ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。   作:ごすろじ

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モチベーションの燃料投下により今日もキーボードをカタカタ出来ています。

ここから割と早いペースで畳んでいきたいとは思っています。
クオリティーよりも、完結を重視していきたいので。


▼第72話▶死の螺旋

 

 

時は少し遡り、第一次試験が終了した暫く後。

試験区域を後にした受験者たちは、魔法都市オイサーストへの帰途に就いていた。

 

 

その中で帰路が重なったフリーレンたちは、デンケンのパーティーと連れ立って歩いている。

もっとも、フリーレン自身は歩いてすらいなかった。

 

 

「フリーレン様。いい加減、自分で歩いてください」

 

 

フェルンの背中に覆い被さり、両腕と両脚を絡めたまま、フリーレンは半ば眠りに落ちかけていた。

白い髪が首筋へ触れ、規則正しい息が耳元をくすぐる。

 

 

「もう少しで着くでしょ。このまま背負ってて」

 

「嫌です。私はフリーレン様のお母さんではありません」

 

「フェルンは私の弟子でしょ。師匠の面倒くらい見てよ」

 

「リーニエ様のような理屈を持ち出さないでください」

 

 

フェルンは腰を大きく曲げ伸ばし、背中のフリーレンを何度も上下へ揺すった。

それでもフリーレンは降りようとしない。

 

むしろ引っつき虫のように、腕と脚へさらに力を込めた。

眠たげな半目をしているくせに、妙なところで力だけは強い。

 

 

隣を歩いていたデンケンは、呆れたように溜息を吐いた。

 

 

魔王を討った勇者一行の魔法使い。

幼い頃から英雄譚の中で幾度となく名を目にし、尊敬すら抱いていた伝説のエルフ。

 

その実像が、弟子の背中で眠りこける自堕落な女だとは、誰が想像できただろうか。

 

だが実際に目の前で見た魔法戦の実力は、物語の通りだった。

いや……むしろ物語ですら、その異常な実力を正しく描けていないように思える。

 

結果、デンケンの胸中には、落胆と満足が奇妙な形で同居していた。

 

 

その隣では、ラオフェンが時折、理由の分からない違和感を確かめるように額へ触れている。

リヒターは半袖半ズボン同然となった服を見下ろし、これで市街地へ戻るのか、とでも言いたげに眉間へ皺を寄せていた。

 

 

やがてリヒターは小さく息を吐き、フリーレンではなくフェルンへ視線を向ける。

 

 

「……フェルンと言ったか」

 

「え……はい。そうですが」

 

「意外な有名人がいたものだな」

 

その言葉を聞き、ラオフェンも興味深そうにフェルンを見つめた。

 

「有名なの?」

 

「ああ。三級魔法使い試験を史上最年少で突破した魔法使いだ。数年前、一時期ちょっとした話題になっていた。オイサーストの魔法使いなら、一度は名前を聞いたことがあるはずだ」

 

「え、三級だったんだ。私も三級だけど、受かるまで随分苦労したよ」

 

 

ラオフェンは素直に感心している。

フェルンは少し居心地が悪そうに視線を逸らした。

 

 

「あの……私も、それなりに勉強と訓練をして受験しました。決して簡単に合格したわけではありません」

 

「勉強と訓練なんて、皆やっているよ」

 

ラオフェンは悪びれる様子もなく言った。

 

「それでも受からない人の方が多いから、普通に凄いんだよ。私なんて筆記試験が苦手でさ。歴史とか偉人の名前を覚えるだけなら簡単なのに」

 

「暗記だけで合格させるはずがないだろう。それが一体、何の役に立つ」

 

リヒターは鼻を鳴らす。

 

「大陸魔法協会の体質を考えてみろ。上の連中は、強い魔法使いが上へ登ってくること以外、ほとんど考えていない。記憶力が良いだけの無能を合格させる理由がない」

 

そこで一度言葉を切り、フェルンへ改めて目を向けた。

 

「理論を理解し、実戦で応用でき、未知の状況でも自分の魔法を崩さない者。大陸魔法協会が求めているのは、そういう魔法使いだ。一級以外の試験は、言ってしまえば玉石混交を仕分けるための選別場に過ぎない」

 

フェルンは過去に受けた試験を思い返した。

 

「そういえば、試験の筆記で問われたのは主に魔法理論と、実戦を想定した問題への対処法でした。協会そのものの歴史については、ほとんど出題されなかったと記憶しています」

 

「ところで、この大陸魔法協会って、できてどれくらいなの?」

 

背中のフリーレンが、眠たげな声で尋ねる。

 

「フェルン、知ってる?」

 

「今、協会の歴史は試験で問われなかったと申し上げたばかりです」

 

「そっか。じゃあ、知らないんだ」

 

「なんだ、お前達。そんなことも知らんのか」

 

デンケンが呆れたように言う。

 

「別に知らなくても、問題ないでしょ」

 

「最低限の常識くらい弁えておけ。大陸魔法協会が設立されたのは、半世紀以上前だ。既にその影響力は大陸全土へ及んでおる。エルフであるお主からすれば、たかが半世紀かもしれん。だが、無知を晒せば、仲間共々呆れられるぞ」

 

「どうせ、しばらくしたらまた名前が変わるんでしょ」

 

フリーレンは興味なさそうに答えた。

 

「魔法を管理する団体なんて、昔から何度も入れ替わってるからね。試験に合格しても、得られるのは称号だけだし」

 

「……呆れたものだ」

 

リヒターが眉をひそめる。

 

「まさか、特権のことすら知らずに一級試験へ参加したのか?」

 

「特権って何?」

 

フリーレンは、またフェルンの肩越しに顔を覗かせた。

 

