ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第44話▶場外乱闘

 

 

 

月光を遮る曇天の夜空が世界を震わす咆哮と共に吹き荒れる。

伯爵領の上空には収まりきらないトグロを巻く長い蛇が泳ぎ、地上には異様な陰が走り蠢いていた。

 

ギラギラとした青銅色の鱗を輝かせるソレの正体は龍。

人間、魔族、魔物、この地に集う全ての生命がその偉容を仰ぎ見て言葉を失う。

 

龍は瓶底眼鏡をかけた給仕服姿の間抜けな主を見据えた後、空を舞うエルフへと視線を移す。

 

真紅の玉石の如く輝く瞳の中に捉えられたエルフには怯えも気負いすらもなく……ただただ楽しげに笑みを浮かべていた。

 

巨大な龍はアウラに命じられるがまま従う。

 

咆哮のままに主の敵であるフリーレンへと天空から牙を輝かせ襲いかかる。

 

 

――リンドブルム、ここで本格的に暴れては駄目よ。被害が大きすぎる……一瞬隙を作るから街の外に叩き出して。

 

 

リンドブルムを運用するにあたって、アウラが懸念する最重要事項は一つだけ。

その巨体故の無自覚に撒き散らす自然災害に等しい暴威。

 

こんな街中で暴れれば甚大な被害どころか全てが風に攫われ更地となることは確実。

だからこそ真っ先にすることは戦場を変えること。

 

幸いにも、リンドブルムのデメリットを気にすることなく戦える広大な高原が、グラナト伯爵領周辺には広がっている。

 

この初手が一番重要だ。

 

アウラは動員可能な手持ちの魔物を地中から手繰り寄せ招集する。

フリーレンが龍の咆哮により視線を奪われた。その一瞬の隙をついて地面が盛り上がり、三体の中型魔物が姿を現す。

 

混沌花の亜種……それも別種を三体。

 

本来は大魔族対策として用意しておいた貴重な魔物。

魔法ではなく特異な花粉を操るこの魔物は、一度術中に嵌めれば並大抵の存在では意識を保つことすらできない。

 

睡魔、狂乱、神経毒、それぞれ独立した進化を果たした異形の花達。

それらをアウラはフリーレン相手に惜しみなく投入する。

 

 

「やりなさい」

 

 

混沌花から粒子が散布されていきフリーレンを包み込もうと宙へと登っていく。

月夜に輝く美しい銀色の粒子が舞い上がる、しかしそれも上空を数秒彩った後に黒い粒子に変色し溶けていく。

 

――まぁ、こんな手であっさりやられる訳ないわよね。なんたって貴女は……――葬送のフリーレンなんだから。

 

フリーレンが混沌花に杖を向け横目で地上を見ていた。

 

――三体同時にやられた。ただただ早くて精密……単純なだけに脅威だわ。積み上げてきた基礎の厚みが私とはまるで違う。

 

 

アウラが横目で魔物達の状態を伺う。

混沌花の防御よりも早く……心臓部に等しいコアが同時に三つ撃ち抜かれていた。

決まれば御の字だった。しかしアウラは端からそう簡単にことが運ぶなどとは考えていない。

 

決まろうが、決まらなかろうが……フリーレンの意識に、微かな隙が生まれたこの瞬間にこそ意味がある。

 

アウラは崩壊していく混沌花の茎を撫でながら口を開く。

 

 

「やってしまいなさい、リンドブルム」

 

 

上空から舞い降りた龍が首を撓らせ、頭部を振り下ろす。城壁の外へ弾き出すような一撃。

甲高い衝突音が響き、フリーレンの身体が後方へ吹き飛ばされる。

 

だが、まだ足りない。

そこは未だ領内だった。

 

――旧式の物理特化の防御魔法……呪いで意識が曖昧なはずなのに、対応力が全く鈍っていないじゃない。

 

それに混沌花を撃ち抜いた後も、視線で何かを追っていた。恐らくは幻影の仲間。

つまり幻影の中で「仲間と共闘している」と認識しているのね。

グラオザームの呪いが、現実の戦闘を幻影の中の出来事として自然に組み込んでいる。

 

だから彼女の身体は無意識のうちに最適な対応を取り続けている……。

要するに、幻影に囚われていても弱体化なんて期待できないということ。

 

幻影の中だから、もっと露骨な隙が出来るかと思ったけど、流石はグラオザーム。

念入りに仕込んだ呪いが、そんな甘いものな訳がないわ。

 

