俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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ヒミコの屋敷

 

「ほう。そちがヤヨイの代わりに自らオロチの生け贄になると申してきた娘か」

 

 村の中央にある広大な敷地に建てられた屋敷を訪れた私とユウリは、その中でも最も広い一室に通された。

 

 どうやってここに来たのかと言うと、ユウリの付き添い、という体でユウリとともにやって来た私は、まずこの建物の入り口にいた衛兵らしき人に経緯を話した。(世間的には亡くなったとされる)ヤヨイさんの代わりに、ユウリが自ら生け贄になると希望したのでヒミコ様に会わせていただきたい、と言う旨を伝えると、それを聞いた衛兵はすぐにヒミコ様に取り次いでくれて、さほど時間もかからずヒミコ様に会うことが許されたのだ。

 

 案内された部屋の入口では、侍女らしき人が私たちを出迎えてくれた。勧められるままに中へ入ると、そこは板張りの床と木製の壁が剥き出しのまま張り巡らされている部屋だった。柱や壁には要所要所に精巧に作られたレリーフや模様が直接彫られている。壁紙などもない独特の造りではあるが、全て木でできているという統一感は、素朴さよりもかえって芸術的にも見える。さらに木に包まれた空間は、室内にいるとは思えないくらいの自然な温もりを感じられた。

 

 などと初めて見る造りの部屋に感動していると、先程の侍女が「ヒミコ様の御前です。そこで座ってお待ち下さい」と言ったので、言われたとおり座ることにした。

 

 しばらくして、女性にしてはやや低い声が静謐な室内に響き渡った。これが冒頭の出来事である。

 

 いつの間にヒミコ様が部屋に来たのか、私は思わず周囲を見回す。けれど目の前には細い木の枝を糸で編んで作られた壁のようなものがあるだけで、誰もいなかった。

 

 すると、いきなりユウリが肩を掴んで引き止めた。そして耳元まで顔を近づけると、誰にも聞こえないほどの小声で言った。

 

「あまりキョロキョロするな。それにあれは壁じゃない。うっすら人影が見えるだろ。あの向こうに人がいる」

 

「えっ!? じゃ、じゃあまさか……」

 

「ああ。おそらくあの人影が、ヒミコとか言う奴だろ」

 

 すると、パンパンと手を叩く音が聞こえてくるとともに、入口の脇にいた侍女がゆっくりと近くにある一本のロープをひっぱった。するとそれに連動して、目の前の壁がカーテンのようにするすると上に開いていった。驚きつつもそれを眺めていると、壁の向こうから一人の女性が現れた。

 

 肩でまっすぐに切り揃えられた黒髪を揺らしたその女性は、イシスの女王ほどではないが目鼻立ちの整った美人だった。しかしややつり目がちな目と細い眉は、人によっては近寄りがたい印象を受ける。何より彼女が醸し出す雰囲気が、何か得体のしれない不思議な力を持っているように感じた。

 

 それきり沈黙が続くと、こちらから名乗らなければいけないのだと気づき、慌てて自己紹介をする。

 

「はっ、初めまして、私はミヤと言います! 隣にいるのが姉のユウナです! ヒミコ様、この度はお目通りさせていただき、ありがとうございます!」

 

「ふむ、そう固くならずとも良い。そなたたちのような健気な娘、わらわは嫌いではないぞ」

 

 一応偽名を使って自己紹介をしたが、とりあえず好印象を持たせることはできたようだ。

 

「もう一度聞くが、そこの娘がヤヨイの代わりにオロチの生け贄となると申しておるのか?」

 

「は、はい、そうです! 姉は生まれつき口が聞けず、このような容貌ながら未だに嫁ぎ先が決まらず、家族に引け目を感じておりまして……。それならば何かできることはないかと家族で話し合った結果、村の存続のために自らの身をオロチに捧げようと参った次第でございましゅ」

 

 ヒイラギさんの家であらかじめ皆で考えておいた台詞を思い出しながら喋っていたら、最後の最後で噛んでしまった。

 

「いっ?!」

 

 案の定、ユウリに後ろから背中をつねられ、思わず小さな悲鳴を上げる私。横を見ると胡乱な目で睨むユウリの姿があった。

 

 けれどヒミコ様は気づいていないのか、まるで品定めでもするかのように目を細めながら、真っ赤な唇を弓なりにした。

 

「そうか、それは民思いの娘じゃの。近頃、生け贄になる者がめっきり減っておってな。次の生け贄をどうするか悩んでおったのじゃ。おぬしのような娘が現れるのはとても喜ばしいことであるぞ」

 

 ヒミコ様と視線が合ったユウリは、無言でこくりと頷く。

 

 傍から見たら、これから生け贄としてオロチの前に差し出される薄幸の美少女にしか見えないだろう。だが実際は、シーラに無理やり女装をさせられ不機嫌なだけであり、無言なのも声を出すと男なのがばれてしまうからに他ならない。

 

 だがそんな事情など全く知らないヒミコ様は、ユウリを完全に生け贄を志願してきた女の子だと思い込んでいる。

 

