「こんな辺境の島に泥棒が入り込むとは、何年ぶりかな」
そう言って微笑んだその人は、目を瞠るほどの美しい銀髪の、妙齢の女性だった。落ち着いた色の衣服を纏い、階段をゆっくりと降りてくる様は、知的な印象を受ける。けれどこちらを射抜くような切れ長の青い瞳は、なぜだか初めて会ったはずなのに懐かしくも温かい気持ちにさせられた。
「ごっ、ごめんなさい、勝手にお邪魔してしまって……」
「勝手じゃないだろ。俺は何度も声をかけたんだ。それなのになかなか出てこないから、仕方なく中に入ったまでだ」
「ああ、それはすまない。二階にいたから気づかなかったんだ」
突然部屋の中に入ってきた侵入者とも呼べるべき私たちの問いかけを、彼女は別段驚いた風もなく普通に答えた。
「俺は勇者のユウリだ。ここに学者の子孫が住んでいると聞いてやってきた」
「ああ、それなら私のことだよ。初めまして、私の名はフィオナ。ところで、君はひょっとして勇者かい?」
「なっ……!?」
なんでそんなことを、とユウリが言いかけたとき、今度はナギが二人の間に割って入った。
「なあ、あんたはもしかして……」
銀髪のフィオナさんに向かって何かを言おうとしたが、それきりナギは口を閉ざしてしまった。
ばしっ!!
「おいこらバカザル。俺の言葉を遮るとはいい度胸してるな」
はっきりしないナギの態度に業を煮やしたのか、ユウリがナギの後頭部を思い切りひっぱたいた。
二人のやりとりに相変わらずだな、と思っていたが、それでもナギはユウリの攻撃にも反応せず、沈黙したままだ。
「……いや、なんでもねえ」
小さく頭を振るナギに、私はいつものナギらしくないと感じた。いつもならこのあとナギが逆ギレするところだが、こんなにおとなしい反応の彼は初めてだった。
「……ふん」
もちろんユウリも彼の態度がいつもと違うことには気がついているはず。けれどそれよりも、ユウリは疑問に思っていたことをフィオナさんにぶつけた。
「おいあんた……、フィオナとか言ったか。どうして俺が勇者だと知っている?」
「ということは、やはり君がそうなんだね」
「……?」
違和感のあるフィオナさんの受け答えに、釈然としない顔で見返すユウリ。そこへ、シーラが何か思いついたように口を挟んだ。
「ちょっと待って、ユウリちゃん。なんかこのやりとり、前にもなかった?」
シーラの言葉にユウリはハッとなる。と同時に、私もある光景が頭に浮かんだ。
「ナジミの塔か……!」
確かあれは初めてナギと出会った場所。ナジミの塔で、ナギのおじいさんに会ったときも、突然おじいさんはユウリを勇者だと言い当てていた。
「君たちは、アトレーさんのことを知っているのか?」
「アトレーさん?」
フィオナさんの問いに、誰のことだろうと首を傾げる。あのときあの塔にいたのはナギのおじいさんと宿屋を経営しているタリオさんって人だけだったような。てことは……。
「じいちゃんの名前を知ってるってことは、やっぱりあんたは……!!」
再びフィオナさんに詰め寄るナギ。今度は彼の目に迷いの色はなかった。
「待ってくれ。これは私から言わせて欲しい」
そんな彼を制するかのように、フィオナさんの方から先に口を開いた。
「ナジミの塔にいるアトレーさんは、私の義理の父親だ」
『え!?』
続けて話すフィオナさんの衝撃の言葉に、4人は絶句した。
「そしてナギ……。君は私の実の息子なんだ」
『!!??』
フィオナさんがナギのお母さん? 確かに二人とも同じ銀髪だし、ここに来る時のナギの様子もどこか変だった。この場所を懐かしむように、部屋のあちこちを見たり確認したりしていた。だけど、こんな偶然ってあるの!?