「フェルン、知ってる?」

 

「ですから、私に聞かないでください」

 

「本当に知らないのか?」

 

リヒターは信じがたいものを見るように、フリーレンとフェルンを交互に見た。

 

「なら、何が目的で、わざわざ死者すら出る危険な試験へ参加したんだ」

 

「北部高原への通行証代わりに、一級魔法使いの資格が欲しいんだよね」

 

あまりにも軽い答えに、リヒターはしばらく言葉を失った。

 

「……いいか。特権とは、一級魔法使いとなった者へ、望む魔法を一つ授けると約束された権利のことだ」

 

「誰が?」

 

「大陸魔法協会の創設者だ」

 

「へえ」

 

フリーレンは眠そうに瞬きをする。

 

「昔、似たようなことを言っていた人を知ってるけど、私は興味ないかな」

 

「私は、少し興味があります」

 

フェルンは素直に答えた。

 

「望んだ魔法を一つ授けられるということは、余程多くの魔法を知る方なのでしょうね」

 

「余程、どころではない」

 

そこで、デンケンが会話を引き継ぐ。

 

「地上に存在するほぼ全ての魔法を網羅し、生ける魔導書とまで謳われる大魔法使いだ」

 

月明かりの下、老人の声が静かに響いた。

 

「全知全能の女神に最も近い魔法使い」

 

そして、その名を告げる。

 

「――大魔法使い、ゼーリエ」

 

 

その名が落ちると同時に、フェルンの足が止まった。

背中のフリーレンから、眠気が一瞬で消える。

 

絡みついていた腕の力が緩み、フリーレンは無言で地面へ降りた。

目は限界まで見開かれ、先ほどまでの自堕落な姿が嘘のように、全身から緊張が滲んでいる。

 

 

「今……何て言った?」

 

「ゼーリエだ」

 

デンケンは、フリーレンの変化に眉を寄せる。

 

「何をそこまで驚いておる。知らぬ名前ではないだろう」

 

「ゼーリエ……フリーレン様。その名前って、もしかして――」

 

 

フェルンが言葉を結ぶより早く、足裏へ微かな震えが届いた。

初めは音ですらなかった。

 

石や木の根を伝ってきた振動が、靴底から脚へ入り込み、骨の奥を低く揺らす。

 

遅れて、地の底から絞り出されるような轟きが、夜気を伝って押し寄せてきた。

 

 

――ォォォォォォォォォォォォォン……。

 

 

数え切れないほどの裂音が、互いの始まりも終わりも押し潰しながら重なり合い、ひとつの巨大な振動となって空と大地を震わせている。

 

 

一行は揃って振り返った。

音の発生源は、第一次試験区域の方角だった。

 

 

本来なら夜闇に沈んでいるはずの景色が、真昼のように白く輝いている。

最初は遠くに浮かぶ光の塊にしか見えなかった。

 

 

だが、その輝きは瞬く間に膨張する。

 

 

幾重にも重なった爆炎が、互いの輪郭を喰い潰しながら、一つの巨大な光球へ育っていく。

個々の爆発など、もはや外から見分けることはできない。

 

千。万。あるいは、それ以上。

 

 

爆発が次の爆発を引き起こし、絶え間のない連鎖を作っている。

炎と圧力は互いに衝突し、押し広がり、試験区域の内側で際限なく増幅していた。

 

 

それでも、外の森に爆風は届かず、熱も感じない。

試験区域を覆う物理障壁が、内部で生じたすべての破壊を閉じ込めていた。

 

 

だが、逃げ場を失った圧力が障壁へ激突するたび、透明な結界そのものが巨大な鐘のように打ち鳴らされる。

 

 

低い振動は地面を伝い、足裏から骨へ入り込んだ。

まだ爆風は届いていない。それなのにラオフェンの髪は、結界から放たれる振動だけで細かく揺れている。

 

 

リヒターは耳を押さえた。

それでも音は消えない。鼓膜ではなく頭蓋の内側で鳴り続け、歯の根まで震わせてくる。

 

 

一つ目の振動が収まるより早く、次の衝撃が障壁を殴りつける。

結界全体を内側から揺さぶり続け、やがて個別の音ではなくなった。

 

 

幾万の炸裂が圧縮され、大地の唸りに似た一つの重低音へ変わっていく。

 

 

「何だ……あれは」

 

リヒターが呆然と呟く。

 

「既視感、だな。何をやっておるフルーフ……」

 

 

デンケンは、ただ険しい表情で、遠方に浮かぶ光を見つめていた。

透明だった結界の輪郭が、白く浮かび上がっている。

 

閉じ込められた爆炎が逃げ場を求め、障壁の曲面を這い回る。

ぶつかった圧力は反射し、別方向から来た衝撃と重なり、さらに巨大で複雑な波となって内側を駆け巡っていた。

 

低い轟音へ、甲高い異音が混ざる。

 

 

――キィィィィィィィィンッ!!

 

 

障壁を隔てているにもかかわらず、爆心地の魔力が外へ滲み出し始めている。

 

 

「このままでは、結界が保ちませんね」

 

 

フェルンのその言葉とほぼ同時に、透明なドームの一点へ白い亀裂が走った。

細かった傷は一瞬で枝分かれし、稲妻のような線となって障壁全体へ伸びていく。

 

 

結界の輪郭が激しく明滅した。

一度暗くなり、瞬き一つの間に目を灼く白へ変わる。

 

デンケンの表情が変わる。

 

 

「言わんでもわかっておるだろうが、全員……防御魔法を展開しろ。リヒター、悪いが防壁は頼むぞ」

 

「何が何やらだな、厄介事なら説明はいらないぞデンケン。風圧と熱は殺せても振動は来る、備えておけ」

 

 

リヒター以外の全員が杖を構え、一斉に防御魔法を展開した。

リヒターの正面には、何重もの岩石の壁がせり上がり、防壁が完成する。

 

白い亀裂がドームの端まで到達する。

次いで、その全てが同時に弾けた。

 

 

――パァァァァァァァァンッ!!

