ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。 作:ごすろじ
初期プロットにあった外伝や寄り道はほぼカットしていく予定です。
何分キャラが多いので話数がありえんことになる予感しかない。
湖上の長い石橋を渡り切ると、石造りの街並みが一行を迎えた。
大陸全体では数を減らした魔法使いも、魔法使いの総本山を擁するこの街では珍しくない。
建物の軒先には魔導具や魔導書を宣伝する看板が所狭しと掲げられている。
風に乗って運ばれてくるのは、湖水の冷たい匂いと、古書のような匂い。
石畳の上では、おちついた生活の営みと荷車の音が絶え間なく重なっていた。
「おお……私たちの街と同じくらい白いですね」
荷車を引いていたフルーフは、きょろきょろと周囲を見回した。
フルーフは適当な区画へ荷車を寄せ、車輪止めを噛ませてから轅を手放した。
全員が降りたことを確かめ、満足げに肩を回し、背伸びをする。
「さてと。まずは大陸魔法協会の北部支部だ」
フリーレンは街の中央へ視線を向けた。
湖上の都市で最も高い場所に、周囲の建物を見下ろす巨大な建築物がそびえている。
「試験のことなら、あそこで聞くのが一番早い。フェルン、行くよ」
「はい」
「私たちは宿を確保したら向かいます。では、フリーレン、また会いましょう」
フルーフが手を振る。
その傍らでは、ソリテールが街並みを興味深そうに観察し、リーニエは早くも適当な青果店でリンゴを買い込んでいた。
フリーレンは角と耳を隠したソリテールへと一瞥だけ向けると、すぐに顔を背けた。
「どうしたのかしら、フリーレン。寂しいの?手を繋いであげましょうか?」
ソリテールが掌をワキワキとしながら穏やかに微笑み、フリーレンは黙って中指を立てる。
隣から「フルーフ様の真似をした、その謎に下品なハンドサインをやめてください」とフェルンの注意が入るもフリーレンは無視、ソリテールに向かいダブルファッ◯フィンガーで応戦。
「安心して、騒ぎは起こさないわ。私はいつも対話を重んじているもの」
「一番信用できない言葉だ……。フルーフ、しっかり見張ってなよ」
フリーレンはそれ以上相手にせず、フェルンとシュタルクを連れて歩き出した。
◇◇◇
大陸魔法協会北部支部の正面扉を抜けると、受付広間へ出る。
窓口では羽ペンが紙を擦り、職員が淡々と手続きを進めていた。
「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」
受付に座る女性職員は、顔を上げ定義正しい定型文を口にする。
「一級魔法使いの試験を受けたいんだけど」
「一級魔法使い選抜試験ですね。次回の開催は二か月後です。受験資格は五級以上の魔法使い資格を持つ者に限られます。資格証の提示をお願いします」
「私は持ってないけど……」
フリーレンはあっさりと答え、隣に立つフェルンの肩へ手を置いた。
「フェルンは三級だから、この子だけ受けさせるよ」
そう言い残し、受験資格がないなら仕方ないとばかりに踵を返す。
どうやら一級試験はフェルン一人へ任せ、自分は早々に帰るつもりらしい。
だが、逃げようとしたフリーレンの外套を、フェルンが背後から両手で掴んだ。
「フリーレン様」
「何?」
「私一人では無理です」
「いけるって」
「落ちたらどうするおつもりですか。一級試験は三年に一度なのですよ」
「その時は一級魔法使いを雇うか、フルーフに頼んで海路で北部高原へ入るよ」
「それでは大変なお金がかかります。また毎日おやつ抜きになってしまいますよ。それに港までの移動と船の手配を考えれば、一年近く遠回りする可能性もあります」
フリーレンの足が止まった。
フェルンは受付の前までフリーレンを引き戻し、無言の圧力で退路を塞いだ。
「フリーレン様も受けてください」
「……とはいっても、私、無資格だし」
しばらく渋っていたフリーレンは、何か代わりになるものがないかと服の内側を探った。
やがて、首から一本の紐を外す。
その先には、ところどころ錆の浮いた銀細工の首飾りが下がっていた。
「これじゃ駄目だよね」
フリーレンは、受付職員の前で首飾りを揺らした。
「聖杖の証」
「何ですか、その骨董品は……」
フェルンが訝しげに覗き込む。
