結局ユウリたちを見つけることは出来ずルークの家に戻った私たちは、すぐにコゼットさんに事情を説明した。
「それは心配ね……。もちろん私はミオさんが泊まっていくのは賛成よ。こんな狭いところでよければだけど」
「……何から何まですみません」
急な私の申し出にも拘わらず、コゼットさんは了承してくれた。しかしそれは、ルークの説得があったからこそだった。
「とにかく三人が戻ってこない以上、僕らもどうすることも出来ない。明日の朝になったら城の兵士たちもいると思うから、すぐに行ってみよう」
「うん……」
励ますように話すルークの言葉にも、私は上の空で聞いていた。ランシールでユウリを待つときとは訳が違う。三人がどこにいるのかもわからない状況の中、不安だけが頭をもたげる。
そしてふと、前にナギが見た夢のことを思い出す。あのときは私以外の三人が草原みたいなところにいたとナギは言っていた。もしかしたら今の状況を指しているのではないだろうか?
——だけど緑のないこの場所は、果たしてナギの予知夢と関係があるのだろうか。もしあるのだとしたら、一体どこなのだろう。
「さあ、お腹空いたでしょう。大したものはないけれど、食べてちょうだい」
いつの間にかコゼットさんが、食事を運んでやってきた。四人がけのテーブルには、お芋と野菜を煮込んだスープとパンが並べられている。
「ほらミオ。君が元気を出さなきゃ、三人を探すことも出来ないよ。元気を出すには、まずは何か食べなきゃ」
「……ありがとう」
ルークに促されて椅子に座ると、あることに気がついた。
「あの、コゼットさんの分の料理が見当たらないですけど……」
「ああ、気にしないで。あなたたちが来る前にもう食べちゃったのよ」
ニコニコと笑顔で答えているが、本当にそうだろうか。ご飯を食べたばかりにしては、随分と顔が青白い。それに、ルークの家の生活費はほとんどルークが稼いでいることは本人から聞いている。そんなけして裕福ではない環境で、私が突然押し掛けてきたのだ。きっとコゼットさんの分の料理を私に譲ったに違いない。
「あの、コゼットさん。私の分……」
「母さん。余計な気遣いしないでよ」
「え?」
ぴしゃりと言い放つルークの言葉に、コゼットさんは一瞬目を瞬かせる。
「朝も僕の分しか食事用意してなかったじゃないか。このままだと栄養失調になっちゃうよ」
そこまで言うと、ルークは自分の前にある料理をコゼットさんが座ろうとしている椅子の前に移動させた。
「お客さんの一人や二人の食事が賄えるくらいには、稼いできてるつもりだけど?」
「で、でもルークは育ち盛りだから、たくさん食べないと……」
「そういうの気にしないでいいから。それにミオも気を遣っちゃうよ」
ね? と言って私の方を振り向くルーク。思わず私も反射的に頷いた。
「……わ、わかったわ。ありがとうルーク。ごめんなさいね、ミオさん」
すまなそうに言うと、コゼットさんは少しずつ食べ始めた。
「ごめんミオ。食事中なのに気を悪くさせたみたいで」
「ううん。私の方こそ、急に押し掛けてごめん」
「いいんだよ、僕が君を家に誘ったんだから。そもそも今の君を一人にさせたらどうなるかわからないからね」
「それってどういう意味?」
「言葉通りだよ。もしかしたら城に忍び込んで探しにいくかもしれないだろ?」
「うっ!?」
確かにその考えに至る可能性は十分にある。自分で思うのもなんだけど。
「君には危ない目に遭って欲しくない。だからここに泊まるよう誘ったんだ。それは僕の都合だから、君が謝る必要はないんだよ」
「ルーク……」
彼の気遣いはすごく嬉しいけど、そんなに心配されるほど頼りないのかな、私って。
「それより料理が冷めるから、早く食べなよ」
そうは言うものの、さすがに私だけ食べるのは気がひけるので、半分にちぎったパンをルークに渡した。ルークはビックリした表情になったが、すぐに笑みを浮かべてそれを受けとった。
「ありがとう。そういえば、カザーブで君の家に遊びに行ったときもこんな風にケーキを半分こして食べてたね」
そうだ。あれは確かルークと仲良くなり始めたばかりの頃、私の家に彼を呼んだことがあった。初めて同年代の子の友達が来るってことで、お母さんが張り切ってケーキを焼いてくれたんだけど、思いの外大きくて、結局ルークときょうだい全員で分け合って食べたんだった。
「あはは、そうだね。ルークもそれ、覚えてたんだ」
「忘れるわけないよ。あのとき初めてミオの家に遊びに行ったんだから」
ルークも同じことを思ってたなんて。自分の思い出を共有できる人がいて、こっちも嬉しくなる。
結局私はルークと二人でパンとスープを分けあいながら食事をした。コゼットさんも最初は遠慮がちにしていたが、最後にはパンとスープの皿が空になっていた。
コン、コン。
