ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第43話▶人間性MAX

 

 

 

――避難所の教会屋根上。

 

 

前方に悠然と浮かぶ白い影。

 

燃え盛る民家が放つ橙色の光に照らされ、そのエルフの輪郭が夜闇に浮かび上がる。

炎が爆ぜる音、崩れ落ちる梁の軋み、遠くで上がる悲鳴――それらの全てを背景に、彼女は静かにそこにいた。

 

見間違えるはずがない。

 

葬送のフリーレン。

 

魔族殺しなどという物騒な異名を持つエルフ。

戦えなくはない……だけど、状況が悪すぎる。

 

最悪、今すぐこの場を離れる必要がある。

フリーレンにとって私は数多いる魔族の一匹でしかない。

 

魔族である私が教会の人間を守っているなんて、考えもしていないはず。

交戦にもつれ込んで魔物が殺されれば、防衛線は一瞬で瓦解する。

 

それだけは避けなければならない。

 

教会にも城にも、私の仕事仲間や見知った領民が大勢いる。

背後に潜む大魔族を一網打尽にするためとはいえ、ここまで状況が悪化するまで見過ごしていたのは私達だ。そのせいで彼らが殺されるだなんて、気分の良いものじゃない。

 

それに――なんだかんだ未だに勇者気分が抜けきらない旦那の曇り顔なんて見たくないのよね。

元・最強の勇者の妻として、この場はなんとしても守りきらなければいけない。

 

その為には……まずはそう、話し合いが必要。

 

この非常時。いくらフリーレンでも、私が魔族と敵対状況にあることは理解してくれているはず。

上手くいけば戦闘は避けられる。教会の中で控える衛兵も私の味方……説得の余地は十分ある。

 

猟犬の背に跨ったまま、フリーレンに向けて両手を上げた。

降参のポーズ。口元には余裕の笑みを浮かべてみせる。

 

ふふ、人間として少しでも良識があるなら、いくら一度敵対した相手だからといって、いきなり魔法を撃つことなんてできないでしょ。

 

 

「聞こえてるかしらフリーレン、そのままの状態で聞きなさい。私達には言葉があ――ッ!? う、嘘でしょ……話し出す前に魔法を撃つなんて正気なのかしら?」

 

 

青白い閃光が視界を灼いた。

 

空気を引き裂く高周波が鼓膜を打ち、熱と衝撃が頬を掠める。

咄嗟に展開した防御魔法が悲鳴を上げ、掌に伝わる反動で腕が痺れた。

 

私だけじゃない。

猟犬の数に合わせて、連続で魔法が降り注いでくる。

 

危なかった。

信頼関係を築いている貴重な子達を失うところだった。

 

 

これで説得の余地は消えてしまった。そもそも初めから、向こうは話を聞くつもりなど全くなかったようね。口を開く前に魔法を撃ってきたのがいい証拠。

 

ここからは、ほんの微かな選択ミスも命取りになる。

 

城と教会周辺の守りを薄くすることはできない。

制空権を維持し続けている魔物達も、地上を守る魔物も動かせない。

 

 

なら、私が命がけでフリーレンの気を引くほかに選択肢はない。

 

全く……なんなのよあのエルフ。

私がこの厄災の元凶である大魔族とでも思い込んでいるのかしら。

 

跨る猟犬の背を撫でながら、即興の計画を組み立てる。

今この場を離れることへの不安はある。

魔物の制御を誤れば防衛線に穴が開いてしまう。

 

ならいっそ……この子達に統率を任せてしまってもいいかもしれない。

 

自身が跨る一際大きな猟犬と、その周りにいる六匹の黒い猟犬を見渡す。

背後に控える猟犬の大群は襲撃に備えて引き入れたものだけど、この子達は違う。

南の勇者と暮らした洞窟からの付き合いだ。頭が良く、私のやり方をよく理解してくれている。

 

 

「貴方達はここを守って……他の魔物の統率を任せるわ」

 

「グルゥゥゥ……ガウ!」

 

