ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。 作:ごすろじ
投稿しときます。
第一次試験が終了し、監督官が立ち去ってから、まだ幾らも経っていない。
夜の試験区域を覆う結界の内側で、フルーフとソリテールは肩を並べて森を歩いていた。
頭上には雲一つない星空が広がり、木々の隙間から差し込む月明かりが、夜露に濡れた下草を淡く照らしている。
遠くでは、試験を終えた魔法使いたちの話声が、湖面を渡る風に乗って微かに聞こえていた。
フルーフの頬には、真っ赤な紅葉が咲いている。
彼女は涙目になりながら、熱を持った頬を痛そうに撫でていた。
隣を歩くソリテールは、その跡を指差して面白そうに笑う。
「ねぇ、フルーフ。どうしたの、それ」
「フェルンさんに叩かれました」
フルーフはしょんぼりと肩を落とした。
「『ソリテール様の手綱は、貴女がしっかり握っておいてください』と。ビンタを一発、それから長々とありがたいお説教を頂きました。私の方がずっと年上なのに……恐ろしかったです。少しだけ、普段のフリーレンの気持ちが分かりました」
「どうして貴女が叩かれたの?」
「私にも責任があるからです」
情けない呻きを漏らしながら、フルーフは数分前の出来事を思い返した。
監督官が立ち去った直後。
フルーフはフェルンにコートの襟首を掴まれ、人気のない茂みの奥へ連行された。
振り返った瞬間、何の前触れもなく頬へ平手を叩き込まれ、そのまま逃げ場のない説教が始まった。
『試験開始直後に、いきなり自爆しないでください』
まずは、その一言からだった。
『ソリテール様があのようなことを始めた時も、どうして止めなかったのですか。あの方は貴女の言うことなら、それなりに聞きますよね?』
『いえ、ですが、ソリテール様にも自由意志というものが――』
『フルーフ様』
『はい』
『言い訳しないでください』
『……はい』
齢四桁を超える不死者が、まだ二十歳にも届かない年下の魔法使いに叱りつけられる始末である。
口八丁はフルーフの得意分野だ。しかし日頃からフリーレンを相手に鍛え抜かれたフェルンの説教は、理路整然としているうえに一切の逃げ道を許さない。
詭弁も言い訳も先回りして潰され、最後には「分かりましたね?」の一言で完全に封殺された。
フルーフはあの時の迫力を思い出し、乾いた笑いを漏らす。
「私、年下の方にあそこまで正面から言い負かされたの、初めてかもしれません」
「手綱、ね」
ソリテールはその言葉を口の中で転がし、自分の首へ指を添えた。
両手で首輪を象るような輪を作り、小首を傾げてフルーフへ見せつける。
人間の庇護欲を誘う、ひどくあざとい仕草だった。
「私に首輪をつけてもいいわ。愛する奥さんが、それを望むのなら」
フルーフは一瞬で真顔になった。次いで鼻を摘み、ニヒルに笑おうとする。
「余り可愛子ぶらないで下さいよ、鼻血で死ぬぞ」と格好つけた声で喋るも、鼻声のせいで変態臭が凄まじかった。
二人は顔を見合わせ、揃って表情を崩した。
静かな笑い声が、夜の森へ溶けていく。
「それでは、お言葉に甘えまして」
フルーフは芝居がかった動作で両腕を広げ、そのままソリテールへ抱きついた。
細い首へ腕を巻きつけ、逃がすまいと胸元へ引き寄せる。
「えーい。ガッシャンコ、と。これで私が、ソリテール様の首輪です」
得意げに顎を上げるフルーフ。
ソリテールは彼女の腕の中で瞬きをした後、楽しそうに目を細めた。
「捕まってしまったわ。なら、私もお返しをしないとね」
「おや。何をしてくださるので?」
「抱きしめ返してあげる」
「本当ですか?」
フルーフはすぐに腕を解いた。
そしてソリテールの前へ片膝をつき、さあ、どんと来い、と言わんばかりに両腕を大きく広げた。
胸元まで無防備に晒し、期待に満ちた赤い瞳で見上げている。
ソリテールの両腕が、抱擁を求めるように広がった。
次の瞬間、その白い指はフルーフの首へ絡みつく。
