ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。 作:ごすろじ
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試験開始から五分が経過していた。
試験区域の湖は水が半分以上も干上がり、爆心地のクレーターを中心に、地面が赤く発光している。
木々は根元から吹き飛び、この一帯を縄張りとする魔物の巣ごと消し飛んでいた。
結界の上空には、爆風で叩きつけられた魔物の死骸がいくつもへばりつき、血や肉片を滴らせている。
結界内の半分は、酸素を燃やし続ける熱波を含んだ煙と、湖が蒸発した高熱の水蒸気に満ち、呼吸一つで喉を焼き尽くす環境と化していた。
焦げた樹皮と、蒸し焼きになった魔物の肉が入り混じった臭気が鼻腔を刺す。
時折、遠くで木が倒れる乾いた破裂音と、まだ燃え残る炎の低い唸りだけが、静まり返った盆地に響いていた。
爆心地から大きく離れた場所には、爆風をまともに浴びた参加者たちが倒れている。
火傷や外傷、打撲が全身に散見されるが、全員に息はあった。落下の衝撃で気絶しているだけだ。
鳥籠は圧し折れ、あるいは炎に舐められて黒く焦げつつある。
もうこれでは隕鉄鳥を捕獲する条件を満たせない。すなわち、失格処分だ。
監督官のゲナウは、額から血を流しつつも意識ははっきりとしていた。
木々へ何度も叩きつけられたのか、脇腹を押さえながら簡易拠点へと向かっていく。
遠くには巻き上がる黒煙が見えている。どうやら結界の端から端まで吹き飛んだらしい。肌をチリチリと突く熱が、距離を無視して伝わってきた。
「頭が可怪しいのか……あの女」
魔物からの生存、対人戦、サバイバル要素込みの試験とはいえ、ルール無用にも程がある。
だが、この試験の大まかなルールは二つのみ。
行動は自由、結界外へ出れば即刻失格。それだけだ。
つまり殺人、交渉、同盟、そういったものは一切禁じていない。
当然、監督官を攻撃するな、盗むな、といったルールもなかった。
必要なことを事前にしっかり聞き、誰も口を開く間もなく行動に移したところを見ると、補佐官が制止する前に、あえてやったのだろう。
こすい手だが、考えなしの狂人とも違う。
「だからといって、見本を盗み、こちらごと吹き飛ばすなど……やはり正気ではないな」
上着のコートを脱ぎ捨て、スカーフを解いて頭部に巻きつけ、止血を施す。
向かい側から、小さな人影が歩いてきた。
小柄な体格に、長く波打つ髪。同じ一級魔法使いのゼンゼだ。
「ゲナウ。その傷、大丈夫なの?」
「ゼンゼか。見た目ほど悪くはない。お前一人か、ファルシュはどうした」
「他の補佐官に指示を出して、失格になった参加者を結界の端に移動させて治療してる。あのままじゃ死ぬでしょ。後は消火。燃焼してる箇所が燃え移らないよう、境界の木々だけ刈り取ってる」
ゼンゼはゲナウの横に並ぶと、まだ無事な森林の方を見つめた。
厳しい試験とはいえ、既に再起不能の人間を放置して殺すような真似はしない。
なにより、今の時代、魔法使いは貴重だ。
みすみす死なせるようでは、なんのための監督と補佐かわからない。
ファルシュは部隊を二手に分け、救援と森林火災を手早く処理していた。
環境への干渉は避けるべきだが、このままでは試験場が灰と化す。致し方ないことだった。
「そうだな。想定外だが、鳥籠が破壊されている以上は失格でいいだろう。死傷者数は?」
「ゼロ。重症者はいても、死人は出てない」
先に状況を確認していたゼンゼは断言する。
うめき苦しむ者たちは大勢いたが、絶命している者は一人もいなかった。
「意外だな。なら死傷者は、あの女一人か」
そう口にしながらも、ゲナウの表情は変わらない。
歩幅に淀みはなく、淡々と状況を確認していく。
「五級以上なら、それくらいはやってくれないと困る。それと……訂正はない。死傷者はゼロ」
一人、目の前で爆散し、肉片一つ残っていないはずだというのに、ゼロ。
つまりは、あの女が生きているということだ。
ゲナウは少し考え込み、手を止めた。
かなり前に、ファルシュ経由でゼーリエから指令があった。
北部高原の統治者。確か名前はフルーフ。