動揺を隠しきれない私たちをよそに、フィオナさんは今度はユウリの方に向き直った。
「そして、どうして君が勇者だとわかったのか、それも伝えなければならない。私の夫……いやナギの父親は、予知夢を視るという特別な力を持っていたんだ」
「予知夢……? てことは、バカザルと同じ……?」
「ナギちんのおじいちゃんもそうだよね。じゃあ、やっぱり……」
全員の視線がナギに集まる。けれどその前からナギは、ずっと戸惑いの表情を浮かべたままだった。
「とりあえず立ち話も何だから、座って話そうか」
フィオナさんは私たちをソファに座らせると、キッチンに向かいお湯を沸かし始めた。
向かい合わせに置いてある2台の二人掛けのソファを、私とユウリ、ナギとシーラで座って待つこと十数分。その間にふとナギの方に視線を向けると、じっと考え込んでいた。
なんとなく会話できる雰囲気にならない沈黙の中、シーラが隣にいるナギに尋ねた。
「ナギちんは、フィオナさんの顔は知らないって言ってたよね?」
「そうだよ。だってオレは物心ついたときからナジミの塔にいたからな。けどこの部屋……、何となく覚えてるんだよな」
今思えば、この家の扉を壊そうとしたユウリを、ナギは強く止めていた。もし彼が昔そこに住んでいたのなら、強く止めたのも納得がいく。それにこの部屋に入った時も、時々懐かしむように部屋の中を眺めていた。きっと小さいころの記憶が、少しずつ蘇ってきているのだろう。
それきり話が途切れると、やがてお茶を持ってきたフィオナさんがやって来た。
「なかなか人の来ない場所だからね。大したもてなしは出来ないがゆっくりしてくれ」
「いえ、逆にすいません。気を遣ってもらっちゃって」
フィオナさんがテーブルにお茶の入ったカップを並べ始めると、仄かにフルーツの香りが漂ってきた。爽やかな香りに誘われるように、私はカップを口につけた。
「なあ、本当にあんたはオレの母親なのか?」
単刀直入に言うナギに対し、フィオナさんは動揺することなく頷いた。
「……少し長くなるけどいいかな?」
そう確認すると、彼は早く話せと言わんばかりに頷いた。その様子に、フィオナさんはくすりと笑った。
「あれはちょうど今から二十年前。たまたま浜辺を歩いていた私は、海岸に打ち捨てられるように倒れていた一人の海賊と出会った。酷く衰弱していたから、島の者を呼んで私の家で介抱した。数カ月後、元気になったその海賊は、ゴーシュと名乗った」
「あの、その海賊って、島の子供を助けて亡くなった方ですか?」
『海賊』という言葉に、私は話の腰を折ることに抵抗を覚えつつも、思わず口を挟んでしまった。
「ああ。彼の話を聞くうちに、どうして彼が海賊なんてやっていたのか疑問を抱くようになった。彼は本来はとても優しくて、海賊なんて蛮行をする人間には見えなかったんだ」
フィオナさんが話すゴーシュさんの人物像は、確かに海賊と言われたら何故と問うくらい人情味に溢れた人柄だった。怪我が治っていないにも関わらず、島の人が困っていたら進んで助けるし、フィオナさんの研究に関する話にも熱心に耳を傾けてくれたそうだ。
「そうやって接していくうちに、私も彼も次第に惹かれ合っていってね、やがて彼と一緒に生活することになったんだ」
「キャー!! 素敵!! ロマンチック~!!」
恋愛話が大好きなシーラが急にはしゃぎ出した。タイミングを逃してしまったが、ここは私も一緒になってはしゃいだ方がいいのかな?
