ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第50話▶葬送のフリーレン✕無名の大魔族。

 

 

 

暗闇の向こう側から冷たい声色が響く。

 

夜の荒野に魔力の光が瞬いた。躊躇なく急所を狙う魔法が連続して放たれ、ソリテールはそれらを片腕で難なく消し飛ばす。焦げた空気の匂いが鼻腔をかすめ、魔法同士がぶつかり合った余波が肌をぴりぴりと刺激した。

 

杖の切っ先を据えたまま、闇の中から一人の魔法使いが姿を現す。 その構えには一切の迷いがない。

冷えた瞳が、月明かりの下でソリテールを射抜いていた。

 

対するソリテールは温和な笑みを浮かべている。まるで旧友との再会を喜ぶかのような穏やかさで、噂に名高い魔族殺しの魔法使いに興味深げな視線を向けた。

 

 

「貴女があの……葬送のフリーレン。人類の魔法使いで最も有名な魔族殺し。会えて光栄ね。私の名前はソリテール、フルーフの旦那様。奥さんの友人は私の友人も同然、歓迎するわフリーレン」

 

「無名の大魔族……尚更駄目だね。認められない」

 

 

ソリテール。その名は魔族図鑑のどこにも記載されていない。

フリーレンは眼前の魔族が大魔族であり、かつ無名であることを即座に看破する。

 

魔力量はそれほどでもない。少なくとも、表面上は。

だが眼に見える感覚以上の危険性を、フリーレンの長年の経験が警告している。空気を読むように、肌で感じ取るように、この魔族の底知れなさを本能が訴えていた。

 

 

「ま、待って下さいフリーレン!少し冷静になって下さい……言いたいことはわかりますが――ん!?」

 

 

肌を刺すようなフリーレンの殺気を感じ取り、フルーフが咄嗟に二人の間へ割って入ろうとする。

しかしその言葉は、ソリテールの人差し指によって唇の上で止められた。

 

フルーフが視線を向ければ、ソリテールは静かに人差し指を立て、しぃ、とジェスチャーを送っている。

その仕草には荒事を起こそうという気配は微塵も感じられない。フルーフは渋々ながらも、無言の制止に従って口を噤んだ。

 

 

「噂に違わない躊躇の無さ、口より先に手が出てくるなんて野蛮な猿と変わらないわ。貴女が理性と知性がある人類というのなら、まずはその杖を下ろしてくれないかしら。恐ろしくて身体が震えてしまう」

 

「お前達に野蛮と言われる筋合いは無いよ」

 

 

恐怖、怯え。そんな庇護欲を引き立てる仕草を交えながら、ソリテールは自身の身体を抱きしめるように両腕を回す。

しかし相手は対魔族の専門家だ。そんな芝居がかった演技に騙されることなく、フリーレンは脳天目掛けて執拗に魔法を撃ち込み続ける。

 

光が閃くたびに、夜の荒野が一瞬だけ昼のように照らし出された。

 

 

「酷い。もう少し社交性を育んだほうが良いと思うわ、フリーレン。友人の旦那様相手にそんな態度をとっていたら友好関係に亀裂が入ってしまうかもしれない。相手に合わせた態度と柔軟性を保たないと」

 

「血生臭い獣相手に友好的に対応する人間はいないよ。特にお前みたいな狡猾で性根の腐ってそうな魔族に向ける態度としては妥当でしょ」

 

 

エルフ特有の表情の薄さから、感情を読み取ることは難しい。

だが、その瞳には明確な嫌悪が宿っていた。害虫を見るような眼差しだ。

 

ソリテールはそれを敏感に感じ取ると、フリーレンの視線の動きを注意深く追った。

杖の切っ先はソリテールを捉えて離さない。しかし、ほんの僅かに――気づかれないほど僅かに――フルーフの方へと視線が行き来していることに気づく。

 

ソリテールは思考を巡らせた。

 

魔族、人類、状況、立場、フリーレンの態度。様々な要素を考慮し、人類ならばこの状況をどう解釈するのかを予測する。視点を変え、つなぎ合わせ、状況を俯瞰することによって、自身が眼前の魔法使いからどう見えているのかを構築していく。

 

数秒に満たない熟考の末、ある程度の答えは見えた。

 

ソリテールからすれば不本意極まることだが、それならばフリーレンのこの嫌悪にも似た態度の理由に説明がつく。

 

 

「怒っているの?うん……あぁ。これは、成る程。フルーフを人質、あるいは盾にしていると取られたか。私は大事な奥さんを守りたい一心だったのだけれど誤解させてしまったようね。違うわフリーレン、確かに私は人類の第三者目線で見れば狡猾で残虐な獣に映るかもしれない。それもこの際否定しない。だけど、フルーフを盾にしようだなんて誓って無い。どれだけ簡単に治るといっても、大事なものが傷ついて良いとは思わないでしょ」

 

「変わった言い回しをするね。だけど魔族が語るその手の言葉はもう聞き飽きている。お前達は人類の感情を理解していないにも関わらず、どういう言葉を選べば相手を揺さぶれるかを本能的に熟知している、それは虫の囀りと何も変わらない」

 

 

取り付く島もない。

 

魔族の言葉を真に受けない態度。それ自体にソリテールは怒りを覚えない。息を吐くように人間を欺く化け物の言葉を、人類の魔法使いが聞き入れるはずがない。そんなことは最初から織り込み済みだ。

 

しかし、いかに人でなしの化け物といえども、譲れないものはある。

 

 

「離れていて、フルーフ」

 

 

静かな、しかし有無を言わせぬ声だった。

 

フルーフが数歩下がったのを確認してから、ソリテールはフリーレンへと向き直る。纏う空気が、僅かに変質していた。温和な笑みはそのままに、どこか芯の通った硬質さが滲み出している。

 

 

