天使の子   作:ぺてんし

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役作りとは生まれ変わること。
時に国境も時代も世界すらも超えた別人になる。
その常軌を逸した現象を作り出すのが役者という──


第五話 私のカムパネルラ

 

 

 

 

 

舞台、銀河鉄道の夜まで 残り一ヶ月。

 

彼女みたいになれないのは分かっていた。幼少期の頃から、現実から目を背け映画の中の世界で暮らす。その中で役者達が生み出す感情と呼応しながら自身の感情とリンクさせ、コントロールする。

 

メソッド演技…演じるために自らの過去を追体験する演技法。やればやるほど、見比べれば見比べるほど、彼女と私では何かが根本的に違った。

 

仮面の芝居と心の芝居。

自身の商品としての価値。

自身の商品としての消費期限。

 

あとどれ位だろうかと、考えるだけでやる事が増えていく。商品としての価値が落ちたその時、私は彼女と同じ位の芝居を求められる。それまではこの業界で生き残るために嘘の仮面を被り続ける。

 

そんな嘘の仮面に魅了された者は、私のことを天才だと言うが…私は自分のことを一度も天才だと思った事がない。それこそ本物の天才に会ってからは尚更。

 

だからこそ人一倍努力し、今までもこれからも大衆が求める“天使”となった。

 

今回の舞台の客層は評論家が多い。劇団ララライ、出演家の金田一敏朗がわざわざ外部の役者を使ってまでやる舞台だからだ。

 

今まで通りの芝居では通用しない。だから私は

 

 

───私だけのカムパネルラ(彼女)を演じる

 

 

あの時、魅せてくれた彼女(夜凪景)のように───

 

 

 

 

 

 

 

──

 

───

 

「百城のやつ、化け始めたな」

「姫川さん、分かるんですか?」

「まぁな。黒川も見て分かるだろ?」

「ちょ…し…できない…」

「は?」

「だから…直視できなくて……」

「……は?」

「いや、だから…直視できなんです!」

 

直視できないと豪語する黒川に対し、姫川はこの先の舞台への不安を募らせた。とはいえ、不安要素は黒川だけではなかった。姫川はその不安要素を抱えるもう一人の人物を目尻に見ながら考える。

 

───役にのめり込み過ぎだな

 

稽古で千世子と演技する事が多い姫川だからこそ、その不安が見てとれた。

 

「おい、百城」

 

姫川の声が聞こえたのか、千世子は振り返った。

 

「今日はもうやめだ」

「…なんで?」

 

困惑気味の千世子に思うところがあったのか、姫川は千世子の目を見ながら言葉を発した。

 

「百城。お前、役に浸かり過ぎだ。たしかにお前のカムパネルラはよく出来てるよ。けどな…戻って来れなくなる前に───「全然だめだよ。こんなの“私の”カムパネルラじゃない」っ…」

 

目を見開き、姫川は凝視する。

 

「忠告はしたからな」

くすっ。ありがとう」

 

そう小さく呟く千世子の瞳には銀河に浮かぶ無数の星が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───起きないと。

 

俺はふと自分の頭に触れる感触で、目を覚ました。それにしても久しぶりに泥のように眠った気がする。

 

数時間前に監督の下で演技の指導を受けて疲れていたのもよく寝れた要因の一つだろう。だがそれよりも大きい要因は、アイの膝枕…これに違いない。

 

後頭部に当たる柔らかい感触と額に当たる人の手の温もり。人肌の心地よさに落ち掛けた俺は、もう少しこのままでいたい…いやだめだと、頭の中で葛藤しながら薄っすら目を開ける。

 

そこの映るのは、紫がかった黒髪…ではなく、ふわふわの透き通る白金の髪。華奢でしなやかな白い手。成長するごとにより美しくなっていく端正な顔。けぶるような睫毛に縁取られる双眸は、愛おしそうに俺を見つめていた。

 

ぼんやりとしていた意識が覚醒する。

 

