ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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▼第52話▶何日か後に

 

 

 

――グラナト伯爵領。

 

多種多様な種族が入り乱れる大戦から数日が経った。

その間に起きた出来事を、順を追って語るとしよう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

フルーフが昇天してから数刻後――

ソリテールとフリーレンの間には休戦協定らしきものが結ばれた。だが、それは形式上のものに過ぎない。二人の間を漂う空気は張り詰めたままであり、どこかギスギスとした緊張感は一向に消える気配を見せなかった。

 

そこへフェルン、シュタルク、リーニエの三人が姿を現した。

 

フリーレンの杖が跳ね上がったのは、まさにその瞬間だった。

躊躇いなど欠片もない。リーニエの頭部目掛けて、青白い閃光が容赦なく放たれる。

 

リーニエは紙一重で魔法を躱した。しかし、問題はそこからだった。

 

シュタルクが咄嗟に『姉ちゃん』と呼んでしまったのである。

 

さらに、フェルンがソリテールに対し、まるで久しぶりに会った知人にでも接するような気さくな挨拶を交わした。

 

その瞬間、フリーレンの眉がぴくりと動いた。

緑色の瞳が、じっとりとした光を帯びて二人を捉える。

 

フリーレンからの問い詰めるような質問に、フェルンとシュタルクはあっさりと、今までのことを白状する。

いつ言おうかタイミングを見定めていた二人にとっては、むしろ丁度いいタイミングだったのかもしれない。

二人は街のこと、姉のこと、最初の師匠であること、結婚式のことなど、別に今言わなくてもいいことまで全て言ってしまう。

 

フリーレンの表情から、少しずつ色が抜けていった。

 

まさかの友人からハブにされていた事実を突きつけられ、フリーレンの目頭にじんわりと熱いものが込み上げてくる。堪えようとした。千年を生きた大魔法使いが、こんなことで泣くものか。

 

けれど、堰は呆気なく決壊した。

大粒の涙が頬を伝い、フリーレンは声を上げて泣き始めてしまった。

 

その光景を、ソリテールは実に楽しそうに眺めていた。

 

温和な笑みを浮かべたまま、音もなくフリーレンの背後に回り込む。

そして、粘ついた声で囁き始めた。

 

「式を壊しかねない異常者は流石に呼べないわ」

 

一言。フリーレンの肩が小さく震えた。

 

「住所不定の放浪者を呼ぶ手段なんて無かったの、ごめんなさい」

 

また一言。震えが大きくなる。

 

「貴女の仲間である僧侶ハイターに式の進行を務めて貰ったの……壇上から見るあの景色は綺麗だったわ。あぁ、戦士アイゼンも拍手してくれていたわ」

 

ソリテールは小首を傾げ、わざとらしく眉を下げた。

 

「あ……フリーレン、貴女彼から何も聞かされていなかったようだし、貴女だけが共有出来ない思い出話なんて感じが悪いわね、再三ごめんなさい」

 

一言ごとに、フリーレンの表情が歪んでいく。

ソリテールはとにかく蛇のようなねちっこさで、フリーレンの耳元でねちねちと囁き続けた。

 

そうして色々と限界に達したフリーレンの顔は、見る見る内に萎れていった。

 

眉は力なく下がり、口元は引き攣るように歪む。

やがて目が三の字に、口がωの形に変形し、滝のような涙が零れ落ちた。

もはや号泣という言葉すら生温い有様である。

 

フェルンとシュタルクが慌ててフォローを入れようとする。しかし、すっかり拗ねてしまったフリーレンは聞く耳を持たなかった。そのまま地面に座り込み、子供のように泣きじゃくってしまう。

 

そんなフリーレンに我関せずを貫くリーニエはというと。

 

新しく出来た家族に上下関係を叩き込もうと、南の勇者を相手に突発的な決闘を挑んでいた。

 

南の勇者も今回の戦いで不完全燃焼だったのか、その挑戦に対して不敵な笑みを浮かべる。鞘から剣を抜き放つ動作には、獰猛な喜悦が滲んでいた。リーニエもまた斧を構え、猛禽類のような鋭い笑みを浮かべている。

 

いきなり馬鹿をやり始めた二人に対し、アウラが止めに入ろうとした。

 

しかし、勝負は一太刀で決着がついた。

 

リーニエの斧が弧を描く。刃には魔力が纏わりつき、空気を震わせる衝撃が伝導していく。

だが、南の勇者は一切動じなかった。衝撃波を真正面から浴びながら突進し、その勢いのまま剣を振るう。

 

一閃。リーニエの両腕が宙を舞った。

 

続く二閃。今度は両足が、膝から下を地面に残して切り離される。

 

一太刀で四肢全てを切り落とそうという、欲張りな太刀筋。リーニエは咄嗟に身を捩り、紙一重で致命傷は避けたものの、両腕と両足を失った状態で地面に転がる。

 

だが、リーニエの瞳から光は消えていなかった。

 

最後に残った首を振り上げ、地面に頭突き。バウンドするように跳ね、南の勇者の剣の刃に噛みつく。

瞬間、リーニエの真骨頂が発揮された。

 

