病んでる男と重い女   作:隣の家に晩飯凸する止まらないゴルシ

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続ける気があったら続けます。
内容ありそうに見えてぺらっぺらだぜ…


前編

―――なぁ、指揮官。貴方は私を愛してくれるか? 私を縛り付けて、絡めとって、私の事だけを見てくれるか?

 

 闇。

 

 暗闇。

 

 深い、深い、溺れてしまいそうなほど暗くて、深くて、そして冷たい。

 

 そこに温かさなどなく、あるのはただ血と硝煙にまみれた狂戦士だけである。

 

 故に彼は征くのだ。己の業から目を背け、先へ征くために。

 

 

 

 

 重い瞼が開かれる。からからの喉に不快感を感じて、上体を起こそうとし、違和感を感じた。左腕に重みを感じる。

 

 つい、とそちらを覗く。そこには可愛らしい、愛おしい恋人が寝ていた。

 

「M16、起きてくれ―――そろそろ腕に血が回らなくなる」

「ん、ん? あぁ―――お早う、指揮官。済まないな、腕枕なんて」

「いや、いいさ。とりあえず服を着て朝食にしよう」

 

 ああ、愛おしい。彼はそう思う。彼女の髪が、指先が、肌が、瞳が、つま先に至るまでの全てが愛おしい。狂ってしまう程に、愛おしいのだ。

 

 ふと、彼女の髪を触りながら考える。

 

 そういえば、彼女とこんな関係になったのはいつからだろう。

 

 たぶん、あの日からだ。あの雨が降る夜から多分、いやきっと私は彼女に魅入られたのだ。

 

 

 

 午後十時。深夜とはまだ言えない時間帯に、指揮官は終わらぬ仕事との睨めっこに興じていた。

 

 先日の大規模作戦により生じた弾薬費の計算、および不足分の予算の捻出である。すぐ隣のS08地区から支援してもらった弾薬なので、それ相応のお返しをせねばならないが、いかんせんそれに回す予算の捻出に苦労していた。お陰で彼は愛する恋人にここ数ヶ月会えていなかった。

 

 大規模作戦は一応の成功を収め、人類の居住権を拡大するに至ったが、代償として各地区指揮官の仕事が増大するという、悲しい厄災を撒き散らしてもいた。

 

「やあ指揮官。まだ仕事してるのか? そろそろ終わったらどうだ」

「君が飲みたいだけだろう。それに、こういうのはさっさとやるに限る」

 

 ノックも無しに執務室に入って来た彼女───M16は、手に持ったジャックダニエルを隠さず、悪びれている様子もなく微笑を浮かべた。

 

「───だが、そろそろ休憩も入れるかな」

「おっ! そうこなくっちゃ───」

「勤務を辞めるわけじゃ無いぞ」

 

 歓喜の笑顔を浮かべたかと思えば、途端に落胆した表情をするM16をよそに、コーヒーを淹れようと席を立つ。すると、制服のポケットから振動がした。携帯のバイブレーションだ。

 

 何なのか、と通知画面を確認する。そこには、恋人から送られて来た短い文章があった。

 

 別れて下さい。さようなら。

 

 全身から冷や汗が出てくるのを彼は感じた。この時、彼の恋人は別の男に跨っているのだが、この時の彼が知る由はない。過呼吸になりそうなのを必死に抑え、どうにか平静を保つ。

 

「…………………」

「指揮官? どうした? 顔色が悪いぞ」

 

 彼は、何も答えなかった。何も喋らず、どさりと椅子に体重を任せると、それきり口を半開いたまま宙を見ていた。

 

「おい、指揮官聞いてるのか?」

 

 M16の問いかけに彼は答えない。彼の脳内は情報の混乱が激しく、その一切の役目を放棄していた。

 

 結局、彼はそこから何があったのかは覚えておらず、次に目を覚ました時にはもう朝だった。ベッドの上でシーツをかけられている点、恐らくM16か誰かが運んでくれたのだろう、後でお礼を言わねば、と彼は考えてから、どうして別れるのかを聞こうと、携帯を開いた。メッセージを送ろうとして、指が止まる。

 動画が送られて来ていた。ほんの十数秒の短い動画。その下には「アンタよりこの人の方がいい」というメッセージ。彼は、恐る恐るその動画を再生した。

 途端に、物凄い吐き気が彼を襲い、すぐさまトイレに駆けつけ、その便器に顔を埋めた。動画は、愛しかったはずの恋人が淫らに腰を振っている動画だった。

 

 

 

 一通り吐いて、頭の混乱を軽減する。ああ、今日は定期連絡の日だから、ヘリアンさんに連絡しなければ。そう思い立つまで彼はトイレにこもっていた。執務室にずるずると覚束ない足取りで歩いていく。椅子にどかりと座り込み、ちょうどタイミング良くヘリアンからの連絡通知が来た。

 

『指揮官───おい待て、どうした? 随分と顔色が悪いぞ』

「…………ぁ、その」

『いいから言ってみろ。どうした?』

 

 指揮官は、彼は洗いざらい上司にぶちまけた。客観的にただ事実を伝えただけだったが、それでも喋っている途中から涙がこぼれ落ちていた。事情を聞いたヘリアンは、PC画面の向こうで『ふむ』と呟くと、そのまま口を開いた。

