───限界値。
撮影が進んでいけばいくほど置いて行かれているのが分かる。焦ってるわけじゃない。ただ…上手く馴染めないだけ… そうやって自分に嘘を吐く。今求められているもの───それはよりカゲキなもの。どうにかして爪痕を残さないといけない。私には千世子ちゃんのような技術はないし、ゆきのような小悪魔性もない。だから頑張らなきゃ。
「……か………ね…あ…かね、あかね!」
「…っ!」
息を呑む。最近はよく思考の海に沈んでしまう。どうすれば爪痕が残せるかと、考えてしまう。
「あかね。最近…焦ってる?」
「……焦ってないよ」
「本当に?」
「うん。私はただ…結果を残したいだけ」
「そう。でも、そうはさせないよ」
「……」
「私は私が目立つように戦う。悪く思わないでね」
嗚呼、眩しい… その笑顔が。ゆきにあって私にないもの…手を伸ばしても掴みきれないもの。
だから……………頑張らないと───。
『今ガチ』も気づけば中盤。
「………」
右手に虫かご、左手に虫取り網、頭には麦わら帽子。草むらにしゃがみ込む虫取り小僧ならぬ虫取り少女に視線を寄越せば───
「なに?」
「撮影中だよな?」
「そうだね。それがどうしたの?」
「どうしたのって……お前な」
さも当然のように首を傾げながら返事を返した千世子を異端視で見つめるアクア。
「ねえ、アクア君。私たちの役目はなに?」
「役目…か。作品の品質を下げないとかか?」
「うん。その通り。どんな作品でも一定数の品質は保たないといけないよね」
「それがどうしたんだ?」
「この作品じゃ、私は主人公にどうやってもなれないってことだよ」
「そんなことはないだろ」
「あるよ」
「……」
「恋愛番組じゃ私は主人公になれない。私の“天使”としてのイメージが崩れちゃうからね」
「にしては序盤の方に暴れてたよな」
「うん。ちょっと我儘しちゃった」
テヘペロ、と舌を出しながら虫を捕まえる。かなり酷い絵面だが千世子だから許されるのだろう。
「それで…… 本題はなにかな?」
「……黒川あかねのことだ」
「心配?」
「そうじゃない。ただこのままだと…な」
「やっぱり心配してるじゃん」
「違う」
「まあ、アクア君の気持ちも分かるよ。確かに今の黒川さんはすごい焦ってる」
「お前ならどうにかできるんじゃないのか」
「どうだろうね」
アクア君の気持ちは痛いほど分かる。このままいけば作品を壊しかねないし、それよりも黒川さん自身が壊れかねない。なら“いっそのこと一度壊して仕舞えばいい”…なんて、駄目だねこんな考え…あはは…笑っちゃう。
(焦ってるのは私の方だ)
黒川さんは天才だ。演技だけで言えば私よりもずっと上手だしスター性だってあの王賀美さんやアイさんにも届くほどだと思う。ただ本人が気づいていないだけで。
「アクア君はさ… 自分が築き上げてきたものが一瞬にして崩れたらどうする?」
「いきなりなんだよ」
「いいから答えて」
「……わからない。その時になってみないとな」
「そっか…。私はさ… 怖いんだよ」
「怖い?」
「うん。怖いの」
自分の限界は自分がよく分かってる。追いつかれるのはいい。追いつかれてもまた追い抜かせばいいから。でも追い抜かせない程の才能が最初からあったら?───そんな考えに陥るほど千世子にとって“黒川あかね”と言う存在は以前出会ったスター性の原石───
「でも… ちょっと嬉しんだよね」
千代子の大きな瞳の奥底で、炎が、野心が燃え盛るように渦巻く。歪な感情を抱き抱えながら───。
▼
───雨。
雫の音が傘中に響く、ポツポツと。
水溜りに映るレインコートを着た女性が歩く。その矛先は歩道橋。
若い男女が二人。女性が向かう先の歩道橋で、押し込めた感情が爆発したかのように泣き叫ぶ彼女。
ゆっくりとした足取りが止まる。
「良かった。無事だったみたいだね」
女性が二人の男女に話しかける。
「これが無事に見えるなら良い眼科を教えてやる」
女性をひと睨みする。
「あはは、冗談だよ。あーそうだ。ここに来る時に近くに警備員さんいたからさっきの大声で駆けつけてくると思うけど… どうする?」
「待つ」
「ふーん」
「なんだよ」
───お前ならどうにかできるんじゃないのか?、か。
結局、私は何も行動を起こさなかった。私は皆が思うほど強くないし、頼り甲斐もない。ただ人と真っ向から向き合って話すのが怖くて仮面を被ってしまう普通の女の子だ。だからだろう。今目の前に広がる景色がこんなにも残酷なのは。
今思えばあの時…なんであんなにうれしかったのかな。
───黒川さんに夜凪さんのような面影を見たから?
分からない。でも嬉しかったんだ。
そう…嬉しかった───ただそう思ったんだ。
カラスが一羽。肩に乗る。雨風吹かれる長い髪。冷たく柔らかく、そして酷く歪んだ笑顔。幼女が───
「君はこれからどうしてゆくんだろうね」
ただ一言呟いた。