衝撃伝導。

 

刃が空気を切り裂く衝撃、肉を断つ衝撃、頭部を振り下ろした際の衝撃。一太刀の間に南の勇者自身から生じたエネルギーの全てを掻き集め、腕の内部へと叩き込んだのである。

 

刃と歯が悲鳴を上げ、鈍い音が連続して響いた。骨が砕ける音。筋繊維が断裂する音。南の勇者の堅牢な腕が、内側からズタズタに破壊されていく。

 

流石の南の勇者も、自身が放った斬撃の衝撃を纏めて返されるとは想定していなかったのだろう。片腕はベキベキと異様な角度に折れ曲がり、見るも無惨な姿へと変貌した。

 

南の勇者の目が細まる。驚愕の色が、一瞬だけ瞳を過ぎった。

 

しかし、もう一方の手に握られた剣は微塵も震えていない。冷静に振り上げられた刃が、リーニエの首に沿えられる。

 

勝敗は、そこで決した。

 

わからせようと意気揚々と決闘を挑んだリーニエだったが、結果は南の勇者にわからされる形で終わることとなった。

 

四肢を失い、地面に転がるリーニエ。

だが、その表情に悔しさはあっても、屈辱の色は見えなかった。

 

意識を取り戻したフルーフは、まずリーニエの傷を治した。

 

欠損した四肢を即座に再生し、一瞬で生えてくる。

治療が完了したことを確認すると、フルーフの表情が変わった。

 

珍しく、本気で怒っていた。

 

マウント合戦に負けて重傷を負ったこと自体は、フルーフにとってどうでもよかった。問題はそこではない。自分の目が届かない場所で、命を担保にして大魔族へと捨て身の特攻をかましたこと。

 

フルーフの手が振り上げられ、リーニエの頬を張り飛ばした。乾いた音が空気を震わせる。

 

そして次の瞬間、フルーフは泣き崩れていた。涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、小さな身体を抱きしめる。

 

「私は……自分の知らない所で身内に死なれるのが一番辛いんですよぉ〜〜ッ!!あれだけ言ったのにどうして命掛けてまで向かっていっちゃうんですかッ!?魔族なら魔族らしく相手を選んで逃げてくださいよ……ッ」

 

嗚咽が言葉を途切れさせる。それでもフルーフは、震える唇を動かし続けた。リーニエの身体を抱きしめる腕に、一層力がこもる。

 

「こっちは、二度も娘を失うのは耐えられないんですよ……ッ。私のせいで……私の渡した石ころのせいで死んだとか絶対止めてください!分かってるんですかッ!?そんなことになったら……大陸ごと爆破しますよ!?」

 

啜り泣きながら訴えるフルーフを、リーニエは無表情で見下ろしていた。

 

普段であれば多少おちょくった発言でフルーフを翻弄する場面だろう。しかし、魔族は魔族なりに空気を読む。

 

ソリテールのように独自の感性を持たないリーニエだが、母親である人間が泣いていればどうすればいいかは知識として識っていた。

 

リーニエはフルーフを抱きしめ返し、淡々と告げた。

 

「私は死なない。最強の戦士に至る戦士だから。……私は、お前の義娘とは違う」

 

そう言い、得意げな薄い笑みを見せる。

 

だがフルーフは止まらなかった。むしろ、さらに泣きじゃくり始める。

 

「はい、って言って下さい〜!約束します、ッて約束しろぉ〜〜!たまには私の我儘を聞いて下さいよぉ〜〜!」

 

喚き散らすフルーフに、リーニエは心底ウザそうな表情を浮かべた。

抱いていた腕を放し、ぐいと突き飛ばす。

 

「へぶッ」と、地面に転がったフルーフは、そのままジタバタとのた打ち回り始めた。手足をばたつかせ、顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。全く可愛くない、大人のイヤイヤ期そのものだった。

 

リーニエは溜息をつくと、フルーフの身体を掴んで持ち上げ、同じく泣き喚いているフリーレンの方へと蹴飛ばした。

 

千歳を超える二人のマジ泣きに、周囲の人間と魔族は等しくドン引きしていた。

 

煩くてかなわない。見かねたフェルンとアウラが、どうにかしようと動き出す。

 

だが、それよりも早くソリテールが動いた。

 

地面が隆起し、ドーム状の岩石が二人を包み込んでいく。

そのまま地中深くへと埋めてしまった。

 

一応呼吸用の孔が空けられているのか、『お〜い、おいおいおい……』と二人の女々しい鳴き声が地中から伝わってくる。その情けない響きに、ソリテールを除くその場にいる全員が何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「お母様をあの状態にしておいていいの?」

 

アウラがソリテールへとひっそり耳打ちする。地面を見下ろす瞳には、微かな心配の色が滲んでいた。

 

「私の奥さんは、身内と認めた人が本気で死にかけるとああなることも珍しくないの。今回は貴女に加えてリーニエも死にかけたせいで余計にね……。後は、リーニエがトラウマを踏み抜いたせいかしら。発作みたいなものだから貴女が心配する必要は無いわ」