 

『……一ヶ月休暇を取れ。先の作戦での過労ということにしておく。それと、病院に行って診てもらえ。お前の顔は鬱病患者のそれにそっくりだ』

 

 と言ってから、『ゆっくり休め。時間をかけてなんとか消化するんだ。お前ならできる』と励ましの言葉を言うと、それきりPC画面から光は発生しなくなった。

 とりあえず病院に行こう、と考えてしわくちゃのグリフィンの制服を着たまま、近くの街へ脚を運んだ。

 

 

 

 医者曰く、重度の鬱病との事であった。今まで溜め込んでいた疲労が合わさって、ほんの一夜でここまでになったそうだ。基地に戻ると、カリーナや数人の戦術人形が心配してくれたが、もう彼には何も聞こえていなかった。ただ彼は、それから執務室の隣にある自室から殆ど出てこなくなった。

 一日が経った。彼は出てこず、周りの戦術人形は何があったのかを考察する。一部馬鹿馬鹿しい意見も飛び交うが、大半は的外れな予想をしていた。

 二日が経った。まだ出てこない。こうなると周りの彼女達もいい加減心配になる。結果、彼女達は指揮官の自室に突撃した。そこで彼女達がみた彼は、本当にグリフィンの指揮官なのか、と見間違うほどにやつれた彼だった。

 ただM16だけが、それを後ろから眺めていた。

 

 

 

 二週間が経った。ただ飯を食い、吐き、寝るだけの指揮官をどうにかするために、M16は指揮官の自室の前に来ていた。「入るぞ」と一言言って、中に侵入する。そこには、シーツにくるまり、絶望に染まった目を浮かべてやつれている指揮官がいた。

 

「なぁ、指揮官」

 

 M16は独り言のように続ける。

 

「何があったかは何となく分かる。けれどさ、それを他人に話して、楽になることもあるんだ。どうか、私に話しちゃくれないか?」

 

 彼はぽつりとぽつりと語り始めた。恋人だった彼女との出会いから、何もかもを。M16はベッドの、彼の隣にに腰掛け、それを聞いた。

 

「あぁ、そうか、そうだよな。それは、辛かったよな。なぁ、今くらい、私の胸で泣いていいんだぜ?」

 

 彼は、ただその言葉のままにM16に抱きつき泣いた。声を上げて、大人らしくない声で泣いた。嗚咽を漏らし、涙を流し、ただ泣いた。

 

「なぁ、指揮官? 私はさ、その、指揮官が好きなんだ。愛してる。本当さ。なぁ、指揮官。貴方は私を愛してくれるか? 私を縛り付けて、絡めとって、私の事だけを見てくれるか?」

 

 それは、なんというかプロポーズじみた彼女の告白だった。彼の答えは一つしかなかった。、

 

「……そっか、ふふ。嬉しいよ、指揮官………なぁ、今日はちょっと一緒に寝ないか? 楽にしてやるよ」

 

 情熱的な一夜を過ごし、彼の心は少し楽になった。だが、同時にちょっとした罪悪感と少しの後悔もあった。M16と―――部下とそう言った関係を持つというのは背徳的で、何か情欲のようなものをそそられる気がしなくはなかったが、それは正しく次の悩みの種であった。ズルズルと背徳的なその関係を続けてはいけないのだから。

 

「おはよう、指揮官」

 

 柔らかな声を聞いて、後ろを見るとM16がいた。その顔は幸せそうだった。

 

「おはよう………M……16………」

「ちぇっ……つれないなぁ指揮官は。昨日はあんなに情熱的だったっていうのに、もう落ち込んだか?」

「いや、別に落ち込んではないと思う……ただ、自信が持てない。自分に」

 

 何だか話がおかしな方向に進もうとしているぞ。いけない。これはいけない。まだ、まだ彼女を己の心の奥深くに連れ込んではいけない。

 

「――――――何でだ?」

 

 その言葉は、この先の会話の路線を変えることができない、決定的な一言だった。

 

「───何も見えないんだ、私には。この先の戦いの果ても。人生の果ても。己の為すべきことも。何もかもが幻想のように、浮かんでは消えてゆく。私には、何も見えないんだよ、M16」

 

 それは、彼自身が持つ卑屈で下卑た思考であった。銃を持ち、戦場へ赴き、ただ嬉々として血を浴び続けた果てにある、孤独の虚無であった。

 

「私はたぶん、彼女に思っていた以上に依存していたんだと思う。ただ何かを殺すことに疲れて、誰かに見てほしくて―――それだけで、彼女に溺れていたんだ」

 

 彼はそう言うと、M16の目を見た。

 

「私に、君に溺れる資格はないんだ。16。私は、わたしはっ――――――」

 

 泣きじゃくりそうになる彼を、M16はただ優しく抱きしめた。

 

「いいんだ。私も、私だってそうなんだ、指揮官。もう、何も見えないんだよ、指揮官以外の何者も。だからさ、指揮官。どうか私に依存させてくれ。指揮官に依存して、それで指揮官も私に依存するんだ」

 

 ―――――誰だって、一人で生きてはいけないんだから。

 

 そう言った彼女の瞳は、歓びと、どろどろとした嫉妬の感情が見て取れた。

 

 

 

 

 

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