ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第48話▶終幕の一撃

 

 

 

――グラナト伯爵領内。

 

 

魔族と人類の壮絶な攻防が始まってから、既に数時間が経過していた。

 

夜空を焦がす炎の色が、刻一刻と変化していく。

魔族の撒き散らす魔法の余波で燃え盛っていた民家は、その尽くが倒壊し黒い炭と化している。

 

かつて整然と敷かれていたレンガや石畳は見る影もなく砕け散り、焦げた木材と血の臭いが入り混じった空気が、戦場を重く覆っていた。

 

 

遠くで魔法の炸裂音が響く。悲鳴。怒号。瓦礫が崩れ落ちる轟音。

それらが幾重にも折り重なり、夜の闇に溶けていく。

 

 

開戦時よりも魔族と幻影の数は確実に減っていた。

しかし教会と城を攻め落とそうとする魔族の勢いに陰りは見えない。

 

魔族と魔物、そして盾と剣を握り戦う人間たち。

彼らの闘争心は互いの血を焚べるように、際限なく燃え上がり続けていた。

 

 

その混沌の中を、一人の少女が歩いていた。

 

 

道とも呼べぬ瓦礫の山を、まるで花畑を散歩するかのような足取りで進んでいく。

額からは小ぶりな二本の角が生え、その身体からは膨大な魔力が際限なく垂れ流されている。

 

大魔族ソリテール。空を飛び交っていた魔族たちは、その姿を認めた瞬間、示し合わせたように来た道を引き返していく。

 

誇示するかのように垂れ流される魔力は、禍々しくも澄み切っている。

そして何より、魔族ですら身が竦むのは、その小さな身体から滲み出る膨大な数の死臭だった。

 

数百年を生きた魔族でさえ、ソリテールの纏う気配の前では冷静にならざるを得ない。

本能が警鐘を鳴らす。逃げろ、と。あれは同族であって同族ではない。触れてはならない何かだ、と。

 

しかし、誰一人として逃げおおせた者はいなかった。

 

能面のように穏やかな笑顔を貼り付けたまま、ソリテールは思案顔で周囲を見回す。

その足元では、絶えることのない苦悶の呻き声が夜気を震わせていた。

 

空を飛んでいた魔族は、倒壊した民家の壁に磔にされている。

四肢のそれぞれに剣が深く突き刺さり、身動き一つ許されない。

 

地を駆けていた魔族の戦士は、地面へと縫い付けられていた。

背中から腹部を貫く剣が、逃走の意志すら奪い去っている。

 

 

まるで蝶の標本だった。

美しく整然と、そして残酷なまでに徹底された磔刑の光景。

 

 

「淋しいわ」

 

ソリテールの声が、呻き声の合間に響く。

 

「知らない仲でもないし、歩いていれば貴方の方から会いに来てくれると思ったのに」

 

数歩先で磔にされた魔族の元へと歩み寄る。

苦悶に歪み、怯えを孕んだその顔を、ソリテールは覗き込むように見下ろした。

 

 

「私、貴方を怒らせるようなことをしたかしら?」

 

小首を傾げ、それから囁くように続けた。

 

 

「ねぇ、グラオザーム」

 

 

その名を呼んだ瞬間だった。

 

磔にされた魔族の顔から、あらゆる表情が抜け落ちる。

苦痛も恐怖も消え失せ、代わりに眼球が黒く染まっていく。

 

瞳孔の輪郭だけが白く浮き上がり、そこには冷徹な知性と理性が宿っていた。

 

先程まで怯えていた瞳が一転し、冷たくソリテールを見下ろす。

 

「――ソリテール」

 

声色すら変わっていた。

 

「あまり巫山戯た真似はやめていただきたい。貴女が来たことで、計画されていた全てが水泡に帰しました」

 

抑揚のない声が続く。

 

「人間に肩入れするなど、一体何を考えているのですか?」

 

突然の豹変に、しかしソリテールは何の疑問も見せなかった。まるで旧友との再会を楽しむかのように、穏やかな口調で言葉を返す。

 

「人間に肩入れ?」

 

小首を傾げる仕草。

 

「……待って、それは誤解よ。私が連れてきたリーニエがリヴァーレを殺したのだものね。勘違いしても仕方がないわ」

 

 

人間への肩入れ。確かにソリテールは目についた魔族を一方的に串刺しにしている。

だがそれは、騒ぎを起こしてグラオザームとの接触を図るためのもの。

 

自身が連れてきた魔族が大魔族の一人を屠ったことは想定外だった、それは事故のようなものだ。

 

断じて、人間に味方しようなどという感情から生まれた行動ではない。

 

命じた訳でもないし、人間がいくら死のうがソリテールには知ったことではなかった。

 

弱者救済などという殊勝な心は持ち合わせていない。

これは魔族としての名誉を傷つける、酷い言いがかりだ。

 

 

「ならどういう訳なのか、弁明していただけますか?」

 

グラオザームの声には、理性的な口調の裏に苛立ちが滲んでいた。

 

「貴女はこの領内の人間が有利になるようにしか動いていない。現状、貴女の始末に動かない理由が私にはありません」

 

 

その言葉の意味を、ソリテールは正確に理解していた。

 

リヴァーレを失った今、グラオザームの手札は大きく削られている。だからこそ苛立っているのだ。

魔族最強の戦士を葬られた挙句、幻影も含め無差別に同胞を屠り回っている存在。ソリテールに向ける感情は、相当に根深いものになっているだろう。

 

それでも、ソリテールの表情には微塵の動揺も浮かばなかった。

 

 

「勿論。此処の人間になんて興味は無いの」

 

言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

 

「私に親切で、大事にしてくれる優しい人間はいくらでもいる。だから態々お話し相手惜しさに、貴方の邪魔をしたりしないわ、グラオザーム」

 

 

