俺はこの街を知るべく、適当な家屋のドアをノックした。
扉の奥からはゲラゲラと楽しげに笑う声が聞こえるが、こんな獣がいる街にいて良くも笑っていられるなと住人の正気を疑った。
だがその疑いは正しかった。
「うん? お前他所者かい? けっ! 他所者はどっか行きな! 今は獣狩りの夜だ。そこらの獣に食われちまえば良い」
「いや、他所者ですが、この街の話を聞きたいんですが……」
「どっか行けと言っているだろ! 他所者に話すことなんて無いね! さぁお行き!」
「そんな……話にすらならないなんて……」
俺は扉の前で項垂れる。他所者はまともな話さえも許してくれない。
なんて排他的な街なんだ。
俺はその家屋からは離れて、しばらく道を歩くことにした。
するとそこで一人、斧を片手にぶら下げながら、松明を頭上に持ち上げる男がいた。
またその男の後ろには二人の男が壁と地面に横たわっていた。
遠くからでは分かりにくいが、二人とも息はしているようだ。
俺は男に話しかける。
「あのーすみません……」
「っ!? お前……さっきの家でどっか行けと言われなかったか? 殺されたく無ければこっちに来るな!」
「は? いや、この街は何処なのかって聞いているんです!」
「他所者と話すことなんか無えって言ってんだろぉ!」
男は斧を躊躇いなく俺に振り下ろした。肩から横腹に掛けて斜めに身体が裂かれる。
「ぐあああっ!? 何をするんですか!? 同じ人間でしょう!? 獣は俺も倒すから!」
俺はここで次の男の言葉になにか地雷を踏んでしまったのかと察した。
「獣? 獣だと? ふざけるな! 何も知らないくせに化け物扱いしやがって! お前から獣の匂いがする……やっぱり殺ったんだな!?
もう、俺たちに構うんじゃねぇ! うおおおぉ!」
「ちょ、うわあぁあ! 待て待て待て! 危ないだろ!」
「死ねえええぇ!」
俺はまたここで意を決する。これは正当防衛だと。
「いい加減にしろおぉ!」
俺は両手斧を振りかぶり、男の横腹目掛けて勢いよく斧を振り抜く。
男の腹は大量の血飛沫と共に裂け、断末魔を上げてからゆっくりと倒れた。
一体なんだってんだ! 獣をまるで自分らと同じみたいなこと言いやがって……。
そうして、後ろで横たわっていた二人もその後に襲いかかって来たので、俺はその二人も殺した。
流石に正当防衛だとしても、人間を三人も殺すのは凄まじい罪悪感に襲われた。
三人の男を殺してから俺は街の正門らしき閉まった扉を調べるが、押しても引いてもびくりともしなかったので、先ほど殺した男たちの横にあったレバーを引いてみる。
すると高い壁の上から梯子が下りてきた。それはかなり高い梯子で、足を滑らせたら一貫の終わりだと思いながら、慎重にゆっくりと登っていく。
登っている最中に耳を劈く化け物の咆哮が聞こえたが、少しだけ身震いをしてから梯子を登り切った。
梯子を登り切るとそこにも灯りのついた家があった。
しかもその家からは酷く咳き込む男の声が聞こえた。
俺は心配になって声を掛けてみる。例えまた他所者だと弾かれても、人を心配してしまうのは、しょうがないことだろう。
「あのー大丈夫ですか?」
「……? ああ、獣狩りの方ですね。それに……どうやら、外からの方のようだ。
私はギルバート。あなたと同じ、よそ者です」
「え、他所者!? 良かった。まともに話せる人がいるなんて……」
「色々とご苦労でしょう。この街の住人は、皆……陰気ですから。
しかし、私は床に伏せり、もう立つこともままなりません。
それでもお役に立てることがあれば、言ってください。
ごほっ、ごほっ、ごほっ……この街は呪われています。あなた、事情もおありでしょうが、できるだけはやく離れた方がいい。
この街で何を得ようとも、私には、それが人に良いものとは思えません……」
「人にいい物ではない? それはどういう……」
人には良い物ではない。確かにそう言われてみればこの街はどこか様子が変で、獣や躊躇いなく襲ってくる住人など。知らない方が幸せ。なんて言葉がこの街を支配しているのだろうか。
「そうですか……ならそもそも此処は何処なんですか? えーっと道に迷ったというか。目覚めたら此処にいたというか……」
「ここはヤーナム市街です。皆は病に倒れ、またここには血の医療が施されています。
……私もそれを受けに来たんですが……やはり治る気配は無いようで……。
ごほっごほっごほっ。
道に迷いましたか……しかしこの街にはなんらかの目的がある以上、普通なら入ろうともしません。なにか目的があるのでは?」
目的? 勝手に気絶させられて、勝手に連れ去られたというのに……。あっ……。
俺はふと初めて病室で目を覚ました時のことを思い出す。
そういえば椅子のところに書き置きがあったなと。
確か……“青ざめた血”だっけ?
「えーっと記憶は曖昧なんですけど……青ざめた血というものを求めているらしいです。
らしいというのは何故それを求めているのかを忘れているのであって……」
ギルバートさんは少し悩む声を漏らしてから、答えをくれた。
「青ざめた血ですか……申し訳ありません。聞いたことがありませんね。
しかしそれが“血”であるのなら、特別な血なのでしょう。血のことに関して調べるなら、医療教会が打ってつけですよ。医療教会は血の医療と、その特別な血の知識を独占していますからね」
「医療教会ですか……なんかすごい名前ですね。なんか宗教的なものもあるのかな……?」
「ここ、ヤーナムの市街から谷を挟んだ東側に、聖堂街と呼ばれる医療協会の街があります。
そして、聖堂街の最深部には古い大聖堂があり……そこに、医療教会の血の源があるという……噂です」
「なるほど……分かりました。ありがとうございます。なんだかとても助かりました。
俺はとりあえずこれからはその医療教会とやらを目指したいと思います。
どうかご無事でいてください」
「ごほっごほっごほっ……医療教会は本来普通の人が入れるような場所ではありません……。しかし今は獣狩りの夜です。
それはむしろ好機とも言えるでしょう」
「分かりました!」
ギルバートさんが色々教えてくれた。ただ唯一まともに会話ができる人が居てくれて少しばかりか俺の不安は拭われる。
相変わらず気持ちが暗いのは変わりないけど、多少の希望が湧いた。
今の味方はギルバートさんだけだけど。こんな街で正気でいられるのは有難いことだ……。