「……ねぇ、フリーレン。私と真剣にお話をしてみない。私達魔族の言葉の一切合切を切り捨てることに対して批難はしない。それは魔族と人類の間で絶えず行われてきた殺し合い、その中で貴女が培った生存戦略そのもの。それを否定しない。現に貴女はその方法で今も生きている。素晴らしい戦略だと称えたくなる程。もう、フルーフももう私の手元にいない、私は自分から有利な手札を捨てた、少しは私の言葉に耳を傾けてくれない?」

 

「そう。不審な行動に警戒はさせて貰うけど、お前の言葉を真に受ける理由にはならないよ」

 

 

ソリテールは見せつけるようにフルーフを解放し、離れた場所へと送った。

自身で語った通り、これは有利な状況を捨てる行いに他ならない。

 

胸の内から、好機を棒に振った損失感がじわりと滲み出す。

フルーフを利用すれば眼の前の脅威を確実に排除出来た、という一抹の損失感がないわけではない。

 

だが、ソリテールはこういった無駄とも思える行為の積み重ねこそが、フルーフとの円滑な関係を深めると確信していた。

 

これが正解。これが人の情であり、情動から滲む態度と行動が他者の心へと熱に薪を焚べるのだ。

これはフルーフへと向ける誠実さ。

 

今しがた「大切」と語った口を、軽いものにしないための態度だ。

魔族の言葉には重みがない。息を吐くように嘘をつき、平然と裏切る生き物だと、人類は知っている。その言葉を真実たらしめたいのであれば、相応の態度を示さねばならない。

 

本来、魔族にそんな必要はない。自己の都合だけを優先すればいい。他者からどう見られるかなど知ったことではない。それが魔族という生き物だ。

 

しかし、ソリテールは違う。

 

フルーフからの評価が、常に思考の片隅に居座っている。そうなるよう、自分自身で入念に思考の癖として刷り込んできた。

 

だから、例えどれだけ損失感を覚えようとも厭わない。

フルーフがいる限り、ソリテールは何度でも損得を度外視した選択を行えるだろう。

 

あわよくば、フリーレンの心象を良くする材料になればとも考えていたが、微かな困惑以外に効果はなかったようだ。

 

 

「フリーレン、魔法の話は好き?人類の魔法への理解なら私も貴女に負けない、きっと良い話相手になると思うわ。魔導書として普及している既存の魔法は全て憶えているの。ほら、貴女と同じ魔法。同じ知識量の相手との会話はきっと有意義な時間になるはずよ」

 

「魔力制限に人類の魔法……。フルーフ、フランメが悲しむよ」

 

 

魔力の急激な増加と縮小。

そしてフリーレンの放つ魔法と全く同じ魔法を、寸分違わぬ出力で放ち、全てを相殺していく。

 

ソリテールとしては話の種になればと披露したつもりだったが、フリーレンにとっては顔を顰めずにはいられないものだったらしい。責めるようなフリーレンの視線が、じとりとフルーフへ突き刺さる。

 

 

「なら後進の育成、魔法教育に興味は?子供への教育、弟子を育てる際の悩み事なんてどう?貴女からすれば信じられないかもしれないけど、私は多くの人類に魔法を教えてきた。休職中だけど今もその最中なの。悩みや苦悩、私と貴女できっと色々なものを分かち合えるわ」

 

「………」

 

 

ソリテールの言葉など耳に入っていないとばかりに、フリーレンは黙々と魔法を撃ち続ける。

どんな種類の魔法を放とうと、ソリテールは後出しジャンケンのように、その悉くを撃ち落としていった。

 

 

「ならダンスなんてどう?何故こんなことをするのか、動きの意味も理解出来ないけど、愛している人と手を取り合って踊るのは楽しいものよ。大切な誰かと幸せを共有する心地良い時間。貴女にもあるでしょ、それを話さない?少し価値観の相違は起こるかもしれない、だけどきっと楽しく話せるはず」

 

「魔族に愛なんて概念はない。お前はフルーフを愛していると言うけど、魔族が他人を愛することなんて決して無い。ソリテール、お前は自分に都合の良いことを愛と言っているだけだ。誰かを愛する、そんな言葉お前達とは一番縁遠い言葉だよ、フルーフのことなんて食べても減らない餌としてしか見ていない」

 

 

空気が、変わった。

 

 

ソリテールの纏う雰囲気が、温和なものから冷たく陰険なものへと移り変わっていく。

口元の弧はそのままに、その奥にある何かが凍りついたかのように……瞳孔が収縮を繰り返す。

 

夜風が二人の間を吹き抜けた。焦げた土の匂いと、冷たい空気が混ざり合う。

 

 

「フリーレン」

 

 

声のトーンが、数段低くなっていた。

 

 

「えぇ、貴女は何も間違っていない。貴女にとって私がどれだけ言葉を紡いだ所で所詮羽虫の羽音でしかない。これまで貴女が殺してきた魔族、これからも未来で殺す魔族の間に挟まった一匹でしかない。聞く価値も無い」

 

一拍、間を置く。

 

「だけど……貴女がその凝り固まった固定観念を十分働かせてくれたおかげで」

 

ソリテールの瞳が、冷たく細められた。

 

 

「――仲良くする気が失せたわ」

 

「はじめから魔族にそんなものは必要としていない。そんな気を回せるなら、さっさと死んでくれると嬉しいんだけど」

 

 

フリーレンの返答は素っ気ない。だが、その声には微かな緊張が滲んでいた。 目の前の魔族の空気が変わったことを、本能的に感じ取っているのだろう。

 

ソリテールは一歩、前に出た。

 

滔々と、言葉が紡がれ始める。まるで長い間溜め込んでいたものを吐き出すかのように。あるいは、歌い上げるかのように。

 

 

「フリーレン、私は愛を識っているわ」

 

その声には、奇妙な熱がこもっていた。

 

