悪夢の中、目覚めたのは記憶を記した螺旋階段の塔、そこで彼女はこれから始まる物語と邂逅する。

この短編はVtuber『華鏡よさり』応援小説です。

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われらの物語を始めよう

 それは、長い長い螺旋階段だ。

 

 そこはまるで円柱の塔だった。壁面にはビッシリ敷き詰められた本棚が敷き詰められているが、それらは尤もらしいタイトルを付けた記憶だ。

 

 華鏡よさりは今日も悪夢を見る。

 

 本棚から覗き込む外の風景は滝の様な泡だった。重力に逆らった泡、絶え間なく流れ続ける小さな泡が逆さになって落ちてゆく。ふわふわと登ってゆくのではなく、まるで勢い任せに押し流されるように、上へ、上へと流されてゆく。

 

 これは案に上れという意味なのだろう。

 

 この階段は時間を暗に示しているかのように、本棚の内容は人生をなぞるかのような内容ばかりだ。誇らしいのか、溜息をつきたくなるのか、それはともかく、体は上へ突き上げるかのように足取りは軽く、心境は少し重い。

 

 長い、それは長い階段だ。

 

 記憶の追走、それはある種の走馬灯なのかもしれない。

 

『われらの夜を始めよう』

 

 息も絶え絶えに、随分と長く階段を上った時だった。

 

 終わりも見えたころに、そのタイトルを目にしてようやく足が止まった。

 

 もう1年が過ぎたのかと、今になって思ってしまう。

 

 まだ1年なのか、もう1年なのか、その感じ方が曖昧なのはなぜだろう。ようやく? それともあっというまだった? 今となっては分からない。

 

 愉快な時間だったのか、苦悩に満ちていたのか、いや、両方かもしれないし、あるいはもっと大切な時間だったのかもしれない。

 

 でも、しっかりと書庫には刻まれている。

 

 足を踏みしめるたびに思う、振り返ってみればよりその思いは強くなる。人生の重みを、何気ない日常だったのかもしれない。まどろみの中に見るような他愛もない物であったとしても、それは長い年月の中で、自分の歴史となって積み重ねてゆく時間として、蔵書に残されていた。

 

 もう一度足を踏み入れるのは何年後、何十年後になるだろうか、いや、ここには2度と足を踏み入れることも無いのかもしれない。

 

 永久など存在しない夢は、蠟燭の火のようにいつも不安定だ。外に流れる泡のように、これはうたかたの夢に過ぎないのだ。目が覚めるころには忘れてしまっているかもしれない、儚い物なのだ。

 

 登り切ったその先に居たのは不定形な存在だった。

 

 おぼろげに人の姿を取るそれは、ウサギの耳をしたそれは黒い靄の姿で、ぶきっきらぼうに語り掛けてくる。

 

「きみは誰だい?」

 

 声は、何処か機械的で、雑音交じりの判別しにくい物だった。肉声でもないし、機械でもない。よくわからないそれ、記憶のつぎはぎから誕生した声にしては、それはとても不完全なものだった。

 

「誰?」

 

 質問を質問で返してしまった。しかし、決まっている、答えはいつも同じだ。

 

 だからこう言い返してやる「よさりは、よさりだよ。華鏡よさり」と。

 

「本物かな? きっと君はこれから変わる。自分の因子を世界中にばらまくんだ。今まで通りじゃいられない。それでも、きみは、きみでいられるかい?」

 

 それは問いかけだった。

 

 誰かに対してではない、自分から自分への問いかけだった。

 

 分かっているのか、本当に? 踏み出す勇気は? やり切る覚悟は、分かっているだろう? この冒険が無茶な話だってことぐらいは、でも、勇気のある一歩だし、訳の分からない頭エビフライなアイツらだって分かっているはずだ。

 

 一世一代のソレが伊達や酔狂じゃないって。

 

「何を言ってるの?」

 

「分からないかい? 本当に? これ以上愉快な話も無いだろうに、本当に何を言っているのか分からないのかい? きみは。最高の大博打、きみが祭りを始めようというのに、本当に分からないのかい?」

 

 黒い靄は口角を釣り上げて喋るかのように饒舌だ。

 

 そこにいるのは、まだ見ぬソレ、なのだろう。

 

 まるで岐路に立たされているかのような口ぶりだ。分かっている、そう、分かっているのだ。でも、今はそれを口にすることが出来ない。

 

「……」

 

「きみは……写し身にどうなってほしい?」

 

 轟音、どこかで何かが崩れる音がした。螺旋階段の塔はその音と共に揺らぎ始める。周囲を覆っていた泡の壁が途切れるようにして消え去る。

 

「もう、時間かな」

 

 黒い靄は朝日と共に掻き消える。

 

 夜明けだ。夢の終わりを告げる光が差し込んできてしまった。世界を覆っていた黒は青く変わり、世界の半分が赤く照らされようとしている。

 

 音を立てながら崩れてゆく螺旋階段の塔は記憶の眠りに沈んでゆくのだろう。きっと、次はもっと別の場所に記憶の世界が作られるのかもしれない。

 

 華鏡よさりは塔から飛び出した。翼も無い、パラシュートも無い。

 

 朝焼けの空にその身を委ねる。地球は緩やかな丸みを描き、雲海は海や大地を優しく隠している。オレンジ色に染め上げられた世界を泳ぐ、風は強く打ち付け、日の光は熱く、何気ない朝の来訪を告げる。

 

 彼女は目を閉じ、薄らいでゆく意識の中で思うのだ、われらの夜を始めにいこう、と。

 

 

 意識が覚醒したとき、カレンダーに目をやって思い出す。

 

 そう、今日はあの日なのだ。

 

 今日は10月27日だ。

 

 これから物語が始まる。華鏡よさりの物語ではなく、もうひとつの物語が。


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