フリーレンが杖を向け、龍へ魔法を放とうとする。

しかし問題はない。フリーレンという存在のスペックを極限まで高く見積もっているアウラにとって、それは想定内でしかなかった。

 

人間が空を飛び始めてから、まだ日は浅い。

だが、飛行魔法の致命的な弱点は、魔法を扱う者なら誰でも知っている。

 

 

――飛行魔法の弱点は強風。嵐の中では船と同じ、風に翻弄されるだけ。

 

 

龍が上空で全身を巻き上げ、回転する。

たったそれだけで倒壊した民家やレンガが吹き飛んだ。砂塵を巻き上げ、小規模な竜巻が一瞬で形成される。龍はそれをフリーレンへと投げつけた。

 

暴風がフリーレンを捉える。

 

飛行魔法では、荒れ狂う天候の中を突き進むことも、その場に滞空し続けることもできない。

大海に浮かぶ船と同じだ。錨なくしては、留まることすら許されない。

 

フリーレンは竜巻の遠心力に攫われ、慣性を伴って十キロ程度先の高原まで弾き飛ばされていった。

 

アウラも飛行魔法を使用し龍の頭へと乗り、フリーレンが飛ばされた方角を見据える。

その瞬間、視界が青白い閃光に包まれた。

頭部を狙った魔法が飛来。だが伯爵領の結界に阻まれ、光は弾けて消える。

 

閃光が晴れた先に、無表情で杖を向けるエルフの姿があった。

 

アウラを真っ直ぐに見据えている。

 

 

「流石はフリーレン。そんな戦い方ができるなんて、貴女くらいのものよ」

 

 

呆れ半分で、アウラはその姿を見つめた。

フリーレンの全身には、全方位を囲むように防御魔法が展開されていた。

球状の障壁に包まれながら宙に浮いている。

 

確かに、防御魔法で全身を覆えば風の影響は軽減できるだろう。

だがそれは余りにも現実的ではない。

 

貫通耐性を持つ最新式ではなく旧式の防御魔法を使っているところを見ると、燃費はそこそこ良いのかもしれない。

しかし飛行魔法と併用しながら常時防御魔法を展開するなど、魔力がいくらあっても足りるものではない。

 

並の魔法使いなら、数分保てば上出来だろう。

 

 

「千年以上生きてると、こんな無茶も通せるってこと? 滅茶苦茶じゃない」

 

 

――ふん、でも関係ないわ。やることは一つ。

 

 

持久戦に持ち込み、フリーレンの魔力を削り魂を隷属――などという、甘い考えは最初から持っていない。

隷属も勝利も殺害も、意識する必要はない。

 

ただ一発。

 

母の友人であるあのエルフに、娘として一発、顔面と魂にぶち込んでやる。

それだけを考える。

 

 

「リンドブルム……全速力で飛び回る準備はできているかしら?」

 

「GuUUUU……」

 

喉の奥から漏れる低い唸り。龍は戦意を滾らせていた。

 

「元気ね……それじゃ行くわよ。被弾覚悟で突っ込みなさい」

 

 

アウラは龍の額に身を伏せ、合図を送った。

 

その瞬間、龍の全身が鞭のようにしなり、上空へと一直線に駆け上がっていく。

加速による圧力が全身を押し潰すように圧迫した。

 

月夜を背に天駆ける昇り龍。

 

限界高度まで一気に到達した龍は宙返りし、遥か上空からフリーレンを見据えた。

眼下の世界は闇の底に沈み、エルフの姿は豆粒ほどにしか見えない。

 

――結界外に弾いたはいいけど……かなりの距離が開いたわね。ここから一気に詰める。で、次にフリーレンの打ってくる手は……一つしかないわよね。

 

暗闇に覆われた地表で、小さな光が何度も点滅を繰り返した。

 

遅れてやってくるのは、空気を消し飛ばす光の束。

 

フリーレンの杖先から放たれる高圧縮のゾルトラーク。

狙撃というには余りにも荒々しい弾幕の嵐だった。機関銃のように連射される光線が、夜空を青白く染め上げていく。

 

アウラは息を呑んだ。

龍と共に宙返りの姿勢から突貫する。

 

最高高度から滑り落ちるジェットコースターのように、空を駆け下りていく。

蛇のような曲線を描き、致命傷を避けながら突き進む。鱗が月光を受けて煌めき、青い流星が闇夜を切り裂くかのようだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

魔法が掠めるたびに、焼けるような熱が頬を撫でる。

空気が焦げる臭いが鼻腔を刺した。

 

 

「あの距離でリンドブルムの口の中や眼球を狙ってくるだなんて、やっぱり魔法の腕がおかしいわね……あのエルフ」

 