そのとき、外から控えめに玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。
「ねえ、ルーク。今の……」
「わかってる。今開けるよ」
「? どうしたの?」
私とルークは気づいたが、コゼットさんは聴こえてなかったようだ。ユウリたちかもしれないと思い、私とルークが席を立ち、玄関へと向かう。
二重にしておいた内鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。暗闇の中照らし出されたその姿は、私がずっと待ち続けていた人物だった。
「ナギ!!」
そう、その人物とはナギだった。しかしこの一日で、随分とやつれたように見える。
「一体どこに行ってたの!? すごく心配したんだからね!!」
「ちょっ、声が大きいっつーの!!」
怒りながら彼に詰め寄ると、ナギは自分の口に指を当てて制した。
「オレがここにいるって誰かに知られるわけには行かねえんだ。いいかミオ、今からオレと一緒に、ラーの鏡を探しに行くぞ!」
「ラーの鏡? なにそれ?」
突然わけのわからないことを言われ、私は至極当然の疑問をぶつけた。対するナギは説明するのも煩わしいのか、焦った様子で答えた。
「要するにオレら、城の奴らに捕まっちまったんだよ」
「は!?」
衝撃の発言に、頭の回転が追いつかない。そういえばナギ以外の姿が見当たらない。
「え、じゃあユウリとシーラは!?」
「あいつらは城の地下にある牢屋の中だ。城を抜け出すのに一番適役だったオレがここに来た」
「ど、どうして……!?」
混乱状態の私を尻目に、ナギは言葉を続ける。
「お前らと別れた後城に着いて、サマンオサの王様に手紙は渡せたんだけどさ、祠の牢獄について尋ねたら、問答無用で罪人にされて、牢屋に連れてかれちまったんだ。反論する暇もなくだぜ。あ、ちなみにあいつら牢屋に入れられてるだけで無事だから心配するな」
「心配するなって言われても……」
するとナギは、ちらりとルークを一瞥すると、私の耳元に顔を近づけた。
「なるべく一般人は巻き込みたくねえ。ミオ、お前に頼みがある。ちょい耳貸せ」
「?」
言われるがままにナギの方に耳を傾ける。訝しげに私たちを眺めているルークだったが、何かを察したのか突然ナギの肩を叩いた。
「待ってくれ、一応僕もこの国の住人だ。この国で起こったことだとしたら、見過ごすことはできない。できれば僕にも教えてくれないか?」
その言葉にナギは逡巡していたが、やがて納得したようにうなずいた。
「わかった。この国の人間の意見も聞きたいからな」
ルークに促され、ナギは一呼吸置くと、少し低い声で話し始めた。
「……実はこの国の王様は偽物らしい」
「にっ……!?」
あまりにも唐突な話に驚くが、さすがに声に出しては行けないと、自ら口をおさえる。
「えーと、何の根拠があってそんなことを?」
冷静にナギに問うルークに、ナギは淡々と話を続ける。
「捕まってるとき、他にも牢に入っている人がいないかを調べてたら、顔がそっくりの王様がいたんだ」
「それって、王様が二人いるってこと?」
つまり、一人は玉座に座っていて、もう一人は牢屋にいるってことだよね。一体どういうこと?
「そう。もう何年も前から偽物が入れ替わって、この国を乗っ取っているらしい。んで、その牢屋にいる自称本物の王様から話を聞いたんだけど、どうやらこの町から東にあるっていう、王家が管理する洞窟に、真実の姿を映すことの出来る鏡があるそうだ」
「鏡?」
私が小声で反芻すると、ナギはそうだと言うように頷いた。
「確か名前は『ラーの鏡』と言っていた。とにかくその鏡を使えば、偽物の本当の姿をあぶり出すことができるらしい」
サマンオサの国自体が酷い状況なのは、偽者が本物の王様に成り代わっていたからなのか。しかも何年も前からだなんて、どうして誰も気づかなかったのだろう。
ここまで考えて、なぜナギが一人でここにやってきたのか疑問が浮かぶ。
おそらく3人は、本物の王様の意見に賛成し、ラーの鏡のことを知った。きっとその鏡を手に入れるつもりなのだろうが、なぜ3人全員で抜け出さなかったのだろうか。
「ナギが抜け出せたんなら、他の二人も一緒に出てくれば良かったのに、なんで置いてきちゃったの?」
半ば責めるように言い放つと、ナギはしかつめらしい顔で私を見据えた。
「そんなことしたら、すぐに騒ぎになって鏡を探すどころじゃなくなっちまうだろ」
「あ……!」
「あいつらも王様の意見に賛同して、偽者を暴こうってことになった。だが、今オレたち全員が牢屋を抜け出したら余計面倒なことになる。だから、なるべく騒ぎを立てずにラーの鏡を見つけるために、お前に頼むことにしたんだ」
それなら協力しなければならない。けど手がかりもなく、見たことのない鏡を探すのはさすがに無謀なのでは?