「誰かを求める気持ち、誰かを独占したい気持ち、自分以外の他者を思う気持ち、愛する人を大切に思う気持ち、愛されることの心地よさ、お互いを認め合い尊重することの大事さ、時には利害を度外視にした行動の大切さ。千差万別、形の無い感情論、不定形なソレを……魔族である私は確かに持っている。貴女がどれだけ獣と謗ろうとその事実は否定させない」

 

 

言葉を使い動揺を誘うのは魔族の典型的手法の一つ。 その仕草も、言葉遣いも、話の内容にも大した意味は無い。どれも最終的に目の前の人間を殺す過程でしかない。

 

それをよく理解し、なおかつ魔族を一切信用しないフリーレンですら――一瞬、ソリテールが人のように見えた。

 

手慣れているとは少し違う。単純な学習を経て、ここまで擬態できるものなのか。

 

長年魔族を殺してきたフリーレンだからこそ気づける、僅かな違和感がそこにあった。

命乞いの時ですら薄っぺらいメッキのような言葉を吐く生物。助けてと宣うその裏で、虎視眈々と相手を殺そうと企む奴ら。そういった魔族たちとの、明確な相違。

 

ソリテールの口から出る言葉には、それがある。

魔族とは思えないほどの誠実さや実感、そして確信が籠められていた。

 

これが演技なら大した役者だ。

この境地に至るまでに殺してきた人間の数を思うと、背筋が震える。

 

敵意は感じられない。殺意も感じられない。

ただ、純粋な不快感の籠もった瞳が、フリーレンを貫いて離れなかった。

 

 

「それを本当に愛と証明出来るの?ソリテール、魔族にそんなものが芽生える余地があったのなら魔族と人類は此処まで――

 

「ねぇ、フリーレン」

 

言葉が、遮られた。

 

「さっきから否定ばかりだけど……貴女、誰かを愛したことはあるの?」

 

 

これまで通り、ソリテールの言葉を端から否定しようとしていたフリーレン。

少し様子が変わろうと魔族は魔族。眼前の大魔族はそれに輪を掛けて狡猾だ。下手に会話に乗れば、付け入る隙を与えるだけでしかない。

 

言葉で動揺を誘うなら、その全てを否定し拒絶する。

そう決めていたはずだった。

 

だが、ソリテールの問いかけはフリーレンの言葉に言葉を被せる形で、鋭く割り込んできた。

 

 

「愛の定義は?親愛、友愛、なんでもいいわ。その定義を教えて?」

 

畳みかけるように、ソリテールは続ける。

 

「それだけの大きな口が利けるのだもの。貴女の中には明確に言語化された感情の定義があるはず。まさか……私が魔族だからという理由だけで、自分でも理解できないものを否定してる訳ではないはず。そうよね、フリーレン?」

 

「……」

 

 

蛇のような陰湿さが、言葉の節々から見え隠れしていた。

不意を突かれた問いかけに、フリーレンは動揺を隠しきれない。全てを嘘と決め込もうにも、それは人類の言葉だ。鼓膜に響くその音を、脳は正確に理解してしまう。

 

愛という感情の明確な言語化。愛情とは。親愛とは。友愛とは。

人類にとっては言葉にせずとも感覚で理解できる、当たり前すぎるもの。

だが、それを言葉で示せと問われ、フリーレンの思考は停止した。

 

人を知ろうと旅を始め、多くの人間と関わってきた。

 

あの日、ヒンメルの棺の前で誓ったはずだった。彼が見ていた世界を、感じていた時間を、理解したいと。彼がくれた愛を、真に理解するために。

 

なのに未だ、愛とは何かという問いに、フリーレンは答えを持てずにいる。

 

流星群の夜、ヒンメルが差し出してくれた手を、自分は握り返せなかった。あの時、何も言えなかった沈黙が、今もまだ胸の奥に澱のように溜まっている。

 

戯言と切って捨てることも忘れ、フリーレンは視線を彷徨わせる。それでも、杖の切っ先だけはソリテールを捉えて離さなかった。

 

 

「答えられない?それとも答える気がない?」

 

ソリテールの声が、諭すように響く。

 

「私はそれを長い時間、一時も休むことなく考え続けてきた。愛することはどういうことなのか。傷つけることは愛と反しているんじゃないか。同族同士ですら類を見ない感情……それを相互理解にすら及ばない人類と築けるのか」

 

言葉が、淡々と流れ出していく。

 

「意味も分からず人間の恋愛本を読んで、人間の夫婦から話を聞いて、己の内を観察し知識と現実に苦悩する。愛するとは相手を大切にすること。だけど私に出来るのは傷つけて喰らうことだけ。先の見えない悩みの中でようやく切っ掛けを見つけ、その切っ掛けを大切に育んできた」

 

 

月明かりが、ソリテールの横顔を照らしていた。

その表情からは、いつもの余裕が消えている。代わりにあるのは、どこか切実な――しかし、人間のそれとは微妙に異なる何か。

 

 

「ある日気づいたの……魔族である私にとってこんな苦悩の解消はなんの意義もない、こんな無意味なことに時間を費やす理由を」

 

 

かすかな沈黙。夜風が、焦げた土の匂いを運んでくる。

 

 

「確かに始めは貴女の言う通り、フルーフのことを便利な餌としか見ていなかった。まさに低俗な獣から由来する欲望。食欲と直結した執着心。だけどいつしかそれも変わっていたわ。勇者ヒンメルからもらった切っ掛け。頭が可笑しくなりそうな程の思考の中で育んできたソレが確かに私の中に芽吹き根付いていた。愛した相手が幸せを感じ共にいたいと思えるよう努めるようになった。愛する相手が幸福になり、幸せを享受する瞬間に、私もかすかな幸福を享受出来るようになった」

 

 

ソリテールの声には、奇妙な熱が宿っていた。

歌い上げるように。あるいは、独白するように。その言葉は夜の荒野に染み込んでいく。

 

 