 

無数に放たれる貫通魔法の中に、的確に急所を狙った一撃が混じっている。

その精密さに冷や汗が背筋を伝った。アウラは防御魔法を展開し、寸前で弾いていく。

 

――魔力は出来れば節約したい……だけど、致命傷狙いの一撃は、どうしても防御魔法を強いられる。初めから無理だと分かっていたけど、やっぱり単純にフリーレンの魔力の半分を削っても無駄ね。私も同じように消耗を強いられるんだから。

 

 

「リンドブルム、気合入れなさいよ。私たち……割と簡単に死ぬかもしれないんだから」

 

 

深呼吸を一つ。

アウラは耳にかけていた瓶底眼鏡を外し、意識を研ぎ澄ませた。

 

回避と突撃は龍に一任する。

自分は前だけを見据え、閃光の雨から龍を守ることに徹する。

 

景色がぶれ続ける高速戦闘。

意識は極限まで高まっていく。

 

魔法が頬を掠め、鋭い痛みと共に血が垂れた。

だが集中は乱れない。向かってくる魔法を、一つ一つ的確に弾き続けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

風が耳元で唸りを上げる。

龍の鱗が軋む音、魔法が防御魔法に衝突する金属的な炸裂音、そして自分の心臓が打つ鼓動。

それら全てが一つに溶け合い、戦場の旋律を奏でていた。

 

巨大な龍であれば、十キロ先でも一瞬で到達できる。文字通り目と鼻の先だ。

だがその先に待つのが、元勇者パーティーの魔法使いとなれば話は違う。

化け物じみた魔力量から放たれる閃光の雨を、最低限の負傷で潜り抜けなければならない。

 

いくら龍とはいえ、急所を狙い撃つ魔法を全て受ければ、フリーレンに到達する前に撃墜される。

龍が再起不能になれば、配下を持たないアウラに勝ち目など存在しない。

 

だからこそ、最大限の集中をもってこの弾幕を掻い潜る。

 

そして――見えた。

 

闇夜に溶けるほど小さな人影。

純白の髪を揺らすエルフの魔法使いを、眼前に捉えた。

 

 

「さあ、観念しなさいフリーレン」

 

 

龍は速度を維持したままフリーレンへと突っ込む。大質量の豪速タックル。

当たればただでは済まない一撃だ。

 

だが、手応えがない。

 

龍はUターンし、宙に滞空しながらフリーレンを見据えた。

 

銀髪のエルフは、先ほどとほぼ同じ位置に浮かんでいる。

傷一つ負った様子もなく。

 

 

「飛行中に風系統の魔法を自分の身体に放って回避……流石はお母様の友達。魔法の使い方が変態じみてるわ」

 

アウラは半ば感嘆の溜息を漏らした。

 

「魔族でもそんな真似しないわよ……制御を誤れば墜落するか、壁の染みになるか。どちらにせよ肉片になることは避けられないわ」

 

 

語りかけても、当然ながら返事はない。

夢の中で微睡み続ける彼女には、そんな言葉は届いていなかった。

 

フリーレンは虚ろな瞳で地面を見つめている。

何かを追うように視線を動かしながら、口元がふと緩んだ。

 

 

「ヒンメル、走ってきても空を飛べないなら意味ないよ」

 

 

勇者ヒンメル。

 

フリーレンの目には、きっとこの戦場で果敢に戦う勇者の姿が映っているのだろう。

その声は穏やかで、唇は弧を描いて微かに笑んでいた。

 

「フリーレン……貴女……」

 

その声、その表情、その親愛。何より感情を示す魂の揺らぎ。

確証は持てないが、アウラはその仕草の一つ一つに、言い知れぬ親しみを覚えてしまう。

 

呪いの影響か、魂から内面の詳しい感情を読み取ることができない。推察すら困難だった。

それも当然のことだ。

片方はエルフ、片方は半分人間の魂を持った魔族。種族も在り方も、何もかもが違う。

 

勇者パーティーの人間関係など知らない。

その内情もアウラには知る由もなかった。

 

だがしかし。

 

同じ勇者という存在に心惹かれた者同士だということは、理解できた。

そのどうしようもなく無自覚に焦がれる姿を見れば、十分だった。

 

仲間たちと共に旅する幻想。もう手に入らない、過ぎ去った時間。

それらを享受する今この一時は、きっとアウラが想像もできないほど、幸せな時間なのだろう。

 

 

「勇者ヒンメル……やけに名前を呼ぶ頻度が多いと思ったら、そういうことね」

 

