俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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ムオル〜バハラタ
父の軌跡・前編(ユウリ視点)


 

 陰鬱とした空に光る幾筋もの稲光が、地上から最も空に近い火山の頂に現れては消えていく。それが空から発するものなのか火山雷なのか定かではないが、どちらにせよ人が生身で立ち入っていい場所でないことは明確である。そんな危険な山の火口付近に、一人の人影があった。

 

 赤く弾ける炎の光が体格の良い人物の姿を映し出したと同時に、無造作に短く切った黒髪が熱風に煽られる。

 

 その男は静かに機会を伺っていた。マグマの煮えたぎる音と熱気に包まれたこの状況では正確な判断など不可能に近いはずなのだが、常人ならざる力を身につけた男は全く気にならないようだ。

 

 やがて、眦を決した男は間近にある火山の火口へと一歩踏み出すと、背中に背負っていた剣を抜いた。

 

 刹那、男の前に立ちはだかったのは、大きな翼を持った魔物であった。魔物は大きく翼を広げると、剣を抜いた男に向かって突撃した。

 

 だが、魔物が男のスピードについていくことは叶わなかった。並外れた身体能力によって繰り出された斬撃で、魔物は致命傷を負ったからだ。

 

 最後の一撃が放たれ、魔物はそのまま地に伏す、はずだった。だが、この魔物の執念が尋常ではなかったのか、力尽きる前に最後の力を振り絞った魔物は、目の前の男に向かって、人間には聞き取れないような高周波を放ったのである。

 

 これには男も堪らず耳を塞ぐ。だが、その一瞬の隙をついた魔物は、油断していた男に向かって牙を光らせた。

 

 肉を抉る生々しい音が辺りに響き渡ると、男は意識を失った魔物と共に火山の火口へと落ちていった――。

 

 

 

「――リ、ユウリ!!」

 

 何者かに体を揺さぶられ、俺は渋々瞼を開ける。

 

 ぼんやりと映る簡易テントの天井に焦点を合わせようとしたが、突然間抜け顔の女が目に飛び込んできた。

 

「大丈夫? 随分うなされてたみたいだけど」

 

 心配そうに俺の顔を覗き込んできたのは、間抜け女のミオだ。どうやら俺を揺り起こしていたのは彼女だったようで、俺が目を覚ますなり、わかりやすいほど大袈裟に安堵の息を吐いた。

 

 俺はゆっくりと体を起こし、意識をはっきりさせるために二、三度頭を軽く振った。覚醒するにつれ、夢と現実の境界が明確になっていく。

 

――そうか、さっきのは夢だったのか。

 

 だが、夢にしては妙にリアルだ。以前ルザミの島でガイアの剣について調べていたから影響されたのだろうか。まさか夢の中にまで火山が出てくるとは思わなかった。しかし、今回そこにいたのは俺自身ではない。見たことのない顔の男だったが、一体……?

 

「どうしたの?」

 

「うわっ!?」

 

 俺が返事もせず考え事をしているうちにいつの間に近づいてきたのか、至近距離でミオがさらに声をかけてきた。相変わらず異性との距離感が滅茶苦茶なこの女は、俺が動揺していることにも気づかず間近で俺の顔を窺っている。

 

「別に何でもない! いいから離れろ!」

 

 怒鳴り散らすように叫ぶと、ミオはびくつきながら慌てて俺から距離をとった。こうなるとわかってて毎回近づいてくるのだから余計タチが悪い。

 

「ユウリちゃん、起きたー?」

 

 今度はザルウサギのシーラがテントの入り口から顔を覗かせる。二人が起きているところを見ると、どうやら俺は寝坊をしてしまったようだ。ザルウサギはともかく、寝坊女よりも遅く起きてしまうとは、我ながら情けない。

 

「あ、うん。今起きたところだよ」

 

「そっか〜。それなら良かったよ☆」

 

「……」

 

 何となく二人に心配されるような雰囲気に気まずくなった俺は、何事もなかったかのようにテントから這い出た。

 

 外に出た途端、冷気を帯びた風が顔を撫でる。ここの大陸は夏が訪れたばかりだというのに、晩秋のように寒い。常緑樹が鬱蒼と広がる森の向こうには、すでに白い山肌の山脈が横に延々と続いていた。

 

「やっぱりこの辺は寒いね。向こうの山の方なんか雪が積もってるもん」

 

 白い息を吐きながら、俺と同じように眼前の景色を眺めるミオ。隣にいるシーラも頷く。

 

「んだよ、まだ寝てんのかよ」

 

 テントの反対側から思わずベギラマをぶちこみたくなるようなことをほざいてきたのは、バカザルのナギだ。だが、今回に関してはこいつの言い分が正しいので、ここはあえてバカザルを睨み付けるに留めておく。

 

「いつもは馬鹿みてえに早く起きてすぐ先に行くぞとか言いだすくせに、珍しいこともあるもんだな」

 

「ベギラマ」

 

 ぼおおぉぉぉん!!

