俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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真夜中の冒険

 

 冴え冴えとした月が、すっかり静まり返った古びた街並みを照らしている。

 

 時刻は真夜中。この季節、この地域の気候はやや肌寒い。だが羽織るものが必要なほどの寒さではなく、少し走れば寒さはほとんど感じなかった。

 

「ミオ、大丈夫?」

 

 前を走っていたルークが振り向いて声をかけてきた。

 

「大丈夫だよ。私のことは気にしないで」

 

 とは言うものの、体力温存のため星降る腕輪の力は使わず走っているからか、足の長いルークにどんどん引き離されていく。けして私の足が遅いわけではなく、単にルークの足が早いのだ。

 

 さすがにこれ以上早く走ると見失うと感じたのか、速度を緩めるルーク。そばまで近づくと、視線の先を指で示した。

 

「もう少ししたら、教会が見えてくる。そこの隠し階段が、地下通路の入り口なんだ」

 

 ルークの家を出る前、無断で町の外に出るのは難しいとルークに言われた。町に入るときも門番の人がいてなかなか通らせてくれなかったが、出るときも特別な許可がいるらしい。もちろんそんなものはないのでどうしたらいいかと尋ねたら、この町には昔作られた地下通路があるのだと答えてくれた。その通路は色んな施設に行くために張り巡らされており、町の外にも繋がっているのだという。そんな都合のいい場所なら今すぐにでも行きたいところなのだが——。

 

「何十年も昔からあるからか、あちこち老朽化が進んでて、いつ崩れるかわからないんだ。魔物もいつの間にか棲みつくようになって、今じゃ地下通路を通る人は殆どいない。それでも行く?」

 

 何を今さら、と言わんばかりに私はルークを見返す。ルークもそれを察したのか、眦を下げて頷いた。

 

 ほどなく、目的地である教会に辿り着いた。夜も更けたこの時間に人が出入りする様子はなく、建物にも明かりはなく真っ暗だった。

 

 ルークは建物をすり抜け、教会の隣にある墓地へと向かった。ルークの家を探している途中に通ったときは、ブレナンさんという人のお葬式が行われていたが、その人のお墓だろうか、墓の前には数本の花と食べ物が手向けてあった。

 

 さらに彼はどんどん奥へ進むと、手入れの行き届いていない古びた墓石の前にしゃがみこみ、地面の砂を払うという謎の動作をし始めた。すると、みるみるうちにその地面に亀裂のようなものが現れたではないか。

 

「ここをこうして、と……」

 

 その辺に落ちていた細い木の枝を拾うと、ルークは手慣れた手つきで地面の亀裂にその枝を差し込んだ。すると、ボコッと土が盛り上がる音がしたと同時に、木製の扉が跳ね上がったではないか。

 

「うわっ!?」

 

「ここから入るよ」

 

 扉の向こうは地下へと通じる階段が奥まで続いていた。だが暗がりの中では奥に何があるかわからない。それでもルークは躊躇うことなく中に入ったので、私も慌てて後に続く。

 

 かがんだ体を少しでも起こそうとすると天井に頭がつくくらい狭い階段を、私たちはゆっくりと下りた。もちろん明かりなどないので、準備していたランタンに火を灯しつつ慎重に歩を進めていく。

 

「階段はここで終わりだから、気をつけて」

 

 足元を確認しながら階段を下りると、開けた場所に出た。周囲を見渡すと、そこかしこに細い通路が枝分かれするように伸びており、これといって目立った目印もない。よほど気を付けなければ迷い込んでしまいそうだ。

 

「ルーク。町の外に出る道は知ってるの?」

 

「うん。仕事でよくここは通るからね」

 

「仕事って、外の警備だよね? 魔物とかを警戒してるの?」

 

「そう。主に町の周辺の魔物退治をしてるよ。本来なら城の近衛兵がやる仕事なんだけど、最近はそれすらもやらなくなって、僕たち民間の退治業者に任せるようになっちゃったんだ」

 

 退治業者……。要するに私たちみたいな魔物を倒せる冒険者のことだろうか。

 

「どうしてお城の兵士たちは魔物退治をやらなくなっちゃったの?」

 

 どこからともなくカビ臭いにおいのする通路を歩きながら、私はルークに尋ねる。

 

「さあ……。もともとこの国は魔物に対してあまり危機感がないからね。町を囲う塀も今の王様になって殆ど修繕してないから、あちこちひび割れてるし。もし魔物の大群が押し寄せてきたら、一発で町は壊滅すると思うよ」

