苺プロダクションの一室へ向かう赤みがかった黒髪の少女。名は有馬かな。今や役者とアイドルの二足の草鞋を履きながら芸能界をもがいている一人だ。
「あーもう!なんでアイドルなんてやっちゃったかな私!」
まだ日は登っていない少し薄暗い廊下に響く声。部屋に着き、勢い良く扉を開ける。
「あ、おはよう。有馬さん」
「げっ、千世子じゃない。
珍しいわねアンタがいるなんて」
「そうかな?」
「そうよ」
沈黙が流れる。お互い話はしない。それから数時間が経った。
「ねえ、千世子」
有馬は唐突に声を発した。それに千世子も応える。
「なに?」
「いろいろ大変みたいね」
「あー…うん」
(え、千世子が遠い目してる!?)
「ちょっとだけね…」
「そ、そう。ねえ、ところでアクアはどうなのよ」
「? アクア君? なんで?」
「いや、別に…、
なんでも良いでしょ!答えなさいよ!」
「ふーん」
ニヤニヤと口を手で隠しながら千世子は有馬を見る。
「な、何よ!」
「別に〜」
「文句があるなら言いなさいよ!受けて立つわよ!」
「じゃあ聞くけど。
もしかしてアクア君の事好きなの?」
「は、はぁ〜、別に、そ、そんなんじゃないんですけど〜」
(あ、結構好きなやつだ)
「そっか」
「何よ。聞いといてその反応」
「言っとくけどアクア君は友達だから」
「ふ、ふーん。そうなんだ…」
何処か胸を撫で下ろしながらそっぽを向く有馬。
「ところでアンタ。今日は一日オフなんでしょ」
「そうだよ。それがなにかな?」
「暇ならちょっと「ごめんね。今日は先約があるんだ」…まだ何も言ってないわよ」
「あはは。ごめんね」
「先約って何よ」
「うーん。まだ決まった訳じゃないけど、強いて言えば“デート”の予定かな」
「そ、、、、で、デートぉぉおおお!」
「あんまり叫んじゃ駄目だよ有馬さん。近所迷惑になっちゃう」
「なんでアンタはそんなに落ち着いてるのよ!」
「まあ、デートって言っても友達と遊ぶだけだよ。
「なんだ…そう言うこと。でも一応聞くけどなんでわざわざそんな事するのよ」
「有馬さんには分かるはずだよ」
分かってるわよ。私が一番アイツとの因縁があるんだから。
黒川あかねは天才だ。誰がなんて言おうと。容姿端麗でスタイル抜群。おまけに演技もできる。そんな人材をたかが恋愛リアリティショーで潰すなんて勿体無い。その考えは分かる。でも私個人としては少しで良いから“こっち側”に来て欲しいって思ってしまう。嗚呼、最悪だな私って…
「そうね…、で上手くいく打算はあるの?」
「うぅん…全く。でもアクア君のおかげで上手くいきそうではあるよ」
「そうなのね。アイツ、なんだかんだ言ってお人よしよね」
「あはっ、そうだね」
それからちょっとした二人の時間は過ぎてゆく。
▼
───売れる作品を作るためならなんだってする。
そう夜凪さんに言ったのに…、気がつかないうちに私は夜凪さんの背中を追いかけて、演技の事ばかり考えて、作品のことをあまり考えて居なかったのかもしれない。誰も私の事を知らない世界に生まれてきっと怖かったんだと思う。だから…だから少しでも“あなた”に似ている子を無意識に探してしまった。そして見つけた。でも…そこで分かっちゃったんだ…彼女はあなたじゃないって。だから怖くて逃げちゃった。
嗚呼、アクア君に貸しができちゃったな。私がやるべきだったのに。そんな事を思いながら歩く。台風が過ぎ去った後の空は清々しいほど青い。うん。良い景色だね。
交差点を抜けて住宅街へ。ゆっくりと確実に足を動かす。すると大きな一軒家が目についた。間違いない…あの家だ。インターフォンを鳴らして深呼吸。
「“どちら様?”」
優しそうな女性の声。ゆったりとしていて声だけでも人柄が滲み出ているように感じる。
「黒川……いや、あかねさんの友達です!」
元気良く、そしてとびっきりの笑顔で応える。インターフォンの向こう側で息を呑むような気がした。
「“そう…… ありがとうね。わざわざ来てくれるなんて。今開けるわ”」
ガチャリ、と言う音と共に想像していた女性が出てくる。やっぱり優しそうな人だ。
「さ、入って入って」
「お邪魔します」
それから中に入り、少しだけだけど世間話をする。いつしか話題は黒川さんの話に。
「あの子の友達が来るなんていつ振りかしら」
顎に手を当てそう呟く女性。
「あの、あかねさんは今どちらに?」
「あの子なら二階の部屋よ。あれから全く出て来てくれなくてね」
「そうですか。伺っても?」
「ええ…。きっと喜ぶわ」
黒川さんのお母さんに許可をもらい二階の部屋に向かう。柄にもなく緊張する。もし拒まれたらどうしようとか考えたりしながら突き当たりを曲がる。少し間を置き、ノックを2回。
──コンコン。
中から“お母さん?”っと聞こえて来た。間違いない…黒川さんの声。
「ごめんね。残念だけど私は黒川さんのお母さんじゃないよ」
数秒だろうか。大きな沈黙が流れた後、黒川さんの驚く大きな声が木霊した。
「ちちち、ち、ちよ、千世子ちゃん!?」
嗚呼、こんなところも似てるんだ…なんてまた考えてしまう。なんだか弱くなっちゃったみたいだ。
「あはは。元気そうでなによりだよ」
「え、あ、うん…。でもどうして……」
「私が友達の心配するのはおかしいかな?」
なんだかあの時に戻ったみたいだ。思わずちょっとしたイタズラ心が働いてしまった。
「いや、全然!おかしくない!」
「ふふ、よかった」
「でも……なんで?」
「それはね…… 黒川さんと遊びたくって来ちゃったじゃ駄目かな」
顔を近づけ応える。黒川さんが少し狼狽えた。
「ほ、本当に?」
「わざわざ今嘘つく必要ないでしょ?」
「それもそっか」
口角が上がるのを見て改めて私を心を落ち着かせる。
「黒川さん。まずは外で遊ぼうよ」
「え、うん」
新宿のスタバ、なんだか久しぶりに来た気がする。
勿論選んだのはコーヒーフラペチーノ。
隣に座り縮こまりながらコーヒーフラペチーノを飲む黒川さん。なんだか可愛い。
「な、なに?」
「なんでもないよ。どう? 楽しい?」
「……うん。楽しいよ。でもこんなところでこんな事してて良いのかなって思ってる自分もいる…」
「そっか。ねえ、黒川さん。
貴方は一体何に悩んでるの?」
「何ってそれは…」
「炎上のこと?」
「……それもあるけど一番は───」
「「どう演じればいいか分からない」」
黒川は目を見開いた。自分の考えが見透かされていることに驚いたのだ。
「なんで分かったのって顔だね」
「なんで…っ」
「私の友達にね。今の黒川さんみたいに悩んでた子がいたんだ。その子の時もこうして話し合ったんだ」
「……」
「だからそんな黒川さんにアドバイス。もしあの作品で目立ちたいなら、まずは相手の好きな好みを探りなよ」
「千世子ちゃん……」
「それで上手くいかなかったらキューピッドである私が手伝ってあげる」
その夜、沢山の星々が輝く下で一番星を見つめる少女が居たのだと言う。