同じだ。そこまで考えが至れば、別段不思議でもなかった。
「……そうか。あれがゼーリエの言っていた女か。遅れてきたのも、それが理由か?」
「試験会場で見た後、調べて確証を取ってきた。ゼーリエ様の指示があるまで、私たちが動くことはない」
大嘘である。
だが、ゼンゼにとっては都合がいいので、ゲナウの発言をそのまま利用することにした。
「わかった。俺はこの有様だ。これ以上の面倒事を引き受ける気もない」
ゲナウの事務的な声色から、疲労が滲み出る。
額からは血が滲み、腕には溢血点が見えていた。恐らく服の下にも、複数広がっているだろう。
初っ端から爆撃されたのだから、精神的にも肉体的にも疲労して当然だ。
少し高い丘のテント地に到着すると、ゼンゼは黒煙と蒸気一色の景色を見ながら、テントを指さした。
「第一試験はもう佳境だから、テントで寝てたら?」
その一言で、ゲナウの足が止まる。
表情に変化はないが、この惨状っぷりに、かすかな動揺を示していた。
「まだ開始五分だぞ。二十のパーティーの内、一体何人落ちた」
「正確な数はまだわかってないけど、十三以上は落ちてるはず」
ゲナウの予想よりも遥かに多い脱落者だ。
既に両手の指で数えられる程度しか残っていない。
わざわざ怪我を負ったゲナウが出張り続けなくとも、ゼンゼとファルシュがいれば何の問題もなかった。
ゲナウは鼻で小さく溜息をつくと、テントの中へ入り、横になる。
「……少し休む」
◇◇◇
フルーフの爆撃を耐え抜いた者たちは、息を止めていた。
全身を覆うように防御魔法を展開し、灼熱の熱気を堪えながら、彼らは一直線に飛び続けた。
息を吸えば喉から肺までを焼かれる。
防御魔法を解けば、その瞬間に全身が火達磨と化す。
だからこそ、誰もが呼吸すら止め、ただ黒煙の外を目指していた。
魔力切れなど気にしている場合ではない。
瞬時に、その結論へ達し、全員が同じ行動をとっていた。
目指すは黒煙の外。
結界内でも、まだ無事であろう反対側だ。
一部の魔法使いの魔力が尽きかけた頃、ようやく森林の景色がうっすらと見えてくる。
黒煙の中から一斉に複数の人影が飛び出し、放物線を描いて、まだ無事だった湖の一部へ不時着していった。
全身が煤けた魔法使いたちは、溺れそうになりながら水面へ浮かび上がってくる。
フリーレン、フェルン、そして各パーティーのリーダー格はまだ余裕があるのか、魔力の尽きた仲間を魔法で浮かべ、岸まで引き上げていた。
全員が引き上げられると、互いに顔を見合わせる。
争う気も、さっさと歩き出す気力もないのか、誰もがその場に座り込んだ。
サイドテールの少女、ユーベルが木を切り倒し、フェルンが火に薪をくべる。
遠方では特大のキャンプファイヤーが燃え盛っているが、ずぶ濡れの体を乾かすには大きすぎた。
生き残ったのは、フリーレン、フェルン、ヴィアベル、デンケン、メトーデらのパーティーだった。
六十はいたはずの魔法使いが、今では十五人。
それも大半が、魔法一つ使えぬ疲労状態にある。
「これだけですか?」
フェルンが、その数の少なさを不思議そうに尋ねた。
自分の実力を今ひとつ理解していないのか、フルーフの爆撃で半数以上が堪えきれず吹き飛んだとは思っていなかったらしい。
「そのようですね。このような場ですが、私はメトーデ。しばらくは動けそうにないので、よろしくお願いいたします、皆さん」
身に纏う衣類に煤一つない魔法使い、メトーデが、膝の上でパーティーメンバーと思しき少女を撫で回しながら自己紹介を始めた。
仲間であるもう一人の男は大の字になって倒れているが、メトーデ自身にはかなり余裕があるようだ。
ヴィアベルが姿勢を崩したまま顎で仲間を示すと、隣で大の字になった男が力なく片手を上げた。
「俺はヴィアベルだ。んで、横で伸びてるやつがシャルフ。死にそうな顔してるのがエーレだ」
「ちょっとヴィアベル、何ライバルに自己紹介してるのよ」
続いて挨拶を返そうとするヴィアベルを、隣で杖にすがってようやく上体を保つ少女、エーレがたしなめる。
ここにいる全員がライバル関係である以上、当然の反応だった。
「ハッ。何言ってやがんだエーレ。状況をよく見てみろ、大半が魔力切れ寸前だ。期限は明日の日没だぜ。魔力の回復を待った場合、運次第じゃ時間が足りねぇ」