受付職員も一度だけ首飾りを見たが、特に反応は示さなかった。
「そのような資格証は、現在の大陸魔法協会では――」
「ちょっと待ってくれ」
隣から、掠れた声が響いた。
白いローブを纏った老魔法使いが、椅子から立ち上がっていた。
背中は僅かに曲がっているが、その身から漂う魔力には長年の鍛錬を思わせる落ち着きがある。
老魔法使いは、フリーレンの手元を凝視していた。
「それを、見せてもらってもよろしいですか」
「別にいいけど」
フリーレンが首飾りを差し出す。
老魔法使いは両手で受け取り、表面に刻まれた杖と紋様を確認した。
目を凝らし、指先が僅かに震えた。
やがて彼のこめかみから、一筋の冷や汗が伝った。
老魔法使いは顔を上げ、フリーレンを見つめる。
「一級試験を、受けられるおつもりですか」
「そのつもりだけど。これで受けられる?」
「もちろんです」
老魔法使いは首飾りをフリーレンへ返すと、受付職員へ向き直った。
フリーレン達には聞こえないが、何やら職員に向かって話すと、無表情だった受付職員の眉が動き、フリーレン達に申請書を差し出してくる。
「じゃあ、受けられるんだね」
「はい。お二人とも、こちらの書類へご記入ください」
「よかったですね、フリーレン様」
フェルンが安堵したように言う。
「そうだね。フェルン……私の分も一緒に書いておいて」
「自分で書いてください」
差し出された羽ペンをフェルンから握らされ、フリーレンは不満そうに受験書類へ向き直った。
◇◇◇
手続きを終えた三人が協会を出た頃には、昼を過ぎていた。
フリーレンは聖杖の証を掌の上へ載せ、歩きながら眺めていた。
「無事に受験できそうだね。まさか、まだこれを知っている人がいたなんて」
「それは、そんなに凄いものなのですか?」
フェルンが尋ねる。
「そのはずなんだけどね」
フリーレンの返事は、どこか遠く、掌に載せた銀細工は、昼の光を鈍く反射している。
錆の浮いた輪郭を見つめていると、街の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
――『フリーレンは、魔法使いギルドには入らないんだな』
まだ若かったヒンメルの、屈託のない声。
勇者一行の旅の途中。立ち寄った街の広場で、魔法使いギルドの建物を見上げながら交わした会話だった。
傍らにはハイターがいて、アイゼンがいた。
――『魔法を管理する団体って、頻繁に代わるからね。いちいち入っていられないよ』
――『そういうものなのか』
――『それに、私にはこれがあるから』
フリーレンは得意げに首飾りを掲げた。
――『聖杖の証。凄いでしょ』
ヒンメルは眉根を寄せ、錆びた銀細工を覗き込む。
――『何、この錆びた首飾り。二人とも知ってる?』
――『全然知りませんね』
ハイターが即答し、アイゼンも無言で首を横に振った。
――『そう。これだけが、私が魔法使いであることの証だったんだけどな』
わずかに声を沈ませたフリーレンを見て、ヒンメルは表情を改めた。
――『フリーレン。確かに僕たちは、その首飾りのことを知らない』
ヒンメルはフリーレンの瞳を真っ直ぐに見つめた。
――『でも僕たちは、君が凄い魔法使いであることを知っている。それでいいじゃないか』
――『でも、すぐ死んじゃうじゃん』
フリーレンにとっては、ただ事実を述べただけだった。人間の寿命は短い。
ヒンメルもハイターも、いつかはいなくなる。全ては、長い時間の中で消えていく。
ヒンメルは答えなかった。
何かを言いかけて唇を閉じ、フリーレンの掌にある錆びた証へ目を落とす。
遠くで鳴る鐘だけが、二人の間を通り過ぎた。
やがてヒンメルは、痛みを隠すような笑みを浮かべた。
当時のフリーレンには、その沈黙の意味が分からなかった。
「フリーレン様」
フェルンの声に、遠ざかっていた街の喧騒が戻ってきた。
フリーレンはいつの間にか、往来の真ん中で足を止めていた。
「どうしました?」
「……何でもないよ」
フリーレンは再び歩き出そうとする。
だがフェルンは、彼女の手にある首飾りへ目を向けたまま告げた。
「私は、聖杖の証のことを知りません」
フェルンの声は静かだった。
「ですが、私たちはフリーレン様が凄い魔法使いであることを知っていますから」
フリーレンは僅かに目を見開いた。