「私は魔族で相手は人間。最期には傷つけてしまう、だけどそれでも私の中には相手を大切に思う心があった。相互理解は出来ない、愛という感情を生み出す機能もなく、心は虚無で空洞。人喰いでどうしようもなく醜悪な性を背負った化け物。だけどそれらを全て認め合いながら……私達は確かな愛の定義を見つけたわ」

 

 

長い、長い言葉の奔流だった。

 

そして、ソリテールはフリーレンを真っ直ぐに見据えた。 その瞳には、嘲りでも敵意でもない、純粋な問いかけが宿っている。

 

 

「………ねぇ、フリーレン。私の感情を否定したフリーレン。貴女に愛の何がわかるの?」

 

 

答えが、出てこない。

言葉を探そうとしても、指先が空を掴むような感覚だけが残る。

 

畳み込むような言葉の濁流。

動揺を誘う罠だ。これも人間を殺す手法の一つだ。そう言い聞かせる。

 

だが、言葉は耳から入り、嫌でも理解させられてしまう。

精神が鉛のように重くなり、感情が揺さぶられていくのを感じた。

 

ソリテールの口から出た「勇者ヒンメル」という名が、脳内で反響する。

 

ヒンメルと面識がありながら、何故こいつは無事なのか。

今ものうのうと生きているのか。まさか、見逃したのか。

 

そんな考えが頭を過る。 なら、こいつを殺そうとする選択は間違っているのか?

 

フリーレンの行動原理は勇者ヒンメルの行動習慣に影響されている。

だからこそ迷う。勇者ヒンメルならどうする?その答えが、まるで見えなかった。

 

 

「愛情という感受性を最初から持っている人類が、私に対して――なんといったの?貴女が、私たちと同じでない崇高な人類なら……。嘘だらけの欺瞞に満ちた怪物ではないのだというのなら。口にした言葉の責任を取らなければならないわ。貴女はそれを口に出来るだけの人類なのでしょう?ふふ…さぁ、答えて。フリーレン。醜くもがく獣を見下げ、戯言と切り捨て貶せるだけの……とても素敵な愛が、貴女の中にあるのでしょう?いいわ、聞いてあげる。聞いてあげるから、聞かせて。魔族の愛否定するフリーレン、自らの思考で導き出した定義、その言葉の重みと責任を乗せて、貴女自身の口で……胸の内に秘めた絶対的愛を紡いで?勿論……――ない、だなんて言わないわよね?」

 

「ヒンメル……………」

 

 

指先が、無意識に胸元へ伸びた。

服の下、肌に触れる銀の輪。あの日から肌身離さず身につけている指輪の冷たさが、布越しに伝わってくる。

『永遠に君を想う』

 

刻まれた文字が、脳裏をよぎる。

彼は生涯をかけて愛を伝えてくれた。なのに自分は、その想いに何も返せなかった。返す言葉すら、持っていなかった。

 

今もそうだ。

 

「愛の定義」を問われて、何も答えられない。ヒンメルが差し出してくれたものの重さを、言葉にすることができない。

 

迷子のように勇者の名を呟き、フリーレンはソリテールの問に何一つ答えられなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

少し離れた場所から、アウラは二人のやり取りを見守っていた。

彼女は両腕を組み、ソリテールの容赦ない言葉の連打に、思わず眉をひそめる。

 

 

「え……なによ、あの詰め方……こわ。嫌味でべったべたじゃない」

 

 

たちが悪いことに、恐らく嘘が一つもない。

その上、普段から余裕綽々で猫を被っているソリテールにしては珍しく、明らかに苛立っていた。

 

 

ソリテールは普段の薄っぺらい言葉とは違う、トーンを数段落とした口調で淡々と語り続けている。 先ほどまでのギャップと緩急のついた感情的な語り口。思わず魔族であることを忘れてしまいそうになるほどの、人間染みた仕草。

ソリテールの会話術ないし交渉術の一つなのだろう。

聞いているだけのアウラまで、居心地が悪くなっていく。

 

アウラはすっかりソリテールのペースに乗せられているフリーレンの様子を見ながら、助け舟を出すべきかどうかを悩んでいた。

 

 

「お母様、なんでアイツ急にあんなに不機嫌なのよ」

 

「いや、私もなんとなくしか。例え話でいいですか?」

 

 

アウラが横を見れば、フルーフはツヤツヤのアルカイックスマイルを浮かべていた。

なんだか語りたそうに、横目でチラチラとこちらを見てくる。鬱陶しいことこの上ない。

 

 

「例え話がいる程複雑なの……短めでお願いするわ」

 

 

ソリテールに似て、フルーフも感情的になると話が長いことを知っているアウラは、短めにと釘を刺した上で説明を求める。

あの摩訶不思議な魂を見ても何を考えているかはわからない。だが、一番付き合いの長いフルーフになら、きっと理解できるのだろう。

 

「コホン……そうですね」

 

フルーフは咳払いを一つ、どこか楽しげに語り始めた。

 

「生まれながらに味覚障害の料理人がいたとします」

 

夜風が枯れ草を揺らす。

遠くでは未だ魔法の残光が瞬いているが、フルーフの声は穏やかだった。

 

「その人は元々、料理になんて欠片も興味がありませんでした。作る意味も、食べる喜びも、何一つ理解できなかった」

 

アウラは黙って耳を傾ける。母の横顔が、月明かりに照らされている。

 

「だけどある時、誰かに美味しいと言ってもらいたくなった。味がわからない。美味しいという概念そのものを知らない。それでも……その一言が欲しくて、懸命に努力を重ねたんです」

 

フルーフの声が、少しだけ熱を帯びる。

 

「不器用な研鑽と、血の滲むような試行錯誤。何度も何度も失敗して、それでも諦めずに作り続けて……ようやく、少しだけマシな料理が作れるようになった」

 

