俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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海の覇者との再戦

 

 船の上は、騒然としていた。

 

 懸念していた大きな低い雲はすでに私たちの船のほぼ真上に来ており、強風が吹き荒び、斜めに降った大粒の雨がひっきりなしに船の甲板や私たち人間を叩きつける。さらに波は荒れ船が大きく傾くと、甲板にいた人たちの殆どがバランスを崩し倒れそうになった。

 

 そんな中唯一人、海に向かって手を突き出している勇者の姿があった。

 

「ユウリ!! あれ!!」

 

「ああ!! テンタクルスだ!!」

 

 沖に現れた巨大なイカの魔物を目にして、思わず発した私の声に振り向くことなく、すぐにユウリが反応する。彼も前回テンタクルスとの戦闘で、苦い経験をしたからだ。

 

 あの時は結局隙を見て逃げてこられたが、今回は逃げるわけには行かない。まずはナギを助けなければ。

 

「な……、なんだあのイカ……」

 

「魔物だよ!! ものすごく強いの!!」

 

 いつもは冷静なルークも、これほど巨大な魔物を見たのは初めてだったのか、力なく呟く。

 

「ゆ、ユウリさん……。これはマズいですよ……」

 

 ヒックスさんも以前あの場にいたので、あの魔物の恐ろしさは誰よりもわかっていた。他の船員たちも、恐怖のあまり竦みあがったまま、誰一人微動だにしない。

 

「ユウリちゃん!! 急いであの魔物を倒すよ!!」

 

 そんな中、声高に檄を飛ばしたのは、意外にもシーラだった。恐怖で足を震わせながらも、彼女はかろうじて立ち上がる。そんな彼女の必死な姿にも振り返ることなくユウリは、

 

「当たり前だ」

 

 と、落ち着き払った声で答えた。

 

 とはいえここからテンタクルスまで、まだだいぶ距離がある。しかもその間にはナギもおり、彼もテンタクルスの存在に気がついたのか、懸命にこちらに向かって泳いでいるが、なかなか船までたどり着かない。

 

 それにテンタクルスは、そんな彼の泳ぎを黙って見ているような魔物ではなかった。突如テンタクルスの触腕が、泳ぎ続けるナギに向かって伸びてきたのだ。

 

「ライデイン!!」

 

 タイミングを計っていたのか、ユウリの手から放たれた雷撃呪文がナギの頭上を掠めてテンタクルスの触腕に直撃する。けれど大したダメージは入っていないのか、動きを一瞬止めただけに留まった。

 

「バギマ!!」

 

 今度はシーラが真空呪文を放つ。轟音とともに風の刃が海上を駆け抜けるも、魔物からあと少しの距離で失速し、海に消えた。

 

「ちっ、距離が足らん」

 

 忌々しげに言葉を吐き捨てるユウリ。彼の言う通り、ここから魔物までの距離はまだかなりある。それでも魔物を脅威と感じるのは、ここからでもわかるほどの巨体と以前ユウリを苦しめたあの触腕があるからだろう。

 

 船上にいる私たちが手をこまねいて見ているしかない中、テンタクルスは何事もなかったかのように、海面をかき分けるようにナギに更に迫っていく。

 

 一方のナギは背後から迫るテンタクルスをちらちらと振り返りながら、いまだ懸命にこちらに向かって泳いでいる。片手にシーラの杖を持っているので、なかなか思うように前に進めないようだ。

 

「ヒックス、縄梯子の準備を頼む!」

 

「わ、わかりました!」

 

 ユウリの言葉に、すぐにヒックスさんは縄梯子を取りに行くため近くにいる船員とともにその場を離れた。彼らを見送ったユウリは、今度はシーラに声を掛ける。

 

「シーラ。お前、バシルーラは使えるか?」

 

「う、うん。ちょうどさっきの幽霊船でレベルが上がって、そのときに覚えたよ」

 

「なら今すぐ俺をバシルーラでテンタクルスのところまで飛ばしてくれ」

 

「え!?」

 

 ユウリの無茶な頼みに、シーラが聞き返す。

 

「ユウリちゃん。もう一度言うけど、バシルーラはさっき覚えたばっかりなんだよ!?」

 