かつてヒンメルから向けられたものと、よく似た言葉だった。
けれども、まったく同じではない。
過去の誰かが残した言葉ではなく、今を共に歩く仲間が、自分の意思で伝えてくれたものだ。
「……そうだね」
フリーレンは聖杖の証を首へ戻した。
そして隣を歩くフェルンの後頭部へ、そっと手を伸ばす。
撫でられたフェルンは少しだけ驚いたものの、嫌がる様子はなかった。
二人の後ろを歩いていたシュタルクは、何となく口を挟みにくくなり、黙って空を見上げる。
湖上の空には、渡り鳥の群れが長い列を作っていた。
◇◇◇
受験手続きを終えた三人は、午後の日差しが傾き始める頃、街の図書館を訪れていた。
石造りの館内には、古い紙と革表紙の匂いが満ちている。
天窓から落ちる光の中を、細かな埃がゆっくりと漂っていた。
遠くから聞こえるのは、紙を擦る乾いた音と、時折ページをめくる音だけだ。
フリーレンは大きな机へ関連書籍を積み上げ、一級魔法使い試験の情報を調べている。
フェルンは書棚の間を歩き、試験制度に関するものを探していた。
戦士であるシュタルクは、当然ながら魔法使いの試験とは縁がない。
最初こそ本の整理を手伝っていたが、今では机へ両腕を乗せ、うつ伏せになって寝息を立てていた。
「大陸魔法協会の規定だと、一般的に五級から一人前の魔法使いと呼ばれるみたいだね」
フリーレンは本の一頁を指でなぞる。
「フェルンは、どうして三級を取ったの?」
「当時、受けられる等級試験の中で、三級の日程が一番近かったからです」
「……相変わらずだね」
呆れとも感心ともつかない声を漏らし、フリーレンは別の本を開いた。
「五級以上の魔法使いは、全体で六百人。見習いの六級から九級まで含めても二千人程度。そのうち一級魔法使いは四十五人しかいない」
フリーレンは頁を捲る。
「一級試験は三年に一度。オイサーストの北部支部と、聖都シュトラールの二か所で開催される。合格者が一人も出ない年も多い。試験中の死傷者も珍しくない」
「相当な難関ですね」
「そうだね。フェルンなら実力だけで落ちることはないと思うけど、何をさせられるか分からない。魔法は相性や状況判断で、簡単に結果が変わるからね」
フリーレンは読み終えた本を数冊抱え、順番に書棚へ戻していった。
だが最後の一冊を差し込もうとしたところで、不意に手を止める。
「それにしても、魔法使いも随分減ったね」
「昔はもっと多かったのですか?」
「魔王軍の攻勢が激化した百年前なら、町を歩けば魔法使いとすれ違うのが当たり前だった。今では、こういう魔法都市でもなければ滅多に見かけない」
フリーレンの声には、懐かしさとも寂しさともつかない響きが混じっていた。
フェルンはそれ以上尋ねず、見つけた本を机へ置く。
「そういえば、ソリテール様たちはどうしたのでしょう」
「私たちの受付が終わった後に行くって言っていたから、今頃は手続きしているんじゃないかな。角も魔法で隠しているし、外で騒ぎも起きていない。正体は露見していないと思うよ」
「フルーフ様とソリテール様は、魔法使いの資格を持っているのですか?」
「二人とも、一応五級資格を持っているらしいよ。だから受験資格だけなら問題ないはずだ」
「本当ですか?」
フェルンは心底意外そうに目を瞬いた。
「あの人達が資格試験のために勉強する姿など、まるで想像できません」
「フェルン。フルーフは確かにアレなところがあるし、魔法を感覚的に扱う才能は乏しいけど」
フリーレンは本を書棚へ差し込みながら続けた。
「理論や術式の構築に限れば、間違いなく優秀だ。本人は名乗りたがらないけど、その点だけでもフランメの弟子を名乗るには十分だよ」
「フリーレン様がそこまで評価するのは意外ですね」
「事実だからね。性格と素行は別だけど」
「ですが、五級にも実技試験はあったはずです……最低限の魔法制御は必須のはずですが……」
その時、机へ突っ伏していたシュタルクが、大きな欠伸と共に身を起こした。
最後の辺りだけ、まどろみの中で聞こえていたらしい。
「ふぁ~……それ、姉ちゃんから聞いたことがあるぜ」
シュタルクは目元を擦りながら、フリーレンとフェルンへと向き直る。
「その魔法使いの資格ってやつ、姉ちゃんも持ってるらしい。ただ、まともに試験を受けたわけじゃないみたいだ」
「……どういう意味ですか?」