アウラはちらりとソリテールの方を見た。相変わらずフリーレンにネチネチとして視線を向け続けている。

 

「食べてもらえた時、その誰かは泣いて喜んでくれました。その料理は……料理人にとって、誇りになったんです。大切な、かけがえのない一品に」

 

フルーフは一度言葉を切り、ソリテールとフリーレンの方へ視線を向けた。

 

「それを」

 

声のトーンが変わる。

 

「その人の友人が、いきなり現れて。料理を一口も食べずに、見た目がマズそうだから、きっとマズイに違いない。食べる価値すらない――そう吐き捨てた」

 

フルーフは肩を竦めた。

 

「そんな感じですかね」

 

 

例え話なのに、普通に長い。

 

アウラは惚気自慢とも取れる例え話を聞きながら、呆れたように息を吐いた。 語るにつれて徐々に赤面していく母親の姿が視界に入る。

 

「長い。それに顔真っ赤じゃない、恥ずかしがるくらいならそんなに妙に具体的に話さなくてもいいわよ。だけれど……アイツが苛ついてる理由はなんとなくわかったわ。私もフリーレン寄りの考えだけど、信用ゼロとはいえ、嘘でもないのに全否定される側からしたらああもなる……のかしら?」

 

「アウラさんは精神が人間寄りですからね、私や魔族……いいえ、他の誰にもソリテール様の内情は理解出来ないと思います」

 

「お母様はそれでいいの?」

 

 

決して心の底から理解しあうことは叶わない。

 

誰かを愛す気持ちをアウラは知っている。きっと母親であるフルーフも、ソリテールの全てを知り、分かち合いたいと考えているはずだ。

互いが知りたいと願い、努力し、尽くして、懸命に近づこうと走り続ける。なのに、その距離は一向に縮まることはない。

 

それをアウラは、とても寂しく悲しいことだと思う。

 

だが、アウラの懸念とは正反対に、フルーフの魂には陰りがなかった。

ソリテールへの愛情に満ちた、穏やかな光が宿っている。

 

 

「いいんですよ。ミステリアスで素敵じゃないですか」

 

アウラは何か言いたそうにして、口を噤んだ。

 

過去のフルーフは、こんな単純な性格をしていなかった。

その本質は不信感の塊であり、魔族を毛嫌いしていたはずだ。心の奥底では魔族のことなど決して信用せず、言葉巧みに捕食された人間を見下すような部分があった。

 

偏愛的感情の中に、依存心と脅迫概念のようなものが介在し続けていた。

そうあるべき。そうでなくてはならない。そうでないなら。心の裏には、そんな押し付けがましいもので占められていたのだ。

 

だが、今は――凄く単純な愛情で満たされていた。

 

街行く人間の夫婦のように、暖かくて相手を思いやり大事にする感情が溢れ出している。

 

アウラはこれ以上野暮なことを聞こうとは思わない。

人それぞれ幸せの形というものがある。これがフルーフとソリテールが築き上げた関係だというのなら、祝福しよう。

その形を自身の考えに当てはめて、不幸だなんだとケチをつける真似は死んでもしない。

 

アウラは安心したように鼻で深く息を吐くと、フルーフに笑いかけた。

 

 

「相変わらず、ズレた感性してるけど……よかったわね、お母様」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「私には、まだよくわからない。お前の言葉に返せる言葉を私は持っていない」

 

 

沈黙を破ったのは、フリーレンだった。

 

その声には、先ほどまでの冷徹さとは異なる響きがあった。困惑、あるいは戸惑い。魔族を相手に見せるべきではない隙が、僅かに滲んでいる。

 

 

「わからない?深く考えてこなかったの間違いでしょ」

 

ソリテールの声は、容赦がなかった。

 

「なら別のお話でもしましょう……ねぇ聞かせて?人と似た姿をした私達の命を奪う時はどんな心境?少しは心が痛む?不快なものを一掃出来て気分は晴れやか?爽快感からもっと殺したい?」

 

「……」

 

 

気分が悪い。

 

まるでこちらを化け物とでも言いたげな発言に、フリーレンの瞳に宿る険が増した。

それをソリテールは愉快そうに鼻で笑うと、言葉を続ける。

 

 

「まさか何も感じないなんて言うつもり?無関心に淡々と生き物を殺すだなんて……私達魔族と何も変わらないわ。人間の処刑人は多くの死と向き合い続けた結果多くは心を病むそうよ。ねぇ……フリーレン、貴女はどうなの?数えることも億劫になる程人と似た姿の生物を殺め、命乞いの果てに殺し続けてきた処刑人である貴女は……何故そんなにも平常心でいられるの。貴女は普通じゃないわ、れっきとした異常者」

 

 

フリーレンは再度認識を改める。

 

この魔族、魔族であること抜きにしても最悪に性格が終わっている。人が嫌がること、心の弱い部分を的確に見極めて突いてくるのだ。

 

自分自身の行いを間違いだとは思わない。

だが、いざ自身の行動を言葉として問い詰められれば、何も感じない訳ではなかった。

 

 

「殺そうとしてきた相手を殺すことに、理由は必要ないと思うけど」

 

「確かに、道理が通っている。殺そうとしたのなら殺されても文句は言えないわ」

 

ソリテールは一旦頷いた。だが、その瞳には嗜虐的な光が宿っている。

 

「だけど貴女の場合多くはそうじゃない。貴女は正々堂々と魔法で正面から挑むタイプでもなければ勇敢な戦士でもない。魔力量を偽装し搦手と手数で翻弄する魔族殺しに特化した魔法使い。相手を殺せるなら背後から刺す程度は平気でやる生粋の暗殺者。不意打ちの一撃で多くの命を終わらせてきたはず。それは無抵抗な命を虐殺するのとなんら変わらない、そうは思わない?」

 