 

 

透明な結界が、数え切れない光片となって砕け散る。

 

内部へ閉じ込められていた、灼熱。爆風。轟音。

空間そのものを押し潰す圧力、そのすべてが同時に出口を得た。

 

 

試験区域へ閉じ込められていた破壊が、決壊した大河のように全方位へ解き放たれる。

 

 

夜が、完全な白へ染まった。

一拍遅れて、巨大な衝撃波が到達する。

 

 

――ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!

 

 

衝撃波が防壁を貫通し、振動で防御魔法が大きく撓んだ。

魔力で形作られた障壁が軋み、表面に幾筋もの亀裂が走る。フェルンたちは足元の土を深く抉りながら、辛うじて踏みとどまった。

 

 

圧縮された爆音が、世界そのものを延々と破裂させるように響き続ける。

 

 

一瞬で森林が押し倒された。

木々は根元から引き抜かれ、土砂や岩石と共に宙へ巻き上げられる。

 

熱波が葉を一瞬で炭化させ、燃え盛る枝葉が夜空を埋め尽くした。

 

 

熱せられた空気が障壁越しに肌を焼き、焦げた樹脂と土の臭いが喉へ絡みついた。

だが爆風は、一度通り過ぎて終わるものではない。

 

 

爆心地では、なおも数え切れない連鎖爆発が続いていた。

結界が破壊されたことで、そこから生じる衝撃と熱は、もはや遮られることなく外へ放出される。

 

 

波状に続く爆発が、巨大な火柱を形成した。

 

爆炎は黒煙を纏いながら天へ昇り、成層圏へ届かんばかりに伸びていく。

夜空を覆う雲は内側から赤く染まり、空そのものが燃えているように見えた。

 

 

やがて、長く続いた爆撃が止んだ。

 

あとに残ったのは、燃え盛る森林と空を覆う黒煙。

そして、汚染地帯を思わせるほど周囲一帯へ濃く漂う魔力の痕跡だった。

 

焼け焦げた灰が雪のように降り注ぐ。

 

 

誰もがすぐには防御魔法を解けず、耳鳴りの奥で荒い呼吸だけを聞いていた。

やがてフリーレンが防御魔法を展開したまま、防壁の外に出ていく。

 

その視線は、爆心地から離れない。

 

 

「フェルンはここにいて。フルーフを迎えにいってくる」

 

「待て、フリーレン!」

 

 

デンケンの制止は届かない。

返事を待つことなく、白い外套を翻し、杖を構えた彼女の身体が夜空へ舞い上がる。

 

 

先程までの気怠さも、面倒臭そうな態度もどこにもない。

視線はただ一点、爆心地。フリーレンはさらに加速した。

 

 

夜の空気を切り裂き、流星のように白い軌跡を描きながら、燃え盛る試験区域へ一直線に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

ーー爆心地。

 

 

地面は半円状に抉れ、融解した大地が赤く光り輝いていた。

幾つも亀裂が走り、コポコポと泡を立て、溶け尽くした土壌が粘り気を増していく。

 

 

その中心で、フルーフは岩肌を削るように身をよじり、吐血し続けていた。

背骨からは絶え間なくゴキゴキと折れ曲がる音と再生する音が鳴り響き、激痛と共に背中を掻きむしっていた。

 

 

「ゲホォ……くそがぁ、このッ。うぉェ……ゼーリエ、今更、私に何しにッ゛」

 

 

目から血を垂れ流し、眼球が飛び出しては再生し、頬を伝ってぼとぼとと落ちていく。

赤熱した大地に炙られ、硝子玉を焙るような音を立てて、落ちた眼球が白く縮んで蒸発した。

 

 

それを見下ろすエルフーーゼーリエは、宙に軽く浮かびながら、自ら設置した結界が強引に破られたことに対して、感心していた。

耐久の限界を攻め続ける力技とはいえ、この大陸でそんな芸当が出来る存在など、フルーフを除いていないだろう。

 

 

「ほぉ……まさか、結界を割るとはな」

 

 

低く呟くゼーリエの姿に傷はない。

 

あの超高密度の爆撃を至近距離で浴びて無傷。

フルーフは転げ回りながら、忌々しげに見上げる。

 

 

「おぇぇぇぇ゛……ッ。なにしに、来たって、聞いてんですよッ」

 

 

ゼーリエは、面白い芸当を見たと言わんばかりに、口角を微かに上げる。

フルーフは絶え間なく吐血を続け、そこには大量の歯や、半端な再生のままの舌が混ざっていた。

 

 

フルーフが拳を握り、ゼーリエに向かって何かを投げつけた。

それは紅い棘のような結晶。フルーフの魔力と生命を高純度で圧縮し、固めた魔力の塊だ。

 

 

ただの小石と侮り、当たれば瞬時に相手の魔力へと溶け込み、全身に適応障害が如き機能不全を引き起こす魔力の猛毒。

フルーフは、自分が道端の小石程度にしか思われていないのであれば、これも十分通じると考えていた。

 

 

だが、ゼーリエは防御魔法を展開し、その小石を防いだ。

結晶が障壁へ触れた瞬間、異変が起きる。

 

 

魔力で編まれた壁面が内側から侵食され、ぐねぐねと形を崩しながら、術者の制御を離れた猛毒へと組み替えられ暴走していく。

 

 