弁明はする。しかしそれは、あくまで「人間に肩入れしている」という発言に対してだけだ。暗に「敵対するつもりなのか」という言葉の裏には、一切触れていない。

 

グラオザームは沈黙した。

 

聞きたかった答えではない。言葉の真意に対する返答ではなく、言葉通りの意味だけを汲み取った回答。はぐらかされている。その自覚が、不快感を更に募らせる。

 

 

「弁明にはなっていませんが、貴女らしい答えです」

 

冷めた声が、淡々と続く。

 

「ならどうして、貴女が連れているあの魔族はリヴァーレを殺したのですか?」

 

当然の問いかけ。しかしソリテールは、それを聞いた途端、不思議そうに瞳を瞬かせた。

 

「……ねぇ、グラオザーム」

 

幼子に教え諭すような、緩やかな口調。

 

「今更そんな当然のことを聞かないで。私達は本能に忠実な怪物よ。なにかを殺すことに、深い理由が必要なの?」

 

そのまま、言葉を重ねていく。

 

「私も貴方も、散々殺してきたでしょう。邪魔だと思っただけで。殺したいと考えただけで。人間や魔族を区別なく屠ってきた」

 

貼り付けた笑みの奥で、何かが蠢いた

 

「今回、それがリヴァーレに向いたというだけのこと」

 

 

敵意を向けられれば排除する。空腹を覚えれば喰らう。邪魔だと感じれば葬る。己の渇きを満たすために命を奪う。

 

魔族に人類のような殺しに対する上等な理由などない。殺しに対する忌避感も、同族殺しに対する禁忌の情もなく、ただ殺したいから殺す。それだけだ。

 

言葉すら人類を殺すために獲得した進化の証。意思疎通が図れるのに、思考が真っ先に殺しへと向かう真正の怪物。狡猾で残忍な人喰い、それこそが魔族だ。

 

今更「何故殺したか」などと問われても、ソリテールには不思議がることしかできなかった。

 

そんなものは、お腹が空いたからご飯を食べる、眠たくなったから眠る、そんな当たり前のことでしかない。

 

頭の中が戦士一色のリーニエの心の内は、ソリテールであっても理解できない。

 

ただ、リーニエとリヴァーレの魔力量から、その戦いにかけた覚悟を推し量ることは容易だった。

 

魔族の魔力を人類の階級に喩えるなら、リヴァーレは一国の王に相応しい。対するリーニエは、スラムを彷徨う貧民がせいぜいといったところだ。それだけの格の差が、確かに存在していた。

 

国の頂点である王が、態々貧民の前に立ち見下ろしている。足が竦むどころではない。人間であれ魔族であれ、リーニエと同じ立場に置かれれば、即座に頭を垂れて許しを乞うのが普通だろう。

 

だがリーニエは刃を持ち、振り抜いた。

 

王に刃を向けるなど即刻打首ものだ。確定した死が待っていると、子供でも悟ることができる。だが結果として、刃は振り下ろされた。己の死よりも優先すべき何か。大魔族に喧嘩を売るだけの理由が、あったのだろう。

 

ソリテールの内で、様々な感情と考察が生まれては消えていく。

 

しかし最終的に、答えはグラオザームに返した一言に帰結する。

 

リーニエがリヴァーレを殺した理由。

 

殺したいから殺した。

 

それだけだ。

 

 

「貴女の歪んだ主観を、肯定も否定もしません」

 

グラオザームの声には、押し殺した感情が滲んでいた。

 

「今は回りくどい問答をする余裕もない。ソリテール、貴女は私の敵ですか?」

 

 

磔にされた魔族の黒い瞳が、じっとソリテールを見据えている。その奥で、グラオザームの意識が状況を分析しているのが、その沈黙から窺えた

 

リーニエという魔族の異常性を、グラオザームは知らない。普通の矮小な魔族は、どれだけ理由があろうと大魔族相手に食ってかかったりはしない。

 

人間以上に、強者と弱者の溝は深い。人類の格を決める物差しである名誉、権威、金、力。魔族においては、その全てが魔力量という一点に集約されている。人類の社会階級などよりも遥かに抗いがたい力の格差が存在しており、それを無視して殺しにかかるなど正気ではない。

 

殺したいから殺した。一見、筋が通っている主張ではある。だがそれは同格か格下に限った話だ。弱者に強く強者に弱い。生に執着する野蛮な獣でしかない魔族には、ありえない話だった。

 

だからこそグラオザームは、回りくどい問答を打ち切った。敵なのか、味方なのか。どちらの側なのかを、直接問いただす。

 

 

「敵意は無いわ」

 

何の感情も読み取れない声で、ソリテールは答えた。

 

「今だって、此処に来ることになった理由がなければ、貴方を手伝うことも吝かではないの」

 

ふと、顔を上げた。星のない夜空を見つめながら、言葉を継ぐ。

 

「あの教会と城に立て籠もった人間達は、きっと怯えているはず。恐怖と絶望を感じながら、なお生きようと懸命に足掻く彼らとのお話は……とても実りあるものになると思う。互いを守り、身を寄せ合い、励まし合う。儚くも温かな『愛』がそこにはある」

 

無機質だった瞳に、微かな熱が灯る

 

「えぇ……とても楽しそうね」

 

敵意は無い。

 

だが、グラオザームは知っている。眼前の魔族の「敵意が無い」という言葉ほど、信用できないものはないと。

 

友好的な態度で城塞都市に入り込んだ挙句、「お話」と称してその場にいた全員を皆殺しにする女だ。何を信用すればいいというのか。

 

その言動から、確かにグラナト伯爵領の人間に対する友好的感情は読み取れない。逆にグラオザームに対する友好の情が窺える。だからこそ、余計に不気味だった。

 

グラオザームの思考が加速する。

 