 

本物の勇者という奴は、どいつもこいつも生粋のお人好しであり、自己犠牲の体現者だ。

自分のことは全て後回しにして、他者に命を捧げる奉仕者。

そんなどうしようもない大馬鹿者たちが、勇者として歴史に名を残してきた。

 

 

「魔族として対峙した以外に、勇者ヒンメルとは面識なんてないわ……。だけど、きっと貴女にとって彼は最高の勇者なんでしょうね。なんとなくわかるわ、私も旦那以上の勇者はいないって思ってるもの」

 

「アイゼン、その魔物はハイターに任せてヒンメルの援護に回った方がいいよ。硬いから」

 

 

フリーレンの声は穏やかだった。

まるで日常の会話をしているかのように、仲間たちに指示を出している。

 

碌に関係性を知らないアウラが見ても、今の彼女は幸せそうだ。

 

勇者として名を残したヒンメルを、アウラは自分の伴侶である南の勇者と重ねてしまう。

面識はない。だが伝え聞く話や、吟遊詩人に謳われる物語を思い出す。きっと素晴らしく高潔で、頑張り屋な人間だったのだろう。

 

ヒンメルは仲間を大切にしていた。

旅立ちから終わりまで、一度たりとも仲間を変えていない。

 

ヒンメルがフリーレンに向ける感情を、アウラは知らない。

だが掛け替えのない大切な仲間だと思っていたことくらいは、わかる。

 

だからこそ。

 

このハリボテのまやかしを、許してはならない。

 

勇者として頑張り続けた彼が大切に思う者に、これ以上こんな辱めを受けさせてはならない。

 

過去に縋り、魔族に利用され、操り人形のように動かされる。

例え本人が幸せの中で永遠に溺死したいと願ったとしても。

勇者がこんなことを許容するだろうか。大切な者にこんな幸せを望んでいただろうか。

 

アウラの青白い魂が鼓動する。

 

否。否。否。

 

余計なお節介なのかもしれない。

同じく勇者という存在に特別な感情を持つ者として、勝手に共感し、勝手に同情してしまっているだけなのかもしれない。

 

間違いだと断じて幻想を壊そうとするこの行動は、間違っているのかもしれない。

 

だがそれでも、彼女は今、囚われの身だ。

魔族に利用され搾取される哀れな被害者でしかない。そして勇者ヒンメルの大切な仲間だ。

 

勇者なら、絶対に見て見ぬ振りなどしない。

必ず救い出す。勇者とは、そういうものだ。

 

きっと彼女が焦がれる彼がこの場にいれば、迷わない。

例え非難され恨まれようとも、勇者としてのその行動を迷うことだけはないはずだ。

 

――本物の勇者だというのなら……きっとそうよね。

 

――きっと……勇者ヒンメルならそうする。

 

だからこそ、その幻想を叩き壊すと決意する。

 

アウラはフリーレンの幸せを粉々にすると決めた。

この虚飾に満ちた幸福は、全て魔族の利益のために利用されているまやかしでしかない。

 

彼女の魂は、彼女だけのもの。

他者が利用していいものではない。

 

アウラの心にあるのは、この理不尽を許すなと叫ぶ人間の心。

そして同じく勇者を想う者として、その想いを利用され戦わされていることへの微かな同情。

 

母であるフルーフから貰った人間性が、全身に力を漲らせる。

 

拳を握り締めた。

グラオザームの幻想を完膚なきまでに粉砕する覚悟を決める。

 

 

「私は別に、勇者なんて気質じゃないわ。ただ同じ勇者を想う女として、私の許せないっていう自分本位な気持ちに従って……貴女の幻想を壊させてもらう。別に恨んでくれても構わないわよ」

 

「ヒンメル……」

 

「もう少し寝ていたいでしょうけど……残念。お目覚めの時間よ。ほら……目の前に倒すべき大魔族がいるわよ? 勇者パーティーの魔法使いとして、倒さなくていいのかしら?」

 

「………」

 

 

大仰な語りかけに、フリーレンは反応を示した。

感情の読めない瞳の中に、アウラを映す。

 

 

――私の今の魔力残量は七割弱。接近するだけでこの消耗。再度距離を離せば次はないわ。

 

 

魔力制限をかけてはいるが、フリーレンの目に何が映っているのか判断できない以上、油断を誘うことは不可能だ

ならば、ここからは中距離戦の正面衝突で状況を有利に進めるしかない。

 

空に漂い、互いに離れた位置から見合うアウラとフリーレン。

 