 

「ぎゃああああっっ!!」

 

 駄目だ、やっぱり耐えられなかった。

 

「ナギってば、なんでいい加減学習しないかなぁ……」

 

 そんなことを言っている間抜け女の方にこそ、今の言葉をそっくりそのまま返してやりたい。

 

「それよりユウリちゃん、ナギちんの鷹の目だと、あと半日ぐらい歩けばムオルに到着するみたいだよ」

 

 この一連の流れを『それより』で流すザルウサギの言葉に、俺は眉をわずかに吊り上げる。

 

「あと半日か。船から見るより、案外遠いんだな」

 

 そう。今俺たちが向かっているところは、ムオルという見知らぬ町である。

 

 ジパングを出発したあと、ヒックスたちに暇を与えるため、ポルトガに戻ることにした。なぜかと言うと、ガイアの剣を探す前に、自分達のレベルを底上げするからだ。長丁場になりそうなので、拘束時間の長いヒックスたちには一度故郷で待機してもらうことにしたのだ。

 

 だが、ジパングからポルトガに向かう途中、突然アクシデントは起きた。海中にいた魔物の群れが船体に激突し、一時転覆しそうになったのだ。幸い船に穴が空くことはなかったが、船体の一部が破損しているということで、急遽近くの港に停泊することになった。

 

 修理箇所を確認した船員によれば、材料があれば直せるということで、早速停泊した港町で船の材料を購入することになったのだが――。

 

「材料がない!?」

 

 町の船大工に仕入れ先を聞いたところ、今は不況で材料が手に入らないのだという。船の材料となる材木が手に入るのは山をひとつ越えた先にある、ムオルという村にあるらしい。しかし最近ムオル周辺は人を襲う魔物が現れ始め、被害者も何人かいるという。さらに冒険者もいないこの港町では、ムオルまでたどり着ける人間はほとんどいないそうだ。

 

「ふん。なら俺たちがその材木を取りに行ってやる。その代わり、手間賃は材料代から差し引いてもらうからな」

 

 俺の中では当然の交渉内容だったのだが、他の三人は一様に微妙な顔をしている。金に無頓着なこいつらの顔色をうかがってる暇などなく、俺はさっさと材木の仕入れ先の店主に話を付け、ムオルへの行き先を教わった。

 

「なら、ついでに他のお客さんの分も仕入れてきてくれないか? 荷馬車を貸してあげるから、この荷台に積めるだけ材木を運んできて欲しいんだ」

 

 そう言ってしたたかな店主が用意したのは、大きな荷車と二頭の馬だった。……いっそこっちが依頼料をもらうべきではないかと思ったが、こんなことで文句を言うのはさすがに大人げないだろうと、言葉を飲み込んだ。

 

 そんなわけで俺たちは今、ムオルの村を目指している。厚い雲が垂れ込める空の下、俺たちは二日かけて荷馬車を引き、ようやく目的の場所に到着した。ちなみに手綱は俺とバカザルで交代で引いていた。途中何度か魔物の群れに遭遇したものの、ヤマタノオロチとの戦いに比べたらあまりにも手応えが無さすぎて、特筆すべき事がなかったのは言うまでもない。

 

「あっ、あれ、看板かな?」

 

 入り口に立てかけてある古ぼけた看板に目をやると、確かに『ムオルの村』と書いてある。

 

 辺りを見回すが、村を守る警備の人間もいない。一応魔物よけの聖水を町の周辺に撒いてある形跡はあるように見えるが、田舎女の故郷よりも危機感のない村だ。

 

 村に入ると、ぽつぽつと家や建物が見えてきた。次第に犬を連れた老人や、畑の周りを走り回る小さな子供たちとすれ違ったりするが、至ってのどかなところである。

 

「なんだか平和な村だね」

 

「お前の第二の故郷なんじゃないのか?」

 

 のんきに呟く田舎女の言葉に、俺はつい軽口を叩く。案の定、俺の言葉に彼女はムッとした顔をした。

 