これがリヴァーレやシュラハトのような、目的が明確な魔族であれば深読みする必要はない。だがソリテールは違う。人類の研究以外に、何を行動原理とし、何を目的に行動の指針を決めているのか。全く理解できない存在だった。

 

その行動も言動も、あまりに怪しすぎる。

 

だが、ソリテールは大魔族の中でも上位に君臨する強大な魔族だ。リヴァーレ亡き今、グラオザームとしては是が非でも自陣に引き入れたい手札でもあった。

少しでも可能性があるのならば、と。グラオザームは、ソリテールに対し交渉する姿勢を見せることにした。

 

「ならば事は簡単です。その理由を言ってください」

 

事務的な口調で続ける。

 

「この領内にその理由があるというのなら、協力できます。私の幻影はこの領土全体を覆っています。貴女が口にする、その理由の解消に役立つはずです」

 

グラオザームの魔法は領内全体を覆い、張り巡らされた幻影の目は絶えず情報を送り続けていた。幻影の戦力を攻勢以外に回すのは惜しいが、これでソリテールという強力な手駒が手に入るなら安いものだ。

 

ソリテールは、その申し出を聞いて微かに目を細めた。

 

「親切ね」

 

声には温かみすら感じられる。

 

「昔から暴力に訴える前に交渉を選ぶ、貴方のそういうところに好感が持てるわ」

 

視線を宙に漂わせ、それから言葉を継いだ。

 

「私は今、とても気に入っている人間がいるの。それこそ命に代えても手放せない大事な人」

 

言葉が紡がれていく。

 

「彼女が逃げ出さないよう、私はその人の願いを何でも叶えてあげたい」

 

「……冗談を交える必要はありません。要件だけ伝えてください」

 

 

グラオザームの声が、微かに硬くなった。

 

魔族が命をかける。これ以上に薄っぺらい言葉はない。あたかも本当に大事そうに語る姿が、グラオザームには気味が悪くて仕方なかった。

 

こういった言動は、別に珍しくない。ある意味、人間の真似事を好き好んでするソリテールらしいとすら言える。

 

グラオザームはソリテールの言葉の裏を読む。大方、ペットとして人間を飼い始めたとか、そんなところだろうと当たりをつける。何かしらの理由で、そのペットの人質になる人間を探しているのかもしれない。

 

思案する中、ソリテールは変わらず能面のような笑みを浮かべていた。

 

グラオザームには、それがとても醜悪なものに見えた。腐った果実に群がる蝿のように、何か不吉なものを纏っている。観察されているようで、酷く居心地が悪い。

 

先を急かすように、グラオザームは話の続きを促した。

 

「その人は娘を探しているの」

 

ソリテールの声が、淡く熱を帯びる。

 

「私の義娘にもなる存在。それが今この領内にいる。だから私は、その娘を探しにここまで来たの」

 

 

言葉を真面目に受け取るつもりは、既にグラオザームにはなかった。

 

断片的に挟まる言葉の情報が理解できない。当然のように挟み込んでくる親子の概念を、全くといっていいほど脳が処理できなかった。

 

義娘。娘。

 

ただの言葉の羅列としてすり抜けていく。一切のイメージが湧かず、虫の羽音のようにただすり抜けては消えていく。

 

グラオザームにかろうじて理解できたことは、ソリテールが人探しをしているということだけだった。

 

しかし、それだけ分かれば十分でもある。グラオザームの目的は、最初からアウラと南の勇者のみ。端から人間などに用はない。

 

 

「この領の人間は全て二箇所に立て籠もっています」

 

グラオザームは提案した。

 

「此処で協力してくださるのであれば、傷一つつけず捕らえた後、何も聞かずその人間を引き渡します」

 

 

言い終えた直後、違和感が走った。

 

 

――待て。

 

 

確かソリテールは、この領内の人間に一切興味が無いと宣言したばかりだ。だというのに、この地に訪れた理由は人探しだと宣った。

 

グラオザームは知っている。眼前の魔族の本性が、醜悪な性悪女であることを。

 

 

「えぇ、そうね」

 

ソリテールの笑みが、一層深まった。

 

「彼女は私の義娘になる。私はお義父さんになるの」

 

会話が成立しない。ただ、ソリテールの声だけが弾むように続く。

 

「父親として娘に傷を負わせるなんて、許してはいけないわ。父とはそういうもの。そう思わない、グラオザーム」

 

「申し訳ありませんが、私の魔法は幻影を見せるだけであって、人間について理解が深い訳ではありません」

 

グラオザームの声に、隠しきれない焦燥が混じる。

 

「貴女の個人的な興味は、全てが終わった後……貴女自身で解消してください」

 

煩い。黙れ。

 

グラオザームの脳に血が巡り、最悪の結論へ辿り着こうとしている。更に笑みを深めるソリテールに対し、怒りすら湧いてきていた。

 

「そうするつもり」

 

ソリテールは意に介さぬ様子で続けた。

 

「父と娘の交流が難しいと本にも書いてあったの。だからこそ円滑な関係を保つための実験と検証を欠かすつもりはないわ」

 

瞳が恍惚と潤む。

 

「私の奥さんもそれを望んでいるの。周りの環境がよくなれば、彼女はもっと私から離れづらくなる。離れたいと思わなくなる」

 

声が、囁くように低くなった。

 

「一生……ずっと一緒……」

 

「………ソリテール」

 

グラオザームの声が、凍りついた。

 

「聞かせてください。その探している人間の特徴はありますか?」

 

 

自身で語りながら恍惚とした熱を帯びていくソリテールを、グラオザームは殺気の籠った視線で見下ろす。

 

この地に訪れたこと。人間には興味が無いこと。つまりは此処の住人ではなく、人間ですらない。

 

「人間?」

 

ソリテールは小首を傾げた。

 

「……誰も人間とはいっていないわ」

 

言葉が紡がれる。

 

