質素な喫茶店。レトロな雰囲気が特徴的だ。そんな場所に青みがかった黒髪の少女、黒川あかねはいた。
「姫川さん。来てくれたんですね」
そう言葉に出す黒川は何処か不安げだ。対して姫川と呼ばれた男は何処か嬉しそうな表情をしている。
「久しぶりだな黒川」
「そう……ですね」
「そう落ち込むな。結構燃えてるし仕方ない。それに芸能人ならいつかはこうなる時もある」
いつにも増して優しく慰めてくる姫川に、若干ながらの気持ち悪さを感じ取った黒川は、嫌悪感を隠すかのように左腕を撫でつけた。
「ところで……黒川」
「なんですか?」
「…………勿論、
決め台詞でも決めたかの様に姫川は眼鏡をくいっ、と持ち上げる。何処か不快感があるのを黒川は否めなかった。
「(誘ったのは私だけど…なんかこう……口に出されるとムカつくのはなんでだろう)」
黒川がそう思うのも無理もない。
「まあそれはそうと、なんで俺を呼んだんだ?」
話題は黒川が姫川を呼んだことへシフトチェンジした。なんだかこうして姫川さんと話をするのはいつぶりだろうかと考えながら黒川は口に出していく。そんな二人の会話はあたりに緊張感を漂わせながら加速していった。
窓から刺す日差しで床に二人の男女の影が映し出された。陰からでも分かるその美しい造形はまるで神様が右手で描いたよう。そんな二人の男女の美声が廊下に響き渡る。
「皆の写真や映像?」
「ああ。MEMちょならたくさん持ってるだろうと思ってな」
「あるにはあるけど… 100枚くらいしかないよ?」
「めちゃくちゃあるじゃねーか」
アクアのツッコミがMEMちょに突き刺さる。だがMEMちょは そんに褒められても~、とふにゃふにゃとした顔でアクアに返事を返した。本当にどこまでもお気楽そうに見える女性だ。
「それで~ アクたんはたくさん写真や映像を集めて何をする気かな?」
そう言葉にするMEMちょはただ楽しそうにアクアを見つめる。面白い獲物でも見つけたかのように。
───似ている…。好奇心に駆られた者の目だ。
「……いや、やっぱり今のは忘れてくれ」
ここまできてそれはないでしょ!気になるじゃん! と目で訴えながらMEMちょはアクアに詰め寄った。いきなり距離が近くなりアクアが一歩遠退く。それに応じてMEMちょがまた距離を詰める。お互い変な意地を張り、それを繰り返す事1分。先に折れたのはアクアだった。
「わかった。分かったからまずは落ち着いてくれ」
仕方ないな〜、とMEMちょが両手を上げながら横を向いた隙にアクアはMEMちょからゆっくりと距離を取った。
「いやいや!なんで逃げるの!私はただ理由を聞いただけだよ!?」
アクアの行動にMEMちょが声を荒げる。そんなMEMちょを見ながらアクアは少し悪ふざけが過ぎたなと思いながら元の位置に戻った。
「さっきから何がしたいのアクたん!意味が分からないんだけど!」
「あー… うん。悪かった。 悪ふざけが過ぎた」
何処か遠い目をしたアクアに何かある奴だコレー!!とMEMちょは内心叫んだ。実際の所は何も無いのだがMEMちょはそう考えずにはいられなかった。
ちょったしたおふざけを楽しんだ所でアクアは脱線した話を戻す事にした。
「なあ、やっぱりくれないか?」
「だから、なんで欲しいの?」
「今の黒川あかねを救えると言ったらくれるか?」
「それ…本当?」
「ああ」
黒川あかねを救うなんて言ったら聞こえは良いが、実際は煽った番組サイドも好き勝手言うネットの奴らも腹が立ってしょうがない。見えない所で好き勝手に他人の心を侵略し、破壊する。気持ちの悪い話だ。
今ガチの演出で悪役に仕立て上げられた黒川あかねを視聴者は何も考えずに叩きまくる。黒川あかねの精神が強ければどうと言うことはないがそう簡単な話じゃない。現に黒川あかねは危険な橋を渡りかけた。
俺が報道機関に自殺未遂と言う情報を流した事により、視聴者は批判するげきか擁護するべきか悩んでいる真っ最中だ。そんな今の緊張状態にある現状なら共感性の高い話題さえ振りまけば多くの者はそれが正しいと思い込むだろう。
俺が何をしようとしているのか分かったのだろう。MEMちょはニヤニヤとしながら俺に近づいてきた。
「へえ〜 アクたんも中々の悪だね」
「うるさい」
「そうだ!投稿は任せてよ!」
「いや、それはいい」
どうして!?と驚いているMEMちょを見ながら携帯に目を向ける。
