戸を静かに開けて外に出ると、眩しいくらいの月の光が辺りを照らしていた。
リーンリーンと、涼しげな虫の音がどこからともなく聞こえてくる。
辺りを見回すが、近くに二人はいないようだ。だが、建物の陰に隠れないと、この月明かりでは私の存在はすぐにバレてしまう。私はまず近くの茂みに隠れながら、二人がどこにいるか探すことにした。
——あ、いた!
探すこと数分、家の裏手の方に二人は立っていた。私は気配を極力抑えながら、二人の声が聞こえる範囲まで近づき、身を低くして家の壁の陰に隠れた。
「……いい加減用件を言ってくれないか」
しばらくの沈黙のあと、堪りかねたのか、ユウリの方から口を開いた。この様子だと、まだヤヨイさんは用件を伝えていないらしい。
「すっ、すみません! あの、えーと、その……」
だが、ユウリに促されてもヤヨイさんは、なかなか言い出せずにいる。かくいう私もじれったいと思いながら彼女の次の言葉を待っていた。
「あのっ!! ユウリさんは、恋人とかいるんですか!?」
「!?」
――もしかしたらと薄々は感じていた。けど、今の質問で推測がほぼ確定に変わった。きっとヤヨイさんは、ユウリのことが……。
「……いや、別にいない」
ユウリのことだから、回りくどい言い方をするのかと思いきや、意外にも素直に返答した。
「じゃ、じゃあ、好きな人とかは……?」
ヤヨイさんのやや上ずった声が、こころなしか弾んでるように聞こえた。だが、彼女の踏み込んだ質問に、二人の間に十分すぎるくらいの沈黙が続いた。うう、流石にこの場にいる私も気まずい。
「……今はいない」
「!!」
『今は』? じゃあ、昔はいたんだろうか?
確かエジンベアで、ユウリは昔アリアハンの王女様に言い寄られていたとか言っていたが、もしかしてその人のことだろうか?
いや、イシスに寄ったときも女王様に好かれていたみたいだし、きっと今まで色々な女性と接していたのかもしれない。それに、ヘレン王女みたいな性格の人が苦手だと言っても、世の中そんな女性ばかりではない。だとすると、アリアハンにいる人か、もしくはこの旅で出会った人か……。
そこまで考えてはたと気づく。私ってばなんでユウリの女性事情にここまで深く考えているんだろう?
私は頭を振ると、再び二人の方に視線を向ける。先程のユウリの答えに、ヤヨイさんは落ち着いた様子で彼に向き直った。
「ユウリさん。私……、一目見たときからあなたのことが好きです。もし旅が終わったら、私と夫婦になってくれませんか?」
うわあああああっ!!??
思わず叫びそうになる口を、必死に両手で抑える。
生まれて初めて人が告白するところを見てしまい、なぜか第三者の私まで真っ赤になってしまう。
暗闇と遠目で二人の表情はわからないが、心なしかソワソワしているヤヨイさんに対し、当のユウリは平然としているように見えた。そして一呼吸の間を置いて、ユウリが放った答えは――。
「……悪いが、お前と夫婦になるつもりはない」
「……!」
はっきりとした口調で言われ、ヤヨイさんはあきらかに落胆していた。その姿に、なぜか私まで落ち込んでしまう。
「そ……、そうですよね……。まだ私たち、出会ってそんなに経ってませんものね。でも、一緒に暮らすようになって、私のことをもっと知ってもらえば、もしかしたら……」
「お前の気持ちには応えることが出来ない。……すまない」
お互いこれ以上言葉が続かず、しばし二人の間に沈黙が流れる。そして先に沈黙を破ったのはヤヨイさんの方だった。
「……謝らないでください。ユウリさんに本当の気持ちを伝えることが出来て、私もすっきりしました。そう言うことなら、諦めるしかないですね」
気まずい空気の中、ヤヨイさんは踵を返す。
「もう遅いですし、戻りますね」
――まずい!!
その言葉に、私は自分が今置かれている状況を再確認した。今戻らなければ、私がここで覗き見をしていたことがバレてしまう。
二人はまだ何やら話を続けていたが、それどころではない。私は音を立てず急いで家に戻ったのであった。
翌朝。私は重い瞼をなんとかこじ開けて目を覚ました。朝の光がいつもより眩しく感じる。
昨夜、あのあと急いでヒイラギさんの家に戻り、ヤヨイさんが来る前に布団にくるまって眠ろうとしたが、二人のやり取りが何度も頭の中で再生されて寝付けず、結局ほとんど一睡も出来なかったのだ。
「おはよー、ミオちん。……って、どしたの!? その目のクマ!?」
「おはようシーラ……。大丈夫、ちょっと寝不足なだけだから」
昨夜のことは誰にも知られてはならない。私は極力いつも通りに振る舞った。
「おはようございます、夕べはぐっすり眠れましたか?」
突然後ろから現れた声に、私はビクリと肩を大きく震わせた。振り向けば、先に起きていたヤヨイさんが私たちを起こしにすぐそばまで来ていた。
「ヤヨイさん、いつからそこに!?」
「いや、さっきからずっといたよ? やっぱミオちん大丈夫じゃないんじゃない?」
ヤヨイさんの気配にすら気づかないなんて、やっぱり寝不足は危険だ。そういえばアープの塔に向かう道中も、ユウリに寝不足だったことを指摘されたっけ。
「おう、お前らも起きてたのか」
と、そこへ、ナギとユウリもやってきた。昨日ヤヨイさんに告白された張本人は、彼女を前にしても平然としている。だが、対するヤヨイさんも思いの外落ち込んでいる様子はなく、昨日と変わらずユウリと接している。
うーん、私の取り越し苦労なのかな?