「彼女は人間の心と魔族の本性を併せ持つ魔族。名前は――」

 

極めつけは、女だ。

 

伯爵領の部外者であり、人間ではない女。そんな限定的な存在は、一人しかいない。

 

グラオザームの思考が、答えに到達した。

 

 

「アウラですか」

 

「そう」

 

 

ソリテールの笑みが、これまでで最も深くなった。

 

 

「私の義娘になる彼女の名前はアウラ。とても大切な――私と彼女を繋ぐ、娘という名の鎖」

 

 

ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべるソリテール。グラオザームは瞳孔を開き、怒りを露わにした。

 

敵意は無い。だが、敵意が無いだけで、最初からグラオザームに協力するつもりなどなかったのだ。

 

感情を表に出すグラオザームが余程面白いのか、ソリテールは笑みを浮かべたまま覗き込み、観察している。

実験動物を観察する目。冷たい好奇心だけを湛えた眼差しだった。

 

 

 

「交渉決裂です」

 

 

 

グラオザームの声が、冷たく響いた。

 

「急ね」

 

ソリテールは眉一つ動かさない。

 

「理由を聞かせて?」

 

「断頭台のアウラは殺さなければなりません」

 

磔にされた魔族の口から、グラオザームの意志が淡々と紡がれる。

 

「彼女が裏切った際の後始末。それが私がシュラハトから唯一託された願いです」

 

シュラハト。

 

その名を聞いた瞬間、ソリテールの脳裏に一人の魔族の姿が浮かんだ。

 

全知のシュラハト。魔族でその名を知らぬ者はいないほど偉大な大魔族。生まれた時から全ての正解を知っている、種の未来を率いる指導者に相応しい高貴な存在。

 

だが、それ故に致命的な間違いを知らない。全てが既知であり、全ての事象が己の指し示す方向へと流れていく。

 

ソリテールは心の内で呟く。

 

――シュラハト。貴方には、この未来が見えていた?恐らく見えていたものは、全く別の光景だったでしょうね。

 

これらは皆、フルーフというほんの小さな世界の歪みが生み出した結果。貴方が見ていたのが運命と呼ばれるものなら、気の毒に思うわ。貴方は正しく未来を見据え、種の繁栄のために命を捧げた。

 

何もかも滅茶苦茶。この世界に流れる運命をそのままに、現実が一切その流れに従っていない。フルーフという異常が世界に異常を齎し、異常なままに進み続けている。

 

貴方は悪くないわ。ただ、魔王様の御心も貴方の計画も、何の価値もなくなってしまっただけ。

 

 

「旧友との殺し合いなんて気が進まないわ」

 

 

ソリテールの声には、軽薄な感傷が滲んでいた。

 

「グラオザーム、確かにシュラハトは私達魔族の中でも特別な存在だった。だけど、死んだ魔族の言葉に今も従う義理が、貴方にはあるの?」

 

笑みを貼り付けたまま、言葉を区切る。

 

「今、この場を去ってくれるのなら、私は貴方を追ったりしない」

 

「私達は人類に負けた」

 

グラオザームは、その提案を一蹴した。

 

「だからこそ敗戦処理は正しく行われなくてはなりません。シュラハトが見た種の未来、その最善から逸れれば待つのは魔族の淘汰のみです」

 

抑揚のない声が、淡々と紡がれる。

 

「私もシュラハトに対し何か想っている訳ではありません。私は私の滅びを避けるために行動しているだけです。ですので説得は無意味です」

 

 

散々弄んだ挙句、今消えれば追わないと宣うソリテール。

 

グラオザームは努めて理性的に返した。この女の底意地の悪さと性根の曲がり具合を見れば、感情的になったところで喜ばせるだけだ。例えその言葉が事実だとしても、シュラハトの頼み事がある以上、おめおめと逃げ帰ることなどできなかった。

 

魔族の未来などというスケールの大きすぎる話は、グラオザームにとってはどうでもいい。ただ、その破滅の未来に自身が含まれていることを理解しているからこそ、こうして危険を冒してまで動いているのだ。

 

 

「そう、なら仕方ない」

 

ソリテールは小さく息を吐いた。

 

「私は彼から未来について何も聞いていない。だけど魔王軍にいた魔族で、シュラハトの言葉を直接聞いて信じるなという方が無理があるもの」

 

「……」

 

「何の疑いもなく、その未来が来ると信じる純粋さを滑稽と思いはするけど、その気持ちを尊重するわ」

 

まるで自分は関係ないとでも言いたげな楽天的な態度。グラオザームは神経を逆撫でされるのを感じた。

 

魔族であれば誰もが他人事ではない。ソリテールはそのことをよく知っているのにも関わらず、この態度だ。

 

己の生存を脅かされているのだ。普通は協力すべきだろう。何故協力しない。

 

死と滅亡が迫ってきているにも関わらず、何故保身の塊でしかないソリテールがこちらを突き放してくるのか。グラオザームには心底理解できなかった。

 

 

「シュラハトの言葉が無くとも理解できるはずです」

 

グラオザームの声に、熱が籠り始める。

 

「最早魔族に猶予は残されていない。このまま人類に対し行動を起こさなければ、種は根絶され消え去るのみ」

 

畳みかけるように、グラオザームは続けた。

 

「ソリテール、貴女も例外ではありません。どれほど身を隠そうと、いずれ人類に追い立てられ狩られるだけですよ」

 

笑みを浮かべていたソリテールの顔が、鳩が豆鉄砲を食らったかのように固まった。

ここにきてまさかの説教。

 

言いたくなる気持ちも分かるし、グラオザームよりも世界の現状を知るソリテールには、言っている意味がよく分かった。ただ、こんな時に真面目に説教を述べる旧知の魔族の真面目さに、笑みが漏れた。

 

 

「ふふ、心配しないで」

 