 

何でもないことのように返すソリテールに、アウラは言葉を失った。

しばしの沈黙の後、何も言えずに引き下がる。

 

地中から聞こえてくる鳴き声は、その後も止むことなく続いた。

 

一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日三晩。昼夜を問わず、悲痛な泣き声が地面の下から響き続ける。

残された者たちは、最初こそ心配していたものの、やがて諦めたように日常を過ごし始めた。

 

そして数日後。

 

何事もなかったかのように、二人は穴から這い出てきた。

 

「お腹空いた……。フェルン、何か作って」

 

「わたしはしょうきにもどった!」

 

ケロッとした様子でそんなことを口にしながら、平然と城に上がり込む。空き部屋を占領し、現在は絶賛居候状態である。

 

実は、塞がれた地面は初日からブチ抜かれていた。

 

二人とも頻繁に穴と外を出入りしており、トイレの時と食事の時だけ泣き止み、用を済ませた後は再び穴に戻って泣きわめいていたのである。

 

後に判明したことだが、アウラが二人のいた地底を覗き込むと、そこには城の中にあったはずの布団やベッド、カーペットが運び込まれていた。謎に快適な空間が出来上がっており、泣くための設備が整えられていたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

――四日後、とある丘の上。

 

かつて平原だった場所を、フルーフは丘の上から見下ろしていた。

 

焼け野原だった大地は、今や見渡す限りの青い芝生と木々に覆われている。

フルーフの魔法による応急処置の結果だった。

 

ただし、生い茂っているのは本来あるべき森林ではなかった。

赤い果実をたわわに実らせた木々――リンゴ園が、どこまでも続いている。

 

「どういうことか説明してもらえるかしら、お母様」

 

アウラの声には、明らかな苛立ちが滲んでいた。

詰め寄られたフルーフは、ただ一言だけ答えた。

 

「ふ、普段見慣れたイメージに引っ張られました」

 

それだけ言うと、即座に土下座を決める。額を地面に擦りつけ、全身で謝罪の意を示した。

 

本来は記憶を頼りに、もっと普通の木が生えてくるはずだった。

しかし、一人モクモクとリンゴを丸齧りする魔族が視界に入っただけで、このありさまである。

 

フルーフの魔法へのイメージは、何百年経とうと相変わらずふわっふわだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

――更に五日後、平原。

 

 

「申し訳ございません、アウラさん。私の不手際ですし、本来は私に説明責任があったのに……グラナト伯爵への説明を全部任せてしまって」

 

給仕服に身を包むアウラと、ラフな格好をしたフルーフは芝生の上に並んで腰を降ろしていた。

青い草の匂いが鼻をくすぐる。風が吹くたびに、遠くのリンゴの木がさわさわと揺れた。

 

ションボリと肩を落としたフルーフは、一連の件の報告をアウラへと一任してしまったことを謝罪する。その声には、心底申し訳なさそうな響きがあった。

 

初めはフルーフも、自分の口から伯爵へと事の経緯を説明し、責任を果たそうとしていた。

だが、他ならないアウラ本人に止められてしまったのである。

 

――それは、数日前のことだった。

 

「お母様が話し出すと余計なことまで言いそうだから、私に任せて頂戴。ソリテール、アンタは論外」

 

意気揚々と土下座をしに行こうとするフルーフと、『お話』したそうなソリテールを、アウラは一蹴して断った。

 

それも当然だろう。フルーフは話し出すととにかく長く、駄弁り好きのオバサンがごとく無駄話が多い。

そしてソリテールに至っては色々と危なすぎた。

伯爵も歳とはいえ、剣の術理を心得る武人だ。ソリテールの濃密な死臭程度は容易く嗅ぎ取ってしまうだろう。

 

そんな二人だからこそ、アウラは当然止めた。

碌な連絡も入れず意気揚々と執務室へと乗り込もうとする礼儀知らず共を、客室へ引っ張り、蹴り込んだのである。

 

一方、同じフルーフの娘仲間であるリーニエは、面倒を嫌った。

アウラに面倒事全てをぶん投げた挙げ句、リンゴを頬張りながら言ったのだ。

 

「むぐむぐ……アウラ姉さん……シャク……むぐむぐ、ゴクン。これからも、お願い」

 

無表情で、誠意の欠片もないお願いだった。

そしてそのままベッドを陣取り、爆睡し始めた。

 

この巫山戯た態度に、アウラは意外にも好印象を抱いてしまう。余計な面倒事を自分から進んで引き起こさない――その一点において、リーニエからは謎の安心感が漂っていた。

 

結果として、アウラのリーニエへの好感度は人知れず上がっていた。

 

――そして場面は戻り、現在。

 

アウラは伯爵への報告を終え、その結果をフルーフへと伝えていた。

 

「はいはい。ただでさえ魔族といざこざあった後なのに、お母様やソリテール達を伯爵と会わせるだなんて出来る訳ないじゃない。お母様は頭がおかしいし、ソリテールは一発で超危険人物認定されるわ」