「思わない。遅いか早いかの違いだけだよ。お前達は人間と見るや襲いかかって殺す、逃がせば更に多くの人間を殺す。魔族は人類にとっての害獣でしかない、作物を荒らす獣に狩人が弓を引くのと同じだよ。私は魔族と違って魔法に誇りなんて持っていないからね、殺せる隙があるのなら殺すだけだ」

 

 

精神を侵そうとするソリテールの囁きに、フリーレンは自身の中にある常識を言葉にして返す。

何も間違いではない。極めて普通。反論の余地すら無い正論だ。

しかし、ソリテールはその言葉に眼を細め、気色の悪い笑みを一層深くした。

 

 

「流石は葬送のフリーレン。また一つ貴女が異常者である証明が出来た」

 

夜風が、二人の間を吹き抜けていく。

 

「貴女には復讐に囚われた人間特有の殺意も憎悪もない、正確には摩耗し過ぎて残ってすらいない……かな。大した感情もなく人間と姿形が同じ生き物を躊躇無く殺す精神の在り方。獣を狩るが如く、地を這う虫を潰すがごとく、殺して殺して殺し尽くしてきた葬送のフリーレン……」

 

ソリテールの声が、静かに、しかし確実にフリーレンの心を抉っていく。

 

「それが普通のことだと思っているの?誰もが人と似た姿の生き物を無慈悲に殺せると?……ねぇ、貴女はまだ自分が正常な人類だと自信を持って言える?今一度考えてみることね、人類の守護者のように振る舞う貴女の中には何があるの?本当に見ず知らずの人類を守りたいから魔族を殺すの?それとも憧れの人物の陰をなぞってあの人ならそうする、そんな主体性の無い行動原理で今も私に杖を向けているの?ただただ自分の都合で多くの命を奪ってきたの?」

 

魂に泥が積もる。

 

ソリテールの放つ言葉が、反論を許すことも無く心に重く伸し掛かってくる。握りしめた杖の感触が、汗で滑りそうになった。フリーレンは指に力を込め直す。

 

皮肉の一つも口からは出てこない。

自分を棚に上げ好き勝手宣うこの魔族の口を、正面から噤ませ、否定したい。

しかし、一部は事実かもしれないと――フリーレンは考えてしまう。

 

魔族は殺すべき。その考えは絶対に変わらない。

 

だが、「勇者ヒンメルならそうする」という理由で生き物を殺めることは、果たして正しいのか。

この魔族の言葉には、いい意味でも悪い意味でも相手を深みに嵌まらせる力がある。

 

フリーレンにとって魔族は人類に害を成す害獣程度の認識でしかなかった。紡ぐ言葉は獣が発する鳴き声でしかなく、意思の無い本能だけの存在だと。

 

だが、眼前の魔族には明確な意思があった。高度な論理的思考から紡がれる「言葉」があった。

それを聞いているうちに、認識が狂わされていくのを実感する。

 

言葉巧みに、魔族も一つの命だと意識を調整されていく。

魔族という概念が、意思のない害獣から、意思のある生きた生物へと認識が侵されていく。

魔族を殺すことが、正しく生物を殺めているという実感へと変わっていく。

 

力が抜けそうになる。

 

これら全て魔族の掌の上で計算されたことだと理解していても、フリーレンの全身にはどうしようもない倦怠感が纏わりついていた。

 

確かに納得出来る部分はある。

その言葉は、自身でも想像だにしていないほど心に響くものだった。

 

だが、フリーレンは決して構えた杖を下げようとはしない。

 

魔族も一つの命。そう思い込まされてなお、杖を向け続ける。

異常者というなら好きに言うといい。例え魔族を殺す理由がどれだけ破綻しており、他者に由来するものでも構いはしない。

 

ヒンメルと面識があるかのように語る魔族の口から、一人で会ったなどとは聞いていない。

数時間前、ヒンメルを焚き付けたというフルーフの話を思い出す。仮にフルーフがその場に居合わせていたのであれば、話は変わる。ソリテールが未だ無事なことにも、ある程度納得がいく。

 

フリーレンの知る勇者は、理由も無くこんな外道を見過ごすことはしない。

どれだけ心が揺さぶられようが、フリーレンには一つ、絶対に信じられるものがある。

 

十年という短い歳月で見てきた勇者の背中。その行動が全て正しいとは思わない。しかし、間違いだとは絶対に言わせない。

 

自分自身は信じられなくとも、勇者ヒンメルと歩んだ輝かしい思い出の日々は信じられる。

 

己の行動に対し難しい講釈など必要としていない。攻めたければ攻めろ。間違いだというのなら好きなだけ問い質せ。依存しているだけだとでも捲し立ててみろ。

 

どれだけ心を嬲られようとも、フリーレンは己が行動原理としたものの初心を思い出す。

 

勇者ヒンメルが選ぶ選択こそ正しい選択だと信じた。

多くの人々を幸せにし笑顔を届けた、あの眩いばかりの精神を信じたのだ。

 

だからこそフリーレンは折れない。己の信じたものに殉じて貫き通す。

 

ならば、これがフリーレンにとっての正しい選択だ。

 

喉の渇きを無視して、フリーレンは杖に魔力を込めた。

 

 

「『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

一点集中の高圧縮の魔力砲が、ソリテール目掛けて放たれる。

迷いも、躊躇もない。ソリテールの心臓部目掛けて直進し、着弾と共に砂煙を巻き上げた。

 

閃光が夜の荒野を一瞬だけ白く染め上げる。風が周囲の空気を震わせ、焦げた土の匂いが鼻腔を突いた。

 

 

「へぇ……この世で楽に生きるには何も考えず無知でいること。貴女もその選択をしたのかしら、フリーレン」

 

煙の奥から、無傷のソリテールが姿を現した。

服についた砂を落とすようにスカートを軽く払い、悠然と佇んでいる。

 

 

