俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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三人の行方

 

「もうタイムリミットだ。探しに行こう」

 

 西日の差すリビングに映し出されたルークの影とともに、低く響く彼の声が床に落とされた。

 

 日暮れ前までにユウリたちが戻ってきてくれることを願い、待ち続けたのもむなしく、彼らは結局戻ってくることはなかった。

 

「ルーク。皆を探すぐらい私一人でも大丈夫だよ」

 

 けれど私の申し訳ない気持ちとは裏腹に、ルークは首を横に振った。

 

「ダメだよ。夜のサマンオサは昼間の危険とはまた違うんだ」

 

 それってどういうこと? と尋ねる間もなく、ルークは私の手を取り玄関へと向かった。

 

「母さん。ちょっと行ってくる。鍵はかけておくから」

 

「ええ。ルークも気を付けてね」

 

 険しい顔で見送るコゼットさんに背を向けると、ルークは玄関の壁に掛かっている装備品を取り、自身の腰のベルトに括り付けた。それは手にはめるグローブのようなものだった。金属製だが、随分と使い込まれているように見える。

 

「ねえルーク。外に出るのに武器が必要なの?」

 

「ああ。さっきも言ったけど、地下とは言え町の中に魔物がうろついてるかもしれないんだ。用心するに越したことはないよ」

 

 私が信じられないような顔で見返すが、ルークの反応はいたって普通だった。確かに公園で話をしたとき、町の地下通路に魔物がいて、ルークはその魔物を退治する仕事をしていると聞いていたから、町の中に現れても不思議ではないのだろう。

 

「それに魔物だけじゃない。夜になるとガラの悪い連中が僕たちみたいな立場の弱い人間を狙って金品を強要したりするからね。特にミオは女の子だし、気をつけないと」

 

 それを聞いて、ランシールでの出来事を思い出した。あの時はユウリのおかげで助かったけど、もう二度とあんな思いはしたくない。

 

「わかった。自分の身は自分で守るよ」

 

 私が納得すると、なぜかルークは苦笑した。

 

「大丈夫だよ。ミオは僕が守るから」

 

「へっ!?」

 

 突然さらりとそんな台詞を言われ、思わず変な声を出してしまった。

 

「えと、いや、私もそれなりにレベル上げてきてるから、ルークに守られなくても大丈夫だよ!」

 

 そう言った後で、ルークの気遣いを否定しているように聞こえたことに気づき、慌てて訂正する。

 

「ごめん、違うの!! そう言ってくれるのは嬉しいけど、ルークにばっかり頼るのも悪いって言うか……」

 

「はは、相変わらずだなあ。でも、ミオのそういうところ、好きだよ」

 

「え!? あ、うん、ありがと」

 

 あまり男の人にそんなことを言われたことがないからか、恥ずかしさのあまり適当な返事をしてしまう。別に性格のことを言われただけで、他意はないはずだ。そう自分に言い聞かせ、私はルークとともに夜のサマンオサの町へ出ることにしたのだった。

 

 

 

 ルークの家から走ること十数分、公園とは反対の方角に、サマンオサのお城はあった。だがコゼットさんの言う通り城門は固く閉ざされており、それどころか兵士の姿もなかった。

 

「やっぱり閉まってるね……。どうする、ミオ?」

 

「お城の中にいるってわけでもなさそうだもんね……」

 

 日没後それほど時間が経っていないのにもかかわらず、門の向こうの王城は真っ暗で、誰もいないのではないかと思うくらいひっそりと静まり返っている。

 

 篝火すら灯っていないそのお城は、まるで幽霊でも住んでいるかのような不気味さを醸し出していた。

 

 お城にいないとなると、どこか寄り道でもしている可能性が高い。私は頭をフル回転させ、ユウリたちが寄りそうなお店を思い出していた。

 

「——あっ、もしかしてあそこかも!!」

 

 サマンオサに入ってすぐ通り過ぎた、モンスター格闘場。シーラはもちろんユウリも行きたそうな顔をしていた。行くとしたらきっとそこに違いない。

 

「ねえルーク。この町にモンスター格闘場ってあったよね? もしかしたらそこに行ってるかもしれないから、案内してもらえる?」

 

「え、あんなところに行くの? この町でも特に物騒な場所なんだけど……」

 

「そうなの!?」

 

 そんなに危険な場所だろうか? ロマリアでは普通に王様が一人で出入りできた気がするけれど。

 

「一応聞くけど私一人で入るっていうのは……」

 

「絶対ダメだ!! 取り返しのつかないことになっちゃうよ!!」

 

 ルークがそこまで言うなんて、よっぽどこの国の格闘場は危険な場所なのだろうか。と同時に、そんな場所に本当に三人はいるのだろうかという疑問もわいてくる。

 

 けれど考えても埒があかないので、結局そのままモンスター格闘場へとやってきた。初めて見かけた時は入り口の看板くらいしか目に留めなかったが、よく見ると明らかにガラの悪そうな男の人たちが次々に中へと入っていく。確かにルークの言うとおり、女性一人で入るには危険かもしれない。

