一つ一つ冷静に状況を整理しよう。いや、こんな場所で冷静にいられるとも思えないが、無理矢理でもいいから落ち着くんだ。
まず此処は天国でも地獄でも、もはや夢ですらも無いこと。いわゆるもう一つの現実であり、そう考えると俺の社会人生活は何処へ行ってしまったのか? それを自然な考えと持ち込むなら、俺は死んだと思ったら良いだろう。
そう、あの忌々しい石ころによってだ。
次に俺は此処では社会人ではなく、“狩人”と言われているらしい。
あの女性が勘違いしている可能性もあるが、今ここで無数も考えうる可能性を見出しても、キリがない。
現状俺がそれが最も自然な考えである感じられるようにしなくてはならない。
あとは全くもって不明だ。此処が夢ではなく、俺は転生したのだと。
そして俺は狩人なのだと。
あとは女性の言うゲールマンとやらに会おうではないか。きっと丘の上に見える工房らしき建物にいるんだろう。
俺は正面の工房へと続く石階段を登っていき、既に解放された木の扉を潜った。
そこはアンティーク調の書斎のような部屋で、入って右壁には天井に届くのかと思えるほどに高く積まれた本と、本棚があり。
入ってすぐ左壁には多くのガラスの薬瓶が置かれた棚。
少し奥へ行くと何かをプレスするための機構がある小さな道具が一つ。
そして最奥には小さな机の上に怪しげに蝋燭が数本並んでいる。
……。見たところでは外見が工房ってだけで、此処がどんな機能を持つ部屋なのかはさっぱりだ。
そうして部屋中辺りを見回していると、一体いつからそこにいたのか。車椅子の老人が俺のすぐ隣にいた。
「やあ、君が新しい狩人かね。ようこそ、狩人の夢に。ただ一時とて、ここが君の「家」になる。私は……ゲールマン。君たち狩人の、助言者だ。
今は何も分からないだろうが、難しく考えることはない。君は、ただ、獣を狩ればよい。それが、結局は君の目的にかなう。狩人とはそういうものだよ。直に慣れる……」
「俺の目的……? もしかして生きて社会人生活に戻れるってことですか!?」
「そうとも言う。それが君の望むことならね。
だが案じなくて良い。ここが君にとっての家である以上、君はいつでも此処に戻ってくることが出来る。
獣狩りだってそう難しいことじゃあない。ただ、本能のままに。君の信じるままに。獣を狩るのだ」
本能のまま。君の信じるままにか。俺は一瞬あまりにも老人から感じる不思議なエネルギーに飲み込まれそうになるが、必死に反論する。
「獣を狩る……っていやいやいや。だから自分狩猟免許持ってないし技術も持ってないんですって!」
「安心したまえ。武器はある。外に出しておいたから、好きな物を選びたまえ。選んだら階段前の墓石に触れれば、君の狩りが始まるだろう」
「ぶ、武器ですか。まぁ、護身用があるのなら……」
獣を狩るための狩猟道具ではなく、“武器”と言うあたりに、なにか狩りに対して野蛮さを感じた。まるで食糧や自然保護が理由ではなく、害悪を殺せとでも言っているようで。
「そこまで言うなら……分かりましたよ。やだなぁ……マジで狩猟なんて人生初だし、やろうと思ったことすら無いんだけど」
俺は今日一日の一番大きなため息を吐いて、ゲールマンの前から去った。