ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。 作:ごすろじ
一級魔法使い選抜試験、当日。
会場には所狭しと魔法使いたちが立ち並び、壇上を見つめていた。
参加者を見下ろすのは、一級魔法使いのゲナウ。
壁際には同じく一級のファルシュとゼンゼが控え、今年の有望株を探るように雑談を挟みながら、集まった顔ぶれを観察していた。
ヴィアベル、デンケン——名の知れた二級が複数。
史上最年少で三級を突破したフェルン。
二年前の二級試験で試験官を手にかけ、失格処分となった問題児ユーベル。
ゼンゼは一人ずつ視線で拾い上げながら、しかし本当に警戒すべきは彼らではないと知っていた。
熟練の老魔法使いを思わせる、地味だが深い魔力を纏ったエルフに、ファルシュの視線が寄る。
「あれ誰?」と同僚に問いかけるも、ゼンゼは「知らん」とそっけなく返した。
ゼンゼの視線は、そのフリーレンではなく、まったく別の方を向いていた。
——最悪だ、どうして此処に来てしまったんだ、と言わんばかりに眼を見開き、険しい表情のまま固定している。
その先にいたのは、白髪の女と翡翠色の髪の少女——フルーフとソリテールだった。
ゼンゼ自身、二人とは何の面識もなく、顔を見るのも初めてだ。
だが、とある筋から情報を聞き及んでいたゼンゼは、その特徴から二人の正体を看破する。
現在、大陸魔法協会が警戒する北部高原の街、そこを治める統治者達。
なにより、二人が纏う臭いが尋常でなかった。
血と腐肉の底から立ち上るような、喉の奥に絡みつく死の匂い。
会場にはそうした雰囲気を纏う者も少なくないが、ソリテールに至っては、視認するだけで足元に死体の山が積み上がっていく錯覚に襲われる。
フルーフの方も、別の意味できつい死臭を纏っていた。周囲の魔法使いたちが無意識に半歩ずつ距離を取っているのも道理だった。
仮に二人がこの都市に現れた際の対処は、ゼーリエの指示で事前に周知されている。
ゼンゼは隣のファルシュ、壇上のゲナウを盗み見るが、二人がフルーフとソリテールに気づいた素振りはない。
他より多くの情報を持つゼンゼだからこそ、気づけたことだった。
ゼンゼは考える。接点はなくとも、あの二人にはゼンゼ個人として大きな借りがあった。
ゆえに、ゼーリエへの報告を遅らせるという考えも過ぎったが——そもそもゼーリエが、この都市に二人が足を踏み入れたことに気づいていないはずがない。
考えを振り払うように、首を振る。
できることは何もない。
ゼーリエ個人が自発的に動くと宣言した以上、ゼンゼに出来るのは、いつでも動けるよう身構えておくことだけだった。
そもそも、ゼーリエと因縁がある癖に、何を平然とこんな場所へ来ているのかーーと、愚痴が内心で漏れる。
だが、別に珍しくもないことだという思いもあった。特権についての噂こそあれど、単純に一級だけを目指す魔法使いも少なくはない。
自身が所属する組織のトップの名、創設者を答えろと言われて答えられる者など、そう多くはないだろう。
魔法使いにとって大陸魔法協会への帰属意識は薄い。曲者揃いの彼らが所属する理由の一つは、単純に得られる権利の大きさにある。
忠誠心で協会に籍を置きたいなどという変わり者は、ほぼいないと言っていい。
だからこそ、視線の先で呑気にゲナウの髪型を眺め「あれ、カツラじゃないですか?」などとアホなことを囁いているフルーフたちが、何も知らずとも不思議ではない。
災害の火種たる本人には、しかしその自覚が微塵もない。
ゼンゼが息をついて見つめる先で、フルーフはゲナウの頭髪を眺めてはソリテールと談笑していた。
緊張しているのは、この場で自分だけらしい。
ゼンゼは奥歯を噛んだ。
これからほぼ確実に起きる災害を前に、ゼンゼは目を瞑り、長い息を吐く。
何事もなく全てが終わる——そんなことは不可能だろう。そんな直感があった。
ゼンゼはもう一人の魔族を探すが、見当たらない。
リーニエという戦士の魔族を含め、常に三人で行動していると聞いていた。