それを観察し、ゼーリエは直ぐ様、自身と障壁を結ぶ経路をーー魔力の残滓や術式の痕跡まで含めて、全て切り離した。

支えを失った毒は形を保てず、赤熱した地面へ滴り落ち、じゅう、と音を立てて蒸発する。

 

 

ゼーリエの目に映るのは、フルーフの組み上げる術式。

魔力制御、創造性については相変わらずのようだが、術式に関しては摩訶不思議な構造をしていた。

 

 

既存の術式のようでありながら、ゼーリエをしても何を何処に作用させているのか未知数な術式。

しかし、それでいて機能しており、魔法の体を成していた。

 

全くの未開の領域が、かつて才無き存在と断じた者の中に広がっていた。

 

 

「即席で高濃度に凝縮した魔力結晶を生成したか……大した速度だ。その魔法を私は知らん」

 

「ソリテール様……くそ、どいてください。私は、いかなければ」

 

 

ゼーリエのことなどどうでもいいのか、フルーフはソリテールの吹き飛ばされた方角を見る。

魔力感知には反応しているが、その距離は離れていくばかりだ。

 

 

「結界の外まで弾き出した。今頃、数里先まで転がり続けているはずだ」

 

 

常に意識し強く抑制しなければ、抑えることすら出来ないフルーフの再生能力。

だが、今はその現象速度が、意識せねば間に合わない程に低下していた。

 

背骨がベキベキとネジ曲がりそうになるのを、再生が強引に引き止める。

指の末端から白く劣化するように灰化が進み、遅れて再生が追いついてくる。

 

 

こんなことは今までに起こり得なかった。

十中八九、ゼーリエが不意打ちで発動させた魔導書が原因だろうが、フルーフにとってはどうすることもできない。

 

 

魂へ黒い赤子のようなものが絡みつき、魂が死んでも永遠と纏わりついてくる。

目に見える術式でもなく、感知出来るわけでもない。

 

フルーフは本能的に確信する。

これは魔法や呪い、術式を介した類ではない、全く別の何かだ。

 

 

「がぁ、なん、ですか……これ。再生が追い付かない。こ、のッ」

 

 

自前の再生が追い付かないのであれば、魔法で対処するしかない。

自身の身に人体再生を試みる。背骨の軋みが徐々に下がり、灰化の速度が目に見えて落ちていく。

 

 

「それはなんだ。ーーそうか、それが蘇生する魔法。既存の術式から全く新しい術式を編み出したのか。何故だ?何故私の元に来なかった、これほどの魔法を考え付ける頭がありながら、私の元で磨こうとは思わなかった」

 

 

ゼーリエが瞳孔を縮小させ、控えめな驚きを見せる。

それは半信半疑であった奇跡の御業。

 

既存の術式こそ多くあれど、その積み上げ方は独自性と未知に満ち、恐ろしくも神聖でありながら冒涜的でもある魔法の叡智。

神の御業を人の手に落とし込んだ、神域を侵す術式だった。

 

創造、魔力、制御、それら全てが凡庸。

だが、特異性という一点においてフルーフは、この世のどんな魔法使いよりも常識を逸脱していた。

 

 

ゼーリエはこの才に気づけなかった過去に、ほんの少しの後悔を滲ませる。

 

 

だが、それを聞いたフルーフからすれば、怒りしか湧いてこない。

当初はそういう気持ちがなかった訳ではないが、これは義娘と己の後悔から生じた執念で産み出した魔法だ。

 

 

義娘が断言した通り、その魔法はゼーリエの感心を募らせることとなった。

かつて認められたかった存在に認められることに、喜びが無いわけではない。

 

だが、自身を愛してくれた家族の為に産み出した魔法と努力を、上から目線で評価されることには耐え難いものがあった。

 

 

「ッ、はあぁぁ!?誰が、アンタに……報告なんてするものですか……。私は、あんたが嫌いだ、どこまでも、コケにしてくれますねぇ。昔私に言った言葉を忘れたんですか……ッ」

 

「魔法は崇高であるべきだ。あの時点のお前は、それに値する非凡さを有していなかった。だが、今は違う。お前はある分野に対しては、フランメ以上の魔法の天才だ。その術式の基礎概念は私の知識にはない、全く新しい基礎概念だ」

 

 

言うに事欠いて、今更褒めそやす言葉。

認めるようでいて、目の前の存在はフルーフの存在を認める気がまるでない。

 

それは、今現在激痛で軋み、朽ち続ける身体が証明していた。

 

 

「は?ーーこの……ッ。くそババァ゛!私は、お前に認められたくて、努力したわけじゃありませんよ……ッ。今更、そんな言葉を欲しがる子供に、見えてんですかッ!?この私が…ッ」

 

 

喜びと悲しみがゴッチャになり、フルーフの情緒をかき乱す。

血を混じらせながら、フルーフは叫び、指先を立ててピストルのような形を作る。

 

瞬間、指先が溶け出し、青い光熱の熱線が迸った。

炎、と表現するにはあまりに直線的。レーザーのような熱線が高速でゼーリエに迫る。

 

つまらなさそうな表情で防御魔法を張ろうとしたが、途中で止まる。

ゼーリエの眉がピクリと動いた。障壁は展開されない。

 

 

代わりに、熱線の進路上の空間そのものが薄い膜のようにたわみ、光が音もなく吸い込まれて消える。

次の瞬間、フルーフの正面ーー己の指先の延長線上に、同じ歪みが生じた。 減衰も逸れもなく、放ったばかりの熱線が主の腹部を貫通する。

 

 

「『指先に火を灯す魔法』か、くだらん魔法だが、ここまで出力を出せば、並の攻撃魔法以上だ。その上、私が防御魔法で受けた場合、炎を通じて再び高密度の魔力を流し込もうとしたな。小賢しい、だが貪欲で賢い奴だ」

