俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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ヒミコの秘密

 

 二人に別れを告げた私たちは、早速その足でヒミコ様の屋敷へと向かった。しかし屋敷に近づくにつれ、何やら物々しい雰囲気を感じるようになった。

 

 屋敷のすぐそばまで向かうと、数人の人だかりが出来ていた。その中でユウリは、切羽詰まった顔であちこち走り回っている女性に声をかけた。

 

「随分騒がしいが、何かあったのか?」

 

 声をかけられた女性は、ユウリを一目見て一瞬赤くなったが、すぐにはっとなり、慌てて説明した。

 

「実は、昨日からヒミコ様が行方不明なんです!」

 

「えっ!?」

 

 私は思わず声を上げたが、質問した本人であるユウリはまるでその答えを想定していたかのように冷静だった。そしてさっさとこの場を去ろうとした女性を引き留めると、

 

「俺たちもヒミコを探している。何か手がかりがあるかもしれないから、屋敷に案内してくれないか?」

 

 そう言って、真摯な表情で見つめた。その様子が彼女にとって魅力的に映ったのか、彼女は顔を赤くしながらも素直に頷いた。

 

「わ、わかりました。ではこちらへ……」

 

 女性はすぐに屋敷へと私たちを案内してくれた。どうやら彼女はヒミコ様の侍女の一人らしい。たまたまなのか、それともユウリが彼女を最初から屋敷の関係者だと見抜いていたのかわからないが、とにかくすんなりと屋敷に入ることが出来た。

 

 屋敷の中は、外以上に騒然としていた。廊下をバタバタと走る音や、ヒミコ様の所在を尋ねる声、見つからない苛立ちから来る怒号などが聞こえてくる。

 

「あっ、あなたたちは!?」

 

 入るなり私たちに気づいてやってきたのは、昨日私たちを案内してくれた侍女だった。生け贄として旅の扉に入った私たちが再び目の前に現れるとは思いもしなかったのか、目を白黒させている。

 

「詳しい話はあとだ。ヒミコは今も行方不明なのか?」

 

 侍女はユウリの姿に混乱しつつも、今はそれどころではないといった様子で短く頷く。

 

「は、はい。昨日あなたたちを湯殿へと案内したあと、ヒミコ様は祈祷部屋でお祈りをしていたんですが、それからしばらく経っても部屋から出て来なかったんです。そしたら急にオロチが部屋から現れて……」

 

 そこまで言って、侍女は突然言葉を詰まらせた。まさか、ヒミコ様はオロチに襲われたんじゃ……。

 

「その祈祷部屋を見せてもらっても構わないか?」

 

「あ、はい! ですが、オロチによって部屋はほぼ壊滅状態になっていますが……」

 

 それでも構わない、と一言言い放つと、ユウリは彼女を強引に引き連れた。

 

 途中、屋敷の関係者がすれ違うが、皆私たちのことなど気にしていないようだった。一応オロチを倒したところを見た人もいたはずだが、オロチを倒したことよりヒミコ様がいなくなったことの方が、この屋敷にとって重大な事件のようだ。

 

 そして案内されたのは、昨日初めてヒミコ様に会った場所の奥の部屋だった。この部屋が最も被害が大きく、木製のカーテン——侍女の説明によると『御簾』というらしい——も壊されて、だらしなくぶら下がっている状態だ。けれどそのお陰で、その奥にある部屋がよく見えた。

 

 剥き出しとなっているその部屋を覗いてみると、壁には至るところに白い紙や木の葉や枝などがぶら下がっている。白い紙には見たこともない文字が長々とかかれているが、この国特有の文字なのか全く読めない。この光景を見てここが『祈祷部屋』だと侍女に教えてもらわなければ、何の部屋なのか皆目検討もつかなかった。

 

「ヒミコはこの部屋から出てないのか?」

 

「は、はい。途中あなた方を迎えに一時ここを離れたときに他の者に任せましたが、誰もヒミコ様がこの部屋を出るところを見ていませんでした」

 

 部屋からは出ていないのに、部屋には人がいた痕跡がない。この矛盾した事態に、私たちは首を捻った。

 

 するとユウリは、部屋の隅にある本棚に目を留めた。そこに並べられているのは本というより、数枚の紙の束を紐で閉じたような簡易的なものであったが、この国では割とポピュラーなものだと言うのが雰囲気でわかる。

 

「それはヒミコ様の私物です! みだりに触れたりすれば神罰が……」

 

「あんたらはヒミコを神か何かだと思ってるのか?」

 

 振り向き様に言い放ったユウリの言葉に、制止の声を上げた侍女の動きが止まる。

 

「他人と違う力を持っているとしても、彼女は人間なんだろ? なら神罰なんて関係ない」

 

 ユウリは本棚に目線を戻し、何事もなかったかのように目の前の本に手を伸ばす。

 

「それに、彼女を見つけたいならそんな下らないことを言ってる場合じゃないだろ。少しでもいなくなった手がかりを探す方が大事だろうが」

 

