天使の子   作:ぺてんし

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世界とは何か、自分とは何か、皆ソレを探し求めている。もしその一端を見つけたのならば、人々はソレを誰かに伝えたいと思うだろう───


第六話 生と死の幸い

 

 

 

「始まるな」

 

そう声を洩らしたのは、観客席に座るちょび髭を生やしたロン毛の男、五反田泰志。彼が目を向けて居るのは舞台の中央。そんな五反田はふと昔の事を思い出した。百城千世子と言う偶像(天使)にあった時の事だ。

 

とある大手事務所の子役オーディションの審査。周りの子役志望の中に一人目立つ幼女、それが百城千世子だった。

 

子役など五反田にとっては皆同じだった。一人を除いて。子役特有の演技。私は可愛いと、全面的に出る演技。

そんな演技は五反田の求めているものとは違った。もっと泥臭く、見ている者に何かを伝え、見ている者の心に残る演技。それが五反田が求めてるものだった。

 

何者にも染まることができる役者。それを求めるならば、このようなオーディションなど見ずに、年齢層の高い役者志望の出るオーディションを見れば良いのだが、この日の五反田は知り合いの頼みにより、この子役オーディションの審査員をしていたのだ。

 

3組目の子役志望の子供達。

今日のオーディションはこの組みで終了。

お題は、無邪気な子供。

 

───どの子供を選んでもかわらねぇな。

 

そんな事を思う五反田の目に、一人の幼女の演技が飛び込んできた───

 

目が離せなくなった。容姿、仕草、雰囲気、それは先程と変わらない。そのはずなのに演技が始まった瞬間に感じる圧倒的な存在感。ニコニコと笑う顔は天使のように、太陽の光を吸収しているかのような美しく輝く白金の髪は窓から入る風に揺られ幻想的に。整い過ぎた顔は、神様が直接描いたような印象をその時は受けた。

 

思わず口角が上がる。

おいおいマジか、と。

 

周りの子供達はただ嬉しそうに笑うだけだったり。仕草を大袈裟にするだけだったりと、演技と言うものをまず理解していなかった。だが、コイツだけは違う…理解している。どんなド素人でも分かる。まさに無邪気な子供。間違いなくこの子は受かる。初めてオーディションでこんな原石を見つけたと俺はその時思った。

 

 

 

 

子役オーディション合否通知。

 

百城千世子、不合格。

 

 

納得がいかなかった。だからか俺はその知り合いがいる事務所の社長に声をかけた。いつもの俺ならこんなことはしない。たかが少し変わった子役志望の幼女一人…。だがなぜだか分からないが、どうしても納得がいかなかった。

 

「なんで落とした」

「貴方に関係ないことでしょ?」

「いや、関係あるな。

俺もあの日は審査をしていた」

 

社長の目を見ながら俺は強く訴えかける。

 

「はぁ…。あの子の演技は危ないわ…。

あの歳で完璧に感情をコントロールしている。

貴方も演出家ならそれくらい分かるでしょうに」

「……わかんねぇな」

「なんですって?」

「だからわかんねぇって言ったんだよ。

あんだけの才能だ。今からならどんな色にも染まる役者になれる」

「それで、なれなかったら貴方は責任取れるの?」

 

責任か…。毎年ノミネート止まりの俺にそんな責任なんて取れるわけがない。俺の映画は「何が撮りたかったのかが分からない」と言われることが多いがそれはそれでいい。俺が伝えたいことが分かってくれる奴が見て心に残ればそれでいいのだ。これは俺のエゴだ。俺はきっとあの子に誰かの心に残る演技ができる役者になって欲しいのかもしれない。

 

「責任なんて取れねぇよ。

それにこれは俺のエゴでもある。だけどな…。

あの子は…百城千世子は…間違いなくこの業界でしか生きられない人間だ」

「…それほど言うなら自分で育てればいんじゃないかしら」

「……言ったな。

お前が選んだ奴が負けても文句言うなよ」

「勝ち負けなんて馬鹿らしい…。

……私が選んだ子が負けるはずがないわ」

 

勝ち負けは馬鹿らしいんじゃないのかよ。まあ、いいさ。吠えずらかかせてやるよ。

 

「あの子の心が壊れないように気をつけることね」

「言われなくても分かってるつーの」

 

 

 

 

それから俺は百城千世子に会いに行った。

 

「君はまだ役者になる気はあるか?」

「なる気?当たり前だよ。

それに役者は私の天職だ。もう少し大きくなったらもう一度オーディション受ける気だよ」

 

天職か…。ますますいいじゃねぇか。役者は負けず嫌いな方がいい。

 

