ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

50 / 67
▼第46話▶エルフ✕人間✕魔族

 

 

 

――グラナト伯爵領前平原のとある丘の上

 

 

世にも奇妙な臓物ジェットで空を飛んできたフルーフが、丘の上へと墜落した。ゴロゴロと転がり、複雑骨折。ようやく止まった頃には全身が悲鳴を上げている。

 

それでも娘の姿を捉えた瞬間、痛みなど吹き飛んだ。

 

猛スピードでアウラへと這い寄り、震える指先で治療を開始する。

 

最早言葉を発する力も残っていない瀕死のアウラは、死ぬな〜〜〜!!と耳元で絶叫するフルーフの声を聞きながら、内心で煩いと毒づいていた。

しかし唇は微かに震えるだけで、何も返せない。苦悶の表情を浮かべるのが精一杯だった。

 

魔族から見ても異端を極めたフルーフの蘇生魔法に、直せない傷は存在しない。

アウラの負った外傷はみるみる内に回復し、抉れた肉がボコボコと音を立てながら盛り上がっていく。

骨が繋がり、筋繊維が編み直され、皮膚が傷口を覆っていく。瞬く間に完治へと向かうその光景は、生命の摂理を嘲笑うかのようだった。

 

急速に体調が良くなっていく安堵感からか、アウラは隣で叫び続けるフルーフを無視して、静かに寝息を立て始めた。張り詰めていた糸が切れたように、その表情から苦悶の色が消えていく。

 

錯乱状態だったフルーフも、娘が一命をとりとめたことを確認すると、深い安堵の溜息を漏らした。肩の力が抜け、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

今にも消えそうな魂へと、漂白した自身の魂を焚べて補強を施す。それが最後の処置だった。娘の命の灯火がしっかりと安定したことを確かめてから、フルーフはアウラの側を離れ、フリーレンの方へと歩み寄っていく。

 

フルーフの表情に怒りは無い。頬を抑えて蹲るエルフを静かに見下ろす。先程触れたアウラの魂には、フリーレンへの悪感情など欠片もなかった。だからフルーフにも、報復という発想は湧かない。

 

治療の為にフリーレンの身体を起こし、状態を確認する。

 

頬は紫色に腫れ上がり、触れれば熱を持っているのがわかる。口内を覗き込めば、奥歯が粉々に砕けていた。白い破片が血に塗れて散らばっている。

 

 

「うわぁ〜」

 

 

間の抜けた声を漏らしながら、フルーフは砕けた歯の欠片を摘み、口内から投げ捨てた。これは普段感じることのない類の痛みだろう。そんなことを考えながら施術を施し、傷を回復させていく。

 

フリーレンは完治したというのに、まだ痛みの感覚が残っているのか、ションボリした顔で頬を掌で擦り続けていた。腫れは引いたはずなのに、幻の痛みが消えてくれないらしい。

フルーフはそんな変顔のエルフの側に腰を下ろすと、久しぶりに再会した友人へと声をかけた。

 

聖都でこっそりヒンメルの葬儀に参列していたが、フリーレン自身が気づいていなかったので、そこはノーカンだろう。

それを抜きにしても、大凡三十年ぶりなのだから、人間感覚で言えば十分久しぶりだ。

 

 

「フリーレン……何年ぶりですか。相変わらず変わりませんね。いや、なんだか表情が柔らかくなりましたか? それとも奥歯まで粉々に砕けた傷の後遺症がまだ残っていますか?顔面陥没してましたよ」

 

「フルーフ……久しぶりだね。口調も変わってないし憔悴もしていない、随分落ち着いたみたいだ。だけど飛行魔法くらいは使ってね、私の服まで血まみれだよ」

 

 

そう言いながらフリーレンは自身の白い服を摘み、フルーフへと見せつける。白い生地にはフルーフの撒き散らした血がべっちゃりと染み込んでおり、鉄錆の匂いが鼻をつく。フルーフは乾いた笑みを漏らし、軽く頭を下げた。

 

 

「それは申し訳ない……ですが人をヒステリックババァみたいに言わないで下さい。一体いつの話をしてるんですか? それに飛行魔法? そんな高度な魔法私が使える訳ないでしょ。魔力流してバ〜〜ンするくらいの魔法しか使えないの知ってますよね?」

 

 

フルーフは自他共に認める魔法下手だ。当然ながら飛行魔法などという常時制御が求められる高度な魔法は使えない。使えるのは自爆前提の大技であったり、繊細さの欠片もない大規模な魔法がほとんどだ。後は、平民でも扱える簡単な民間魔法。近頃は精神魔法の腕が上がっているが、才能がある訳ではなく、異常な反復と調整で身につけたに過ぎなかった。

 

フリーレンもそれを思い出したのか、それなら仕方ないかと納得した様子で肩を竦めた。

 

 

「そう……前に話したのが……だいたい百年ぶりくらいかな。あの魔族はどうしたの? 煩いくらいに叫んで治療してたみたいだけど、ほっといていいの?」

 

 

視線が、先程まで治療を施されていた魔族へと向けられる。その目に敵対心は無い。魔族と見れば即殺を決行するはずのフリーレンとは思えないほど落ち着いており、危害を加える様子は微塵も感じられなかった。

 

 

「お気遣いどうも。疲れて眠っているだけです……そっとしておいてあげてください。私は魂と肉体の修復まではこなせますが、精神的な疲労には関与出来ませんから」

 

「……あの魔族。フルーフの娘なんだよね?」

 

 

単刀直入な問いかけだった。半ば確信するような口調に、フルーフは一瞬だけ困ったように頭を掻く。それから煮え切らない態度で肯定した。

 

 

「私、どこかで言いましたっけ? ……ぁ〜……向こうがどう思っているかはわかりませんが、えぇ、はい……娘です」

 

「随分前だけど、酔っぱらいながら散々聞かされたら憶えてた。怖くて逃げちゃった……絶対嫌われた……幻影鬼がどうとかとか喚いてたでしょ」

 

 