どこか呆れたような、それでいて慈しむような声だった。

 

「私はもう良い歳だし、隠居することに決めているの。余生もどう過ごすか決めているわ。その為の生活基盤も整えている」

 

視線を夜空へと向ける。

 

「いずれ人類の魔法は私達の手に負えないほどに進化し、その研ぎ澄ませた牙が私達の喉を食い破る日は遅かれ早かれ来る。大多数の魔族にとって、それは生死を左右する問題」

 

肩を竦め、どこか楽しげに続けた。

 

「だけどそれは、私個人には何の関係もない」

 

ソリテールは、自身が満足いく死を既に見据えていた。

 

フルーフを残して逝くことへの抵抗はない。直ぐに後を追ってきてくれると確信しているから。

 

本音を言えば、魔法も人類の研究も充実した環境と設備が整った上で続けたい。今の環境のまま穏やかに暮らせれば文句無しだが、最悪居場所を転々としながら逃げ回ることになっても構わなかった。

 

フルーフが側にいさえすれば、全て満たされる。

 

絶対に死を回避できるという安息感。生き血を啜りたいと疼く本能。殺したいと叫ぶ猟奇的衝動。その全てを潤してくれる存在。

 

愛していると臆面もなく言葉にできる存在。フルーフはソリテールの全てを肯定し受け止めてくれる安らぎそのものだ。常にソリテールが最優先であり、一番に考え、喜んで命を捧げてくれる。その心地よさに勝るものはない。

 

だからこそ、最終的に彼女さえ側にいてくれるのなら、ソリテールはもう何でもよかったのだ。

 

 

「後悔しますよ」

 

 

グラオザームの声が、低く響いた。

 

「人類の支配する世界、その未来で貴女に残された末路は一つだけです。人間の中に溶け込んだところで、貴女のような殺しの習性が染み付いた存在は長くは保たない」

 

言葉に力が籠る。

 

「排斥され、逃げる場所すらなく屍を晒すだけです」

 

「辛辣ね」

 

ソリテールは肩を竦めた。

 

「人類のために用意された場所で静かに暮らせないのなら、私のために用意された場所で暮らすわ」

 

視線がグラオザームへと戻る。

 

「それに今は、本当に大したことは望んでいないの。最悪、彼女と二人で旅でもしながら最期を終えるわ」

 

「その判断に……魔王様は落胆するでしょうね」

 

グラオザームの声に、押し殺した感情が滲んだ。それは失望なのか、諦観なのか。

 

ソリテールは静かに首を横に振った。

 

「大丈夫、いずれ魔王様が願った未来が来るわ」

 

張り詰めていた空気が、僅かに緩んだ

 

「……お別れね、グラオザーム。貴方に殺意を向けられても、殺す気も殺意も起きない」

 

声が、一段低くなった。

 

「だけど殺す理由ができたのなら……殺すわ」

 

 

共存。共に在ること。

 

やはりソリテール個人には不可能だと考える。いかにフルーフの蘇生があるとはいえ、無自覚に殺してしまう以上、本当の意味での共存は成り立たない。殺しなど、共に在ることを否定する最たる行為だ。

 

殺さない。魔族がそれをできるようになるには、魂の奥底にまで恐怖で教育するしかないだろう。

 

魔族が持つ最も強い負の感情は死への恐怖。そこからアプローチをかけ、人殺しに身が竦むよう条件付けすることができれば、無自覚な殺しは抑えられる。

 

現に試験的に街に連れてきた魔族に、殺しと蘇生を繰り返し教育に成功した例は既にいくつもあった。日常生活を送るだけで絶え間ないストレスがかかるが、それでも人間社会で問題を起こさず過ごすこと自体はできる。

 

ストレスレベルが限界に達すれば狂ったように暴れ出すが、幻覚剤や麻薬、催眠魔法を併用し、魔物を人間と思い込ませて殺させれば一定レベルまで下がることが実証されていた。

 

常に我慢と抑圧を強いられ、実験動物同然の扱いだが、それでも街を逃げ出す魔族の方が少ない。精神的に追い詰められながらも、安定と平穏を求める魔族は多かった。

 

もしかすれば既に、魔族という種に未来が無いことに気がついている者は、案外多いのかもしれない。

まだまだ習性の矯正や厳しい実験が必要だが、それでも共存の可能性自体はあった。

 

だが、そんなものを受け入れる気はソリテールにはない。作られた堅苦しいゲージの中で生きる気など、更々なかった。

 

擬似的感情の共感と意思疎通は成し得ても、ソリテールがソリテールである以上、完全な共存は不可能だった。

 

一方的に殺すのは好きでも、殺されるのは御免だ。好き勝手するのは楽しいが、好き勝手されるなど不愉快でしかない。

 

殺しありき。思考誘導。記憶操作。感情の監視。それらをフルに活用して、街の住人と互いに利用し合う共生関係が良いところだ。

 

魔王の願いであった共存なんてものは、未来ある子供にでも放り投げればいい。隠居予定の古い魔族は、どこまでも傲慢で身勝手な化け物としての振る舞いを止めるつもりはなかった。

 

 

「グラオザーム……私達は本質的に、自分以外の誰も信じてなんていない」

 

ソリテールの声が、静かに響く。

 

「貴方はシュラハトの言葉を信じているようだけど、それは彼の掌で踊らされているだけよ。彼がこれまで築き上げた言葉、態度、結果に、そう思うよう思い込まされているだけ」

 

能面の笑みが、薄く深まる。

 

「ある意味見習うべきかもしれないわ。死後にまでその言葉一つで魔族を動かし続けているだなんて。とても凄いことだと思うもの」

 

 

シュラハトの姿を脳裏に描きながら、ソリテールは思う。

貴方が種の繁栄を望んでいたのなら、私が引き継ぐわ。私が何も成さなくても、それは達成できそうなの。

 