「もう! それって遠回しに田舎者って言ってるよね!?」

 

「そうやってムキになるってことは自分で田舎者だと認めてるってことだろ」

 

「べ……、別に田舎者だっていいじゃない!! 田舎には田舎の良さがあるんだから!!」

 

 何を開き直ってるんだ、この間抜け女は。

 

 俺は呆れた顔で彼女から視線を外すと、正面からやってくる一人の男に目を留めた。するとすぐにその男もこちらに気づいたのか、一瞬で俺と目が合った。しかし男は、そのまま俺をじっと見つめると、動かなくなってしまった。

 

「……?」

 

 不審に思いながらも、俺は男の前を通り過ぎる。すると突然、その男は何かに気づいたように目を丸くしたではないか。

 

「その剣は……!? もしかしてあなた、ポカパマズさん!?」

 

「は!?」

 

 何の前触れもなくいきなり珍妙な名前を呼ばれ、思わず俺は素っ頓狂な声を上げる。それに反応したほかの三人も、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 

「何? 誰が何だって?」

 

 バカザルが目を輝かせながら俺と男の間に割り込んできた。おそらく俺をイジれる絶好の材料を見つけたのだろう。俺はすぐにこいつの鳩尾に肘鉄を食らわせる。

 

「ぐはっ!!」

 

 俺の一撃にバカザルは体をくの字にして倒れ伏した。そして、何が起こったのかわからず呆然としている男に俺は問いかける。

 

「おい、今俺のことを何て呼んだ?」

 

「え、だから、『ポカパマズ』さんと……。はっ、よく見たら人違いでしたか!! すみません!!」

 

 男は慌てて俺に謝ると、足早に走り去った。呼び止めようかとも思ったが、年の割に足が速く、気づいたときにはもう姿が見えなくなっていた。

 

「なんかユウリちゃんが持ってる剣を見て、ポカパンパースさんとか言ってたよね?」

 

「違うよシーラ。ポカポンタスさんだよ」

 

「『ポカパマズ』だろ。いやそれも違うが……」

 

 自分で言ってて理解できなくなってきた。一体『ポカパマズ』とは何なんだ?

 

 その後も、道行く人々にたびたび『ポカパマズ』と呼ばれ、俺の脳内は混乱を極めていた。

 

 気になるのは、その名を呼ぶ人のほとんどが俺よりも年上、おそらく二十代以上だということだ。それ以外の人間……つまり俺と同年代かそれより下の子供は、俺を見ても何も反応しない。

 

 さらに、その名を呼ぶ前に必ずと言っていいほど、俺の顔ではなく背中に背負っている稲妻の剣を一瞥するのだ。いったいポカパマズという名前と稲妻の剣に、何の関係があるのだろうか?

 

「ユウリちゃん。気になるのはわかるけど先に用事を済ませちゃおう?」

 

 何かを察したのか、ザルウサギがいち早く気付いて俺に尋ねるが、こいつに言われなくてもわかっている。俺は足早に目的の場所へと向かった。

 

 

 

「いや~、悪いね、沢山運んでもらっちゃって。買い付けてくれるお得意さんが来なくなっちゃって、商売上がったりだったんだよ」

 

 明朗な声で眉を下げる材木屋の店主は、荷馬車を引いた俺たちがやって来るなり満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 

「ここへ来る途中、魔物の群れは俺たちが倒した。当分は村周辺に来ることもないだろう」

 

「そりゃあありがたい。村の人たちも安心するだろう」

 

 安堵する店主に、俺は手を差し出して反応を待つ。

 

「あの……、なにか?」

 

「魔物を倒した手間賃くらい払うべきだろうが。ボサッとしないでとっとと渡せ」

 

 キョトンとする店主に苛立ちを感じ、手を使って催促するような仕草をする。だがわかってないのか、このオヤジは首を傾げるばかりで動こうとしない。

 

 ここは一度痛い目を見ないとわからないようだなと考えた俺は、口の中で呪文を唱えようとしたのだが。

 

「わーっ!! 待ってユウリ! それただの恐喝だから!」

 

 必死の形相で鈍足女が後ろから俺の腕にしがみついてきた。いつもは鈍くさいくせに、俺が呪文を放とうとするときは別人かと思うくらい素早く反応してきやがる。そんな彼女の姿に毒気を抜かれてしまった俺は、自然と手を下ろした。

 

 結局このオヤジから手間賃をもらうことは出来なかったが、予定より多くの材木を仕入れることが出来た。荷台に積めるだけ積んで金を渡せば、あとは船が停泊する港町に戻るだけだ。

 

「あっ……、ポカパマズさん!?」

 

 背後から声がしたので後ろを振り向くと、女が一人立っていた。買い物帰りなのか、荷物を提げたまま俺を凝視している。

 

「おいお前、この人のこと知ってるのか?」

 

 材木屋の店主は、目の前にいる女――おそらく店主の妻であろう――に問いかけた。

 

「ああ、あんたは五年前に婿入りしたから知らないんだね。この人はポカパマズさんと言って、ルドルフさんとこで療養してた人だよ」

 

 療養? 病気か何かだったのか?