 

「正直僕もここに入るのは初めてなんだ。賭けられるほどのお金なんてないしね」

 

 自嘲気味に笑うルークの頬を、一筋の汗が伝う。彼も緊張しているのだろうか。

 

 そしてルークはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。

 

 中は薄暗く、埃っぽかった。壁にかけられた蝋燭の火を頼りに、恐る恐る先へと進む。奥へ進むうちにだんだん視界が明るくなっていき、同時にお酒と煙草の匂いが鼻についた。目の前に再び扉が見えてくると、扉の向こうから喧騒が聞こえてきた。ルークが軋んだ木の扉を開くと共に、大歓声と怒号が響き渡った。

 

『おおおおおっっ!!』

 

「行けえっ、そこだ!!」

 

「バカヤローッ!! 有り金全部お前に掛けたんだ、ここでやられるんじゃねえよ!!」

 

 中ではドーナツ状の観客席と、中央にある舞台に分けられていた。舞台の上には魔物が数体ほど戦っており、その様を多くの人が観客席から眺めている。その殆どが男性で、ある者は一心不乱に応援し、またある者は目を血走らせながら罵声を浴びせていた。その誰もが手に掛札を握り締め、一喜一憂している。また、群衆から少し離れた場所では、賭けに負けたのか壁にもたれ掛かって何やら俯いてブツブツ呟いている人も何人か見受けられた。さらにその横のバーカウンターでは、豪快に笑いながらゴールドの入った袋を周囲の人たちに見せびらかしている人の姿もあった。

 

「なんか……、すごいところだね」

 

「うん……。噂には聞いてたけど、場違い感が半端ないよ、僕ら」

 

 私たちはなるべく目立たないように、人ごみに紛れて辺りを歩き回った。けれど、三人の姿はどこにも見当たらない。もしかしたらとは思ったが、ユウリたちがいなくて良かったと安堵した。いるだけでそれなりに目立つ彼らがここにいたら、きっと今頃なにかしらのトラブルに巻き込まれていただろう。

 

「ねえルーク、いないみたいだから、さっさとここから出よう」

 

「うん」

 

 私の言葉に、すぐに頷くルーク。足早にここを去ろうと扉へと続く通路へと向かう最中、何かが私の肩にぶつかった。

 

「いてえっ!! あー、いてててて!!」

 

 いきなり大声を上げたので、私は驚いて声のする方を向いた。

 

 見ると、ぶつかってきたのは大柄で色黒の男性だった。顔には傷があり、耳にはいくつもピアスをしている。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 あまり関わり合いになりたくないような見た目の男性だったが、私のせいでけがをしてしまったかもしれないと思い、仕方なく男性の横で立ち止まり声をかけた。

 

「よう、嬢ちゃん。今あんたがぶつかったところ、すげえ痛えんだけど?」

 

 そう言って自分の腕を指さす男性。だがどう見ても痛くなるほどの怪我をしているとは思えない。

 

 どうしようかとルークに相談しようと振り返るが、どうやら私に気づかず先に行ってしまっている。まずい、このままだとルークとはぐれてしまう。

 

「えーと、ごめんなさい!! これ、薬草あげますんで、使ってください!! それじゃ!!」

 

 私は素早く鞄から薬草を一つ取り出すと、苛立つ様子の男性に強引に押し付けた。そしてそのままルークのところに戻ろうと踵を返した時だった。

 

 がしっ!!

 

「待てよ、嬢ちゃん。薬草一つじゃ足んねえよ。あーこりゃ折れたわ。完全に骨イったわ」

 

「え、でも、全然大丈夫そうですけど……」

 

 すると、男性の横から別の男性が現れた。その人はずいぶんと細身で、目つきもキツネのように細かった。

 

「こいつが折れたって言ってんだから間違いねえんだよ!! それなりの落とし前つけてもらわねえと困るんだけどなあ? 嬢ちゃん」

 

 そう言うと、キツネ顔の男性は私の胸ぐらをつかんだではないか。

 

「離して下さい!!」

 

「へえ、よく見りゃ意外とイケてんじゃん。金は良いからおれたちに付き合えよ」

 

「!?」

 

 キツネ顔の男性が粘着質な笑みを見せると、今度はピアスの男性が私の顔をまじまじと見る。その顔はカンダタやランシールで会った男性を彷彿とさせ、一瞬にして背筋が凍り付いた。

 

「いいから離して下さい!!」

 

 私はすぐさま自分の胸ぐらを掴む男性の腕を掴んだ。このまま本当にこの男の腕を折ろうかと怒りを露わにしながらも、騒ぎを起こしたくない気持ちが勝り、必死で我慢する。

 

「へへ、そういう強がってる女の顔って、そそるんだよなあ。やっぱ少しは痛い目に遭わせた方がいいんじゃねえか?」

 

「お、いいね。賛成」

 

 ピアスの男性の手までもが、私に近づいてくる。仕方ない、このまま返り討ちにしてやる! そう意気込んで、拳に力を込めようとした時だ。

 

「ミオ!!」

 

 私を呼ぶその一声が耳に届いた瞬間、男性の身体は重い打撃音を発しながら思い切り吹っ飛ばされた。

 

 ドガシャアアアアン!!

