ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。 作:ごすろじ
サクサク進んでいきます。
――北側諸国、零落の王墓。
第二次試験の会場となる迷宮前には、第一次試験を突破した十五名の魔法使いが集まっていた。
朝の冷気が古い石造りの入口から流れ出し、受験者達のローブを揺らしている。
正面に立つのは、一級魔法使いゼンゼ。地面へ届くほど長い薄い淡色の髪を風になびかせ、集まった者たちを静かに見渡していた。
本来なら、ここにはあと二名いるはずだった。
フルーフとソリテール。
フルーフがゼーリエに捕らえられたことは、既にゼンゼにも伝えられている。
そして、ソリテールが試験会場へ現れた場合の対処についても、ゼーリエから命令を受けていた。
だが、ゼンゼは来ないと踏んでいた。
大魔法使いゼーリエと対面し、片腕まで失った魔族が、なお大陸魔法協会の試験へ姿を現すとは思えなかった。
何より、零落の王墓には侵入者の複製体を生み出す性質がある。
ソリテールが迷宮へ入れば、彼女と同等の複製体が生まれてしまうだろう。
流石に受験者相手へ、技量も実力もフルスペックの大魔族をけしかけるような真似には、ゼンゼとしても抵抗があった。
個人的にも、できれば来てほしくないのが本音だ。
「それでは、第二次試験の詳細を説明する」
ゼンゼの声に、受験者達の意識が集まる。
「第二次試験は迷宮攻略だ。君たちには、この零落の王墓を攻略してもらう」
空気が僅かに張り詰めた。
零落の王墓。
これまで数多くの冒険者や魔法使いを呑み込み、その最深部へ誰一人として到達していない未踏破迷宮。
帰還者すら少なく、北側諸国では悪名の方が広く知られている場所だ。
それでも、露骨に怯える受験者はいなかった。
第一次試験の時点で、参加者同士の殺し合いすら想定されていた。
死人が出る可能性など、最初から全員が承知している。
「私は平和主義者でね。争いは好まない」
ゼンゼは淡々と続ける。
「よって、迷宮の最深部へ辿り着いた者は全員合格とする」
「一つ、よろしいですか?」
メトーデが軽く手を挙げた。
「最深部へ到達したことは、どのように証明すればよいのでしょうか」
「証明する必要はない。私も君たちと共に最深部まで潜る」
ゼンゼの髪が僅かに揺れる。
「無論、試験官として同行するだけだ。受験者へ手を貸すつもりはない」
「承知しました」
メトーデは納得したように頷き、口を閉じた。
続いてゼンゼの長い髪が幾つにも枝分かれし、受験者一人一人の前へ小瓶を運ぶ。
瓶の中には、丸みを帯びた小さな人形が入っていた。
「全員に、これを渡しておく。一級魔法使いレンネンが開発した、脱出用ゴーレムだ」
受験者達が小瓶を受け取る。
「瓶を割ればゴーレムが現れ、使用者を迷宮の外まで運び出す。ただし、使用した時点で不合格となる。負傷などにより試験の継続が不可能だと判断した場合は、迷わず使え」
将来有望な魔法使いが無意味に死ぬことは、協会にとっても損失だ。
もっとも、そこまで危険な迷宮を試験会場に選んでおきながら、何が平和主義者だ――そう考えた者も一人や二人ではないだろう。
だが、誰も口には出さなかった。
「なお、この瓶は明日の夜明けと同時に自動で割れる。それが第二次試験の期限だ」
そこまで説明を終え、ゼンゼは一度息を置く。
どうやら試験の説明はこれで終了したらしい。受験者達も各々気合を入れ直し表情を引き締める。
「それでは、第二次試験を開始――「ごめんなさい。遅れたわ」
試験開始の宣言へ、甘く柔らかな声が重なった。
ゼンゼの表情が固まる。
頭上から翡翠色の髪が舞い降りた。
長い髪を揺らし、朗らかな微笑みを浮かべる少女――ソリテールが、何事もなかったかのように地面へ降り立つ。
周囲の魔法使いたちが、無意識に距離を取った。
右腕は、肘より上から失われている。
空になった袖が朝風に揺れていた。
それでも姿勢に乱れはなく、纏う気配にも弱々しさはない。