 

「……ば、賠償とかの話はどうなってますか?」

 

実に真剣な表情で問いかけるフルーフに、アウラは思わず笑ってしまった。

 

相変わらずの守銭奴っぷり。そして、払えと言われれば素直に払う気があるのだと分かる、変な真面目さ。五百年経っても変わらないその性格に、懐かしさを覚える。

 

だが、そんなフルーフの心配を他所に、報告を受けた伯爵は笑っていたという。

 

『所々ガタが来ていて整地する手間が省けた。アウラ、お前の母君を罰する気はない。それに複数の大魔族を相手に勝利したのだ、陛下からも少なくない褒美を頂けるだろう……街の再建までには時間を要するだろうが。壊れたものは建て直せばいい、離れた領民達も復興と同時に少しずつ呼び戻せばいいだけだ。街の件は大魔族の魔法による被害として報告するつもりだ』

 

寛大な態度で許し、見逃してくれたのである。

 

そればかりか、伯爵はこうも付け加えた。

 

『それに例え魔法による破壊が起こらなかったとしてもだ、あの戦火で焼かれ倒壊した建築物がまともに使えたとは思えん、だから気にするな。正体を欺かれていたとはいえ、お前達には返しきれない恩がある。だからこの話はこれで手打ちだ。お前の母君には整地費用が浮いて助かったとでも伝えておいてくれ』

 

フォローまで入れてくれたのだ。

 

「心配しなくても、お母様に被害の全額を払えなんて伯爵は言ってないわ。勇者パーティーが倒し損ねる程の大魔族と名高い戦士の大魔族を二人も始末して、フランメの遺産でもある大結界も壊されずに残ってるのよ。……伯爵は頭の切れる方だし、陛下との謁見の際には支援を受けられるように話を持っていくんじゃないかしら」

 

「よ、よかったぁ……リーニエ師匠からお金を借りるようなことがあれば、どれだけボロカスのコケにされるか分かったものじゃなかったので。あ、伯爵に付け加えて説明しといてくれますか。平原がリンゴ園になっちゃいましたけど向こう500年くらいは何植えても育つと思うので……だから怒らないで、って伝えておいて下さい!娘であるアウラさんがお世話になった人から怒られるなんて、精神的に凄くキツイんで!泣いてしまいます!」

 

アウラは、母親であるフルーフのどうしようもなさを嘆いた。

 

あんな無口そうな娘に金を借りただけでボロカスに言われるだなんて、どれだけ家庭内の地位が低いのか。娘ながらに母親の家庭環境が心配になってくる。

 

だが、この時のアウラは、まさかドメスティックバイオレンスがコミュニケーション手段の一環になっているとは、想像だにしていなかった。

 

「仮にも娘相手にどれだけ立場弱いのよ……。いえ、だから……顔も知らないお母様のことなんて誰も怒ってないわよ。今は事後処理や報告、周辺領地への連絡、交渉のやり取りでそれどころじゃないわ。あのリンゴ畑と意味不明な地質は……寧ろ当分は食糧問題を気にしなくてよくなった、って笑ってたくらいよ。今、お母様達の身元の保証は私と南の勇者ってことになってるから、問題を起こさなければ何も起きないわ」

 

まさかの完全無欠の無罪放免。

フルーフは、娘が世話になった相手とはいえ貴族だし、絶対に難癖をつけられてボッタクられるだろうな、などと考えていた己を恥じた。そして己の娘の偉大さを称えるように、興奮した様子で拍手を贈る。

 

「さ、流石我が娘……!私の周りにいる魔族とは社交性のレベルが違い過ぎます!魔族と殺し合った後に同じ魔族であるアウラさんに一定の信頼を置くとは、伯爵に見る目があるのか……はたまたアウラさんのお人好しが滲み出しすぎてしまっているのか……」

 

フルーフは一瞬考え込んだ。自身の周りで、これほどの社交性を持った存在がいただろうか。

いや、いない。断言できた。

 

フリーで仕事をしながら孤児院を回していたアインザーム、工場で大規模な従業員を預かるツルギ、既に故人である完璧すぎた義娘を除けば、思考が極端に振り切れた奴らばかりなのである。

 

「私に特別な何かがある訳じゃないわ。伯爵に仕えて短くないし、個人的な恩もあるの。だからまぁ……嬉しいことに私が魔族だってわかっても、最低限の信頼はしてくれてるみたい。人間である南の勇者が側にいたのも大きいかもしれないわね」

 

更に謙虚な答えが返ってくる。

 

フルーフの内心は、アウラに対して万歳三唱状態だった。こんなに出来た娘が自分の魂を引いているなど、信じられない思いである。

 

「母は娘の人徳故だと思いますけどね」

 

「どっちでもいいわよ。それよりあの娘の方は大丈夫なの?お母様がリンゴの木を生やして一番怒ってるのはあの娘みたいだけど……」

 

「あぁ……それは大丈夫です。リーニエ師匠はリンゴを扱った事業を幾つか持っていまして……それで同じ品種が市場に出回るかもと危惧しただけです。あぁ見えて人を使って品種改良とかに力を入れてるんですよ……」

