───心情。
───嘘と真実。
ベッドの上で腕を伸ばしながら手を広げる。光を放つ照明が手に当たり、そのまま顔に影を作ると星野ルビーは顔を顰めた。
───今日も疲れたなぁ。
そんな事を思いながら、今日あった出来事をルビーは一つ一つ思い返した。まずは、お兄ちゃんと一緒に高校に行って…それからロリ先輩に会って…それからそれから…あの不知火フリルと会って…それから…高校生活初めてのお友達が出来て…、それなりに一日を謳歌したはず…。
だけど、誰一人として本当の私を見てくれない。お兄ちゃんだってそうだ。ママだってそう…。だけどそれは当たり前。元々は天童寺さりなだった私だけど今は違う。だから前の私は私であって私じゃない。転生してから星野ルビーになったけど、きっと本当の意味では私であって私じゃない。ずっと星野ルビーとして仮面を付けて今を生きているから。生まれ変わってからいつもその事が頭の隅にあった。多分だけどお兄ちゃんもそうだと思う。お互い転生者で、お互い前世は如何だったとか話たことは無いけど、多分そう思う。だって今私がこうして悩んでいるんだから。
「はぁ…」と、ルビーは溜息をこぼし体を起こす。すると“ぎゅるるる〜” と、お腹が鳴った。考え事をするとお腹は空くものだ。そんなルビーは気を取り直し、今頃兄である星野アクアマリンが夕飯を作っている頃合いだと考えながら自室の扉を勢いよく開け、一階のダイニングへと駆け出した。
カレー特有の匂いが充満する一階。匂いに釣られてニ階から降りてきたルビーが目にしたのはカレーを作る兄の星野アクアマリンでは無く、この家の住人では無い百城千世子であった。
「あ、おはよう。星野さん」
「なっ!!!」
驚きのあまり、大声を出そうとしたルビーだったがそれは叶わず、大きな手によって防がれたのである。ルビーはその防いだ手の者を確認するために自身の頭上を見上げる。そこにいたのはいつもキッチンに立っているはずの兄の星野アクアであった。
「お、お、お兄ちゃん!」
「分かった。分かったから。大声出すな」
「だけど!」
「なんで千世子が居るか、だろ?」
うん、うん、と、頭を勢い良く上下に振る妹に少し引きながらアクアは答えた。
「アイが呼んだんだよ。理由は知らないけどな」
「そ、そうなんだ。で、なんでお兄ちゃんがカレー作ってないの?」
「アイが千世子に作って欲しいって懇願したから」
アクアの話を聞き、数秒考えたルビーだったが───
「ママが言ったなら仕方ないか!」
考えるのを完全に放棄し、アイを肯定したのである。
「いや、そこは疑問に思えよ」
アクアのツッコミも虚しく、ルビーはアイのいる部屋へと駆け出していったのであった。そんなルビーを見送ったアクアは千世子に顔を向ける。
「で、なんでいるんだ?」
「さっき言った通りだけど?」
「それは聞いた。けどな…、お前がそんな事で此処に来るわけないだろ」
「……分かっちゃう?」
「バレバレだ」
「仕方ないか」と、ニヒルな笑みを浮かべ、カレーを皿に盛り付ける千世子の姿は何処か恐怖さえ感じさせるものであった。
「話は後で。まずはカレーが冷めちゃわないうちに食べようよ。アクア君」
「うっ〜〜〜ん!!!美味しい!