 念を押すようにはっきりとした口調で言うシーラ。そこで私にも、彼女の言いたいことがわかった。

 

「一度も使ったことのない呪文をユウリちゃんに使うなんて! 成功する保証もないのに出来るわけないじゃない!!」

 

 悲痛な声で訴えるシーラ。けれどユウリがそれに動じることはなかった。

 

「お前なら大丈夫だ」

 

「――!!」

 

 その一言に、シーラは息を呑む。

 

「――ユウリちゃんがそこまで言うなら、頑張るよ」

 

 覚悟を決めたように答えると、すぐに彼女はユウリの後ろに回り込んだ。

 

「ミオちんとるーたんは下がってて。もしかしたら周りも巻き込むかもしれないから」

 

 私とルークは慌てて二人から距離を取った。そのうちヒックスさんたちが縄梯子を持って戻ってきたが、私たちのただならぬ様子に気づいたのか、それ以上は近づかず遠巻きに見ている。

 

「それじゃあ、行くよ!!」

 

「ああ!」

 

 力強く頷くユウリの返事にシーラは両手を突き出すようにして掌を開くと、目の前のユウリの背中に向けて呪文を唱えた。

 

「バシルーラ!!」

 

 ビュウウッッ!!

 

 圧縮された強風が、ユウリをテンタクルスのところまで吹き飛ばした。一方ユウリは風に乗りながらテンタクルスの上空まで近づくと、器用にテンタクルスの頭の上に着地した。それを見たヒックスさんたちはどよめきの声を上げたあと、すぐさま縄梯子を船縁に設置した。

 

「よかった……。成功したぁ……」

 

 ユウリの無事な姿にホッとしたのか、シーラはたまらずその場にへたり込んだ。

 

「すごいよシーラ!! 初めての呪文なのによく頑張ったね!」

 

「へへ……。ユウリちゃんがあたしを信じてくれたから頑張れたんだよ」

 

 その一言に、私の胸の奥がちくん、と痛んだ。

 

 いや、賢者になったシーラを信じるのは当然のことだ。私はモヤモヤした感情を振り払うと、改めてユウリの方に向き直った。

 

「あんな足場の悪い場所で、よく戦えるね」

 

 隣にいたルークが感心するように呟く。彼の言う通り、テンタクルスの頭上に降り立ったユウリは、ぬめぬめした体皮など気にも留めない様子で、ちょこまかと動きながら自身の剣で少しずつ魔物に傷を負わせていた。

 

「うう……、私もユウリと一緒に戦えたらいいのに」

 

 私が嘆いていると、横にいたルークが青ざめながら叫んだ。

 

「だっ、駄目だよ!! あんな危ないことユウリにしかできないって!!」

 

「でもさ、前に一度戦ったとき、ユウリですら歯が立たなかったんだよ。あのときはなんとか逃げられたからよかったけど、ユウリ一人で相手にして大丈夫かな……」

 

 あのときユウリの体はテンタクルスの触腕に締め付けられ、骨まで折られていた。私が助けに入らなかったら、命も危うかったかもしれないのだ。

 

『……』

 

 私の話を聞いて、さっきまで平然としていた二人が言葉を失っている。ユウリならどんな魔物でも倒せる、という思い込みが二人にもあったのかもしれない。

 

「それは……、本当なの?」

 

 私がこくりと頷くと、ルークの喉の奥で唾を飲み込む音が聞こえた。そしてしばらく黙り込んだあと、彼は口を開いた。

 

「……シーラ。僕にもバシルーラをかけてくれないか」

 

「ルーク!?」

 

「いいけど……。るーたん、本当に大丈夫なの?」

 

「戦力外かもしれないけど、このまま何もしないで見てるよりはいいだろ?」

 

 戦力外なのは明らかにルークの謙遜だが、本当は無理をしているのが傍目にもわかった。

 

「ルーク……」

 

 本当は行って欲しくない。けど、ユウリ一人で戦うのはあまりにも危険だ。止めようかどうか私が逡巡する中、ルークは私の肩にそっと触れた。

 

