ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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章に絶対一回は挟まる情事シーン。注意された通り静かにしてやってます。
読者を消し飛ばす誰得回。ひたすらネチネチ情事してるだけなので展開に影響はないです。スルーしても大丈夫!



▼第58話▶閑話▶静かな夜の情事

 

 

その夜。

 

 

屋敷の長い廊下を、フェルンは一人で歩いていた。

 

使用人達が動き回っていた昼間が嘘のように、屋敷は静まり返っていた。

 

等間隔に灯された明りが壁に淡い影を落とし、磨き上げられた床に靴音が反響する。

窓の外には月が昇り、中庭の噴水が銀色の光を受けて静かに煌めいていた。

 

フリーレンは書庫に籠もったまま出てこない。

ザインは客室で寝息を立てて眠り、シュタルクはシュトルツの部屋で遅くまで話し込んでいるらしく、廊下の向こうからくぐもった笑い声が時折漏れ聞こえていた。

 

厨房に水を取りに行った帰り。

陶器のコップを片手に、自室への最短経路を辿っていく。

 

ふと、足が止まった。

客室の扉が僅かに開いていた。

 

ほんの指一本分の隙間から光が漏れている。

 

ソリテールとフルーフに割り当てられた客室。

フェルンの足裏が、床に縫い止められたように動かなくなった。

 

本能が「引き返せ」と訴えかけ、血生臭い嫌な予感が背筋を駆け巡った。

 

だが、フェルンは近づいた。

扉の隙間に、視線が吸い込まれる。

 

見えたのは、月明かりに照らされた室内だった。

 

カーテンは開け放たれ、窓から差し込む光だけが唯一の光源だった。

銀色の帯が室内を斜めに横切り、ベッドの上に長い陰影を落としている。

 

大剣が、宙に浮いていた。

 

刃渡りは優に一メートルを超える精巧な刃。

ただ空中に浮き静止しており、冷たい光を受けた鋼が、青白い燐光を帯びていた。

 

その下に、フルーフがいた。

 

肌着一枚の姿で、両腕を広げ、目を閉じて跪いている。

白い髪が背中から床へと零れ落ち、扇状に広がっていた。

 

薄い肌着は光を透かし、その下にある身体の輪郭を仄かに浮き上がらせていた。

鎖骨の窪みに溜まった汗の粒が一つ一つ光り、呼吸のたびに胸元が緩やかに上下する。

 

肌着の肩紐が片方だけ腕に落ちかけており、肩から二の腕にかけての滑らかな稜線が露わになっていた。

 

口元には恍惚とした微笑みが浮かんでいる。

薄く開いた唇の隙間から、荒い吐息が白く漏れていた。

 

その表情に恐怖の色は一切なく、むしろ――待ち焦がれているように見えた。

 

ベッドの端には、ソリテールが腰掛けていた。

 

寝間着の前が大きくはだけており、襟元から鎖骨、胸元にかけての白い肌が夜気に晒されていた。

 

帯は半ば解け、膝の上で寝間着の裾が大きく割れ、太腿の付け根近くまで素肌が覗いている。

翡翠色の髪が肩から胸の上を流れ、はだけた寝間着の隙間に数本の毛先が垂れ込んでいた。

 

翡翠の瞳が、フルーフの身体を見下ろしている。

画家が構図を定めるように、あるいは美食家が皿の上の料理を愛でるように、ゆっくりと視線を這わせていた。

 

ソリテールがベッドから降り、フルーフの前に立った。

跪くフルーフの顎を、指一本で持ち上げた。

 

フルーフの顔が仰向けられ、光の中に赤い瞳が晒される。

潤んだ瞳の膜に、ソリテールの影が映り込んでいた。

 

その指が顎から離れ、首筋へと降りていった。

指先と肌の間に、紙一枚の空隙を残したまま、鎖骨の線をなぞるように滑らせていく。

 

フルーフの喉が鳴った。

小さな嚥下の音。触れられていないのに、指の軌道を追うように肌が粟立っていく。

 

ソリテールの指先が鎖骨の窪みで止まった。

溜まった汗の雫を、人差し指の腹でゆっくりと掬い取る。

 

その一点だけを触れた。

指先と肌が接した面積は、小指の爪ほどしかない。

 

