人が怒りを覚えるのは、どんな時だろうか?
一般には、期待通りに物事が進まなかった時だとされている。
「予算内で買い物するぐらい、してくれるだろう」「余計な物を買ってきたりはしないだろう」
もしウェンディがこのような期待をしていた場合、彼女は怒髪天を衝き、スカリエッティの頭部はスイカのごとく真っ赤にスプラッシュしていたはずだ。
だが、そうはならなかった。*1
あーしょうがないッスねー、ドクターにお使いは難易度が高いッスよねー、駄目ッスよ予算を考えないと、と軽く叱られたのみ。
これは、ウェンディがスカリエッティに対して、雀の涙ほどの期待も抱いていなかったのだと考えられる。
「馬鹿な……いったいなぜ?」
わからないことは、考える。
本当は聞いた方が早いのだが、スカリエッティは自分で勝手に答えを出すのが大好きだった。
そのほうが面白いので。
そんなわけで。スカリエッティは自分の胸に手を置いて、過去を振り返ってみたわけである。
待つこと、しばし。
生命の
スカリエッティの明晰な頭脳は、完璧な回答を出すことに成功した。
「まぁ当然の結果だな」
考えてみれば、スカリエッティが素直に頼み事を聞いたことなど、一度も無かった。
◇◇◇
夕暮れ差し込む安アパートにて。
スカリエッティは、少し早めの風呂に入った。
別に深い意味はなく、ただ単にカレーが出来るまで時間があるので、先に風呂に入っただけである。
けっして、ひよこ人形を早く試してみようと思ったわけでは無い。
「うむ」
湯船にひよこ人形を浮かべたスカリエッティは、全裸で仁王立ちしたまま、満足げに頷いた。
お湯の温度は41度。完璧な仕事だ。
自分は何をしているのだろうと冷静になる部分がないでも無かったが、これがひよこ人形の正しい使い方なのだから、仕方が無い。
ひよこ人形を見つめたまま、しばし待つ。
まだ色が変わらない。
どうやら、時間が掛かるらしい。
待っている間、スカリエッティは湯船につかってゆっくりと過ごした。
彼にとって、湯船に浸かるという文化はあまりなじみが無かった。が、せっかく異なる文化圏に来たのだからとばかりに、彼は銭湯にも温泉にも通い詰めている。
アパートの湯船は、けっして広くない。
というか、狭い。ぼろアパートの古い風呂である。足を伸ばすことも出来ない。
だが、それはそれでいい。一人でゆっくり考え事をするには向いている。
スカリエッティは三角座りの姿勢で、ひよこ人形を見つめた。
色は、まだ変わらない。
ただ待つだけというのも暇なので、スカリエッティはぼんやりと考えた。
思うこと…… *2
○:ヴォルデモートのこと
△:カレーのこと
□:FGOのガチャのこと
○:ヴォルデモートのこと
△:カレーのこと
□:FGOのガチャのこと < ピコーン
今日は、キャスターギルガメッシュのピックアップガチャがあった。
手に入れると、キャラシナリオなどを読むこともできる。
ギルガメッシュは、古代ウルクを治めたといわれている賢王である。
スカリエッティは思った。かつて賢王と呼ばれた存在を現代に召喚したとして、この世のことをどう思うだろうか? はたして古代の賢王は、現代においても賢王たりえるのか?
スカリエッティとしては、FGOの制作者が考えた答え(シナリオ)を知りたかった。
だが、引き当てる事はできなかった。
いかに道徳心がゴミカス以下のスカリエッティといえど、部下にバイトさせた金でガチャを引くのは
無料40連にすべてを掛けたが、来たのはナーサリー・ライムのみ。
金色カードの星4キャスターが来て期待が最高潮に達したところで、まさかのすり抜け。
その瞬間、スカリエッティは「キエエエエエエエ!」と叫んでしまった。
人は、期待通りに物事が進まなかった時に怒りを覚えるのである。
スカリエッティはそのことを、身をもって体感した。ガチャ is 悪い文明。
「ふぅ……少し湯あたりしたかな?」
風呂に入っている間は、水圧により頭部に血が巡りやすくなる。
そのため、体調を崩すこともあるのだ。
決して、怒りを覚えているわけではない。
「外れたのは残念だが。そもそも創作物で満足するなど、私らしくないか? やはり、実際に試してみるのが一番だ」
スカリエッティは考えた。
太古の時代。かつて偉大と呼ばれた王を、現代に蘇らせる。
果たして、そのようなことが可能なのだろうか?