「ある時、彼は自分の父親の話をした。彼の父親であるアトレーさんは、アリアハンでも腕利きの義賊であり、ゴーシュ自身も盗賊の修行をしてきたらしい」
「アリアハンの義賊……。やっぱりじいちゃんのことだ」
自ら納得するように、ナギが呟いた。
「ああ、そうだよ。そしてもう一つ、彼はこんな事も言っていた。自分には、他人にはない力がある。自分の父親と同じ、未来を予知する力を持っていると」
「予知……!? もしかして、オレの親父もオレと同じ能力を持っていたのか!?」
「……何となく気づいていたけれど、やはり君もアトレーさんやゴーシュと同じ能力を受け継いだんだね」
「ああ。今までも、何回か見たことがある。どれも全部夢で見たことが現実になった」
「……そうか」
「?」
少し残念そうに答えるフィオナさんの言葉に、ナギは訝しげな顔をした。
「神様の気まぐれかわからないが、とにかく君やゴーシュは予知夢を視る血筋のもとに生まれたんだ。話を戻すと、その後私たちは結婚して、子供を授かった。そして子供……ナギがまだお腹の中にいるとき、ゴーシュは予知夢を視た。自分たちの息子と思われる銀髪の少年、黒髪と金髪の少女、そしてもうひとり、黒髪の少年がこの家にやってくる夢だ」
「それって……!」
今のこの状況にそっくりではないか。シーラもすぐに反応する。
「銀髪の少年がナギちんで、黒髪の少女がミオちん、金髪があたしで、黒髪の少年がユウリちゃんってこと?」
「そう。そして黒髪の少年は、自分のことを『勇者』だと名乗っていたそうだ」
それは、つい今しがた交わしたやり取りと同じ状況だった。
「その話をゴーシュから聞いたとき、最初は冗談かと思ったよ。けど、ナギが生まれたあとも彼は次々と予知夢の内容を話してくれた。そしてそれは全て、その通りになった。季節外れの雪が降った日や、嵐が来た日のこと、……それと、自分が命を落とす日のこと」
その瞬間、皆の息を呑む音が聞こえた。ゴーシュさんは、自分がいつ死ぬかまでも自分の予知夢で知ってしまったのだ。
「彼の予知は100%的中した。自分の死期も含めてね。だから当時彼が視た銀髪の青年が自分の息子だというのも、間違いないと思ったんだ」
「……だからフィオナさんは、私たちの姿を見て、ナギが自分の息子だと確信したんですね」
「ああ。それにあの頃のゴーシュによく似ている。とくにその眼の色」
何かを思い出すかのようにナギを見つめるフィオナさんに、ナギはすぐさま顔を逸した。
「べ、別にそんなこと言われても、知らねえし」
拗ねたように言い放つナギに、フィオナさんは苦笑した。
「ということは、俺たちが今日ここに来ることも、初めから知っていたというわけか」
今まで黙って聞いていたユウリが、面白くなさそうな顔で言った。
「いや、その予知がいつになるかまではわからない。あくまでその時見た夢の光景が未来の現実として映し出されるだけだ」
つまりナギたちが見る予知夢とは、夢で未来を伝えるものではあるけど、いつ起こるかはわからないということだ。
「あんたがバカザルの母親だと断言できる理由はわかった。だが、そんな夢を見るくらいなら、他にもまだ俺たちに関する予知夢を見たんじゃないのか?」
ユウリの指摘に、フィオナさんは別段驚いた様子もなく頷いた。
「そうだね。君たちに関係のある夢はあと一つある。ユウリくん、君は『テドン』という町を知っているかい?」
テドンといえば、以前私とユウリが訪れた町……いや、町『だった』場所だ。
「ああ。魔王軍に滅ぼされた町のことか。確かそこで三賢者イグノーの幽霊に会ったが」
「本当かい!? それなら話は早いな」
「どういうことだ?」
「ゴーシュはナギが生まれる前、テドンの牢屋に入れられているイグノーという罪人が、勇者である君に緑色に光るオーブを渡すという夢を視たんだ」
「なっ!?」
イグノーといえば、三賢者の一人であり、シーラのおじいさんであり、さらには勇者サイモンとともに魔王を倒そうとした人でもある。けれど彼は無実の罪で牢屋に入れられてしまい、テドンの町とともに魔王軍によって命を失ってしまった。けれどカリーナさんから預かったランプに入っていたメモに従い、幽霊の姿となったイグノーさんからグリーンオーブを渡されたのだ。