フルーフは「マジか」と呟き、両手で顔を覆った。酔っ払って絡んだ挙げ句、そんな大事なことを無意識にゲロっていたとは。自身の迂闊さと恥ずかしさで顔が熱くなる。

 

長い付き合いとはいえ友人相手にそんな弱音を吐いていた事実は、羞恥心が死にかけているはずのフルーフにしては珍しく感情的で、むず痒そうに全身を身悶えさせていた。

 

 

「憶えてないです……私そこまで言ったかなぁ……。まぁ色々、というか全部言っちゃってるみたいなんで、あの娘は殺さないで下さいね。半分とはいえ精神は人間寄りなんですから」

 

「私をなんだと思ってるの。恩がある相手を殺したりはしないよ。七崩賢の頃から南の勇者と繋がってたみたいだし……過去に私達と敵対したのも何か訳があるんでしょ」

 

 

フルーフの言葉にろくに質問も否定もせず、事情を把握している。実験云々や魂云々までしゃべってしまっているのがよくわかった。再度顔を覆い、「嘘だろぉ……」と呟く。己の酒癖の悪さを反省せずにはいられなかった。

 

 

「あれ? 精神魔法に掛かってたんですよね。戦ってた時のこと、憶えてるんですか?」

 

「そうだね。不思議な感覚だけど、呪いの影響下にあった記憶がどんどん現実で起きた記憶に置き換わってるみたい。……それにしても似ていないね。変に常識的なことと、異常に執着心が強い所は似てるけど……フルーフはあんな善人じゃないでしょ」

 

 

善人か悪人かと問われれば、どちらとも言えない。

 

フルーフは何事もソリテールの都合第一で、他は二の次の旦那様LOVEの偏愛主義者だ。だからといって悪意を持って他者を貶める趣味は無い。アウラ程ではないが傲慢な支配者を嫌い、一方的に利用するくらいならいくらでも金を叩いて依頼するような人間だ。

 

それはソリテールの実験用の人間を集める時でも変わらない。街の中から適当に人を攫って使えばいいものを、態々募集ポスターを作って人を募る始末だ。頭がおかしいのは間違いないが、その根底には染み付いて消えない前世で培った常識があった。

 

気に入らない奴には悪意をもってとことんまで付きまとうが、それ以外の善悪の価値観は小市民に近い。それがフルーフという女だ。

 

だからこそ、故意であろうと事故であろうと、こちらの事情で殺したらそれ相応の補填はするし、記憶を消して恨みを買わないように立ち回りもする。悪いことをしたらちゃんと悪いことと理解した上で、なんとかWin-Winの関係に持っていこうと努力もしていた。

 

平気で人道から足を踏み外すが、申し訳程度の善性も持ち合わせている。何事もやらかした最後には皆笑顔になるよう解決してきた。だからこそフルーフは自分を生粋の悪人だと思わないし、善人とも思わない。普通の人間程度にしか考えていなかった。

 

 

「失礼な……あの娘がどんなことを言ってたかなんて知らないですけど、私にだって人並みの善性くらいはありますよ。ただ優先順位ってものがはっきりしてるだけです」

 

「フルーフはさ……結果よければ何しても良いって考えてるでしょ」

 

「そりゃ最終的には過程より結果は大事ですよ。どれだけ楽でも最終的に台無しになったら意味ないですし。ですが、過程は過程として、いい方向に持っていこうと努力もしています。私は人生の終点は、その過程に大きく影響されますからね」

 

 

どれだけ苦労しようが、どれだけ惨たらしく死のうが、最後にハッピーエンドが待っているならそれでいい。過程は結果程重要じゃない。最後に幸福を迎えられるかどうか、フルーフはその点を重要ししていた。

 

例え大金を手に入れるという過程に死があって、恐怖と絶望のどん底に落ちても。最終的には生を謳歌し、眩い黄金を手にすれば人は幸福を感じずにはいられない。少し記憶に手を加えれば皆ハッピー、皆笑顔だ。

 

結果という一点を幸福に導けるのなら、殺しも許されるだろうとフルーフは考える。

これらは不死故のネジ曲がった価値観でしかない。断じて普通の人間とは言い難い感性だった。

 

フリーレンはやれやれと首を振る。

昔から変わらない友人の歪んだ理屈に、呆れを隠そうともしなかった。

 

 

「それじゃフルーフは地獄行き確定かな。行きたくないなら行動を改めるんだね」

 

「それは価値観の相違というやつです。天国には絶対私が求める人はいませんから……私は地獄行きで大いに結構。そもそも無神論者なので、私」

 

 

何言ってんだか。フリーレンは意味のわからない理屈で返す変人を眺め、内心で溜息をついた。別に発言がおかしいのは今に始まったことでもないので、適当な相槌で流すことにする。

 

するとフルーフは、突然思い出したかのように身を乗り出してきた。

 

 

「あの、ところで……なんでさっきの話で、南の勇者の名前が出てきたんです?」

 

「詳しいことは知らないよ。ただ一緒に行動しているみたい」

 

「――ッ!?」

 

 

フルーフに電流が走った。

 

南の勇者。男。娘に数百年ぶりに再会したかと思えば、側に男がいる。

その事実に母親気取りの変態は瞳を大きく見開き、絶句と言わんばかりに大口を開けた。

 

灰色の頭脳が情報を一つ一つ処理し、結論を導き出していく。しかしフルーフは、そのスイーツ脳から導き出された答えを歯を食いしばって否定する。

 

 

「そ、そうですか……? 南の勇者って男ですよね、えぇ……男と二人? 南の勇者って死んだはずですよね……どんな関係? ま、まぁ……詳しい話は本人から聞きましょう。ど、どうせ友達とか……なんなら利害関係でしょ。そ、そうですよね?」

 

「さぁ……相当親しい感じだったと思うけど」

 

無惨にも、否定したはずの予想はあっけなく打ち砕かれた。フリーレンの実感を伴った返事に、フルーフは頭を抱えてのたうち回る。

 

 

「こ、困るんですけど。娘に続き……義息? え、えぇ……どうしよ。これは想定してない。もし結婚するだなんて言ったらどうしよ……お父さんに反対して貰うべき? でも、私に反対する権利とかないですし……」

