二階に上がると、まず目を奪われたのは外でも見た細長い棒……、いや、巨大な望遠鏡のようなものであった。
部屋の大半を占めるそれは部屋に収まりきらず、窓を突き抜けて空を射抜いている。巨大な筒の先端には覗き穴があり、その穴の周辺には大小様々な突起やネジのようなものがついている。だが、見たことのない形状であり、どう使うのか全くわからない。
「これは……?」
「これは天体望遠鏡さ」
「天体……? つまり空を見る望遠鏡なの?」
信じられないといった顔でシーラが聞き返す。
「なぜわざわざ遠くの空を見る必要があるのかって顔をしてるね。そう思うのが普通だ。けど、私は別の視点からあの空を見てみたいんだ。つまり、どういうことかわかるかい?」
フィオナさんの問いに関して、誰も答えられる人はいなかった。
「私はね、この世界の常識を第三者の目線で観察したいんだよ」
フィオナさんはそうきっぱりと答えた。うーん、ますますわからない。
「ためしにこの望遠鏡で、この世界を見てごらん。そう、このレンズを覗き込むんだ」
フィオナさんは覗き穴周辺の突起やネジを色々動かし、望遠鏡の角度や高さを調整したあと、近くにいたシーラをそれの前に立たせた。彼女がそれを覗き込んだ途端、すぐに歓声が上がる。
「うわあ、すごーい!!」
「何々? 何が見えてるの?」
シーラの反応が気になる私は、彼女に場所を譲ってもらい、レンズとやらを覗き込んだ。そこに映し出されていたのは水平線だった。けれど、船の上で見るようなまっすぐな水平線ではなく、僅かに丸みを帯びている。その奇妙な感覚に、私は違和感を覚えた。
「なんか、普段見ている海と違って丸く見えるんだけど……?」
「そう。これが本来の私たちが住む世界のかたちだよ」
「??」
「つまり、この世界は丸いってこと?」
「さすが賢者だね。ご名答」
シーラの言葉に、フィオナさんは機嫌良く頷く。
「それと、このダイヤルを回してごらん」
私はフィオナさんに教えてもらったダイヤルというものを試しに回してみた。するとさらに遠くの景色まで見えたではないか。
「あっ、陸地が見える!」
「えっ、見せて見せて!!」
我慢できずにシーラが顔を寄せてきたので、私は彼女に場所を譲った。シーラは器用にダイヤルやレンズの高さを調節すると、あっ、と一声発した。
「ユウリちゃん!! あれ、アリアハンのお城じゃない!?」
「何?」
自分の故郷が映っていると知り、ユウリまでもが望遠鏡に興味を示す。まるで初めて見る体験に好奇心を示す幼い子供のように、皆で交互に望遠鏡を覗く。
「……間違いない。あれはアリアハンの城だ」
ユウリは確認するとすぐに望遠鏡から目を離し、フィオナさんに視線を移す。
「ここルザミからアリアハンまでは、そんなに遠くはないんだよ」
確かに世界地図を思い浮かべてみると、アリアハンの大陸はルザミから西に位置している。けど実際はいくら望遠鏡とはいえ鷹の目も使わずに見えるような距離ではないはずだ。何故こんなに遠くの景色を見ることが出来るのだろう。
「一体どういう原理だ? そもそもあんたはどうやってこの望遠鏡を生み出したんだ?」
「それも先祖の残した本のおかげだよ。ちゃんと理論を正しく把握して考えれば、呪文や特技を使わなくても奇跡を起こすことが出来るんだ」
フィオナさんの言葉は、今までにない考え方でとても新鮮だった。それは呪文を使えない私にとっても、不可能を可能にする希望とも言えるべき考えであった。
すると、今まで押し黙っていたナギが口を開く。
「なあ、なんでそこまでして他人と違う知識を得ようとするんだ? こんな誰も来ないような場所でいくら頭使っても、何の役にもたたないだろ?」
「ナギ、それは……」
フィオナさんに失礼なんじゃ……、と言おうとしたが、当の本人に止められる。
「私はね、『根拠』が欲しいんだよ」
「は?」
「定められた運命があるとして、そこに辿り着くまでに何があるのか、どうすればその流れに向かうのか、はっきりと証明をしたいんだよ。ただ漠然と理解するのは、どうも私の性に合わなくてね」
「……」
「そもそも私をそういう考えにさせてくれたのは、ゴーシュなんだよ」
「オレの親父……?」
フィオナさんへ明確な答えを求めるように、ナギは彼女をはたと見据えた。
「彼が『自分が死ぬ』という予知夢を視たあの日から、運命をそのまま受け入れることに疑問を持つようになってね。どうせなら色んな知識を得て、多くの選択肢を見つけて、運命に抗ってみようと思ったんだ。だって、死ぬことがわかっているのに、何もしないまま彼の死を見届けなきゃならないなんて、悔しいだろ? だったら後悔しないように、私たちなりにできることを考えてから抗ってみようと思ったんだ」
「……」
「まあ結局、運命から逃れることはできなかったけれどね」