今の話からすると、フィオナさんが言う緑色の宝玉というのは、もしかしなくてもグリーンオーブのことに違いない。
「その夢はいつもと違ったと言っていた。どうやら予知夢の中には、第三者にはわからない直感というものが感じ取れるものもあるらしい。人によっては夢のお告げと言う人もいるみたいだが……。とにかくゴーシュはその夢を視て、自分たちが手助けをしなければ、世界が滅びるかもしれないとまで考えたんだ」
「直感……」
何か心当たりがあるのか、ぼそりとナギが呟いた。
「その夢を実現させなければならないと考えた私たちは、その危機を回避するために、ゴーシュと二人でテドンを訪れることにしたんだ。幸いゴーシュは元海賊で色んな町を回ってきたから、夢の映像だけでそこがテドンだということに気づくことができた。だけど急にそのことを伝えるために町を訪れるのは怪しまれるから、新婚旅行という名目でイグノーに会うことにしたんだ」
『!!』
新婚旅行という言葉に、私とユウリは思わず顔を見合わせた。
「あれ? 確かテドンってここからものすごーく遠いよね? どうやって行ったの?」
内心驚いている私たちをよそに、シーラが当然の疑問を投げかける。
「ゴーシュに頼んでキメラの翼でテドンから一番近い町に向かったんだ」
謎が解けて納得するシーラの横で、私はテドンに初めて訪れたときのことを思い返した。
「あの、私たち、半年ほど前にテドンを訪れたとき、私とユウリは何故か町の人達に新婚夫婦だと間違えられていたんです。話しかけても、私たちのことを認識していないようでした。もしかしてそれって、当時のフィオナさんたちに対して反応してたってことですか?」
「? それはどういうことだい? テドンは魔王軍に滅ぼされたんだろ? なのに町の人達と接する機会があったのかい?」
私は最初にテドンに行ったときのこと、私とユウリが新婚夫婦だと言われたりしたこと、一晩経って町の様子が一変したことなどを話した。
「……なるほど。おそらくその現象は、イグノーの力によるものだ。私は当時牢に囚われていたイグノーに伝言を伝える際、他人に見られないよう古代文字でゴーシュの視た夢の内容を書いて看守に渡した。彼も賢者だ、自分の使命と運命を悟ったんだろうな。その内容が自分が死んだあとのことだと理解した。そこで、自分が幽霊になって君にオーブを渡せるようにテドンの町全体に術を施したのかもしれない」
「あー、それってお祖父様が得意な術かも。聞いた話だけど、なんでもない石に術を込めて魔物よけの結界を作ったり、人や物の記憶や過去を具現化させて、幻を作ったりもしてたって」
シーラの話に、フィオナさんは目を瞬かせた。
「お祖父様……? もしや君はイグノーの血縁者なのか?」
「うんそうだよ♪ あたしは三賢者イグノーの孫娘なの」
そう言ってシーラは手にしているイグノーさんの杖をフィオナさんに向かって振りかざした。特に何か起こるわけではなかったが、フィオナさんは好奇心に満ちた目でその杖を眺めた。
「それで、君はイグノーからオーブを受け取ったのかい?」
フィオナさんが視線をユウリに戻し尋ねると、ユウリは鞄からグリーンオーブを取り出した。
「ああ。あんたの言うとおり、イグノーからこのオーブをもらったんだ」
「……そうか、それならよかった。私たちのしたことは無駄ではなかったんだな」
淡い緑色の光がフィオナさんの瞳に映し出された途端、彼女から安堵の息が漏れた。
「……テドンを出てからずっと、気になっていたことがある」
「というと?」
「俺たちは最初にテドンを訪れたあと、町の近くに住んでいるシスターからメモの入ったランプを受け取った。シスターは銀髪の女からそのランプを貰ったと言っていたが、それってあんたのことだろ?」