「それに、たまにはミオの前で格好いいところを見せないとね」

 

 さっきとは違う何かが吹っ切れたかのような表情。彼の気持ちの変化に気づいた私は、これ以上ルークに口出しすることができなかった。

 

「そういうことならるーたん、準備はいい?」

 

 シーラも心を決めたのか、先程と同様にルークの背後に立ち呪文を唱える構えをした。

 

「いつでもいいよ!」

 

「おっけー! じゃあ、行くよ!」

 

 シーラが集中する。何か言わなければと、私は頭で考えるより先に口を開けた。

 

「ルーク!! 絶対無事にユウリと一緒に戻ってきて!」

 

「もちろんだよ。待っててね、二人とも」

 

 明るく返事をしたルークは、シーラの呪文によってユウリの元へと飛んでいったのだった。

 

 

 

 ちょうどその頃だった。いつの間にかヒックスさんたちが設置した縄梯子が大きく揺れ始めた。

 

 それに一番早く気づいたのは、ヒックスさんだった。彼はすぐに船の下を見下ろすと何かに気づくやいなや、海に向かって声を上げた。

 

「ナギさん!! もう少しです!! 頑張ってください!!」

 

 その声に反応した私たちは、急いでヒックスさんのところへと向かう。身を乗り出して海を覗くと、今まさにナギが縄梯子を使って登ってくる途中だった。

 

「ナギ!! あと少しだよ!!」

 

「ナギちん!! 頑張れ!!」

 

 皆の応援で後押しされたのか、急にナギの登るスピードが早くなった。返事をする体力ですら腕や足の方に注いでおり、ただがむしゃらに体を動かしていた。

 

 やがて、私たちが手を伸ばして届くところまで登り切ると、皆に引っ張り上げられ甲板に転がり込むように倒れた。

 

「ナギ!!」

 

 仰向けに倒れ込んだナギの体は、長い間水に浸かっていたからか血の気もなく、唇も真っ青だった。呼吸するたびに胸が大きく上下に動き、無意識なのか指先が小刻みに震えている。

 

「ホイミ!!」

 

 すかさずシーラが回復呪文をナギにかける。さらに船員の一人が船内から毛布を持ってきてくれたので、私は急いでそれを受け取ると、ナギを起こしながら体に巻き付けた。

 

 そんな状態でも彼はシーラの杖をずっと離さなかった。シーラがそっと彼の手を握ると、ようやく杖から手を離した。

 

「ナギちん……!! もう、心配したんだからね!!」

 

 そう言うとシーラは、涙をいっぱい溜めながら毛布にくるまったままのナギに抱きついた。シーラの体温が伝わったからか、焦点の定まらなかったナギの目が次第に戻っていく。

 

「あれ、オレ……」

 

 どうやら無我夢中だったらしく登っているときの記憶がないらしい。ようやく意識が戻ると、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「よかった、ナギ!! 大丈夫? どこか痛いところとかない?」

 

 私が言うと、ナギは小さく首を横に振った。

 

「いや……大丈夫だ。シーラの杖を取りに海に潜って、そのあと杖を一回見失ったんだ。だけど海の底からエリックの声が聞こえてきて……」

 

「エリックさんの声?」

 

「ああ。姿は見えなかったけど、あいつの声が場所を教えてくれたんだ。その声がなければ、杖は見つからなかったと思う」

 

 姿は見えないけれど、エリックさんはどこかで私たちのことを見ていて、助けてくれたのかな? ありがとう、エリックさん。

 

「そうだ、杖を見つけてこの船に戻る途中、でっかいイカに追いかけられたんだ! それで必死で泳いで……」

 

 私の話を遮ったナギがはっと気づいて沖の方を振り向く。そしてシーラから離れて立ち上がり、ある一点を見つめた。彼の視線の先には、テンタクルスとそこにいる見知った二人の姿があった。

 

「なあ、なんであいつらあんな所ででかいイカと戦ってるんだ? どうやってあそこまで行ったんだ?」

 

 疑問が尽きないナギに、シーラは端的に説明した。ナギが船に戻る間にユウリ自らテンタクルスと戦い、ルークもそれに続いた。そしてあそこまで行けたのはシーラの呪文によるものだ、と。