 

「……お父さん?」

 

 

――あ、やべ。

 

フルーフは咄嗟に口を噤んだ。アウラはともかく、流石になんの説明も無くソリテールの話はマズイ。状況が状況だけに対面させることも出来ない。フリーレンからすればソリテールなど凶悪な害獣同然。そもそも身に纏う雰囲気が、現状伯爵領を襲撃している魔族共と完全に同じものなのだ。

 

 

「あ、いえ。忘れて下さい……それより本当に久しぶりですね。今はなにしてるんですか?」

 

これ以上詮索されないよう、フルーフは咄嗟に話を逸らした。

 

「直接会うのは確かに久しぶりだけど……フルーフは私のことを避けてたでしょ。聖都でヒンメルの告別式に来てたのに、声も掛けずに帰ってたよね」

 

 

折角話を変えたのに、これまた答えづらい話題が返ってきた。確かに旅の途中、ヒンメルの葬式に参列した。きっちりカツラまで被って。フルーフは絶対にバレていないと思っていた。現に誰にも声を掛けられることは無かったのだから。

 

 

「あれ、もしかして……気づいてました?」

 

「フルーフはデカいからね。知ってる人間なら遠目からでもわかるよ」

 

 

最低限の礼儀としてハイターとは挨拶を交わしたが、まさかフリーレンが気づいているとは思わなかった。

 

気づいてたのなら声を掛けてくれよ。気を使った結果、声もかけず黙って返った変な奴みたいじゃん。内心でそう叫びながら、フルーフは掌で顔を仰いだ。なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた。

 

 

「そ、そう……何も言ってこなかったから、気づかれてないと思ったのに」

 

「私のこと嫌いなのは知ってるから、別に気にしてないよ」

 

「――はぁッ!?誰がなに!?え、 なに勘違いしてんですか? 嫌いか好きかなら大好きですよ!」

 

 

何気なく放たれた言葉に、フルーフは大声を上げ、飛び跳ねるように立ち上がった。聞き捨てならない。確かに避けていたのは事実だが、嫌いなどと思ったことは一度も無いのだ。

 

 

「……そうなんだ、意外だね。私といるとたまに苦しそうな顔をするから、嫌われてると思ってた」

 

心当たりは、ある。避けていた原因もそれに由来するものだ。だが断じて嫌いなどという理由からではなかった。

 

フルーフは勢いよく座り込むと、頭を掻きむしりながら否定の言葉を並べた。

 

「それは違ッ!! ……はぁ……それは私自身の問題であって、貴女は関係ありませんよ。ただ昔のことを思い出すんです。私が嫌いなのはあのノンデリを極めたゼーリエおばさんだけで……いや、嫌いってほどでもないですけど……。その、昔の……期待に答えられなかった自分を思い出して嫌になるんですよ。フリーレンや師匠(先生)のことはただただ尊敬してます」

 

どっと疲れたように、騒がしかった表情が鬱々としたものへと沈んでいく。

ゼーリエ。その名前が出たことで、フリーレンは遠い昔のことを思い出した。

 

確かにあれは酷かった。感情の薄い自分から見ても、ゼーリエがフルーフに向ける態度は度を越していると感じたものだ。もしかすれば当人にとってはトラウマレベルのものだったのかもしれない。

 

 

「そうだったんだ……あの人は気難しいからね。特にフルーフに対して当たりが強かった」

 

「いちいち私とフリーレンを比較して、やれ無才、やれ穀潰しだのなんだの……私がいないほうがフリーレンや師匠の為だって……。毎回言われなくてもわかってるんですよ、そんなこと。個人的に呼び出して圧掛けてくるだなんて大人気なさすぎでしょ……」

 

 

そこまでか。流石に言いすぎだ。フリーレンは眉を顰めた。

自分の知らないゼーリエのチクチク言葉が次々と暴露される中、フルーフは拳をガンガンと地面に叩きつけている。ゼーリエに対して相当思うところがあるのだろう。

 

 

「フランメも私もそんなこと考えていなかった。フルーフは師匠(先生)が忙しい時、家事や魔導書の整理をやってくれていたよね。口に出さないだけで、師匠は感謝していたよ」

 

 

まさか呼び出されて、そんなにねちねちしたことを言われていたとは。フリーレンは考える。ゼーリエがそんなことやるのか。やるかやらないかで言えば、まぁやる。

あの頃のゼーリエはフルーフを、フランメの足を引っ張る寄生虫かなにかとしか考えていなかった。

 

――フランメは……間違いを犯したって言ってたけど、これは伝えるべきじゃないね。

 

 

どんどん鬱状態になっていくフルーフを、フリーレンは宥めようと言葉を探した。

 

確かに才能は無かった。だが魔法について勤勉だったし、迷惑を掛けないように家事や雑用なんかは率先して行っていた。

フランメはそれに感謝していたし、フリーレンも自分の任された雑用まで残さず片付けてくれるフルーフに感謝していた。疎ましいどころか、誰もいなくなってほしいなんて思ってすらいなかった……はずだ。

 

 

「それくらいは当然です。私は、フランメに拾われて……初めて師匠(先生)の魔法を見て憧れたんです、だからこんな凄い魔法使いに私もなりたいって弟子にまでしてもらった。なのに何一つろくに熟せなかった……。こんなまともに魔法も使えない私が……師匠(先生)の弟子だという事実が、あの人にとっては気に入らないのも理解出来ます。ただそれを口に出すなよババァとは毎回思ってましたけどね」

 

「フランメは最期までフルーフのことを考えていたよ」

 

 

フルーフはフッと表情を緩めた。当然理解している。わざわざ何の役にも立たないフルーフを死なせる為の魔法を、膨大な時間を使ってまで編み出してくれたのだ。フランメがフルーフのことを考えてくれていたことなど、痛い程よくわかっている。

 

 

「えぇ、感謝してます。ですが……弟子としては期待はしていなかった。見限られて当然ですが、私にはそれが少しショックだったんです。だからですね……昔を思い出すと師匠(先生)に対して申し訳なく思ってしまう。感謝してるからこそ……貴女と師匠(先生)が好きだから、どうしようもなく苦しくなる」