「そうか…。なら、うちのプロダクションに来ないか?」

「……いいの?」

「良いも悪いも俺が言ってるんだから気にするな」

くすっ。ありがとう。

だけどお母さんにまずはこの事話さないと」

 

そりゃそうか。まずは親を説得させないとな…。

 

かくして俺は百城宅にお邪魔することになった。

 

「お母さん。ただいま」

「おかえり。千世子。

ところで…そこのおじさんは誰?」

 

おじさんって…、まあそうだよな。こんなホームレスみたいな風貌な男がいきなりきたらそうなるよな。玄関の前で待ってれば良かった…。

 

「この前のオーディションで審査してた五反田さんだよ。大丈夫。ホームレスみたいだけど危ない人じゃないよ。それにお母さん。寝てないとダメだよ?」

五反田…そう。千世子が言うのだから信じるわ。

それと大丈夫よ。千世子。今日は体調が良いから」

 

体調が良い?なんかの病気か?

 

「父親はどこだ?」

「お父さん?そんなのいないよ。

あの人は私達を置いてって出て行ったから。

それより、五反田さん。話があるんじゃないの?」

「それもそうだな…」

 

椅子に座る百城の母親に俺は話かけた。

 

「いきなり来てしまいすみません。

実は娘さんのことについて話があって来ました」

「そうですか…。

ずっと立っていられるのもなんですから座ってください」

「どうも…」

 

椅子に座る。その瞬間…緊張が走る。いざ言葉にしようとすると、言葉に詰まる。俺の横に座る百城を見るとあの時言われた事を思い出す。

 

───責任取れるの?

 

…情けないねぇな。この場に来て日和ってやがる。まさかコイツの母親が病気で、しかも父親は失踪…。こんな状態の家の子供を俺のエゴで役者の道に誘うなんてして良いいのか…。

 

ギュッ。

 

袖を掴まれる。

 

───百城?

 

「役者にしてくれるんでしょ?」

 

なんて顔をしてやがる。

その真っ直ぐ俺を見つめるその瞳には、いつか見たアイドルを思い出す。

 

ああ、そうだよな。俺はこの子が役者になって演技している姿を撮りたくて誘ったんだ。

 

それにコイツは役者になりたいんだ。その期待に応えなきゃな。

 

「あの…百城さん。あのですね──「良いですよ」…えっ」

「だから良いですって。千世子が選んだならそれで。

私はこの先長くないですから…千世子がやりたい事をやってくれればそれで……」

 

良い母親だな。自分のことより娘のために何かしてあげたい…か。

 

「ありがとうございます…。

こんな言い方は良くないと思いますが…この業界は売れない者は淘汰されてしまうものです…。ですが、娘さんは違う。この子には間違いなく売れるべくして売れるの才能がある。安心して見守ってあげてください」

「そうですか…。

貴方がそこまで言うのならきっとそうなんでしょうね」

 

なぜそこまで人を信じられるんだ。流石に人が良すぎないか?

 

「えっと…」

「すみません…。

実は五反田監督の作品は何度か見たことあるんです」

「…そうですか。

どうでしたか…?」

「良い作品でしたよ。特にあの“たんぽぽ”って作品…。

最後までスクリーンに映る女性の顔を映さない不思議な作品。どこまでもあの女性の1日を映して終わる。私は好きでしたよ。あの何気ない日常を映す貴方の映画は」

 

こんな時、映画監督になって本当になって良かったと思う。伝えたかったものが誰かに伝わって誰かの心に残る。

 

だが理解されたい、共感されたい、その想いで自分を誤魔化し始めたら俺の映画監督(人生)としての意味がなくなるだろう。

 

だから俺は今までもこれからもエゴ吐き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、五反田さん。

プロダクションって五反田さんのとこじゃないの?」

 

あれから俺は百城を連れて、ここ苺プロダクションの事務所の前まで来ていた。

 

「俺にはお前を育てられる程の金がない」

 

自分で言ってて悲しくなるが、現実なのだ仕方ない。

 

「……」

「まあ、面倒は見るし、それにここには何かと縁があるからな。

それにここの社長ならお前を気にいると思うしな」

「ふぅん。まぁ、いいや。

役者ができれば私はどこでもいいよ」

 

そう言う百城の顔は何処か人間離れしていた。

 

それからは驚くほどスムーズに百城の契約進み、無事に苺プロダクションに所属することになったのだった。

 

 

そして俺は役者として百城を育てることになった。だが、驚くことに百城は役者としての基礎は既に出来ていた。

 

しかも役者として自らの出演作を成功させることに誰よりも心血を注ぐ並々ならぬプロ根性すら持っていた。

 

自己を俯瞰し客観視する力にも長け、撮影で使用されるカメラ映像を全てチェックして自分が映る画角や構図を理解し、4歳児にして共演者のNGすらフォローしてOKにしてしまう。