いつ食べても絶品だね!千世子ちゃんの千世子カレー!」
アイの満面の笑みに「それは良かった」と、返す千世子。確かに美味しいが先程の千世子の様子に、カレーが中々喉に通らないアクア。そんなアクアにルビーは声をかけた。
「どうしたのお兄ちゃん。カレー冷めちゃうよ?」
「分かってる。…どうにも気になるんだ。なんで千世子がわざわざ来たのかがな」
「確かに。それは私も思った。あと私ちょっと百城さんの事苦手だし…」
「……、何がどうしてしてそうなったかは聞かないが、早めに仲良くなれよ」
「無理だよ…、だって百城さんってなんだか胡散臭いんだもん」
「それは言えてる」
「そこ、全部丸聞こえだよ」
ジト目でアクアとルビーを射抜く千世子に対して、そっぽ向くルビーとアクア。流石は兄妹と言える。仲が良さそうに見える3人を嬉しそうに見つめるアイ。そんなアイは、ルビーとアクアに盛られたカレーを見つめ、イタズラに声を上げた。
「二人とも早く食べないとママが全部食べちゃうぞ〜!」
「「それはダメ!」だ!」
勢い良く振り向く2人。アイに食べられると思ったのか、2人はがっつくようにカレーを食べ始めた。そんなアクアとルビーに気を取られたアイは小さく呟いた。
「そ、そう?」
星野一家の様子に千世子は「仲が良いね」と、呟き自身もカレーを口に運んだのである。
何はともあれ、今日も今日とて仲が良い星野家であった。
夕食を食べ終えた星野一家は食後の休憩をとっていた。その間、千世子は食べ終えた食器を綺麗に洗う。そんな千世子に近づく影が一つ。
「もう一度聞くが、なんで居るんだよ」
「せっかちだね。アクア君は」
2人の間に流れる不穏な空気。少しピリついた空間に似合わないアイとルビーの賑やかな声が遠くから聞こえる。少しの間を置いて千世子は口を開いた。
「それじゃ聞くけど…、なんでまた役者やる気になったの?」
「……別に…千世子には関係ないだろ」
「うん。そうだね。正直アクア君が役者やろうがやるまいが、私は興味はないよ」
「だったら──「でも、カントクがこれから作る映画にアクア君…いや、君たちが関係してるみたいだから気になって来てみたんだよ」…」
───星野アクアにとって役者をやる理由などない。
昔、アイに褒められたことがある。その時は嬉しくて役者の道も良いと思った。だが、そんなに甘い世界ではなかった。
───才能。
この世界に置いて才能は絶対的だ。だが悲しいかな、圧倒的な才能は星野アクアにはなかった。そんなアクアに更に追い討ちをかけたのは、数年前の舞台、銀河鉄道の夜である。初めて見るレベルの高い演技に目を奪われ、そして醜い嫉妬を覚えた。自身にないものを持っている彼らに憧れと畏敬の念を抱いたのだ。そして絶対に越えれない壁を感じ、役者の道は諦めた。
───それでもアクアにはこの業界にこだわる理由があった。
“家族を守る”ただこのためだけにこの業界にいる。あの日、ニュースで見た。前世で自身を殺したと思われる捕まった男。その男がアイを殺すために訪れたのだ。だが運良くその日は千世子の家にいた為助かった。それでこの話は一件落着とみえた。だがアクアには引っかかる事があったのだ。
───なんで住所を知っていたんだ…と。
言動や行動に怪しいところがあるアイだが、アクアやルビーの事やプライベートの事になると、途端にガードが固くなる。それにあの男が訪れる前にアイの住所を知っていたのは恐らく、社長やミヤコ、それに千世子だけであった。もし他に知っている人間が居たとすれば、それはきっと正体の分からない“父親”だけだ。社長やミヤコが情報を漏らすわけがない。千世子に関しても“情報”を漏らすわけがない。
思考の海に溺れるアクアに
「ますます似てきたね」
千世子が言った。
意図の読めない表情と起伏のない声色。
「…どういう意味だ?」
「さあ?なんだと思う?」
ふふっ と、笑顔を作りながらアクアを見据える千世子。
───アクアにとって百城千世子という存在は歪のものだった。
若くしてトップ女優としての地位を獲得し、“天使”の異名で呼ばれる千世子。自身の持ち得ない才能を持ち合わせる彼女。時々、理解に苦しむ言動や行動する彼女だが、それは千世子の女優としての好奇心からくるものだ。転生していると言う共通点はアクアと同じだが、住む世界が天と地の差があると思わせる程の
「なあ、千世子。………お前は…一体何を知ってるんだ?」
アクアの疑問にただひたすら笑顔を作るだけの千世子。考えている事が全くと言って良いほど分からない。まさに感情と言うものに蓋をしているかのよう。
食器を洗う音が止まり、千世子は手をタオルで拭き、アクアの方へ向き直る。
「何を知っているか…だっけ?そうだね…、いろいろとかな?」
「……」
「あ、そうだ。ここに来た理由だけど…ただ小さい頃からの知り合いにアクア君がますます似てきて、それで会いたくなって来てみたんだ。本心は映画の事だけどね」
(なあ、千世子。お前は本当に───)
「さ、アイさん達の所に行こっか。アクア君」
※おまけ(本編と関係ありません)
千世子「やっぱり似てるねぇ」
???「千世子君、やめてくれるかい?」
千世子「頭撫でられるの嫌だった?」
???「嫌じゃないよ。ただこれは、夜凪君に
やってあげるべきなんじゃないかな?」
千世子「それもそっか。
昆虫集め…一番頑張ってくれたもんね」
??「ぴすぴす!」
────────────────────────
夜凪カレーがあるなら千世子カレーもきっとあるはず。異論は認める。
多分ですがルビーと千世子ちゃんって相性悪そうですよね。仮面をつけて生きる者同士で同族嫌悪とかありそう(?)
何はともあれ、次回から恋リア編に片足突っ込みたいと思います。もし宜しければ、感想や評価を頂けると励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。