の中で、安堵と生理的な嫌悪が渦巻いて止まらない。

 

死臭がする。耐え難い死の気配。

だが、これこそが私の全てを掬い上げてくれた象徴。

 

私は既に知っている。この世は理不尽であり、常に不運と隣り合わせ。大事な人達を守りたいのならば、手段など選んでいられない。殺される前に殺す必要がある。

 

だからこそ私はきっと、これだけ嫌悪を示しながらも、いつの日か届けられる狂気の産物を、何の抵抗もなく手に取るだろう。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――あの日の記憶が、一瞬で脳裏を駆け抜けた。

 

手の中の杖が、微かに脈打つように振動している。

魔力を流すと、球体の中で禍々しい電気が弾けた。

 

何も見えない霧の先。

杖に導かれるまま、指向性を定める。

 

複雑な術式もイメージも必要ない。

必要なのは明確な殺意と魔力だけ。杖へと魔力を込め、放つ。

 

 

 

■■を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

 

杖全体から黒い閃光が一瞬弾け、球体の先からドス黒い光が霧を掻き消しながら奔った。

 

「あの小娘……一体なにをしている?」

 

「俺の霧の中で把握出来ない動きは無い。どうやら杖を持ち替えたよう――は?」

 

「急所を外しました。『■■を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

霧をくり抜くように空いた円形状の穴。

その先に、右肩が欠損した魔族が見えた。続けて二発、三発と打ち込む。

 

魔族に焦りは見られない。冷静に防御魔法で対処してきた。

やはり強い。だが、防御は無意味だ。

 

相手の防御魔法へと黒い閃光が触れた瞬間、ドロリとその形を失い、魔族の両腕を吹き飛ばした。

焦げた肉と魔力が混ざり合う異臭が、風に乗って鼻腔を刺す。

 

 

「――これは、馬鹿な。魔力そのものが分解されている。………悪いがリュグナー……俺は逃げる。お前も早く逃げろ」

 

「一体何を言っている!?説明しろ!」

 

「あの女……俺の霧の中にいながら、術式をまるで感知出来なかった。あれは魔法ではない、『呪い』だ。そしてお前との相性も最悪だ」

 

 

状況判断が早い。

まさか数発で撤退を決断するとは。

だが、安心した。確実に仕留めるための準備が、無駄にならずに済みそうだ。

 

錫杖を持つ魔族は、隣の魔族へと最低限の言葉を掛けると、全速力で飛び去っていく。

 

 

「逃げるにはもう遅いです。術式起動……ローゼンの橋」

 

 

この杖の機能は、単純な改良型ゾルトラークだけではない。

戦闘継続時間による解析情報の蓄積。相手の魔力の解析状況に応じた応用が可能となっている。

 

 

私がこの杖を使うと決めた以上、逃がしはしない。

 

 

「空間を認識……対象を視認……時空構造解析……魔素解析……完了」

 

 

術式の稼働と共に、球体の中で数回電流が走った。

不純物の存在しない、一定条件下に忠実で明確なイメージが練り上げられていく。

 

眼の前に魔法陣が現れた。私はその中央に向け、杖を構える。

 

 

「終わりです。『■■を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

杖から放たれた光線は魔法陣へと吸い込まれ、消えた。

同時に魔法陣も掻き消え、私は逃亡を試みる錫杖の魔族へと視線を向けた。

 

瞬間――魔族の男に追従するかのように、虚空から魔法陣が出現した。

先程放った黒い閃光が溢れ出す。魔法陣から放たれた光は魔族の全身を飲み込み、分解し尽くした。

 

 

断末魔すら上げる暇はなかっただろう。

塵一つ、血の一滴すら残さず、消滅していた。

 

霧が晴れた。術者が死んだ証拠だ。

確実に仕留めた。

 

残すは、あと一体。

 

 

「貴様……一体なにを――うぐぅ!?」

 

口を開ききる前に放ち、残った魔族の脚を狙い、消し飛ばした。

 

「言ったはずです。もう終わりだと」

 

「小娘……なんだその魔法は?貴様……本当に人間か?」

 

 

遠くの方から戦闘音が鳴り響き、土煙が上がっている。

シュタルク様であれば、あの程度は平気だろうが、早めに終わらせた方がいい。

 

魔族は失った脚を血で補い、宙へと浮かび上がった。

私を睨みつけている。どうやら逃げるつもりはないらしい。

 

魔族は血を何層にも固め、球体状の防壁を構築していく。

幾重にも幾重にも固められた巨大な血の球体。生半可な魔法では、びくともしないだろう。

だが、今の私からすれば、良い的でしかない。

 

当然、反撃の一手は考えているのだろうが、既に詰みだ。

 

 

「『飽和戦術(Worm Smasher)』。包囲陣展開」

 

 

再び迸る数度の電流と共に、無数の魔法陣が現れた。

その全てに、数十、数百と打ち込み続ける。

 

魔法陣の限界数まで打ち込み続け、魔法陣が消えたのを合図に杖を下ろした。

消えた膨大な数の魔法陣。それらが血の防壁を取り囲むように、次々と空中に現れ、包囲していく。

 

 

完全に魔族を包囲すると同時に、雷のような黒い火花を散らせながら、魔法陣が唸りを上げた。

 

 

終わりだ。

 

 

「死ね――■■を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

【挿絵表示】

 

 

一斉に放たれた光が、目を覆う程の黒い閃光を弾けさせ、轟音を打ち鳴らす。

鼓膜を叩く衝撃波。肌を焼くような熱気。夜空を黒く染め上げた光が晴れた先には――文字通り、何も残っていなかった。

 

魔族のいた痕跡も、血の一滴すら残さず、消滅していた。

 

杖を収納し、その場に座り込む。

石畳の冷たさが、火照った身体に心地よかった。

 

 

「シュタルク様の手前、余裕ぶってしまいましたが……流石に格上を複数人同時に相手にするのは疲れる」

 

 

小さな傷は負ったが、致命傷はない。だが余裕とは、お世辞にも言えない戦いだった。

遅れてどっと疲労がやってくる。一瞬の油断で死んでいたのだ。精神的には、かなり消耗していたらしい。

 

シュタルク様には申し訳ないが、ある程度魔力が回復するまで、もう少し……自力で頑張ってほしい。

 

夜風が頬を撫でた。

遠くで響く戦闘音を聞きながら、私は荒い呼吸を整えることに専念した。

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