「……まだ動けるでしょ。ここで一人でも多く脱落させれば、二次試験のライバルも減るわ」
合理的ではある。
だが、ヴィアベルは周りを見渡して苦笑した。
明らかに普通とは違う面々だ。
ここで一人強行策に出れば、集団で叩かれて終わる。
「エーレ。悪くない案だが、経験と判断力がまだ足りてねぇな。もう対人戦だなんて誰も考えてねぇ。ここから試験を突破したいなら、嫌でも協力するしかねぇんだよ」
エーレはもう言い返す気力がないのか、支えにしていた杖からずり落ち、倒れ伏す。
デンケンの横で暖を取っていた男、リヒターが皮肉げに笑った。
「俺はリヒターだ。馴れ合うつもりはないが、ここで全員で落ちるよりはマシだ」
その隣で、疲れきった顔の少女が力なく口を開く。
「ラオフェン。疲れてるから、戦う気なんてない」
最後に、老魔法使いが一同を見渡した。
「知っておる者も多いだろうが、デンケンだ。暴れても構わんが、こちらは回復しだい隕鉄鳥の確保に専念する。邪魔をするなら相手をしてやろう」
デンケンパーティーが自己紹介を終え、エーレに釘を刺す。
エーレももう意見を通す気はないのか、こくこくと黙って頷いた。
優秀な魔法使いの鼻っ柱を圧し折るのは、いつだって更に優秀な魔法使いだ。
「私はフリーレン。協力するならいいよ、楽そうだし」
四つん這いのまま息を整えていた少女が、力なく顔を上げる。
「私はカンネ。悪いんだけど、魔力がほとんど無いから、明日の朝までは動けないかも……」
その隣で、もう一人の少女が短く同意を返した。
「ラヴィーネ。こっちも無理そう。動けはするけど、魔法は無理」
フリーレンパーティーが挨拶をするが、フリーレンを除きほぼ行動不能のようだ。
湖から引き上げられて以降、二人はずっと地に手をついたまま、息を整え続けていた。
続けてフェルンのパーティーへ全員の視線が向くが、「フェルンです」「ユーベル」「ラント」と、全員が一言だけで終える。
誰一人、魔力切れを起こしていなかった。
フェルンとラントは協力体制に異論がないのか、それ以上は何も言わない。
ユーベルだけが、殺気にも似た挑発を醸し出し、薄い笑みを浮かべていた。
「テメェ、今にも噛みついて来そうな気配を出しやがって。納得できねぇならそれでもいいんだぜ」
ヴィアベルが、槍のような杖を撫でるユーベルへ杖先を向ける。
数秒の沈黙。戦闘の予感が場に満ちるが、やがてユーベルから殺気が消えた。
「それもいいけど、袋叩きされるのは面白くないかな。つまんないけど、いいよ」
「なら下手な挑発すんじゃねぇよ」
双方、杖を収め、合意。
これにて、パーティー全員の協力関係が築かれた。
全員が再び火を囲むように座り込み、リヒターが率先して口を開く。
「決まりだな。行動開始は、遅くとも翌日の午前だ。それだけ時間を置けば、全員の魔力は回復しているだろう。異論はあるか?」
異論はないと、誰もが目で示す。
倒れていたシャルフがよろよろと手を上げ、全員を見渡して前提の議題を持ち出した。
「隕鉄鳥の捕獲だが、そもそも生きているのか? あの爆撃で大半が死んでしまっていては、確保は難しいだろう?」
「いいえ。隕鉄鳥の飛行速度は、初速で音速に並ぶと語られます。あの爆炎に絡め取られたとは考えづらいでしょう。同時に、焦土へ好き好んで近づくこともありません」
シャルフの疑問に答えたのはメトーデだった。
隕鉄鳥の特徴を説明し、その不安を払拭する。
羽ばたくだけで音を奏でる小鳥が、迫りくる炎に巻かれることなど決してない。
ゆえに隕鉄鳥の数は、試験開始段階と変わっていなかった。
続いて、エーレが手を上げた。
「つまり、結界内全域の生物が、まだ無事なこの一箇所に集中してるわけね。この濁った水辺には、もう近づいてこないでしょうけど」
「……密集してくれているなら好都合だ。この試験区域で無事な森林は、もうほとんど存在しない。遭遇率も高くなっているはずだよ」
そこにラントが補足し、デンケンが考え込む。
「問題は、どう捕獲するかだ。今の隕鉄鳥は、随分と気が立っているはずだ。日を置いたところで意味はない、近づくだけで逃げられるぞ」
小鳥とはいえ、捕獲対象は野生動物だ。