 

 

フルーフの性格ならもっと大々的にフランメの弟子を名乗っても可笑しくない。だがそうはしていない。

身内にこっそり自慢することはあっても、公言などは一切していなかった。

 

それはフルーフ自身がフランメの弟子を名乗る資格が無いとよく理解していたから。フランメから魔法を学びながら、特別な魔法を何一つ受け継いでいないフルーフには、名乗ることが出来なかった。

 

フリーレンは何も言えなかった。その言葉を否定出来ない。

他ならないフランメから、フルーフに犯した罪の告白を聞いてしまっている。

だからこそ安易な慰めの言葉など吐けなかった。

 

フルーフにとってフランメの弟子として過ごした日々は、絶望が希望に一転した日常であり、同時に心苦しさを感じる苦しい日々でもあった。

 

フルーフは夜空を見上げた。

瞬く星々を眺めながら、遠い記憶が脳裏を過ぎっていく。

 

 

『凄いです先生!これが魔法!!魔族の魔法と違って痛くないし凄く綺麗です!私もこんな凄い魔法が使えるようになりたいです!なれますよね!』

 

『当然だ。この大魔法使いフランメ様が面倒を見るんだ、必ず一人前の魔法使いにしてやるさ』

 

『あの花を出す魔法を教えて下さい!』

 

『簡単な魔法だ……教えてやる』

 

『え……花が咲くイメージ? あの、よくわかりません……』

 

『?』

 

『あの師匠……その、やっぱりイメージってよくわからないんですけど。コツとかないんですか?』

 

『座学は文句無しだが……お前は何年経っても、そこだけは克服出来ないみたいだな。頭の中に鮮明に思い描くだけだ、そうなって当然、あって当たり前……そんな風に強く信じ込め。たったそれだけだ』

 

『え……あ……そんな。火や水を操るなんて……う、ごめんなさい……できません』

 

『私からすれば逆にどうして出来ないのか不思議なくらいだ。聞かせてみろ何故出来ない、原因がわかれば授業内容の見直しも出来るはずだ』

 

『あ……す、すみません、自分でもわかりません。水が宙を浮くなんて……そんなの非現実過ぎて……すみません』

 

『……今度は実際に水や火に触れ合いながら授業をしてみるか、それならイメージも固まるはずだ』

 

『み、見て下さい師匠(先生)!ついに手から火が出せました』

 

 

『よくやった。……悪いな、これからフリーレンの授業だ。また後で見てやる』

 

『あ……師匠(先生)……待って下さ――』

 

 

 

『おい……どうしてこんな奴を拾って弟子にしているんだ? 魔法一つも使えん魔力しか持たん奴に魔法を教えても無駄だ、捨ててこい』

 

『わ、私だって……魔法くらい使えます!フリーレンと同じように……ほ、ほら』

 

『止めるんだフルーフ』

 

『フランメに数年教えを乞うてそれか……魔法の才がまるで無いな。こんなものを鍛える暇があるならもう一人の方へ時間を割け、アイツに注力した方がよほど強い魔法使いが育つ』

 

『私も百年もたてば……』

 

『何年経とうと変わらん、既にお前の魔法使いとしての底は見えている。だからこれはお前の為に言ってやっているんだ、お前に才能は無い。フランメに負担をかけるのは止めて別のことでも学べ。時間の無駄だ』

 

『私が……師匠(先生)の負担……』

 

師匠(先生)……どうしてフリーレンと授業を別々に受けさせるんですか!?』

 

『……渡しておいた魔導書の解読をしておくんだ。フリーレンと同じ内容を教えてもお前には理解出来ない』

 

『一緒に……受けたいです』

 

『悪いなフルーフ。だが、お前にはお前に合った授業を用意している。だからフリーレンの授業が終わるまで待っていてくれ』

 

『そう……ですか……――』

 

 

『ど、どうですか師匠(先生)!私だってフリーレンと同じ魔法が使える……ように……』

 

『いいぞフリーレン。独学で魔法を発展させたのか……それでこそ大魔法使いの弟子だ』

 

『別に大したことしてないのにそんなに大げさに褒めないでよ……あっ、フルーフ』

 

『フルーフ、こんな所でどうした? まさか言い付けた座学を放り投げて、白昼堂々サボってる訳じゃないだろうな』

 

『とっくに全部終わらせて……いえ、少し分からない所があって。師匠(先生)……教えてくれませんか?』

 

『珍しいな、お前が分からない内容か……。日が暮れてから時間を作る、理解出来ない部分は飛ばして座学を続けておけ』

 

『今、師匠(先生)に教えて欲しいんです……』

 

『見てわかるだろう、今はフリーレンの授業時間だ』

 

『そうですよね……変なこと言ってすみません師匠(先生)

 

 

『こんばんは師匠(先生)……昼間聞きたかった所を教えて……――あ、寝てる』

 

『これは次の授業内容……私のは……また座学。フリーレンは……はは、大変だね……凄い内容の数、フリーレン頭がパンクしなきゃいいけど……は、はは……本当に……師匠(先生)にシゴカれて大変だ』

 

『私は………やっぱりゼーリエ様の言う通り、誰にも期待されていない。先生に負担ばかりかける出来損ない。ゼーリエ様は嫌いだけど……私は皆が好きだよ……でも皆にとって……私は邪魔だよね……』

 

『数十年……もう自分の才能の無さは理解してる。一度は全部忘れてここで頑張ってみようと思ったけど……私が師匠(先生)の弟子として魔法使いになるだなんて……無理だった』

 

『魔族なんて大嫌いだけど……前世の私が大好きで憧れたあの魔族なら。……ソリテール様なら私を必要としてくれるかな。なんでもいい……喰われても殺されても、こんな私がこの世界にいてもいい理由をくれるなら……全部上げる。愛なんていらないかもしれないけど……死ぬまで愛するよ』

 

『だから此処での生活が終わったら、探しにいこう……私が焦がれるあの魔族を……』

 