「開始時刻には、まだ間に合っているでしょう?」
ソリテールはゼンゼを見つめ、小首を傾げる。
「まさか、試験官より後に来たというだけで……不合格にはしないと信じているわ」
ゼンゼは数秒、無言で彼女を見返した。
第一次試験を突破した事実は、試験官であるゲナウも認めている。
開始時刻にも間に合っており、参加資格を剥奪する理由はない。
「……本気か?片腕を失っているようだが」
その一言だけで、ゼンゼがソリテールの事情を把握していることは十分に伝わった。
これで尻尾を巻いて逃げるなら、それで終わりだ。ゼンゼも、それ以上何かをするつもりはない。
「私はただ、試験を受けに来ただけ。当然、片腕が無いなりに試験は本気で受けるわ」
だが、ソリテールは何でもないことのように平然と返す。
どうやら、引く気は毛頭ないらしい。
「そうか」
ゼンゼは短く答え、それ以上を追及しなかった。
その時、ソリテールが先ほど受験者達へ配られた小瓶へ視線を向ける。
「それ、私にもくれないの?」
「お前に要るのか――ここから脱出するためのゴーレムなど」
ゼンゼの問いに、ソリテールは少しだけ考えるように目を細めた。
「……そうね」
やがて、微笑む。
「なら、自己責任ということで受け取りは拒否しておくわ。最深部まで進む以外に、選択肢なんてないのだから」
「……わかった」
ゼンゼは、全員を見渡す。
「それでは、試験開始だ」
◇◇◇
試験開始の宣言と同時に、受験者達は各々動き始めた。
第一次試験で行動を共にした者と再び組む者。
単独で迷宮へ踏み込む者。その場で即席の協力関係を築く者。
ソリテールは左手を背へ回し、デンケンとヴィアベルから一定の距離を保ったまま、靴底で軽く拍子を取った。
同時に、背へ回した指が短く動く。
ゼーリエの襲撃、フルーフの誘拐。
第二次試験の突破を最優先。
会話と接触は最小限。
軍属経験を持つ者なら、それだけで意味を読み取れる。
ゼンゼの視線が一度だけこちらへ向いた。
ソリテールは、上機嫌に足で拍子を取っているだけの少女を装い、笑みを崩さない。
デンケンは無反応を貫いた。
だが杖の石突きを一度だけ地面へ当てる。
ーー了承。
ヴィアベルも顎を掻くふりをして、二本の指を一度だけ曲げた。
ーー状況を見て判断する。
「なぁ、シャルフ」
ヴィアベルは何事もなかったように仲間へ声をかける。
「俺たちは今回も『協力して進むぞ』」
「『それがいいだろう』。北を守るためにも、試験は確実に突破すべきだ」
「ちょっと待って。私も一緒に行くんだから」
エーレが二人の後を早足で追い、三人は迷宮へ入っていった。
その背を一瞥した後、デンケンも仲間へ向き直る。
「『儂は協力する利点に気づけん馬鹿ではない』。リヒター、ラオフェン。これも何かの縁だ。今回も共に行くぞ」
そこへメトーデとレンゲも加わり、五人で迷宮攻略の方針を話し始める。
セリフ回しに若干の態とらしさは無くもないが、ソリテールはそれ以上彼らへ近づかなかった。
次に向かったのは、白髪と紫髪の二人組だった。
「初めまして」
ソリテールは穏やかに微笑む。
「私はソリテール。二人組のようだけれど、迷宮攻略の間だけ同行させてもらえないかしら」
フリーレンは、よりにもよってこちらへ来るのか、と言いたげな顔をした。
フェルンは事前に軽く説明を受けていたのか、話しを合わせるように会釈する。
「……私はフリーレン。同行は勝手にすれば」
「……フェルンです。よろしくお願いします、ソリテール様」
「ええ。よろしくね、フリーレン、フェルン」
三人は互いに初対面らしい言葉を交わす。
表面上は、試験突破のために組まれた即席パーティーにしか見えない。
フリーレンの態度も、単に他人へ無関心なエルフと言われればそれまでだ。
それを見て、ゼンゼが近づいてくる。
「では、私は君たちに同行しよう」
フリーレンが僅かに眉を寄せた。
「どうして?」
「最も安全に最深部へ辿り着けそうだからだ」