 

六匹の猟犬の母親である彼女が、私の命令に念を押すように低く唸り、それから鋭く吠えた。

 

 

「「「「「ガウ!ガウ!」」」」」

 

 

それに応えるように、子供達が一斉に声を上げる。

任せろと言わんばかりに力強く頷き、母と主人である私に忠誠を示していた。

 

 

「流石はお母さん、利口な子が持てて羨ましいわ。それと、悪いけど貴女にはあのエルフからの逃亡劇に付き合って貰うわ」

 

「グルゥ……」

 

喉の奥で低く鳴らす声。了承の意思表示。

 

「全部終わって、私も貴女達も生きていたのなら、なんでも奢ってあげるわ。養殖の牛なんてどう?」

 

 

付き合わせて悪いわね、私は基礎能力が全面的に直接戦闘向きじゃないのよ。

ただ飛んで逃げているだけじゃ蜂の巣にされて一瞬で殺される。だけど貴女がいれば、少なくとも機動性の面でフリーレンを上回ることができる。

 

千年以上生きて魔力鍛錬も欠かしていないのなら……魔力量も単純計算で倍以上は違う。

ほんと、嫌になる。

 

 

「それじゃ――後は任せたわ」

 

 

猟犬の背を叩くと、彼女は一瞬で地を蹴った。

 

教会の屋根から飛び降り、猛スピードで地上を駆け抜ける。

風が頬を切り裂き、毛皮の温もりが太腿の下で躍動するのを感じた。

 

最悪の想定は、私を無視して魔物の処理に回ること。

だけど、その杞憂は無駄だったわね。

 

私が動き出すと同時に、フリーレンが此方に向かってきた。

 

流れ弾も警戒しながら、あの場からできるだけ距離を離す必要がある。

フリーレンの視界から振り切れすぎず……魔力消費を促すように立ち回る。

 

 

「天秤による感覚共有を絶えず行うから、回避は貴女に任せるわ。大丈夫よこの辺り一帯の魂は私の掌の上だから」

 

「ガウ!」

 

短く鋭い返事。言葉はなくとも、『任せろ』という意志が伝わってくる。

 

隷属させた魂に対しての視覚共有と感覚共有を、この辺り一帯の魂に強いる。焼け爛れる悲鳴、荒廃した地への嘆き……様々な負の感情が濁流となって流れ込んでくる。

 

大丈夫、私に任せなさい。私の信条はギブ&テイク。

 

積極的に協力してくれるなら、私も以前と同じ平和な街になるよう全力で手伝うわ。

だからあの暴れん坊のエルフ、彼女から意識を逸らさないで。

 

天秤越しの意思疎通により、一瞬遅れて感覚が鋭く、鋭敏に広がっていく。

強制的な感覚共有では得られない情報が、絶えず流れ込んでくる。

 

感謝するわ、交渉成立ね。

 

濁流のような情報の波。

その中から不要な情報を遮断し、選別しながら猟犬の感覚と同期させていく。

 

背後で空気が焼ける音がした。

 

青白い貫通魔法の連射が、耳をつんざく高周波と共に途切れることなく降り注いでくる。

毛皮を掠める度に焦げた匂いが鼻をつき、猟犬の筋肉が私の太腿の下で緊張するのがわかった。

 

猟師に狙われる獣の気分ね。

 

でも残念、当たってやらないわよフリーレン。

 

私の魔法は直接戦闘には不向き。

不意打ち上等、遠距離での撃ち合いも得意――貴女みたいな相手とは相性最悪。

だけど格下殺しと補助なら、誰にも引けを取らない。

 

……ほら、またハズレ。

 

 

「どう?当たる気がしないでしょ?」

 

「ガウガウ!!」

 

 

猟犬が得意げに吠える。

その声に応えるように、私は口角を上げた。

 

魂の操作といっても色々。見えているかしらフリーレン。

 

地に生えた雑草、騒音に逃げ惑う虫の羽音、遠くに見える木々の葉……これらは全部小さいけれど確かな生命。魂を宿した一つの命。

 