フルーフの肩が跳ねた。

背筋が反り、閉じていた目が薄く開く。

瞳の焦点が揺れ、唇の間から、声にならない吐息が絞り出された。

 

ソリテールは掬い取った汗の雫を、自分の唇に運び、舌先が指の腹を舐め取る。

その動作がゆっくりと行われ、フルーフの視線がそこに釘付けになっていた。

 

その指が再びフルーフの身体に戻る。

 

今度は肩紐が落ちかけた側の肩から、二の腕の内側へ。

指の背で、産毛をなぞるように撫で下ろしていく。

 

一本の線を引くように、肘の内側、手首、掌。

 

フルーフの指が痙攣した。

広げていた手が無意識に握り込まれ、すぐに力なく開く。

 

呼吸が浅く、速くなっていた。

胸元の上下が明らかに大きくなり、肌着の薄い布地がその動きを忠実にたどっている。

 

ソリテールの手がフルーフの掌に辿り着いた。

開いた掌の上に、自分の掌を重ねる。

 

指を一本ずつ、ゆっくりと絡めていった。

 

繋がれた手を、ソリテールが自分の頬に押し当てた。

目を閉じ、フルーフの掌の温度を頬で受け止めている。

 

長い睫毛が銀の影を落とし、翡翠の髪が二人の手の甲に垂れかかった。

 

フルーフの唇が震えた。

声を出そうとして、出せなかった。

 

喉の奥で何かが詰まり、代わりに涙が一筋、頬を伝った。

 

ソリテールが目を薄くする。

涙の筋を見つけ、繋いだ手はそのままに、空いた手でフルーフの頬に触れた。

 

親指の腹で涙をゆっくりと拭い取り、そのまま頬骨の線をなぞる。

耳の下へ、顎のラインへ。指先が顎の先端に達した時、フルーフの顔を僅かに上向かせた。

 

二人の顔が近づく。吐息が混じる距離だ。

鼻先が触れるか触れないかの間合い。

 

ソリテールの唇がフルーフの唇の上で止まった。

重ならない。触れない。ただ、互いの吐息だけが行き来する。

 

フルーフの身体が前のめりに傾いた。

自分から唇を求めようとする。

 

だがソリテールは同じだけ身を引き、その距離を保ち続けた。

 

焦らされるたびに、フルーフの呼吸が乱れていく。

肩が上下し、首筋から胸元にかけて薄い紅潮が広がっていた。

 

肌着の下で、心臓が打つ振動が目に見えるほどに激しくなっている。

 

ソリテールの唇が、不意にフルーフの下唇に触れた。

噛むのではなく、吸うのでもなく、ただ唇の輪郭を自分の唇でなぞるだけの接触。

 

フルーフの喉から、甘い呻きが漏れた。

全身から力が抜け、前のめりに崩れかける身体を、ソリテールが空いた手で腰を引き寄せて支えた。

 

掌が腰に回った瞬間、薄い肌着の上から体温が直接伝わる。

ソリテールの指が腰骨の突起を親指で撫で、そこから背骨に沿って脊柱の窪みを一つずつ辿り上げていった。

椎骨の凹凸を確かめるように、一段、一段。

 

フルーフの背中が弓なりに反った。

肩甲骨が寄り、胸が押し出され、喉が仰け反ると……白い首筋が完全に晒された。

 

ソリテールの視線がその首筋に落ちた。

脈打つ頸動脈の上を、鼻先が滑るように移動する。

 

肌には触れず、吐息だけが首筋の産毛を揺らしていく。

 

耳の下から鎖骨の付け根まで、ゆっくりと。

 

フルーフの呼吸が限界に達していた。

浅く短い息が途切れ途切れに漏れ、その合間に、微かな嬌声が混じり始めている。

 

広げていたはずの両腕がいつの間にかソリテールの背に回り、寝間着の布地を握り締めていた。

 

指の関節が白くなるほどの力で。

 

ソリテールがフルーフの耳元に唇を寄せた。

言葉ではなく、ただ唇で耳朶の輪郭をなぞる。

 

柔らかい耳朶の先端を唇で挟み、吐息を吹き込むように、ゆっくりと離した。

 