 

「ええ……? その割には私たちみたいな冒険者の入国は厳しく取り締まってるよね」

 

「その辺りも含めて、今の王様に対する評価はものすごく悪いんだ」

 

 そういって苦々しい表情を見せるルーク。誰もいない地下通路では顔色をうかがう必要がないからか、素直に感想を漏らす。

 

「じゃあやっぱり今の王様って偽者なのかなあ」

 

 ナギは偽者だと断言していたが、玉座に座っている王様を見ていないので半信半疑だった。とはいえ3人がそう判断したのだから、間違ってはいないのだと信じたい。

 

「悪政だから偽者だとは言わないけど、もしそうなら絶対にラーの鏡を見つけないとね」

 

「そもそも偽者ってどういうことだろうね? 変装でもしてるのかな?」

 

「さあ……。でも変装程度なら、そんな不思議な鏡なんて使わなくても、正体を暴けそうな気がするけど」

 

 確かにルークの言うことは一理ある。にも拘らずわざわざ私にラーの鏡を取りに行かせるということは、ただの変装ではないのかもしれない。

 

「あっ、そっちじゃない!」

 

「え?」

 

 バンッ!!

 

 いつの間にかルークとは別の方向に歩いていたようで、気づいたときには目の前にある壁に顔からぶつかっていた。

 

「いったあ……」

 

「大丈夫? 暗いから前を良く見てないと」

 

 ぼんやりしていて壁にぶつかるなんて、我ながら情けない。ジンジンと痛む鼻先を押さえながら、私は慌ててルークのそばに駆け寄る。

 

 きっとこんなときユウリだったら、「何ボーッとしながら歩いてるんだ、この鈍足」とか毒舌を吐いていることだろう。

 

――って、駄目だ駄目だ! 今は感傷的になってる場合じゃない!

 

「ホントに大丈夫? 相当痛かったの?」

 

「ううん、全然大した事ないから!! ほら、早く行こうよ!」

 

 私は乱暴に目元を袖口で拭うと、先に進むようルークを促したのだった。

 

 

 

「やっと出られたぁ~……」

 

 延々と地下通路を通り、私たちはようやく出口らしき場所に辿り着いた。跳ね上げ扉を開き這うように外に出ると、そこは何の変哲もない茂みのそばだった。背後には塀が町を取り囲んでおり、無事に町の外に出られたのだとわかる。

 

 雲一つ無い夜空に青白く輝く月は、夜の世界に取り残された私たちの味方をしてくれているかのように、明るく照らしてくれた。果てしなく続く広い草原を眺めながら、私はほっと一つ息を吐いた。

 

——よかった、まだ時間はある——。

 

 一呼吸し落ち着いたところで、私はナギにもらった洞窟の描かれてある地図を鞄から取り出した。

 

「ええと、この地図だと、洞窟があるのは町の東側だよね」

 

 これ以上ないくらいざっくばらんな地図だが、他に手がかりがないのでこれに頼るしかない。

 

「うん。僕が聞いたのも町の東側だから、それで合ってるんじゃないかな」

 

 だが、問題は町からの距離だ。一体どのくらい行けば、洞窟に辿り着けるのだろう。

 

「ここは町の北側だから、あそこに向かえばいいんだ」

 

 ルークが指さした方角に視線を向ける。その先は丘陵地帯になっており、ここからでは洞窟はもちろん、地図に描かれた木すらも見えなかった。

 

「きっと洞窟の近くに森か林があるんだよね。あの向こうにそれっぽい場所ってあるの?」

 

「確かあったはずだよ。ただ、この近くの魔物は厄介な奴が多いんだ」

 

「厄介な奴って?」

 

「硬い鎧を着た『キラーアーマー』とか、仮面を着けた『ゾンビマスター』とかかな。まあ、滅多に出ることはないと思うけど」

 

 そう言って気楽に笑うルークの言葉を恨むことになろうとは、このときの私は考えもしなかった。

 

 それは私たちが丘を越えた先にある森へと入り込んだ時に起こった。

 

 森の中は見通しの良い場所から一転、常緑樹の木々が鬱蒼と生い茂り、夜を真っ黒な絵の具で塗りつぶしたかのように真っ暗だった。

 

 あんなに明るかった月夜が森の中では闇に支配される。そんなことを感じていた時だった。

 

「——っ?!」

 