 

記憶の奔流が、ふと途切れた。

 

夜空を見上げていた視線を下ろし、フルーフは自分の両手を見つめた。あの頃より少しだけ逞しくなった指先が、微かに震えている。

 

……しんど。

 

もう何とも思っていないはずの記憶だ。

性格も二転三転してほとんど別人だというのに、昔のことを思い出すと酷く胸の当たりが重くなる。

この経験があったから今の幸せがあるのだから、別になんの文句も無い。過去を変えたいだなんて欠片も思わない。

 

ただ、憂鬱なくらい気分が沈み、全身が鉛になったかのように重くなる。

 

 

「はぁ……本当に自分が嫌になる」

 

「アウラから逃げたのも過去のことが関係してそうだね」

 

 

勘弁してくれ。予告もなく急所をぶっ刺してくるフリーレンの言葉に、フルーフは目頭を揉み込みながら胡乱げな視線を向けた。

 

 

「痛い所をついてきますね……どうしたんですフリーレン? 貴女、人の機微なんかに興味ないエルフでしょ」

 

「そうだね、ただもっと人を知りたいと思った。だから出会った人間はよく見るようにしてるんだ」

 

「変わりましたねぇ……。これもヒンメルさんの影響ですか? 告白されて心境の変化でもあったんですね」

 

「そうかもね。――……なんでフルーフがそんなこと知ってるの」

 

「だって焚き付けたの私ですし」

 

 

流石に魔族と一緒に突撃訪問した挙げ句、荒らし回って老体のケツを蹴り上げたとは言えない。魔族云々は伏せておくことにした。

 

 

「へぇ……だからか。変だと思った。ヒンメルが急にあんなこと言い出すだなんて、なにかあったんだと思ったからさ。そっか」

 

「私としては進展を期待していたんですけどね……余計なことしちゃいました?」

 

「わからない。だけど、あの時私は……悪い気分じゃなかった……。だから感謝するよフルーフ。お陰でヒンメルと最後にいい思い出が出来た」

 

――へぇ、いい顔をする。

 

フリーレンの頬が僅かに赤らんでいる。まさかこのエルフからそんな表情を引き出せる日が来るとは。フルーフは内心で、天国にいるであろうヒンメルへとグッドサインを贈った。

 

 

「どういたしまして」

 

「それで、アウラから逃げた原因はなんなの?」

 

 

一度逸らすことに成功したかと思った言葉の剣で、再度ぶっ刺してくる。マジかよコイツ。そんな表情でフルーフはフリーレンを見つめ、やがて観念したように両手を上げた。

 

 

「えぇ……この流れで普通話を戻します? まぁ……別にいいですけど」

 

「言いたくないなら言わなくてもいいよ」

 

 

陰鬱さの度合いが増していくフルーフに、なにか間違いを犯したかとフリーレンは気遣う。だがフルーフは気にするなと手で制し、ポツポツと語り始めた。

 

 

「そんな深刻な話じゃありません。私が臆病だっただけなんですよ。私だけに向けられる親愛、私だけに向けられる愛情……そんなのはね……私にとって初めてだった、というだけです。生まれてからずっと痛みばっかりの人生で初めて得られた……私だけが得られる強い愛情だったんです」

 

「フランメは違ったの」

 

「無かった訳じゃないんでしょうけど……師匠(先生)はどっちかというと、終始憐れみや憐憫の情が強かったですよね。貴女は友人として接してくれていますが、愛してくれている訳ではないでしょ」

 

 

愛。フリーレンに愛がまだ、なんなのかはよくわからない。

だがフルーフの語る言葉のニュアンスや、そこに込められた重みから、自身が抱くものとは違うのだと感じた。親愛はある、だが、フルーフの語る愛は、そういう意味ではないだろう。

 

「……まぁね。愛しては……いないかな」

 

フルーフはその返事を気にした様子もなく、頬杖をついた。視線が遠くへ飛んでいく。アウラと共に暮らしていた、あの短くも満ち足りた時間を夢想しているのだろう。

 

「心地よかったなぁ……それこそ成し遂げたい目的も忘れて、このまま幸せに暮らせていけたらなんて考えて。そんな考えすら過って……私は怖くなったんです。師匠(先生)の弟子として魔法使いになることを諦めて決めたことを……私にとって生きる意味を忘れてしまうのが怖くて。この愛情がいつか裏返って憎悪になったらと考えたら怖くて……耐えられなくなった」

 

「アウラがフルーフ嫌うようには見えないけどね」

 

 

フリーレンから見たアウラは、一本筋の通った魔族だ。筋が通り過ぎていて、仮にフルーフが嫌いなら面と向かって言うだろうし、お母様だなんていつまでも慕わない。

ある意味大魔族らしく傲慢で、行動に嘘をつけない性格だと感じた。

 

フルーフは笑みを深め、短く「知ってます」とだけ答えた。

 

「だけど私は……それだけのことをしたんです。あの娘本人から気にするなと言われはしましたが、無理でした。私、被害妄想が激しいんですよ……。特別精神が強い訳でもないし……寧ろ弱いだけの卑劣な人間です。色々理由をつけて私は逃げた……ただそれだけです」

 

フルーフの周囲から、ズーンと重たい気配が漂ってくる。

自分で言っておきながら自分の言葉で落ち込んでいく。フリーレンは懐かしさを覚えた。確か、やけ酒しながら絡まれた時もこんな感じだったはずだ。

 

「相変わらず自己評価が低いね、これもあの人のせいか」

 

フリーレンの声が聞こえていないのか、吐き出すような言葉が止まることはない。

 

「じゃあなんで来たんだよって思うでしょ……私もそう思います。本当に合わせる顔なんてなくて……ただただ過去に恥じ入るばかりです。だけどあの娘から手紙が届いて、純粋に私の幸せを祈ってくれる内容を見て……どうしても会いたくなってしまったんです。魔物の力まで借りて忘れようとしたのに」

 

一つのことを忘れる為に魔物まで頼ったのか。これにはフリーレンも呆れてしまう。

 