フルーフの全身が震えた。

体勢が崩れ、ソリテールの腕の中にしなだれかかる。

 

汗ばんだ肌と肌が密着し、肌着の薄い布地を通して互いの熱が溶け合っていく。

 

ソリテールが、フルーフの腰を支えたまま、もう片方の手を腹部に滑らせた。

 

掌が、臍の下に置かれた。

指先が肌着の上から肌の感触を確かめるように、ゆっくりと円を描く。

 

フルーフの身体がびくりと跳ねた。

腹筋が反射的に引き締まり、すぐに力が抜けていく。

 

ソリテールの掌がそこに留まった。

布越しに掌の熱が沁み込んでいく。

 

その手の下で、フルーフの腹部が呼吸に合わせて浅く波打っていた。

 

ソリテールのもう一方の手が、フルーフの肌着の裾を掴んだ。

 

ゆっくりと、捲り上げていく。

 

布地が肌から剥がれる微かな音。

汗で張り付いた肌着が腹部から引き離され、臍の周囲の肌が夜気に触れた。

フルーフの腹筋が冷気に反応して微かに引き攣る。

 

素指が、臍の縁を辿る。

薄い産毛が逆立ち、指の軌道に沿って鳥肌が広がっていった。

 

指腹が臍の窪みに沈み、そこから放射状に這い出すように、腹部の皮膚を圧し撫でていく。

下腹部の、骨盤の稜線が皮膚越しに浮き出る辺りまで。

 

フルーフの膝が床の上で滑り、腰が前に突き出されるように傾いだ。

歯の間から、押し殺し切れない呻き声が漏れた。

 

ソリテールの掌が、腹部の上に置き直された。

今度は布越しではなく、直接。

 

手の平の温度と、フルーフの腹部の温度が、境界なく混じり合う。

 

 

「ここから、二つに分けるわ」

 

 

ソリテールの声は、子守唄のように穏やかだった。

 

フルーフの瞳が薄く開き、浮かぶ大剣を見上げた。

光のない瞳の奥で、何かが蕩けるように揺らめいている。

 

涙と汗が混じり合い、頬を伝って顎先から滴り落ちた。

フルーフは、ただ無言でコクコクと頷き了承する。

 

紅潮した肌、乱れた髪、汗に濡れた肌着。

捲り上げられた裾から覗く剥き出しの腹部。

 

殺される直前の人間の姿では、到底なかった。

まるで愛の絶頂を迎える寸前の、恍惚そのものだった。

 

 

「いい子ね」

 

 

ソリテールが一言囁き、置いていた掌を剥がした。

 

肌から手が離れた瞬間、フルーフの腹筋が痙攣するように震えた。

掌の形をした温もりの残像が、むき出しの肌の上にまだ残っている。

 

名残を惜しむように伸ばされた指先が、空を掴んで垂れ落ちた。

 

ソリテールはベッドの端に腰を下ろし、足を組んだ。

はだけた寝間着を直すこともなく、フルーフを見下ろしている。

 

跪いたまま取り残されたフルーフは、途切れ途切れの呼吸を繰り返していた。

汗に濡れた肌着が肌に張り付き、身体の線を隠す機能をとうに失っている。

 

捲り上げられたままの裾から、汗の粒が腹筋の溝を伝い、肌着の縁を越えて太腿の方へ流れ落ちていく。

 

広げた両腕が微かに震え、閉じた瞼の下で眼球が揺れていた。

 

 

「愛しています」

 

 

フルーフが囁いた。

それは遺言のような、祈りのような、あるいは性愛の最中に漏れ出る嬌声のような響きだった。

 

躊躇なく指が動き――大剣がしなった。

 

音が、二つ重なった。

肉が裂ける湿った音と、脊椎が断たれる硬い音。

 

人体を構成するあらゆる組織が、一瞬で二分される時に発生する、生理的嫌悪を催す複合音。

 

重量に見合わない、絹を裂くような滑らかさで、刃がフルーフの胴体を横一文字に通過した。

 

腰骨の上、臍の僅か下。

先程までソリテールの掌が直接触れていた、まさにその素肌の上。

 