なんだか昨夜一人で考え込んでいたのが馬鹿らしくなってしまった。そもそも第三者の私があれこれ考える理由などない。
貴重な睡眠時間を無駄にしてしまった、と後悔していると、ふとユウリと目があった。すると彼はこちらに近づくなり、私の三つ編みを引っ張ってきた。
「痛っ!!」
「今日はいつにもまして間抜け面だな。ちゃんと寝たのか?」
「うっ!?」
どうしてこういうときばかり目ざといのだろう。けど、正直に言うとユウリ達を覗き見してたのがバレてしまうので、私は咄嗟にごまかす。
「ちょ、ちょっと昨日の戦闘の余韻がまだ残ってて、なかなか寝付けなかったんだよ」
「お前にそんな繊細さがあるとは思えんが?」
うう、なんで今日はこんなに意地悪なの? それともまさか、昨日のことがバレてる!?
なんて危機感を抱いていたら、突然ナギが真面目な顔をしながら私の肩に手を乗せてきた。
「わかるぜ。オレも昨夜オロチと戦う夢を見たからな」
「え、それって予知夢!?」
またオロチと戦わなければならないのか、と思い、咄嗟に私は口を挟む。
「いや、今日のは普通の夢だ。お前も昨日の戦い、自分じゃ納得できなかったんだろ?」
あ……!
昨日のオロチとの戦いは、けして自信を持って倒したとは言えない結果だった。正直、イグノーさんの賢者の杖の力がなければオロチは倒せなかっただろう。
忘れてたわけじゃないけど、ヒイラギさんやヤヨイさんのいる前ではオロチを倒した英雄として振る舞いたかったという気持ちはあったので、ここにいる間はあまり戦いのときのことは考えないようにしていたのは事実だ。
「う、うん……」
まさかナギもそう思っていたとは思わず、改めて昨日の自分の戦い方がフラッシュバックされる。
「ナギちん、それってあたしにも言ってるよね?」
「は?」
予想外の声が返ってきたのは、シーラだった。
「結局賢者になってもあたしが一番役立たずだったし。お祖父様の杖がなければ回復すら出来ないダメ賢者だし」
「そんなことないよ! シーラの分析がなかったら、私たちなにも出来ずにオロチにやられてたよ!」
「そーだぞシーラ! お前の呪文があったから、オロチをあそこまで追い詰めることが出来たんだぜ」
「……」
すかさず私とナギがフォローを入れるが、シーラ自身が納得できず、口をへの字に曲げている。
そこへ、今まで黙っていたユウリが苦々しげに口を開いた。
「今回はなんとか勝ったが、課題も残る戦いだった。特に一番問題なのは、全体的なレベル不足だと俺は思う」
その言葉に、私たちは沈黙で返す。それはすなわち、肯定を意味していた。
「魔王の城に向かう前に、レベルを底上げした方がいい。この件が落ち着いたらレベルを上げられる場所を探したいと思っているが、どこかいい場所を知ってるか?」
ユウリの目は真剣だった。そして、今までなら一人で決めて一人で勝手に行動することが多かったが、今回は皆の目を見て意見と提案をしている。ユウリも気づいているのだろう。今のままでは魔王を倒せないことに。
「はいはーい!! それなら絶好の場所があるよ!」
勢いよく手を上げたのはシーラだ。それに倣ってナギもうんうんと頷く。
「確かにあそこが一番手っ取り早いな。お前が遊び人だったときもメチャクチャレベル上がってたし」
「え、二人は行ったことあるの?」
私が尋ねると、シーラはニヤリと笑った。
「ふっふっふ。道案内は任せてよ☆」
「??」
何やら意味深な発言に、私とユウリは思わず顔を見合わせたのだった。
その後、ヒイラギさんの家で食事を頂き、私たちはヒミコ様の屋敷に向かうこととなった。
「この度は本当にありがとうございました。これからは二人で一緒に生活することが出来ます」
家を出る間際、ヒイラギさんとヤヨイさんは家の前で私たちを見送ってくれた。
「こちらこそ、泊めて頂いて助かりました。食事も美味しかったです。ありがとうございました」
私がお礼を言うと、二人は笑顔で返してくれた。
これからは昼間でも堂々と二人で過ごすことが出来るようになったということで、ヒイラギさんも最初に会ったときより随分と生き生きとした顔をしていた。
ヤヨイさんもどこか吹っ切れたような様子でユウリの方を見つめているが、当の本人は知らん顔。いや、どちらかというと意識的に視線を合わせないようにしているように見えた。
「どーしたの、ミオちん?」
無意識に二人を目で追っていたからか、シーラに声をかけられハッと我に返る。
「ううん、なんでもないよ」
これ以上第三者の私が気に揉むことはない。私は頭に浮かんだままの昨夜の光景を振り払うと、なんでもないことのようにシーラに笑ってみせた。