フィオナさんは一瞬悲しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「でも、後悔はしていない。知識を得たことも無駄だとも思っていない。それが私の生き方だから」
そしてフィオナさんは、膝に置かれたナギの手を両手で優しく握った。
「だからね、ナギ。同じ能力を持つ君にも、辛い運命が待っているかもしれない。ゴーシュもそこまでは予知できなかったから、私には君の今後の未来がどうなるかわからない。だけど、これだけは言えるよ。運命に抗おうとした私たちの子なら、きっと運命に打ち克つ力を持っていると」
その時のナギの顔は、今にも泣きそうだったのに、とても嬉しそうに見えた。今まで見せたことのないその表情は、きっと肉親であるフィオナさんだからこそ引き出せたのだろう。そしてフィオナさんもまた、今までのクールな印象とはまた違う、温かい眼差しを息子であるナギに送っていた。
「……なあ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
しばらくして、ナギがためらいがちに口を開いた。
「……どうしてオレを、ジジイのところに預けたんだ?」
「!!」
「オレはガキの頃からずっとジジイと一緒に暮らしてた。自分の両親が誰で、どこにいるのか、結局オレが旅に出るまであのジジイは教えてくれなかった。どうしてオレだけ何も知らされなかったんだ?」
まるで咎めるような言い方に、フィオナさんは少しの間を置いてから答えた。
「君が産まれる直前、私は神からの啓示を受けた。君は生涯盗賊として生き、ゆくゆくは世界を変える人物となるだろう、と」
「!?」
その話を聞いて、私はダーマで聞いた先天性職業のことを思い出した。ユウリやダーマの大僧正がそうだったように、ナギもまた、盗賊の先天性職業だったのだ。
「そんな運命に導かれた子を、この島で育てるのは私では役不足だと感じたんだ。せめてゴーシュが生きていればよかったが、君が二歳の時、ゴーシュは命を落としてしまったからね」
「……」
フィオナさんの低い声に、ナギの表情がわずかに歪む。
「けれど残された私だけで、生まれながらに盗賊としての宿命を受けた君を育てるのは難しいと思ったんだ。困った私は、義父であるアトレーさんが義賊だったという話を思い出した」
「それでオレをジジイのところに預けたのか?」
「アトレーさんなら、君を立派な盗賊に育て上げてくれると思ったんだ。アトレーさんが私たちのことを隠していたのは……、あの人なりの気遣いだったんじゃないかな」
……だからナギは、私たちと出会うまで、ナジミの塔でおじいさんと暮らしてたんだ。
二歳で父親と死に別れ、母親とも離れ離れになったナギ。きっとおじいさんは、ナギにこれ以上悲しい思いをさせないよう、もしくは盗賊の修行を全うできるよう、あえて両親のことを話さなかったのかもしれない。
すると突然ナギは、ソファから立ち上がった。
「……悪い。ちょっとオレ、外出るわ」
そう言うとナギは、俯いたまま玄関へと歩き出した。
「ナギ!!」
慌てて私が引き留めようとするが、彼は玄関の扉を開き、外へ出てしまった。
「大丈夫かな、ナギ……」
「ふん、放っておけ。いきなり自分の親と会って、ビビったんだろ」
果たして本当にそうなのだろうか。だけど、今の私にはナギにかける言葉が見つからない。何もできない自分に歯がゆさを感じながらも、結局その場で待つことしかできなかった。
「ミオちん、ナギちんならきっと大丈夫だよ」
「シーラ?」
「半年間ずっと一緒に過ごしてきたんだもん、ちょっぴりだけど、ナギちんのことならわかるよ」
「そっか、じゃあ安心していいんだね」
ずっとナギと一緒にいたシーラが言うのだから、間違いないのだろう。私はほっと息を吐いた。
思いがけない出会いではあったが、離れ離れになっていた実の親子が再会できたことは、この上なく幸せなことだ。予知夢でも、こんな風に良いことばかりならいいのに。
「それで他に、私に聞きたいことはあるかい?」
話を戻すフィオナさんに、3人は目を見合わせた。
部屋を埋め尽くすほどの本を持っているフィオナさんなら、他にも何かいろいろなことを知ってるかもしれない。この際魔王のことやオーブのことなども聞いてみよう。と、私たちは目で会話を交わした。
「なら、魔王については知っているか? それと、6つのオーブについてもだ」
ユウリが尋ねると、フィオナさんはしばし考え込んだ。
「うーん……。私が持っている文献は何百年も昔のものだからなあ……。今世を脅かしている魔王っていうのは、ほんの数十年前に現れた存在だろう? おそらくどの本にも載っていないと思うよ」
「そ、そうですか……」