この場にいないということは、試験には参加しないのだろう。
二人のみでこの街に来た可能性は低い。となれば、高確率で街のどこかに滞在しているはずだ。
事が起きれば助けてやることなど出来ない。
二人を狙うのはゼーリエであり、なにより自身は大陸魔法協会の一級魔法使い。
事態が動けば、自ずと敵となるしかない。
出来ることは少ないが、せめて故郷が受けた恩だけは返しておこう。そう決め、歩き出す。
「どこに行くんだ、ゼンゼ?もう試験は始まるぞ」
「少し野暮用を思い出した。例年通り、グローブ盆地の試験区域で行うなら、後から行く」
「まぁいいか。遅れるなよ」
第一次試験の監督官はゲナウだ。ファルシュとゼンゼも現地に同行することになっているが、そこまで大きな仕事は存在しない。
ファルシュは少し考えた後、声をわずかに大きくして注意するだけに留めた。
ゼンゼは特に反応することもなく、ズンズンと早足で会場を後にし、消えていく。
「桃色の髪、ツインテール。……青果店でリンゴを買う客に注意すれば、所在は掴めるだろう。面倒なことになってきた」
知り得る情報と特徴を脳内でリストアップした結果、ゼンゼは街の露店や青果店の出揃う通りへと向かっていった。
◇◇◇
「これより一級魔法使い、選抜試験を行う」
開始時刻となり、ゲナウが壇上の机に手をつき、静かに声を上げる。
ざわついていた会場は静まり返り、次の言葉を待った。
「それでは、第一次試験の内容を発表する」
間を空け、一息で説明していく。
「パーティー戦だ。総勢五十九名。三人一組のパーティーに分かれ、試験を受けてもらう。人選はランダム。なお、端数となる一組は二人パーティーとなる。数的不利は運がなかったと諦めるか、受け入れること」
運も実力の内と言わんばかりの内容だが、特に異論は出ない。
ここに集まったのは、各々が五級以上の実力者。優れた魔法使いであることの自負が、不安を打ち消していた。
そんな中、フルーフは顔を顰め、「相性次第ですが、凄く、気まずくないですか……」とソリテールと繋いだ掌をニギニギしていた。
まるで、学校で先生に二人一組を作れと言われて途方に暮れる子供のような、しょうもなさすぎる不安に恐れおののいている。
「安心して、フルーフ。私が運命の糸を手繰り寄せてみせるわ」
「なんてロマンチックな言い回し。小説の読みすぎで、もうロマンス作家になれますよソリテール様」
そうして、参加者たちの前にフワリと腕輪が現れる。フルーフはⅨ、ソリテールはⅩⅩ。
ソリテールは横目で一瞬のうちにそれらを認識し、フルーフが手に取るより早く腕輪を掠め取った。
「見てあげる。私の番号と照らし合わせましょう」
一、二……三秒。少しあっけに取られたフルーフが、笑顔で「はい」と了承するまでの時間。
「あ!やりましたねソリテール様。私たち同じⅩⅩパーティーですよ。しかも二人一組。まさか本当にソリテール様のおっしゃる通りになるだなんて!運命を少し信じてみたくなりました」
「フルーフ。これが、愛とはそういうものなの。決して離れるべきでないものは、何が起ころうと離れない。私たちは……そうでしょ?」
「う゛、なんて破壊力。ソリテール様の上目遣い、愛が鼻血という名になって溢れそうですッ」
あざとい上目遣いでフルーフを見上げるソリテールに、鼻を摘んで興奮するフルーフ。
しかし実態は、愛やら運命やらとは程遠い。ゴリゴリの力技であった。
一秒目——腕輪を解析。術式、内部構造、効果範囲、対となる腕輪の反応を確認。
二秒目——腕輪から流れる魔力の線を辿り、会場内から特定の腕輪を探知。内部術式の一部を書き換え、腕輪の所有者認識の誤認に成功。
三秒目——対の腕輪との物理的距離、反応距離、感知感度、それらから割り出した座標をもとに、自身の腕輪を転移魔法にて瞬時にすり替え。
そして何食わぬ顔で、愛を囁きフルーフを夢中にさせた。
この魔族、あろうことか魔法使いの総本山、それも一級試験の序盤も序盤で、堂々とイカサマをしでかしていた。