 

台本の読み込み、立ち回りの精度は異常なレベルにまで達しており、5分を超える長回しの長台詞も息をするようにやってのけた。

 

今思えば、かなり変わった子だった。それが今、こんなに大きな舞台で演技をすると言うのだから涙腺が崩壊しそうになるのを感じる。

 

「カントク。まだ始まってねーのに泣くなよ」

「うるせーな。いいだろ別に」

 

ふん!と、そっぽを向く推定40歳児を見るアクアの顔は引き攣っていた。

それはそうとアクアも舞台の中央へ目を向ける。まだ会場内は暗い、だがこの暗さが余計に押し寄せる不安と期待が襲う。観客の微かな声が響く中───

 

パッ…

 

と、舞台の中央が照明に照らされる。

そこに現れたには、主演のジョバンニ(姫川大輝)

 

圧倒的な感情演技をすると話題の彼に観客の視線は集まる。

 

 

ずっと一緒にいられると思っていた

 

 

 カムパネルラは僕の側にいつもいてくれてたから

 

 

 ……ずっと一緒にいられると思っていた

 

 

ジョバンニの声が響くのと同時に、観客全員は物語の進む汽車に乗車した。この瞬間、一瞬にして会場をジョバンニは飲み込んだ。

 

水を打ったように観客が静まり、誰一人として声を上げない。小さな子供までも魅了するスター性。それが姫川大輝。

 

 

『ようジョバンニ!』

 

 

そう声を発するのは、ザネリ(林原キイロ)であった。彼の放つ声色は、ジョバンニを嘲笑うかのようである。

びくっ、と身体を強張られせるジョバンニにザネリは近づく。

 

 

『お祭りになんて来てる場合か?

 

 

 母ちゃんの面倒を見に早くうちに帰ったほうがいい

 

 

 らっこの上着も帰って来てるんじゃないか

 お前の父ちゃんのことだよ』

 

 

ザネリはにぃっ、と口を歪めながらジョバンニの耳元で囁いた。

 

 

密猟してる

 

 

 

さすがは劇団ララライ。主演だけでなく助演までもがレベルが高い。観客にどう見られてもいいように演じている。

 

銀河鉄道の夜はタイトル通り、汽車に乗ってからが本番と言える物語だ。

冒頭の話で観客を引き込むことができなければ、後が良くても意味がない。だが、ララライの役者陣がそんな凡ミスをするはずがない。

 

ザネリの役はジョバンニが汽車に乗る前の冒頭だけ。それもいじめっ子で川に溺れ、カムパネルラに命を救われるがその代わりにカムパネルラを死なせてしまうどうしようもないマヌケの役。

 

そんなザネリを演じる林原の演技には、“嘘”がなく恥も外聞も気にしない清々しいほど気持ちの良い演技。芝居に緩急をつけ、それでいて驚くほどに自然体。だからこそ見ていてザネリを心の底から嫌いになれない。

 

「ママ!私アイツきらい!」

「そうだねー」

 

そう返すアイの顔は少しだけだが、恨めしそうにザネリを見ている。

何か思うことがあるのかもしれない。

 

 

ここで一幕目が終わる。初の場面転換。

観客の拍手する音が会場全体に響き渡る。

 

パチ 

  パチ 

パチ 

  パチ

 

と。

 

 

「こりゃ、凄いな」

 

「…姫川大輝、想像以上だ」

 

「姫川だけじゃない。助演の人達も粒揃いだぞ」

 

などと、声がちらほらと聞こえる。それもそのはず、冒頭だけで会場全体を虜にしたのだから。これにより、更にこの舞台への期待値が高まった瞬間であった。

 

 

 

 

「なあ、姫川」

「どうした?」

「百城のやつ…一幕目からずっとあんな感じだけど大丈夫か?」

「……さぁ、分からん。でもきっと集中してんだろ」

 

改めて姫川は千世子に目を向ける。そこにはただ遠くを見つめ、何処か思い詰めているように見える千世子がいた。

 

声をかけようにも、どう声をかけて良いか、この場にいる役者陣には分からないでいた。すると金田一が全員に向かって声をかけた。

 

「百城のことは気にするな。俺がなんとかする。

だからお前らはお前らの芝居をしてこい」

 

 

 

 

 

 

 

一人ジョバンニは丘の上で不思議な声を聞く。

 

 

“銀河ステーション”

 

         “銀河ステーション”

 

“銀河ステーション”

 

 

場面転換。第二幕の始まりだ。

 

この第二幕の始まりによって観客全員が舞台のセットに目を向ける。そこにあるには、四つの椅子と演出を向上させるために焚かれたスモークのみ。非常に質素なセットである。まさかあの金田一敏朗がこのようなチンケなセットを使用するなど観客の大半は思いもしなかったであろう。