それら全ての感覚を統合して、魔力探知のような探知機能として共有したなら……どうなるかしら。

 

 

「はい……ハズレ」

 

 

ありとあらゆる場所から貴女の動きが伝わってくる。空気を震わす呼吸のリズム、杖を向ける動作、魔法が放たれる瞬間まで――全てが認識よりも早く、感覚として伝わってくる。

 

追尾性能のある魔法、広範囲を焼き尽くす魔法、大地を操る魔法……ふふ、やれるものならやってみなさいフリーレン! 家の子は最強なんだから!

 

あらゆる魔法を猟犬は躱し、乗り越え、飛び回って回避する。

遠心力に身体が振り回され、急旋回の度に内臓が置いていかれそうになる。

それでも彼女は一度も足を止めない。

 

教会はもう粒のように小さく、かなりの距離が稼げていた。

 

このまま逃げ続ければ、いかにフリーレンであろうと魔力切れを起こすはず……

 

――いえ、なに? この違和感。

 

 

「………これは。いくらなんでも、おかしいわ。こんな簡単に……あり得ない、相手はあのフリーレンよ」

 

「ガウ?」

 

猟犬が小首を傾げるような仕草と共に、喉の奥で疑問符のような音を鳴らした。

 

「狙いが雑すぎるわ、立ち回りもどこか可怪しいのよ。それに……なに? 一人で何かボソボソ言って……」

 

 

お母様が酔っ払いながらアイツなら千里先まで的を撃ち抜くと言っていた腕はどうしたの?

フリーレンに劣等感を持っていて大げさに言っていたのは知ってるけど……いくらなんでも私が掠り傷一つ負っていないのは可怪しいでしょ。

 

それに……一体誰と話しているわけ?

 

フリーレンの付近の魂へと感覚共有を強める。

 

「……に、……また……よ」

 

地面を這うネズミを対象にしたせいでよく聞こえない。

ネズミの身体を操作して近づけて……なんとか、聞こえてきた。

 

さっきから一体何を一人で呟いているのよフリーレン?

 

 

「アイゼン、そっちに行ったよ……ヒンメルは向こうから追い込んで、あ、また逃げられた」

 

――っ。

 

息が、止まった。

 

ヒンメル。

 

既にこの世にいない名前。

彼女が今見ているのは過去の亡霊……いえ、誰かが見せている甘美な幻。

 

 

「へぇ……そういうこと。まさかフリーレンがね、これは想定していなかったわ」

 

 

口元が引き攣る。

掌に爪が食い込んでいることに、今更気づいた。

 

幻覚魔法に囚われた術式の痕跡は無し……呪いね。

 

 

あれは間違いなくグラオザームの『楽園へと導く魔法(アンシレーシエラ)』。

それもかなり意識の深くまでやられている。

 

仲間と楽しく旅をしながら魔族を倒す……そんな楽しい幻想の中に囚われているってわけかしら。

私はその中の魔族役。どおりで他の魔族を狩りにいかないわけだ。……それはそうよね、私の周り以外見えていないんだから。

 

最低最悪の気分。

よくもこんな……巫山戯た真似を、私の前で仕出かしたわね。

 

私がどうしてシュラハトを殺したか、本気で理解できていないのかしら。

それとも嫌がらせかしら?

 

これが挑発のつもりなら……凄く効いたわ。

シュラハト同様、本気で殺したくなる程にね。

 

 

 

驕ってんじゃないわよグラオザーム

 

 

 

「ねぇ、止まって」

 

「ガぅ」

 

 

猟犬が足を止めた。本当に素直な子。

私の面倒くさい性格を、言葉もなく理解してくれている。

 

猟犬の背から飛び降り、空に佇むフリーレンを見上げる。

 

 

「すぅ……はぁ……こんなの合理的じゃないわ。このまま逃げ続ければそれで全部上手くいく……一時の感情で全部台無しだなんて……有り得ない。だけどね……私はどうしてもこういうのは駄目なのよ。一生懸命頑張ってくれてる南の勇者には後で謝るわ、今は本当に……我慢ならないの」