だから。申し訳ないとも、悪いとは最初から思っていないのだけれど、許して欲しい。

此処で何もかも、一切合切を全て台無しにすることを。

 

話は静かに終わりを告げた。

 

互いが互いに譲れぬ目的がある。協力は不可能だ。

 

グラオザームは魔族として、アウラと南の勇者を殺す必要がある。ソリテールは義父として、アウラを守り、フルーフをより強く縛り付け拘束するための娘鎖を欲した。

 

片や激情。片や無感情。

 

双方とも感情の熱に温度差はあれど、考えていることは全く一緒だ。

 

 

 

 

――こいつ邪魔だな……――殺すか

 

 

 

 

魔族を磔にしていた剣が動いた。

 

壁を切断し、魔族の全身をバラバラに切り裂く。だが、切断したその肉片は血を撒き散らすことなく、ユラユラと世界に溶けて消えていった。

 

幻影。最初から、そこには本物など存在しなかった。

 

 

『貴女に私が殺せますか?』

 

 

あらゆる場所からグラオザームの声が反響する。

 

それは地に縫い付けられた魔族の口であったり、地を這う虫のさえずりであったり、肌を撫でる微風であったり。五感のありとあらゆる場所からグラオザームの意志が流れ込み、染み渡ってくる。

 

 

『居場所を明かすつもりはありませんよ。そして私を殺すよりも早く……貴女は死ぬ』

 

 

領内に入った時点で、そこは既にグラオザームのテリトリーだ。

 

何者であろうと呪いの幻影を振り解くことは叶わない。高位の女神の加護をもってしても抗うことしかできないものに、ソリテールは対抗手段など持っていない。

 

この優位性を覆せるのは同じく呪いが必要だ。それも相性差で勝ることが絶対である。ソリテールがいくら巨大な剣を振り回し魔力をぶつけようが、意味はない。

 

そのことをグラオザームは正しく理解している。

 

ソリテールは確かに強大な魔族だ。単純な暴力のぶつけ合いで敵う存在は、大魔族の中でも少ない。しかし直接的でない絡め手を多用する存在とは相性が悪く、解析不能な呪いを扱うグラオザームはまさしくソリテールの天敵であった。

 

持ち前の知識による解析は不可能。本体の居場所も探知不能。そしてソリテールに向かい飛んでくる、蝗害のような魔族の群れ。

 

絶望的状況だが、ソリテールの絶対強者としての余裕に陰りは見えない。

 

 

「私の魔法と相性が悪いことは否定しない」

 

 

余裕を崩さぬ声が、夜気に溶けていく。

 

 

「だけど貴方と並ぶ幻影使いとの戦闘で、対処には慣れているの。昔と違って、貴方に殺される程私は弱くはないわ。人類魔法の進歩が一体どれほど目覚ましいものなのか……貴方に見せてあげる」

 

 

そう呟くと、ソリテールはグラナト伯爵領の中央上空へと瞬時に移動した。

 

領内全てを見下ろす高度。掌を合わせ、指を遊ばせながら戦場を見回していく。

 

グラオザームの幻影を、一点集中の超火力で打ち破ることはできない。少しでも残っていれば蛆のように湧いて全身を蝕む、陰湿でしぶとい魔法だ。

 

ソリテールは教会と城を確認すると、ゆっくりと手を掲げた。

 

そして、振り下ろす。

 

 

ガンガン!ガンッ!

 

 

瞬間、城壁と見紛うばかりの巨大なプレート状の大剣が、次々と降り注いだ。

 

地響きを鳴らしながら突き刺さった大剣は、分厚い壁を形成していく。教会と城を囲むように。外界から完全に遮断するように。

 

 

「人間の心も持っているのなら、友好関係を崩すリスクは省く必要があるわ」

 

ソリテールの声が、夜空に響く。

 

「手間を惜しんで嫌われたら、フルーフが悲しむもの。父親は娘のために身を粉にして働くものなのでしょ。ならこの程度はしないと」

 

能面の笑みが、柔らかくなる。

 

「それが円満な親子関係を築く秘訣」

 

ソリテールが行ったのは、これから行う魔法から人間達を守る安全地帯の構築だった。

 

ソリテールにとって思い入れのない人間など、いくら殺しても問題ない。だが、娘となるアウラの性格が分からない以上、下手を打つことはできなかった。

 

人間を保護する手間を渋って嫌われる。などというしょうもない理由で親子関係を破綻させるつもりは、ソリテールにはない。

 

善意は無いが、守る理由ができたから一応守る。この一連の行動原理は、それだけだ。

 

 

「それじゃ……グラオザーム、さよならの時間ね」

 

ソリテールの声が、夜空に静かに響いた。

 

領内全てを見下ろす高度。その眼下では、蝗害の如く押し寄せる魔族の群れが、黒い津波となってソリテールへと迫っている。

 

「貴方への手向けとして、私の持つ魔力の九割を使って殺してあげる」

 

唇の端が、ほんの少しだけ吊り上がった。

 

「こんなことをするのは貴方だけ。古い友人からの最期の贈り物だと思って……感謝しながら受け取って欲しいわ」

 

 

グラオザームは知らない。

 

ソリテールという魔法使いが人類と関わり、どのような進化を遂げたのかを。

 

己の魔法は使わない。ただ人類の魔法、それだけを使い、ソリテールはグラオザームを殺す。

 

両腕を大きく広げ、指揮者のように天を仰ぎ見る。終局を奏でる準備は整った。

 

 

「『花畑を出す魔法』」

 

 

それは大魔法使いフランメが、人知れず一番に好んだ魔法。

 

色とりどりの花々を咲かせる優しい魔法。それを、結界に覆われた伯爵領全域に展開する。

 

瞬間、荒廃した街一面が花畑に包まれていった。

 