 

実を言えば、リンゴ園が出現した直後――フルーフはリーニエに胸ぐらを捕まれ、ブチ切れられていた。

 

何を勝手にリンゴ市場のライバルを作り出しているんだ、と。

 

しかし、実際はそこまで問題にはならなかった。

結界の周りに実っているリンゴを一つ摘み取り、齧ったリーニエは、とても良い笑顔を浮かべて鼻で笑ったのである。

 

それは、脆弱な魔力しか持たない人間を嘲笑う、実に魔族らしい蔑み混じりの嘲笑だった。

 

もはや、ただのリンゴでは最新設備や品種改良へと日夜大金を投資しまくるパイオニアの舌を満足させるには、到底足りなかったようだ。

 

『雑魚だな。旨味が足りなくて舌が雑魚になりそう……』

 

リンゴ相手に煽りを入れながら、シャクシャクとあっという間に食べ尽くしてしまう。自身の育てるリンゴの方が美味しいと確信したのか、リーニエは食い尽くしたリンゴの芯を嘲りながらドヤ顔を浮かべ、再度鼻で笑った。

 

結果、雑魚リンゴしか作れないフルーフは許された。

 

リンゴ市場の支配を目論む自称最強へと至る戦士の思考は、早速意味不明である。

 

「お母様は気持ち悪い実験、ソリテールは変な魔法の実験、急に私の妹を名乗る魔族はリンゴの実験……お母様の周りってほんと変なのしかいないわね」

 

「現状、リーニエ師匠本人は武術研究しかしませんけどね。あ……その変なのとお宅のご主人が楽しそうに遊んでますよ」

 

「――え?どこ」

 

 

 

 

フルーフの指さした先には、執事服に身を包み双剣を構える南の勇者がいた。

その対面にはリーニエ。そして少し離れた場所で、シュタルクが胡座をかいて二人の様子を見つめている。

 

芝生の上に、二つの影が対峙していた。

風が草を揺らす音すら、張り詰めた空気に呑み込まれていく。

 

ドンッ、と大気を震わせる音が響いた。

 

リーニエは斧が収められた鞘――というには余りにも無骨な長方形の鉄塊を握り、居合の構えを取っていた。

 

その周囲を、バチバチと紫電が取り囲む。斧の柄がガタガタと震え始め、まるで檻から解き放たれることを待ち望む獣のようだった。

 

 

『電磁抜刀』

 

 

リーニエの魔力が、鉄骨の鞘へと超電流となって流れ込んでいく。

 

発生した磁場が斧を締め上げ、内部で凄まじい反発力が生まれる。斧は今すぐにでも射出されようとしていた。だが、リーニエはそれを力ずくで抑え込み続ける。

 

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)』の余波が足元の芝生を焼き焦がし、焦げた草の匂いが鼻を突く。空気が帯電し、肌がぴりぴりと痺れるような感覚が周囲に広がっていった。

 

「ほぉ……おもしろい、この最強の義兄が受け止めてやろう」

 

「うるさい愚弟Ⅱ。後から来た奴は全員私の下でいいんだよ」

 

関係上は末っ子でしかないのだが、リーニエは頑なに認めようとしない。

 

先日の決闘で、あっさりと手脚を切り落とされたことが余程気に入らないのだろう。意固地になった魔族の瞳には、獰猛な光が宿っていた。

 

 

「すげぇ!かっけぇぇぇ……姉ちゃん!?それ俺にもできるか」

 

「愚弟……これは魔法の応用だから無理だよ」

 

 

無駄に男心をくすぐる技に、シュタルクは興奮気味に身を乗り出した。目を輝かせ、食い入るようにリーニエの構えを見つめている。

 

魔法なので当然、純粋な戦士には真似できるはずもない。無理だと答えるリーニエだったが、その声色はなんだか普段より優しかった。

 

 

「さぁ、シュタルク君……見るがいい、この最強の勇者が織りなす最強の剣――

 

「余所見するな」

 

 

言葉が途切れた瞬間、世界が動いた。

磁力によって限界まで圧縮されていた斧が、ついに解放される。射出された鋼鉄の塊は、瞬時に極超音速へと達した。

 

衝撃波が空気を引き裂き、轟音が遅れて追いかけてくる。

 

リーニエは神がかった魔力操作と体捌きで、その凶悪な速度に相乗りを果たした。斧の柄を掴み取り、自らも弾丸と化す。

 

勢いのまま力の軸を自身に絡みつかせ、回転ノコギリのように旋回しながら南の勇者へと接近していく。重力、摩擦力、空気の抵抗――身に降りかかる全ての衝撃を斧へと掻き集め、振りかぶった。

 

 

――ガァァァンッ!!!