 

「なんだよ……。あいつらに貸し作っちまったじゃねえか」

 

 頭をかきむしりながら、ナギは悔しさをにじませる。二人がテンタクルスとの戦いに向かった今、私たちにできることはただ見守るだけだった。

 

 離れた場所で戦うユウリとルークに目を向けると、彼らは襲いかかるテンタクルスの触腕や足を躱しながら、あちこち飛び移っている。その動きは二人とも常人離れしており、さながら華麗な舞のようにも見えた。

 

「るーたんてさ、自分ではああ言ってるけど、ユウリちゃんに負けず劣らず戦いに慣れてるよね」

 

「うん。やっぱりサイモンさんの息子だからかな?」

 

 少なくとも私が子供の頃に見たルークは、武術も習いたてで正直私のほうが教える立場だった。けれど今のルークはそんな姿など一切見せないどころか、レベル三十超えのユウリに引けを取らない動きをしている。人の強さはレベルだけでは測れないということだろうか。

 

 気づいたら、いつの間にか土砂降りだった雨は止んでいた。けれど空には未だ雲が立ち込めたままであり、不穏な空気は晴れそうにない。

 

「み、皆さん!! あれ!!」

 

 ヒックスさんがテンタクルスに向かって叫ぶと同時に、ルークがテンタクルスの顔面めがけて蹴りを放った。その一撃が目に当たり効いたのか、突然テンタクルスが暴れ出した。

 

「だ、大丈夫かな、二人とも……」

 

 ハラハラしながら二人を見守る中、今度はユウリが呪文を放った。続けざまに呪文を唱えると、彼が手にしていた剣の刃に光が纏った。おそらくライデインの呪文なのだろう。魔力で生み出した雷撃を自身の剣に付与すると、ユウリは素早い動きで敵の攻撃を避けながら、テンタクルスのもう片方の目に一撃を浴びせた。

 

『―――――――!!』

 

 今度こそ。テンタクルスは音のない断末魔を海原に響かせながら、海底へと沈んでいく。

 

 その瞬間、甲板にいた人たちの歓声が轟いたのは言うまでもない。

 

「すごい……、あのテンタクルスをあんな簡単に……」

 

 攻撃の圧倒さに呆けた私が無意識につぶやく間に、海の魔神と呼ばれる魔物は海の底に沈んでいく。すると、テンタクルスの上に立っていたユウリとルークまで海に落ちてしまったではないか。けれど私が叫び声を上げる前に、二人は海面に顔を出し、ユウリがルーラを唱えたのか、突如二人の身体がふわりと宙に浮き上がった。そしてものすごい速さでこちらに迫ってくる二人の姿を目で追うと、次の瞬間には私たちがいる船の甲板の上に降り立っていた。

 

「ユウリ!! ルーク!!」

 

 急いで駆け寄ると、お互い目を合わさず無言だった。繋いでいたルークの手をユウリが離すと、なんとなく漂っていた緊張感が和らいだ気がした。

 

「二人とも大丈夫!? 怪我はない?」

 

「ふん。俺があんなデカブツごときに怪我なんてするわけ無いだろ。それよりもそこの色ボケ男の心配でもしたらどうだ?」

 

 そう言ってユウリはいつもの無愛想な態度で私の横を通り過ぎてしまった。

 

 もしかしてルークの方が怪我をしたのでは、と思って彼の方に顔を向けると、

 

「ユウリ!! ……さっきは助けてくれてありがとう」

 

 気まずそうにしながらもルークがユウリにお礼を言った。ルークの言葉に足を止めたユウリは振り向くと、ほんの少しだけ仏頂面を崩した。

 

「……今回は引き分けだな」

 

 え? なんか勝負でもしてたの?

 

「じゃあ、お互いまだ諦めないってことだね」

 

「……」

 

 何故かそれにユウリは答えず、すたすたと私たちの前から立ち去ってしまった。

 

「ねえ、今のどういう意味? 何かあったの?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「は?」

 

 その場にいたルークに尋ねるが、答えてくれるだろうと思った彼にはぐらかされてしまったのだった。

 

 

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