「邪魔だけはしないでよね」
「そのつもりだ」
こうしてフリーレン、フェルン、ソリテールの三人に、試験官であるゼンゼが同行することとなった。
◇◇◇
零落の王墓の内部は、悪名から想像するほど荒れてはいなかった。
壁も床も淡い土色で統一され、崩落や水染みはほとんど見当たらない。
角の丸い柱や均質な床面は、小綺麗な土造りの遺跡を思わせる。
靴底が床を打つたび、乾いた足音が直線的な通路の奥へ走り、僅かな時間差を伴って戻ってきた。
湿り気も、黴の臭いもない。
ただ、長い年月を閉じ込めてきたような乾いた石の気配だけが残っている。
先頭を歩くのはフリーレンだった。
迷宮探索の経験が最も豊富な彼女が道を選び、ソリテールがその隣へ並ぶ。
後方では、フェルンが魔法で地図を作り、さらに後ろをゼンゼが歩いていた。
「ここが一番安全なルートだよ。マッピングしながら慎重に進もうか」
数歩先で、フリーレンがソリテールの足元へ視線を落とした。
「あ、そこ――」
「ええ。分かっているわ」
ソリテールは言葉を待たず、床に仕掛けられた罠を跨いだ。
後ろから来るフェルンへ、フリーレンが同じ罠を指差す。
「フェルン、そこに罠があるから気をつけて」
「分かりました」
フェルンは指摘されて初めて気づいたように、慎重に罠を避ける。
それ以降も、フリーレンとソリテールは不自然なほど罠を正確に見抜いていった。
壁際だけを歩き、急に通路の中心へ戻る。
床へ触れずに浮いて進む。壁の装飾へ魔力を流し、反応を確かめる。
互いに一言も相談していないのに、時折まったく同じ動きをする。
後ろから眺めていたフェルンが口を開いた。
「迷宮に詳しいんですね」
「「「昔は、そうでもなかっ――」」
二人とも全く同じ切り返し方。
フリーレンが口を閉ざし、微妙な顔でソリテールを見る。
「私に聞いたんだよ」
「果たして、そうなのかしら?」
「いえ。お二人にお聞きしました」
フェルンは、謎に息の合っている師匠二人に呆れ顔を向ける。
暫くの間、妙な沈黙が続くが、フリーレンが先に切り出した。
「ヒンメルが迷宮好きだったからさ――」
それからフリーレンは、かつて勇者一行で幾つもの迷宮へ潜った話を始めた。
分岐路を見つけるたびに、ハズレの道へ進み、マッピングを埋めることに胸を躍らせていた勇者。
探索が長引けばハイターが酒を切らして文句を言い、アイゼンが壁を掘って別の通路を作り、最終的には予定の倍以上の時間をかけて攻略したことなど。
「わくわくするんだってさ。意味が分からないよね」
言葉の割に、フリーレンの口元は僅かに上がっていた。
ソリテールは相槌を打ちながら静かに聞いている。
やがてソリテールも自分の話を始める。
「私、結婚しているの。大陸中を旅していて、よく目についた遺跡や迷宮に潜っていたわ」
ソリテールの一言で全員の脳裏に、やたら美人の癖にアホのようなダブルピースをしている白髪の女が浮かぶ。
全員が初対面ぶっているというのに、思考はフルーフだな、と完全に一致する。
「私の場合、冒険を楽しむためではないけれど」
「なら何のため?」
「人類文明の研究。その一環。古い魔導書や術式、失われた生活様式を集めていたの。冒険者というより、考古学者に近いかもしれないわね」
「ふーん、そう。まぁ、お宝発掘自体は楽しいのはわかるよ」
フリーレンは前を向いたまま頷く。
ゼンゼの手前、適当に話題を合わせ進み続ける。
通路の先には壁があり、どうやら道を間違えたらしい。
土造りの壁が、正面を完全に塞いでいる。
だが、その壁際には、一つの宝箱がぽつんと置かれていた。
「……」
フリーレンの足取りが変わった。
先ほどまでの慎重さが嘘のように、トテトテと軽快な足音を立てながら宝箱へ駆け寄る。
「フリーレン様、待ってください」
フェルンもすぐ後を追い、宝箱へ魔法を使った。
「『
淡い光が宝箱を包む。
「ミミックです」
「フェルン」
フリーレンは真剣な表情で宝箱を見つめる。
「その魔法の精度は99%だよ」
