『祠の牢獄』。世界にはルザミのような流刑地もあるが、他にもそう言う場所があるらしい。
「国家反逆罪って……、一体サイモンさんは何をしたんですか?」
恐る恐る尋ねると、コゼットさんは今にも泣きそうな顔で答えた。
「わかりません。ある日突然お城の兵士たちがやってきて、お城に連れていかれたのです。彼らが言うには、国王様の命を狙おうとした疑いがかけられたそうですが、そもそも夫はほとんど家にいることはありませんでした。なぜならあの人は正義感が強く、しょっちゅう国を飛び出しては、人々を苦しめている魔物を退治していましたから。そんな人がどうやって国王様の命を奪うと言うのでしょうか」
「なんだよそれ……。ひでえ話だな」
ナギの言うとおり、なんて一方的な言い分なんだろう。その理不尽さに、私は腹が立った。
「サイモンが疑いをかけられた証拠はあるのか?」
「いえ……。何の説明もなく裁判にかけられ、こちらの弁護もないまま罪状を突きつけられました。そのあと私たち家族が面会する間もないまま、夫は見知らぬ地へと流刑されたのです」
「……」
コゼットさんの説明に、尋ねたユウリも言葉を失う。
「そんなに酷い国なのに、なんで皆何も言わないの? だって、国を支える国民がこんなに苦しんでるんだよ? おかしいよ、絶対」
珍しくシーラが声を荒げて言った。先ほど見かけたブレナンさんと言う人のお葬式のことを思い出し、私も頷く。
「昔は反発する人たちもいましたが……、その人たちは皆お城の地下にある牢屋に入れられ、ほとんどが獄中で亡くなりました。それから10年以上経ち、今では私たち国民は抗うのも無駄とわかり、国王様の機嫌を損なわないよう気を使いながら生活しているのです」
10年……!!
途方もない年月を経たこの国の事実に、私は目の前が真っ暗になった。
私が知らないところで、ずっと長い間苦しめられている人たちがいる——。そんなやるせなさに、怒りと悲しみ、そして自分ではどうすることも出来ない悔しさが込み上げる。
「なるほど。それならサマンオサが今まで他国と関わらなかった理由が理解できる。出来れば騒ぎを大きくしたくはないが……」
ユウリが苦い顔で顎に手を添える。
「でもさ、ポルトガの王様からの手紙を渡さなきゃいけないよね」
シーラの指摘に、眉間に皺を寄せるユウリ。しばらく考えてからぼそりと言った。
「手紙は途中で落としたことにして……」
「だっ、駄目だよユウリ!!」
「ふん。冗談に決まってるだろ」
だったら冗談に聞こえるように言って欲しい。そんな眼差しを向けるも、ユウリは全く意に介してない様子で話を戻した。
「とにかくサイモンがいないのなら、ここに用事はない。それでその『祠の牢獄』の場所は知っているのか?」
「詳しくは知りません。噂では、遙か海の向こうにある孤島にあるとか……」
そこまで言って、コゼットさんはハッとした顔つきになる。
「まさかあの人に会うつもりですか? やめた方がいいと思います。もう何年も前の話です、おそらくあの人はもう……」
「そんなの、確かめなければわからないだろ」
「で、でも……」
はっきりとした口調で言い放つユウリに、コゼットさんは言い淀む。
「ちょうど良い。だったら城に行って直接『祠の牢獄』の場所を聞く」
「!?」
「ユウリちゃん、それって結構大博打じゃない?」
シーラも心配そうに尋ねるが、ユウリはしれっとした顔で、
「別にサイモンのことは聞いてないんだからいいだろ」
と、平然と言い放った。
「いやいや、もっと慎重になろうよ。そんなこと聞いたら絶対捕まっちゃうって!」
私が反論すると、今まで黙っていたナギまでもが口を挟んできた。
「今回ばかりはユウリに賛成だぜ。なんで城のやつらはそこまでサイモンを目の敵にしてんだ? ぜってー怪しいだろ」
「それは……」
「そもそもこの国のやり方が気に入らん。一度この国のトップの顔を見てみたい」
次第にヒートアップするナギとユウリに、私とシーラは慌てて止めに入る。
「待ってよ、もう少し落ちつきなって!」
「そうだよ、二人共!! 冷静になろうよ!!」
ガチャッ!!