「わー、助けてくださーい。魔族に首輪をつけられ――ぐ、ぐぇぇッ!?」
親指が気管を押し込み、残る指が頸椎を背後から締め上げる。
ソリテールは楽しげに微笑んだまま、両手へ少しずつ力を込めた。
細い腕には不釣り合いな力が、フルーフの首を万力のように圧迫する。
「そ、ソリテール様……力加減!力加減を、間違えて――」
「うふふ」
甘い笑い声と、骨の軋む乾いた音が重なる。
メキ、メキ、と頸椎が悲鳴を上げ――。
ゴキッ。
決定的な音とともに、フルーフの頭が不自然な方向へ傾いた。
どこからともなく、チーン、と間の抜けた音が聞こえた気がした。
フルーフは舌を出し、ぐでりと脱力する。
だが、ほんの一瞬後には何事もなかったように首を元へ戻し、すくりと立ち上がった。
赤紫色に残った手形を指先でなぞり、満足そうに頷く。
「はは……でも、やっぱり私は、首輪をつけられる方が好みみたいです」
「魔族に飼われて喜ぶ、愛すべき奥さん」
ソリテールは背伸びし、フルーフの顎を持ち上げる。
「もっとたくさんの首輪を掛けて、身動きできないほど縛りつけてあげたいわ」
「わぁお~。それは嬉しいですねぇ。ワンワン」
犬の鳴き真似をしながら、フルーフは再びソリテールへ抱きついた。
余りにも滑らかに移行する殺人からの惚気。話ている内容も含め、二人を知らない者が見れば異常者としか思えない光景だった。
それでもフルーフは、心の底から幸福そうに笑っている。
ソリテールもまた、その頭をゆっくりと撫でた。白い髪の感触を確かめるように、指の間へ何度も通していく。
やがて二人は抱擁を解き、再び夜道を歩き始めた。
靴底が湿った落ち葉を踏むたび、かすかな音が森の静けさへ沈んでいく。
しばらく続いた心地よい沈黙の後、フルーフが思い出したように口を開いた。
「そういえば、先ほどフリーレンと何か話ていましたよね。大丈夫でしたか?」
お説教の最中、フリーレンとソリテールが隣り合って座っていたのを見ていたのか、フルーフが好奇心に満ちた声で話題を振る。
フルーフにとって、フリーレンは長い付き合いのある親友だ。
そしてソリテールは、何よりも愛する伴侶である。
その二人が自分の知らないところで何を話ていたのか、気にならないはずがなかった。
「蹴られてしまったけれど、少し踏み込んだ話はできたわ」
ソリテールの返答は、あっさりとしたものだった。
お話好きの彼女が、それ以上の説明をしない。つまり、具体的な内容を話すつもりはないのだろう。
フルーフはすぐに察し、それ以上は追及しなかった。
好奇心を理由に、ソリテールの個人的な領域へ踏み込むような真似はしない。そのあたりの切り替えには慣れたものだ。
「へー。二人って案外仲がいいんですね。私はてっきり、いつでも殺し合い上等の険悪な仲だと思っていました」
ここ一年ほどの間に、フルーフ一行とフリーレン一行が行動を共にした期間は、断続的とはいえ半年近くに及んでいた。
自ずと交流も増えるというものだ。特にソリテールはフリーレンとフェルンに絡みに行くことが多く、その度に魔法が飛び交っていた。
若干言葉を濁しながら、苦笑いするフルーフ。
踏み込んだ話を出来るような仲では無いことは、誰の目から見ても明らかだ。
だが、当のソリテールはキョトンとした表情でクスクスと笑う。
「ふふ、おもしろ冗談ねフルーフ。友達同士で本気で殺し合いなんてするはずがないわ。私達、仲良しなの」
もしこの場にフリーレンがいれば、間髪をいれずゾルトラークが放たれていただろう。
ソリテールには悪意も善意もない。
魔族である以上、それは当然のことだった。おそらくフリーレンが最も嫌っているのも、そこなのだろう。
何の感情もないまま相手の神経を逆撫でし、その反応を観察する。
人類の文化や感情を研究し尽くした彼女は、相手を苛立たせる言葉と、それを口にする最適な瞬間を熟知していた。
定型的な命乞いしか知らない魔族とは違う。
人間の感情を予測し、踏み込まれたくない場所を見つけ、そこへ最も鋭い言葉を突き立ててくる。