「ある意味そうかもね。小難しいことを考えているお前と違って、私はそこまで物事を深く考えていないんだ。どれだけこっちを揺さぶろうとお前を殺す考えを変えはしない。魔族は人間を殺す、だから殺す。お前は死ぬべきだ、ソリテール」

 

「その自信はどこから来るの?どうして大義名分もなく私を殺そうと出来るのかしら。私は何も間違ったことは言っていないわ。どうしてそこまで堂々としていられるのか……とても気になるわ、フリーレン」

 

「正直……魔族に命について説かれるなんて思ってもみなかったよ」

 

フリーレンの声は、驚くほど平坦だった。

 

「そうだね、確かに私は異常者なのかもしれない。私は今の今まで、お前達を殺す理由について深く考えていなかった」

 

それは認める。この魔族の言葉には、否定できない部分があった。

だけど――

 

「だけど結局の所、私の考えは変わらないよ」

 

胸元に、銀の指輪の重みを感じる。

あの日から肌身離さず身につけている、彼の想いの欠片。

 

「勇者ヒンメルなら、お前の甘言に屈したりしないはずだ。ヒンメルなら全部受け入れて前に進む。例え間違いを犯すことになっても、前へと進むことを恐れない」

 

依存かもしれない。主体性がないと言われれば、その通りかもしれない。

それでも――これが今の自分にできる精一杯だ。

 

「……だから私も立ち止まったりしない。これまで通り、何も変わらない」

 

人間を知りたいと願った。彼が見ていた世界を理解したいと誓った。

その答えは、まだ見つかっていない。見つかっていないけれど。

 

「勇者ヒンメルならそうする……だから面倒だと思っても、魔族は見かけたのなら殺す」

 

杖を握る手に、力が戻っていた。

 

「私が今もお前を殺そうとする理由は……それだけかな。後は単純な正当防衛」

 

肺に息を貯め。吐く。

 

「まだ何か言いたいのなら、好きに言うといいよ」

 

ソリテールは唖然とした様子で、フリーレンの出した結論に耳を傾けていた。

 

この頭の悪い頑固な感じ。どことなく既視感がある。

そう、これはリーニエだ。

 

「フリーレン……。貴女……リーニエみたいなこと言うのね」

 

「誰?」

 

 

成る程、とソリテールは小さく首を縦に振り納得する。

 

この手の極まった連中相手に、これ以上言葉で攻め立てても意味は無い。心を圧し折ろうが、最終的にはいもしない他者を理由に喰らいついてくるのだから。

更に陰湿に責め立てることも出来るが、止めた。

 

ソリテールにとって、その答えは案外気に入るものだったのだ。

 

拍手の音が、夜の荒野に響いた。

 

ソリテールが両手を打ち鳴らしながら、陰険な気配を温和なものへと戻していく。まるで先ほどまでの冷たさが嘘だったかのように、その表情には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 

 

「ふふ……いいえ、その答えは気に入ったわ。無機質で味気ない言葉。だけど誰かを思い、常に誰かを意識して行動する、それを一貫して貫く。とても素敵なことね。一つ……感情を学び始めた化け物の先輩として教えて上げる。経緯と目的はどうあれ、貴女が得たその切っ掛けは大切にすることね。その行動の奥深く、どうしてそんな行動をとろうと思ったのか……根底にあるものに何時か名を冠する時がきっとくるわ」

 

 

そして突然、両手を上げて降参のポーズを取った。

 

フリーレンは困惑を隠せない。 この魔族は、一体何がしたいのだ。

 

 

「何が言いたいのかまるで理解出来ない」

 

「貴女に苛つかされたから、私も意趣返しに少し苛つかせて上げようとしただけ。こんなのは最初から茶番でしかない。貴女に私は殺せないし、私も貴女を殺せないわ」

 

 

なんだそれは。

そんな子供地味た理由で、あそこまで饒舌になる魔族がどこにいる。

フリーレンは両手を上げて歩き出すソリテールを、杖の切っ先で追いながら警戒を緩めない。

 

 

「驕ったな。私はお前を殺せる」

 

 

フリーレンの魔力量は回復しきっていない。だが、それはソリテールも同じこと。勝率は見えないが、刺し違えれば道連れに出来る自信がフリーレンにはあった。

 

しかし、そんな言葉に対しソリテールは横目でフリーレンを見やり、薄く笑った。

 

 

「これは私の驕りから出る発言ではないわ。貴女はフルーフの友達、というには重い義務感のようなものを感じる。私を殺せば残されたフルーフはどうなると思う、一生死ぬことも出来ず、悲観と絶望に昏れ、この星が滅びた後も何もない地獄に縛り付けられることになる。彼女が死ぬためには何が必要なのか……フリーレン、貴女が知らないはずは無い」

 

「未練を残さず人として生涯を終えること。それがフランメがフルーフに掛けた死の魔法」

 

「そう。だから私も貴女を殺せない、フリーレンの死は愛する奥さんの後悔となり未練になりかねない。私個人としては殺し合いを歓迎するわ。貴女とのお話は想像以上につまらなかったけど、魔法に対して新しい知見を得られる気がしてならないもの。だけどこれはそんな単純な理由で判断していい選択ではないの。フルーフの死が掛かった問題。例え貴女がその問題を無視して殺しにきても私は戦わない。フルーフの人生を優先して逃げさせて貰う」

 

 

全く魔族らしくない発言だ。信じることは出来ない。

だから今度は、こちらから問いただすことにした。

 

 

「一つ聞くよ、ソリテール。それは本当にフルーフのことを想っての行動なの?」

 

「そう言えたのなら私はきっと化け物ではなく人間ね。貴女の言った通り魔族に他者を想う余地は根本的に存在していない、要するにこれは結局自分自身の為の行為。誤魔化したりはしないわ。どうしたって自分のことが先に来てしまうもの、それは変えることの出来ない……自己愛に溢れた魔族が持つ普遍的思考。だけどそれを認め、向き合い、折り合いを付けた末に……私はフルーフの為に行動出来る理由を自身の中に導き出した。人類にとっては気味悪く感じるかもしれない。私は私自身の都合で動いている、それなのにそれを平然と他者を愛しているが故の行動だと宣っている」