この騒ぎで、警戒心は平時とは比較にならぬほど跳ね上がっているだろう。
魔法で捉えようにも、近づいた瞬間に音速で飛ばれれば捕らえようもない。
全員が知恵を絞る中、フリーレンが手を上げた。心なしか、顔に締まりがない。
「大丈夫、隕鉄鳥を捕まえる魔法でいいのがあるから。私の姪から教えてもらったんだ」
「フリーレン様。いい加減、アウラ様を姪と呼ぶのはやめてください」
姪呼びがすっかり定着してしまったフリーレン。
気分まで親戚扱いなのか、自分のことのようにドヤ顔だ。
フェルンは慣れた様子でフリーレンの脇腹を小突き、注意する。
「フリーレンさん。そういうことであれば、捕獲の際はお任せしてもよろしいですか? それと、一つお願いが」
「うん、いいよ。何?」
「フェルンさんも、よければ……そのナデナデ、させていただけないでしょうか?」
メトーデが、極めて真剣な表情で二人を見つめる。
だが鼻息が荒く、撫で回される少女が、更に捏ね繰り回されていた。
フェルンはフルーフを幻視した。
方向性はまったく違うが、かなり近しい変態性を感じ取り、後ずさる。
「この人、真顔で何言ってるんですか? フリーレン様、危険なので近づかないでください、変態かもしれません」
「別にそれくらいいいけど」
「だめですッ。撫で回されてぐったりしてる方が見えないんですか?」
杖を首に引っ掛け、容赦なくヘッドロック。
ぐいっと引き上げられ、静止させられるフリーレン。
杖の柄が首に食い込み、フリーレンは白目を剥きかけながら、フェルンの腕を平手で忙しなく叩いた。
降参の合図も、当のフェルンには一切届いていない。
「いだだだだ、杖で首締めないでよ。私はフルーフじゃないんだから、丁寧に扱ってってば」
そんなやり取りを見ていたデンケンは、白けた視線を向けながら話を進める。
「なにを遊んでおる。フリーレンに捕獲手段があるのであれば、二手に分かれるぞ。これだけの範囲であれば、一周するだけで人数分の捕獲ができるはずだ。ヴィアベル、もう一方はお前だ。その魔法があれば、捕獲など容易かろう」
「人使いの荒い爺さんだぜ。手早く終わらせてやるよ」
あえて口にすることはないが、この二人。フルーフとソリテールの街で、かなりの頻度で親交があった。
何度も模擬戦をした仲であり、デンケンの妻にせがまれて魔法を教えたこともある。当然、扱う魔法や実力も理解しており、隕鉄鳥の捕獲を当たり前のように名指しで指定していた。
そんな中、上空を観察していたリヒターが、あることに気づく。
「デンケン、どうやら悪いことばかりではなさそうだぞ」
デンケンも釣られて上空を見上げ、目を細めて納得した。
「そのようだな。上空を旋回する魔物が、襲ってこない。魔力が枯渇寸前の魔法使いなど、奴らからすれば吊り下げられた餌も同然だが、極度に警戒し、襲ってくる素振りもないな」
ヴィアベルが手で筒を作り、赤い染みだらけの上空を見上げて笑う。
「屍誘鳥か、無理もねぇ。結界の上に、仲間の死骸がびっしりへばりついてんだ。所詮は獣、ビビって狩りどころじゃねぇんだろうさ」
上空では魔物が困惑するように秩序なく飛び回り、時には魔物同士で争って墜落していく。
地上には目もくれず、飛び交うばかりだ。
「あの様子であれば、試験終了までは襲ってこんだろうな。縄張りを追われた魔物と、縄張りを守る魔物。陣地合戦に忙しいと見える」
ちょうど頭上から、ずちゃ、と鳥の魔物が落下して絶命する。
大きな鹿を数頭まとめて咥えており、全員の視線が向いた。
「食料にも、困らなさそうだな」
リヒターが肩を竦め、立ち上がる。
鹿の足を掴み、口端から引き抜いた。
ヴィアベルも手持ちのナイフを引き抜き、近づいていく。
地に手をついていたカンネとラヴィーネも少し回復したのか、湖の水面へ近づいた。
灰と泥で濁っており、とても飲水としては使えそうにない。
「水は濾過する必要があるな。カンネ、いけるか?」
「もう少し時間がかかるけど。飲水分くらいなら、大丈夫そう」
二人は飲水の確保に動き、ユーベルとラントは薪となる木を新たに切り倒し、くべていく。
各々が自由に動き出し、個別だったパーティーが、一つのパーティーとして機能し始めた。
森林内。