「それがどうかしたんですか?」
「残る一%を見破った偉大な魔法使いたちがいたからこそ、歴史的な発見が生まれたんだ」
フェルンの目が据わった。
壮大なことを言っているが、99%私欲に違いない。
「待って、フリーレン」
ソリテールが宝箱へ近づく。
「先に攻撃してみれば分かるわ」
「中身が魔導書だったら傷物になるでしょ」
「だから、中身を傷つけないように丁寧に、手早く調べるの」
宝箱の頭上に、細剣が一振り現れる。
ソリテールが指を鳴らすのを合図に、空中で固定された剣が、凄まじい速度で右回転を始めた。
残像が円形に繋がり、風が巻き上がる。
剣先が宝箱の蓋へ触れた。
ギュルルルルルッ――。
耳障りな摩擦音が通路へ響く。
木片とも石片ともつかない破片が飛び散り、蓋の中央へ少しずつ穴が穿たれていく。
「……丁寧?」
フェルンが半眼になる。
ソリテールは微笑んだまま、回転する剣を数センチずつ沈めていく。
宝箱がカタカタと震えた。
やがて耐えきれなくなったように蓋が跳ね上がり、内側から巨大な口と無数の牙が露わになる。
そのタイミングで、剣が一気にミミックの胴体を床まで貫いた。
絶命を知らせるように短い痙攣。ミミックは黒い粒子となって消えていく。
ソリテールは回転を止め、何事もなかったように振り返った。
「ね。簡単でしょう?」
フリーレンは深々と溜息を吐いた。
「ロマンがない。やっぱり、お前は駄目だ。組むんじゃなかった」
「毎回食べられているフリーレン様より、まだ合理的だと思います。そもそも判定に従って無視するべきなんです」
判別、というよりも、最早ミミックに対する拷問としか思えない所業にフェルンは、まぁ、いい方法なんじゃないですか、と賛同気味。
フリーレンは、やれやれと大げさなジェスチャーで露骨に落胆する。
ロマンの分からないやつ、とソリテールをこき下ろした。
ソリテールは二人に振り返ると、少しだけ真剣な表情になる。
「分かってほしいの、フリーレン。私はこの第二次試験を必ず突破したい、これ以上遊んでいる暇はないわ」
「はいはい。分かってるよ」
ソリテールの目には終始遊びの色は無い。
無論フリーレンにも最初からそんなものは無いが、ソリテールとはその度合いが大きく違うだろう。
文字通り、常時命を張ってここにいるのがソリテールだ。
「本当はもっと探索したいけど、未踏破の迷宮だからね。何か起こる前に最深部を目指そう」
「理解に感謝するわ。ここからは体力と魔力を温存し、戦闘も最小限に抑えましょう」
フェルンも多くは語らず、コクリとただ深く頷いた。
「分かりました。最短で最深部を目指します。フリーレン様、いつものような寄り道は控えてくださいね」
「……こんな時にまでしないよ」
「信用できません」
「フェルンは私を何だと思ってるの?」
会話を聞きながら、ゼンゼは三人の関係を観察していた。
妙に息が合う瞬間はある。
だが互いの距離感は歪で、馴れ合う様子もない。
フェルンとフリーレンの間には、長く行動を共にしてきた者特有の距離感がある。
対してソリテールとの間にあるのは、即席の協力関係らしい不安定さだ。
少なくとも、親密な仲間には見えない。
ゼンゼは後方から三人を眺めていた。
職務として情報収集を続けているが、今のところ特筆すべきことは起きていなかった。
先ず最奥まで辿り着かねば何も始まらない、ゼンゼは後方からその行く末を見守り続ける。
ソリテールはミミックに突き刺さった剣を抜き取り、土造りの壁を剣の腹で軽く叩いた。
カァン――。
澄んだ金属音が、均質な壁を伝っていく。
右の通路からは短く、左奥からは低く長く、複数の反響が僅かな時間差を伴って戻ってきた。
ソリテールは目を閉じる。
耳へ届く反響と、剣の柄を介して左手へ伝わる震え。
その僅かな違いから、階層の空洞と通路の広さを読み取っていく。
「大体分かったわ」
「今、何をしたんですか?」
フェルンが尋ねる。