 彼の最もな意見に、私も頷いた。そして、彼が手に取った本をパラパラとめくり始めると、皆こぞって覗き込んだ。

 

「これって……」

 

 そこには、ヒミコ様自身が書いたと思われる手記が記されていた。

 

 

 

——◯月✕日。今日も村の外であいつが暴れている。村人達が手を出せない中、私は自分の素性を明かせないまま、村人たちをだまし続けている。

 

 

 

 これは、本当にヒミコ様の日記なのだろうか? 文章から感じる彼女の人物像と、昨日見た彼女の言動とでは、同一人物とは到底思えない。

 

 すると、突然シーラが頭一つ分身を乗り出して日記を凝視している。なにか気になることでも見つけたのだろうか。

 

「ちょっと待って。この部屋の壁に貼ってあるお札みたいなのに書かれてる文字は読めないのに、なんであたしたち、この日記が読めるんだろ?」

 

『——あ!!』

 

 確かに、この日記の文字は普段私たちが使っている言葉で書かれている。この国の人ならこの国で使われている文字を使うのが普通ではないだろうか?

 

「なあ。あんた、この文字が読めるか?」

 

 ユウリが侍女に日記を見せる。けれど彼女は眉をひそめる。

 

「すみません。異国の文字は私には読めません……」

 

「そうか」

 

 予想通りの反応だと言う風に、ユウリは再び日記に目を移した。私たちも再び頭を突き合わせると、次の行を読み進める。

 

 

 

——そんな自分に辟易している。早く自由になりたい。私がヒミコではなく、本当はアンジュだと言うことを、誰かに打ち明けられたらどんなに楽だろうか。

 

 

 

「アンジュ!?」

 

 想定外の人物の名に、私は思わず声を上げる。

 

「アンジュって、確かサイモンの仲間の一人だったよな?」

 

「そ、そうだった気がする」

 

 ナギが確認するように私に問う。その答えに驚きのあまりついどもって答えてしまった。

 

 つまり、ヒミコ様は本当はサイモンさんの仲間のアンジュさんってこと!?

 

 頭の整理が追い付かない中、一足先に次のページを眺めていたシーラが声を上げる。

 

「ねえ皆、ここ読んでみて」

 

 彼女が指差した文章を、黙読する。

 

 

 

——◯月△日。とうとうあいつは村の家畜を襲うだけでは飽きたらず、村人を喰ってしまった。しかもあいつは、その喰った人間の能力を取り込むらしい。これ以上あいつを野放しにしてしまえば、この村だけでなく、ジパングと言う国そのものが滅びてしまう。折角魔王討伐の旅を終えて、国を守ろうとヒミコとして生きてきたが、我慢の限界だ。サイモンや仲間と共に戦って得た経験と知識を生かして、この国に巣くう膿を取り除かなくてはならない。

 

 

 

 この内容からでも、アンジュさんがヒミコとしてこの地を守ろうとしていたのがわかる。けれど、『あいつ』っていうのは、もしかして……。

 

「あいつってきっと、オロチのことだよな?」

 

 ナギに先を越され、思わず私は彼を見返した。しかしそれは既に皆が気づいていたことだった。

 

「うん。それでこの内容だと、オロチは喰った人の能力を取り込むって書いてあるよね。てことは、あの強さは人を喰い続けた結果、あれほどの強さになったって訳だよね」

 

「当時はあの魔物はそれほど強くなかったってことか」

 

 先の展開に一抹の不安を抱きながらも、ユウリはさらに次のページを開く。

 

 

 

——◯月□日。突然私のもとに、蛇のような顔をした男がやってきた。屋敷を訪れたその男は、いかにも不気味な笑みを浮かべて私を舐め回すように見ている。

 

 さらに人払いをして欲しいと頼まれ、私と男の二人になった途端、男は人の身長ほどの大きさの大蛇へと姿を変えた。それはこの国の膿である、オロチそのものであった。

 

オロチは人の姿を借りたばかりか、言葉まで話した。しかも、私に交換条件まで出してきたのだ。

 

『これ以上村を襲われたくなければ、生け贄を出せ。若くて美しく、清い身体の女が良い。あれは上質で、喰えば力も漲る。お前も上質ではあるが、いささか年を取りすぎた』。そう言ってオロチは下卑た笑いを浮かべた。

 

 この場で呪文でも放とうかと思ったが、オロチの力を警戒した私は、渋々要求に応じてしまった。それから、村の娘を生け贄に出さなければならないと言う、地獄の日々が始まった。

 

 

 

『……』

 

 皆、黙ってはいるが、心の中は私と同じ気持ちだろう。このときから、生け贄を出すという風習が始まったのだ。これから先のことを考えると、胸が張り裂けそうになる。

 

 

 

——◯月☆日。もう我慢できない。私はヒミコとしての最後の仕事をしようと思う。あいつの力はこの国の人間たちだけでは太刀打ちできないほど強大なものになってしまった。しかしそれは総て、判断を怠った私の責任だ。私がケリをつけなければ。

 