フリーレンからすれば、一瞬で殺意へ到達するほど性格の悪い煽りカス。それがソリテールだった。
対してソリテールは、初対面の際の印象の悪さこそあれど、フリーレンをそれほど嫌ってはいない。
魔法への知識は豊富で、下手な演技をする必要もなく、殺意すら隠そうとしない。
互いに越えられない一線さえ守れば、これほど気楽に言葉を交わせる相手も珍しかった。
利害も一致しており、強さにも不足はない。
暇を潰すために絡む相手としては、まさしくうってつけだった。
「あ、あはは……そうでしたか」
フルーフの目が、返答に困ったように泳ぐ。
しかし、つい先ほど並んでいた二人の姿を思い出し、やがて表情を緩めた。
悪友や腐れ縁も、一つの交友関係には違いない。
普段は殺し合い寸前でも、自分の知らないところでは、個人的な悩みを話せる程度の関係になっているのかもしれない。
何よりフルーフ自身、二人には仲良くしていてほしいと願っている。
なら、そういうことにしておけばいい。
フリーレンが聞けば、全力で否定するだろう。
だが幸い、ここにフリーレンはいなかった。
◇◇◇
夜道を歩くうち、二人の手が何度か触れ合った。
ソリテールの右手と、フルーフの左手。
どちらから求めたともなく、指先が絡み、掌が重なる。
薬指の指輪同士が触れ合い、澄んだ金属音をひとつ奏でた。
その音を聞いて、ソリテールは足を止める。
フルーフも立ち止まり、どうしたのかと振り返った。
ソリテールは繋いだ手を離さないまま彼女を見上げ、空いている指先で自分の口角を押し上げてみせる。
「ねぇ、フルーフ。笑って」
たった一言。
それだけで、フルーフは満面の笑みを浮かべた。
心から幸せなのだと、少しでも強く伝えようとする笑顔。
赤い瞳を柔らかく細め、口元を大きく綻ばせ、全身で幸福を表そうとしている。
ソリテールは目を細めた。
空いている左手を伸ばし、フルーフの頬に触れる。
フェルンに叩かれた箇所には、まだ僅かに熱が残っていた。
指先をゆっくり滑らせ、その温度と感触を確かめる。
やはり、感情がひとりでに動くことはない。
フルーフの笑顔を見ても、幸福や高揚が無意識に生じることはない。
相手を喜ばせることにも、それ自体には特別な意義を感じなかった。
そこにあるのは、居心地のよい環境へ向ける快適さ。その状態を失いたくないという、微かな満足感と不安だけ。
だが、それらとは別の何かに背を押されるように、ソリテールの口元は儚げに緩んだ。
それが何なのかは分からない。
一切の証拠も、証明も出来ずとも、ソリテールは確信出来た。
これは、依存からくる不安定な行動ではない。
執着と束縛から生じる一種の媚び、愛情というものを擬似的に獲得するための学習でもない。
だとすれば、一体何なのか。
今のソリテールは、その答えを持っていない。
それでも、確信だけはあった。
これは、つい先ほどフリーレンが話ていた、遅れて届く光に似ている。
前提となるものも、比較する対象もまるで違う。
だが、今はまだ見えない答えが、何十年、何百年という距離の先から、少しずつ自分へ近づいている。
その光の終点に、ソリテールだけが導き出せる愛の定義がある。
いつ辿り着くのかは分からない。
あるいは死の間際に、ようやく悟るのかもしれない。
ソリテールはフルーフの頬から手を離し、その腰へ腕を回した。
壊れ物を扱うように、静かに抱きしめる。
意義など感じなくとも。
ただ共にありたいと、明日も変わらず笑い合いたいと、何も感じないはずなのに身体だけは動く。
そうすべきだと考え、それができてしまえる。
誰かに動かされたのでも、魔族の本能に由来する行動でもない。
ソリテールが己のために思考した末、不合理な行動さえ当たり前のように行えている。
昔であれば、決してできなかったことだった。
ソリテールは、もう戻れないのだと、何度目かの確認を終える。
「フルーフ。私の側を、決して離れないで」
ソリテールの声は静かだった。
命令の形をしていながら、そこにあるのは強制するような色を持たない。