 

 

ここまで苛ついたのは、神様気取りのシュラハトに駒扱いされていた時以来。

 

殺したくて堪らない。

 

こんな状態のフリーレン相手に得意げになっていた私自身の自惚れに怒りこそあれ、フリーレンに怒りは無い。

ただ……人形遊びみたいに糸を引いているクズには、殺意が抑えられない。

 

人間としての私が叫ぶ――この非道を許すな、と。

 

魔族としての本能が囁く――気に入らない奴は殺せ、と。

 

 

矛盾しているようで、今この瞬間だけは完全に一致していた。

 

私の魔法の本質は支配。

だから本来、グラオザームの魔法に嫌悪を覚える理由なんてないはず。

……なのに、吐き気がする。どうしようもなく、許せない。

 

天秤なんて公平を象徴する呪いを発現したせいでこんなにも腹が立つのかしら。

それともお母様の教育の賜物?

 

このまま見過ごしても問題は無い。

だけど既に私の心の中の天秤は傾ききった後……ここから傾くことなんてない。

 

私の魂が訴えかけてくる。

命に代えても、この不平を正さなければいけない。

 

 

「陰でコソコソやるならまだしも……私の前で……。これはやってはならないことよグラオザーム」

 

 

誰にだって忘れられない思い出がある。時には現実を忘れて浸りたい黄昏があるのよ。

決して侵してはならない、魂を癒やす尊い記憶がね……。

 

グラオザーム、貴方は今そこへ土足で踏み込んだ挙げ句利用している。

私を殺すだなんてちっぽけな些事で汚しているのよ。

……魔王軍にいた頃は私と違って優しい魔法だって思ってたけど。

 

このクソ野郎……最低に趣味の悪い魔法ね。

お母様の友達に舐めた真似してんじゃないわよ。

 

 

「いいわ……。フリーレンを差し向けてきた貴方の思惑通り戦ってあげる。この戦いから私は逃げない」

 

「………」

 

「それとフリーレン。聞こえていないでしょうけど、今から貴女の頬に一発入れるわ。その不快な幻想ごと魂を叩き起こしてあげる。まぁ……友達の娘のオイタってことで許して頂戴」

 

 

逃走ではなく正面きって戦うのなら、猟犬では不十分。

雲の上で惰眠を貪っているお爺さん……久しぶりに仕事をして貰うわよ。

 

 

 

「ヒンメル………上から来るよ」

 

 

「聞いてるかわからないけど。グラオザーム、これは私とお前との戦いなんかじゃないわ」

 

 

 

私が私である為の……人間としての秩序を突き通す戦いであり、お母様の友達をこれ以上汚させない救出戦よッ!

 

 

 

 

来なさい――リントヴルム!!

 

 

 

 

Gu■■■…GYAAAAAAAAAッッ!!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

轟音が世界を揺らした。

 

合図と共に雲が割れ、開戦の狼煙が上がる。

上空から叩きつけられる風圧に髪が激しく煽られ、気圧の変化で耳の奥がキンと痛んだ。

 

グラナト領を覆っていた雲が吹き荒れ、月光を遮っていた灰色の幕が引き裂かれていく。

 

その裂け目から姿を現したのは、古龍。

咆哮が空気を震わせ、地上の瓦礫がびりびりと共鳴する。

全身が風を叩く度に突風が吹き荒れ、立っているだけで身体が押し戻されそうになった。

 

フリーレンへと向けて、巨大な龍の牙が迫っていく。




大怪獣バトル勃発、リングはグラナト上空。

グラオザーム「いけフリーレン!かつての仲間達と共にアウラを打ち取るのだ!」


フリーレン「ちょ…皆集中してよ、さっきから素通りさせすぎだって。はははは」


アウラ(人間性フルスロットル)「おいおい…もう殺すしかなくなっちゃったよ」
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