 

 

金属とは思えない破砕音が轟いた。

 

大地が揺れ、衝撃波が同心円状に広がっていく。南の勇者の身体が、遥か後方へと吹き飛ばされた。数十キロメートル先の地面を何度もバウンドし、土煙を巻き上げながらようやく止まる。

 

どうやら極超音速に達する攻撃を、動体視力と反射神経のみで辛うじて防いだようだった。

 

 

「愚弟Ⅱ……お前は双剣だろ。愚弟は私の背中だけ見てればいいんだよ」

 

「ね、姉ちゃん……やり過ぎだろッ!あのオッサン……死んでないよな!?」

 

随分と飛んだな――そんな感想を呟きながら、リーニエは悠然と遠くを眺めていた。

 

シュタルクは大慌てで立ち上がり、南の勇者が飛んでいった方向と姉の顔を、交互に見比べる。心配と困惑がない交ぜになった表情だった。

 

心配するシュタルクを余所に、リーニエは斧を肩に担いで勝利宣言をしようとした。

 

その瞬間――視界の端で、何かが煌めいた。

 

咄嗟に斧を盾にする。

 

 

「さぁ……?どちらにせよ私の勝――

 

「あれくらいでは死なんよ、なにせ私は最強なものでな」

 

 

――ガ、ギィィィィンッッ!

 

 

特大の金属音が炸裂した。

 

今度はリーニエの身体が、遥か後方へとぶっ飛ばされていく。芝生を抉り、土を巻き上げながら、視界から消えていった。

 

いつの間にか、南の勇者は何事もなかったかのように立ち上がり戻ってきていた。双剣を構え、不敵な笑みを浮かべている。

 

「ね……姉ちゃぁぁぁぁぁん!!?」

 

リーニエは星となって消えた。

それを目撃したシュタルクの絶叫が、青空に響き渡る。悲痛な叫びは、しかし誰にも届くことなく虚しく消えていった。

 

「まだまだこの義兄に追いつくには遠いな……義妹よ――

 

「うるさいヒゲ」

 

南の勇者が勝利宣言を決めようとした、まさにその瞬間だった。

リーニエもまた、南の勇者と同様の爆速復帰を果たしていた。しかも、既に斧を振りかぶった状態で。

 

土埃を纏いながら、獰猛な笑みを浮かべている。

 

――カ、キッキィィィン!!

 

「お……オッサァァァァン!??」

 

 

南の勇者の身体が、まるでゴルフボールのように打ち上げられた。

青空へと吸い込まれるように飛んでいき、やがて点となって消える。

 

その後は、ひたすらこの吹き飛ばし合いが繰り返された。

 

南の勇者が吹き飛ぶ。シュタルクが絶叫する。

 

リーニエが吹き飛ぶ。シュタルクが絶叫する。

 

南の勇者が吹き飛ぶ。シュタルクが絶叫する。

 

 

もはや後半からは、わざとやっているとしか思えないテンポだった。吹き飛ばされる直前、二人とも妙に楽しそうな表情を浮かべている。シュタルクだけが、一人で大騒ぎしていた。

 

馬鹿なことをやっている餓鬼臭い三人組を、アウラはジト目で見つめていた。

呆れを通り越して、もはや諦めの境地である。

 

 

「何やってるのよあの三人組……」

 

「兄弟同士で遊んでいるんでしょう……。そういえばソリテール様とフリーレンはどこに行ったんですか?」

 

「臨時の仮設食堂で見たわよ。フェルン、フリーレン、ソリテールの三人組で」

 

「それ、もしかしてソリテール様だけが鬱陶しく絡んでるパターンじゃないですか?」

 

「……そうかもしれないわね」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

城の兵舎を一時的に改装して設置された食堂には、少なくない人々が集まっていた。

 

木製のテーブルが並び、簡素ながらも温かい食事の匂いが漂っている。談笑する声、食器の触れ合う音、時折響く笑い声――戦火の傷跡が残る城塞都市の跡地にあって、ここだけは日常の空気を取り戻しつつあった。

城内全体には人気があまりない。

グラナト伯爵は事の顛末を陛下へと報告するため、証人として魔族のドラートを連れ、伯爵領を発っていた。

既に教会や城に籠城していた人々の過半数が、グラナト伯爵領と親交がある領地へと一時的に移っており、今も、多くの住民は身支度を整え、近隣の領地へと旅立つ準備を進めている。

 

それでも、この地を離れなかった者たちがいる。

街の再建のために留まることを選んだ数少ない住人たち。

 

元々城内で働いていた使用人たち。そして、資材と人手が届き次第すぐにでも復興作業を始めようと決意した職人たち。領土への愛着が、彼らをこの場に留まらせていた。

 

丁度昼時ということもあり、フリーレンとフェルンも隣り合って座り、食事を摂っていた。

 

湯気を立てるスープを匙で掬いながら、二人は穏やかな時間を過ごしている――はずだった。

 

その対面に、招かれざる客が座っていた。

ニコニコと笑みを浮かべるソリテール。角こそ隠しているものの、その身から漂う死臭は食事の場に相応しいものではない。腐った肉と乾いた血の混じったような、言い知れぬ不快感が鼻腔を刺す。

 

食堂に来ておきながら、ソリテールは紅茶しか口にしていない。優雅にカップを傾けるその姿は、まるで自分だけが別の世界にいるかのようだった。

 