可能である。
条件は限定されるが、スカリエッティの持つ技術を駆使すれば、不可能とは言えない。
そも、スカリエッティ自身が復活者である。
自分の因子を後世に残すだけの技術を持つ文明であれば、その文明の頂点たる存在の因子を残していてもおかしくない。
更に、それだけの技術を持つ文明であれば、長きに渡って朽ち果てぬ建造物を造ることも容易だ。
その時代の遺跡を発掘できれば、王の因子を発掘できる可能性は高いと言えた。
そう、例えば……
「ある。あるじゃないか! 聖王のゆりかごが!」
スカリエッティは、勢いよく立ち上がった。お湯が勢いよく跳ね、周囲をぬらす。
心なしか、股間の象さんもスタンダップした気がした。
聖王のゆりかご。
世界を滅ぼすとまで言われた、古代ベルカ時代の超巨大戦艦。
かつて聖王と呼ばれた者が、その生涯を過ごしたとされている船だ。
聖王が外に出なかった理由は定かではないが、まさか引きこもりというわけでもあるまい。ゆりかご内が、最も信頼できる場所だったからと考えるのが正しいだろう。
であるならば。因子の安全な保管場所。その一つとして、ゆりかご内も選ばれるのではないか?
更に言えば。聖王のゆりかごは、誰が持っているかまでわかっていた。
時空管理局だ。彼らは遺跡から発掘されたそれを、素知らぬ顔で隠し持っている。
「いいぞ、すべてのピースが揃っている! 聖王を復活させよう!」
後世の歴史家いわく。
ジェイル・スカリエッティが聖王を復活させ時空管理局に反旗を翻した理由は、まったくの謎とされている。
しばし不気味に笑っていたスカリエッティだったが、寒気を感じたため、湯に浸かり直した。
自覚は無かったが、かなりの時間にわたってほくそ笑んでいたらしい。
きっと顔芸を披露していたことだろう。考え事をすると面白い顔になってしまうため、スカリエッティは銭湯や温泉よりも一人の風呂を好んだ。
そういえば、ひよこ人形はどうなったのか?
そう思い目を落とすと、ひよこの色が黄色からピンクへと、徐々に変わっている最中だった。
「なぜピンク色に……?」
色のチョイスは謎だったが、そもそも色が変わる意味自体もわからなかったため、考えるのは後回しにした。
まずは、お湯にぷかぷか浮いているひよこ人形を見つめてみる。
こうしていると、心が安らぐ気がした。
溜息をつく。
一度冷えた体が、再び暖まってきた。
聖王を復活させるという良い考えが浮かんだこともあり、気分が高揚している。
プレシア・テスタロッサから「研究は進んだの?」というメッセージがスパムメールのごとく押し寄せてくる事すら、今なら許せた。
何度ブロックしても、新しいアカウントを作ってメッセージを送ってくるなんて、考えてみれば微笑ましい。
次元の狭間を彷徨っているはずなのに、ずいぶんと余裕のある事だ。
「風呂でぼーっと、どうでもいい物体を見つめ続ける……天井を仰いでいるより、気分が安定するかもしれない」
ひよこ人形を風呂に浮かべて、なんの意味があるのかと思っていたが。
なるほど、意味はあったわけだ。
こうして徐々に色が変わっていくさまを、無為に見つめる。そんな時間もあっていい。そう思えた。
スカリエッティは、新たな知見を得た。
彼にとってそれは、
スカリエッティの心が満たされるのは、今まで知らなかったことを理解出来た時のみ。
空虚だった彼の心の一端が、ほんの少しだけ満たされた。
「しかし、このひよこを見ていると、何かを思い出せそうな気がする。なんだったか? ひよこ……ピンク……」
つぶらな瞳。
まぬけな表情。
ピンク色のまんまるボディ。
スカリエッティの脳裏に、チラリとよぎる過去の映像。
「そう、か。古いテレビ番組で見たことがある。これは、カラーひよこか」
たしか、祭りの屋台で売っているのだったか?
なるほど。ひよこの色が変わる意味がわからなかったが、古来からの祭りに登場する事実を考えると、この国の文化に関わる事だったのかもしれない。
それなら納得だと、スカリエッティは思った。
人だって、古来から肌に化粧をしている。
魔除けの化粧。あれは、虫や細菌から身を守るための行為だ。
当時の人々は理屈など理解していなかったかもしれないが、それでも経験則として効果を実感していたからこそ、次の世代へと継承されていき、文化となった。
生きるために必要な行為の積み重ね。人類の知恵の結晶。それが文化なのである。
であるならば、ひよこに色を塗るのも、なんらかの意味があるのだろう。
そう、例えば……例えば、何か意味が……
体毛の保護……?
むしろ体毛にダメージを与えているように思える。
保護色……?
ピンク一色の環境など、思いつかない。
ひよこに色を塗る意味……?
それは一体?
いくら考えても、わからなかった。
「なぜ、ひよこに色を塗るのだ?」
スカリエッティの心の隙間が、また少し広がった。
くぅ疲これにて完。