デンケン、メトーデ、フェルン、フリーレンの四人は、翌朝に備えて地形の把握と、数少ない水場の確認のため散策していた。
五パーティーでの協力体制を敷いた以上、捕獲できずに終わる可能性は極めて低いが、念には念を入れ、周辺の事前調査を怠らない。
杖を構え、周囲を見渡していたメトーデが、何かを思い出したように三人へ向き直る。
「ところで皆さん。フルーフさんは、どこに行ったのでしょうか」
その一言に、全員の耳がぴくりと動いた。
あの自爆を見た後でこんな発言をするのは、フルーフが不死だと知っている人間だけだ。
フルーフの不死や、その伴侶ソリテールのこと――順序立てて話せば数時間はかかる代物だ。
説明の面倒さを見越して、デンケン、フリーレン、フェルンの三人は、そろって知らぬ顔を決め込んでいた。恐らくヴィアベルも同じだろう。
だが、事情を知る人物がいるなら、話は別だ。
先に口を開いたのはフリーレンだった。
フルーフの謎めいた交友関係の広さは、今に始まったことではない。
やたらと知り合いが多いので、この際、聞いておくことにした。
「あのさ、誰と誰がフルーフのこと知ってるの? 色々こみで。ちなみに私は、千年以上の付き合いだよ」
真っ先にフェルンが手を軽く上げた。
「私もフルーフ様を、知ってます。私は……十年以上でしょうか」
特に驚く者もおらず、自然と流される。
デンケンは少し眉を寄せているが、それはまさかフリーレンとフルーフがそこまで旧知の仲だとは知らなかったゆえだ。
フェルンに関しては、結婚式に呼ばれた際にハイターの隣にいたので、面識という程ではないが見覚えがあった。
「フルーフめ、何かしら言っておくべきだろう……儂もフルーフを知っておる。五十年以上だ」
フリーレンとフェルンが、ばっと振り返る。
単純に長い。意外なほど、付き合いが長かった。
この見るからに偏屈そうな老人が、アホなことばかりしているフルーフと長年友好関係を築いているとは、思いもしていなかった。
最後に、メトーデが手を上げる。
「名前だけ存じております」
「え、名前だけですか……? ソリテール様のことなどは?」
「そちらも、名前だけ知っています」
まさかの、名前だけ。
フェルンはソリテールが魔族であることは濁したが、メトーデは頬に手を添え、上品に微笑んだ。
口ぶりからして、何かを知っていそうなニュアンスがあった。
「失礼ですが、どこで知ったのですか?」
「私の故郷が北部高原なのですが、その村の家業に、少し前まで私も出ていました。魔物狩りや魔族の討伐といった表現が、一番伝わりやすいでしょうか。その際、何度かお話を伺う機会がありまして」
北部高原、魔物狩り、魔族の討伐。
フリーレンにはまったく関係性に思い至らないが、デンケンとフェルンの二人は、なんとなく思い当たってしまう。
ちょうどあの街にも、その手の分野で北部高原の町や村へ精力的に売り込みをかけている監獄があった。
「成る程な。アインザーム経由か」
「はい。打ち合わせには、主に私が伺っておりましたので、フルーフさんやソリテールさんのお話は伺っていました」
「それなら納得です」
フェルンは、苦労人な魔物の顔を思い浮かべる。
常識人の代表格であり、伯爵領では周りに振り回され続けていた。
お話、というのは多分、愚痴だろうな――と、フェルンはなんの根拠もなく、そう思う。
アインザームを思い浮かべた途端、口の中に唾が湧いた。
グラナト伯爵領での数カ月、碌な食料もない環境で、彼の幻影魔法は救いだった。
蒸したジャガイモが、湯気を立てるドーナツやパフェに化ける。
どれだけ頬張っても太らず、体調は万全。控えめに言って神だった。
二郎系ラーメンなる山盛りの麺、脂の滴る和牛なるステーキ――記憶の中の御馳走が次々とよみがえり、フェルンの足が思わず緩む。
だが……今は探索中だ。フェルンは口の中の唾を飲み下し、頬を叩いて気を引き締めた。
「あの人がどこに行ったかでしたが……。表に出てきていないので、地下に潜っているんじゃないでしょうか」
「ありえそうだね。大雑把で大規模な地殻変動なんかは、かなり得意だし」
巨大爆破を引き起こした後、地中を掘って潜伏。それだけでも随分と型破りだというのにーー地殻変動が得意?