「コレでどうにかしたってさ」
親指と人差し指で輪を作る。
シュタルクが作った輪を見て、フェルンの目が冷たくなる。
「お金ですか」
「あぁ。たぶん」
「腐っていますね」
「姉ちゃんは『人間社会では金を払えば大抵のものが手に入る』って言ってたぜ」
「シュタルク様は極端な人間社会観を持たないでくださいね。それ完全に不正ですから」
フェルンは額へ手を当てた。
「まあ、一人前とはいえ五級だからね。試験官の質も低かったんじゃないかな」
「いえ。あの人たちは、賄賂を受け取る人間を先に見抜いて選んでいる気がします」
フェルンは妙に確信のこもった声で否定した。
「どうしてそう思うの?」
「以前、フルーフ様は一目見ただけの相手の隠し事や嘘を言い当てていました。本人は偶然だと言い張っていましたが、人の内面に対する嗅覚だけは妙に鋭かったのを覚えています」
フリーレンは、魂を直接知覚できるフルーフの性質を知っているので、さほど驚かない。
相手の魂から、賄賂を受け取る人間を見分けることは、フルーフにとって然程難しいことでは無いだろう。
好んで旧友の悪口を言いたくはないが、フルーフの普段の素行を知る以上、擁護する気にもなれなかった。
「まぁ、それは置いておいて。向こうは向こうで、適当にやっているみたいだから」
フリーレンは曖昧に肩をすくめ、話題を試験対策へ戻した。
「二ヶ月後に備えてみっちり修行しようか」
その一言でフェルンが背筋を伸ばす。
「一つ目は基礎制御。二つ目は未知の魔法への対応。最後は実戦経験。試験内容が分からない以上、どんな状況でも普段の力を出せるようにするしかない」
「分かりました」
「かなり厳しくするよ」
「望むところです」
フェルンの返事に迷いはなかった。
シュタルクは机へ頬杖をつき、二人を見比べる。
「俺はどうすればいいんだ?」
「訓練の邪魔にならないように遊んでいればいいよ、試験中は留守番よろしく」
「俺の扱い、雑じゃねぇか?」
「シュタルク様にはリーニエ様がいるではありませんか」
フェルンから冷静に指摘され、シュタルクは少し考える。
「いや。姉ちゃんがいるからなんなんだよ……」
シュタルクのボヤきを無視し、二人は話を進めていく。
こうして、試験日までの二か月間が始まった。
朝は、フリーレンによる魔法制御の見直しから始まる。
フェルンの魔力は元より人並み外れているが、だからこそ、大味にならないよう細部の無駄まで削ぎ落とす。
フリーレンは魔法の展開速度、発射のタイミング、術式の切り替えの一つ一つに、的確に指摘を入れていき、フェルンはそれを黙々と吸収し、翌朝には必ず改善して見せた。
昼は図書館だった。
理論書を積み上げ、隣に座ったフリーレンから、行間に潜む要点を教わる。
長命種の経験と知識は、どの書物よりも血肉となるものばかりであり、フェルンはその全てを、乾いた砂が水を吸うように取り込んでいく。
よく食べ、よく眠った。
夜には飛行魔法で街の外へ出て、訓練の一環として北の空を舞い、群れをなす魔物を狩った。
実戦は、何より確かな修行になる。
休日は、あえて訓練をしなかった。
フルーフのおごりで街を遊び歩くこともあった。
相変わらず身内へ財布の紐が緩く、フェルンが遠慮しても散財癖のある成り金には効かず、次々と菓子や肉、料理とどんどん買い与えては満足げにしていた。
こればかりはフェルンも満更ではなく、スイーツを食い漁りまくっていた。
ソリテールとは幾度かの模擬戦を行った。
制限をかけて尚底の見えない相手との立ち合いは、フェルンの経験不足を否応なく補い、実力を研いでいった。
フルーフがいるからと、フェルンが本気で殺されかかり、フリーレンとの殺し合いになったりなど、気づけば訓練とは思えない血生臭いものになっていた。
戦士組であるシュタルクとリーニエは、そんな魔法使い達の訓練を、少し離れた場所から眺めていた。
二人はよく連れ立って街へ出た。簡単に言ってしまえば四六時中、自由気ままに行動し遊んでいた。
リーニエの金貨袋で食べ歩き、時には魔物狩りへも出かける。
シュタルクを完全に荷物持ちの子分扱いしていたが、端から見ればただの姉と弟のような、気安い時間が流れていた。
二ヶ月という時が、静かに着実に降り積もっていく。
そして――一級魔法使い選抜試験の朝が、訪れようとしていた。