「おはよう。アクア君」

「……なんでいんだよ」

「ひどいね。アクア君は」

「いやほんとになんでいんだよ。アイはどうした?」

 

俺がこのような反応をするのも無理もない。本当なら俺は母親であるアイに膝枕をしてもらい寝ていたのだから。だがそれがなぜか、いつの間にかに幼馴染である千世子に膝枕をされていたら誰でもこのような反応になるだろう。

 

「アイさんならドラマの撮影に行ったよ」

「……そう言えば言ってたな…」

「それにしてもアクアちゃん。ぐっすりだったね」

「ちゃん付けはやめろ。それと今すぐこの事は忘れろ

 

アクアの放つ言葉はかなり感情が乗っていた。だがこれが膝枕されていない状態なら尚更よかったであろう。現実は非常に無慈悲である。悲しきかな、今のアクアは千世子に撫でられながら言葉を発していた。

 

「説得力ないよ。アクアちゃん」

「……とりあえず、撫でんのやめろ。起き上がるから」

だめだよ

「…いやなんでだよ」

 

いつにも増して可笑しい。掴みどころがないやつだと思っていたが、まさかこれ程までとは思いもしなかった。見た所、仕草はいつもの千世子だが、雰囲気が兎に角可笑しい。それに俺を見る目つきもいつもと違う。

 

「ほんとに千世子か?」

「そうだよ?」

 

…役作りか?それなら分からなくはないが…だとしてもここまで人が変わったみたいに…まさか───

 

メソッド演技……

「カントクからよく学んでるんだね。偉い偉い」

 

そう言って俺の頭を撫でる千世子からはなんだか小さい子を宥めるときのような雰囲気を感じる。そういえば前に千世子が言っていた事があった。

 

ある日、友人の演技を見て嫉妬にも近い感情を覚えたと。その演技は嘘でなく真実で観客を魅了したと。

 

それを踏まえるなら、今の千世子は間違いなく真実で演じてる。いつものようなただ綺麗なだけじゃないからよく分かる。けどな…

 

「なぁ…役にのめり込むのもいいけど。ちゃんと寝ないともたないぞ」

「……寝てるよ」

「おい、なんだ今の間」

 

やっぱりな。よく見ないと分からないが、薄っらと白い肌に似合わないクマができている。

 

身体を起こす。千世子が驚いているが気にしない。

今の千世子見るに膝枕をされるのは間違いなく俺じゃなく、千世子の方だ。

 

「…アクア君。なんの真似?」

「なあ千世子。正直、お前が一体何に悩んでるのか、俺には分からない。けどな…今は休め」

「……」

「…それにお前に倒れられると困るんだよ…役者としてお前のこと結構……尊敬してるんだからさ」

 

プイッと、明後日の方向を向くアクアに千代子は目を見開く。

 

「…煽ててもなんにもないよ?」

「……」

ふふっ。意地悪だね…アクア君は」

「…なんとでもいえ」

 

そんな少し照れるアクアと笑顔の千世子の様子をこっそりと見つめる者が居たとか居なかったとか…。

 

 

 

 

 

───撮影帰り

 

ドラマの撮影帰りはいつもミヤコさんが送ってくれる。そしてその横にはいつも百城ちゃんがいる。よく私達はセットで売り出される事が多いから共演するのは仕方ない。だけど最近の百城ちゃんは何処か変だ。

 

「昨日、膝枕変わったのはいいけど…一体何のためだったの?」

 

首を傾げながら聞いてみた。

 

「気になる?」

「うん」

 

いつ見ても綺麗な横顔…だけどいつもより何処か大人びている気がする。

そんなことを考えていると、静かに百城ちゃんが語り出した。

 

「私ね…いつも観客(誰か)に媚びってきたの。理解されたい…共感されたいって…その想いで自分を誤魔化し仮面を被ってきた。でもアイさんのおかげでよく分かったよ。元より人は一人じゃないって…今思い返せば、家族とか夜凪さん(友達)とかと一緒にいると共感とか理解とかは、させるものではなくて…すでにある(・・・・・)ものだったんだよ。…なんで今まで気づかなかったんだろ…。

ねえ、アイさん。今更だけどありがとう」

「どういたしまして?