 間一髪、私が避けた足元の地面が鋭くえぐられ、咄嗟に私は戦闘態勢に入る。隣にいたルークもすでに、師匠と同じ武術の型で身構えている。

 

 そして一瞬の間を置いて、鋭い殺気が私の目の前に現れた。

 

 上空からの気配を感じ取った私は、すぐにその場にしゃがみこむ。刹那、白銀の軌跡が私の頭上を薙いだ。

 

 それは、一振の刃だった。そしてその刃を携えているのは、赤銅色の全身鎧を身にまとった一匹の魔物だった。

 

 私はそいつから素早く距離をとり、ルークに話しかけた。

 

「あれってさっき言ってた……」

 

「うん。確かに『キラーアーマー』だ。……ごめん、滅多に出ないなんて嘘ついて」

 

 本来なら冗談ですませられるが、状況が状況だけに笑えない。ただ、こういうことは経験上よくあることだ。

 

「『お約束』って奴だよね。それよりあいつの弱点ってなに?」

 

「弱点らしいものはないと思う。鎧を着てるだけあって、多少叩いただけじゃビクともしない。おまけに得意技は剣での攻撃だ」

 

 ルークの説明に、私は唇を噛んだ。弱点がないだけでなく、体術に対して剣術での攻撃は相性が悪い。よく船の上でユウリと手合わせするときも、彼にハンデをもらってやっと互角に戦えるくらい苦手なほどだ。しかもこの大陸に来てから初めて見る魔物であり、攻撃パターンもわからない。知っているとしたら、ルークの方だろうか。

 

「ルークはあの魔物と戦ったことがあるの!?」

 

「うん。二、三回だけだけど、割とてこずった相手だったよ」

 

 そう言いながら彼は、腰にくくりつけていた武器を取り外すと、すぐさまそれを右手に装着した。確かあれはルークの家の玄関先で見たものだ。

 

「今装備したのって?」

 

「『パワーナックル』だよ。素手での攻撃はほとんど効かないからね」

 

 ルークの言うパワーナックルとは、親指以外の四本の指にぴったり嵌まるように作られた、金属製の武器だった。拳を握るとちょうど拳面(攻撃を当てる面)に金属が当たるようになっているので、より高い殺傷能力が期待される。

 

 ルークは地を蹴ると、利き腕を大きく振りかぶり、キラーアーマーに向かって拳を叩き込んだ。ドガァン、と強烈な打撃音が深夜の森の中に響き渡る。

 

 体をくの字にして吹っ飛ぶ魔物を、ルークはさらに追いつめる。すぐに相手に詰め寄ると、続けざまに数発、同じ箇所に正拳突きを放った。

 

「すごい……」

 

 今のルークは、子供の頃とは比べようもないくらい強かった。もしかしたら今の私のレベルを越えているかもしれない。私は加勢するのも忘れ、しばらく幼馴染みの活躍に見惚れていた。

 

『ギィィィィィィッッッッ!!』

 

 最後の一発を放ち、金属をこすりあわせたような魔物の断末魔がこだまする。そしてそのまま魔物は事切れた。

 

 体術と相性の悪いキラーアーマーを拳のみで倒すと、ルークは手こずるどころかたいした疲労感も出さず、ふうと息を吐いた。

 

「ああいうやつは、相手の攻撃より早く動けないとやられちゃうからね。……ミオ、大丈夫?」

 

 私の目の前までやってきたルークの姿に、私は驚きと歓喜に打ち震えていた。

 

「ルークってば、いつの間に強くなったの!? すごいじゃない!!」

 

 興奮する私に突然詰め寄られ、ルークはたじろいだ。

 

「べ、別に強くなろうと思ってなった訳じゃないよ。割のいいバイトが魔物退治しかなくて、ずっとそればっかりやってたから……」

 

「それでも、あんな強そうな魔物を一人で倒すなんて、すごすぎだよ!!」

 

「それはミオがいるから……じゃなくて、少しでもたくさんバイト代を稼ぎたかったから、他の人より魔物を倒す数が多かっただけだよ」

 

 そう謙遜しているが、あれほどの動きは一朝一夕で身につくものではない。相当努力してきたはずだ。

 

 結局私の出番などなく、戦闘はあっけなく終わった。この調子で行けば、意外に早く洞窟へとたどり着くことが出来るかもしれない。

 

「ところでミオ、君は何か武器はないの?」

 

「えっ!?」

 

 突然ルークに指摘され、私は胸がどきりとした。師匠からもらった武器ならあるが、使いこなせてないなんて知ったら、同じ師を持つ武闘家としてどう思うのだろうか。

 