「別にいいんじゃないかな。私と戦ってる時もアウラは自分のことをフルーフの娘だって自慢気に言ってたし、気にもしてないはずだよ。私も最近気がついたけど、人間の感情はそんなに単純じゃないみたいだし。手放すと言って、素直に手放せるものでもないでしょ」

 

ここで責め立てることは簡単だ。

しかしフリーレンは、フルーフの友人として激励の言葉を贈ることにした。

 

現金なもので、その言葉を聞いた途端、淀んでいたフルーフの瞳に光が灯っていく。

しばしの沈黙。フリーレンの言葉がゆっくりと胸に染み込んでいくのがわかる。

 

――娘だって。自慢気に。

 

その言葉が、凍えた心臓にじわりと熱を灯した。気づけば身を乗り出している。キラキラと潤んだ瞳で、フルーフはフリーレンを見つめた。自分のことを何と言っていたか、もっと聞きたそうに。

 

だがそれは叶わなかった。

フリーレンの瞳に、人影が映り込んでいる。フルーフの背後に静かに立つ、見慣れた人影。

フリーレンはその人影を見て、頬を抑えながらアワアワと表情をションボリさせていった。

 

 

「え、何それ。詳しく聞きたい――

 

「私抜きで何コソコソ話しているのかしら?」

 

「……あ……い、いつお目覚めに?」

 

 

冷や汗が頬を伝う。この気の強そうな声には聞き覚えしかない。

記憶の中にあるのはまだ幼い頃の姿と声。しかし決して聞き間違えることはない。

 

フリーレンとフルーフは同時に手をギュッと握り合い、背後に立つ人影から後ずさる。

二人同時に見上げた先には、腰に手を当て仁王立ちするアウラがいた。

 

 

「ワ……まだ、気持ちの整理が……わぁ……ヘルプみーフリーレン」

 

「ワ……わぁ……あ、アウラ……わぁ……」

 

 

御年千歳以上の二人の顔が、どうしていいのかわからずプルプルと震える。

やがて限界に達したのか、目頭に水滴が溜まりホロリと落ちた。

 

 

「さっきからずっと起きて聞いていたわよ。それでお母様……?」

 

「は、はい!」

 

 

アウラに呼ばれたフルーフは、ジャンピング正座を決めながらハキハキと返事をする。

同時に、逃げようとするフリーレンの掌を握り、決して離そうとはしない。

 

「散々ナメクジみたいにウジウジ言っておいて……私に会って何がしたい訳?」

 

怖い。言葉のトゲが凄い。圧すら感じるアウラを前に、フルーフは取り敢えず謝罪を口にしようとする。

 

「あ、あの、ごめ――

 

――パァァァッン!!

 

小気味の良い炸裂音と共に、言葉が中断された。頬がヒリヒリと痛み、熱い。そう、これはビンタ。名前をせがまれた時に貰ったあのビンタと同じ痛みだ。

 

フリーレンは突然フルーフの頬に紅葉が咲いたことに恐れおののく。

ヒエェ〜……と自身の頬を抑え、ブンブンと固く結ばれたフルーフの手を振りほどこうとした。

 

「お母様……私言ったわよね? 過去のことは気にしてないし、置いてったことは多少怒ってるけど……一人で生きていけるまでは育ててくれたから、そこは許してあげる」

 

――え、嘘。怒ってるでしょ。全力ビンタじゃん……怒ってるよね?

 

「う……す、すみま――

 

――パァァァァン!!

 

今度は反対側の頬に、真っ赤な紅葉が出来上がる。どうやら謝罪の言葉は許されないらしい。

 

「お母様……私は何をしにきたって聞いてるの? お母様が楽になりたいだけの謝罪なんて聞きたくない訳、わかる?」

 

「ごめ――

 

ほぼ無意識に謝罪を口にしようとするも、アウラがス……と掲げた掌を見た途端中断される。

 

「今更お母様に親としての威厳なんて欠片も求めてないんだから、正直に言いなさい。何・し・に・会・い・に・来・た……のかしら?」

 

圧が凄すぎる。全く関係ないフリーレンの目からポロポロ涙が零れ落ちる。

 

アウラは断じて謝罪を許さない。だがフルーフは謝罪せずにはいられない。会いに来た目的なんてただ一つ。

 

「ごめ――

 

――ヒブッ!?

 

「ごめんなさいッ!――

 

――ふぅっ!?

 

「すみま――

 

――ぶぅ!?

 

「すみませ、ん――

 

――ぉふぅ!?

 

「り、理由とか無くて……ただ……ただ会いたかっただけなんです!!」

 

 

怒涛の四連続ビンタが炸裂する。

しかしフルーフはそんなビンタの嵐にもめげず、謝罪を口にした。

 

恥も外聞もなく叫ぶ。

会いに来た理由なんてない。本当にただ一目会いたかっただけなのだから。

 

 

「はぁ……どうして会いたかったの?」

 

 

アウラは呆れの溜息を漏らしながら、仕方ないお母様と微笑んだ。

 

ここまでお膳立てされて格好つけることなど、フルーフには出来ない。親の威信とか人間としての醜悪さとかみみっちいプライドとか、全てかなぐり捨てて吐き出す。

 

「やっぱり好きだからぁ……愛してるから! 幻影鬼にまで頼んで忘れようとしておいて……虫のいい話しだってわかってるんです! 自分でもこいつ毒親過ぎんだろって思うくらいクズなんですけど! 会い゛たかった! 居場所がわかってから……一目でいいから会いたかったんですよ゛ぉ〜〜ッ゛!!!」

 

 

自分本位で自分勝手。そんなことわかった上で、アウラの前で問われるまま幼稚な願望を叫ぶ。

顔面は涙と鼻水で塗れ、一切取り繕った言葉はなく本音だけをぶつける。

 

アウラの腰に腕を回し、縋り付くように抱きしめ、顔面を押し付ける勢いで抱きついていく。

 

 