ねえ、百城ちゃん。聞いていいのか分からないけど、ところで夜凪さんって誰?」

 

多分私はこの時の百城ちゃんの顔を生涯忘れることはないと思った。

 

ふふっ。私だけの唯一のお友達

 

 

そう言い放つ百城ちゃんの顔は慈愛に満ちていた。そんな百城ちゃんに、私が感じたのは“深い嫉妬”だった。

 

ただ

 

───ああ、羨ましいな…と。

 

そう思うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台、銀河鉄道の夜まで 残り1週間。

 

 

あれから百城はより美しくなった。なんと言うか顔つきが変わった。

 

「凄いですね。千世子ちゃん」

「あー、そうだな」

 

黒川もやっと慣れてきたみたいだな。まあ、そうじゃないと俺達が困るからな。…にしても百城のやつ一体何があった?

 

ほんとうに人格まで変わっちまってる。

 

「おい、百城。一体何を喰った?」

 

ゆっくりと振り向く。

 

 

「うーん…強いて言うなら“愛”だよ」

 

 

そこには慈愛の天使がいた。

 

 

 

 

はは。こりゃやべぇな。下手な演技をしたら俺まで喰われちまう。

あくまで敵は観客ではなく、共演者か…。

 

まあ、でもありがたい。百城が輝けば輝く程、俺が演じるジョバンニも輝く。ジョバンニにとってカムパネルラは優しくて、カッコよくて、憧れの存在。それでいて何処か謎めいている。

 

それに対してジョバンニは、周りと孤立気味で孤独で空想好きな少年。不在の父と病気がちな母を両親に持ち、生活を支えるために学校終わりに働くほど、母親の存在を大切にしている。

 

昔、オッサンが言っていた。役は必ず自分の中に存在すると。

役との壁をいかに作らなず向き合えるかが、この舞台の鍵。

それにしても…

 

───理解の及ばない存在を演じるか…。

 

俺とジョバンニは似ている部分が合って演じやすいとはいえ、今の百城と演じるのは少し骨が折れる。

 

 

 

 

 

───銀河ステーション

 

 

──────銀河ステーション

 

 

不思議な声が響く。

 

そしてゴォォォオオオ、という汽車の音と共に眩い光がジョバンニを襲う。

 

目を開けるとそこには、親友のカムパネルラがいた。

 

 

『カムパネルラ……!

僕、さっきまで丘の上にいたのにこの汽車は…!?

それに君はいつからここに…』

 

 

『皆はね。

随分走ったけど、乗り遅れてしまったよ。

ザネリも随分走ったけど遅れたよ』

 

戸惑いを見せるジョバンニを目尻に、カムパネルラは汽車の窓を開けた。

 

───ガチャ、と

 

汽車の中で音が響く。

 

『ザネリも来るの…?』

 

 

『ザネリは帰ったよ。

お父さんが迎えに来たんだ』

 

 

ごらんよ。ジョバンニ

 

 

『?』

 

       

この汽車、銀河を走ってる

 

 

 

それでも“迷いのない芝居”をすれば、自ずと死せず生まれ変われる。

自身が積み上げてきた人生観を壊し、役の人生だけを取り入れる。どこまでも深く沈む感覚と役の感情との対比。それをただ詰めていけばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台、銀河鉄道の夜 公演初日

 

 

紫がかった黒髪の女性と、蜂蜜色の髪をした双子が舞台劇場前でとある人物を待っていた。

 

「いやー!楽しみだねー。

アクア!ルビー!」

「そうだねママ!」

 

女性陣の二人は舞台へ期待で楽しみにしている中、一人どんよりとした空気を放つ少年は空を見上げる。雲一つない快晴の天気は、まさにこの舞台を祝福しているようでもあった。

 

足音が一つ、3人の元に近づく。

 

「悪い。少し寝坊した」

 