 けれど下手にはぐらかすこともできないので、私は渋々鞄の中から鉄の爪を取り出した。それを見たとたん、ルークの息を飲む音が聞こえた。

 

「……それ、師匠のだよね?」

 

「うん。師匠から託されたの。でもなかなか使いこなせないんだ」

 

 自虐的にそう溢すと、ルークの目が鋭く光った。

 

「……ミオ。それ、本当にそのままでいいと思ってる?」

 

「うっ……」

 

 ルークに指摘され、私は二の句が継げなかった。確かにこんな立派な武器を持っているのに使わないなんて、宝の持ち腐れ以外の何物でもない。

 

「だ、だって私……、武器で戦うのが苦手なんだもの」

 

 口を尖らせて言うと、ルークは大きくため息をついた。

 

「ミオ。せっかく師匠の武器が手元にあるのに、苦手だからってそのままにしていいと思ってるわけ?」

 

「……!!」

 

 ルークに言われて、ハッとなる。

 

「魔王を倒そうとしてる武闘家が苦手なものから目を背けるなんて、師匠が知ったら悲しむんじゃないかな」

 

 ルークの言うとおりだ。今の私が師匠の武器を持つ資格なんてない。もし師匠がこの場にいたらきっと呆れられてしまうだろう。

 

「ごめん。怒ってるわけじゃないんだ」

 

 私が自己嫌悪に陥っていると、すまなそうにルークが謝った。

 

「……ううん、謝らないで。ルークの言う通り、こんな姿を師匠に見られたら、破門されると思う。私が間違ってた」

 

「ミオ……」

 

 ルークはまだ何か言いたそうな様子だったが、結局何も言わなかった。そんな彼に、私は思いきって尋ねる。

 

「ルーク、お願いがあるんだけど、ラーの鏡が見つかるまで、私に武器の扱い方を教えてほしいの」

 

「いいけど……。僕も師匠の武器のことは良くわからないよ?」

 

「うん……。でもルークは今武器を使って戦ってたでしょ? だから、少しでも参考になるかなと思って……」

 

「……」

 

 私のお願いに、ルークは口元に手を当ててこちらをじっと眺めながら、考え込んでしまった。迷惑だったかな、と思いつつも返事を待っていると、突然ルークは私の右腕を両手で触り始めた。

 

「へっ!?」

 

 二の腕から指先にかけて、何かを確認するように順番に触っていく。昔よりも随分大きくなった彼の手をまじまじと眺めながら、私は彼の意図が何なのかが理解できずただ立ち尽くしていた。

 

「あのー……、ルーク?」

 

 おずおずと私が口を挟んだ途端、ぴたりと手を止めるルーク。数秒後、何かに気づいたかのようにはっと顔を上げた。

 

「あっ、ごっ、ごめん!!」

 

 さっきの戦闘よりも素早い動きで私から離れると、ルークは慌てた様子で謝った。

 

「いや、別に謝らなくていいんだけど、何をしてるのかなって思って」

 

「あ! えーと、つまり、ミオが普段どういう戦い方をしてるのか、筋肉を触って確かめようかと思って」

 

「それで何かわかるの?」

 

「武器って力の入れ方によって動かし方が変わるんだよ。僕たちみたいな近接戦闘系は特にね。ミオが普段武術を使うときの身体の動かし方と、師匠の鉄の爪を組み合わせた場合、どこに力を入れるか、逆に力を抜く場合はどのタイミングかを把握すれば、きっとミオも鉄の爪を使いこなせるようになるんじゃないかと思って」

 

「そんなことがわかるの!?」

 

「今の仕事に就いたばかりの時、同僚や先輩たちの戦い方を自分なりに参考にしたんだ。自己流だからはっきりとこれが正しいとは言えないけどね」

 

「それでもいい!! 少しの間だけでいいから是非教えて!!」

 

 ずっと師匠の武器を扱えないままでは、この先魔王になんか勝てっこない。けどもしこの武器を扱えるようになれば、今よりも一回り成長するかもしれないのだ。

 

「……僕としては、ミオには戦いなんてしてほしくないんだけどね」

 

「え?」

 

「何でもないよ。じゃあ、また魔物が来たら武器の使い方を教えてあげるよ」

 

「ありがとう!!」

 

 ルークと約束を交わした私は、自分でも驚くくらいの意気込みで返事をしたのだった。

 

 

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