頭をカチ割るような痛みが奔って、彼を眠りから呼び覚ました。
何が起こったのかは、彼自身詳しくは覚えていない。だが、意識の途切れる直前、激しい爆音と衝撃に襲われたから、たぶんというよりも、確実に敵襲を受けたのだ。
状況が分からない―――何が起こったのかを、把握しなければ。
そう思って体を起こし、壁面でけたたましいコール音を鳴り響かせている非常電話を手に取った。
『―――指揮官! ご無事ですか!?』
相手はM4A1だった―――彼女とM16との関係性は言うまでもないだろう―――彼女は、切羽詰まった様子で慌ただしく説明を始めた。
曰く、鉄血の大部隊が侵攻を始めたのだと。
「なんとか無事だ―――頭はぶつけてしまったがな。即応部隊の展開率はどうだ?」
『はい―――ええと、六割方は展開しました! 残りは敵の遅滞によって展開が遅れているか、現在展開を始めています!』
「分かった、管制室はどうなっているか。施設の損壊率も全部報告しろ」
『管制室は最初の準備砲撃で完全に沈黙しました。有人ではありませんし、丁度戦術人形も居なかったので人的被害はありません! サーバールームは生き残ってます!』
「……私はこれからサーバールームで指揮を執る。恐らく奴さんらは電子戦も始めているはずだ―――電子戦は私が担当するから、AR小隊はそのまま遊撃だ、展開中の部隊を見つけたら根こそぎ連れていけ、ただし三個小隊分までだ!」
『了解です! ご武運を!』
「それは君らが言われるべきだな」
力任せに受話器を叩きつけると、地下のサーバールームへと足を速めた。
敵が強襲作戦を行うのは珍しくない。だが、ここまでの大規模侵攻は、事前に察知されるものだ。察知できたのならば対応ができる。だが、その対応ができなかったのであれば、考えられるのは哨戒を担当した部隊の怠慢―――あるいは、電撃的襲撃。
哨戒部隊が敵を察知し、基地へと連絡するまでのわずかな間に砲撃と戦力の投入を終えるほどの、電撃的な侵攻。
非常にまずいのだ。この状況は。古今東西戦場とは主導権を握ったものが勝つことができる。だが、対応が後手後手になった以上、主導権が云々と言っている場合ではない。
「12か」
「ええ、遅かったわね、指揮官。こっちはもう始めてるわよ」
「状況は?」
「あー、こりゃマズイわよ。防壁は四割割られてる―――結構早いかも」
「攻勢防壁だ。敵の進行を遅らせる。その間に―――」
「ハッキング?」
「よく分かってるじゃないか!」
途中で拾ったPC端末に回線を繋げて、操作を始める。AK12の言う通り、サーバーへも敵は侵攻し、既に防壁の四割は完全に無力化されていた。AK12は電子戦に特化した人形だ―――そこいらの人形とは幾らも上に位置している。電子戦でならば、確実に勝てる。問題は速度だった。
「16、そっちはどうだ」
『よろしくないな、いかんせん敵が多すぎる。弾を取りに戻るのも一苦労だ』
「ち、仕方がないか………12、ここを頼むぞ。最悪、お前だけでもネットから切断して、物理的にサーバーを破壊しろ」
「はいはい、指揮官は人使い荒いわねぇ、全く」
軽口を叩いて、サーバールームから廊下へ、そのまま外へと走り始める。右手には愛銃―――元の姿は見る目もないコンテンダーを手に、彼は思考も奔らせた。
「16、直接観測して指揮する。いいな!?」
『へ!? いや―――それは、ううん困ったお人だなぁ、指揮官は!』
何と無く、16の言いたい事は分かっているつもりだった。危険な場所へと彼を誘いたくない、守ってやりたい―――というか、誰にも見せたくない。そんな独占欲が渦巻いているのだろう、彼女の胸中には。だが、それはまかり通らない。今この瞬間、今この場所では、それはまかり通らない。
指揮官たる彼は、社会的地位の責務を果たさねばならないし、今この瞬間の16もそうだ。
「今更だな、16――――――敵の右翼後方が妙に騒がしい。狙うならそこだ、逆襲攻勢を始めるぞ」
遠目に見える彼女たちは、銃を持って走り始めた―――きっと、もうすぐこの戦いは終わる。
戦闘が終わって一時間。負傷した人形は後方へ送られ始めた。修復のためであった。何しろ此度の襲撃で基地はほとんど全壊といっても良いほどの砲弾を手当たり次第撃たれ、その余波で修復のための機材も何もかもが損壊したのだ。
「高くつくな、指揮官?」
「16か」
「ああ、いやー疲れたっと」
銃を持った彼女は、どかりと指揮官の隣に座り込むと、彼の方に顔をのせた。
「あ゛ぁ~もう無理。一週間くらい休ませておくれよ、指揮官」
「まぁな。どうせ基地を立て直すまで碌に働けんだろう」
「…ん?」
何を気づいたのか、16が鼻を押し付け、指揮官の髪をすんすんと嗅いでくる。そして、何か分かったのか、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「指揮官」
「なんだ?」
「12の匂いがする」
「そりゃあ、戦闘中に少し一緒になったからな」
16は口を少し驚いたように開けて、それからやっぱり、何かを食いちぎるような、何かを憎んでいるような表情になって、指揮官に瞳を向けた。
「なぁ、指揮官?」
「何だ?」
「指揮官は、私のものだよな? 私を見てくれいるよな?」
「あぁ」
「そうか―――良かったよ。でも、後で"お仕置き"だな」
「………」
指揮官は、何を言い返すわけでもなく、ただ何処か、運命を受け入れたような神妙な顔で、夕日を眺めた。