 

「いちいち……品評、しないでもらえますかぁ!ーーぶ、うぇぇぇぇぇ゛!!!ゲホォ、げほ……」

 

 

外傷箇所の再生速度が追い付かず、迫り上がった血液を噴くようにぶち撒ける。

今までであれば、この程度、かすり傷にもならなかった。だが、今は至急治癒せねばならないほど、体中にガタが来ていた。

 

 

「お前の才を見抜けなかったのは、私の落ち度だ。だが、これ以上放置することも出来ん」

 

「残念だ、とでも、言いたいんですか……。それでぇ、孫弟子とすら認めなかった、愛弟子の腰巾着に何の用……です。一応、聞いてやりますよ」

 

「フルーフ。以前フランメに望んでいた、望みを私が叶えてやろう。私がーーお前を殺してやる」

 

 

ピシリとフルーフの表情が固まる。

予想出来ていなかった訳では無い、いや、むしろそれ以外に存在しないとすら考えていた。

 

だが、実際に聞いた瞬間、フルーフは悪態も忘れて時が止まった。

 

 

ーーそんなこと、聞きたくなかったなぁ……。そんな掠れた呟きが漏れる。

頬を伝う血涙に、無色の涙が混じって薄く筋を引いた。

 

 

「ーー死ね、クソばばぁ。本当に、貴女は私をコケにしてくれる、惨めったらしくて仕方ない。誰が、殺されるか……」

 

 

遅れて出てきた言葉に覇気は無い。

虚無と無気力感に溢れた悪態を返し、目を強く瞑って歯を食いしばっていた。

 

 

「私にもこの魔法の詳細はわからん。だが、死ねば死ぬほど死期を早めることになるぞ」

 

 

ゼーリエは、フルーフの反応に何を言うでもなく、魔導書が染み込んだ心臓部位へと指を向ける。

魔導書が絡みついてきているのは魂だが、魂の認知も感知も出来ないゼーリエには見えていなかった。

 

 

魂へと作用する魔法。

それは、フルーフの知る限り、過去も現在も二名だけしか存在しない。

 

偉大なる魔法使いであるフランメ、そして魔族のアウラ、それだけだ。

 

 

「私を殺せるのは、フランメくらいです……ーーあぁ、そう、最悪ですね。なにか知りませんが……私に、フランメの魔法を使ったな……ゼーリエ」

 

 

フルーフは口にしてから気づく。

ゼーリエはフランメの師だ。ならば、この魔法はフランメのものだ。

 

そしてフルーフとフリーレンの師であるフランメが、こんな、激痛を永遠と伴う魔法を積極的に考えるはずがない。

断言できた、それだけの時間を共に過ごしたのだ。 だとすれば、フランメが考えつきそうなことは一つだけ。フランメの魔法が上手く行かなかった際の保険。

 

 

この魔法の行き着く先が何なのかは、現状のフルーフには予測がつかない。

だが、そんなことは気にもならない。

 

 

フランメの意図に背いて愛弟子の魔法を行使したーーそのゼーリエの傲慢に対して、フルーフの腹の底から黒い苛立ちが湧き上がってくる。

 

 

「そうだ。お前はもうどこに行くことも出来ん、その命も有限だ。大人しくついてこい、フルーフ。私にはお前の死を見届ける義務がある」

 

 

フルーフは絶命と共に残した痕跡へと移動し、再生を行うことが出来る。だが、それも今は出来ない。

ゼーリエの言う通り、魂へと絡みつく何かが、痕跡への移動そのものを許さない。凄まじい速度で魂が死に続けているというのに、その死をフルーフ自身が制御できなかった。

 

 

死を見届けるまでして、確実に殺したいのか、とフルーフの喉から嗚咽が漏れそうになる。

フランメの意図に反してまで魔法を使用してきたのだ。殺さねばならない、その目的もそこにあるのだろうと、思い至る。

 

 

フルーフ個人を消すことに対して、ゼーリエが動かねばならない事態。

それだけ大きな事情が絡むものといえば……フルーフ達が作り上げた街しか存在しない。あそこはフルーフという存在があってこそ成り立っている箱庭だ。

 

 

「……あぁ。成る程、天秤に掛けたな。街を大きくしすぎたのが原因ですか……」

 

「察しがいいな。もう、私が何を語る必要もないだろう」

 

 

フルーフはゼーリエの魂の色から、根底にある感情の推察を行う。

今、どんなことを考えているのか、どんなことを思って殺そうとしているのかなど……ほんの微かな期待に縋るように覗いた。

 

 

だが、見た瞬間、フルーフはただ掠れた笑いを上げてしまった。

こんなもの、わざわざ考えるまでもない。どこまでも見覚えのある、深く共感出来る感情の色だった。

 

 

泣くほど悲しいが、これなら仕方ないかと納得出来るものでもあった。

 

 

「身内を守るために他を切る……理解できすぎて、吐き気がしますよ……」

 

 

ゼーリエの動機は単純だ。

フルーフと同じで、身内を大事にして他を切り捨てただけだ。

 

自分でも同じ状況ならそうする。だから納得出来てしまえた。

 

そこに、フルーフという存在が含まれていないことに、泣きわめきたい程の悲しみを抱くだけだ。

 

 

「いい、でしょう。私もなるべく長く生きなければならない、ですから……大人しく、しましょう」

 

 

フルーフは脱力する。

ソリテールが消えた方角を見て、軽く笑う。

 

今のソリテールは万全とは程遠い。

間違いなく大量に出血し、魔力も全快とはほど遠い。仮に戻ってこれても、殺されるだけだ。

 

 