そう言い放つのは、ちょび髭を生やしたロン毛の映画監督、五反田泰志であった。余談だがネットで毎年ノミネート止まりとして笑われている。

 

「もー遅いよー!カントク!」

「悪かったって。

…それにしても舞台か…演目はなんだ?」

 

五反田の発言にアクアは目を見開く。まさか知らずにこの場に居るなんて思いもしなかったのである。おいおいマジか。アイのやつ誘っておいて何も教えてなかったのか、とアクアは思うのだった。

 

「銀河鉄道の夜だ」

「おお、そうか。

ありがとな早熟」

 

ちょっとしたハプニングがあったものの…それにしても銀河鉄道の夜かーと、何やら考え込んでいる五反田を目尻に星野一家は中へと入っていった。

 

 

 

「おいおい、置いていくなよ」

「カントクが考え込んでるのが悪いんです〜」

「たく……」

「ママー、いっぱい人がいるね」

「そうだね〜。でもママのドームの時よりは少ないかな〜」

 

比べる対象がまず違うだろ。

…ルビーも言っていたが、たしかに人が多いな。

 

「なあ、カントク。

金田一って人そんなに凄いのか?」

「あー、そうだな。

早熟にはまだ映像関係の事しか教えてなかったな。

まあ、客席を見れば分かると思うが、有名俳優や演出家が大勢来てやがる。金田一が見出した役者は数知れないし、日本の誇る演出家の一人だな」

「ふぅん、そんなに凄い人なんだな」

 

カントクの話を聞き終わった後、開演まで待って居る間、後ろから少々大きな声で聞こえてくる男達の会話に耳を澄ます。

 

〈主演ジョバンニに姫川大輝をやらせるのは分かるんですが…、その友人カムパネルラに百城千世子を当てるのはどうかと思うんですけど…カムパネルラだって主演ですし…、この舞台…本当に大丈夫なんですかね?〉

 

1人の男が呟く。その声に反応したのは、少々小太りなちょび髭を生やした男だった。失礼だがカントクに似ている気がする。

 

〈さぁな…、たしかに姫川大輝は舞台歴は長いし演技力もずば抜けてる。それに比べて百城千世子は舞台歴はゼロ…おまけに上っ面の演技しかしねぇ…、正直見る価値なんてねぇよ。だけどな───あの劇団ララライの金田一敏朗がわざわざ、主演に百城千世子を抜擢したんだ…きっと何かしらあんだろ〉

〈そうだと良いですけどね…、俺にはただ人気女優を使って舞台の認知度を広げようとしてるようにしか見えないですけどね〉

〈まぁ、つべこべ言わず…見てみようや。話はそれからだ〉

 

男たちの会話が終わるのと同時に

 

フッ…

 

と、客席を照らすの照明が徐々に暗くなっていく。

 

すげーなとしか感想が出てこない。今世では初めて見る舞台。ここに千世子が出てると思うと何とも言えない感覚に陥る。あの時の表情を思い出すとなんだか不安になってくる。

 

考えていても仕方がない…今はただ無事にこの舞台が終わる事を俺は願うしかなかった。

 






※おまけ

(姫川、黒川を除く)
   ↓
ララライ一同「俺ら「私らあんな化け物達と芝居するの」か」


   千世子「ねえ、姫川さん。
       なんだか私達避けられてないかな?」

    姫川「そうか?黒川見てみろ。
       ずっとお前のこと見てるぞ」

   千世子「あはっ。
       黒川さんは参考にならないよ」

    黒川「グフッ」

    姫川「…百城。
       お前、容赦ないな」

   千世子「?」


────────────────────────



千世子ちゃんが違う意味の天使になったよ!
あかねちゃんもやっと目が慣れてきたよ!
姫川さんも苦労が尽きないね!やったね!

次々回に本編に入ると言ったな…あれは嘘だ。
本当にすみません。でも次でやっと舞台編が終われそうです。
ここまで見てくれた方本当にありがとうございます。拙い文ですが見てくれるだけで嬉しいです!もし宜しければ、評価や感想を頂けると励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。

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