あっさりと否定され、私はがっくりと肩を落とす。
「だけど、オーブのことなら多少は調べてある。イグノーの夢のときに緑の宝玉……つまりグリーンオーブが出てきたからね」
「本当ですか!?」
そう言うとフィオナさんはその場から立ち上がると、再び本棚へと向かった。その中でもとりわけ分厚い背表紙の本を抜き出すと、戻ってきて私たちに本を開いて見せた。
「確かこの本の985ページだよ。オーブに関することが書かれている」
パラパラとページをめくると、見たこともない文字がびっしりと規則正しく並んでいる。今までこんなに沢山の文字が書かれた本を見たことがなかったので、眺めるだけで頭がくらくらした。
その時フィオナさんの指が止まった。そのページには、文字だけのページと見たことのない建物の絵が描かれていた。
「なんだろう、この建物……」
おそらく絵の隣に書かれている文章は説明文なのだろうが、読めない文字なのでどんな建物なのか、はたまたどこに存在するのかも全くわからない。
「ミオちん、これは祭壇だよ☆」
私が悩んでいると、同じくページを眺めていたシーラが答えてくれた。
「祭壇って、何かを奉ったり、捧げたりする場所だよね?」
「そうそう。ダーマでもそう言うのあったし」
確かに以前ダーマを訪れたとき、似たようなものがあったような気がするが、落ち着いて見てる暇もなかったのであまり覚えていない。
「彼女の言うとおり、これは祭壇だ。しかもただの祭壇ではない。この世界に古くから伝わる伝説の不死鳥を奉るものだ」
「伝説の不死鳥……? まさかラーミアのことか?」
フィオナさんの説明に、ユウリが何かに気づいた顔で尋ねる。ん? 不死鳥って確か……。
「もしかして、『勇者物語』に出てきた、不死鳥ラーミアのことですか?」
「その通り。そもそも『勇者物語』はおとぎ話でもなんでもない。千年前に実際に起きた史実だ」
「え!?」
私は驚愕した。隣にいるシーラも目を丸くしている。それほどまでに『勇者物語』は、この世界の人間にとって最も有名で、最も身近なおとぎ話だからだ。
「……まあ、オーブというものがある時点で、ただのおとぎ話じゃないことくらいは察しがつくけどな」
そんなことを言っているユウリもまた勇者であり、彼もまた魔王を倒そうとしている。考えてみれば私たちのこの旅自体、勇者物語をなぞっているようなものなのだ。史実というのもあっさり納得できる。だけど『千年前』と、明確に年数が分かっている分、現実味を帯びてくる。
「話を戻すと、この本に描かれている祭壇に6つのオーブを置いて祈りを捧げると、かつて勇者を手助けした不死鳥ラーミアが復活するんだそうだ」
「私には読めないですけど、そう書いてあるんですか?」
「ああ。古代文字で書かれているから、私もここにある文献を読み漁って、このページの3分の2しか解読できなかったけどね。だけど、この祭壇がラーミアを復活させる場所というのは間違いない」
フィオナさんが放つ貴重な情報に、しかしユウリは不満げな顔でさらに尋ねる。
「他に何か情報はないのか? 例えば、その祭壇がある場所とか」
「残念ながら詳しくは載っていない。けれどそれらしい地名なら、一つだけある。詳細は不明だが、説明文の中に『レイアムランド』と言う名前が記載されていた」
「『レイアムランド』? 聞いたこともないな」
「ああ。私も調べてみたが、この本以外の書物にその名前は出てこなかった」
博識なユウリだけでなく、数多くの本を所有しているフィオナさんですら知らない場所があるというのか。
「私も全ての古代文字を知っているわけではないからな。もしかしたら私の知らない文字の中に、重要な情報があるのかもしれない。けれどもうこれ以上はお手上げだ」
「そうか……」
ユウリもまた、これ以上は諦めざるを得ない様子でため息をついた。
「私だけでは調べるのが不十分だったかもしれない。すまないが、君たちも一緒にこの部屋にある文献を片っ端から調べてみてくれないか?」
「ええっ!?」
文字を読むのが苦手な私にとって、それは死刑宣告に等しい発言だった。だけどそう感じているのは私だけのようで、
「わかった。こういうのは得意だからな。すぐに見つけてやる」
「わー♪ この部屋の本全部読めるなんて、楽しみ〜☆」
あとの二人は嬉々としてフィオナさんの提案を受け入れていた。私は信じられないものを見るような目で2人を見た。
「え〜っと……、わ、私はナギの様子が気になるからちょっと外に行ってみるよ」
うん、我ながら素晴らしい発想だと思う。私はナギの様子を見るという名目で、そそくさと外へ出ることにしたのだった。
内容を一部変更したので暁で掲載されている話とは若干違います。今後の展開はほぼ変わりませんが、ナギの心情が少し変わっていると思います。