「ちょ!? お母様、鼻水たらしながら抱きついてこないで頂戴! はぁ……別に気にしてないって何度も言ってるじゃない、お母様は好きだけど私も独り立ちして五百年よ。私は私なりに忙しなく生きてきたし、お母様のことを忘れてしまうこともあったわ。だから……気にしてないわよ。ずっと忘れたままだったとしても……あの時みたいにビンタして思い出させてあげるだけだし」

 

 

本当にどうしようもなく愚かなお母様。アウラはフルーフの頭を撫でながらそう呟く。

 

アウラは本当に、最初から怒ってなどいなかった。

どうしようもなく馬鹿で泣き虫で身内に弱いフルーフ。それこそがアウラの母であるフルーフだ。

 

本質的に昔と何一つ変わらないそんな姿を見て、アウラは安堵と同時に、本当に母と再会出来たのだと実感出来た。

 

 

「気にするなぁ!? 無理!! わ、私が気にするんです!!」

 

「うわ、面倒くさいわね。拗らせ過ぎでしょ、このお母様!? はぁ〜〜〜〜……で、言いたいことはそれだけ、ほんとに会いたかっただけ?」

 

「これからも一緒にいて下さい! そうだ同居! 私の街で同居しましょう! お、お金ならいくらでもあります! 社会的地位もあります! お義父さんも出来ましたし可愛くない妹もいますよ!」

 

「うわぁ、急に図々しいわ……それに成金臭いセリフは止めて貰えるかしら? 恥ずかしいわ」

 

 

ある意味こういうところも昔から変わらない。

アウラは思う。なぜ母はこうも発言が成金臭いのだろうか。数百年経って更に成金っぷりに磨きが掛かっている。街の黄金像を見た時から嫌な予感はしていたが、悪化しているとは思いもよらなかった。

 

そんな言葉に聞き耳を立てるエルフが一人。二頭身になるまで縮み、ションボリした顔でフルーフのマントを引っ張り口を開いた。

 

 

「フルーフ、少し路銀が足りないんだけど私に恵んでくれてもいいんだよ?」

 

「全部上げます!」

 

「うひょ〜流石はフルーフ、まさに成金の擬人化」

 

 

上げんな! お前らどういう関係だよ。と、アウラは咄嗟に口に出そうになる声を我慢し、急に元気になったちっこいエルフを追い払う。

 

 

「ちょっと……話がややこしくなるからフリーレンは黙ってなさい! また殴られたいの?」

 

「わ、わぁ……」

 

 

アウラがフリーレンへとグーパンを見せつける。

すると途端に大人しくなってしまった。

 

 

「全く……この二人、本当に千歳超えてるのかしら。いいお母様! 押し付けがましい謝罪は当人には迷惑にしかならないから謝罪禁止!」

 

「は、はい……――いえ、はい!!」

 

 

なんか不満でもあるのか、小さな声で肯定するフルーフをアウラは一睨みする。

すると背筋を伸ばし、軍人ばりのハキハキとした返事を返した。

 

 

「フリーレン! あなたも何お母様にたかってるのよ……パーティーのリーダーとしての威厳を持ちなさい」

 

「え、……私は別に気にな――はい」

 

 

こちらもなにか不満があるのか、もにょもにょと言い淀む。

だがアウラの眼光とグーパンサインに負け、潔く「はい」と返事をした。

 

千歳を超える二人組が正座で魔族に説教される光景。

そこには年相応の威厳など、全く感じられなかった。

 

 

「お母様、さっきの提案自体は受け入れるわ。さっきからずっと言ってるけど私は昔と変わらずお母様が好きよ。今のお母様は頭が相当イってるみたいだから信じられないと思うけど、また一緒に暮らしましょ」

 

「はい……なら!」

 

 

同居! 娘と一緒に夢の同居生活!! 信じる信じる! フルーフは鼻水を垂らしながらハイテンションで、提案に前向きな言葉を返すアウラに飛びついていく。

 

 

「だけど今直ぐは無理。グラナト伯爵には二年もお世話になったし、この後の復興も手伝わないと……だからお母様は街で待っていて。わざわざ会いに来て貰った分、次はこっちから会いに行くわ。それに私結婚したの、後々で申し訳ないけど結婚の挨拶と許可を貰いにいくから覚悟しておいて」

 

しかしアウラが次に続けた言葉により、テンションMAXのフルーフの脳天から足先へと雷が走った。

 

――結婚……つまり――南の勇者と結・婚ッ!!! いや結婚済み!?

 

余程現実を受け入れられないのか、フルーフは頭を抱えながら奇声を上げて転げ回る。

 

 

「――ぅ゛!? 馬鹿な……そ、そんなぁ……。やっぱり南の勇者と……無理……現実を受け入れられない」

 

 

認めない! だなんて口が裂けても言えない。そんな資格がないことは、フルーフが一番理解している。

だから絶対言わないし言えない。代わりに訳のわからない絶叫を上げまくっていた。

 

 

「だと思った。だから私が行くまでに心の準備をしておきなさい。式はまだ挙げてないからそっちで挙げさせて貰うわ。ここだけはお母様の成金っぷりに期待しておくから」

 

「フリぃーレン……娘が……娘が結婚してたぁ……」

 

「みたいだね、よしよし……」

 

 

フルーフはゴロゴロと回転し、正座するフリーレンの膝下に転がり込み、蟹のように抱きつく。

フリーレンは適当な調子で背中をポンポンと叩き、フルーフを宥め始めた。

 

――仲いいわね。

アウラは思う。なんで会う頻度が数百年単位なのに、こんなに仲いいんだよ、と。

 

「いい歳した大人二人で何やってるのよ」

 

フリーレンはふと真面目な顔になると、アウラを見上げ視線を合わせた。

謝罪して殴られたくないので、言葉を選びつつ感謝を述べる。

 

 

「アウラ……面倒を掛けて悪かったね、危うく殺す所だった」

 

「そういうのはいいわ。私は私のやりたいようにやっただけ……貴女から謝罪を受けるつもりは無いし、お互い様で忘れましょ」

 

 

サッパリというか、カラッとしている。

命のやり取りをしたにも関わらず、アウラには心地よいドライさがあった。

 

 

「ねちっこい私と違ってさっぱりしてて良い娘でしょ?」

 