あいつの棲みかはわかっている。この国で一番高い火山の洞窟だ。私の力で旅の扉を作り、あいつに奇襲をかける。これが最後の賭けだ。

 

だがもし私がこの世にいなくなったら、この国はいずれあいつに乗っ取られるだろう。

 

 人間に姿を変えられるあいつならば造作もないことだ。ただ生け贄を欲している以上、国を滅ぼすようなことはしないはずだ。それでもこの国にとっては化け物に支配された地獄と化すだろうが……。

 

しかしもしこの文字が読めるほどの知識のある者か、この国を訪れるほどの度量と力のある異国の者がこの本を手に取ることがあったら、我が民を救って欲しい。

 

 ヒミコとして民の目線になって生きてきて、彼らには国を捨ててでも生きて欲しいと私は願っている。もしそれを叶えてくれるのならば、この部屋の隠し部屋にある宝を好きなだけ持っていって欲しい。頼む、私の遺志を、どうか継いでくれ。

 

 

 

 日記は、ここで終わっている。最後は殴り書きに近い筆跡で、だいぶ切羽詰まっていたのが見て取れる。日記がここで終わっていると言うことは、ヒミコ様、いやアンジュさんは——。

 

「……本物のヒミコ様は、もうここにはいなかったんだね」

 

 抑揚のない声で、私は呟いた。彼女はおそらくこの日記を最後にオロチと対峙して、そして命を落とした。けれどその後もヒミコ様はこの国を守る巫女として村人達から崇め奉られている。それはなぜか——。

 

「ああ。おそらくオロチがヒミコを喰って、ヒミコの能力を取り込み、自らヒミコになりすまして生け贄を喰らい続けていたんだろう。日記から察するに、オロチは取り込んだ相手の能力だけでなく、外見や記憶、知識も自分のものに出来たみたいだな」

 

 だからオロチはヒミコ様として振る舞うことが出来た。ヒミコ様と接触したときに男性の姿をしていたのも、その男性を喰ったからだろう。

 

 それならばオロチを倒したときに見た本物のヒミコ様が現れたのも納得が出来る。オロチの中にいたヒミコ様の魂が、オロチが死んだことによって解放されたのだろう。だから彼女は天に召されたのだ。

 

「謎は解けたけど……、なんだかもやもやする結末だね」

 

 シーラの目には、深い悲しみの色が滲んでいる。それはナギやユウリも同じだった。私も、どうしようもない辛さと閉塞感で胸が苦しかった。

 

「とりあえず、オロチは倒せたんだ。ヒミコの願いは果たせたんじゃないのか?」

 

 ユウリの一言に、全員が弾かれたように顔を上げる。

 

「……はは、そうだよな。オレたちはヒミコの願いに応えたんだ。空にいるヒミコ……いやアンジュも、本望だと思うぜ」

 

「うん……、そうだよきっと」

 

 私は自分自身に言い聞かせるように、天を仰いだ。きっとアンジュさんは、今ごろほっとしているだろう。でなければあのとき、微笑んだりなんかしてないはずだから。

 

「うん、もう生け贄を出さなくていいんだもんね」

 

 私たちの言葉に、シーラも納得したようだ。

 

「あ、あの……、先程ヒミコ様は亡くなったと仰っていましたが……?」

 

『!!』

 

 戸惑いを隠しきれない侍女の問いに、皆が一斉に振り返る。そういえば案内されてから、ずっと近くにいたんだった。

 

「ああ。今まであんたたちが崇めていたのは、ヒミコになりすましたオロチだった」

 

 低い声で、ユウリはきっぱりと言い放つ。侍女はその言葉を理解した途端、唇をわなわなと震わせた。

 

「あ……、ああ……!」

 

 ショックのあまり声も出せない侍女は、逃げ出すようにこの場を走り去ってしまった。

 

「まあ、そうなるだろうな」

 

 ナギが予想していたかのように逃げ出す侍女の後ろ姿を目で追いながらつぶやいた。

 

「だが、どのみちこの国が乗り越えなければ行けない問題だ」

 

「ユウリちゃん!?」

 

 日記を懐に入れるなり踵を返すユウリを、シーラは呼び止める。シーラはユウリが何をしようとしているかいち早く気づいたようだ。

 

「きっと皆、信じてくれないと思うよ?」

 

 その言葉には、ユウリの身を案じる思いも込められているように感じた。その瞬間、ユウリが何をするつもりか私にも理解できた。

 

「アンジュの願いに応えた以上、この国の行く末を導くのも俺たちの責任だ」

 

 落ち着き払った声で答えるユウリの目には、彼なりの覚悟の色が宿っていた。仲間として、その覚悟に私も応じなければならない。

 

「そうだね。この国の真実を、私たちがこれから伝えなきゃ」

 

 それがこの国を案じていたアンジュさんの遺志だから。

 

 ナギも頷くと、シーラに視線を移す。シーラも諦めたように小さく息を吐いた。

 

 そして、気持ちを一つにした私たちは、屋敷の外のざわめきが最高潮に達したころ、この部屋を後にしたのだった。

 

 

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