俺はしばらく壁と地面にもたれ掛かって休憩する。
さて、さっき去っていた人は何者なんだろうか?
少なくとも人ではあった。しかしどうも違和感があった。街の住人とは違い、まるで殺すこと自体に楽しみを得ているような。
俺はあの人に睨まれた時、次は自分かと思った。それはあの人の目がとてつもなく恐ろしく感じたから。
どう恐ろしいかと言うと、まるで人ならざる獣。病院にいた獣より更に獰猛で、常に腹を空かし、殺意だけではなく、そこに快楽を感じた。
あの人はこの街に染まってしまった人なのだろうか?
俺はそうやってしばらく思い吹けってから、立ち上がった。
「そろそろ行くか……」
俺は大男の死体を通り過ぎて、一方通行に空いている道を進んでいく。
道中狂った犬や、街の住人がいたが何故かまるで慣れたかのように俺は斧を振り下ろし、それらを殺していく。
俺もどこか狂ってしまったのだろうか? 人を殺害することに対する倫理観が……。
俺が生きていた日本でも、ごく稀に無差別殺傷事件が発生していた。
でも、当の犯人は大体が精神に異常をきたしていたり、そこに意味や正当化を求めたりする。
でも俺はそれのどちらでも無い。完全なる虚無。言うなれば道に障害物があるから、自分の通りやすいように退けるだけ。
つまり、人を殺したことに何の意味も無く、ただ当たり前のことをした。
そんな考えしか浮かんで来なかった。
でもこんな考え方は心の奥底では駄目だとは分かっている。
なにせ、このまま日本に戻ったらほんの少しの気障りで人をいとも簡単に殺してしまうだろうからだ。
こんなの裁判では重刑必至だろう。
『ついカッとなって』『殺そうと思って』なんて言い訳は一つもなく。
被告人となる自分は必ずこう答えるだろう。
「殺すべくして殺した。相手も死ぬべくして死んだんだ」
なんて恐ろしい文言だ。俺がこの言葉をテレビ放送を通じて聞いていたら、今すぐこいつを死刑にしろと糾弾するだろう。
あぁ、なんとかして自我を保たないと……。後戻りできなくなる前に……。
それから俺は道を進んでいくとあからさまな大橋の上に出た。
見るからにここから落ちたら確実に死ねるほどの高く、巨大な大橋で、なにかこの先に今まで見た中よりも、一番やばい何かが待ち受けているような。
言わばゲームで言えば強大なボス戦がこの先に待っているような。そんな気がした。
恐らく何かが待っているであろう大橋の上にたどり着いた俺は、何が待っているのかと言う心躍る感覚と、この先にはより壮絶な死が待っているかもしれない。という計り知れない恐怖が、歩きを進めようかどうかを左右させていた。
だが前に進み、この地獄の狩りを終わらせなければ、一向に元の世界に帰れないことを思えば、やはり無理矢理でも進むしかなかった。
ならば少しでも心の準備と、大橋の奥へ進む中で小さな家屋への入り口を見つけ、その場で少し息を吐く。
古い皿やティーカップなどの調度品が丁寧に棚にしまわれており、この家屋だけは被害は少ないのかと察する。
そこで俺はふと棚に置かれていた書き置きを見つける。そこには、この街の住人が他所者をどうしても寄せ付けない理由が書かれていた。
『獣狩りの夜、聖堂街への大橋は封鎖された。
医療教会は俺たちを見捨てるつもりだ。
あの日の夜、旧市街を焼き棄てたように』
聖堂街封鎖、医療教会は見捨てた、焼き棄てられた旧市街。
短く文章をこのようにまとめても、それは医療教会がまともでは無いことを記された内容だった。
恐らく他所者を、獣を狩る者を全て医療教会関連の者と見ているのか。
しかも街を一つ焼き払うなんて。
一体俺は“青ざめた血”とかいう物を見つけるためにどんな組織を相手にしようとしているのだろうか。
当初は単純に家に帰りたいから。そんな軽い理由でこの地獄を駆け抜けてきたと言うのに。
なにかいつの間にか大事に首を突っ込んでいるようで、俺は静かに身震いした。
「医療教会かぁ……一体どんな権力を持ってそんなことを……。
駄目だ、まだ分からない事が多すぎる……」
俺はひとまずこれを頭の中隅に置いておくとして、大橋の奥へと向かった。
恐らくそこがメモに書いてあった聖堂街へ至る大橋の門のことだろう。
遠くから見れば既に大門の鍵はしっかり閉まっているように見え、しかも落とし閂まで降りているという。絶対この先に一人たりとも通さない雰囲気が感じられた。
なぜ封鎖し、街を一つ焼き棄てたのかは全く分からないが、俺はゆっくりと門に近づく。
その時だった。
「█▆▅▆▄▅▆ッ!!」
既に人とは思えない咆哮が聞こえ、上を振り向いた時、恐らく身長四、五メートルは超えている獣の化け物が大橋の上に降りて来た。
まるでこの大門に近づかせまいと現れ、また耳をつんざく咆哮を上げる。
「デカすぎんだろ!!?」
最初に思った言葉がこれだ。正直これしか思い浮かばなった。
俺の身長は大体一七〇センチだが、それでも獣の尻は俺の頭の上に位置している。
まさに『足元にしか及ばない』それほどの大きさだ。
「クオオオォオッ!!」
獣はその巨体からでは信じられないほどの機敏な動きで、一切の容赦無く巨大な腕を俺に叩きつけてくる。
俺はただいくら早くとも、巨体による振りの大きさをよく見て、避けることしか出来なかった。
「無理無理無理ッ! こんなでかいのどうすりゃあ良いんだよッ! うおおぉ!」
どこかに隙は無いか。最初の一撃でも与えられないだろうかと、一瞬の隙を見計らって、勇気を出して斧で振り下ろした獣の片腕を斬りつける。
当たり前だが怯むことは無かった。だが、確かな血が腕から噴き出す。
「血が出るなら……! 倒せないことは無い!!」
同じ赤い血ならば、今まで出会った犬や人型の獣と同じであり、倒せると言う確証は無いものの、逆に倒せない訳では無いと俺は希望を見出す。
だがそんな希望は束の間、また一度獣は今までとは少し違う。
まるで人が発狂しているような叫び声を上げると、その次に来た怒涛の三連撃に対処し切れず、俺は石橋の上で叩き潰された。