 

端で聞いていたアウラは思う。なんだこいつ、そこは開き直れよ、と。

 

てっきり投げやりな答えが返ってくると予想していたのに、その余りに真摯な言葉にフリーレンは反応に困ってしまう。

 

 

「なら私に言ったことは全部嘘でいいの。お前は結局フルーフじゃなくて自分しか愛していないように聞こえるけど」

 

「いいえ。矛盾しているようだけど、私は嘘を言っていないわ、フリーレン。私が感じた幸福は嘘でもなんでもない。私は私がフルーフへと向ける愛を一切疑っていないし、本来ならこういう言い訳地味たことも言わないようにしているの。飽くまで貴女に向けて噛み砕いて説明してあげているだけ。貴女が杖を下げているのなら、質問に対してシンプルに肯定して終わり」

 

ソリテールの声が、静かに、しかし確かな熱を帯びていく。

 

「化け物の内面を人類基準に当てはめて考えないで……人類と魔族よ、理解しようなんて端から不可能なんだから。私の感じるこの幸福を人によっては愛どころか、好意にすら値しないのかもしれない。それでも……私とフルーフの間には確かな愛情がある。醜く歪んだ醜悪な形かもしれない、だけれどそれは私とフルーフが懸命に悩み積み重ねた感情の形。自己を通して誰かの為に考え抜き、フルーフはそれを愛だと言ってくれた。月下の下で私達は互いに相手に抱く感情を愛だと定義づけた。だからこそ、私は私を感情を知らない化け物と認めながらも、愛を知っていると断言出来るの」

 

夜風が吹き抜けていく。

月明かりに照らされたソリテールの横顔には、嘘も虚飾も見当たらなかった。

少なくとも、フリーレンの長年の経験ではそう見えた。

 

切実だな、とフリーレンは感じた。

 

聞いておいてなんだが、そもそもこの手の話題で言語化出来るだけの経験をフリーレンは持っていない。

これ以上聞いても時間の無駄でしかなかった。

 

ソリテールの言葉は信用ならない。

フルーフを本当に大切に想っているのかも、今一つよく分からない。

だが、フルーフの死にはソリテールの存在が不可欠だということは理解してしまった。

軽薄な化け物の甘言による戯言ではなく、純然たる事実。

 

ならもう手は出せない。

 

フリーレンは数秒考え込んだ後、杖を下げて空間へと仕舞い込んだ。

 

 

「わかった。ソリテール、お前のことは信用も出来ないし信じる気さえ起きない。正直、私はお前の嫌味な性格のせいで、今すぐ殺したい位に嫌いだよ。だけどフルーフのことを考えるなら……私も手を出そうとは思わないかな」

 

「えぇ、それでいいわ。魔族の言葉を全て嘘と切り捨ててきた貴女に、私の言葉が信用に足るだなんて最初から考えていないから。フルーフという侵してはならない共通の禁忌があると理解してくれれば十分よ」

 

杖を下げた瞬間。最悪、ここで魔法を撃ち込まれることも考えていたフリーレンだったが、その心配は杞憂に終わった。

どうやら本当にソリテールはフリーレンを殺せないらしい。

 

いざこざのお陰で二人の仲は最悪に等しいが、ひとまずはフルーフを理由に双方同意の休戦協定が結ばれた。

 

ハラハラした様子で二人の行方を見守っていたアウラだが、鉾先を収めた二人を見て安堵したように息を吐いた。

 

 

「なんとか落ち着いたみたいね。殺し合いになると思ったけど、まさかお母様を理由に手を引くだなんて、あの二人、想像以上に重いわね」

 

アウラが横に立っているであろうフルーフを見上げる。

 

だが、そこには何もなかった。ただ、夜空が広がっているだけ。

 

「―――――」

 

怪訝に思って地面に視線を落とせば――顔面を真っ赤に染め、鼻から一筋の赤い線を垂らした母親が仰向けに倒れていた。

 

口元は、だらしなく緩んでいる。

 

「……お母様?」

 

返事はない。

 

「ちょ、ちょっと。嘘でしょ……し、死んでる」

 

どうやらフルーフは、ソリテールの大胆な愛の連呼を至近距離で浴び続けた結果、天へと召されたらしい。

 

幸せそうな顔で。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

その後、南の勇者が合流した。

ソリテールの展開した惨殺空間を平然と凌ぎきり、更地と化した荒野を彷徨っていたらしい。

 

続けてフェルン、シュタルク、リーニエとも合流を果たす。

 

リーニエはこれが新しい義姉か……とアウラをマジマジと見つめた後、新しい義理の弟に対し速攻でワカラセを実行する。

 

上下関係を仕込んでやるとばかりに斧を担ぐリーニエに対し、南の勇者もかかってこいとばかりに構え……結果リーニエは四肢切断、南の勇者は片腕を肩までバキバキに砕かれることとなった。

 

言うまでもなくアウラの雷が落ち、南の勇者とリーニエは肌寒い夜空の下でアウラによってこってりと絞られる羽目になった。




はい、というわけで休戦。

フルーフ&ソリテール「殺したいのにフルーフのせいで手が出せないっピ」

フルーフ「」チーン

アウラ「メンドクセぇ」

リーニエ「こいつが愚弟二号か姉の偉大さを分からせてやる――んあぁぁぁなんだこいつ強すぎぃ!?死ぬンゴ」四肢切断

南の勇者「や、やりますねぇ…、いやマジで、なんなの今の、意味分からん」片腕バッキバキ。

アウラ「はぁ?お前らちょっと其処座れ」


フェルン&シュタルク(今なら色々ゲロっても流してくれそうな空気だな…好機!)
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