「振動や衝撃に詳しい戦士の知り合いがいるの。遺跡を巡っていた頃、よくこうやって調べてもらっていたわ。私も触りだけ教わったの」
二人の脳裏に、リンゴを喉へ詰まらせながら、ソリテールの無茶振りに冷や汗を流す桃色髪の魔族が浮かんだ。
――教えるの、苦労したんだろうな……。
フェルンはそう思ったが、同情はしなかった。
勝手に「嫁」やら、子供を産んで農園へ永住しろと迫ってくる相手だ。少しくらい苦労すればいい。
「私だって、それくらい出来るよ。迷宮攻略では無粋だからやらないだけで」
フリーレンが張り合うように壁へ手を向ける。
が、直ぐに腕を引っ張られ止められる。
「フリーレン様。魔力の消費は抑えると決めたばかりです」
妙に張り合おうとするフリーレンを諌め、フェルンは壁を剣で小突くソリテールの後を付いていった。
◇◇◇
それから三人は、寄り道を一切せず迷宮の奥を目指した。
道中、複数のガーゴイルが進路を塞いだが、魔法界でも上澄みに位置する三人を止めるには、あまりにも力不足だった。
石像が動いた瞬間、フェルンの魔法が両腕を撃ち抜く。
同時にフリーレンが二体の脚を破壊し、ソリテールの剣が翼と首を切断する。
反撃へ移るより早く四肢を奪い、動きを封じ、通りすがりに頭部を完全に破壊する。
一行の足は、ほとんど止まらなかった。
ゼンゼはその後ろを歩きながら、三人の技量に改めて舌を巻く。
フリーレンとソリテールは言うまでもない。フェルンもまた、既に一級魔法使いに届き得る実力を備えている。
敵意を感知した瞬間の反応速度。魔力消費を抑えながら相手の行動を封じる判断能力。そして、確実に息の根を止める迷いのなさ。
特にフェルンには、年齢にそぐわぬ冷徹さがあった。
やがて一行は、長い直線通路へ足を踏み入れる。
その瞬間、前方から無数の閃光が飛来した。
フリーレンたちは即座に防御魔法を展開する。
青白い閃光が障壁へ衝突し、白い火花となって散った。
直後、背後からも魔法が降り注ぐ。
光の矢、光球、刺突。
壁や床を破壊しながら、逃げ場を奪うように迫ってくる。
「挟まれましたね」
フェルンが二人の背後をカバーするように、杖を後方へと向け、魔法で魔法を相殺する。
前方の長い通路の奥。
そこに立っていたのは、土色の身体を持つフェルンだった。
魔力の質、いで立ちも含めて本人となんら違いはない。
あるとすれば、躊躇せずこちらを殺しに来ていることくらいだろう。
「幻影、とは違う。……少し厄介ね。幻影鬼のような魔物でもいるのかしら」
「ただの複製でしょ。問題あるなら代わってあげるけど」
「いえ、ないわ」
まるで一人でやれるでしょ、と言わんばかりのフリーレンの言葉に、ソリテールは杖でもある大剣を取り出す。
ソリテールはフリーレンに協力を願うことはない。
厄介ではあるが、あくまでガーゴイルと比べてほんの数秒、多めに手間を要するだけだ。
複製体がもう一つの杖へと持ち替える気配はない。
ソリテールとしては、自身の脳の一部が入った杖に持ち替えてくれれば、簡単に自滅させることが出来たが、流石にそう簡単にはいかないようだ。
その後方ではフェルンが杖を構え、防御と一般攻撃魔法で飛び交う魔法と刺突のようなものをいなしていく。
だが、ソリテールは振り返ることなく、杖へと魔力を流す。
大剣に微かな紫電が走り稼働。刀身に絡みつく赤黒い管が、心臓のように脈打っている。
それは剣であり、同時に杖でもある。
特性は、並列思考とイメージの補完。
術式の構築と計算を担う頭頂葉。魔法のイメージを絶対的な創造へと引き上げる側頭葉。
ソリテール自身の脳部位を無数に複製し、それらを魔力で重ね、連結した処理システム。
並列で処理できる魔法の数は、三桁を超える――それこそが、この杖の真骨頂だった。
『
『
『
『
『
『
甲高い音が通路を走った。
床、壁、天井へ衝突した音が幾重にも反響し、僅かな時間差を伴って戻ってくる。
通路の長さ。複製体の位置。杖先の軌道。身体の内部を流れる魔力。