それも秒間で『残留魔力を消滅させる魔法』『魔法の痕跡を薄くする魔法』『存在感が少し薄くなる魔法』『仕草に違和感が持たれなくなる魔法』など、民間問わず複数の魔法を息をするように併用。
並の魔法使いでは到底真似できないような並列魔法を、とんでもなくしょうもないことに注ぎ込んでいた。
監督官は一級魔法使い。イカサマや不正をすれば、普通はバレる。
だが、今回は相手が悪かった。人類より遥かに魔法へ秀でた魔族、それも上澄みの上澄み。
魔力制限、隠蔽、制御、どれをとっても一級。
おまけに人類の古い魔法体系から最新のものにまで精通し、文化や生体にも通じた専門家だ。
注視していたならともかく、初見で見破るなど到底不可能であった。
ウキウキと喜ぶフルーフに、ソリテールが腕輪を嵌める。
フルーフもソリテールの腕へと腕輪を嵌め返す。
不正など毛ほども気にした様子もなく、いつものにこやかな笑みを浮かべたまま、手を再び繋ぎ直した。
ゲナウは壇上からパーティーが固まったのを確認すると、机を離れて歩き出す。
どうやら、このまま試験場まで直行するらしい。参加者たちもゲナウの後へと続いた。
移動中、隣にフェルンのパーティーと思しき三人が見え、フルーフが声をかける。
「やぁやぁ、フェルンさん。そちらの二人がパーティーメンバーですか?」
「……フルーフ様、おはようございます。今日もお元気ですね」
暗に煩い、と邪険にしつつも、最低限の礼儀を欠かさないフェルンは軽く頭を下げる。
そちらのパーティーはどちらに、と聞こうとする前に、ソリテールがニコリと笑い、腕輪を軽く上げて数字を見せた。
「あぁ。そういう……大体わかりました」
運命の赤い糸、愛の力などとデレデレしながらべらべら喋るフルーフを、フェルンは砂糖でも吐きそうな顔で流す。
フェルンは、なんの確証もないが確信していた。
端数の二組、それもフルーフとソリテールがペアになる可能性など、確率的にほぼ有り得ない。
どうせ、不正したんだろうな——と決めつけてかかっていた。
実際そうなので、フェルンのこの二人への理解度は、案外かなり高いのかもしれない。
フルーフは色ボケながらも、フェルンのパーティーの一員である眼鏡の青年をチラチラと見る。
頬を指で掻きながら、言っていいものか思案し、結局口を開いた。
「……あの。そこの眼鏡の人。幻影か分身か知りませんけど、どうして初手から自己防衛全開なんですか」
フルーフは相手を幻影や分身であると断言する。
というのも、眼の前の青年には魂が存在していない。
傍目には完全な人間でも、フルーフから見れば魔力の塊で出来た人形そのものなのだ。
参加の段階から実体不参加という行為に、大概のことは受け入れるフルーフにしては珍しく、何を考えているんだこいつ、とでも言いたげな眼を向けていた。
フェルンは、フルーフがそう言うならそうなんだろう、と特に動じない。
戦力として不足がなければ、問題にするつもりもなかった。一方、青年と隣の少女は目を見開く。
「は?……え?眼鏡くん、マジ?」
サイドテールで髪を纏めた少女が、三白眼を青年に集中させる。
青年はいきなりの暴露に少し動揺したが、すぐに落ち着きを取り戻し、理性的に返した。
「試験の規則には、そういった禁止事項はないよ」
少女は、うわぁ、こいつマジか……と表情で語る。
だが、引いたわけではなく、面白そうに唇で弧を描いた。
「眼鏡くんさ。案外面白いね。私、興味出てきちゃった。それ、わざわざ禁止事項に書くまでもないことだと思うけど?」
「書いていないなら、禁止されていないって判断しただけだよ」
「へぇ、屁理屈言うんだ」
じぃ~と青年を見つめる少女。
青年は無表情ながら、面倒な奴に絡まれた、とでも言いたげな目で少女を見ていた。
結局、納得できる理由を聞けずじまいなフルーフは、適当に納得する。
「あぁ~、アレですね。今の世代の子って、ああいう感じなんですね。タイパ重視的な。α世代的な……?」
「なんですかそれ?どこの言語ですか……魔法使いは変わった方が多いので、ああいう人がいても驚きません」
ふわっとした意味不明な納得に、フェルンはジト目で応じる。