その最中、玄関先から扉を開ける音が聞こえ、皆が一斉に玄関の方を見る。この部屋に出入りできる人は、コゼットさんの他にもう一人、彼女の息子しかいない。と言うことは——。
「母さん、どうして家の鍵が開いて……」
若い……、おそらく私たちと同年代の声だ。廊下からやって来る足音とともに姿を見せた瞬間、初対面のはずなのになぜか懐かしさを感じた。
リビングにやってきたその人物は、私より少し年上くらいの青年だった。背は高いが、細身のナギよりも適度に引き締まった体をしており、体格の割に小顔で端正な顔立ちをしている。少し癖毛の薄茶色の髪に瑠璃色の瞳が印象的で、目が合った途端深い色の瞳に吸い込まれそうになる。
彼の姿を見た瞬間、とある記憶が思い起こされる。ずっと昔、似たような髪と目の色をした少年と、一緒に遊んだような……。
「もしかして……、ミオ?」
「え!?」
初対面の男の人になぜか名前を聞かれ、びくりと身体が反応する。年の割に落ち着いた低い声は初めて聞くもののはずなのに、どうしてこんなにも心が揺さぶられるのだろう。
——ミオ。君はどうして武術の修行をしているの?
そうだ。あれは私がカザーブの村で師匠に武術を教えてもらってから、一年ほど経った頃のことだ。
師匠であるフェリオに連れられて、ある日突然彼は村にやってきた。最初見たときは人見知りだったのか、背格好の割におどおどしていて、同い年くらいの私とはろくに話もしなかった。だけどある時を境に、私と彼は唯一無二の親友となったのだ。彼の名前は——。
「もしかして、ルーク!?」
その名を呼んだ途端、目の前にいる彼の目が見開いた。同じくコゼットさんも驚いた顔でこちらを見ている。
「ミオちん、この人と知り合い?」
シーラが驚いて尋ねるがそれに答えることもできず、私は頭の中がパニックになっていた。
ホントに!? カザーブで一緒に武術の修行をしてたルークがなんでこんなところに!?
驚いて声も出ずぽかんとする私の手を、いつの間にか目の前までやってきたルークが掴んだ。
「やっぱり夢じゃない! 本物のミオだ!!」
嬉しそうに私の手を握るルークの顔を見て、あの頃の記憶が蘇る。毎日一緒に修行して、笑い合っていたあの日々を――。
やっぱり彼は、あのとき一緒に修行をしていたルークに間違いない。
すると突然、私の頭が後ろからぐいと引っ張られた。
「いたたたたた!!」
久々のユウリの三つ編み引っ張り攻撃に、私の手がルークから離れる。振り向くと、ユウリが胡乱な目を向けていた。
「新手の痴漢か? 随分と馴れ馴れしい奴だな」
「ま、待って!! ルークは私の幼馴染みなの!!」
『え?!』
私は自己紹介がてら、他の三人をルークに紹介した。
「えっと、一応自己紹介するけど、私はミオ。ルークとは師匠のところで一緒に武術の修行をしてきた幼馴染で、親友なの。それでこっちの三人が……」
「あたしはシーラだよ☆ んで、こっちの銀髪がナギちんで、あっちの黒髪がユウリちゃんだよ♪」
「おいシーラ、自己紹介くらいマトモに話せよ。オレはナギ、よろしくな」
「……ユウリだ」
「シーラさんに、ナギさん、ユウリさんですね。僕はルーク。母親のコゼットとここで2人で暮らしてます。それで、皆さんは一体何の用でここへ……?」
ルークの問いに答えたのは、コゼットさんだった。
「ルーク。この方たちは、あなたの父さんに用があって来てくれたの」
「!! 父さんに……!?」
サイモンさんの名を聞いた途端、ルークから笑みが消えた。その時の彼の感情がどんなものだったかは知る由もないが、あまり気軽に触れていいものではないということだけはわかった。
そんな彼らの気持ちをよそに、ユウリは真剣な面持ちで2人に向き直った。
「俺たちはあんたたちに迷惑をかけるつもりはない。だが魔王を倒すためには、どうしてもサイモンに会わなければならないんだ。些細なことでもいい。サイモンや、ガイアの剣について知っていることがあれば、教えて欲しい」
コゼットさんはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめんなさい。もう私の口からあの人に関することは言いたくないんです」
そう言い残すと、コゼットさんは逃げるようにリビングから出て行き、二階へと上がってしまった。
『……』