すべてが、立体的な像となって脳裏へ浮かび上がった。
『
『
『
『
『
『
『
『
『
『
ソリテールの側に、一本の剣が現れ、空中で固定された刃へと、複数の魔法が重なっていく。
空気が薄くなり、剣身が不自然に軋み、内側から崩れようとする力を無理やり押し留める。
この間僅か数秒。
フェルンの複製体が、杖を構え再度魔法を打ち込もうとする間に勝敗は決した。
剣が一瞬で消えて、土塊と入れかわる。
次の瞬間。複製体の内側から、遅延していた魔法が一斉に弾けた。
金属の軽い炸裂音。
内部で生じた風圧が、土の身体を一瞬で押し広げる。
剣が内側で砕け、不可視の斬撃が縦横無尽に走った。
土の肉体へ、無数の切断線が刻まれる。
散弾のように刃の破片が貫通し、一拍遅れて、複製体は細かな土砂となって崩れ落ちた。
飛び散った剣の破片も、十メートルほど進んだところで自壊し、黒い塵となって消えていく。
パラパラと砂と化した複製体を見上げ、ソリテールとフリーレンは背後で魔法を黙々とさばくフェルンへと振り返る。
「「フェルン、大丈夫?」」
またしても声が揃う。
フリーレンは苦虫を噛み潰したような顔をし、ソリテールの脛を蹴る。当人は痛がる素振りもなくクスクスと笑っていた。
フェルンは、絶賛激戦中だというのに、呑気なことをしている高齢師匠二人に振り返る。
「……先に行って下さい。私は少し時間が掛かると思いますが、後から行きます」
土煙が舞う奥には三体の複製体の影が見える。
特徴的なシルエットで誰の複製体なのかは一目でわかった。デンケン、メトーデ、ゼンゼだろう。
どれも一級クラスの魔法使いばかりだ。
数的不利を覆して撃墜するには、余程の策でもない限り不可能だろう。
「頼もしいね、フェルン。危なくなったら逃げて」
「頑張ってね、フェルン」
だというのに、二人は、軽い返事を返して先に進んでいく。
自身の複製体を相手にこの余裕、若干面白くないゼンゼだが、試験官の職務に忠実に行動する。
フェルンに背を向け、最深部へと続く階段を降り、二人へ着いていく。
最後に少しだけ振り返ると、フェルンは黒い杖へと持ち替えていた。
◇◇◇
残されたフェルンは、魔法を回避しつつ杖を収納し二本目のものに持ち替える。
チャポンと水の音が鳴り、黒鉄の杖が姿を現す。
「第一次試験の間に、受験者全員の魔力を解析しておいて正解でした」
三体の複製体が同時に魔法を放つ。
が、伸びしなる髪による刺突や斬撃、光の矢の雨、光弾を纏めて黒い閃光が消し飛ばす。
杖へと魔力を流し、バチリと電流が弾ける。
「これで、確実に――殺せます」
◇◇◇
――迷宮最下層。
フリーレン、ソリテール、ゼンゼの三人は、さらに迷宮の奥へ進み続けた。
幾つもの階段と通路を抜け、罠を処理し、やがて広い空間へ辿り着く。
先へ続く道は、一つだけだった。
正面にある、巨大な木製の扉の前には、先に到着していた受験者達が座り込んでいた。
デンケン、リヒター、ラオフェン、メトーデ。
誰もが多少の疲労を抱えているが、行動不能になるほどではない。
フリーレンが近づいていく。
「どうしたの?こんな所に集まって」
デンケンが立ち上がり、扉へ視線を向けた。
「構造的に、この先の広間を越えれば、迷宮の最深部だ」
「それで?」
リヒターが座ったまま、疲れたように鼻で笑う。
「なんだ。本物が来たか」
「どういうこと?」
「見れば分かる」
リヒターは立ち上がり、巨大な扉を僅かに押し開いた。
古い蝶番が、ギィ……と長い音を立てる。
その隙間から、広間の様子が見えた。
かなりの広さがあり、舞踏会の会場を思わせる空間。
最奥には、豪華な装飾を施された堅牢な扉がある。
そして、その扉を守るように二つの人影が並んでいた。
一人は、杖を構えたエルフ。
もう一人は、左手に大剣を携え、周囲に無数の剣を浮かべる少女。
フリーレンとソリテール。
二人の複製体だった。
「成る程」
ソリテールは興味深そうに目を細め、フリーレンの口元には明確な笑みが浮かんだ。