ならば、フルーフに出来ることは一つだけだ。

言う通りにして、早々にこの場から離れる。

 

 

「魔族に何を期待している。最初から、人類と同じものは持ち得ていない。お前が知らない訳もあるまい」

 

 

ゼーリエはフルーフの考えを見透かし、諭すような言葉をかけてくる。

そんなことは、とっくのとうに知っている。奴らは、嘘と虚構で出来た保身の獣、人を食い殺す害悪そのものである化物。

 

 

フルーフは知っているからこそ、ゼーリエの言葉に動揺も不安も抱かない。

魔族を正しく理解した上で、その嘘つきの獣がした約束を信じていた。

 

 

杖の代わりに空間に入れてある、婚約指輪と鏡蓮華の指輪を取り出し、両手の薬指へと嵌める。

指輪の嵌った、血塗れの手を夜空に掲げ微笑む。

 

 

「乾いたババァにはわかりませんよ……。約束をしたんです、とても素敵な約束をね……げほッ、ゲホっ、はぁ……私は、ソリテール様を信じます。自分から馬鹿に、なってしまうくらい、愛してるんですから……」

 

 

フルーフの目は希望で満ちていた。

全身を苛む激痛から、死の気配を予感しているにも関わらず、愚者のように一つの約束を信じていた。

 

 

「……逃げるのであれば追わん。あの程度の魔族、お前がいなければ、時間と共に消える有象無象に過ぎん」

 

「……情のつもりですか。このカス」

 

 

死を前にしても絶望の色を宿さないフルーフに、ゼーリエはただ背を向けた。

ソリテールという存在が関わるだけで、フルーフがこうも明るく穏やかな表情を向けることに、ゼーリエは少しの心地悪さを覚えた。

 

 

昔は、懐いてくるのがうっとうしかった。

愛しい存在に向けるような笑顔で全力で向かってくる、そんな才無き存在を遠ざけるばかりだった。

 

 

だというのに、ゼーリエは今、フルーフが自身を見向きもせず、ソリテールという魔族だけを信じて慕う姿に、かすかな苛立ちを覚える。

 

 

それを口にする資格などないことは、ゼーリエ自身もわかっていた。

才を潰すことへの勿体なさはあれど、一度決めた決断を覆しはしない。

 

 

フルーフが信じようと、魔族が逃げようと、例え向かってきても……死ぬことに変わりはない。

フランメの望み通り、確実に殺す。

 

 

「仮に、私に向かってくるのであれば迎え撃つ。命が惜しくなって二度と戦えなくなるほどにだ」

 

「そう、ですか……」

 

 

フルーフは耐えるように蹲ると、それ以降何も言わず、苦悶の表情だけを浮かべる。

ゼーリエは蹲るフルーフの髪へ、埃を払うように軽く触れた。

 

 

抵抗する意味もない。

視界の端で、赤熱した大地と立ち昇る蒸気が引き伸ばされ、糸のように細くなって消えていく。

 

 

後に残ったのは、赤熱し発光する大地だけだった。

風が煤を運び、削り取られた斜面をゆるく回りながら、爆心の底へ降りていく。

 

 

焼けた土がぱきりと鳴り、それきり、その場には音を立てるものが何もなくなった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

フリーレンが爆心地へと到着する。

かろうじて残っていた湖も森林も何もない。地形そのものが抉れ、全てが吹き飛んでいた。

 

 

蒸気を上げる大地にフルーフの姿は見当たらない。

ただそこにいたという魔力の痕跡だけが、辺り一面に広がっていた。

 

 

フリーレンは高度を落とし、灰の降る斜面へ足をつけた。

 

 

蒸気は熱く、湿っていた。

呼吸をするたびに焦げた樹脂と鉄の味が喉の奥へ絡みつく。

 

 

ガラス化した土が靴底で薄氷のように割れ、甲高い音を立てた。

 

 

蒸気を進み、爆発の中心部へと近づく。

そこには小さな人影が佇んでいた。左手で大剣を握り、右腕は二の腕から切断され、血液を垂れ流している。

 

 

ソリテールだ。

ただ呆然と立ち尽くし、地面を眺めている。

顔には、感情らしい感情は浮かんでおらず、貼り付けた微笑みも鳴りを潜めていた。

 

 

瞳孔が拡大と収縮を繰り返し、眼球の血管が脈動するように充血している。

とめどなく流れる血を止血することもなく、ただ真顔で地面を見ていた。

 

 

遅れて魔力に気づいたのか、人形のような動きで首を向け、フリーレンへと剣を向ける。

相手がフリーレンだとわかると、数秒見つめ、剣をおろした。

 

 

一度も瞬きをせず、愛想もない不気味な佇まいだが、フリーレンは構わず近づく。

不気味な人形のようなソリテールへと、フリーレンは口を開いた。

 

 

「フルーフがいなくなっても、壊れないんじゃなかったの」

 

 

まるで傷口に塩を塗るような口ぶりだが、フリーレンはこれまでと態度を変えない。

魔族は魔族として容赦なく接する。 ソリテールはフリーレンを見つめたまま微動だにしない。

 

 

「……いいえ。私はいつも通り。ただ、奪われる悲しみと怒りくらいはあるのよ」

 

 

口を開くが、口以外の一切が動かず、まるでマネキンのようだった。

声色も一定であり、抑揚を感じさせない。

 

 

「そう。安心した。なら、早く逃げろ。フルーフは私がどうにかする」

 

 

相変わらずの対話モドキが出来ることに安堵したフリーレンは、杖でオイサーストとは反対方向を指し示し、さっさと逃げろと促す。

ソリテールの眼球がギョロリと動き、心底不思議そうに首を傾けた。

 

 