 すると今度は私の方に顔を向け、興味深げに笑みを浮かべた。

 

「ところで……、おぬしもなかなかオロチの好みに相応しい娘だのう。生け贄の数は多い方が良い。もしその気があれば……」

 

 ヒミコ様の言葉を遮るように、隣にいたユウリが私をかばうように前に出る。無言でヒミコ様を睨みつけるユウリに、彼の正体がバレやしないかとヒヤヒヤしたが、それと同時に自分にも生け贄にならないかと言われたことに若干の恐怖を覚えた。

 

「あ、あの、私は姉の付き添いで来ただけですので……」

 

「そうか……。それは仕方ないのう……」

 

 その言葉以上に落胆するヒミコ様。なぜそこまで生け贄の数を増やすことを求めているのか。何となく私は違和感を覚えるが、それよりも今はこの場をなんとか乗り切り、オロチのいる場所を突き止めるのが最優先だ。

 

「あの、それで姉はいつオロチの元へ連れていかれるのですか?」

 

「ふむ、オロチに捧げる前に、まずは身体を清めなくてはならぬ。そこの侍女に付き従い、湯殿で服を脱ぎ全身の汚れを洗い流すのじゃ」

 

「え!?」

 

 服を脱ぐ!? そんなことしたら、ユウリが男だってバレてしまう!!

 

「あ、あの、えーと、姉は極度の恥ずかしがり屋でして、私以外の人に裸を見られるのは嫌なんです。なので場所を案内してくださればあとはこちらでやります!!」

 

 私の切羽詰まった様子に、侍女どころかヒミコ様まで圧倒されたようだった。

 

「……わ、わかった。ではそこの、案内してやれ」

 

「はい。かしこまりました」

 

 拍子抜けするくらいあっさりと了承してくれた。ものは言いようである。

 

 そして私たちは侍女に案内され、湯殿――後で知ったがお風呂のことらしい――へと無事たどり着くことが出来たのだった。

 

 

 

「はあ、緊張したぁ……」

 

 ヒミコ様の部屋にいた侍女と別れたあと、私とユウリは脱衣室らしき小部屋に入った。その奥にある扉が、お風呂への入り口だろう。

 

 私は肩の荷を下ろすかのように盛大に息を吐いた。すると呆れたようにユウリが言った。

 

「随分と大袈裟だな。……けど、お前にしてはよくやった」

 

「ホント? ありがと」

 

 珍しくユウリに褒められ、柄にもなく照れる私。そしてこの場所が本来服を脱ぐ場所だと言うことに改めて気づき、さらに恥ずかしくなった。

 

「あっ、じゃあ、入り口で待ってるから」

 

 そそくさと出ていこうとすると、ユウリに手を掴まれ引き留められた。そして至近距離まで顔が近づくと、警戒するように周囲を見回した。

 

「念のため、この周辺を見張っててくれ。俺も周りに人がいないか気配を探るつもりでいる」

 

「わ、わかった」

 

 蝶番の壊れたドアのように、私はこくこくと首を振る。周囲に話を聞かれないようにしているのだとわかっていても、こんな完璧な美人の顔が間近にいるだけで、恥ずかしくて心臓が持たない。

 

 半ば逃れるように私はユウリから離れると、急いで脱衣室から出た。

 

「あのー、どうしましたか?」

 

「?!」

 

 いつの間にいたのか、先ほど案内してくれた侍女がそこに立っていた。一体いつからいたんだろう?

 

「顔が真っ赤ですけど……、もしかして湯殿で逆上せました?」

 

「はっ、はい! そうなんです! ちょっとめまいがして……。でも姉の方は大丈夫です!」

 

「そうですか。では、何かありましたら遠慮なく仰ってください」

 

 そう言ってお辞儀をすると、侍女は去っていった。はぁ、この屋敷にいる以上、油断は禁物だ。

 

 その後私は脱衣室の前で再び侍女が来ないか、もしくは他の人が近づいてこないかそれとなく見張っていた。流石に反対側の湯殿の方までは気を回すことは出来なかったが、ユウリがいるから大丈夫だろう。

 

 しばらくして、ユウリが扉をノックする音が聞こえた。私は誰もいないか確認し、すぐに扉を開ける。

 

 すると開けた瞬間、まるで森林の中にいるみたいな、爽やかな香りが広がった。そしてそれがお風呂上がりのユウリから発せられていることに気づく。

 

「何かいい香りだね」

 

 お風呂に入っても化粧を上手く残して出てきたユウリは、指摘されるまで気づかなかったのか自らの匂いを嗅いだ。

 

「香油を入れたわけでもないみたいだが、一つ気になるところといえば、ここの湯船は木で出来ていた。おそらくそれのせいだろう」

 

 今までの旅で立ち寄った国には、湯船に香りをつける宿屋もあった。けれどこの国のお風呂は他国とは違う独自の文化があるようだ。

 