メトーデはそれを聞き楽しげに笑う。
「それはまた、随分と派手ですね」
「フルーフの魔力に上限は存在しても、底はない。何をしていてもおかしくないぞ」
「あの爆破規模だと……試験だからか手加減してたね。あんまり変なことはしないと思うよ。昔と違って、今は大人しいし」
「本気など出されては、命がいくつあっても足りんわ。結界内全域を限界まで爆破されるぞ」
「うわぁ、ありえそうですね……」
結界内全域という言葉を聞き、少し目を細めるメトーデ。
今回もまるで控えめとは思えなかったが、全域となれば逃げ場はない。
フルーフをよく知るであろう三人が、口を揃えて出来て当然という態度を取っているのだ、つまりいつでも全員皆殺しに出来たということだ。
「あら、聞いていた話よりも、随分と恐ろしい方のようですね」
「恐ろしいといいますか……ネジが飛んでるんですよ。頭はいいらしいのですが」
「頭はいいんだけどね……うん」
「頭の良さと阿呆なことは両立するものだぞ、フリーレン。確かに、頭はいいんだがな……」
「ふふ、一度お話してみたいですね。少し危険な香りがしましたが、ソリテールさんとも」
メトーデは口元にたおやかな微笑を湛えたまま、しかしその指先だけが、何かを撫でる仕草をなぞるように、そっと空を掻いていた。
声も所作も淑やかなのに、眼差しの奥にだけ、獲物を前にした熱がちらついている。
デンケンとフリーレンは、フルーフならまだしもソリテールに挨拶したいなど変わってるな、程度の感想だが、フェルンは目の前のメトーデから、確かな波動が滲み出ていることに気づいた。
こいつ、真性の変態だーーフェルンの奥深くに眠る変態性。
それらが目の前の変態にビンビンに反応し直感を猛プッシュしていた。
「ソリテール様を見てもフリーレン様と同じような態度をとるだなんて、凄まじいですね。凄まじい変態です。ソリテール様に近づかないで下さい、変態」
「あらあら、先程も言った通り、フェルンさんでもいいんですよ。いえ、寧ろいい」
「くっ……」
まさか標的がこちらに移るとは思っておらず、後ろに飛びフリーレンの両脇を抱えて距離を取るフェルン。
両脇を抱えられ、爪先が地から浮いたフリーレンは、荷物のように前後へ揺れながら、なおも呑気に首を傾げている。
臨戦態勢のフェルンと、抱え上げられた自分とを見比べ、「撫でたいって言ってるだけなのに、なんでこうなるの」とでも言いたげな顔で、ぱちくりと瞬きを繰り返した。
「……フェルン、撫でたいって言ってるだけだよ。フェルンには一体何が見えてるの」
「はぁ、くだらん。シンパシーという奴だろう、ようするに同じ穴の狢だ。ほうっておけ」
要するに、フェルンも変態。
デンケンはそう吐き捨て、一人木々を見渡し散策を続ける。
遠くから「違います」と聞こえてくるが、フルーフのあしらいに慣れた老魔法使いは華麗にスルーを決め込んだ。
探索は、フェルンとメトーデの攻防を挟みつつ続いた。
メトーデはさりげなくフェルンの背後へ回り込もうとし、そのたびにフェルンが杖を盾のように構えて後退する。
デンケンが呆れ、フリーレンが我関せずと魔物の観察に興じる、締まりのない道行きだった。
それでも、目的の隕鉄鳥には事欠かない。
焼け残った木々の梢や、まだ無事な小さな泉のほとりに、小鳥が点々と羽を休めている。
遠目にも数えきれないほどの数だ。予想通り、爆撃で焦土と化した一帯を避け、無事な区画へ密集してきたのだろう。
隕鉄鳥が水を飲みに来そうな泉の位置をいくつか頭に入れ、日が傾くまで歩き回った四人は、湖畔の野営地へと戻った。
合流した他のパーティーへ地形と水場の情報を伝え、焚き火を囲んで簡素な食事をとる。
燃え残る炎の匂いと、遠くの火柱の唸りを聞きながら、一同は翌朝の捕獲に備えて眠りについた。