「そもそも鏡って、どこにあるの? 町の東の洞窟って言っても、範囲が広すぎるよ」
そう問うと、ナギは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。以前イシスでルオさんにもらった羊皮紙をあらかじめ皆に何枚かあげていたのだが、それを使ったようだ。
「本物の王様に、大体の場所を教えてもらってメモしといたんだ。ここに描かれてる✕印のところにあるそうだ」
地図を渡されると、描かれていたのは町の絵と、その東側にある何本かの木、その隣に洞穴みたいなのが描いてあって、その中央に✕印が描かれてある。正直これだけじゃよくわからない。
「……ナギ、これ誰が描いたの?」
私の指摘に、ナギは心底不服そうな顔をした。
「オレだよ! だって仕方ないだろ! ちょうどその時城の兵士が巡回に来てて、慌てて描いたんだから!」
「いや、雑なのはいいんだけど、せめて大体の方角とかどのくらいの距離にあるのかとかわからないと、この絵じゃ探せないよ」
「別にいいだろ!! どうせオレも一緒に行くんだし!!」
ナギが叫ぶと、間からひょっこりとルークが顔を出してきた。
「鏡があるかはわかんないけど、この町の近くに大きな洞窟があるって噂なら聞いたことあるよ。たぶん方角もあってると思う」
「それ本当!?」
「町外れを巡回してる職場の先輩の情報だから多分間違いないとは思うよ」
想定外の有益な情報に、私とナギの顔が自然とほころぶ。
「なら間違いねえな。じゃあミオ、さっそく行こうぜ」
「ちょっと待って!!」
私を連れ出そうとするナギを、ルークが慌てたように引き止める。
「それなら僕も一緒に行くよ。地の利のある人間がいたほうが探しやすいだろ」
「ルーク!?」
「それに、今まで本物だと思っていた王様が偽者だと聞かされて、このまま黙ってられないよ。嫌だと言ってもついていくから」
「本当か!? でも、街の外は魔物もいるんだぜ? 戦闘とか……」
「その点なら大丈夫。ルークは武闘家としてすごく強いから」
格闘場で見たルークの勇姿を思い出した私は、自信たっぷりに言い放つ。
「そうか、だったら安心だな。それじゃあ今から早速……」
「いたぞ!! 脱獄犯だ!!」
『!!』
突然遠くから聞こえた声に、いち早くナギが振り向く。
「やべえ!! 気づかれた!!」
さらにガチャガチャと鎧のこすれ合う音がこちらに向かって近づいてくる。牢屋から抜け出したナギに気づいた兵士が、ここまで追ってきたのだ。
「どっ、どうするの、ナギ!!」
「このままじゃ、お前らまで捕まっちまう……。くそっ、オレが囮になるから、お前ら2人で鏡を探してくれ!!」
「えっ!?」
「このままだとオレら三人、明後日の昼には処刑されちまうんだ。だからその前に、必ずラーの鏡を見つけてくれ」
『ええっ!?』
「明日の夜のこの時間に、城の裏門の方に来てくれ。オレが手引きする」
「ちょ、ちょっと待って!? 処刑って、そんな去り際にいきなり……」
「悪いなルーク、ミオを頼む!!」
「う、うん!!」
それきりナギはラーの鏡の場所を描いたメモを乱暴に私に渡すと、忍び足の特技を使い、私たちの前から姿を消した。
――三人が、処刑される――!?
あまりの現実に、目の前が真っ暗になった。
もしかしたらもうユウリやシーラに会えなくなるかもしれない。一瞬でも最悪な未来を想像して、私は熱を失った顔で真っ暗な闇を見つめる。すると、気づかない間に涙が一粒頬を伝っていた。
「ミオ、大丈夫?」
背後から、ルークが心配そうに声を掛ける。私はすぐに袖口で涙を拭うと、何でもなかったように振り返った。
「うん、大丈夫だよ。早速準備しないとね」
ううん、泣いてたって仕方がない。三人を助けるためには、まずは私がしっかりしなきゃ。
冷静に考えよう。明日中に町の外れの洞窟にあるラーの鏡というものを見つけられなければ、ナギたち三人は処刑されてしまうということだ。
すぐに決意を固めた私は、洞窟に向かう準備をするために、急いでリビングへと戻った。