 

─── 一体なんの目的でこんな事を…

 

そう脳裏によぎる。これではまるで役者の演技に全てを丸投げしているようにしか見えない。

 

 

 

 

 

「おい、百城。

そろそろ出番だぞ。いけるか?」

「うん…大丈夫」

「そうか…ならよかった。

この舞台はお前なしでは成功しない。観客に魅せてこい。この三ヶ月で変わった【新生】百城千世子を」

くすっ。大袈裟だね、金田一さん。…言い忘れてたけど、わたしは別に“天使”を捨てたわけじゃないよ。ただ…この舞台でも勝ちたかっただけだから」

「百城?何を言ってるんだ?」

 

百城千世子…、お前は異様なまでの成長速度で姫川と対等と言っても差し支え無い程の演技をする様になった。昔いた“アイツ”のような演技で…。

 

人としてどこか欠けている奴はすぐに分かる。匂いと言うか感覚に近いものだ。だが百城は演技をするまで欠けているようには全く見えなかった。

 

どこまでも分厚い仮面を被り、道化になるコイツの気持ちなんて俺が分かるはずもない。だからだろう…。俺が百城が欠けてるのがわからなかったのは。

 

だが一つ俺に分かることがあるとするのならば、それはコイツが化け物だってことくらいだ。

 

不思議なやつだ。どこまでも進化し続けるコイツは…百城千世子はなぜだが見ていたくなる。どこまで上り詰めていくのかを…。これじゃまるで浮気だな。後で姫川に怒られそうだ。

 

「ありがとう……金田一さん。

うん。もう大丈夫。

 

        ()、いってくるよ」

 

 

 

今の百城千世子は間違いなく“大衆が求める理想”とはかけ離れている。だが百城は偶像だ。

 

最近、良く百城はずっと元天才アイドルの人気女優と一緒に共演していることが多かった。これは俺の憶測だが、きっとそれはどこまでもカムパネルラになるためだったのかもしれない。

 

私だけのカムパネルラか…嘘つきめ。最初からお前は自分のカムパネルラなんて他人に魅せる気なんてさらさらないくせによ。お前が本当にあの時言っていた言葉は…皆のカムパネルラだろ?

 

天使に偶像(アイドル)の仮面を被せ、カムパネルラがずっと探していた正解()を探すためだけにこんなことする馬鹿はお前くらいだよ…百城千世子───

 

 

 

 

『カムパネルラ!』

 

 

 

 

 

この日、百城千世子の演技を観た者は皆、口を揃えてこう言った。

 

 

天使(死人)

 

 

と。それもそのはず、この日の千世子は皆が躊躇してしまう程、危うい雰囲気を纏っていたからだ。

 

 

そして最後のカーテンコールでさえ、その様子は続いていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───一年後。

 

 

「アクア君。また見てるの?」

 

千世子の声。今年、千世子は高校生になった。

時の流れは早いもので俺も既に受験生だ。

 

「見ちゃ悪いか?」

「そんな事ないけど、それ見て参考になる事ないよ?」

「あるよ…。

あの日、この舞台を見た後にアイが泣きながら俺たちに“愛してる”って言ったんだ。一体何がアイをそこまでさせたのか気になるんだ」

 

それにこの舞台は一度しかやらなかったし、千世子の雰囲気も何処か可笑しかったしな。

 

「ふぅん…そっか。

そうだ、話は変わるけどさ」

「どうした?」

「アクア君はどこの高校行くの?」

「陽東高校。ルビーが心配だしな」

「相変わらずシスコンが極まってるね」

 

当たり前だ。俺の可愛いたった一人の妹なんだからな。

それにルビーは最近はやっと社長とミヤコを説得させて、アイドル部門を復活させたからな。さすがは俺の妹だ。

 

「……アクア君。

ドヤ顔もそれほどにして、そろそろ稽古始めようよ。

私もアクア君と付き合ってられる時間あんまりないしね」

「悪いな。

それで今日は何を教えてくれるんだ?」

「そうだね…。

今日は───

 

 

かくして俺は新たな一歩を踏み出すのだった。

 

 

 








今回はおまけは無しです。

千世子ちゃんの過去の捏造具合が酷すぎるが気にするな。なに?銀河鉄道の夜が未完成だって?耳が痛い。…すみません力尽きました。言い訳になっちゃいますがこれ以上書くと酷いものになっちゃいそうだったのでやめました。千世子ちゃんがどんな演技をしたのかは是非妄想してみて下さい。考えると結構楽しいですよ!それにしてもやっと本編に入れます。書きたいことがかなりあるので楽しみです。もし宜しければ、感想や評価を頂けると励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。


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