ミレニアム最強のメイドに弟子入りしたい話 作:どっかの人
「ネル師匠!今日こそ俺の弟子入りの件を前向に吟味した上で考慮してください!」
「日本語可笑しいぞお前……吟味も考慮もなんもしねぇ!!」
今日も今日とてミレニアムの自治区では、ネルに弟子入り志願するゼンの姿が見えていた。愛も変わらずネルはそれを突き放す。
「テメェはなぁ……アタシ見かける度に来るんじゃねぇぞ。んな事してる暇があるなら少しでも鍛えとけよ!」
「勿論自主練も抜かってません!!フィットネスセンターや自宅でもちゃんと鍛えてます!」
「そうなのか?なら良いけどよ……お前普段から厚着して素肌見せねぇから鍛えてても解りにくいんだよ。つか暑くねぇのかその格好。」
確かに今のゼンの格好は何時ものようにグローブを身につけジーンズや長袖のジャンパーと、最近猛暑になりつつある春に着るには中々の厚着だ。
「あはは……人に肌を見せるのがちょっと……抵抗あって。」
そう言ってゼンは腕を組んで珍しく貼り付けたような引きつった笑顔で返す。その行為にネルは若干の違和感を持ちながらも、一息ついて言葉を発する。
「まぁ、どっちでも関係ねぇ。兎に角弟子に取る気は無い!それだけだ、じゃあな。」
「あ、師匠ぉ!」
走り去るネルの背中をゼンも追い掛け回り込む。
「師匠!そこをなんとかお願いしますよ!」
「何とかもねぇっての!いい加減諦めろ!どけっての!」
「俺は……諦めるって言葉が……一番苦手なんだッ!!」
「少年漫画風に言っても駄目だ!お前のそれは唯のワガママだからな!?」
いつもの如くワーワーと騒ぎながら押し問答する二人。さて、ここで一つ問題だ。今この状況……身重146cmの少女が身長190cm近い男性に頭を下げられ何かをお願いされ、拒否されてるにも関わらずしつこく追い掛け回され、遠目からでは何かを言い争ってるようにも見える。
会話が聴こえてるならいざ知らず、遠目から見たのでは質の悪いナンパかその類に見えても仕方ないだろう。
そんな物を見て、事情を知らない人……更には絡まれてる方の知り合いであるならばどうするか……答えは明白である。
「そこをどうにかお願いします!」
「お前今日は偉くしつこいな!?大体お前はいつも……っ!?おい後ろ!」
「んぇ?……ぐぁっ!?」
ネルがゼンへ注意を促した次の瞬間、彼の頭上に銃器が振り下ろされた。重い一撃をもろに喰らったゼンはその衝撃で地面に伏す。
ネルは一瞬で臨戦状態に入り銃に手を掛けた……かと思いきや、ゼンを伏した相手に唖然とする。
「あ……アスナ!?」
「部長、大丈夫!?」
後ろで銃を構えるはネルの属するエージェント組織C&C、コールサイン:ゼロワンを持つ同級生、一之瀬アスナだった。後から同じく仲間の角楯カリンと室笠アカネも合流してくる。
「大丈夫リーダー?」
「襲われてませんか?貞操は無事ですか!?」
「よし!捕まえたよこの子!観念しなってね!」
「ちょっ!おいお前ら……!」
ネルが急いで静止しようとするも、既にゼンが他メンバーに完全にかこまれ袋叩きにあっていたのだった。
「「部長の弟子志願!?」」
「あはは……まぁ、そう言う事です。」
河岸を変えて近くのバーガーショップにて、ゼンとネルによる懸命な弁解の末、無事誤解を解くことに成功していた。
……いや、無事ではないな。ゼンはアスナ達にリンチされてボロボロだ。にも関わらず『あはは』と笑うのは流石に今までネルに付きまとってきただけのタフネスだ。
事実に知ったアカネは丁寧に頭を下げようとする。
「それは……本当に申し訳ありませ――」
「いいんだよ、一々謝んなくても。10:0でコイツが悪いんだから。」
ネルがアカネの言葉を遮って笑う。そしてネルは何故だが隣に座り一心不乱にハンバーガーへかぶりつくゼンを横目に見る。