「千世子に頼むつもりだからな」
「アクたん。それは無理なんじゃないかな?」
「な──「だって百城さんって凄い数のスポンサー付いてるでしょ?」…」
ああそうだ。確かに千世子を使えばバズなんて一瞬だろう。だがそんなことをしたら千世子に振り掛かる影響が計り知れない。なぜ俺は忘れていたんだろう…きっと小さい頃から一緒居たせいだ。だから忘れていた。近くにいすぎてどれだけ千世子が成長していたかを忘れていた。
仕方ない。千世子は使えないか。と内心ため息をつきながら目の前でチラチラとこちらを見てくるMEMちょに視線を送る。
「ふふん!何かなアクたん!」
語尾に星でも付きそうなほど自信満々のMEMちょにアクアはただ小さく「頼んだ」と呟いた。
「───くしゅん」
可愛らしい小さなくしゃみが一つ。広々とした部屋に響いた。誰かに噂話でもされてるのかな?と、くしゃみをした人物───百城千世子は思いながら目の前で発声練習繰り返す鳴嶋メルトを見つめる。
だいぶ声も出てきたしそろそろ頃合いかなと思っていると私のスマホが鳴った。何かなと確認してみると連絡が一つ。鏑木さんからだ。
『彼の調子はどうかな?』
よほどメルト君がお気に入りらしい。まあ、分からなくはないけど。確かに彼は頑張り屋さんだ。何も文句は言わないし、私が言った自主トレは欠かさずやっている。その証拠に声の響き方が前よりも随分と良いし、なんだか堂々としているのが分かる。
とりあえず『すくすく育っています』と返信を打つ。
何はともあれ、頑張るのは良い事だ。実際、私も努力して今の地位にいるのだから。でも──
「結果が実かは…… 彼次第かな」
千世子は薄っすらと笑みを浮かべながら改めてメルトを見つめる。その視線が気になったのか、メルトは不思議そうに見つめ返してきた。
「な、なんだよ。 今の変だったか?」
「いや、変なところはなかったよ。ただ、前よりも堂々としてきたなと思ってね」
千世子がそう言えばメルトは嬉しそうにはにかんだ。だが、すぐにメルトは下を向き不安そうに声を漏らした。
「なあ本当に俺たち、星野のこと手伝わなくていいのかな…」
「大丈夫だよ。黒川さんのことはアクアくん任せて。──それに、今は君のための時間だよ。それを無駄にするなんて私…… 悲しいな〜」
私がそう告げるとメルト君は勢いよく顔を上げ、演技力向上のためのトレーニングを始めるのだった。その姿がなんだか可愛く見えたのは私だけの秘密だ。
翌日。苺プロの事務所に向かうと、机にぐったりと突っ伏すアクア君がいた。何やら私とメルト君を除いた今ガチメンバーに協力を頼んだのは良かったのだが、思いのほか皆のやる気が強過ぎてアクア君がそれに根負けしたらしい。なんとも不甲斐ない。仕方ない。ここは少し元気付けてあげよう。
「おーい。アクアちゃん。大丈夫?」
「…………あぁ」
ありゃ、コレは相当きてるらしい。いつもならここでちゃん呼びはやめろなどと言う彼だが、その気力すらないらしい。
ちらっとホワイトボードに書いてある今日の業務に目を向ける。私は午後から撮影。アクア君は休み。アイさんは現在進行形でラジオ配信中。ピエさんは動画の編集中と言ったところだ。星野さんは……、きっと有馬さんとダンスのレッスンだろう。
「アクア君。何か飲み物飲む?」
「…………あぁ」
「何がいい?」
「…………あぁ」
なんだコイツ。壊れたロボットみたいになってる。アクア君の返答に呆れながら備え付けの冷蔵庫を開ける。驚くことに中は綺麗さっぱり空である。うん。見掛け倒しの冷蔵庫だ。仕方ない。コンビニにでも行って何か買ってこよう。
外に出れば雨。いくら近いからと言っても雨に濡れるには嫌だ。雨の日はなんだか気分が下がる。嫌なことがある時はいつも雨が降っている気がする。私の気のせいだと思うけれど。
傘を開こうとした瞬間。横から傘が差された。そちらに視線を送る。
「どうしてここにいるの?ヒカルさん。アイさんなら今はいないよ?」
「えぇ。知っていますよ」
よく見ると片耳にイヤフォンをしている。
───………あぁ、そういうことか。
「少し、話しませんか?」
「ははっ。いいよ。でも私……… 高いよ?」
私がそう告げるとヒカルさんは愛想笑いをし「構いません」と答えた。ごめんね、アクア君。君に飲み物を届けるはもう少し後になりそうだ。