 

 さらに謎は深まるが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「悪いが、俺はポカパマズじゃない。アリアハンから来た勇者のユウリだ」

 

「え……、あっ! まあいやだ人違いだなんて!! それに、良く見たらとってもイケメン!!」

 

 ……一体この村の連中は、俺とポカパマズをどういう基準で見比べているんだ?

 

「あんた、勇者だったのかい? と言うことは、アリアハンの英雄の息子が魔王を倒す旅に出たって噂は本当だったのか」

 

 意外そうな顔で店主が言う。ポカパマズではないことを強調するためにあえて勇者と名乗ったが、どうやらこんな田舎でも俺の噂は広がっていたらしい。

 

 女の方も、人違いだとわかった途端、なぜか俺に興味を示してきた。というかさっきから人の顔ばかりじろじろ見ていて、こちらとしては気分が悪い。

 

「おい。なんでこの村は俺の姿を見るたびに『ポカパマズ』とか言う名前で呼ぶんだ? 俺はそんなふざけた名前じゃないんだが」

 

 俺は刺のある言い方で、店主の妻に言い立てる。すると女は慌てた様子で答えた。

 

「まあ、気を悪くさせちゃってごめんなさいね。ポカパマズさんは、十年くらい前にここにやって来た旅人さんでね、怪我をして倒れていたところをルドルフさんが見つけて介抱したんだよ。あなたの後ろ姿がポカパマズさんに似てたから、つい彼の名前を呼んじゃったの」

 

「あの、そのポカパカスさんはそんなにユウリに似てるんですか?」

 

 俺が疑問に思ったことを、ミオが間に入って店主に尋ねる。と言うか、いい加減名前を覚えろ、このボケ女。

 

「後ろ姿の雰囲気がポカパマズさんにそっくりなんだよ。まあ、ポカパマズさんに比べれば、随分と綺麗な顔だけどね」

 

 そういうと女は顔を赤らめながら俺の方を見つめてくる。……さりげなくポカパマズを貶しているように聞こえるのは気のせいだろうか?

 

「そのポカパマズとやらは、どういう人物なんだ?」

 

 女はしばらく考え込むと、何かを思い出しながら話した。

 

「そうねえ……、最初は怪我がひどくてずっと寝てたみたいだけど、動けるようになってからはよくルドルフさんの息子さんと遊んでるところを見たわ。きっと子供が好きなのね」

 

「他に何か特徴はないのか?」

 

「私よりも、ルドルフさんの方が詳しく知ってると思うわ。ここから西にまっすぐ行って、道具屋の角を左に曲がったところにある防

具屋がルドルフさんの家よ」

 

 つまり防具屋を探せばいいわけか。用事が終わったらそこに行ってみるか。

 

「おいユウリ、荷物はあらかた積み終わったぞ。つーかお前も手伝えっつーの」

 

 俺が店主たちと話し込んでる間に、バカザルが荷馬車に材木を積み終えたようだ。それはさておき、俺は店主たちの方に顔を向けると、一言礼を言った。

 

「ありがとう。邪魔したな」

 

 俺は結局手間賃の催促や値引きなどを行わず、代金を定価で支払った。まあ、店主からしたら定価で金をもらうなど当たり前のことなのだろうが、俺としては十分譲歩したつもりだ。

 

「ユウリが商品を定価で支払うなんて……!」

 

 後ろで信じられないものを見たかのように驚くボケ女。俺は条件反射でこいつの髪の毛を引っ張った。何やら文句があるようだが、先にケンカを売ったのは向こうなので仕方ない。

 

 そんなことより俺は自分に雰囲気が似ているポカパマズという人物の方が気になって仕方がなかった。様々な憶測が頭のなかで飛び交うが、どれもピンとこない。だったら防具屋で情報を集めた方が手っ取り早いと感じた俺は、早々に道具屋を後にしたのだった。

 

 

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