「……少しは話聞けよ!お前の話してるんだから!」
「がふっ!」
ネルに横腹を小突かれて、ゼンは思いっきり咽てしまう。ドリンクを呑み、喉を落ち着かせて一息つく。
「えぇ、いやでも多方ネル師匠の言った通りですし。」
「分かってるなら改める努力をだな…………もう言っても無駄か。」
幾ら何を言おうが、この男が自分を追い掛け回すのを辞める気はない……それくらいはこのしばらくもの付き合いで分かっている。すると、カリンが徐ろに口を開いた。
「でも意外……部長が弟子を取るなんて。」
「取ってねぇよ!!さっきも言ったろ、全部こいつの自称だ!」
「そんなぁ……じゃ一体どうやったら弟子と認めてくれるんですか!?」
「どーやっても認めねぇ!ぜってぇに!!」
意固地になってネルはそう声を荒らげてそっぽを向く。ゼンはガックリを肩を落とすと、ハンバーガーの最後のひとくちを頬張り、飲み込んで一息付く。
「ふぅ……しかしあれですね。皆さんメイド部の部員と言う事は、ネル師匠の戦友と言う事ですか?」
「戦友……まぁ一緒に戦うって意味では間違ってはいないけれど。」
戦友と言う少し曲がったような言い方にカリンが突っ込む。ゼンはハッとして顎に手を添えて考える。
「可笑しかったですか……?いや、でも憧れちゃうなぁ仲間って!やっぱり良いもんですか?」
「良いモノと言うか……まぁ、掛け替えのない存在ではあるけど……改めて話すと少し恥ずかしいな。」
そう言ってカリンは誤魔化し混じりにドリンクに口を付ける。ゼンはなるほどと何度が頷く……すると、藪から棒に声を上げた。
「あっ少し席開けますね!」
「あ、わかった!」
ゼンは言葉通りに席を立ち、その場を後にする。用の内容は……まぁ花摘みだ。ゼンが居なくなり、少し席が静かになるが、アスナの一言でまた直ぐに活気が宿る。
「でも部長、師弟云々は置いといても、友達が出来たなら少しくらい話してくれても良いのに!」
「友達じゃねぇよ!!見てたろ一方的に絡まれてたの!」
さっきまで沈黙を貫いていたネルが勢い良く声を上げる。そこからはネルのゼンに対する不満が爆裂だ。
「入学して少ししてからあの調子でアタシを見かけるたびにほぼ毎回来やがるし!何度脅かしてもビビんねぇし!おまけに無駄に脚速いから逃げ切るのも面倒だし――しつこいったらありゃしねぇよ!」
「毎回ですか…それはまた。」
「彼もよくへこたれないな。」
「タフネスだけは一級品だよ……頭の方が壊滅的過ぎて駄目だけどな。」
そう言ってネルはまた深い溜息を付く。想像以上に自分らのリーダーの悩みのタネは深そうだとカリンとアカネの二人は肩を窄めると、少し考えていた様子のアスナが口を開いた。
「でも、本当に嫌なら無視とかそれこそ私達に相談するとか…幾らでもやりようあったじゃん。なんでしなかったの?」
「んがっ!?そりゃお前……」
「……もしかして、純粋に尊敬されて嬉しかったり?」
アスナの何気ない一言に、ネルは顔を少し赤くしてプルプルと震えながら勢い良く立ち上がり声を上げる。
「〜〜!うるッせぇッ!な訳ねぇだろ!!見てろ、帰ってきたら一発ガツンと言ってやらァ!」
「えっ、なんですか?」
神が狙ったのか、タイミング良くゼンが唖然として戻ってくる。ネルはゼンに背を向けたまま軽く一呼吸おいて勢い良く振り返り声を出す。
「おいゼンッ!」
「?はいっ!」
ネルに呼ばれてゼンは彼女の元へ駆け寄る。ただならぬ声だったので、ゼンも目線を合わせようとゆっくりと屈む。この時点で旗から見るとちょっとした笑える絵になるのだが、ネルは真剣にゼンの目を睨みつける。
「ゼン、前々からテメェには一ッ言言ってやんねぇとって思ってたんだよ……いいか、よく聞け。」
「はいっ!」