「逃げる?おかしなことを聞くわね、フリーレン。何故、逃げるのかしら」

 

「ゼーリエを見たでしょ。お前は、もう動けない。ゼーリエの魔力に直に触れてわからないはずがない、お前は蛇に睨まれた蛙だ」

 

「……」

 

 

確かに、ソリテールはゼーリエを一目見て、間近で魔力を感知して確信した。

絶対に勝てない。制限された魔力に当てられただけで、暫く吹き飛ばされ、身動き一つ出来なかった。

 

魔族は魔力を至上とする生物であり、絶対的な上下関係を刻みつける生態を持つ獣だ。

 

 

本能が認めてしまっていた。ゼーリエは遥か高みの格上なのだと。

抗うことの無意味さが内から溢れ、生命体としての危険信号が全身を震わせるように打ち鳴らしていた。

 

 

おまけに右腕の欠損。

大量出血により魔力も大幅に減退し、回復までにかなりの期間を要するはずだ。

 

 

フリーレンの知る魔族であれば、ソリテールはもう再起不能だ。

本能的に怯えた獣は腰が引けるものだ。絶対に勝てない相手に対して、全力で挑むことなど出来るはずもない。

 

 

もはや、ゼーリエに対しては逃げの一手しか打てない。

それが、正しい魔族の反応だ。生物として何一つおかしな所はない。

 

 

「……だから?何」

 

 

ソリテールは大剣の切先を地面へ突き立てた。

赤熱した大地の熱を吸い、赤く発光した刀身。その腹を、右の二の腕の断面へ押し当てる。

 

 

肉が焼け、脂の焦げる匂いが辺りに満ちるが、ソリテールは顔色一つ変えずに止血を終えた。

ソリテールの中には不安、怯え、生命の危機、本能的拒絶感、ゼーリエを避けるべき根拠と説得で満ち溢れていた。

 

だが、それでもフリーレンを見つめる目に揺らぎはない。

 

 

「ゼーリエと対等に殺し合えると思っているのか」

 

「殺し合い?……違うわ。貴女は言ったはずよ、フルーフにとってゼーリエとは何かを」

 

 

フリーレンは瞼を閉じる。

どれだけ煙たがられようと、無下に扱われようとも、フルーフにとってゼーリエはーー家族だ。

 

 

それも初めて出来た、命よりも大事な身内。

例え相手からそう思われていなかろうと、フルーフという人間にとっては、心から幸福を望む大事な存在だ。

 

 

「私は、フルーフの旦那様。だから助けにいくわ。でも殺し合いじゃない、小姑に少し挨拶をしにいくだけよ。相手の家族を殺すとでも思っているの」

 

「お前には無理だ。まともに動けもしないなら、足手まといでしかない」

 

フリーレンは既に、ゼーリエと戦ってでもフルーフを救出する意を固めているのか、杖を持つ姿勢に一切の怖じ気がなかった。

 

「ゼーリエは底を見せたわけじゃないわ。本当の絶望には猶予がある。それだけで私は動ける」

 

「制限していても、お前の魔力に軽く並ぶ。状況くらいは見えてるでしょ」

 

「えぇ、そうね。だけど、私は動けるの……フリーレン」

 

 

ソリテールの顔にいつもの微笑みが浮かんだ。

熱された岩の上を歩き、大剣を空間へと仕舞う。

 

 

「何故なのか、なんて無粋なことは聞かないことね。私にも、わからないから」

 

「フルーフは、お前が命がけで助けに来るのなんて望まない」

 

 

断言する物言いに、ソリテールは内心で同意する。

自分のことは棚に上げて、フルーフという女は誰よりも身内の危機を嫌う。

 

 

「いいえ。それは違うの、今回ばかりは……違う。約束をしたの、とても素敵な約束をね」

 

 

しかし、それでも果たさなければならない約束というものはある。

それは、夫婦が二人で決めた絶対の約束事。初めてソリテール自身がフルーフへと結んだ愛。

 

 

それを裏切ることは、これまでの全てを切り捨てる行為に等しい。

例え、外付けの固定概念だとしても……旦那様を名乗るソリテールに、その約束を裏切る選択肢はない。

 

 

死よりも価値のある約束事。そんな綺麗事ではない、ソリテール自身そう考えている。

人でなしで、碌な感情もないことは自身が一番思い知っている。今だって、泣くことも、取り乱し狂乱に浸ることも出来ない。

 

 

失う恐怖が死を上回った、依存が極まっている、など適当な理由が思い浮かぶが……ソリテールは苦笑する。

敢えて、こんな言い回ししか出来ないのは、やはり感情面に相当な欠陥がある。

 

 

ただ、愛している人間を迎えにいくだけだ。

それだけでいい。他は考えなくてもいい、フルーフとの定義でそれは既に出ている。

 

 

答えなど出さなくていい。

今はただ、愛していると強く思える存在を求める気持ちに、身体が突き動かされているのだと、そう考える。

 

 

「私は、旦那様として愛しい奥さんを迎えに行かなければならないの。例えそれが、どれ程危険でもね」

 

 

ソリテールは魔力を込めた左手を岩盤へ突き入れ、爆圧に飲まれて地中へ埋まった女の死体を引きずり出す。

焼けただれた腹を裂くと、ソリテールの右手が、内臓に混じって溶けかけていた。

 

 

もはや使い物にならないが、ソリテールはそんなものは期待していない。

求めているのは、その薬指に残った金属の輪だけだ。

 

 

血と脂に濡れた鏡蓮華の指輪を抜き取り、左手の中指へと嵌める。

フリーレンはソリテールを見ながら、溜息を吐いた。

 

 

「魔族はそうじゃない。多くの魔族は、そこまで死に抗う強さを見せたりしない」

 

