ヤーナムの大橋で大きな獣を倒した後、俺は一旦狩人の夢に戻っていた。流石に休憩だ。
既にこの世界に来てから俺は丸一日。これから二日目が経とうとしているが、不思議と精神的な疲れはあっても、肉体的な疲れが一切なく、食欲も喉の渇きすら感じない。
まるでやはり自分が生きているこの世界は本当に夢で、同時に段々と自分は人間では無いと気づきを得ているようで。
心底気持ちが悪かった。
そう俺は近く墓石に背中を預けて座っていると、ふと人形さんが口を開く。
人形さんは何度も見ても人形のようで、特に人間だとは思えない雰囲気を醸し出している。
だからこれからは人形さんと呼ぶことにした。
「あぁ、狩人様から血の遺志を感じます……。血の遺志とは獣やこの悪夢に住まう者から得られる継承の力です。
そして遺志はあなたの力となります。狩人様……私の手をお触れください」
「継承の……力? あ、はい……」
血の遺志、継承の力と言われて何がなんだか分からず、俺はただ人形さんの指示通りに手を触れる。
すると触れた手から暖かくも、優しく眩い光が溢れる。
まるで今まで自分が嗅いできた血の香りが薄まっていくような。少しずつ酔いが覚めていく……。
俺はただじっとその光を無表情で見つめていると、なにか身体に違和感を感じた。
体内に巡る血から、僅かな殺した者の記憶を見ているような。
血は濃くなり、力が少し強くなるような。表し方が難しいが、記憶によって細胞が変化しているような。
これが血の遺志なのだろうか?
「……終わりですか?」
「はい。それではいってらっしゃいませ。狩人様……貴方の目覚めが有意なものでありますように……」
溢れていた光が途端に止まれば、血に酔い、精神的にくたびれていた俺はどこかスッキリした気分になっていた。
まるで俺が初めてここに来た時の感覚。あぁ、そう。つい昨日の時のようだ。
精神的に疲れ、酒に酔った気分が長く続くのは、いつの間にか得ている血の意志とやらに何か関係が有るのだろうか?
俺は一つ息を吐いてから、よしと意気込んでヤーナムの墓石に手を触れた。
目覚めたのは大きな獣を倒した大橋の上だった。
さてと、俺はこの街でまだ行った事が無い通路を探して街を探索することにした。
人を殺し、獣を殺し、犬も殺す。
そう進んで行く道中で、初めて俺に気付かず一つの民家に必死に吠える犬がいた。
そこに人がいるのだろうか? 俺はまた見つかって襲われるのも嫌なので、真後ろから一撃で斧によって犬を殺した。
そしてドアをノックする。この世界の住人は例え自分の身が危険であろうが決して外に出ることは無い。
だからまた話を聞く耳は持たなくても、先ほどの犬に関する言葉は聞けるだろう。
「あぁ、あんた狩人なのかい? なら知っているかい? どっか安全なところをさ……」
その声の主はとても年老いたお婆さんの声だった。
俺が犬を殺したおかげだろうか、すぐに狩人であることを察してくれた。
他所者だと言って突き放す周りの住人と違って、ギルバートさんは俺と同じ他所者だから兎も角。
まともに会話してくれそうな住人はこれが初めてだ。
「えっと……安全なところですか……?」
本当に安全な所があるのなら是非教えてあげたい。でも、この街に到底そんな場所があるとは思えない。
「あたしや知ってるよ! 今は家の中だって安全じゃあ無いらしいの。あんたたち狩人が役立たずだからこんなことになっているんだから。
あたしを助ける義務があるってもんさ。さぁ、早く。どこか安全な場所を知っているんじゃ無いのかい?」
「え……あ……すみません。分からないです……」
「なんてこったい! この役立たず! 知らないなら早くどっかに行っておしまい!!」
俺はとてつもなく申し訳なく感じた。まだこの世界に来たばかりで右も左も分からない訳だが、このヤーナムとや街の住人達の様子を見る限り、狩人という肩書きとこの街の異様さは深く関係がある事が分かる。
でも多くの狩人は他所者だと突き放され、住人はその多くを語ろうとしない。大橋の家屋で見たメモに書いてあったことのように、まるで秘密を待っているようで。
このお婆さんはどうか分からないが、家が既に安全ではないと分かっている以上は、心の奥底ではより安全を求めているのは確かなようだ。
まさかいつか殺されることを知っておきながら、発狂してでも人生を楽しく生きようとでも考えているのだろうか……。
「わかりました! 必ず安全な場所を見つけてきます! それまでにしっかり家に居てください。また戻ってきますから!」
俺は約束もできない約束をお婆さんの家に叫ぶ。それからは特にお婆さんからの返事は無かったが、同じく俺もそんな場所があったら是非行きたい。
そう考えてその場を去った。