フリーレンは食事の手を止め、冷たい視線を向けた。

 

「失せろソリテール。食事がマズくなる」

 

珍しく鋭いトゲの含まれた口調だった。

 

フェルンはギョッとして、フリーレンとソリテールを交互に見やる。普段の気だるげな師とは明らかに違う、剥き出しの敵意がそこにあった。

 

しかし、当のソリテールは聞く気が一切ないのか、表情一つ変えない。まるで小鳥の囀りでも聞き流すかのように、悠然と紅茶を啜った。

 

「ここは私でも利用することを許された公共の場。貴女に私を追い出す権利なんてありはしないわ、フリーレン。どうしても追い出したいなら、私の義娘にお願いでもしてみるのはどうかしら?」

 

追い出したかったらアウラにでも頼め、そして出ていくならお前が出ていけ――暗に二つの嫌味を混ぜた返答だった。

 

フリーレンの手が、テーブルの下で杖を探るように動く。

しかし、すぐに拳を握りしめて堪えた。こめかみに、微かに血管が浮いている。

 

「嫌味ったらしい奴。フルーフの件がなかったら今直ぐ殺してるのにね」

 

殺したいのに殺せない。

フリーレンの内心は、ここ最近で最も揺さぶられていた。引っ付かれて嫌な所を的確にネチネチと粘着されて喜ぶ者などいない。感情が希薄なフリーレンであっても、ソリテールに苛つかずにはいられなかった。

 

しかし、感情的になれば、それをネタにソリテールは更に粘着してくるだろうことは簡単に予想できた。

だからこそフリーレンは、努めて突き放すようにドライに相手をあしらい続ける。

 

「同じ意見ね、フリーレン。魔族と意見が同調するだなんてまるで魔族みたい。貴女の本質はもしかすれば私達寄りなのかしら。フェルンから聞いたわ……人間を知りたいのでしょ、ますます同じね。私も人間であるフルーフを知りたいと常々思っているの。私達って凄く気が合うのかもしれないわ、どう一度相性の摺合せをしてみない?」

 

フリーレンの表情が歪んだ。

 

異常者であると認めても、根拠を並べ立てて魔族と同列視されることには、こみ上げるものがあった。

特に目の前の――明確な嫌悪の感情を抱く魔族からそんなことを言われれば、機嫌も悪くなるというものだ。

握りしめた拳が、微かに震えている。

 

「反吐が出る。こいつわざと私の嫌がることしか言わないんだけど……。ねぇ、フェルン……余計なこと言わないでよ」

 

「申し訳ありませんフリーレン様。その……ソリテール様は一応魔法を最初教わった先生でもあり恩もありましたので……無下には出来ませんでした」

 

叱るようなフリーレンの声に、フェルンはシュンとした様子で頭を下げた。肩を小さくして、居心地悪そうに身を縮める。

 

それを見ていたソリテールは、目元を嫌らしく歪めた。ニタニタとした笑みが、唇の端に浮かぶ。

 

「流石……大量殺人魔法を生み出す切っ掛けを作った魔法使いは容赦がない。貴女が切っ掛けで生みだされた魔法のせいで南側諸国の戦争は悪化し、多くの人間が死んだことを理解しているのかしら。その被害者になったかもしれない人間を責めるだなんて……素晴らしいわね、葬送のフリーレン。魔族だけじゃなく、人間相手にも血も涙も無――」

 

ぺらぺらぺらぺらぺら……饒舌な口は閉じることを知らないようだ。

フリーレンは内心で短く舌打ちした。

 

何事もなかったかのように、黙々と食事の続きを食べ始め、無視を決め込む。

スープを掬い、口に運ぶ。その動作は機械的で、味など分かっていないようだった。

 

フェルンは何とも言えない気まずそうな表情で、ソリテールを見つめていた。

フリーレンへの擁護やフォローを入れようにも、一部は事実なので反論しづらい。

粗が見つかればそこからまた『お話』という嫌味攻撃が始まる切っ掛けを与えてしまうため、迂闊なことは言えなかった。

 

口を開きかけては閉じ、開きかけては閉じる。フェルンの視線が、落ち着きなく揺れている。

 

「はいはい……もうお前の話は聞かないよ。私じゃなくてフルーフにでも構ってなよ、で、本題はなに?」

 

人が嫌がることを嬉々として口にしまくる魔族の話を、フリーレンは強制的にぶった斬った。

 

匙をテーブルに置き、真っ直ぐにソリテールを見据える。さっさと本題を話せ、と。その瞳には、これ以上の茶番に付き合う気はないという明確な意思が宿っていた。

 

「ねぇ、フリーレン。ゼーリエという大魔法使いだけど……殺していいかしら?」

 

空気が、一瞬で凍りついた。

周囲の喧騒すら遠のいたように感じられる。フェルンが息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。

 

「出来るとは思わないけどね」

 

「可能なのか、不可能なのかは聞いていないわ。大事な確認だから聞いているの」

 