肌着の裾が捲り上げられていたおかげで、刃は布地を介さなかった。

露わにされた腹部を、鋼の刃が素肌の感触だけを切り裂いて通り抜けた。

 

愛撫した場所を、切り裂いた。

 

刃が肌に食い込んだ瞬間、表皮が裂け、真皮が割れ、腹直筋の線維が左右にほどけた。

先程まで指先で辿った産毛の一本一本が、切断面の縁で逆立ちながら、溢れ出す血に沈んでいく。

 

腹横筋、内腹斜筋、外腹斜筋。

層状に重なった筋膜が順に断たれるたびに、その奥から新しい色の肉が露出した。

 

脊椎が断たれる瞬間だけ、音の質が変わった。

椎間板の軟骨が潰れ、椎体の海綿骨が砕け、脊髄が断裂する。

 

白い脊髄液が赤い血の中に混じり、桃色の泡を立てながら切断面から零れ落ちた。

 

腹腔が開き、内臓が零れた。

 

まず大網膜の脂肪組織が黄色い房状に垂れ下がり、その隙間から小腸の蠕動がまだ続いているループが滑り出した。

胃から十二指腸にかけての消化管が切断され、半消化物の酸い臭気が夜気に広がる。

 

肝臓の右葉が断面から赤黒い色を晒し、腎臓は後腹膜ごと引き裂かれて脂肪被膜の中で震えていた。

 

ソリテールの指が這った臍の窪みは、もう存在しなかった。

その場所は今、上半身と下半身の間に生まれた空隙の中で、腸間膜の脂肪と血液に埋もれている。

 

血が噴いた。

 

腹部大動脈の断端から、心拍に同期した鮮血の柱が天井に向かって吹き上がる。

動脈圧で押し出された血液は、一拍ごとに勢いを変えながら弧を描き、同時に大静脈からは暗い静脈血が重力に従ってとめどなく溢れ出した。

 

瞬間、一面に魔法陣が咲いた。

 

三桁を超える魔法陣が、部屋の空間を埋め尽くすように一斉に展開。

天井に、壁に、床に、空中に。大小様々な紋様が、青白い光を放ちながら瞬時に術式が編み上げられた。

 

血飛沫の一滴一滴、臓物の破片の一つ一つ、飛び散る体液の軌道の全てを捕らえる。

 

魔法が放たれた。

 

大小無数の光線が、飛散する血液と臓物を正確に追尾し、掬い取るように消し飛ばしていく。

天井に向かって噴き上がった動脈血の柱を、極細のゾルトラークが根元から舐め取る。

 

シーツの上に落ちかけた腸の束を、掌大の魔法陣から放たれた光が蒸発させた。

肝臓の断片が壁に飛ぶ前に、三方向からの光線が交差して塵に還す。

 

脊髄液の飛沫すら、髪の毛ほどの細さのゾルトラークが一滴残らず消滅させた。

 

全ての光線は壁や天井に届く前に離散した。

魔法の余波が建材に触れる寸前で、出力が正確にゼロへ減衰していく。

 

貫通どころか、壁に焦げ跡一つ残さない。

天井の漆喰に傷一つつけず、部屋の調度品にも、シーツにすら、一滴の血痕も許さない。

 

圧巻だった。

 

 

フェルンは類まれな才に恵まれた魔法使いだ。

だからこそ、今目の前で起きていることの異常さが、骨の髄まで理解できた。

 

あの数の魔法陣の同時展開。

それぞれが異なるサイズ、異なる出力、異なる射角で調整されている。

 

飛散する血液と臓物の軌道を瞬時に予測し、一滴の漏れもなく捕捉し、周囲への被害をゼロに抑える精密射撃。

 

しかもゾルトラークの出力減衰を壁面到達前に完全消失させるという、芸術的なまでの魔力制御。

 

やっていることから目を逸らせば、驚嘆の一言であった。

 

フェルンは瞬きをした。

見慣れた光景だが、一瞬だった。瞼を開いた時、部屋の景色が変わっていた。

 

 

大剣は消えていた。

魔法陣も消えていた。

血の一滴も、肉片の一欠片も、どこにもない。

 

部屋は何事もなかったかのように静まり返っている。

月の光だけが、変わらず室内を淡く照らしていた。

 