そして取り残されたルークは、気まずそうにこちらに顔を向けた。
「えーと……、さっき君たちが魔王を倒すとか言ってたけど、本当なの?」
その問いに、いつもなら即座に頷くはずのユウリだったが、彼は無反応。代わりに私が頷くと、ルークは目を丸くした。
「ねえ、ルークは『祠の牢獄』がどこにあるのか知らない? 私たち、サイモンさんに聞きたいことがあるの」
だが、私の問いにルークは首を横に振る。
「残念だけど、僕は何も知らないんだ。父さんはほとんど家にいなかったし、僕がカザーブに行っている間に父さんは捕まってしまったし……。そのあと何度も母さんに父さんの行方を聞いてみたけど、ここからずっと遠いところにあるってことしか教えてくれなかったよ。きっと母さんも詳しく知らされてないと思う」
「そうなんだ……」
もしかしたらとは思ったが、やっぱり他を当たるしかなさそうだ。
「仕方ない。ならやっぱり一度城に行って話を聞くしかなさそうだな」
ようやく口を開いた勇者は、やれやれという風にため息を吐いた。
「あのさ、どうしてそんなに父さんに会いたいわけ? 父さんの旅と君たちの目的は同じかもしれない。でも、父さんは魔王討伐に失敗したんだ。今さら君たちと関係あるとは思えないけど」
「ええと、話せば長くなるんだけど……」
「一般人のお前には関係ない。それより早く城に向かうぞ」
私の話を遮ると、ユウリはぐいと私の腕を掴みながら、その場に立った。強引に玄関へ向かおうとする彼に引きずられながら私もソファーから立ち上がった途端、ルークが引き止める。
「ま、待ってくれ、ミオ!! もう一度会いたい!! もし会えるなら、また来てくれないか?」
「!!」
その言葉に、私の心が跳ねる。数年ぶりの再会で、喜んでいるのは私も同じだ。ルークに話したいことはたくさんある。だけど――。
ちらりとユウリの方を見る。今は一刻も早く祠の牢獄の場所を突き止めなければならないのに、私の個人的な理由で皆を足止めするのはどうしても気が引けてしまう。
「ミオちん! 別に皆でお城に行かなくてもいいんじゃない?」
「え?」
シーラの一声に、私は思わず彼女の方を振り返った。
「お城には、あたしたち三人で行くから、ミオちんはここにいなよ。せっかく久しぶりに会った友達なんだもん、すぐにさよならするなんて寂しすぎるよ」
もしかして、気を利かせてくれたのだろうか。彼女の言葉に、そばにいたナギもうんうんと頷く。
「そーだぜ。何よりお前が一番ここに残りたそうな顔してるぞ」
ナギに指摘され、私はかっと顔が赤くなる。
「そ、そんなに顔に出てた? 私」
「そう言うってことは、図星なんだな」
にやりと口の端を広げるナギに、私はしまったと口を押さえる。
「つーことだからユウリ、ミオはここに残してこうぜ。まさかそこまで薄情な奴じゃねえよな?」
「……」
眉間に皺を寄せながら、真一文字に口を結ぶユウリ。普段喧嘩ばかりしているナギに諭され、彼のプライドが答えを邪魔しているようにも見えた。
「あっ、そっか! ユウリちゃんてば、そんなにミオちんと一緒にいたいんだね!! ごめんごめん、気がつかなくて」
「ふざけたことを言うな!! こんな間抜け女、いくらでもここに置いてってやる!!」
シーラの言葉に、ユウリはパッと私の腕を離すと、食い気味に反論した。ていうかそこまでムキになって否定しなくてもよくない?
「てなわけだからミオちん、用事が終わったらまた迎えにくるね♪」
「あ、うん! ありがとね。シーラ、ナギ」
「気にすんな。じゃあ、後でな」
二人の気遣いに感謝しつつ、私は三人を見送った。
部屋には、私のルークの二人きり。静まり返った雰囲気に、私とルークは思わず顔を見合わせた。
「なんか、君の仲間には申し訳ないことをしてしまったな」
「うん、でも私もルークともっと話したかったから、お城に行ったとしても気が気じゃなかったかも」
それで後でユウリに散々小言を言われるんだろうな、と私は小さく笑いを浮かべる。
「あ、でも私がしばらくここにいたら、コゼットさんも迷惑だよね」
「そんなことはないと思うけど……。でもせっかくだから場所を変えよう。近くに大きな公園があるからそこに行こうか」
「うん!」
ルークの提案により、早速私たちはこの町で一番大きいと言われる公園に行くことにしたのだった。