ソリテールの声から、先程までの軽薄さが消えていた。紅茶のカップを置き、真剣な眼差しでフリーレンを見つめている。

 

「駄目だ。なにせフルーフにとってゼーリエは……――だからね」

 

フリーレンの言葉の後半は、食堂の喧騒に掻き消されてよく聞こえなかった。

だがソリテールには良く聞こえていたのか、笑顔で頷き、納得した様子を見せる。張り詰めていた空気が、僅かに緩んだ。

 

「あぁ……やっぱり。ずっと不思議だったの、どれだけ嫌っていてもフルーフにとってはそうよね。ありがとう、フリーレン……これで少なくとも過ちを犯さずには済むわ」

 

「ゼーリエと殺し合う気ならオススメはしないよ。お前じゃあの人には絶対に勝てない、手数も魔力も何一つ上回る要素が無いからね」

 

神話の時代から生きる伝説の大魔法使い。

 

曰く、女神に最も近い存在。

 

もちろん、そんな相手と戦い殺せるなどという自惚れはソリテールにはなかった。

実物を見たことはない。それでも、勝てないと断言できる。

 

生きた年数なども正確には分からない。だが、伝え聞く話だけで十分だった。

計算するまでもなく、勝ち目がないことを悟らせる――それがゼーリエという存在だった。

 

臆病者のソリテールには、元よりゼーリエのような化け物と積極的に敵対する気など更々ない。

飽くまでも最悪の状況を想定して、確認を取りたかっただけである。

 

「私はリーニエじゃないわ、勝ち目のない殺し合いなんて好まないの。だけど……必要とあれば立ち向かう気概はある。勿論そうならないように祈っているわ、私は平和主義だから」

 

平和主義?どの口が――そう言いかけて、フリーレンは口を噤んだ。

面倒くさいことになることは目に見えていた。下手に反応すれば、また嫌味の応酬が始まる。

 

「その必要性ってフルーフのこと?」

 

「ふふ、私は彼女にとって素敵で頼れる旦那様だもの。自身を騙して自我を押し殺すなんて出来て当然でしょ。愛する奥さんが私にそうしてくれたように……」

 

「言ってる意味がわからないからこれだけは言っておくよ。フルーフをゼーリエに会わせるな。あの人はフルーフを間違った意味で殺せる。そしてその間違いをゼーリエ自身は知らない。フランメからフルーフを殺せる最後の保険をあの人は預けられているんだ。でも……それを正しく使ってくれる保証はどこにもない、だから会わせるな」

 

フリーレンの声が、低く沈んだ。

 

言動全てが胡散臭いソリテールだが、フリーレンにはそんなことはどうでもよかった。ソリテールがフルーフを守るというのなら、利用できる。フランメとの約束以前に、フリーレンは昔からの友人を守りたいと思っている。

 

だから――フランメとフリーレン以外は知らない情報を、ソリテールへと伝えることにした。

 

ソリテールの瞳孔が、爬虫類のように縦に細まった。

 

張り詰めた空気が滲み出し、周囲の温度が数度下がったような錯覚を覚える。不滅と思われたフルーフの絶対性が揺るがされる情報――ソリテールにとって、到底看過できる話ではなかった。

 

「……詳しく、話してくれるかしらフリーレン。多少軋轢はあったけど私達の気持ちには通じ合う部分があったと信じているわ」

 

実に嫌そうな顔をするフリーレンだったが、利害が一致していることは間違いない。

溜息を一つ吐き、観念したように口を開いた。

 

「お前と一秒でも多く話したくないから手短に説明するよ。後、ゼーリエの居場所は私も知らないから聞くだけ無駄だよ。最後に会ったのなんて何百年も前だし今何をしているのかも知らない……避けられるなら積極的に避けて、もし会ったら全力で逃げるのが最善策かな」

 

「そう……」

 

 

そうしてソリテールは、フルーフに残された最後の保険について説明を受けた。

 

言葉が紡がれるたび、ソリテールの表情から温和な笑みが消えていく。目が完全に据わっていった。普段の飄々とした態度は影を潜め、そこにいるのは紛れもない大魔族だった。

 

「フリーレン。それが正しいことだと思うの?」

 

「魔族に正しさの是非を問われる魔法か……まぁ、そうだね。限りなく間違いであるとは私も思うよ。ただこれは本当に最後の保険って意味でフランメが残したものだから……悪意があってのものじゃない」

 

「それで?ゼーリエがその保険を正しい意味で使ってくれる確証はあるのかしら?」

 

「今のフルーフの様子から見て、間違った使い方をする可能性の方が高いかな」

 

「最悪ね」

 

ソリテールの声は、氷のように冷たかった。

紅茶のカップを置く音が、やけに大きく響く。

 

二人の間に、重い沈黙が落ちた。周囲の喧騒が、まるで別世界の出来事のように遠く感じられる。

 

フェルンは息を殺し、二人のやり取りを見守ることしかできなかった。

 

食堂の喧騒は変わらず続いている。笑い声、食器の音、談笑する声。

 

しかし、このテーブルだけは――まるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。

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