床の上では、フルーフが蘇生していた。

両断された胴体は完璧に繋がり、肌着の裾から覗く腹部には傷痕の一つも残っていない。

 

その腹部は、先程ソリテールが捲り上げたままの姿で蘇っていた。

死の直前の状態をそのまま保って蘇生する。

 

つまりフルーフの身体は、切られた時の姿――肌着の裾を捲り上げられ、腹部を晒され、ソリテールに愛撫された痕跡をそのまま残して蘇ったということだった。

 

傷は消えても、快楽の跡は消えない。

 

意識はまだ死の余韻の中に漂っているようだった。

跪いたまま、身体が前のめりに傾いでいる。

 

広げていた両腕は垂れ下がり、指先が床に触れていた。

白い髪が顔の両側に幕のように落ち、表情を隠している。

 

肩が不規則に上下し、吐息だけが響いていた。

 

ソリテールが組んだ脚を解き、ベッドから降りた。

 

素足が床に触れる微かな音。

寝間着の裾が足首を撫で、フルーフの元へ滑るように歩く。

 

数歩の距離を、急がず、しかし迷いなく詰めていき――フルーフの正面に立った。

 

見下ろす翡翠の瞳に、床に崩れ落ちかけた白い髪の女が映っている。

ソリテールは屈み、フルーフの顎に指を添え、ゆっくりと顔を上向かせた。

 

垂れた髪の奥から現れた顔は、蕩けていた。

瞳は潤み、半開きの唇の端から涎が糸を引き、顎先に溜まっていた。

 

ソリテールの親指が、フルーフの下唇に溜まった涎を拭った。

指の腹に絡みついた粘液の糸を断ち切りもせず、そのまま親指をフルーフの口腔に滑り込ませた。

 

下唇を押し開き、歯列を越え、舌の上に指腹を置く。

 

フルーフの舌が反射的に指に絡みついた。

目が合っていない。焦点の定まらない瞳のまま、吸啜反射のように指を舐め、吸い、歯の裏と指の間から涎が溢れて顎を伝い落ちていく。

 

ソリテールは指を抜かなかった。

フルーフの舌が指の腹を這い回る感触を確かめるように、親指をゆっくりと動かした。

 

頬の内側を押し、舌の付け根を撫で、口蓋の皺を辿る。

 

フルーフの喉奥から、指を咥えたまま鼻にかかった嬌声が漏れた。

両目の端から涙が零れ、涎と混じって首筋を伝い、鎖骨の窪みに溜まっていった。

 

ソリテールがゆっくりと指を引き抜いた。

唇の間から透明な糸が一本伸び、指先と下唇の間に架かって、切れた。

 

その指先を、ソリテールは自分の舌で舐め取った。

フルーフの唾液の味を確かめるように、瞳を細める。

 

濡れたままの親指が、フルーフの顎から首筋へ降りていった。

唾液の濡れた跡が肌の上に一本の線を引き、その軌跡が夜気に触れて冷え、フルーフの肌が跡を追うように粟立つ。

 

鎖骨に到達した指が、窪みに溜まった涙と涎の混合液を掬い取る。

 

ソリテールはその指を、今度はフルーフの唇に戻した。

フルーフ自身の体液を、フルーフの舌に返す。

 

フルーフは恍惚とした表情で、自分の涙と涎の味を舌に受け止めた。

 

ソリテールの手がフルーフの項に回った。

もう片方の手が、膝裏に差し入れられる。

 

そのまま抱え上げた。

 

フルーフの身体が床を離れる。

膝裏と背中を支えられ、ソリテールの胸元に引き寄せられていく。

 

弛緩した四肢が重力に従って垂れ、白い髪が揺れながら宙を流れた。

 

フルーフの頭がソリテールの肩口にもたれかかった。

はだけた寝間着の襟元に顔が埋まり、鎖骨の上にフルーフの唇が触れている。

 

ソリテールはフルーフを抱えたまま、ベッドへ向かった。

歩くたびにフルーフの身体が僅かに揺れ、その度に細い腕がソリテールの首に縋りつこうとして、滑り落ちる。

 

ベッドの縁に膝をつき、フルーフの身体をシーツの上に降ろした。

仰向けに横たえる。白い髪が枕の上に散らばり、銀糸のように光った。

 