沈黙が場を支配した。

風の音すら遠く、世界が息を潜めているかのようだった。

 

緊張感が最高潮に達した、その瞬間――

 

 

 

 

「「『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」」

 

 

 

 

両者が同時に魔法を放ち、閃光が夜空で弾けた。

 

アウラが一撃を放つ間に、フリーレンは既に数発分の魔法を撃ち終えていた。

 

如実に表れる技量差。

相殺出来ず向かってくる魔法に向け、アウラは龍と共に突撃する。

 

巨体とは思えない繊細な動き。バレルロールのような軌道でフリーレンへと駆ける。

風を巻き上げ、轟音と共に龍の突進が再び迫っていく。

 

 

――中距離での継戦が一番現実的だけど。近距離に持ち込めるというのなら……それが理想よッ。

 

 

「……大地を操る魔法(バルグラント)

 

 

フリーレンの呟きが耳に届いた瞬間、地面から振動音が響いてきた。

 

アウラは即座に回避行動を取らせようとした。

だが、それよりも早く衝撃が全身を貫く。

 

 

「っ――リンドブルム、下――くぅっ」

 

 

視界が一転した。

浮遊感が全身を包み、天と地が入れ替わる。

 

フリーレンが迫り来る龍に対し、カウンター気味に地面から巨大な岩塊を突出させたのだ。

龍の顎を下から撃ち抜く一撃。骨に響くような衝撃音が夜空に轟いた。

 

龍は数秒よろめいた。

だが、打ち上げられた反動をそのまま利用して一回転し、再びフリーレンと対峙する。

 

 

――やっぱり目が曇っていても実力に衰えはないわね。なら当初の予定通り、正攻法でいくしかない。

 

 

「リンドブルム、全力で暴れ回って……ありったけの炎で炙ってあげなさい」

 

「GAAA……」

 

 

龍の喉から獰猛な咆哮が漏れた。

待ちかねていたとばかりに、全身を震わせる。

 

相手の魔法が数段上なのは覆しようのない事実。

現にアウラとフリーレンの間には、魔法戦において覆せないほどの戦闘経験の差が存在している。

 

ならば、こちらにしかない利点を最大限活用するしかない。

 

そもそも、この何もない広大な平原へ移動したのは、龍の巨体による破壊性を最大限活かすための下準備でしかなかった。

 

ここからが本当の正念場。

形振り構わず、全力をもって挑む生死を賭けた戦場。

 

アウラの許しを得た龍が、解き放たれた。

 

全身を激しくうねらせ、空気という空気をかき混ぜながら空を暴れ回る。

風が渦を巻き、強風は暴風へと変わった。

暴風は無数の竜巻を形成し、大地を巻き上げて平原をさらなる更地へと変えていく。

 

礫を巻き上げる風の刃が草原の草木を磨り潰し、竜巻の規模は刻一刻と大きくなっていった。

土埃と草の香りが混じり合い、荒々しい自然の匂いが鼻腔を満たす。

 

そうして無数の竜巻が舞い狂う中、龍の顎がゆっくりと開かれた。

 

喉の奥底から、空間を歪める灼熱の蜃気楼が漏れ出す。

溢れる火炎が口内を照らし、龍の牙を赤く染めていく。

大きく開かれた口は、嵐の中でも一切動じることなく滞空を続けるフリーレンへと向けられた。

 

揺るがない。狙いは定まった。

龍の喉奥が、金色の輝きで満たされる。その眩さに、アウラは思わず目を細めた。

 

熱い。まだ炎が解き放たれてもいないのに、顔が焼けるような熱気が押し寄せてくる。

 

そして――

 

龍の顎から、金色の奔流が解き放たれた。

 

大気が悲鳴を上げた。熱波がアウラの肌を焼き、髪の毛が焦げる匂いが漂う。

耳をつんざく轟音の中、フリーレンを中心とした半径数キロメートルの大地が、灼熱の海に飲み込まれていった。

 

草原は一瞬で焦土と化した。

 

緑が消え、黒が広がる。

焼けた土の匂いが鼻腔を刺し、炎の残滓が夜空を赤く照らしていた。

 

熱風が渦を巻き、陽炎のように景色が揺らめく。

月光すらも炎の色に染まり、世界は一面の紅蓮に包まれた。

 

こうして大魔族とエルフの本格的な戦いの火蓋が切って落とされた。





フリーレン「ヒンメル…ヒンメル…」

アウラ「ほぉ…お前も勇者に目を焼かれた女か。じゃあ先輩としてお前を殴って目を覚まさせてやる」
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