複雑になりすぎた自身の内面についてまるでわからなくなる。
だが、これを劣等とも退化とも思わない。かといって、進化と呼ぶつもりもなかった。
ソリテールはただ、当たり前に感じるこの奇跡を決して忘れないよう、ただ、眼の前の人間と出会えたことに感謝した。
ソリテールの腕に込められる力が強まる。
それへ応えるように、フルーフも彼女の背へ腕を回し、強く目を瞑り、ソリテールの身体をさらに引き寄せる。
「ソリテール様……私は、貴女のお陰で死にたくないと思えました」
声は小さく、それでも確かな熱を宿していた。
「だから、ずっと……貴女が許す限り、お側に置いてください」
冷たい風が、抱き合う二人の髪を揺らしていく。
その言葉には、確かな感情があった。
フルーフにとって、愛とは情動そのものだ。
執着も、劣情も、崇拝も、相手を失う恐怖も。
燃え盛るすべてを一人へ注ぎ込み、拒まれてもなお差し出し続けること。それが彼女にとっての愛だった。
腕を切り落とされても、残った掌を差し出す。
胴体に穴を開けられても、胸を開いて迎え入れる。
決して拒まず、決して冷めず、煮えたぎる感情のすべてを相手へ与える。
狂人のようでありながら、どこまでも相手を包み込もうとする愛。
その熱が、ソリテールの内側へ同じ熱を灯すことはない。
けれど、その熱を見て、受け取り、応えようとすることはできる。
「それがいいわ」
ソリテールはフルーフの耳元へ囁く。
「終わりだなんて考えないで。これから先も、私達は共に生きていける」
だからこそ、差し出された手を握り返せる。
共に歩いていけるのだと、言葉にすることもできる。
「はい。私は、貴女さえいてくれれば、寂しくも、不幸でもありません。ずっと笑っていられます」
そう言いながら、フルーフの指先が一瞬だけ強張った。
声の最後が僅かに掠れ、抱きしめる腕へ、失うことを恐れる力が滲む。
ソリテールには分かった。これは完全な嘘ではない。
だが、完全な本心でもなかった。
フルーフは誰よりも家族を欲し、身内と共に生きることを望む人間だ。
ソリテールさえいれば、他の誰がいなくなっても幸福でいられる――そんな単純な心をしてはいない。
身内との死別は、そのたびに身体を引き裂くような痛みを与える。
「嘘なんてつかなくていいわ」
ソリテールは宥めるように、フルーフの背中を撫でた。
「それは私達の得意とするところ。すぐに分かってしまうもの」
「……すみません」
「我慢せず、正直でいて。私は我慢なんてする気はないの」
フルーフの腕が、僅かに震える。
「……誰にも、いなくなってほしくありません」
とうとう、その胸の内を吐き出した。
「これからも……ずっと先の未来まで。私が知っている人達には、皆、生きていてほしいんです。私を置いて、どこにも行ってほしくありません」
ソリテールは、ただ受け止める。
「私も、貴女に何かをしてあげたいと考えることがあるの。だから、生きている間に何ができるか、一緒に考えましょう」
その言葉を紡ぎながら、抱きしめる腕をゆっくりと解いた。
フルーフの赤い瞳には涙が滲み、鏡のようにソリテールの姿を映している。
「今日は随分と優しいんですね、ソリテール様」
ソリテールは、フルーフの瞳に映った自分を見る。
いつもとどこか違う。
作ろうとして浮かべた笑顔ではない。
人間を欺くために整えた表情でもない。
その違和感を修正しようとして――やめた。
「どこかの誰かのせいで、感傷や悲哀に似たものを感じているのかもしれないわね」
「はは。冗談まで饒舌ですね」
フルーフは指先で涙を拭い、照れを誤魔化すように笑って立ち上がった。
ソリテールも立ち上がり、彼女へ右手を差し出す。
何をするでもない。
ただ、フルーフへ向けて。
「フルーフ。握手をしましょう」
「握手ですか?」
「初めて会った時、貴女は泣きそうで、とても怯えていた」
ソリテールは差し出した自分の手を見つめる。
「あの時は、貴女の骨を砕いてしまったでしょう。あまり、いい思い出とは呼べないわ。やり直しましょう」