フルーフの瞳が、真上からのソリテールを見上げていた。

まだ焦点は揺らいでいる。けれど、その視界の中央にソリテールの顔だけが在ることは、理解しているようだった。

 

指先が持ち上がり、ソリテールの頬に触れようとして、届く前にシーツの上に落ちた。

 

ソリテールはその手を拾い上げた。

フルーフの指を自分の唇に当て、指先の一本一本に口づけを落としていく。

 

人差し指の第二関節に、中指の爪の先に、薬指に嵌まった指輪の冷たい金属に唇を押し当て。

それから掌を裏返し、手首の内側に唇を落とした。

 

脈拍が皮膚のすぐ下で跳ねている場所に、舌先が触れる。

血管の拍動を舌の上で数えるように、ゆっくりと舐め上げた。

 

フルーフの手を枕の横に置き直すと、ソリテールは身体を沈めた。

肘をフルーフの頭の両脇につき、覆いかぶさるように重なっていく。

 

翡翠色の髪が帷のように垂れ下がり、二人の顔の周囲に幕を作った。

 

光が遮られ、フルーフの視界にはソリテールの顔だけが残る。

 

ソリテールの指がフルーフの額に触れ、張り付いた髪を丁寧に払った。

汗で湿った生え際を指の腹で撫で、こめかみから耳の縁をなぞり、首の横を通って喉仏の脇へと降りていく。

 

喉仏の横で、指が止まった。

頸動脈の上に、指の腹が置かれている。

 

フルーフの脈拍が指先に伝わっていた。

先程、手首の内側で数えた脈拍よりも、遥かに速い。

 

ソリテールの唇の端が僅かに持ち上がった。

 

フルーフの唇が動いた。

声にならない声で、ソリテールの名を形作っている。

 

ソリテールはフルーフの額に唇で触れた。

瞼の上に。涙で腫れた目頭に。鼻梁の高い位置に。頬骨から顎の線に沿って、一つ一つ。

 

それから、捲り上げられたままの肌着の裾に、指をかけた。

 

先程の位置から、さらに上へ。

 

布地がゆっくりと持ち上げられ、肋骨の下端が露わになった。

呼吸のたびに浮き沈みする肋骨の溝を、ソリテールの視線がなぞっていく。

 

指先が肋骨の一本に触れた。

皮膚越しに骨の硬さを確かめるように、肋間を一本ずつ辿っていく。

 

先程、刃が通過した位置から、数えて何本目の骨か。

その指は正確に知っている。

 

ソリテールの唇が、肋骨の上に落ちた。

薄い皮膚を通して骨の輪郭が唇に伝わる位置で、吸い付くように口づけた。

 

その唇が一つ下の肋間へ降り、さらに一つ下へ。

刃が通った場所へ近づいていく。

 

臍の直上。

切断線があった場所。

 

今は何の痕跡もない滑らかな肌の上に、ソリテールは長い口づけを落とした。

 

舌先が、傷痕のない肌の上で、傷痕の形をなぞった。

存在しない切断線を、舌で再現するように、腹部を横一文字に舐め渡していく。

 

フルーフの腹筋が引き攣った。

腰が跳ね上がり、背中がシーツから浮き、喉の奥から咽び泣くような声が絞り出された。

 

身体は覚えている。

傷は蘇生で消えても、死の記憶は肌に刻まれている。

刃が通った場所を舌で辿られることの意味を、フルーフの神経は正確に理解していた。

 

ソリテールの舌が臍の窪みに到達した。

先程指でなぞったその場所を、今度は舌尖で沈み込むように舐める。

 

フルーフの腹壁が波打ち、下腹部の筋肉が断続的に痙攣した。

 

唇を離し、ソリテールは身体を起こした。

フルーフの全身を見下ろす。

仰向けに横たわり、肌着を捲り上げられ、汗と涙と涎にまみれ、死と蘇生の余韻の中で喘いでいるフルーフの姿を。

 

翡翠の瞳が、その光景を刻印するように、長い時間をかけて眺めた。

 

それからフルーフの身体に再び沈み込み、唇を重ねた。

 