ネルは何を言ってやろうかと思う内に、無駄に澄んでキラキラと輝く心なしか嬉しそうなゼンの瞳にネルは気づく。「なんで嬉しそうにしてんだコイツは」なんて事を思いながら、一発キツいのを言ってやろうと息を吸い込む。
「すぅ……。」
「……。」
「……。」
「……。」
しかし、いくら貯めても言葉が出てこない。単純にゼンに効きそうな言葉が思いつかないのもそうだが、ゼンの間の抜けた……もといアホ面を見ているとキツいのを言ってやろうなんて気が失せてくる、と言うかマトモに言ってやろうと思うのも馬鹿らしくなる。
「……あのっ、師匠?」
「……オラァ!」
「痛っ゛っ゛っ゛!?えっなんで!?」
悩んで末に出した答えは、ゼンに言葉ではなくその脳天に一発ガツンとチョップを打ち込む事だった。その様子をアカネとカリンが呆れ気味に見つめる。
「部長……」
「リーダー、ガツンとってそう言う意味では……」
「うるっせぇ!これで良いだろ!?」
「ゼッくん大丈夫?」
「だ、大丈夫です……ありがとうございますアスナ先輩……ゼッくん……?」
突如ついた謎のあだ名に困惑しながら、ゼンは理不尽な一撃喰らった頭部を撫でるのであった。
少ししてから5人は雑談と軽い食事を終えた5人はバーガーショップを後にして、一先ずゼンとは解散の流れになっていた。
「皆さん、今日は本当ありがとうございました!色々お話し伺えて楽しかったですッ!」
「そんなそんな!私らも楽しかったよ!」
「部長を今後とも宜しくお願いしますね。」
「アタシは……!ちょっと疲れたぞ!?」
「……リーダー、いつもよりツッコミ激しかったしな。」
一通り挨拶を済ませると、ゼンは手を振りながら走ってその場を後にする。
「それじゃあまたッ!」
「またね〜♪」
「どうせ明日も来るんだろうが……またな。」
ネルは静かにぼやくのを聞き取らずに、ゼンは遠くへと走り去っていく。正に嵐が過ぎたといった感じで、ネルは深く溜息を付く。
「はぁ……やっと行ったか。あいつと居るとこの上なく疲れる……」
「お疲れ様です、部長。」
アカネはそう言ってネルを労う。普段様々な任務をこなすエージェントがここまで目に見えて疲労するのも珍しい事だ。
「いやぁ、部長の弟子志願なんて言うからどんな子なんだろって思ったら……結構良い子だったね♪」
「正直、驚いた。」
「良い子……良い子かぁ?あいつ?」
アスナとカリンの評価に対して、ネルは色々思い浮かべる。純粋と言えばまぁそうなのかも知れないが……良い子と言うより底知れぬ馬鹿さ加減が一周回って良い子に見えるだけなのではなかろうか。まぁ、そんな事を考えてもしょうがない。ネルはまた軽く息をついて静かに声を上げる。
「ったく、もういいから帰ろうぜ……」
ネルがそう言って足を進めようとすると、突然着信音が響き渡る。
「あれ、電話?」
「私のではありませんね?」
「私のでもない。」
「アタシのだな……?」
そう言ってネルがスマホを確認すると、そこには一言『馬鹿』と映し出されていた。
「……ゼンの奴からだ。」
「あんなに言ってたのに電話番号はちゃんと交換してるんだぁ〜……なんで?」
「うるっせぇ!アイツがしつこくせがむから仕方なくだよ!」
ネルはアスナの疑問をそう一蹴すると、嫌な予感を張り巡らせながら、通話に出る……すると聞こえてくる第一声は、先程まで話していた男の情けない言葉と声だった。
『ししょ〜!完全に迷いました……ここどこですか?』
「はぁ!?さっき別れたばっかじゃねぇかよ!?……あ゛ぁ゛!もう!そこから動くんじゃねぇぞ!!目印教えろ!……悪いお前ら、先戻っててくれ!」
ネルはそう言ってゼンの跡を追いかけるように走り去っていく。アスナ達はほんの一瞬唖然とするも、すぐさま平常運転に戻り、指示どおりにミレニアムのスタディーエリアへと戻るのだった。