「懐かしいですね」
フルーフは、あの日の感触を思い出す。
滑らかで、柔らかく、温かい手。
そして触れた直後、掌の骨をまとめて砕いた力。
恐怖に全身を支配されながら、それでも愛しい相手の手を離したくないと願った。
ソリテールは、あの時の思い出を上書きしたいわけではない。
過去の行いも、積み重ねたすべても、今の二人を形作る一部だった。
切り捨てるべきものなど、一つもない。
ただ、これまでと同じでいるのは、少し勿体ないと思ったのだ。
二人の関係は、いつもフルーフから始まった。
初対面の告白も、共に暮らすという提案も、結婚式も。
繋がりを求め、それをより強くしようと手を伸ばしてきたのは、常にフルーフだった。
ソリテールは、それへ応えてきただけ。
引かれた一線を越え、サプライズを考えることもあったが、それもフルーフから端を発する。
だから今度は……最初から最期まで、自分から繋がりを求める。
今のソリテールには、それができる。
多くのものを、多くのことを、フルーフと生きているこの時間の中ですべきなのだと。
伝え合うべきなのだと……そう思い、行動に移せるのだ。
「唐突ですね」
フルーフは困ったように笑い、差し出された右手へ自分の左手を重ねた。
「いいですよ、ソリテール様」
掌を重ね合わせ、互いの手を強く握る。
あの時とは、すべてが違う。
恐怖に震える指も、骨の砕ける音もない。
二人の間にあるのは、繋がった掌から伝わる互いの温度だけだった。
「初めまして。私はフルーフです」
フルーフは悪戯っぽく笑う。
「突然ですが、貴女を愛しています」
「ふふ。そうだったわね」
ソリテールは懐かしむように目を細める。
「初対面で、いきなり告白されたのだったわ」
ソリテールの心は、今も空虚だった。
言葉には、これからも嘘と欺瞞が混じり込むのだろう。
それでも、今感じているこの心地よさだけは本物だった。
告白には返事を返さなければならない。
ソリテールの紡ぐ言葉は一つだけだ。
擬似的に生み出した感情という色を織り、言葉に愛という色彩で彩る。
ソリテールは繋いだ掌へ力を込める。
指先に伝わる熱を逃がさないまま、ソリテールは告げた。
この言葉には……確かな愛が込められていた。
「私も、愛しているわ。フル――
だが、言葉を言い切るよりも先に――
風が吹いた。
いや、違う。
風と誤認する程の、膨大な魔力の揺らめき。
葉擦れも、虫の声も、互いの呼吸音さえも、一瞬だけ森から消える。
月明かりの下、視界の端を黄金が走った。
次の瞬間。
ソリテールの右腕が、肘から上で切断された。
繋いでいた右手が、フルーフの左手を握ったまま宙を舞う。
鮮血が月夜へ弧を描いた。
「――――」
痛覚が認識するより早く、第二の衝撃がソリテールの全身を捉える。
激しい破砕音。
視界が反転し、地面と月と森が目まぐるしく入れ替わった。
ソリテールの身体は凄まじい勢いで弾き飛ばされ、幾本もの木々をへし折りながら森の奥へ消えていく。
回転し遠ざかる視界の中で、それでもソリテールはフルーフの姿を探した。
月夜に浮かぶ、黄金。
辺り一帯を押し潰すほどの、底の見えない魔力。
そして――フルーフを見下ろす、一人のエルフ。
その手には、黒い魔導書があった。
ひとりでに頁が開き、黒々とした文字列が蠢いている。
エルフの唇が、浅く動いた。
「エクスクロピオス――クァチル・ウタウス」
低い声だけが、やけに鮮明に聞こえた。
黒い魔導書の輪郭が崩れる。
頁も、表紙も、文字も、すべてが一つの黒い塊へ変わり――フルーフの中へ沈み込んでいった。
それが、ソリテールに見えた最後の光景だった。
身体は大地と木々に何度も激突するが、止まる気配はない。
視界が激しく揺れ、土煙と闇に塗り潰された。
遅れて、轟音が弾ける。
激しい衝突音と土煙は、第一次試験場を覆う結界を越え、夜の森一帯へ響き渡った。
???「受験生たち。もう大丈夫だ、何故だと……」
ぜーりえ「私が来た」
ふるーふ「来るな」
そりてーる「かえれ」
ふりーれん「失せろ」