フルーフがフリーレンに抱きついたまま、モゴモゴと喋る。

 

「そうだね、性根の曲がったフルーフとは大違いだね」

 

フリーレンはそう返しながら、アウラを観察した。

魔族らしい冷徹さを持ちつつ、心は人間の比重が大きい。

根っからの魔族と言い切るには少し無理がある、そんなよくわからない魔族だった。

 

 

「コホン……それより、まだ街の大魔族が残ってるんだからその始末が先よ。グラオザームとリヴァーレの対処、お母様にも手伝って貰うから」

 

 

緊張感の無い二人組のせいで弛んだ空気が、アウラの一言と共に引き締まる。

フリーレンの件は解決したが、伯爵領では未だ交戦状態が続いている。精神的な疲労は残るものの、怪我が治ったのなら今直ぐ向かうべきだ。アウラは伯爵領を見据え、声を上げた。

 

フリーレンも、南の勇者がいるとはいえここで動かない理由は無く、杖を手に持ち立ち上がる。

 

ただ一人、フルーフだけは二人を制止し引き止めていた。

 

 

「それなら大丈夫です。ここに来る前にリーニエ師匠とフリーレンの仲間であるシュタルクさんを治療して聞いたんですけど、そのリヴァーレという魔族は二人で倒したみたいです」

 

「はぁ!? リヴァーレよ!あの、リヴァーレ! 魔族最強の戦士がどうやって倒したっていうのよ!?」

 

アウラのドスの効いた声が、フルーフの全身を震わせる。

フリーレンも驚いたように瞳を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 

「いや、そう聞かれても分からないとしか。フリーレンはわかります? 私、リヴァーレって魔族は名前だけしか知らず、実際に見たことはないんですけど」

 

「それが本当なら凄いね。人類でいうところのアイゼンみたいな存在だから、殺すだなんて奇跡に近いはずだよ。それをシュタルクが……ごめん。さっぱりわからない」

 

アウラは直にリヴァーレの武勇を見て、フリーレンは口伝で伝わる話を幾つか耳にしていた。

それを倒した。状況が全く想像出来ず、意味不明だった。

 

しかしフルーフがわざわざこんな嘘をつく理由はない。だとしたら事実なのだろうと、二人は取り敢えず受け入れることにした。

 

 

「……それじゃ、グラオザームはどうなの? これ以上暗躍されるのは我慢ならないんだけど」

 

「そっちは……貴女の頼れるお義父さんが向かったので直ぐに終わりますよ。私にアウラさんとフリーレンの状況を話して真っ直ぐどこかに向かっていましたので」

 

 

フリーレンの頭にハテナマークが浮かぶ。しかしアウラには心当たりがあったのか、頬をヒクつかせ「ウゲェ……」と嫌そうな顔をする。

 

フルーフの性悪旦那が旧知の大魔族と敵対する姿など、アウラにはまるで想像出来ない。

だがフルーフがアウラを大事にしている以上、敵でないことは確かだ。どこまで信用していいか図りかねるが、アウラはソリテールを信じるフルーフを信じてみようと決めた。

 

 

「……あの時見えた魔法、やっぱり。わかったわ……お母様。あの死臭塗れの性悪を『お義父様』だなんて呼びたくもないけど、本当にグラオザームを殺しにいったのなら……無事では済まないでしょうね」

 

「フルーフ、さっきから聞いてたけど……探してた魔族を見つけたんだね」

 

「え、あ……はい。それについてはややこしい上に暴力沙汰に発展しそうなので折を見て話します。どうかご了承下さい。私の持ってる魔導書あげるんで今は勘弁して下さい」

 

 

思わぬ方向から飛んでくる質問に、フルーフは面倒なのでもう誤魔化すことなく認める。

取り敢えず詳しい話はまた落ち着いた場所でしようと、手持ちの魔導書を材料に交渉を持ちかけた。

 

「いいけど」

 

答えは当然OK。フリーレンはどうせろくでもない相手なんだろうなぁ、なんて考えながら、フルーフから貰える魔導書にワクテカしながらニマニマ笑っていた。

 

「……やることがなくなったわね」

 

「平原は焼け野原でずっと燃えてますし、消火活動でもしますか?」

 

「回りに草木がないんだから待ってれば消えるよ」

 

 

グラナト伯爵領にはソリテール、南の勇者、なんならリーニエとシュタルクとフェルンまでいる。

既に戦いが始まりかなりの時間が経過し、魔力消費で弱ったグラオザームに対しては過剰戦力もいいところだ。

 

一気に手持ち無沙汰になった三人組は再度座り直し、どうしよっか……などと言いながら呑気に円を囲む。遠くの空がまだ赤く燃えているというのに、この丘の上だけは奇妙な静けさに包まれていた。

 

 

「なら……お母様とフリーレンの話しでも聞かせて貰おうかしら?」

 

「あぁ……ならついでに勇者の話でも聞かせてください」

 

「「いいわ/いいよ」」

 

「あ、うん……まぁ、じゃ……両方聞かせて下さい」

 

枯れ草を集めて小さな焚き火を灯す。パチパチと爆ぜる音が、夜の静寂に心地よく響いた。

炎の暖かさが頬を撫で、焦げた匂いの中にほのかな温もりが混じる。

 

エルフ、人間、魔族の三人は、焚き火を囲んで腰を下ろした。

各々内面に様々な感情を抱えながらも、今後あるかもわからないこの一時を存分に楽しみ始める。

 

星々が瞬く夜空の下、三つの影が寄り添うように座っている。

種族も立場も、歩んできた道も全く違う。それでも今この瞬間だけは、奇妙な連帯感で結ばれていた。

 

 

「私の娘。……アウラちゃんって呼んでいいですか?」

 

「ちゃんは止めてお母様」

 

「ならアウラさんで」

 

「……それでいいわ」

 

 

焚き火の炎が三人の顔を照らし出す。フルーフの目尻には、まだ乾ききっていない涙の跡が残っていた。

アウラは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべている。

フリーレンは二人のやり取りを眺めながら、静かに微笑んでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。