まるで変わり者を見たかのような発言だが、横で手を繋いでいる二人組と比べれば、遥かにマシである。
「フェルンさん、私が言うのもなんですけど、順応性高くないですか?私、心配です。健全な感性のまま成長しないと、変な癖が生えてきますよ?」
言うにことかいて、感性を疑うような発言をしてくるフルーフに、フェルンは額に筋を浮かべる。
「はい。幼少期に自殺したり、食べられたりする変態と、脳味噌の一部を贈りつけてくる師匠、その他にも色々付き合わされたので。お陰で、大抵のことには動じなくなりました」
フェルンは早口で、キレの激しい皮肉塗れの毒を吐き捨てる。
脳内には、これまでの変態的光景の数々が過ぎっていた。
内臓を撒き散らす変態女、脳味噌を杖にねじ込んで贈り物にする魔族の師、恋愛をすっとばして子作り云々と言ってくる魔族、恩師と肩を組む超善良な魔物、酒浸りでカスのような行動を繰り返すエルフ。元・勇者と元・魔王軍がイチャつく光景。正気の飛びかけた肉塊剣と一人で会話するサングラスの魔族。
一体どこの誰のせいだと、フェルンはこめかみをピキつかせた。
「あ、あはは……。なんだか、申し訳ありませんフェルンさん。か、帰りますぁ~す」
フェルンの怒気に、フルーフはすごすごと後ずさる。
思い返せば、色々と心当たりがありすぎて反省し、そのままソリテールと手を繋いだまま離れていった。
◇◇◇
——北側諸国、グローブ盆地。第一次試験区域。
参加者たちが歩き続け、強固な結界の張られた試験区域へと到着する。
周囲は森林に囲まれ、中央には大きな湖が横たわっていた。
パーティーごとに、小さな鳥籠が配られていく。
一見なんの変哲もない木の籠だが、魔道具への造詣が深いフルーフは、触れただけでそれが魔道具だと理解した。
「ふむ、魔道具ですね」
鳥籠を覗き込むソリテールに手渡す。
「どういうものかしら?」
自分で調べれば一瞬だというのに、あえて会話を挟んでくる。
これがソリテール流の交流の一環だと知っているフルーフは、面白そうに笑みを浮かべ、簡潔に説明した。
「……そうですね。鳥類に対する鎮静、脱力効果。そんな所だと思います」
「ありがとう、フルーフ」
「いえいえ、こちらこそ。あ、説明が始まるみたいですよ」
全パーティーに籠が行き渡ったのか、ゲナウは咳払いをし、小鳥の入った籠を持ち上げて試験内容を告げ始める。
「第一次試験の具体的なルールを説明する。この試験区域には、隕鉄鳥という小鳥が生息している」
「あ、アレ。アウラさんの飼ってるペットと同じですね。上半身をふっ飛ばされた記憶があります」
小鳥を見て、ソリテールに「可愛いですねぇ」などと言っているが、フルーフ自身はその鳥に何十回と殺されている。
殺傷能力が極めて高く、可愛げなど欠片もなかった。
「各パーティーにつき一つ、籠を配布しておいた」
各々が、配られた籠を見て、その重要性を認識する。
「第一次試験の合格条件は二つ。明日の日没までに、隕鉄鳥の入った籠を所持していること。その時点でパーティーメンバー全員が揃っていることだ。基本的に行動は自由だが、試験区域の外へ出た者がいた場合は、その所属パーティー全員をその場で失格処分とする」
説明を終えると、ゲナウは籠を下げ、補佐の魔法使いへ手渡した。
「区域を囲むように、塵一つ通さない強力な結界を張っておいてよく言うぜ」
「出られるわけないのにね」
フリーレンのパーティーメンバー、カンネとラヴィーネが、そもそも物理的にルール違反不可能な環境へ愚痴を零す。
それぞれのパーティーが軽く相談し合い、方針を決め始めた。
「それでは、第一次試験を開始する」
全員が動き出そうとする。だが、その直前——参加者の中から手が伸びた。
「あの。一つ質問いいですか?鳥籠を破損、あるいは紛失した際はどうなりますか?」
フルーフのよく通る声が、森林に響く。
ゲナウは面倒がることもなく、事務的にルール通り返答した。
「鳥籠の破損、または紛失は、隕鉄鳥の捕獲不可能を意味する。その場合も失格となる。以上だ」
その答えに、フルーフはニッコリと晴れ渡る笑顔を浮かべた。