深い口づけだった。

フルーフの喉から甘い吐息が漏れ、背中がシーツの上で撓った。

 

力の入らない両腕が、それでもソリテールの背中に回ろうと持ち上がり、辛うじてその肩甲骨に指先が届いた。

寝間着の布を掴み、離すまいとするように、指が皺を刻んでいく。

 

ソリテールの手がフルーフの後頭部に回り、髪の中に指を沈めた。

頭を支え、角度を変え、さらに深く唇を貪る。

 

フルーフの身体が、ソリテールに向かって押し付けられるように反った。

 

唇が離れた。

涎の糸が一瞬だけ架かり、切れる。

 

フルーフの瞳にようやく焦点が戻りかけていた。

潤んだ瞳が、ソリテールを捉えている。涙が一筋、目尻から枕へと流れ落ちた。

 

ソリテールの唇が、その涙の終点に触れた。

枕に吸い込まれる寸前の雫を、唇で攫い取る。

 

フルーフの涙の塩味が舌の上に広がり、翡翠の瞳が僅かに細くなった。

 

それからフルーフの頭を胸元に抱き寄せた。

髪を指で梳きながら、もう片方の手でフルーフの背中をゆっくりと撫でている。

 

背骨の突起を一つずつ確かめるように、項から腰まで、何度も。

先程刃が断った椎骨を、今は指の腹で数え直している。

 

フルーフはソリテールの首筋に顔を埋めた。

両腕がようやくその背中に回り、寝間着越しに温もりを確かめるように、指がソリテールの肩甲骨の間を這った。

 

蕩けた表情で、何度もソリテールの名前を囁いている。

 

ソリテールは静かにフルーフの頂に口づけた。

 

翡翠色の瞳がフルーフの顔を見下ろしている。

その目には、冷たくも熱い独占の色が宿っていた。

 

「愛しているわ、フルーフ」

 

ソリテールが囁いた。

 

フルーフは答えなかった。

言葉の代わりに、唇を重ねた。

 

深く、長く。

途中で何度か息を継ぎ、そのたびに唇が離れ、粘液の橋が光に煌めき、すぐにまた重なる。

 

静かな夜に粘液の混ざり合う水音だけが響き渡った。

 

フルーフの両手がソリテールの頬から首筋に降り、寝間着の襟を肩から滑り落とすように押し下げた。

ソリテールはそれに抗わず、衣擦れの音と共に白い肩が露わになっていく。

 

ソリテールの手もまた、フルーフの背中に回り、辛うじて残っていた肌着の肩紐を、指先で腕の下まで落とした。

 

淡い光の下で、二つの肌が晒されていく。

互いの手が互いの衣服を解き、解かれるままに身を委ねている。

 

その所作には、暴力も焦りもなかった。

殺し殺されの直後とは思えない穏やかさで、互いの身体を確かめ合うように、触れ合っていた。

 

 

 

フェルンは、コップを持つ手が震えていることに気づいた。

水面が揺れている。指先が白くなるほど陶器を握りしめていた。

 

頬が熱い。

耳の先まで血が昇っているのが自分でわかった。

心臓の鼓動が喉の奥で跳ね、呼吸が浅くなっている。

 

フェルンは音を立てないように踵を返した。

来た道を、一歩一歩、確実に引き返していく。

 

角を曲がり、扉の隙間から漏れる気配が届かなくなった辺りで、フェルンは足を止めた。

コップの水を一気に飲み干し、深く、長く息を吐いた。ふんす、と頬を膨らませ眉を釣り上げる。

 

「……明日、リーニエ様に報告します。絶対に」

 

それだけ呟いて、フェルンは自室へと歩き出した。

 

背後の廊下の奥から、微かに――本当に微かに、甘い吐息と、喘ぎのようなものが聞こえた気がした。

フェルンは振り返らなかった。ズンズンと歩き、自身の客室に入っていった。

 

 

「まったく……――えっちすぎます」

 

 

フェルンの鼻からは一筋の赤い液体が垂れていた。

 

 





本番は……ないです。
ソリテールの性欲は0ですが、容赦がないので恐ろしく下品になり色々消し飛ばされます。
ゴッドフィンガーソリテールと◯◯◯アサシンソリテールは間違いなく出てくる。

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