「フリーレン……私は問題ないわ。伯爵領でした約束は覚えている?」

 

 

まさかこんな早く……あの約束事の日が来るとは思ってもみなかった。

だが、フリーレンは頷き、共同戦線を受諾する。

 

 

「作戦は?」

 

「このまま第二次試験へと参加するわ。現状、恐らくだけど、フリーレンを含めて、私と面識のある人物をゼーリエは詳しくは知り得ていない」

 

 

ソリテールは、なくなった右腕があるはずの空間へ視線を落とした。

無いものを確かめるような、無意味な仕草だった。

 

 

フリーレンは異論を挟まず、内容を咀嚼する。

この状況で第二次試験への参加。常識的に考えて、頭が沸いている作戦だ。

 

 

ゼーリエは大陸魔法協会の長だ。

ソリテールにはまだその情報は共有されていないが、予想位は出来ていてもおかしくはない。

そのお膝下で、引き続き試験を受ける。普通じゃない。

 

 

だが、フリーレンは案外悪くない案だと頷く。

ゼーリエの気質が昔と変わっていないのであれば、いちいち下に命令してソリテールの受験資格を取り消すなどしていない可能性が高い。

 

 

試験を突破して、直接面会をする。勝敗、救出の成否は別として、ソリテールがゼーリエに直接会うことだけを目的とするなら、一番の最短ルートだ。

一級魔法使いや二級魔法使いが犇めく支部に正面から乗り込んだり、潜入するよりかは遥かに現実味がある。

 

 

その間、ソリテールやフルーフと面識のある者達に、不自然にならない程度に接触し現状を伝え、協力して貰える可能性もあった。

フリーレンからすれば、フェルンやシュタルクなどの仲間を深く巻き込まず、穏便に済ませられる可能性が高いことが、一番の賛成理由でもあった。

 

 

会えた所で……という問題は考えず、ソリテールに丸投げしておく。

現状、この場で出来ることなど、それくらいしかないのだから。

 

 

ソリテールが行くというのであれば、フリーレンは止めはしない。

 

 

「いいよ。……わかってると思うけど、ゼーリエは甘い相手じゃない。第二次試験へ参加するなら、試験中に仕掛けられることも覚悟しておくことだね」

 

「簡単に済むだなんて考えていないわ」

 

 

一先ずの作戦は決まった。

後は残されている時間がどの程度かだ。

 

肩に積もった灰を、フリーレンは杖の先で払い落とす。

 

 

「フリーレン。フルーフが死に切るまで、どの程度時間が残っているかはわかる?」

 

「フランメの予想だと、完全に機能するまでには一年かかるらしいけど。さっきの大爆破で相当進行したはずだ。全身が消えたら、私たちで探し出すことは不可能だよ。猶予は……半年程度と見積もっておいた方がいいかな」

 

 

フランメの残した魔法『不死者を殺す魔法(クァチル・ウタウス)』とは文字通り、不死者を殺し尽くす魔法だが、字面通りの殺人ではない。

フルーフが生きたまま死んだ状態を作り出す、と言うのが正確な所だ。

 

 

対象の魂と、フランメが呼び出した『塵を踏むもの』と呼ばれるナニカとの強制的な契約を強い、その対象者の時間を加速させ劣化を引き起こす。

ただの人間であれば一瞬で朽ち果てることになるが、フルーフの不死性はそれを大きく上回っている。

 

 

故に施されている対策は、フルーフ自身の魂を動力源として、魔法を更に加速させることだった。

フルーフが死ねば死ぬほどに、魔法は効力を強め、速度は指数関数的に跳ね上がっていく。

 

 

死が死を呼び、その死が次の死を早める。

同じ場所を回りながら、確実に一段ずつ底へ落ちていく螺旋だ。踊り場はない。

 

 

その先に待つのは、肉体の完全な消失。

再生を完全に上回った状態を死と定義した殺人が、これで完成する。

 

 

だが、フランメはこれでフルーフを殺せるなどとは考えていなかった。

故に最後の保険。例え肉体が滅んでも、魂は永久だ。

 

 

滅んだ後も未来永劫死に続ける、それがこの魔法の最も残酷な所であり、許されてはならない部分でもあった。

 

 

フルーフの意識を永遠に沈め込み、思考を叩き潰し、殺し続ける。

最後の最後に残された、せめてもの慰め、それが保険の正体であった。

 

 

二人は魔族と人類でありながら、この魔法に対する意見が一致していた。

許されざる魔法。いかにゼーリエが内容を把握していなかったとしても、フルーフに行使していい理由は何一つ無かった。

 

 

「フリーレン」

 

ソリテールは拳を握った左手をフリーレンへと掲げる。

 

「……お前とそんなことする仲じゃないと思うけど。リーニエとでもやってなよ」

 

「オイサーストに帰ったら探知されるわ。私は森で潜伏する。人間にとっては大事でしょ、こういうのは」

 

「はぁ~……」

 

 

フリーレンはシュタルクとザインがやっていたような動きを真似る。

ソリテールと同じように、拳を握った腕を掲げる。

 

 

「ふふ……よろしく、私の友達」

 

「違うけど」

 

 

ゴツ、と腕同士で打ち合わせる。

乾いた音が、燃え残った森のざわめきへ吸い込まれて消えた。

 

 

ソリテールとフリーレンはそれ以降何も言わず、それぞれが別方向へと向かって翔んでいった。

 

 












ふるーふ「ここをーこうすれば、術式が魂に作用します」
あうら「わかりみ」
ふらんめ「ふかい」

ぜーりえ「わからん」
ふりーれん「なるほど、わからん」

ふるーふ「さらに、こうすれば蘇生します」
全員「なるほど、いみふめい」
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