しかしそれは、フリーレンやフランメが咲かせる華やかな花々とは全く違う。シャルフが見せる可憐な花園とも似ても似つかない。

 

赤。

 

ただ赤一色。

 

毒々しい彼岸花が、焦土と化した大地を埋め尽くしていく。むせ返るような甘い香りが立ち昇り、死を連想させる芳香が夜気に溶けていった。まるで血の沼に街が沈んでいくかのように、全てが赤に染まっていく。

 

 

「『花弁を鋼鉄に変える魔法(ジュベラード)』」

 

 

連鎖的にソリテールの口から紡がれる魔法。

 

カチン、カチン、と金属が触れ合う澄んだ音が、無数に重なり合っていく。彼岸花の花弁は、瞬く間に長細い鋼鉄の刃へと姿を変え、宙を舞い始めた。

 

一つ一つは脆弱な鉄でしかない。本来は束ねて強度を上げ、攻撃に転用するのがセオリーだ。

 

しかしソリテールは、鋼鉄の花弁を束ねることなく、結界内を満たすように宙へと浮かべ続けた。無数の刃が、散り落ちる花弁のように夜空を漂っていく。

 

当然、空を飛び回る魔族の勢いを止めるには及ばない。魔族達は花弁を弾き飛ばし、あざ笑いながら突撃を続ける。

 

「落ち着いて」

 

凪いだ水面のような声が、夜空に響いた。

 

「面白いのはこれから。胸を躍らせるフィナーレは直ぐ目前」

 

能面の笑みが、歪む。

 

「どうか死ぬ間際の最期を、存分に楽しんで」

 

 

カチリ。

 

 

フワフワと安定感もなく浮かび続けていた花弁が、空中に固定され動かなくなった。

 

それを合図に、ソリテールは掲げた両腕を指揮者のように優雅に動かし始める。

 

 

カタ……カタカタカタ。

 

 

静止した花弁の刃が動き出した。

 

 

壊れたコンパスの針のように激しく暴れ回り、高速で回転する。鈍い刃は魔族達の身体を切り裂き、小さな傷を刻んでいく。

 

しかし致命傷には程遠い。

 

魔族達はそんなちんけな魔法に傷をつけられた事実に怒りを示し、花弁の刃を気にすることなく、次々とソリテールを目掛けて突撃してくる。

 

必要だったのは、イメージを補完する状況。

 

街全体を見下ろせる視点。一切の逃げ場なく空中に満たされ、全てを切り刻む鉄の刃。

 

これらは全て、この戦場の閉幕を飾る下準備。

 

 

そして、その準備は今――整った。

 

 

雲に隠れていた満月が、ゆっくりと顔を出した。

 

銀色の光がソリテールの姿を照らし出し、その輪郭が神々しく浮かび上がる。逆光に包まれた顔は闇に覆われ、表情は窺えない。

 

ただその闇の中から、魔法の呟きだけが響き渡った。

 

 

「さぁ……みんな、さようなら」

 

 

静寂が、世界を包んだ。

 

風が止まる。虫の声が消える。魔族達の怒号すらも、遠くへと吸い込まれていく。

 

そして。

 

 

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)

 

 

 

瞬間。

 

結界内のありとあらゆる物質が、動きを止めた。

 

時が凍りついたかのような静寂。空中に浮かび回転する夥しい刃が、その動きを完全に停止させる。

 

そして次の刹那。

 

無数の花弁が、一斉に白銀の輝きを放った。

 

一枚一枚の鋼鉄の花弁から、不可視の斬撃が解き放たれる。

 

目には見えない。音も聞こえない。ただ空間そのものが震えているような、奇妙な圧力だけが肌を撫でていく。

 

花弁から放たれた斬撃は、空気を切り裂きながら直進した。その軌跡に触れたものは、例外なく断ち切られていく。

石畳に亀裂が走る。民家の壁に切れ目が入る。宙を舞う瓦礫が、音もなく二つに分かたれた。

 

それが、一枚の花弁から放たれた、たった一本の斬撃の威力。

しかしソリテールが展開した花弁は、一枚や二枚ではない。

数万。数十万。あるいはそれ以上。

 

伯爵領全域を埋め尽くした彼岸花の花弁。その全てが鋼鉄と化し、その全てが今、同時に不可視の斬撃を放っている。

 

世界が、白く染まった。

 

無数の斬撃が交差し、重なり合い、空間そのものを切り刻んでいく。縦に、横に、斜めに、あらゆる角度から放たれた刃が、結界内を縦横無尽に駆け巡った。

 

透明な波紋が四方八方へと広がっていく。波紋が触れたものは、ガラス細工が砕けるように亀裂を走らせ、音もなく微細な粒子へと崩れ落ちた。

 

空気中を漂う塵すらも、斬撃の餌食となった。粒子が更に細かく切り刻まれ、目に見えない霧となって消えていく。

 

魔族達に、反応する暇すら与えられなかった。

 

突撃していた魔族の身体に、幾筋もの線が走る。それは傷ではない。断面すら見えない、完璧な切断の痕跡。

 

一瞬の間を置いて、魔族の身体がずれ始めた。

腕が、脚が、胴体が、頭部が。まるでスライスされた果実のように、ゆっくりと分離していく。

血が噴き出す間もなかった。断面から零れ落ちるはずの鮮血すらも、斬撃によって粒子へと還元されていく。

 

絶叫する間もなく。苦悶の表情を浮かべる暇すらなく。ただ存在そのものが、塵と化していった。

 

それは一体だけの話ではない。

空を飛んでいた魔族も。地を駆けていた魔族も。物陰に隠れていた魔族も。幻影として潜んでいた魔族も。

全てが等しく、斬撃の嵐に飲み込まれていった。

 