「ああ、あれは保険だよ。少しでも君がイグノーからオーブを貰える条件を増やすために私が用意したんだ。ゴーシュの夢では夜だったみたいだから、ラナルータの呪文を応用していつでも夜にできるアイテムを事前に作って、君たちに手に入れてもらうよう、シスターにお願いして預かってもらったんだ。もし町が滅びていたら、きっとシスターの家に足を運ぶと思ってね」
あのランプって、フィオナさんが作ったものだったんだ。この独特な建物といい、部屋にあるたくさんの本棚といい、さすが学者の血を引いているだけある。
「メモには、『最後の鍵』を手に入れろと書いてあったが、そいつを手に入れるまで随分回り道をさせられたぞ」
「もし夜にテドンに行っても、イグノーのいる牢屋に入れなかったら意味がないと思って、ちょうどいいアイテムがないかこの家の本を調べてたら、どんな扉も開けられる鍵があることを知って、ついでに書いておいたんだよ。古い文献だったからどこにあるかまでは書いてなかったけど、勇者である君なら見つけられると思ってたよ。……いや、勇者なら、そのくらい見つけてもらわないとね」
「……」
そこまで説明したフィオナさんの話を聞いて、ユウリは閉口してしまった。勇者なら当然出来るだろと言われたようで、何も反論することが出来ない、といったほうが正しいだろうか。
「まあ、とにかくオーブが手に入ったんならいいじゃない♪ それよりさあ、さっきユウリちゃんたちがフィオナさん夫婦に見られたって言ってたじゃん? そこら辺詳しく教えて欲しいな~」
「そんなこと言った覚えはない」
「え〜、確かに言ってたよ? 新婚夫婦に見られてたって☆ つまりミオちんがユウリちゃんの奥さんってことだよね? ね?」
しらばっくれるユウリに対し、シーラはニヤニヤしながら追及してくる。
「もしかしてまたテドンに行けば、二人が夫婦に見られるんじゃない?あたしも一回見てみたいな〜」
「お前……、ふざけるなよザルウサギ!」
「待って! もしかしたらもう、イグノーさんの術は解けちゃったんじゃないかな?」
『え?』
「ええと確か、イグノーさんが天に召された時、『私の力で留まっていた町の人たちの魂も解放されるだろう』って言ってた気がする。解放されるってことは、術も解かれるって意味なんじゃないのかな?」
「確かにその可能性は高いね。イグノー自身の術では、町全体の姿を変えることは難しかったのかも知れない。自分の死後も維持しなきゃならないしね。だから彼は、町の人の魂を利用した。当時の人々の思念や記憶を具現化させて、夜だけ見える幻の町を作り上げたのかも知れない」
憶測だけどね、とフィオナさんは付け足した。けれど、その考えはあながち間違ってはないんじゃないかと思えた。
「なるほど〜……。それは残念」
それほど残念そうに見えない様子のシーラを、ギロリとにらみつけるユウリ。何もそんなに怒らなくてもいいのに、と思ってしまう。
「なあ、そろそろ本題に戻らないか? オレたちがここに来たのは、ジパングって名前の国か島を聞きに来たんだろ?」
「……あ!!」
ナギの一言に、私たちはハッとなった。そうだった。私たちがフィオナさんに会いに来たのは、この話をするためではない。気を取り直したユウリも、フィオナさんに尋ねた。
「俺たちは今、ジパングと言う国を探している。どこにあるか知っているか?」
「ジパングか。確かどこかの島国だと思ったが……」
そう呟くと、フィオナさんは心当たりのある本棚の前まで向かい、一冊の本を取り出した。
フィオナさんがパラパラとページを開くなか、私たちはこぞって本を覗き込んだ。ページをめくる手が止まり、私たちの目も止まる。そこには変わった形の島国の絵が描かれていた。
「この島国がジパングだ。昔から、他国との交流がほとんどないようだね。詳細はあまり書かれてないな……。しかも、関連する文献はこれだけだ」
「どこにあるかまでは書いてないようだな」
そこにはジパングの名前と国の形だけが載っており、それがこの世界のどのあたりにあるのかまではわからなかった。
それ以外にも何冊か心当たりのある本を調べてみたが、最初の本以外に有力な手がかりになるようなものは見つからなかった。