 

 近くの壁に激突したキツネ顔の男性は、そのままくの字になって倒れる。

 

「な、何だ今のは……?」

 

 うろたえるピアスの男性のすぐ後ろで、目を光らせる怪しい人影が一つ。だが、それを視認できないスピードで、その人影はピアスの男性に向かって思い切り蹴りを叩きこんだ。

 

 ドゴガアアアアン!!

 

「ぎゃああああっっ!!」

 

 ピアスの男性が私の横をすり抜け、後ろの壁に叩きつけられると、彼はそれきり動かなくなった。

 

 私をかばうように目の前に現れた人影は、ルークであった。その表情には、いつもの穏やかで優しげな雰囲気は微塵も感じられない。助けてもらった身の私ですら、恐怖を抱いたほどだ。

 

 けれど彼は私を一目見るなり、安堵の息を吐いた。

 

「ミオ、大丈夫!?」

 

 元の表情に戻ったルークに、こちらもほっと胸を撫で下ろす。

 

「ルーク!! 私は大丈夫……」

 

「ごめん!! 僕がついていながら君をこんな危険な目に遭わせてしまうなんて!!」

 

 そう言いながらルークは、今にも泣きそうな顔で大仰に頭を下げた。

 

「大丈夫だよ、ルーク!! 落ち着いて!!」

 

 これじゃあどっちが被害者かわからない。私はルークを落ち着かせるために背中を叩いた。

 

 そこで初めて、あんな大きな騒ぎがあっても誰も私たちに目に留める人はほとんどいなかったことに気づく。おそらくこういうやりとりですら、ここでは日常茶飯事なのだろう。

 

「ミオ、あいつらに何かされなかった? 怪我とかしてない?」

 

「大丈夫だよ。返り討ちにしようと思ってたし。でも、ルークが助けに来てくれたから安心したかな。ありがとう」

 

「ホントに? やせ我慢とかしてない?」

 

「大丈夫だって、ほら……。って、え!?」

 

 ルークを安心させるつもりでそう答えたが、なぜかルークの目から涙が溢れ始めたではないか。

 

「ああ、ダメだ。安心したら涙出てきた……」

 

「なんで!?」

 

 まるで年頃の娘を持つ母親のようだ。心配してくれるのはありがたいが、少し大げさなんじゃないだろうか?

 

「それにしても、ルークってこんなに強かったんだね。驚いたよ」

 

 いくら町のごろつき相手とはいえ、あの技の繰り出し方は一朝一夕で身に付くものじゃない。男性たちを殴るまで全く気配を感じなかったのがその証拠だ。魔物退治の仕事というが、その技でいったいどれだけの魔物を倒してきたのだろう。

 

「やだなあ、買い被りすぎだよ。ていうかあいつらが弱すぎなだけだし」

 

 そんなことを無意識に言えるくらい、ルークは強い。それは彼の戦いを目の当たりにした私だから言えることだ。

 

「そんなことよりミオ、早くここから出よう。また変な人に絡まれる前に」

 

 すっかり涙を引っ込めたルークの言葉に従い、私たちは急いで格闘場を出た。格闘場を出ると、外の空気がやけに美味しく感じる。溜まっていたものを吐き出すように、私は大きく深呼吸をした。

 

「はあ。結局皆いなかったね。一体どこにいるんだろ」

 

「ほかに心当たりはないの?」

 

「うーん……。あとは武器屋とか、道具屋かな。でも私を置いて先に買い物に行くのも変だし……」

 

「一応一通り行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれないし」

 

 ルークの言うとおり、ここは片っ端から見て回るしかない。幸い格闘場のように治安の悪い所ではなく、広い大通りに面した場所に店があった。

 

 だが、どの店もユウリたちが入っていった形跡はなく、店主に聞いてもそんな三人組は来ていないという。もはや手がかりはゼロに等しかった。

 

 すっかり夜になり、お腹の虫も鳴り始めた。ルークに聞こえてたのではないかと思い、すぐさまお腹を押さえる。

 

「これ以上遅くなったら魔物も出てくるかもしれない。今日はひとまず僕の家に泊まっていきなよ」

 

「いや、そこまでお世話になるわけには……」

 

「あ、ベッドのことなら心配しないで。僕は屋根裏で寝るから、君は僕のベッドで寝てよ」

 

「そう言う問題じゃなくて……」

 

「それに、お腹をすかせた君を飢え死にさせるわけには行かない。帰ったらすぐに食事の用意をするよ」

 

「……っ!」

 

 どうやら先程のお腹の音を聞かれていたらしく、これ以上反論出来ないまま、今夜一晩泊めてもらうことにしたのだった。

 

 

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