数十。数百。いや、それ以上の魔族達が、同時に粒子へと還元されていく。夜空に舞い上がった塵は、月光を受けて儚く煌めいた。まるで星屑が降り注いでいるかのような、残酷なまでに美しい光景。

 

斬撃は止まらない。

 

花弁は回転を続け、不可視の刃を放ち続ける。一秒ごとに、十の斬撃が。百の斬撃が。千の斬撃が。無数の花弁から際限なく生み出され、世界を切り刻んでいく。

 

城壁が崩れていく。分厚い石積みの壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。そこから粒子が零れ落ち、砂のように風に流されていく。

 

民家が消えていく。焼け焦げた木材も、煤けた石壁も、砕けた窓も。全てが等しく塵へと還り、夜空へと溶けていった。

 

石畳が削り取られていく。足元の地面すらも斬撃から逃れることはできない。土と石が粉となり、かつて通路だった場所には、何も残らなかった。

 

止まることなく、一切合切を切り刻み続ける。

生きているものも。死んでいるものも。動くものも。動かないものも。

 

全てを、等しく。

 

粒子へと。塵へと。無へと。

 

やがて、斬撃の嵐は静まった。

後に残ったのは、甲高い耳鳴りのような残響だけ。

 

キィィィィィィィィン。

 

それは無数の斬撃が空気を切り裂いた証。

世界が悲鳴を上げた名残。終焉を告げる、弔いの鐘の音。

 

全ては粒子となり、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「フリーレン、貴女ねぇ。最強の勇者は南の勇者に決まってるじゃない」

 

 

アウラの声が、焚き火の傍らで響いた。

 

伯爵領から離れた丘の上。フルーフとフリーレン、そしてアウラの三人は、戦いの余韻を引きずりながら他愛もない会話を続けていた。

 

 

「勇者ヒンメルは魔王を倒した。はい論破」

 

フリーレンが淡々と返す。

 

「さっきからそればっかり、反則カードでしょ!?」

 

アウラは身を乗り出した。

 

「七崩賢全員を相手に引き分けた南の勇者こそ最強よ。貴方達が始末できたのは二人だけ。その中の一人であるグラオザームは生きてるじゃない。シュラハトを始末した功績を見ればイーブン、引き分けよ」

 

「仕方ない、今回は譲ってあげるよ」

 

「まぁ、まぁ落ち着いて。誰も最強の勇者なんて聞いてないですから」

 

フルーフが苦笑しながら仲裁に入る。

 

「大事なことよお母、様……」

 

 

アウラの言葉が、途中で途切れた。

その視線は、遠くの夜空へと向けられている。瞳孔が開き、顔から血の気が引いていく。

 

 

「はぁ!? ちょ、ちょっと……お母様、あれはどういうこと?」

 

「どうしたんですかアウラさん、UFOでも飛んでいました――かぁ!?」

 

フルーフも同じ方向を見て、声を裏返らせた。

 

「な、なんですかあれ!? 知らん、私は知りませんよ!」

 

「二人共どうしたの? そんなに慌てて――」

 

フリーレンも視線を向け、そして絶句した。

 

「ほわぁ!? は、伯爵領が……」

 

 

「「「き、消えていく……」」」

 

 

三人の声が、綺麗に重なった。

 

 

キィィィィィィィィン。

 

 

甲高い耳鳴りのような音が、遠くから聞こえてくる。

 

それはとても斬撃とは思えない連続音。まるで世界そのものが悲鳴を上げているかのような、不吉な響き。

 

堅牢な城塞都市であるグラナト伯爵領が、文字通り消えていく。

あらゆるものが溶けている。

 

そう表現するしかないほど滑らかに、この世界から消え失せていった。まるで砂時計の砂が落ちるように、街の形が崩れていく。

 

建物の輪郭がぼやけて霞み、夜空へと舞い上がっていく。

ただ静かに、粛々と、街が世界から消されていった。

 

三人は呆然とした様子で、その光景を眺めていた。

言葉が出ない。思考が追いつかない。目の前で起きていることが、現実なのかどうかすら分からない。

 

やがて、全てが終わった。

 

後に残ったのは、ポツンと取り残された教会と城のみ。

 

ソリテールが張り巡らせた大剣の壁に守られた、二つの建物だけが、何事もなかったかのように佇んでいる

それ以外の全ては。跡形もなく消え去っていた。

 

 

夜空では、月光に照らされた大魔族が、静かに佇んでいる。

 

両腕を下ろし、微笑みを浮かべたまま。

その足元には、かつて城塞都市だったものの残骸すら存在しない。ただ平らな大地が広がっているだけ。

まるで最初から、そこには何も無かったかのように。

 

 

熱狂の渦にあった劇はこうして幕が下ろされた。







以下汚いまとめ。


グラさん「単騎戦闘向きの魔法で喧嘩売るとか片腹痛いンゴ」

SOLITARお姉さん「ほぉん…なら人間さん達のなんかよく斬れる魔法でちょっと切ったろ」

グラさん&魔族&南の勇者兄貴「え――ちょッ待っ!?」

グラナト伯爵領の大地「んああああぁぁぁぁ~~~ッッ!!??」チーーーン

リーニエ&シュタルク&フェルン「三人一緒に城の中で寝てたら街消えてた」疲れて寝てた。

AURネキ「ふぁ!?なんじゃありゅあぁ!?」

FURUFネキ「どうしたんすかAUR姉貴、クソ汚い声上げ――ファァッ!?」

FRRNネキ「どうしたのFURUF姉貴、外でそんな恥ずかしい声あげ――ふぁっ!?」


伯爵領「―――」サラサラサラ…




SOLITARお姉さん「ふぅ、花畑魔法と鋼鉄魔法を教えてくれたシャルフ兄貴に感謝を」

シャルフ兄貴「え!?何?」






グラさん「無理、なんやアイツ頭おかしすぎ、ぜぇ…ぜぇ…逃げるンゴ」
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