「すまない、あまり力になれなくて」
フィオナさんは申し訳無さそうに本を閉じた。
「いや、国の形がわかっただけでもありがたい。俺たちにはこれがあるからな」
そう、私たちには世界地図がある。早速ユウリは鞄から世界地図を取りだし、ジパングの形の島がどこにあるか探し始めた。
「……恐らくここだ」
ユウリが指差したのは、地図のちょうど真ん中あたり。確かに本と同じ形の島だが、載っているのはあまりにも小さく、目を離すとどこにあったかすぐ忘れてしまうほどだった。
「なるほど。地図ではほぼ中央付近に位置しているけど、ここからだと大分距離があるね。……もしそこに向かうなら、アリアハンとサマンオサの大陸の間を通るのが無難だろう。ただ、サマンオサ周辺の海は昔から海賊が横行してるから、なるべくアリアハン側に進んだ方がいい」
「海賊か。厄介だな」
私たちが船で旅をしていることを伝えると、さらにフィオナさんはもっとも安全なルートを教えてくれた。潮の流れや風向きの関係もあり、多少遠回りではあるが、確実にそこにたどり着けるのだと言う。博識なフィオナさんの懇切丁寧な説明に納得した私たちは、ジパングに向けて彼女の提案したルートで行くことを決めた。
「あの、教えてくださってありがとうございました!」
「そう、役に立ったかい? 滅多に人が来ないこの島で、本にかじりついた甲斐があったよ」
「そもそもあんたはなぜこんなところで研究なんかしてるんだ?」
ずっと気になっていたのか、ユウリが口を挟む。それに気分を害することなく、フィオナさんはむしろ聞いてくれと言わんばかりの表情で答えた。
「先祖の血、かな? 私の先祖が学者だって聞いただろう。だからなのか、どうも私の一族は、知的好奇心が人より勝っているらしくてね。なにか疑問が生まれれば、すぐに探求したくなる性分なんだ。ここにある本も、私の先祖がここに流刑された際に、一緒に故郷から持ち出したと言われている。要するに根っからの学者気質なんだよ」
「なるほど~。読み応えのある本があったら読みたくなるよね~」
「確かに、本を読むということは、知識を得ること。戦いにおいて敵の情報を知ることは魔王と戦う身の上として、最も重要なことだ」
フィオナさんの考えに同意するシーラとユウリに気をよくしたのか、フィオナさんはニコニコしながら頷いている。
「君たちのような同類がいてうれしいな。せっかくだから私の研究の成果を見ていってくれないか? この島の住人はどうも未知への好奇心が薄くてね。誘ってもあまり乗ってこないんだ。君たちはこの世界の成り立ちに興味はないかい?」
「成り立ち……ですか?」
急にそんなスケールの大きいことを言われても、なんだかピンと来ない。
「はいはい! あたしはすっごく興味ある!」
何と答えればいいかわからない私の間に割って入ったのは、目を輝かせたシーラだった。
「あたし賢者だからね! 知識欲なら誰にも負けないよ♪」
「賢者かい!? それは凄いじゃないか。なら君たちにうってつけのものが二階にある。こっちにおいで」
そう言うとフィオナさんは、私たちを二階へと案内してくれた。ユウリも少なからず興味があるのか、シーラと共に二階に上がる。私も仕方なくあとに続いていくと、ふとナギの姿がないことに気づいた。
「……君も、上がっておいで」
「……」
ただ一人一階に取り残されたナギに、フィオナさんは手招きをして声をかける。最初は動こうとすらしなかったナギだったが、やがて場の空気に耐えられなくなったのか、結局折れて階段を上り始めた。
「ナギってば、せっかくお母さんと会えたんだから、もっと嬉しそうにすればいいのに」
「ふん。大方反抗期か何かだろ」
対して興味もなさそうに、私の横を通り過ぎるユウリが答える。うーん、そんな単純なことなのかな?
フィオナさんと出会ってから感じるナギの異変に不安を抱きつつも、第三者である私はナギの後ろ姿を黙って見守るしかなかった。
話の区切りが中途半端で、とんでもなく長くなってしまいました。