 お清めも終わり、ヒミコ様のいる部屋に再びやって来たが、部屋には誰もいなかった。もちろんカーテンの向こう側にもいないし、ここに来る途中で見かけてもいない。どうしようかと手持ち無沙汰になっていると、

 

「ここにいらっしゃったんですね。ヒミコ様は今ご祈祷をされているので私が案内をします」

 

 声をかけてきたのは先ほどの侍女だった。どうやら私たちを探していたらしい。

 

「ご祈祷って?」

 

「ユウナ様の魂が無事に天へと召されますよう、ヒミコ様御自らお祈りをしているのです」

 

 彼女の話だと、どうやら生け贄を捧げる度に祈祷部屋と呼ばれる部屋でそう言った儀式を執り行っているらしい。そこはヒミコ様しか出入りすることを許されず、生け贄の娘がオロチの元へと向かうまでずっとそこでお祈りを続けているそうだ。

 

 そんなことをして本当に効果があるのかわからないが、この国の人たちはヒミコ様のお祈りによって、生け贄の娘が亡くなっても魂は救われるのだということを信じているのだろう。

 

「では、ユウナ様、ついてきてください。ミヤ様はどうされますか?」

 

「私も同行させていただいてもよろしいですか? 姉の最期の姿を見届けたいのです」

 

 そう言うと私は悲しみをこらえるかのように目を伏せる……ふりをした。なんだかどんどん嘘をつくのに慣れてしまっている自分が怖い。

 

「わかりました。では、こちらへ」

 

 すると侍女は屋敷の入り口とは反対方向に向かって歩きだした。不思議に思いながらも私たちは後へと続く。

 

 広い廊下を歩いていくと、やがて奥に一枚の扉が見えてきた。侍女がゆっくりと扉を開けると、そこは小さな部屋だった。

 

 明かり取りの窓すらない薄暗い部屋の中央には、見覚えのある物体がある。

 

「これって……!?」

 

「これはヒミコ様の神通力によって生み出された、オロチへと続く道です。この中に入ってください」

 

 この中とは、今までの旅で何度も目にしている、旅の扉だ。青白い光を放ちながら、不規則に渦を巻いている。

 

「この中に入ったら最後、二度とここに戻ることは出来ません。ミヤ様はどうされますか?」

 

「す……すいません。姉とどうしても最後に話がしたいので、しばらく二人きりにさせていただいてもいいですか?」

 

 表情を悟られないよう俯きながらそう懇願すると、侍女はそれを別れを惜しんでいるのだと思ったのか、一言「わかりました」と哀れむように答えた。

 

 侍女が去っていく足音が完全に消えたのを確認すると、私はふうと息を吐いた。

 

「問題はここからだな」

 

 ユウリの言うとおり、どこに通じているかわからない旅の扉の中に入ってしまえば、もうここへは帰ってこられない。

 

「仕方ない。手っ取り早く爆破させるか」

 

「へ!?」

 

 すると私が理解するより早く、ユウリは部屋の壁に向かって手をかざし、精神を集中させた。

 

「イオラ!!」

 

 ドガアアァァン!!

 

 途端、鼓膜が破れるくらいの凄まじい爆発音が部屋中に響き渡った。

 

 そしてユウリが手をかざした方の壁が破壊され、人一人通れるほどの大きさの穴が見事に空いた。

 

「もうっ、ユウリちゃんてば雑すぎ!! 近くにあたしたちがいるってこと忘れてない?」

 

 穴の中からひょっこりと現れたのは、シーラだった。彼女の後に続いてナギも同じ穴から部屋へと入る。

 

「お前ら一体何やってたんだよ、こっちは待ちくたびれてんだぜ!」

 

「いやだって、まさかお風呂まで入るとは思わないじゃん!!」

 

 待ちくたびれてすっかり不機嫌になってるナギに、私はすぐに反論する。

 

 そう、今まで二人は私たちのすぐ近くにいたのだ。と言っても屋敷の外で人目につかないところに隠れていたのだけれど。

 

 だがなぜ私たちのいる場所がすぐにわかったのかと言うと、昨日シーラが言っていた、結界の感知を応用した賢者特有の特技を使ったのだ。

 

 結界を感知すると言うことは、結界を張った術者の魔力を感知できると言うこと。つまりある程度魔力を持った人間――ここで言うならユウリのことだ――なら、正確な居場所を把握することができるのだ。

 

 シーラがこの技を習得していなければ、これほどまでに早く合流することはできなかっただろう。

 

「騒ぎになる前にあの旅の扉に入るぞ」

 

 ユウリの声が言い終わらぬうちに、外からバタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。おそらく先程の侍女が駆けつけてくる音だろう。彼女がやってくる前に、一足先にユウリが旅の扉に飛び込む。続いてナギ、シーラと続き、最後に私が飛び込むことに。

 

 バァン!!

 

「一体何事ですか!?」

 

 勢いよく開かれた扉の向こうには、騒ぎに気づいてやってきた侍女の姿。けれど間一髪、彼女がその部屋を訪れたときには、私たちはもう別の場所へと移動していたのであった。

 

 

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