それを見た瞬間——フルーフという人間をよく知る者、あるいは危機察知に聡い者たちの背に、一斉に嫌な予感が走る。
「へー……ありがとうございます」
フリーレンがパーティーメンバーへと近づき、自然と杖を構える。
フェルン、デンケン、ヴィアベル、メトーデも同じく臨戦態勢に入った。
他の参加者たちは、これからの方針を話し合い、フルーフを一瞥もしていない。
フルーフはソリテールに何か耳打ちすると、面白そうに微笑み合った。
そして大きく息を吸い口を開いた。
「このゲームには、必勝法があります」
大げさな仕草。胡散臭い声色。
それが参加者たちの間を縫い、響き渡る。
必勝法——いきなりそう声高らかに叫ばれれば、嫌でも体がフルーフの方を向く。
踵を返しかけていたゲナウも、怪訝な表情で振り返った。
「それは、実に簡単です」
その場の全員が、フルーフを見た。
最初に気づいたのはヴィアベル、次にデンケン、フリーレン。
この場にいるパーティー全てが手にしている鳥籠が、無防備なまま正面に晒されている。
瞬間、フルーフの全身から爆発的な魔力が荒れ狂う。
驚愕とともに動きが止まり、一時、全てが静止した。たった数秒。それで十分だった。
「今、全員が揃うこの場で——全ての鳥籠を破壊することです」
大胆すぎる宣戦布告を口にする。
そうしてフルーフは髪を引きちぎり、両手を広げるようにして上空へと投げた。
それを合図に、ソリテールがフルーフの肩へ軽く触れる。
「『
それだけ呟くと、魔法で地面を抉り、地中深くへと飛び降りていく。
消えゆく直前、その場の全員が確かに見た。その手にはいつの間にか隕鉄鳥の入った鳥籠が握られていた。
ゲナウが先程自身が手渡した鳥籠を見るが、補佐官の手元には中身が無い——正確には、空の鳥籠だけがそこにあった。
補佐官は困惑したように手元と消えたソリテールの方へと首を行き来させている。
急いで追いかけようとするも、空中からは、フルーフと同じ顔の遺体が数百降ってくる。
その全てに、フルーフと同質の残留魔力が纏わりついていた。
周囲からは息を飲む音が聞こえ、デンケンとヴィアベルの顔色が変わる。
「ッ、リヒター!今すぐ、翡翠色の髪の女がしたように穴を開けろ!深くだ!限界まで深く掘れ!!ラオフェン、籠を持って儂の後ろから出るな……」
「シャルフ!エーレ!直角の防御魔法を張れ、何重にもだ。角はあの女から絶対にズラすんじゃねぇ」
他の魔法使いたちが呆然とする中、いきなり怒号にも似た指示を飛ばす二人に、パーティーの仲間は戸惑う。
一刻の猶予もないという焦りの滲む声に、リヒターとエーレは疑問よりも先に指示を遂行した。
フルーフの全身が、爆発的な魔力とともに、徐々に黄金色へと近づいていく。
「おいデンケン。何がどうなっているか説明しろ。穴程度ならもう出来たぞ」
「ヴィアベル。説明をして」
「「あの女は——
この辺り一帯を丸ごと爆破するつもりだ!!」」
デンケンとヴィアベルの声が重なり、結界内へと木霊する。
瞬間、あっけに取られていた魔法使いたち、監督官までもが目を限界まで見開いた。
「「「「「は?」」」」」
一部のパーティーは既に準備を終え、衝撃を逃がす態勢、退避を完了させている。
他の者たちも急いで防御魔法を張るが、ヴィアベルたちのように衝撃を逃がす構造は取れず、尽くが平面。ゲナウは黒い羽根を広げ、全身を覆い隠した。
そして、フルーフの全身が限界まで光り輝く。
黄金の極点へと達した瞬間、視界が白一色に塗り潰された。
音は遅れてやってくる。
空気そのものが裂けるような衝撃波が鼓膜を殴りつけ、次いで腹の底を揺さぶる重低音が大地を這った。
数百の死体が連鎖して爆ぜ、炎は結界の曲面を舐めるように駆け上がる。湖面は一瞬で白い蒸気へと変わり、盆地の土がまるごと天へと噴き上げられた。
結界内の酸素を燃やし尽くすように、炎は荒れ狂う。
防御魔法を張った多くは、爆炎よりも早く爆風に呑まれ、凄まじい勢いで吹き飛ばされて陣形が乱れる。
第一次試験区域——その三分の二が、わずか数秒で焦土と化した。
残りパーティー、20→5。